ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(mphil,BRllassik)1985/6/16live(24日とは別か)・CD

一楽章の遅さ、もたつきにイライラ。ミュンヒェン・フィルも慣れていない感がある。もやっとしてしまう響きがある。この曲についてはチェリはもはや最晩年様式といっていいかもしれない。プロコフィエフのような精妙な和声、複雑な構造を聴かせるならこのじっくりとやるやり方は良いと思う(どっちみちリズミカルな部分は駄目)が、二楽章も最初と最後と中間部こそチェリらしい凄まじい美しさだが、どことは言わないがここでそんな遅速でやるか?というところがあり、そこで音楽に大きな起伏がつくのに、起伏がつかず、最初から最後までただののんべんだらりとした美のみだった。三楽章、四楽章は良い録音のおかげで迫力があり、コンヴィチュニーらの世界に近づいている。四楽章は粘り腰の表現などチェリが解釈的に感情的だったころの香りが残る。フィナーレの巨大見得を切るあとは沈黙、ブラヴォ。これはホールで聴いた者の特権だろう。そこまでの凄さは伝わらない。
スポンサーサイト

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(VIBRATO)1961/11/23live

モノラルだが同曲に期待されるパッションを十二分に味合わせてくれる。十八番も十八番の指揮者に心得たオケ、音色のちぐはぐ感や堅苦しいテンポなどといったものは微塵もなく、故郷と故郷の凄まじい民族性をメカニカルなスコアの中からデフォルメに過ぎることなく引き出して、そのうえで音楽的に楽しませる。クーベリックにはしばしば一本調子のものがあるが、これはオケが素晴らしく手練なところをみせていて、指揮に依らず美しい。この盤は前に出たことがあるかもしれない。モノラルが大丈夫なかたならぜひどうぞ。

ショスタコーヴィチ:前奏曲第14番(管弦楽編)

ストコフスキ指揮NYP(MEMORIES)1947/10/19live・CD

メモリーズは海賊盤の海賊盤のような形で廃盤歴史的秘盤を復刻したものをほうぼうからまとめて一気にボックス化する方向に舵を切っている。これも少し前に比較的高価なm&aがまとめた交響曲三曲集を、音源状態や盤質はともかく、値段は半分で、さらに他のおそらく正規セッション録音以外の全てを三枚組で、盤質にこだわらない向きはほぞを噛んだかもしれない。調べたところHMVのデータに誤りがあり全て交響曲は既出でとくに手に入りにくいものでもない。ただ最後のこの曲(ストコフスキーが編曲し好んで演奏したものである)だけ、調べがつかなかったので一応初出として書いておく。といっても3分の小品だが。重苦しく足を引きずるような音楽は、編曲のせいでほとんどマーラーに聴こえる。オケのせいもあろうか。ストコフスキは千人のミュンヘン初演に臨席した唯一の千人録音者で(ライヴ)、復活と千人という効果の高いものしかやらなかったとはいえ雰囲気作りには慣れた調子が伺える。ショスタコーヴィチもそうとうに好んだがレニングラードの初演をトスカニーニに奪われたのは有名な話。とまれ、このお得ボックスを買ったら、忘れず聴くと良い。これだけを目当てに買うのは薦めない。音が悪いのだ。

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ガウク指揮レニングラード・フィル(新世界レコード/WME)1958/5/12東京live

板起こしCD-R聴取による再掲。けして良い状態ではなくノイズがゴニョゴニョ入り続けいかにも板起こしといったかんじ、音も往年の板起こしといった何の工夫もされていない生のままのもので、加えていったんデジタル化したかのような金属質の音色は正直あまり褒められたものではない。かと言って原盤もよい出来だったとは言えず急ごしらえの記念盤という感じ(白鳥の湖抜粋は未聴・未復刻)。日比谷か、音響も良くない。篭っているというか、ブラスが咆哮してもどこかにあたって発散しない音だ。解釈はムラヴィンスキーの代振りにもかかわらず完全にガウクで、即興的なものを含む前のめりの急くようなテンポは不安定さをかもし、あくまでライブで成立する演奏であり、客観的に繰り返し楽しめるものではたい。とにかくオケも弛くならざるをえず、つんのめる寸前で先へ進むというある意味、職人技の連続である。また、二楽章をきくとわかるが、個性は認められるが、そんなに面白くもない。それを四楽章で思いっきり歌い力強く慟哭するという「つじつま合わせ」で大団円、というのもまさにガウク。普通の拍手で終わる。なぜ録音したのかよくわからない。

