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フランク:交響曲

クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(SLS)1946/2/16NYハンターカレッジlive

ぱちぱちノイズが酷すぎる音源だが40年代のインディーズSP起こしと思われ、SLSレーベル特有のものとして慣れるしかない。ASdiscがフランクの交響曲を出していたような記憶があり、この演奏との同一性は不明。但し1楽章最後でパラパラ拍手が入るのは記憶になく、あったとしたら別の可能性が高いと思う。演奏はボストン交響楽団がミュンシュ以前に既にこういう楽団だったんだ、と当たり前のことを思い起こさせる重厚かつ明確な表現をなしいい意味でも悪い意味でも予想通りな印象。基本はフランス音楽でもなんでもなく中欧的なロマン派交響曲の力強く突き進む演奏としてしか聴こえない。フランクの工夫したであろう和声的な要素もあまりにすんなりと聴こえてしまい新味が感じられない(3楽章は旋律が顕わでダイナミックなのである程度わかる)。悪い音でも二楽章の弦楽ピチカートとハープソロのユニゾンは聴いて取れ、この楽章だけは僅かにフランス的な空気が感じられる。
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フランク:ヴァイオリン・ソナタ

アンドラーデ(Vn)カステル(P)(meloclassic)1958/12/2パリ、フランス放送スタジオ録音・CD

力強くて雄弁。一言で言って標準的なフランクのソナタの演奏。それそのままの、どこかの練習室から聴こえてきそうな音。奇をてらわないどころか皆さんがご想像する通りのフランクのソナタ、率直であることは悪いことではないが、若かったり、根っからの教師気質でソリストとして立たない人の音楽にきこえる。普通に想像する通りの美音(重心の低い太い音)ではあるし、ときどき粘っこいフレージング(弓圧のかけ方)が油分を補給する。心なしかピアノ伴奏もヴァイオリンの発表会に駆り出されたピアノの先生っぽいような印象も受ける。押しの強さはなく、音色も普通で、伴奏にてっしている。ヴァイオリンに近くピアノから離れているマイク位置のせいでそう聴こえるのかもしれないが、主張して絡むピアニストではない。二楽章は主題のムードにあわせて表現を切り替え、いくぶん個性を出しているが、楽曲自体が作為的にコントラストのつけられる類のものではなく、一貫したムードの中にあるので、この力づくの音、裏板からボワンと響いてこない音では楽譜に示された以上のものは作れない。教科書的な暗いムードで終わってからの明るい三楽章、というコントラストは、逆に普通じゃない演奏ばかり聴いてきた身からすると、そうだよね、とは思う。もう、譜面に示されたとおりの起伏が強い調子でなぞられていくが、しっかりした譜面なので楽しく聴いていられる。心情の機微を表現するにはややもって浅いがこれこそ近代的なフランクの演奏なのかもしれないし、何とも言えない。もう、腹一杯ですよ。フランクの旋律に飽きます。モノラル。

