ラヴェル:ハバネラの様式による小品

ソロフィエフ(Vn)ナテルマン(P)(meloclassic)1960/1/18北ドイツ放送スタジオ録音・CD

素直な小品を率直にやっている。あまり大げさに民族様式を煽る表現を取る人ではなさそうだが、それにしても沈潜するように深い音色で、朴訥ですらある印象。ラヴェルに潜在するラテンの心がまったく浮き立たず、演奏的には良いのかもしれないが、面白さとは別だ。
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2018年末2019年始の日記~ショスタコーヴィチ7番の番組など

楽器継続(上達)はしょせん投資と余暇の有無で決まるなと思って久しいな。やる人はやるんだが、他のことができなくなる。rt

posted at 11:50:08

ビックカメラで完全ワイヤレスフォンラインナップみてきた。でかい。いま売れ筋らしき筐体みんなでかすぎ。

posted at 22:12:36

音楽ブログは聖域なのでランキング二桁までいくと警戒。。瞬間風速ならどうせ掲示板かなんか。ほっといたらアクセス集中してることはあるが、見なきゃ全くわからない。カテゴリをちゃんと分けるようにしたからだな。アクセス解析見るのは承認欲求から、しかし知らないですむ炎上なら見ない方が良い。

posted at 22:20:48

なぜか日本との友好を祝した曲がえらばれてましたが何かあったのかなあ(地味な曲多めだったし楽友協会ホール暗かった)rt VPニューイヤーコンサート

posted at 21:28:34

乏しい語彙と定型化した比喩によって記号的に処理するのが短文大量の音盤評だと思ってやってるが、つい修辞が多くなるし表現を回りくどくしてしまう。それは誰でもやることなんだよ。。誰でも技術でできてしまうんだ、本質ではないし、心地良くとも伝わらない。

posted at 01:13:57

horen完全ワイヤレスフォン、左(メイン)ピース不調。操作を受け付けない、しょっちゅう断する。小さくて高スペックのものは壊れやすいのはしょうがない。→続く

posted at 17:44:32

正月最も素晴らしかった番組「ショスタコーヴィチ死の街を照らした交響曲第7番」レニングラード攻防戦最中の「レニングラード」初演にまつわる露米紀行。細かい時系列、オケの実体がはっきり示される。エリアスベルク(目つきが似てる)とジダーノフの出てくる再現Vなど今まであっただろうか(笑)日本で前者の情報は余りにも少なく昔少し調べたが断片的で役に立たなかった。散発的にブログにメモしておいたが情報はこの放送の方が新しく正しい。エリアスベルクは良い録音が無いため名は知られないが幸いこの曲を実況録音してはいる。米国初演とレニングラード初演の違いすぎる状況。前者初演がここまで「アメリカ的」だったとは。初演争奪戦がプロモータの策略で、露出身クーセヴィツキーやロジンスキ(1番振ってる最中パールハーバー)、ストコフスキという初演専門指揮者ではなく、不向きとも思える反ファシズムのシンボル、トスカニーニに決まったこと。ストコの基地慰問映像、この巨大な曲に最も向いていたこの人の演奏の前、ソ連大使スピーチは始めて見た。戦争とクラシック音楽はこのころ激しく同調し、とんでもない力となって敵にも響いた。砲弾のもとでの演奏は何もソヴィエトだけではない。ドイツもまた爆音の響く中レコーディングまでしていた。人間性への回帰という「レニングラード」ほど迫真味を持ち合わせた曲を、古典主義ドイツは持たなかったというだけで。しかしまあ、レニングラード初演メンバーはもう独りも生きていないのか。。


ショスタコーヴィチ自身があまり出てこないのもこの番組の特徴だ。作家は作品とは別なのである。ショスタコーヴィチは永遠の謎であり、技術と霊感以外は想像するしかない。エリアスベルクは手元にこれだけある。残念なのは何一つ、記憶に残っていないこと。才能は機会とは別物なのだ。機会の奇跡。

パーヴォ氏の録音をネーメさんと勘違いして、何故かこれは名演だ、と書いたらそれ息子さんのレコードだ、と指摘されたこともあった。適任だろう。

ソ連の音楽に熱狂するアメリカ人民。バルトークの内心はオケコンの間奏曲で「レニングラード」を戯画化した(と言われる)ところに透けて見える。その初演クーセヴィツキーは「レニングラード」アメリカ初演を逃したわけで、因縁といえば因縁かなー。

posted at 18:36:28

結果としてスクリアビンぽい。"Florent Schmitt ? Reves, Op.65" を YouTube で見る https://youtu.be/wlncACAfaD8