マーラー:交響曲第3番

ヴェスト(alt)ホーレンシュタイン指揮RAIトリノ放送管弦楽団&合唱団(FKM/rococo?)1970/12/16トリノLIVE

おそらくROCOCOのLPで出ていたものと同じだがステレオで音質は段違いに良い。プチプチノイズや片側欠落など入って70年代にしては悪いが、バランスは良く音圧はあり聴き応えは十分だ。がっしりして立体的・構築的な音楽作りはイタリアオケをもってしても不安を感じさせない堅牢たるところをみせながら、VOXにウィーン交響楽団と録音していた頃のような、情緒的なアーティキュレーション、音色変化、終楽章においてはインテンポでありながらポルタメントすら使わせ、ワルターのような感じで3番の緩徐楽章による終焉を盛り上げている。中間楽章の印象が薄いが、ある意味いつものしゃっちょこばったホーレンシュタインのやり方が裏目に出ただけかもしれない。オケがオケなのでミスの多少は目をつぶること。最後の盛大な盛り上がりは確信に満ち、声を上げる者はほぼブラヴォ。ホーレンシュタインとしては上出来。

グラズノフ:5つのノヴェレッテ

シシュロス四重奏団(melodiya)LP

ステレオ初期の日本輸入ボックス収録だが、表記ミスでファーストがシシュロフのショスタコーヴィチ四重奏団の演奏の可能性がある。ショスタコーヴィチ四重奏団は民族的な音、表現と均整感、整えたようなテンポでグラズノフを臭くも冷淡にもならずちょうどいいバランスでまとめ上げており、おそらく一番グラズノフの室内楽を録音した楽団だが、音程のアバウトさを含む民族主義的な音が(スラヴにかぎらないオリエンタルなものを含めて)かなり似ている。もっと表出意欲が強く感じるのは終楽章だが反面、全般にはそれほど押しの強さのない、少し耳が離れてしまうようなそつのないところもある。録音も古びている。そんなところか。25分を上回る民謡組曲なんてむしろ普通飽きるもので、グラズノフの各楽想にあわせた巧みな書法とじつは結構常套的な部分をどうミックスして聴きやすくするかというところはある。抜粋なら簡単。

グラズノフ:5つのノヴェレッテ~Ⅳ.ワルツ

グラズノフ四重奏団(CCCP)SP

グラズノフの代表作の中でも著名な作品で、冒頭からの跳ねるようなワルツ主題はチャイコフスキーの次を見せるような美しくも儚い名旋律だ。幾つかの旋律をわたり再びこれに戻っていくが、やはりこの主題をどう聴かせるか、とくに単品で出てこられると(おそらく全曲あると思うが)期待してしまう。グラズノフ四重奏団はその名に恥じず、懐かしい音とフレージングでこれこそ聴きたかったものだ、というものを与えてくれる。といってもほとんどファースト次第でもあるが四本とも表現が揃っている。裏面の暗い主題あたりは原曲がつまらないからまあこうなるなというかんじだが、盛り上がって勢いを取り戻す腕は円熟している。なかなか。

続きを読む

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ザンデルリンク指揮ベルリン放送交響楽団(harmonia mundi)1966/10/3live・CD

最良のステレオ。好戦的だ。上手いオケ。やや統制が甘い感もあるがそれも引っくるめて主情的に盛り立てていくロシア伝統の演り方からこの人も影響を受けているのだなとわかる。激しい発音が耳を突く(ショスタコの好戦的なフレーズは非常に魅力的だがたいてい敵のテーマで、だらだらと流れる挽歌がメインテーマなので、「かりそめの空疎な盛り上がり」が「かりそめ」に聴こえない。総体的な演奏効果を考えると困るとこがムラヴィンスキー批判(あくまでヴォルコフ「証言」の中の話)にも通じてはいるのだろうけど、このまだザンデルリンクが意欲的な演奏をこうじていた時期のものを聴くと、作曲意図はどうでもよくて、こういう曲はドラマチックに盛り上げればいい、と思ってもしまう。作曲意図を重視しても耳だけで聞く側はなんだかよくわからなくなるだけのリヒャルト・シュトラウスの緻密な音楽が良いとは思わない。前半楽章はとにかく、圧倒的に戦闘意欲に満ちている。少しマーラーぽい響きもあるが、それまでの楽章のカウンターとなる三楽章にはマーラー的な陶酔がより強く出てくる。情的、しかし曲自体が単純な旋律と響きによる流れで出来上がっており構造的には醒めているし、さほど臭く感じることもない。ザンデルリンクらしく甘さのないドラマティックな歌が数珠繋ぎされてゆく(しかしまあ「革命」なる題の卑俗さよ)。四楽章はいきなりのスピードでコントラストがすごい。弦のアタックが甘くなったりブラスがギリギリだったり、変化についてけないオケの反応が気になる冒頭だが力で押し切るうちノリが合ってきて新即物主義的なスピードと力の音楽が派手に打ち鳴らされる。最初のクライマックスが潰えて初めて落ち着いて音楽を楽しめる、といったいきなりさがあるが聴いていて胸がすくのは間違いない。このあたりから構成のうまさと楽器の扱いの上手さが光る。漫然と聴いてもわからせる。ただ鳴らし直線的に進める指揮者とは違う。音量変化をさほどつけなくても色調でフィナーレを印象付けるところ、解釈の妙だろう。拍手なし。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ニコライ・マルコ指揮シドニー交響楽団(SLS)録音時期不明live

