ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ザンデルリンク指揮ベルリン放送交響楽団(harmonia mundi)1966/10/3live・CD

最良のステレオ。好戦的だ。上手いオケ。やや統制が甘い感もあるがそれも引っくるめて主情的に盛り立てていくロシア伝統の演り方からこの人も影響を受けているのだなとわかる。激しい発音が耳を突く(ショスタコの好戦的なフレーズは非常に魅力的だがたいてい敵のテーマで、だらだらと流れる挽歌がメインテーマなので、「かりそめの空疎な盛り上がり」が「かりそめ」に聴こえない。総体的な演奏効果を考えると困るとこがムラヴィンスキー批判(あくまでヴォルコフ「証言」の中の話)にも通じてはいるのだろうけど、このまだザンデルリンクが意欲的な演奏をこうじていた時期のものを聴くと、作曲意図はどうでもよくて、こういう曲はドラマチックに盛り上げればいい、と思ってもしまう。作曲意図を重視しても耳だけで聞く側はなんだかよくわからなくなるだけのリヒャルト・シュトラウスの緻密な音楽が良いとは思わない。前半楽章はとにかく、圧倒的に戦闘意欲に満ちている。少しマーラーぽい響きもあるが、それまでの楽章のカウンターとなる三楽章にはマーラー的な陶酔がより強く出てくる。情的、しかし曲自体が単純な旋律と響きによる流れで出来上がっており構造的には醒めているし、さほど臭く感じることもない。ザンデルリンクらしく甘さのないドラマティックな歌が数珠繋ぎされてゆく(しかしまあ「革命」なる題の卑俗さよ)。四楽章はいきなりのスピードでコントラストがすごい。弦のアタックが甘くなったりブラスがギリギリだったり、変化についてけないオケの反応が気になる冒頭だが力で押し切るうちノリが合ってきて新即物主義的なスピードと力の音楽が派手に打ち鳴らされる。最初のクライマックスが潰えて初めて落ち着いて音楽を楽しめる、といったいきなりさがあるが聴いていて胸がすくのは間違いない。このあたりから構成のうまさと楽器の扱いの上手さが光る。漫然と聴いてもわからせる。ただ鳴らし直線的に進める指揮者とは違う。音量変化をさほどつけなくても色調でフィナーレを印象付けるところ、解釈の妙だろう。拍手なし。
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ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ニコライ・マルコ指揮シドニー交響楽団(SLS)録音時期不明live

凄まじい録音の悪さで恐らく40年代のものか。ノイズに慣れていればマルコの調子良い時の音楽の力強さと元来この曲の持つ「ひたすらの」旋律の力で十分楽しめる。オケはショスタコならではのソロ剥き出しになると弱い部分もあるが、合奏は聞き取れる限りでは弱みはない。録音操作してこの音、である可能性もあるのでそれも錯覚かもしれないが、まあ、音盤は楽しめれば良いのである。ショスタコの非構造的な極度に単純化された書法を逆に強みととらえられるのは同じロシアの指揮者だからだろうか、ただの旋律とリズムと和音の筐体に、マーラー的な緩急をもって強靭な、もしくは柔らかく叙情的な表現を流し込んで、ショスタコという箱からははみ出ないが、期待される通りの革命であり、羽目を外すこともない。後年のBBCなどでやったようなきっちりした教師的解釈の部分は四楽章冒頭の固いテンポに現れてくるが、音は迫力があり前へ行かないからといってさほど悪い印象はない。最初の軽薄な盛り上がりより、その後の悲劇的展開に重点を置いているのは、オーソリティの見識だろう。緩徐部のテンポが冒頭と逆に早くて、木管が前のめりになってしまうのは初めてマルコ特有の解釈といえるところか、即興か(その後のまっとうな流れからして即興臭くもある)。ちょっとヴァイオリンが薄い感があるし萎縮したようなブラスの音も、フィナーレには惜しいが、これは単に録音のせいだろう。響きがいびつなのも録音のせいだろう。拍手は普通。