Bluetoothの不安定化がどうしようもない。断接を繰り返す。フォンへも影響か。エラー表示頻発するFlickrか中国製スマートブレスレットの管理アプリDa fitか、後者機能が不安定ですでに使っていないし、きっかけだった気もするので削除。ロケットニュースでも怪しいと書いてたな。

posted at 10:53:55

番組名わすれたけどハプスブルグ家をめぐるオーストリアドイツの旅みた。こういうのは見ないが見ると面白い。イキって早口英語で話しかけた人も外国人で答えが得られない場面とか地上波では流さないだろう。ベートーヴェンがモーツァルトを模倣した話は音が違う、構造の話なので普通パクリとは言わないよね。。

posted at 21:03:19

恋するクラシックって初めて見るが、なんかちょっとクラヲタ臭がするのでやめる。マーラーより古い作曲家どうでもいい(仕事でモーツァルトの秘曲解説を泣きながら打ってた記憶がふと)

posted at 21:04:38

目眩激化するのはクラヲタアレルギー。。平均律クラヴィーア曲集1-1はアヴェ・マリアの記憶が蘇るのでしぬ。

posted at 21:06:00

ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」第二組曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(放送)1960/5/4NHKホールlive(映像)

何かメディアになっていた気がする。ネットで観られる。夜明けではミュンシュは冷静に振り、オケは(個人的にフランスオケよりボストン交響楽団のほうが良い)綺羅びやかな音を振りまき、精度もかなり高い。といっても映像上事故はあり、コンマスがミュートを外し忘れて独り落ちている箇所等目は引くがこの録音では影響はまったくわからない。ともかくミュンシュの棒もあってないようなもので大きなタクトの打点がはっきりしないような振り方もしていて、それでここまでまとまり、力強く美しく推し進め全員の踊りではそれでも少し個性的な表情付けもバッチリ。かなり良い出来である。オケとは別に(もっともオケも冷静ではないように見えるが)ミュンシュはさいご激しすぎてバンスタより激しい上半身の動きをみせ、鬼のような顔で終わる。さっと指揮台を降りると汗だらけの顔は和んでいる。このときの聴衆は幸運だ。

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ヴォーン・ウィリアムズ:チェロと管弦楽のための暗い牧歌(マシューズ編)

イッサーリス(Vc)ダニエルズ指揮BBC交響楽団(放送)2010プロムス初演live(映像)

ネットで観ることができる。録音はどうしても悪くなるのでチェロの低音が聞こえづらく、またさすがに編曲初演のため硬さも否めないが、オケがオケだけにバックアップは万全で美しい。プロムスではしばしば雑な演奏もあるので、ちゃんと名の通ったオケ、指揮者そしてソリストということで安心もある。小規模作品だが重く沈潜するような雰囲気はRvwとして独特でもあり、演奏機会も増えるのではないか。

ウォルトン:弦楽四重奏曲イ短調

○ガブリエリ四重奏団(chandos)CD

ハリウッド四重奏団が作曲家の理想とすればいささかゆったりし過ぎて残響も多く締まらないように聴こえるかもしれない。しかしもともと尖鋭な作曲家であったウォルトンの硬質な響が随所に挿入されたこの曲は、丁寧にしっかりそれをわかるように聴かせる必要がある(これはラヴェルと同じ)。残響の多さはそれを強調するものとなっている。ウォルトンは「響きの作曲家」でもあり、平易な流れを彩るそれらこそがウォルトンを人気作家たらしめた個性なのだ。この楽団は技術的な不足はないもののパワー不足を感じるが、中庸なスタイルである以上に、この曲を丁寧に再現するほうに注力したのだろう。良いステレオであり、同曲の入門にむしろふさわしい。

ベルリオーズ:幻想交響曲

オッテルロー指揮ハーグレジデンティ管弦楽団(PHILIPS)1959/6/10-12・CD

全くインテンポの無味乾燥なワルツを聴いて、どうしようかと思ったが断頭台への行進などラストへ向けてのヒステリックなアタックと力感あふれる突進はカッコいいと言わざるを得ない。木管など合いの手や怒りの日のモチーフが立体的に絡んでくるところは、弦楽器の素晴らしいアンサンブルともども胸のすく聞き心地。オケはメロディの直線ではなく絡み合いなのだと改めて思わせる。同時代にまだ多かったトスカニーニスタイルと、現代的というか、北方的な理知性の両立した素晴らしい結末だった。

