ブルックナー:ミサ曲第1番

アドラー指揮VSO&合唱団他(CRV:CD-R/SPA)1957・LP

アメリカ人でいながらマーラーの最後の使徒として、あるいは知られざる前・同時代音楽の紹介者として(SPAレーベルでは「VPO」と偽りVSOとの演奏を出すアメリカらしいやり方もとってはいたが)ブルックナーにおいても一家言ある指揮者による演奏。CRVは交響曲第1番も復刻した(unicorn原盤となっている)。ことのほかそつがなく、押しの強さもなくブルックナーらしさ(ロマン派的な表現)も強調せず、いかにも宗教曲の雰囲気を保っているのが特筆できる。良く言えば楽曲に変な解釈を盛り込まず、その楽曲の録音自体の希少性(マーラーなどはもはや希少とも言えない時期かもしれないがストラヴィンスキーの初期交響曲などはまさにそうだろう)をかんがみたうえで、当時としては率直に録音したことが同曲ではプラスに働いている。ブルックナー好きにアピールするというよりブルックナーにことさらの印象を持たない向きに勧められる演奏だろう。CRVは単なる板起こし。SPAの数少ない録音を、既に有名であったマーラー6番など除いては全部起こしたのではないか。
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ブルックナー:交響曲第9番(改訂版)

クナッパーツブッシュ指揮バイエルン管弦楽団(hunt)1958モナコlive・CD

1958/2/1の有名なミュンヘン(バイエルン?)のライヴ録音(m&a,king,orpheo,greenhill,arphipel等既出)と同じと思われるが「モナコ」と表記され月日が記載されないため別として載せておく。発売当初はCDらしからぬ低音質高価格無解説で不平不満だらけ、正規再発したら即買い直したhunt/arkadiaレーベルだが、劣化寸前の時期の盤で再発もあるにも関わらず中古店では高価で買い取られるから面白い。正規盤と称するものに多い手を加えた音源ではないから価値があるというのはイメージで、これもモノラルに残響を加えた擬似モノである。orfeoは既に指摘されているところだが正規マスターと称するものを使っていながら音質に難があるのはレーベル開始当初から当たり前で、いくつかは今はなき渋谷CISCOや秋葉原石丸に不良品と文句を言いに行った覚えもある(近年のものは良好なようだ)。

ブルックナーはクレンペラーをもって収集を止めた作曲家だがこの曲は相対的に短いので今でも聴かなくはない。主流の原典版と称するものに、書くべきようなこと、演奏ブレが無くて詰まらないということもある。クナは今の耳で聴くと、ミュンシュのチャイコフスキーのようだ(ワグナーではない)。これはそういういくぶんトスカニーニ的なスピードとダイナミズムを強調したロマン派音楽であり、しかし、ミュンシュのように意思的な表現、かつ時にブレるミュンシュよりも確固たる解釈に基づく演奏だ。交響的大蛇ブルックナーを飽きさせないための配慮が細部まで行き届き、一時期持ち上げられていたRCAの正規8番ミュンヘンスタジオ録音のような薄く延ばしたようなところはない。1,2楽章は誰しも楽しめると思う。3楽章はこれならワルターを取る人もいるかもしれないが、やはり確固たる恣意的解釈はワルターの柔軟な表現とは違う。深淵を見つめるような繊細な弱音への配慮は厳しいもので、オケ全体の見事な音響バランスはライヴとは思えない(環境雑音や僅かなミスはあるが)。音楽に起承転結を求める向きには非常に向いている。ただ、この曲は「結」を欠いた未完作だが。今聴くと殆どノイズが除去されており(細部が聴こえなくなるのは脳内補完)左右が少し揺れる箇所を除けばアルヒペル並みにはアリな音だなあ。迫力は十分。間髪入れず盛大な拍手はこのハッキリした演奏ならアリ。ルクレチア・ヴェストとのマーラー「亡き子」との組み合わせ(BPO)。