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」~だったん人の踊り

デルヴォ指揮パリ音楽院管弦楽団(EMI)CD

古い録音に耐性があればこれがあれば十分!踊りの部分は優美に聞かせにかかりリズミカルな舞踏になると小気味よい音楽が弾み音符の切れた素晴らしいアンサンブルがきける。やっぱりこのオケ好きだなあ。

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サティ:バレエ音楽「本日休演」

アントルモン指揮RPO(CBS,sony)1970/5・CD

序曲~1幕と2幕からなり、この蘇演は極めて珍しいのではないか。間に上映された無声映画「幕間」の音楽のほうが有名になってしまったが、これがサティ最後の作品で、あまりにもスキャンダルを狙いすぎたおかげで揉み消さなければならないほどの名声の傷~それは「舞台の見えない舞台装置」などダダイストらにとっても同じだが~になっていることと無関係ではあるまい。ただ、サティの曲はもはやどこにもスキャンダラスな要素はない。きちっと時間を測ってその通りにスコアを割ったような音楽で、しかもその中身にサティらしいごつごつしたところはもはや僅かしかなく、「ふつう」なのである。「飽きてしまう」と言ってもいい。才能の枯渇というより「幕間」の実験に興味を惹かれて、こちらは悔しくも身に着けてしまった処世術~凡庸な作曲技法~で仕上げた、アントルモンもさすがにこの長ったらしい曲を最後まで魅力的に聞かせることは困難のようだ。

サティ:ジムノペディ1,2番(原曲3,1番)(ドビュッシー管弦楽編曲)

アントルモン指揮RPO(CBS,sony)1970/5・CD

ぶっちゃけて言ってしまえばサティの美学の粋に余計な音色をくっつけまくったドビュッシーの不恰好な編曲を「いかにならして聴かせるか」が主になる曲だと思う。アントルモンはソリストとしてサティに取り組んでいるだけあって、とくにブラスの音が世界観の邪魔をしないよう注意深く響かせている。そのうえでこの2曲を対比させるように明瞭に持ってくるような、もっとうまい指揮者はいると思うが、これなら大丈夫、という意味で一聴に値する。

サティ:バレエ音楽「パラード」

アントルモン指揮RPO(CBS,sony)1970/5・CD

そつのない演奏になってしまったか。フランスの専門指揮者のやる透明感ある少々壮大すぎる演奏や、同時代指揮者にたんをはっした勢いとキッチュさを押し出した「いかにもサティのイメージ」の演奏様式からすると突出したものはなく、どちらかというと前者だが、イギリスの色に染まっていない手練れオケによる品の良いパラードの域を出ない。逆に悪趣味を好まない向きはこのくらいが一番入りやすいだろう。

ドビュッシー:フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ

ランパル(fl)ラスキーヌ(hrp)ルキアン(Va)(forgottenrecords)1957/6/18live放送

ラスキーヌ、ランパルが入ると荒くなる印象をもつが、これはライヴならではか。ラスキーヌ以外の音色が無いように感じるのは録音の荒さもある。ルキアンは少し音が激しすぎて掠れる。最晩年に回帰した響きの繊細さをじっくり味わうのには向かず、「ソナタ」の即物的なドラマを疾走して楽しむのには向く。モノラル。

ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」

アンゲルブレシュト指揮ORTF他、ジャン=ポール・ジャノット(ペレアス)フランソワーズ・オジェア(メリザンド)ジェラール・スゼー(ゴロー)ジャニーヌ・コラール(ジュヌヴィエーヴ)ロジェ・ゴスラン(アルケル)ニコール・ロバン(イニョルド)ジャック・マース(医者)(ina配信/SLS)1955/11/24live

音は意外と良く、この繊細で終始静謐な曲を味わうには十分。歌唱はいずれも安定した手練揃いでアンゲルブレシュトは慣れたものだ。少し客観的で固い指揮に感じる向きもあるかもしれないが他の記録と比べてもむしろ高水準にあり、歌唱もふくめての調和はこの平坦な曲においては特によほど慣れた人でないとできないだろう。変に外連味ある演奏になってしまってはダメなのだ。内容をわかった上で聴けばさらに「聴きやすい演奏」ということがわかるだろう、私はよくわからないけれど、内容は。モノラル。