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

コンドラシン指揮クリーヴランド管弦楽団(FKM)1979/1/28live

あっさりした演奏だがノイジーなのと弦がかなりバラけるのでパッとしない。音は明るく、だがそれゆえに浅薄でショスタコーヴィチらしい暗さがなく、コンドラシンも積極解釈する人ではないため、あっさり聴けてしまう以上のものはない。うーん。

プロコフィエフ:キージェ中尉組曲

コンドラシン指揮クリーヴランド管弦楽団(FKM)1979/1/28live

バラけ気味だが鋭くリズムを刻み乾燥した音で突き進めてゆくコンドラシン。幸福感や皮肉な調子といった情緒的側面は浮き彫りにされないが、明るい音+純粋に音の躍動という点では十二分の効果を発するよう演奏させている。骨皮の印象はあるものの、曲が名旋律に彩られた平易なものであるがゆえ耳は楽しませる。録音にもホワイトノイズがのりステレオではあるがやや聞き辛く、おすすめにはできないがコンドラシンの技量は垣間見られる。

あけましておめでとうございます

本年もよろしくおねがいします
撮りたての写真を

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番

チェルカスキー(P)クリップス指揮NYP(forgottenrecords)1961/11/25live

プロコフィエフの野心が剥き出しになってなお根底のロマンチシズムが浮き上がってくる内容豊富な作品で、フランス的な洗練というかストラヴィンスキー的な洗練というか、メロディや構成が依然よくわからないような独創性を1番と比較にならないほど盛り込み、しかしチェルカスキーの粒だった軽やかなスタイルとそれに見合った軽々としたクリップスの棒が、だるさや重さを感じさせずに最後まで聴かせている。聴きやすいモノラル録音であるのもいい。チェルカスキーはびっくりするほど簡単に弾いているように聴こえる。

ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第6番

ノリントン指揮サン・フランシスコ交響楽団(放送)1997live

webで聴ける。ノリントンのアクの強さが出ておりダイナミック。誇張されたアゴーギクが戦争交響曲に実にぴったりなのは三楽章。ヴォーン・ウィリアムズの書いた最も悪魔的な(カッコいい)楽章だが、響きを整えるよりもささくれだったダイナミズムを煽ることに主眼を置いて度肝を抜く。こんなにカッコいい作曲家だったのか。ノリントンのRVWの読みは深い。これも単なる客受けを狙ったものではなく、すべての生きとし生けるものを蹂躙していく国家の「躁状態」を糾弾している。四楽章を味わうにはノイジーなステレオだが、ノリントンは田園的な音楽より都会的な音楽が似合う。バルビのように感傷を加えるのではなく、なんの味わいもない(ノリントンらしさかもしれないけれど)音の羅列を素っ気なく提示している。漫然とやらず構造を抉り出しホルストとの共通点を炙り出す。前の楽章でも軍隊がラッパを吹き鳴らし(三楽章ではジャズ風の乱暴なフレーズを皮肉に撒き散らし)キャタピラが地面を踏み均していくさまを、抽象化して決してそれと聴こえないようにしていたが、四楽章もまた抽象的だ。しかし音楽としてかなり良い線をいっている。さらにオケに恵まれている。派手で技術レベルも高いアメリカオケはなぜかこの曲に合う。なかなかです。

オネゲル:バレエ組曲「アンフィオン」

作曲家指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送管弦楽団(forgottenrecords)1949/5/29放送live

作曲家がロスバウトのオケを振った大変珍しい二枚組で、オネゲルの自作自演というとたしか戦前の交響曲一曲協奏曲二曲を含むSP録音群、晩年の「ダビデ王」および歌曲伴奏くらいしか無かった。まだ40年代の放送録音なので状態の悪さは仕方ないが、残響を加え拡がりをだしている(ゆえにノイズも拡がりが加わり耳心地は良くない)。音場が左右にぶれたりするので素直にモノラルで聴きたい気もするが、この曲は冒頭からやたらと豊潤な和音が変化しながら続く趣向で、情報量やクリアさがないと美質が伝わりづらく、モノラルの狭い音よりは原音に近いかもしれない。オネゲルの棒がそうやってるだけかもしれないけれど旋律が細く、むしろ和音の連なりによって色調変化をあらわし、さらにバッハ風の機械的構造をもって曲を作り上げていく。ヒンデミットのわかりやすいほうの作品を思い起こすところもあった。バーデン・バーデンのオケはロスバウトのとき同様渋い音で、けして色彩感はないが透明感はあり、この輝きと透明感がひたすら売りの作品には向いている。組曲というが切れ目はない。