凄まじい録音の悪さで恐らく40年代のものか。ノイズに慣れていればマルコの調子良い時の音楽の力強さと元来この曲の持つ「ひたすらの」旋律の力で十分楽しめる。オケはショスタコならではのソロ剥き出しになると弱い部分もあるが、合奏は聞き取れる限りでは弱みはない。録音操作してこの音、である可能性もあるのでそれも錯覚かもしれないが、まあ、音盤は楽しめれば良いのである。ショスタコの非構造的な極度に単純化された書法を逆に強みととらえられるのは同じロシアの指揮者だからだろうか、ただの旋律とリズムと和音の筐体に、マーラー的な緩急をもって強靭な、もしくは柔らかく叙情的な表現を流し込んで、ショスタコという箱からははみ出ないが、期待される通りの革命であり、羽目を外すこともない。後年のBBCなどでやったようなきっちりした教師的解釈の部分は四楽章冒頭の固いテンポに現れてくるが、音は迫力があり前へ行かないからといってさほど悪い印象はない。最初の軽薄な盛り上がりより、その後の悲劇的展開に重点を置いているのは、オーソリティの見識だろう。緩徐部のテンポが冒頭と逆に早くて、木管が前のめりになってしまうのは初めてマルコ特有の解釈といえるところか、即興か(その後のまっとうな流れからして即興臭くもある)。ちょっとヴァイオリンが薄い感があるし萎縮したようなブラスの音も、フィナーレには惜しいが、これは単に録音のせいだろう。響きがいびつなのも録音のせいだろう。拍手は普通。

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」~だったん人の踊り

デルヴォ指揮パリ音楽院管弦楽団(EMI)CD

古い録音に耐性があればこれがあれば十分!踊りの部分は優美に聞かせにかかりリズミカルな舞踏になると小気味よい音楽が弾み音符の切れた素晴らしいアンサンブルがきける。やっぱりこのオケ好きだなあ。

続きを読む

サティ:バレエ音楽「本日休演」

アントルモン指揮RPO(CBS,sony)1970/5・CD

序曲~1幕と2幕からなり、この蘇演は極めて珍しいのではないか。間に上映された無声映画「幕間」の音楽のほうが有名になってしまったが、これがサティ最後の作品で、あまりにもスキャンダルを狙いすぎたおかげで揉み消さなければならないほどの名声の傷~それは「舞台の見えない舞台装置」などダダイストらにとっても同じだが~になっていることと無関係ではあるまい。ただ、サティの曲はもはやどこにもスキャンダラスな要素はない。きちっと時間を測ってその通りにスコアを割ったような音楽で、しかもその中身にサティらしいごつごつしたところはもはや僅かしかなく、「ふつう」なのである。「飽きてしまう」と言ってもいい。才能の枯渇というより「幕間」の実験に興味を惹かれて、こちらは悔しくも身に着けてしまった処世術~凡庸な作曲技法~で仕上げた、アントルモンもさすがにこの長ったらしい曲を最後まで魅力的に聞かせることは困難のようだ。

サティ:ジムノペディ1,2番(原曲3,1番)(ドビュッシー管弦楽編曲)