ヴォーン・ウィリアムズ:連作歌曲集「ウェンロックの断崖にて」(1909)

ステュアート・ウィルソン(T)レジナルド・ポール(P)マリー・ウィルソン四重奏団(DECCA)1929チェルシー・SP

初演者エルウェス(1917録音)に次ぐ骨董録音か。ヴォーン・ウィリアムズの初演も担ったことのあるテノールだがそれ以外では忘れられた感もある。表現は比較的大仰だが響きが浅く音量変化も付けず、嫌味がない。そしてピアノが素晴らしくドビュッシー的なリリシズムをかもし、録音のせいもありカルテットはやや引いた表現でほぼ聞こえない曲もあるものの、ピアノとは調和し、静かに丁寧に、「ブリードゥン」でテンポをたっぷりとって盛り上がりを作るところでも恣意性を感じさせることなく、儚げな世界を茫洋と拡げる。エルウェスとは時代が違うし独唱者も少し弱いものの、全てが一つのトーンで統一されており、それは紛れもなく完成期のRVWの薄明の感傷的なものである。まあ、詩人はこういう感情的には大仰なスコアを嫌ったそうだし、演奏も思いっきり感情に訴える(けれど響きは透明でフランス的)から、これでも正統とは言えないのかもしれないが、いや、ヴォーン・ウィリアムズとしては正統で、聞いた中で最も古い「ヴォーン・ウィリアムズらしいヴォーン・ウィリアムズの録音」である。ノイズを除去しきれないSPの音なのに、しばし沈黙してしまう盤なんてそうそう無い。収録時間の関係で3,4曲目が逆転しているが違和感はない。ブリードゥンの丘はほんとにギリギリ収まっている。つまり、SPの録音制約でなく、正しく解釈を取ったのだ。なかなかでした。

チャイコフスキー:交響曲第5番

アルバート・コーツ指揮LSO(HMV)1922/10-11・SP

webで聴ける。エリック・コーツとは別人。オケはイギリスの一流どころなので個人技はあるのだろうが、テンポは流れがちで即興的な表現も気になり、楽しむという意味ではメンゲンベルクとトスカニーニをかけあわせて4で割ったようなもの。グダグダな部分があんまりにも多く何かしらの思い入れがないと全曲聴くのは難しい。珍演好き向け。

グラズノフ:交響曲第8番

セレブリエル指揮ロイヤル・スコティッシュ国立管弦楽団(warner)2005/1/9・CD

オケの性向なのだが旋律への思い入れのなさが気になる。発音が型どおりでヴィヴラートやらニュアンスの付加がない。シンフォニックな演奏で総体としてはよく響き、グラズノフの円熟した技法を変な歪みなく聴けるのは良いといえば良いが、かえってマンネリズムをも浮き彫りにしてしまう。解釈抜きに旋律そのものの魅力だけで聴かせることも十分可能な作曲家だが、完成されたシンフォニーとしては最後にあたるこの曲にはそれまでみられなかった暗さや単純さ、古典的な構造性への傾倒が完全に西欧的な楽曲への脱皮をみせる箇所が随所にみられ、そのあたりの「変化」をチクルスの中で表現するに、もちろん無解釈ではなく細かなルバートなど独特のものはなくはないとはいえ、それまでのシンフォニーと同じトーンでやるのではなく、漆黒の二楽章も、これはこれで非常にわかりやすいが、なぜ漆黒でなければならなかったのか、物語性を求めたくもなってしまう。奇妙な半音階の浮き沈みしダイナミックな表現を示す特徴的なスケルツォは、弦に鋭さ、明確さが欲しくなる。中間部のテンポの落とし方は一本調子を避けて良いものだが、いずれ楽章間対比はグラズノフが重要視していたといつものだ。四楽章は全曲バランスを考えて雄大にやっている。全般、美しくニュートラルな演奏なので、苦手な向きは聴きやすいかもしれない。