モーラン:交響曲第2番ホ短調のためのスケッチ(イエイツ補筆完成版)

イエイツ指揮ロイヤルスコティッシュ国立管弦楽団(dutton)CD

モランは親しみやすさと過剰な親しみやすさで人気はあるが、固定ファンはあまりいない気がする。ヴォーン・ウィリアムズや一部ウォルトンを思わせるのは、彼らに少なからずあるシベリウスの一際強い書法面での影響があるからだろう。編曲作品ではあるが正規交響曲と比べても聴き映えはするこの曲、奇数楽章の落ち着いた、しかし時折華やかすぎるほど華やかで、いささか常套的な垢抜けた響きは特徴的であり、イギリス的な慎ましやかさと内に秘めた思いの発露、好きな人はとても好きであろう。また四楽章もさすがに有名作曲家のものに比べまとまりや構成に難はあるが、それなりに楽しめる。だが二楽章は渋い。渋い曲が好みな人もたまにいるのでいいが、これはあまり楽しくない。バックスが好きなら楽しめるかもしれない。オケは美にこだわり音のキメの細やかさで多少の雑味も覆い隠す。

ヒンデミット:交響曲「世界の調和」

ヨッフム指揮バヴァリア放送交響楽団(forgottenrecords)1952/2/8

二十世紀にこれほどカッコいいフィナーレを描いた作曲家はいただろうか。シンプルにただ昇りつめるだけの三楽章「宇宙の音楽」。ラストを大きく崩して派手にやる演奏が無いのはヒンデミットの緊密過ぎる書法か単にヒンデミットの流儀がそうだったからか、しかしこれはもともと巨大なオペラであり、自作自演の短縮版でさえ2枚組CDである。そのラストをこれほど短く切り詰めたとしても、何か演出が欲しい。難点はセクション毎の音量差というか、悪い録音だと弦楽器の音がそっくり落ちて聴こえることが多い。合奏で揃えるのが難しい、ヒンデミット特有の細かいスケールの無限とも思える繰り返しはその原因の最大のものだろう。ぼこっと音が落ちて聞こえるのはフルトヴェングラーの悪い録音もそうだし、この盤もそうである。自作自演に似た作為の少ないこの演奏はオケに過失があるとも思えず、撚れの多い録音からも収録側の問題でそうなったのだろう。ヨッフムはオケ扱いが上手く欠点を作らないが、踏み外さないことからくる「小ささ」が感じられる。貧弱な録音では尚更、この「天球」を相手にした誇大妄想的なテーマと比べて違和感を感じる。ラストどんづまりでブラスに表情を付けるが、特徴的なのはそれくらいか。この曲は良い録音がなく、自作自演、フルトヴェングラー、ムラヴィンスキーのいずれもスピーディーな演奏であり、ヨッフムもまた同傾向で、そこに負けないものは感じさせなかった。拍手なし。

ジョリヴェ:弦楽四重奏曲

パスカル四重奏団(contrepoint/forgottenrecords)1950・LP

frは無加工板起こしでノイジー。曲はゴリゴリの現代曲。ジョリヴェ得意の南国趣味、呪術趣味は現れておらず、三楽章の珍妙な音に僅かあるようなないような。パスカルの美音でなんとかフランス的な美質を被せようとしているのはわかるが、最後もよくわからない終わり方だし、無調を楽しめる人にしか向かない。

旧譜抱き合わせボックスのCDは最新リマスタリングでも音が悪げ、CRQeditionsレーベルについて他

CRQエディションはrレーベルで復刻が主。カデンツァさんのページに詳しい。これは恐らく既出盤 "Gliere 'Ilya Murometz' - Stokowski conducts the Cleveland Orchestra" https://youtu.be/JkAvWYzUXFw

Youtubeの音は良い。別録なら手を出すところだが。演奏は私はあまり好まなかったみたい→ https://t.co/sGzrBG0Nu2

カデンツァさん。CRQは直販もあり。 https://t.co/0GBkLZWNpU

SCRIBENDUMのロジンスキのラフマニノフ2番はEMIと同じNYPライヴでした。

スピーカー聴きして音が悪いと思ったCDが優秀録音と知り耳を再び疑い出す。これは聴力でない何かだ。

HMVが新譜CDとボックスの年末ラッシュ、ついにまとめ買いするも、最後の発売が今年度末。まとめ買いバーゲンは一点しかないので分割して買ってもよかったが、今すぐには聴く時間がないからいいかな。あとアリアはCD-Rやめて旧譜叩き売りでどっちらけてしまい、来年更新は微妙。

段ボールジャケの数十枚CDボックスがクラシック旧譜まとめの主流になり、ダンピングしては毎回「最新リマスタリング」とか書いてくるが、きほん段ボールジャケは音が悪い気がする。上質紙で丁寧に包んでた頃よりCDの物理的な質がおちてるというか、海賊盤のような整形、重さになってるような。

ピアノとどっちがオリジナルなんだろう"Ralph Vaughan Williams - Charterhouse Suite for strings" を YouTube で見る https://youtu.be/q__KMRoOdo0

ヴォーン・ウィリアムズ:四季のフォークソング(ダグラス編曲)

イエイツ指揮ロイヤルスコティッシュ国立管弦楽団(dutton)CD

四季と名付けられているが5曲あり、民謡の標題をもつが主題が四季の順になっているわけでもなく配置は自由である。曲的には短い。四、五楽章は静謐な場面で5番交響曲を思わせる響きを伴いRVW特有の単純な民謡編曲ではない(ダグラスの編曲かもしれないが)。フォルムがやや弱いというか、いつもの明快な調子でもない。演奏はソリストが良く、このオケらしい美質を伝えている。

ヴォーン・ウィリアムズ:セレナーデ イ短調(ラッシュトン編)

イエイツ指揮ロイヤルスコティッシュ国立管弦楽団(dutton)CD

1898年作品ということで、ラヴェル師事前の中欧的なカッチリ古風な様式による。しかし実に清澄で耳に優しい作品だ。グリーグなど国民楽派の流れにありながら高貴な雰囲気が漂い、しかもオーケストレーションが上手い(編曲の腕だろうか)。面白く聴ける音もありブルッフで停滞しているわけでもない。演奏もやりやすいのか、とくにRVWらしいロマンス(四楽章)やその前の楽章は美麗で聴き応えがある。これは良いトラック。

ウォルトン:チェロ協奏曲

ピアティゴルスキー(Vc)ミトロプーロス指揮NYP(forgottenrecords)1957/5/5live

やはりピアティゴルスキーの高音の音程が気になる。細かい音で指の撚れがあるというか、一、ニ楽章ではあまり正確におさえられていない箇所が多い。ウォルトンでこれはきつい(ピアティゴルスキーを権威とすれば仕方ないが)。三楽章になるとやっと火がついたのか細部の音程も明確になるが、最後の回想では伸びやかさがなくろうろうと歌うことはできていない。この人はクセのある人だったようで、本気じゃなかったのかとも邪推する(拍手は盛大)。反面ミトロプーロスは現代物に明るい特性と暗譜指揮の即興的な強みを出して、ウォルトンをほとんどやっていないこのオケに素晴らしく俊敏で明確な演奏を促している。このウォルトンができれば交響曲などもっとやってもよさそうなものだが、恐らくこのコンビの録音ではスカピーノくらいしか無かったか。ノイズがひどいが音自体は情報量があり明快に捉えられているので、悪い記録ではない。ミトロプーロスに得る物があった。

リヴィエ:弦楽四重奏曲第2番

パスカル四重奏団(columbia/forgottenrecords)1951/7-8・LP

frで板起こしされた発掘音源。状態は褒められたものではないがリヴィエの古い録音はなかなかないので貴重。基本的にはミヨーの影響下にあって、一楽章の美しさはそれを凌駕してさえいるが、この人は必ず現代的な音響で落としてくる。二楽章はまだミヨーの晦渋な緩徐楽章を型式的に組み直した感じがするが、三楽章はもう精神的にやられている感じ。パスカルは美しいが、やはりリヴィエの方法にはあまり共感している感じがしない。超高音の扱いなど依然ミヨーなんだけれど、一楽章だけ聴く曲。
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岡林リョウ

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