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

カルミレッリ(Vn)シュヌール(P)(melociassic)1966/1/10北ドイツ放送スタジオ録音・CD

さすが、冒頭から喫驚させていただける。いきなりの変な運指でフラジオ入れてくるとか、弦を選び音色にこだわるかと思ったら旋律は普通の現代ふうな明るい標準的な音(僅か不安定なヴィヴラートが艶にはなるが低いほうの倍音が出なくて何か軽い)、左手指が柔らかくて時にブレもあるがそれは表現手段のうち、また、運弓も面白くて、音の切り方が別に奏法都合というのではなかろう箇所でタッと、独特。普通はこう持っていくと盛り上がるだろう、というところは無視してさっさと通り過ぎるのに。オールドスタイルな感情表現ではなく、現代的な感情表現とでも言おうか、作曲家演奏家の演奏のようだ。ひょっとしたら録音のせいかもしれない、低い響きの無さが一寸気にはなるものの、言葉で物語るように進むレシタチーボ・ファンタジアは特徴的な音色をひけらかさない分、丁寧に聴かせていく力が強い。激性を示さずに高潔な表現をなそうとし、まあ高潔とまではいかないがじっくり聴かせる演奏に仕上げてくる。技術に胡座をかかず、何かを聴かせにかかってくるのがカルミレッリだ。さらっと、気軽な感じで終楽章の躍動、軽やかな春の陽気を感じさせる、意味性を敢えて込めず、そこから三楽章の暗いエコーが浮かび上がり、高らかな主題によって「成仏」する。こういうサラッと流れる四楽章もいいのではないか。明るい音色が活きてくる。一寸クライマックスを前に持ってきすぎて音量がマックスになりっぱなしに続くから、音色表現の幅のなさが一回性の録音特有の瑕疵とともに気になるところもあるが、一貫して速いインテンポで暗がりを作らないのは、フランクという作曲家の作品としてはアリなんじゃないか。肯定的な演奏…ラスト高音の音外しはご愛嬌。

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

マカノヴィツキー(Vn)ノエル・リー(P)(meloclassic)1963/2/13ハンブルグ放送用スタジオセッション録音・CD

少しミルシテインを思わせる彩もあるが、落ち着いた澄んだ音が特徴的。ヴァイオリニストには珍しくないが子供期にすでにデビューしロシア系をはじめとした各楽派をまなんだようで、凝り固まったところのない比較的新しい人なので録音の良いのも含めて、雑味なくクラシックに疎い人に勧めても安心できる系統の演奏。いかにもフランス的な美学も感じられる点は伴奏のノエル・リーとの対話によるものか、リーについては言うまでもあるまい。このコンビの音は合っている。力づくであったり、旋律と響きの顕な曲にあって情緒をおおいにアピールすることも可能な曲である以上プロは、他者との差異を示すことはむしろ難しい。技巧的フレーズが無いわりにモダンさの表面にある和声の上において、音色変化をどう付けるか、「付けないのか」。このソリストは正直音色変化は付けないタイプで、しかもテンポ変化はかなり穏やかというかおおまかにはインテンポ感があるから安定感と裏腹のつまらなさを感じる向きもあるかもしれない。一楽章展開部でのリーとのアンサンブルはしかし、素晴らしい組物になっていて、これはヴァイオリンソナタではなくヴァイオリンとピアノのためのソナタなのか、と思わせる書法の的確な再現をなしている。二楽章は特有のゆったりとした歌が、揺らぐピアノの上で雄大な旋律の波を起こし、チャイコフスキーの憂愁を思い出させる点もある。この楽章つまんない、と流すのではなくフランクの形式主義をしっかり汲んだ優れた楽章となっている。その深い表現のためかそのまんまでも十分軽やかがゆえのコントラストをつけられる三楽章にすんなり入ってしまう。変わらぬ音色、安定感のサラサラはしかし、メロディのロマンティック過ぎる曲には悪くない。「偉大な芸術家の思い出」の長大な第二部変奏曲群を思い起こしていただきたい。まるきりあの感じがある(ここでは良い意味で使わせてもらう(たいてい私はあの曲を悪い意味で使う))。近視眼的な変化は一切つかない。終盤ほんのわずかにタメが入るだけだ。「若い」演奏ぶりとも言えるがこれはこれでいい。曲が若いのだから。清々しく若々しい。この曲はこのくらいがいい。

フランク:弦楽四重奏曲

ロンドン四重奏団(columbia/m&a)1928/11・CD

よくレストアされ上手くノイズ除去されている。演奏は良くも悪くも安定。強奏部の音色のバラつきに時代を感じさせるところは無くはないが、20年代録音としては非常に安定しており、現代の耳からして違和感がない。3楽章までは正直引っかかりが無かったが、4楽章がダイナミックで勢いがあり聴き応えがある。この団体もメンバーチェンジが激しいが初期はサモンズが弾いていた。この頃でもさかんに演奏会がおこなわれ日本人留学生も聴きに来て、当時の現代室内楽に驚嘆した旨の記録があった(と記憶している)。フランクのカルテットは魅力的ではあるが長過ぎる面は否めない。聞く者にも集中力が要求されることを思うと、演奏レベルの安定感をもって楽曲そのものへの理解を深めることができる意味では、現代音楽演奏者としての資格はおおいにあったと言えるだろう。

フランク:弦楽四重奏曲

インターナショナル四重奏団(HMV)SP

ラヴェルや六人組と同時期に同レーベル専属のように録音を行っていた団体で、かなりの手練れである。同時期に録音を残したカルテットとしては非常に円熟しており(スペンサーダイクなんて屁だ)、ノイズやSP特有の痩せた音に耐えられる方なら技術的に全く問題の無い、かつ音楽的にも充実した聴後感を得られるだろう。ロンドンやレーヴェングート等後発と比肩しうる完成度。ラヴェル録音についてはオーストリーのガリミールを診たのと同じくこちらも監修記載があり、フランス音楽の精妙な響きと微細な変化を再現する腕は既に確認できる。そして曲によりスタイルも変えてくる。循環主題を用いながら古典的な4楽章制をとり、型式上の整合性を重視したところもあるのかもしれないが50分もの時間がかかる大曲で普通は途中で飽きるものを、こんな音質なのに、まずはフランクのソナタでも発揮されたメロディメイカーとしての能力が全面的に発揮されているところをしっかりとらえ、主として前期ロマン派の楽曲構造からの研究成果をそのものと受け止めて「聴こえるように」作りこみ(メロディ重視の団体・録音にはこれができない)、さらにこれが重要だがフランクを近代フランス音楽の雄として特徴づける和声的な進歩「揺らぎ」をきちんと聴かせてくる。経過的用法ゆえ過度にもならずカルテット形態の構造的面白味の障壁になっていない。フランクとフォーレは急進はしなかったが個性の内側に「フランスの作曲家としての」和声要素を配置した作曲家と勝手に思っているのだけれど、この悪音ですらその展開の新鮮さに耳をうばわれる。この曲で飽きない者はいないと思われる。だがインターナショナル四重奏団は全方位的な完成度によって飽きさせない。少なくとも私はそう思った。ところでフランクとブルックナーもなぜか私の中では同じ位置にいるんだよなあ。

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

◯ジェラール・プーレ(Vn)リグット(P) (SAPHIR)live
・CD

荒い部分もあるが基本細い音でさらりと弾いてのけるさり気ない系の演奏スタイルで、音も濁りがないゆえ、比較的模範的な演奏に解釈として捉えることができる。音色が単調なのは弱みだが、曲が雄弁過ぎるくらい雄弁なので、解釈含めこの程度に抑制的で、かつ軽やかな方がいかにもフランス的でいいのかもしれない。曲構造もじつに見えやすくフランクらしい対位法も明らかに聴こえる。ピアノがソリストによく合っているとも言えるだろう。◯。

フランク:交響曲

○デゾルミエール指揮パリ音楽院管弦楽団(Le Chant du Monde)1951/7/10・LP

散々ネットに出回っているパブリックドメイン音源だが、確かに良い演奏だ。まさにフランス的な軽さとデゾのしっかりした設計がマッチして、ドイツなどのドロドロした演奏とは一線をかくして全曲通して爽やかに明るく聴ける。アーチ構造も明瞭、オケは少し弱体だが迫力はある。派手な終幕へは向かわないが、なかなか聴けます。

フランク:弦楽四重奏曲

○レーヴェングート四重奏団(PHILIPS)

形式に囚われた長ったらしい曲ではあるのだが、転調移調の新鮮さ、息の長い旋律の美しさには心奪われざるを得ない。4楽章制だが終楽章には繰り返し1楽章の主題が現れ統一感を保っている(他楽章の主題も回想されるが)。アンサンブルの面白さというものはなく、旋律と伴奏、という構造はいささかもぶれず、ろうろうとうたうファースト以外が伴奏音形で掛け合う、というなんとも・・・なところは否定できない。レーヴェングートは穴を一生懸命探しながら聴いても殆ど無い。さすがは昔から名演奏とされてきた録音である。やや線の細いからこそ美しい音のファーストに対して飽きもせず(失礼)ずっとしっかり支えていく残り三本の健闘にも○。

フランク:交響曲

○ウッド指揮クイーンズホール管弦楽団(COLUMBIA)1924/7/2,9,16・SP

プロムスの初期の立役者ヘンリー・ウッド卿と手兵による演奏で、録音がよく小規模編成でありながらも堂々とした曲の構造を崩すことなく、トスカニーニ張りのスピードで突き通している。柔軟な物腰はトスカニーニとは違い穏健なイギリス風とでも言ったほうがわかりやすいか。この曲は私は非常に苦手で、変にロマンティックに振れると曲想・表現が限られているゆえ却って退屈になるし、ドイツ的に構築的にやられるとこれまた単純にブルックナー的な意味で飽きる。おそらくこの演奏の成功はそのスピードにあることは明白だが、オケの古びた響きや木造ホール(?)の残響の吸収具合が、作曲当時の生のままの楽曲の魅力を伝えている、というようなことかもしれない。現代のオケにはあわない曲なのかもしれない・・・

フランク:交響曲

○アルベール・ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(POLIDOR)SP

ヴォルフには晩年のデンマークライブがあるが一般的にはかつての手兵ラムルー管との膨大なセッションに含まれるこれが知られた音源だろう。超一流とは言えないしオケの特質も解釈の特徴もはっきりしないものの、唐突で押し付けがましい曲が苦手な私でもこれは素直に最後まで聴けた。音の明るさ軽さ、精度にぎちぎちにこだわることなく音楽的であろうとするようなところがいいのだろう。円熟味、迫力は無いがSPにしては音がよいのもいい。○。

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

ドゥーカン(Vn)コシェ(P)(ERATO,warner/tower records)1959頃・CD

さーて難しい曲、ロマンティックで形式に拘る余り長々しく繰言をし、ヴァイオリンは音の種類が少ないがゆえにどう解釈していくか?一方でピアノが技巧的に主張するから、ここもきちんとアンサンブルになっていなければならない。のっぺり長い音符が不規則な附点音符に左右されるシンコペ主題に象徴される不安定な(スラーの切れ目の無い)ヴァイオリンに対して、絡んでしっかり組み合う必要がある。単なる伴奏でもないのだ。この演奏はアンサンブルという点は非常にしっかり押さえている。だが・・・ドゥーカンの音色や表現が単調で、この長さにこの現代的客観スタイルでは、寝てしまう。しかも気持ちよくて寝るのではなく飽きて寝てしまう。美しさの起伏のなさ、全部美しい曲ゆえにその美しさの種類をたくさん持っていないとならない、その点で手札のないのがはっきり伝わってしまう。リマスターにも問題があるかもしれない。録音がやや悪く僅かにノイジーでぼやっとした雲に音符が覆われてしまうさまにちょっと首をかしげる。ディジタル化がその雲の中の音符を強引に整形して取り出している、これがどうも耳に馴染まない。フランクの演奏は世にたくさんある。フランスのヴァイオリンの典型のような演奏でもあり品は認めるが、これを第一に選ぶ必要はなかろう。温度の低さも・・・まあこのへんにしといたるか。

フランク・ミラー:プロセッション(大オーケストラのための小組曲より)

○カンテルリ指揮NYP(ASdisc)1952/11/29LIVE・CD おそらくアンコールだろう(2分半)。プロコフィエフか?というようなシニカルな行進曲で、どことなくおどけた雰囲気があって楽しい。旋律とコード進行には常套的であるがゆえの安心感がある。ほんとプロコです、まるきり。そこにハリウッドが混ざっている、というともっと正確か。でも面白いので○。この曲はカンテルリに献呈されたものだそうである。 ,

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

コーガン(Vn)アルミヤン(P)(FKM:CD-R)1978/2LIVE やさしい・・・。コーガンてこんなに優しい音だったっけ?円熟が如実に感じられる。あまりに繊細なので却って曲にあわないというか、フランクはそもそも結構骨太音楽だから、オイストラフほどの曲との一体感は感じられなかったけれど、それでもこれはいい演奏と言わざるをえない。コーガンにしてはアクが弱いと感じたのは録音が弱いせいだったのだろうか。ライヴ感もなんとなくない演奏でした。とりあえず無印。それよりアンコールのクライスラーが無茶最高。洒脱ですっきり!,

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

クリモフ(Vn)スヴェトラーノフ(P)(MELODIYA)1982/3・LP ヴァイオリンの音が魅力薄。じつに平凡で音色の幅が狭い。そつなくこなしているし、それなりに起伏もつけているが、サラっと流して聞けてしまうところにこの演奏の欠点があるように思う。たとえばオイストラフなどお腹一杯にさせてくれる。そういうゴージャスさが無い。スヴェトラーノフは意外に巧い。テンポをゆっくりな方向に傾かせる傾向があるが、それほど個性を押し出して来ない。このソナタは(単純比較はできないが)ピアノのほうが数段難しいし、これはスヴェトラを聴く盤かも。無印。 ,

フランク:交響曲

○ミュンシュ指揮フィラデルフィア管弦楽団(DA:CD-R他)1961live?(1962/3)

左右のチャネルが分かれすぎだが良好なステレオ録音。現代の放送エアチェック録音に近いクリアな音質なので却ってミュンシュのライヴが「現代ならどう聴こえたか」がわかる・・・わりとメロウだったりするのだ。各パートの厳しく統制されたさまは聴き取れるものの、音楽総体は徒にアグレッシブなものを指向してはいない。あれ、こんなライヴ今もありそう、というような響きの中庸さはホールが音を丸めているせいだろうが、フィラ管の開放的な響きはブラスにこそ聞き取れるものの弦は一歩引いて聞こえる。もちろんこれもホールとマイクの問題が大きいだろう。実演の音量バランスなどこんなもんだし、フランクの単純な書法なら尚更である。ミュンシュの下品な音が下品な演奏も得意とするオケをしても目立って聞こえないのは長所と言うべきだろう。ほどよい娯楽性がわりと端整なテンポに乗ってブラスを中心に語られてゆく限り、この曲の押し付けがましさが苦手な私にも、清清しく聴き通せる。中間楽章の、あーフランスだー、というような典雅な落ち着いた表現にも着目すべきで、ドイツ・オーストリアやらロシアやらの方法論で解かれうるガチガチのこの曲に、和声以外にもフランス派を見出す要素があったんだなあと思う。本来は血湧肉踊になるべき三楽章においてもこの「整った録音」のせいでスタジオ並みの端整なフランクに収まっている。テンポの落ち着きぶりに顕著だ。相変わらず響きのバランスはいいし表現はメロウで爆発的なものはない。最後のファンファーレも下品さがかなり抑制されている。どうしちゃったのか。こうしちゃっただけか。○。