ラヴェル:ハバネラ形式の小品(ヴァイオリン編)

ジェラール・プーレ(Vn)リグット(P)(SAPHIR)2001/12/8パリ(アルシペル)live・CD

ホール経営社による自社レーベルだが2000年代前半までの大物最後期のライヴ録音などマニアならずとも聞いておきたいものや他にないフランス音楽のレパートリーをまとめて聴けるので、レーベルとしてすでに存在しないがAmazonデジタル配信などで試してみてほしい。日本のヴァイオリン界に多大な貢献をされているプーレ氏が、ただ派手だったり原典主義のストイックさを聴かせたり程々の技巧で無難にフランス音楽としての音色だけを保ったような演奏ではなく、むろん高度な技術を背景に、時には楽曲の本質を刳り時にはまるで「再生機」のようにただ忠実な音を出すことで、楽曲それぞれへの即応性の優れたさまを示している。現代あるべき演奏の一つの模範を示し、例えばこの曲では抑制的に、音色が音楽を奏でているようだ。柔らかく、しかし精緻。

ラヴェル:ボレロ

デルヴォ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(COMMAND/forgottenrecords)1961/5パリ

これが意外や意外?まっとうにボレロでイメージ通りのボレロ。オケの音が少し鄙びているなどあるかもしれないが私の耳には久しぶりの変化球でも即興でもない、ほんとのボレロが聴こえてきた。音量変化はわりと最初から大きめだが、終盤で想像以上にでかくなるので問題なし。リズムは重めというか少し落ち着いたテンポだが、むしろこれがボレロだろう。耳のお口直しにおすすめ。

ディーリアス:ピアノ協奏曲

フォーク(P)デル・マー指揮RPO(UNICORN)1991版・CD

いかにも古臭い曲で両端部で少し妖しい和声が世紀末ディーリアス感をかもすほかはほとんど前時代の遺物、すなわち同時代に世にあふれていたであろう二流作曲家のロマン派協奏曲ふうである。どこかで聞いたことのあるような代物で、これの原総譜が返却されないことに怒っている代筆書簡を持っているが、なんでこんな曲にすでに個性的作風を確立していたディーリアスがこだわったのか理解不能なところもある。新しい録音でも、これが単一楽章のまとまった曲でなければ聴いてられない・・・と私は思う、そういう曲である。

ミヨー:交響曲第4番

フランシス指揮バーゼル放送交響楽団(CPO)CD

新しい録音は珍しいミヨーの大交響曲なのでこの全集は貴重。革命歌等に彩られた派手で聴きやすい一楽章、四楽章を持つだけにミヨーの大交響曲でも一番に推せる曲、自然に聴こえるよう精緻に整えられた複調性の響きや絡み合う構造的なリズムは入門編としても完全である。交響曲におけるミヨーが牧歌の延長ではなくしっかり西欧的な交響曲をフランスの現代作曲家として四楽章制で書ける人だった、その才人ぶりを知るにも好都合の一枚だ。

ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲

ジョドリー(Vn)ミュンシュ指揮ORTF(ina他)1954/6/19ストラスブール祭live

Amazonデジタル配信とina.frは記載曲名が違うがまったく同じもの。ムラヴィンスキーのコンサートの代わりとして決まった割にはさすがミュンシュといった完成度で、ハチャトゥリアンがじつにやりやすく書いていて、ソリストも相当の腕前であることを念頭に置いても、聴き応えは満点だ。ミュンシュ向きの曲だし、ソリストも強靭に、荒々しくすべきところは音を掠らせて、冒頭から最後まで弾きっぱなし、単線的な細かい音符の数珠つなぎでオケを引っ張っていく。大ブラヴォが出てしかるべし、ハチャトゥリアンがソヴィエトにありながら個性をどう保ちアルメニア民謡をコダーイでもバルトークでもない古来ロシアのやり方でもない形で一般人に届く音楽に仕立てたのか、よくわかる。バッハの無伴奏がアンコール。こちらは何も届いてこない。ミスもひどい。

オネゲル:ラグビー

コッポラ指揮グラモフォン交響楽団(GRAMOPHONE/lys)1929/3/4・CD

パシフィック231と対をなす爽快な運動的小品で、ここではコッポラはオケの捌きの腕を存分に発揮し立体的な書法により巧みに錯綜する音楽を不断のリズムとテンポにのせてしっかり突き通していく。オケは時代なりの精度ではあるが、コッポラらしい、時代を超越した現代的な演奏にもなっている。

フローラン・シュミット:サロメの悲劇

コッポラ指揮グラモフォン交響楽団(lys他)1929/9パリ・CD

ルーセル、オネゲル、ラボーとの組み合わせというさすがにスキモノしか買わないようなCDだがSPではすでに何曲か聴いていたのでその耳で未聴のこれを聴くと、板起こしの段階でパワーダウンしてるところはあるんだろうなあ、というところ。だがしかしフローランのロマンティックで稀有壮大な音楽はsp向きではないし、この曲はそうは言ってもとくに前の方は典雅な雰囲気もあるので、逆にそういう空気を醸すには音がこもりすぎている。あくまで記録として(自作自演を除けば初録音だろうか)、何でも振る職人指揮者のレパートリーのひとつと捉えるのが良い、というところだ。

オネゲル:夏の牧歌

クーベリック指揮ACO(RSR/cascavelle他)1959/11/4モントルー音楽祭live・CD

クーベリックの芸風からしてオネゲルは交響曲向きであり、落ち着いた趣の同曲には正直向かない。オケが中欧的なためブラスなど管楽器の重い響きに違和感があり、満を持して弦楽器が出てくるまで余りにもリアルで、あと残響付モノラル音源の硬質さが馴染めなかった。ただ、この静かで穏やかな高地の夏、という趣の曲にはやっぱりオネゲルらしい立体的な書法が施され、削ぎ落とすRVWとはまったく異なる。ロマンティックなディーリアスとも異なる。構造性をはっきり浮き彫りに、力強く表現するところは独特のおもしろみと迫力がある。余技的演奏かもしれないが、同曲と、幻想交響曲が好きならどうぞ。

オネゲル:交響曲第2番

クーベリック指揮ORTF(ina/forgottenrecords)1956/2/23live(3/1放送)

ina配信とAmazonデジタルはおそらく同じ音源。実直な演奏で、メリハリがなく終始重苦しい。これはあまり解釈せずになじみのない異国の作曲家の曲のような感覚で、スコアのままに仕上げたものか。最後のトランペットも地味で、しかしそういう表現は私はあっているとは思うのだが、録音のモノラルでけしてよくはない、その状態では単に力を抜いて吹いたように聴こえてしまう。とにかく、教科書的と言っておこうか。同曲は1978/2/2のNYPライヴがありアルヘリチとの一期一会の記録とともに著名だったようだが現在聴けるかどうか不明(10年近く前はweb配信されていたがリンク切れ)。オネゲルについてはモノパルティータがtahraから(もともとは当のイリノイ大学が無料配信していた)、3番がFKM(裏青)からでていた(る)。1959/11/4の夏の牧歌のライヴ(ACO)があり、最初はcascavelleが発掘した音源のようで、私もさきほどまで知らなかった。RSR(RTS Radio Television Suisse(Evasion Music))よりCOLLECTION SEPTEMBRE MUSICAL Vpl.6として正規再発があり(一部日本代理店でも扱いあり、ただラインナップは少ない)、ベルリオーズの幻想とともにモントルー音楽祭ライヴとしてAmazonデジタルで配信販売されている(単曲可能、ただ海外だと全盤としては配信は半額近く、クラウド利用できるかどうか、安心感があるか価値を認めるかどうか。CDはリンク先で買えるが高い)。これがすべてのようである。
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