アントルモン指揮RPO(CBS,sony)1970/5・CD

ぶっちゃけて言ってしまえばサティの美学の粋に余計な音色をくっつけまくったドビュッシーの不恰好な編曲を「いかにならして聴かせるか」が主になる曲だと思う。アントルモンはソリストとしてサティに取り組んでいるだけあって、とくにブラスの音が世界観の邪魔をしないよう注意深く響かせている。そのうえでこの2曲を対比させるように明瞭に持ってくるような、もっとうまい指揮者はいると思うが、これなら大丈夫、という意味で一聴に値する。

サティ:バレエ音楽「パラード」

アントルモン指揮RPO(CBS,sony)1970/5・CD

そつのない演奏になってしまったか。フランスの専門指揮者のやる透明感ある少々壮大すぎる演奏や、同時代指揮者にたんをはっした勢いとキッチュさを押し出した「いかにもサティのイメージ」の演奏様式からすると突出したものはなく、どちらかというと前者だが、イギリスの色に染まっていない手練れオケによる品の良いパラードの域を出ない。逆に悪趣味を好まない向きはこのくらいが一番入りやすいだろう。

ドビュッシー:フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ

ランパル(fl)ラスキーヌ(hrp)ルキアン(Va)(forgottenrecords)1957/6/18live放送

ラスキーヌ、ランパルが入ると荒くなる印象をもつが、これはライヴならではか。ラスキーヌ以外の音色が無いように感じるのは録音の荒さもある。ルキアンは少し音が激しすぎて掠れる。最晩年に回帰した響きの繊細さをじっくり味わうのには向かず、「ソナタ」の即物的なドラマを疾走して楽しむのには向く。モノラル。

ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」

アンゲルブレシュト指揮ORTF他、ジャン=ポール・ジャノット(ペレアス)フランソワーズ・オジェア(メリザンド)ジェラール・スゼー(ゴロー)ジャニーヌ・コラール(ジュヌヴィエーヴ)ロジェ・ゴスラン(アルケル)ニコール・ロバン(イニョルド)ジャック・マース(医者)(ina配信/SLS)1955/11/24live

音は意外と良く、この繊細で終始静謐な曲を味わうには十分。歌唱はいずれも安定した手練揃いでアンゲルブレシュトは慣れたものだ。少し客観的で固い指揮に感じる向きもあるかもしれないが他の記録と比べてもむしろ高水準にあり、歌唱もふくめての調和はこの平坦な曲においては特によほど慣れた人でないとできないだろう。変に外連味ある演奏になってしまってはダメなのだ。内容をわかった上で聴けばさらに「聴きやすい演奏」ということがわかるだろう、私はよくわからないけれど、内容は。モノラル。

ヴォーン・ウィリアムズ:連作歌曲集「ウェンロックの断崖にて」(1909)

ステュアート・ウィルソン(T)レジナルド・ポール(P)マリー・ウィルソン四重奏団(DECCA)1929チェルシー・SP

初演者エルウェス(1917録音)に次ぐ骨董録音か。ヴォーン・ウィリアムズの初演も担ったことのあるテノールだがそれ以外では忘れられた感もある。表現は比較的大仰だが響きが浅く音量変化も付けず、嫌味がない。そしてピアノが素晴らしくドビュッシー的なリリシズムをかもし、録音のせいもありカルテットはやや引いた表現でほぼ聞こえない曲もあるものの、ピアノとは調和し、静かに丁寧に、「ブリードゥン」でテンポをたっぷりとって盛り上がりを作るところでも恣意性を感じさせることなく、儚げな世界を茫洋と拡げる。エルウェスとは時代が違うし独唱者も少し弱いものの、全てが一つのトーンで統一されており、それは紛れもなく完成期のRVWの薄明の感傷的なものである。まあ、詩人はこういう感情的には大仰なスコアを嫌ったそうだし、演奏も思いっきり感情に訴える(けれど響きは透明でフランス的)から、これでも正統とは言えないのかもしれないが、いや、ヴォーン・ウィリアムズとしては正統で、聞いた中で最も古い「ヴォーン・ウィリアムズらしいヴォーン・ウィリアムズの録音」である。ノイズを除去しきれないSPの音なのに、しばし沈黙してしまう盤なんてそうそう無い。収録時間の関係で3,4曲目が逆転しているが違和感はない。ブリードゥンの丘はほんとにギリギリ収まっている。つまり、SPの録音制約でなく、正しく解釈を取ったのだ。なかなかでした。