ブルックナー:交響曲第7番

ロジンスキ指揮クリーヴランド交響楽団(SLS)1938/3/16放送・CD

どうもこの曲が苦手です。親しみやすい旋律、ワグナーの死にさいし捧げられることとなった2楽章の感傷的な表現、わかりやすい構成など、この曲がブルックナー指揮者以外にも盛んに取り上げられた(4番ロマンティックよりも骨董録音は多いかもしれない)、その理由は挙げられるだろうが、正直飽きるのも早い。長大な8番などにくらべ「くどさ」が少ないと言われるがワグナー的なモチーフなど却ってウンザリさせてしまうわかりやすさで、ロジンスキのような即物主義的な指揮者の演奏だと最初こそ飽きさせない隈取の濃い表現で耳を惹くが、何も共感していないような一本調子(ブルックナーは共感してロマンティックな起伏をつけるたぐいの作曲家ではないのだが、飽きさせず聴かせるためにはそれも必要だ)、録音はノイズのほうが大きいくらいで音量変化もなくそこは仕方ないが、これを聴いてブルックナー好きになるとは思えない。演奏レベルはクリーヴランド交響楽団との幸福な時期のものだけあって高い。大規模編成を使いこなすのには定評のあるロジンスキらしいブラスの鳴らし方で、ヨーロッパ的ですらある。あまりにもノイズが多いゆえ全く勧めないが、カットせずちゃんとやっているからロジンスキマニアには薦める。ミュンシュのほうが同じスタイルでも面白いだろう。クーセヴィッキーがやったら同じような感じになったろうがカットも激しかっただろう。

ブルックナー:交響曲第7番

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(ica)1958/2/18ハーバード大学live・DVD

いったいにブルックナーを聴くのではなく観るはめになるとどうしてこう眠くなるのだろう。七番、ましてミュンシュの力強いブルックナーである。なぜ眠いのか。白黒のぼけた画像のせいだろう。指揮ぶりはとにかくダイナミックなのだが演奏はそれほど激しいわけではなく、大したミスもなくそつなくこなしている。これだけ大編成の管楽器をしたがえながら、モノラルのこの録音では何とも貧弱で、そこも残念どころである。何となくベートーヴェンだな、と思うような手堅さも感じた。まあ52分余り、というのは早すぎるというほど早いテンポでもない。わりと早く進む感じがしたのは、即物的にこなしているからだろう。memories等で出ている音源とは一応違うということになっている(あちらはタングルウッドだったか)。演奏的には違いはない、音はむこうのほうが聞きやすいかもしれない。

ブルックナー:交響曲第9番~Ⅱ

セル指揮クリーヴランド交響楽団(SLS)live

厳しく律せられた音楽はおのずとテンポよくリズミカルになっている。悪い音なのに迫力もありアメリカオケ的な軽さは無い。拍手が入るため楽章抜粋だろう、交響曲の中のスケルツォとしての構成感よりも、単発の曲の完成度を高めようとしているところはあり、単純さの中にも意味を込めるようなブルックナーとなっていて、現代的な感じはしない。セルのブルックナーはいくつかあったと思うが強烈な個性は皆無なものの軸のある意思的な演奏ではあると思う。完全にデータ不詳のようである。

ブルックナー:交響曲第9番(原典版)


バルビローリ指揮ハレ管弦楽団+BBC北交響楽団(PASC)1961/12/14放送live

バルビローリにはやっぱりブルックナーは合わなかった。pristineが貧弱な音源から何とかレストアして残響付けてここまで持ってきたものの、大元の情報量の少なさ、不安定さ、バランス悪さはいかんともし難かった、という感じで、それを念頭に置いたうえでもブルックナーらしさの希薄さ、上っ面を撫でたような解釈ぶり(?)にはがっかりしてしまった。ブルックナーの交響曲としては特異なほど主情的な作品だからバルビローリ流の情緒的表現と合うかと思いきや、構成感や拍節感の不足、音響バランスへの配慮のなさはそもそもブルックナーの根幹をなす部分を損なうもので、合体オケも分厚いだけでとくに弦楽器の非力さが全体の凝縮力を削いでいる。頭の音の出し方がガーンではなくズヮーンとなるのもどうにもしまらない。妙に音量の強弱が強調されているのはおそらくレストアでの操作だとおもわれるがこれもいらない。バルビローリ中期の覇気に満ちたトスカニーニ的な表現と後期の大波のうねるような「バルビローリ的な表現」がアンバランスに混ざり合いどっちつかずとなった感も。バルビローリはブルックナーをあまりやっておらず、古い時期に一回録音をし、新しい時期にライヴ録音をいくつか残しており、後者はCD復刻されている。どれも正直そそられない。9番はすでに66年のハレ管単独ライヴとベルリン・フィルライヴが出ており以前書いた。3楽章のマーラー9番へのエコーを逆にマーラー風に聴かせているところこそ、この人のブルックナー観を象徴しているな、とも思った。直後にバルビローリのマーラーを聴いてみて、この人はやはり歌謡性を大事にしており、構造的なことにはそれほど配慮していなかったんだな、と思った。しょうじき、マーラーは素晴らしかった。

ブルックナー:テ・デウム

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団他(DA他)1962/4live

一応ステレオ録音なのだがボロボロ。そのせいか演奏自体も小粒に聴こえる(この曲も24分程度だから編成の大きさはともかくブルックナーとしても大曲ではない)。オルガンも省略されており、曲の魅力がしっかり引き出されているとは言えない。合唱とオケのバランスは良く耳馴染みは良いが、ブルックナーといえばがっしりした堅牢な構造体で、そこに清新な和声が織り込まれているのが後期作品の魅力とかんがえるに、あまりにそつなくスムーズにまとめ上げられ過ぎており、特徴が際立ってこない。響きの移ろいはマスの流れの中に埋没して何処が聴きどころなのかわからない。瑕疵のない演奏で客席反応も悪くないが、録音のせいもあろう、引っかかりが無く、あっけない印象だった。作品的に関連性の指摘されるシンフォニー七番のライヴ録音もMEMORIESより発売中。

ブルックナー:弦楽五重奏曲

◯プリスカ五重奏団(decca)1937/12/29-30・SP

ブルックナー最盛期の作品で交響曲に匹敵するスケールと個性的な書法を楽しむことができる。古い録音だけあって分厚く書かれた響きも頼りなく鄙びてしまっているが、てんめんとした情感の迸るボウイングなど、同時代の演奏スタイルを彷彿として緩く楽しめる。現代スタイルの精緻な演奏を好む向きには薦められない。

ブルックナー:交響曲第3番「ワグナー」

○C.アドラー指揮VSO(CRV:CD-R/SPA)1953/9/4

アメリカにおけるブルックナーの権威であったアドラーの、かなりまっとうな演奏。オケはよく鳴るし最後まで表現を抑制することなくウィーン響の美質をよく引き出してなお、欠点、オケのローカリズムのようなものを出さないのが素晴らしい。一楽章終盤など弦が刻みに耐えられなくなりバラけるところもあるがこのオケにしてはその程度は許容範囲だ。同曲のわりと抽象度高めの演奏として評価できる。

ブルックナー:交響曲第9番

○C.アドラー指揮VSO(CRV:CD-R/SPA)LP

かなりロマンティックなブルックナーだがVSOの個性とアドラーの少しアメリカナイズされたような明るい色調が独特の聴き心地だ。演奏精度的には問題ない。マーラーを思わせる一楽章、かなり達者な二楽章、ダイナミックな三楽章。二楽章の厳しい調子はなかなかかっこいい。三楽章は妙に高くうわずった音で浅く始まるが、これは録音の特徴なのだろう。楽器毎の音量バランスがおかしくて別の曲のように聴こえる。卑近な派手さ、といったらいいだろうか、耳の近くでかわるがわる弾き吹きされるような感じだ。全般テンポは鷹揚としているが緊張感があり、アメリカにおけるブルックナーの権威でもあったアドラーの真骨頂であろう、師匠マーラーの曲をやるよりうまいかもしれない。○。

ブルックナー:交響曲第6番

○C.アドラー指揮VSO(tahra)1952/2/17放送録音・CD

無くしてしまい泣く泣く再度買い直した盤だがこの曲は聴かず仕舞いにしていた。版問題がなく(クナ盤同様ローウェ版の表記はあり)ブルックナーでも異色のアグレッシブな表出力がある曲なうえに、アメリカにおけるブルックナーの権威だったにもかかわらず奇演で知られたアドラーが、くせ者のウィーン響をくってなした演奏であり、しょうじきブルックナー後のシェーンベルク前の世代、マーラーとまではいかなくてもコルンゴルトだとかフランツ・シュミットといった世紀末性を孕んだ末流ロマン派交響曲を聴くような新鮮さがある。元々フォルムのはっきりした演奏をする人だからブルックナーに向かないことはないのだが、いや、これは賛否あるだろう。。面白い。

ブルックナー:交響曲第9番~Ⅲ

○ベイヌム指揮ACO(放送)1950年代半live・着任25周年記念盤

LP化されていた音源でナレーションも収録されている。これは単独演奏されたようだが、ねっとりとした重くロマンティックな表現をとりながらもダイナミクスの変化の付け方は至極まっとうで自然である。そのため勘違いブルックナーとも言い難いそれなりに聴ける演奏となっており、深い感動はないが心地よい感傷をのこす。○。

ブルックナー:交響曲第9番

○ワルター指揮フィラデルフィア管弦楽団(M&A)1948/2/28放送live・CD

初出とのことだがLP時代を含めると不明。協会盤LPで未出録音が出たことがあり(但しNYPとクレジット)私は未聴なので違うものかどうかはわからない。録音が悪くフィラデルフィアの音かどうかすら判別困難だが明るい音色、雑味のなさ、ブラスの威力、弦の艶ある音からNYPではなさそうである。押せ押せのテンポで速く、語り口はドラマティックでロマン派的解釈に終始しており、聴きやすいがブルックナーの本質からは外れている。私は好き。○。

ブルックナー:交響曲第1番

○ブール指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(sardana:CD-R)LIVE

偉大なるマンネリスト、ブルックナーの完成されたマンネリズムが発揮された、変といえば変な大交響曲だが、ブールのぎちっと引き締まった演奏ぶりにより更に古典的な趣をつよめている。ベートーベンのようだ。録音はいいが最強音がつねに抑えられる感じ。○。

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)<4楽章補筆完成版>

アイヒホルン指揮リンツ・ブルックナー管(CAMERATA TOKYO)1992/4&2補筆完成版…(泣)。アイヒホルンのブルックナーは奇をてらわず渋い魅力をもったものだが。。,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

ワルター指揮ニューヨーク・フィル(MUSIC&ARTS他)1946/3/17LIVEワルターのブルックナーはやっぱりロマンティックだ。とはいえ、ロマン派交響曲の語法をそのままブルックナーに持ち込んでいるのではなく、他の曲の演奏と比べれば「ワルター的な部分」は少ないものになっている。この演奏、久し振りに聞くブルックナーであったせいかけっこう感動したのだが、いかんせん録音の悪さというものはどうしようもない。ワルターへの愛着があるかたは、聴いてみても損ではないと思う。ないかたは不要だ。,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

ワルター指揮コロムビア交響楽団(CBS)1959,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送交響楽団(MELODIYA/VICTOR),

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

ホーレンシュタイン指揮BBC交響楽団(MUSIC&ARTSほか)1970ライヴ,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

バルビローリ指揮ベルリン・フィル(TREASURE OF THE EARTH:CD-R)1966/9/17LIVE音質は悪いが曲が聞き取れないほどではない。テープ欠落など決定的な難点があるが、音楽の流れはそれほど損なわれずに済んでいる。1楽章はかなりロマンティックな味付けがなされている。伸び縮み系。ベルリン・フィルの威力が発揮された美しい演奏では有るのだが、ワグナー的感覚に満ちていて、宗教音楽的な崇高さの点では少々物足りない気もする。しかし、2そして3楽章では古典的な佇まいを失わずに音楽の大きな構造物を造り上げており、なかなかどうしてうまいものだ。決然とした音楽であり決して柔らかい抒情に流れたものではない(オケのせいもあろう)。3楽章の終焉も繊細な表情には欠けているが、悪くはない。暖かな拍手。,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団(THE BELLS OF SAINT FLORIAN)ライヴ詳細不明,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団(EXCLUSIVE)1978/4/19ライヴ,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団(COLUMBIA)ライヴ“原典版”。演奏時間24.15/6.44+4.16/28.18。,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

ショルティ指揮シカゴ交響楽団 1985/8 ,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

シューリヒト指揮ベルリン国立管弦楽団 ,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

○ワルター指揮ニューヨーク・フィル 1953/2/7,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

◎ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(MELODIYA/VICTOR)1980/1/30激しく斬り込む鋭い音とあくまでの客観性の、バランスのとれた希に見る名盤。,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

◎ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(ICONE)1982/12/29ライヴ“原典版”。,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

○マタチッチ指揮チェコ・フィル(SUPRAPHON)1980/12/4&5,

ブルックナー:交響曲第9番(1891-96)

○ホーレンシュタイン指揮ウィーン・プロ・ムジカ・シンフォニー(ウィーン交響楽団)(VOX/TURNABOUT)1953初出,
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