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フランク:交響曲

◎コンドラシン指揮バイエルン放送交響楽団(PHILIPS)1980/2/8ミュンヒェンlive

このライヴ録音はtahraが復刻した3年前のACOのものに比べてギスギスしているとか内容的に落ちるとかいう評価もあるようだが、しょうじき、フランクの交響曲を聴いて楽しかったと思えたのはこの演奏を置いて他に無い。何というか、コンドラシン晩年に西欧諸国にやたらと残されたライヴの中には独特のテンションにオケがついていかなかったり逆にオケに引きずられてコンドラシンらしさが失われてしまっているものもあるように思う。でも中にはこの演奏のように、指揮者とオケが拮抗し結果いい方向でギリギリの緊張感が生まれてくるものがある。ひたすらスピードと力技にまかせロシア式の分厚い響き(でも色彩感は薄い)を求めるコンドラシン、テンションは高いけれどもどちらかといえば堅実に技巧的な場面はしっかり表現するバイエルン、その両者が歩み寄るというより戦いどちらの長所も兼ね備えた偉大な結果に結実しているように思う。フランクはほとんどドイツだ(言い切る)。バイエルンの表現は西欧的な表現でロシアのやり方を拒否する。しかし特に音楽が盛り上がる場面のブラスにおいては、コンドラシンの指示が異常な表現力を持つロシア吹きに近いところに持っていかれ、まるでロシアの国民楽派を聴くような錯覚に陥る。それもけしてスヴェトラのような「ロシアもの」になりきることは無いから全体のフォルムがかなりの表現の幅を持った形で保たれる。コンドラシンのスピードは音楽を新即物主義的にぎゅっとかためてしまう特性があるがこの曲はそういう方向だとかなり色あいが渋くこじんまりと感じられわけがわからなくなりうるもので、ブルックナーをやるような、ハーモニーのうつろいを重厚壮大に響かせる表現方法をいやおうにもとらないと曲にならない。バイエルンの頑固がそれを可能にしている、と言い切ってしまおう。これはけしてスピードという魅力に流されない演奏として特徴的な名演だ。もちろん、最後はすさまじいスピードになるが。

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フランク:弦楽四重奏曲

○パスカル四重奏団(ConcertHallSociety)LP

パスカル団は二つあるのでややこしいのだがこれはヴィオリストがパスカルさんね。非常に整えられたきちんとした演奏で、ロマン性がそれほど急峻に煽られないのは長ったらしく大味な曲のせいだけではあるまい。とにかく曲が「ヴァイオリンソナタを水で三倍に薄めて交響曲で特徴的に使われる移調がごくたまに差し挟まれる」ようなものなので、しっかりとした書法ならではの演奏のしやすさ、演奏する楽しさはあるとは思うが(録音も多い)、私はとにかく眠くて無難な曲を小1時間聴きたいときくらいしか聴きたくはならない。しかし、この演奏では眠らなかったですよ。パスカル弦楽四重奏団のアンサンブル力の確かさを確認できます。○。

フランク:交響曲

A.ヤンソンス指揮モスクワ放送交響楽団(MELODIYA)LP

まるきり暗いチャイコにきこえるのはオケのせいだろう。ハーモニーや繰り言のようなフレーズはむしろミャスコフスキーかも。この曲のわけわからなさをわけわからないままに演奏している点で素直でもあり手堅くもあり、最後は立派だが、印象に残らない。統率力も小ムラヴィンスキーといった個性の薄いところに留まる。録音も悪い。○をつけたいところだが無理だ。終楽章など色彩変化をあざとくやらないとこの曲は辛い。不完全燃焼。

フランク:交響曲

ルネ・バトン指揮パドルー管弦楽団(CON MOTO:CD-R,DECCA)CD

雑音がかなりキツイ録音だがSPゆえ音自体は明瞭に捉らえられている。骨組みのがっしりしたドイツぽさの強く感じられる1楽章、柔らかな叙情の中にも強く統制のとれた演奏ぶりが頼もしい2楽章、録音が心もとないが、ロマンティックな揺れの皆無な、凝縮された力感と勢いよい開放感が感じられる3楽章と、現代的な感性すら感じさせる、とてもしっかりした演奏である。録音があんまりなので○はつけられないが、驚くほど完成度の高い演奏である。

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