チャイコフスキー:交響曲第5番

アルバート・コーツ指揮LSO(HMV)1922/10-11・SP

webで聴ける。エリック・コーツとは別人。オケはイギリスの一流どころなので個人技はあるのだろうが、テンポは流れがちで即興的な表現も気になり、楽しむという意味ではメンゲンベルクとトスカニーニをかけあわせて4で割ったようなもの。グダグダな部分があんまりにも多く何かしらの思い入れがないと全曲聴くのは難しい。珍演好き向け。

グラズノフ:交響曲第8番

セレブリエル指揮ロイヤル・スコティッシュ国立管弦楽団(warner)2005/1/9・CD

オケの性向なのだが旋律への思い入れのなさが気になる。発音が型どおりでヴィヴラートやらニュアンスの付加がない。シンフォニックな演奏で総体としてはよく響き、グラズノフの円熟した技法を変な歪みなく聴けるのは良いといえば良いが、かえってマンネリズムをも浮き彫りにしてしまう。解釈抜きに旋律そのものの魅力だけで聴かせることも十分可能な作曲家だが、完成されたシンフォニーとしては最後にあたるこの曲にはそれまでみられなかった暗さや単純さ、古典的な構造性への傾倒が完全に西欧的な楽曲への脱皮をみせる箇所が随所にみられ、そのあたりの「変化」をチクルスの中で表現するに、もちろん無解釈ではなく細かなルバートなど独特のものはなくはないとはいえ、それまでのシンフォニーと同じトーンでやるのではなく、漆黒の二楽章も、これはこれで非常にわかりやすいが、なぜ漆黒でなければならなかったのか、物語性を求めたくもなってしまう。奇妙な半音階の浮き沈みしダイナミックな表現を示す特徴的なスケルツォは、弦に鋭さ、明確さが欲しくなる。中間部のテンポの落とし方は一本調子を避けて良いものだが、いずれ楽章間対比はグラズノフが重要視していたといつものだ。四楽章は全曲バランスを考えて雄大にやっている。全般、美しくニュートラルな演奏なので、苦手な向きは聴きやすいかもしれない。

ラヴェル:ハバネラ形式の小品(ヴァイオリン編)

ジェラール・プーレ(Vn)リグット(P)(SAPHIR)2001/12/8パリ(アルシペル)live・CD

ホール経営社による自社レーベルだが2000年代前半までの大物最後期のライヴ録音などマニアならずとも聞いておきたいものや他にないフランス音楽のレパートリーをまとめて聴けるので、レーベルとしてすでに存在しないがAmazonデジタル配信などで試してみてほしい。日本のヴァイオリン界に多大な貢献をされているプーレ氏が、ただ派手だったり原典主義のストイックさを聴かせたり程々の技巧で無難にフランス音楽としての音色だけを保ったような演奏ではなく、むろん高度な技術を背景に、時には楽曲の本質を刳り時にはまるで「再生機」のようにただ忠実な音を出すことで、楽曲それぞれへの即応性の優れたさまを示している。現代あるべき演奏の一つの模範を示し、例えばこの曲では抑制的に、音色が音楽を奏でているようだ。柔らかく、しかし精緻。

ラヴェル:ボレロ

デルヴォ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(COMMAND/forgottenrecords)1961/5パリ

これが意外や意外?まっとうにボレロでイメージ通りのボレロ。オケの音が少し鄙びているなどあるかもしれないが私の耳には久しぶりの変化球でも即興でもない、ほんとのボレロが聴こえてきた。音量変化はわりと最初から大きめだが、終盤で想像以上にでかくなるので問題なし。リズムは重めというか少し落ち着いたテンポだが、むしろこれがボレロだろう。耳のお口直しにおすすめ。
プロフィール

岡林リョウ

Author:岡林リョウ
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
リンク
カテゴリ
TAG

ストコフスキ 四重奏団 フィテルベルク ミュンシュ トスカニーニ コンドラシン バルビローリ 作曲家 モントゥ アンセルメ 作曲家演奏 ブール エネスコ ガウク ミトロプーロス ロスバウト サージェント オイストラフ フランセ ワイエンベルク ORTF アンゲルブレシュト サモスード デゾルミエール イワーノフ ゴロワノフ ムラヴィンスキー ピエロ・コッポラ モイセイヴィチ ベーム セル クーベリック カルミレッリ シュヒター バーンスタイン ビーチャム パシャーエフ ツィピーヌ アルベール・ヴォルフ パレー ウォレンスタイン アラール オーマンディ サモンズ 山田一雄 ロストロポーヴィチ シェルヘン モートン・グールド ギレー モイーズ 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード