ブロッホ:三つのスケッチ「ユダヤ人の生活より」

ネルソヴァ(Vc)バルサム(P)(decca)1950・CD

古くノイジーな録音だが、チェロの陰影ある音色をうまく使った民族主義を昇華させた作品で、それを巧緻に聴かせる演奏となっている。ちょっと「呪術的な音階」や指先を転がすような装飾音が混ざるほかは、普通の人が聴けばそれほど違和感のない、憂愁のメロディーをひたすらかなでるチェロ曲に聴こえるだろう、それほどまでにユダヤの音律はクラシックに浸透し我々もそれを通して普通のロマン派音楽のように享受することができるのである。ネルソヴァはそれでもあからさまに音色に民族性(ユダヤの民族性というのも語弊があるが)をあらわしているほうだが、違和感を感じさせないように、臭みを発しないように、揺れはすくなく、絶妙のところを行っている。音は決して安定して太いわけではないが音色が物悲しくて何とも言えない味のある演奏である。
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ブロッホ:シュロモ~ヘブライ狂詩曲

ピアティゴルスキー(Vc)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/1/30・CD

ブロッホが民族に拘っていた時代の代表作で、いわゆるヘブライ旋律が横溢しているが、マーラーのような音楽に比べ確信犯的で、ロマンティックな主情的な音楽からは少し距離を置いているというか、垢抜けたところがある。演奏のせいかもしれないが何となく戦後アメリカの西部劇を思わせる音楽になっているのだ。半音階的な進行は依然中欧ふうであるが、ピアティは得意のレガート奏法を駆使して極めて息の長い音線をかなで続ける。レガートが得意な往年の奏者特有、左手指の柔らかさからくる高音の音程の甘さや音符の切れ目の不明瞭さ(アタックの位置がはっきりせず全体として今ひとつピンとこない)は、ピアティ自身の健康状態に由来しているのかもしれないがいただけない。ミュンシュはともすると渋く収まりがちなブロッホの響きに対し各楽器固有の色を明瞭に打ち出させ新鮮な印象を与える。好き嫌いが別れる曲で私も掴みどころがない曲と思うが、これはまあまあ聞ける。

ブロッホ:イスラエル交響曲(末尾欠落)

ロジンスキ指揮NYP、ステヴェンソン(SP)他(SLS)1944/12/31カーネギーホールlive

びっくりの音源の登場。リッチャウア盤(前記、pristineが復刻済)に同曲に対する賛辞を寄せていたロジンスキ「自身」が指揮した記録である。残念なのは3楽章が歌唱終了時点で尻切れトンボで終わってしまうところだが(当然拍手も入らない)その後はオケが静かに終了を告げるだけなので主要部分はほぼ聴ける。演奏は非常に速く、力感と起伏に富んだロジンスキのスタイルで、NYPは一糸乱れず筋肉質の表現をなしている。同時代に流行ったトスカニーニスタイル、即物主義的表現であることが、同曲の余計な部分、感情的に弛緩する部分を取り去り、もっとも後半楽章はもともと楽曲的に静まっていくのでそれに沿ってはいるものの、極力ドラマティックにぐいぐいと引っ張っていくさまに目を見開かれる。確かにマーラーなどの前時代ロマン交響曲のにおいを受け継ぎ、中欧的安定感をもとに前進的な語法を織り込んでいくブロッホ前期の大作であり、そういうわかりやすい曲を好む人には向く。歌唱は特徴的なものはなかった。これは戦時中に放送された音源で兵士へのロジンスキのスピーチが短く収録されている。SLS復刻独特の針音は気になるが、戦時中録音としては破格に良好な状態である。ほぼクリアに内声まで聴くことが出来る。同コンサートのプログラムはブルッフの協奏曲(別記)、同曲、ダフニス(残っていないか)という順番だった。

ブロッホ:イスラエル交響曲

スヴェトラーノフ指揮フランス放送フィル管弦楽団他(eternities)1998/9/18

第二部の独唱者不明。手元のものは放送エアチェックの音で常時薄くホワイトノイズ、籠った音だが聴けなくはない。ロシアでの録音が有名だが(russiandisc初出だと思っていたがル・シャン・ドゥ・モンドからのCDでbrilliant再発、らしい)こちらはオケの体臭が感じられない分、より原曲の生のままの末流ロマン派の魅力が引き出され聴きやすい。スウェーデンオケとの一連の演奏からも伺えるとおりスヴェトラーノフの音響的に調和した透明でふくよかな、真の意味でのスケールの大きな曲作りへの志向が表れており、ブロッホ得意の五音音階やユダヤ旋律を取り出して強調するのではなく、マーラーの流れの交響曲の一つとして(しかしスヴェトラーノフのものとしてはマーラーよりこちらのほうが板についているが)それらをあくまでパーツとして組み込み全体の構成感を重視することで、楽曲そのものを紹介するという意味でも適したジェネラルなものに仕上がっている。この一夜はマイスキーを独奏者としたシュロモなどブロッホプログラムであったが、スヴェトラーノフの得意とするジャーンジャーーーーーーーーンというような終わり方をしない尻すぼみの楽曲ではあるもののとてもしっかりしたメインプログラムとして〆られている。ブロッホの数ある交響曲はほとんどアメリカ時代の新古典主義にたったものだが、こちら1910年代の時代色を残した曲でも、決して長くはないので、当時としての民族主義にたった表題作品ではあるが、純粋に音楽として、代表作として聴いてみてほしい、特にブルックナーやマーラーやハンス・ロットなど好きな向きは。

ブロッホ:交響組曲「エヴォカシオン」

ワルター指揮NYP(sls)1946/2/6live(1941?)

金管のひびきはのちのアメリカ音楽に影響をあたえたろうし、いわゆるユダヤ的書法はバーンスタインに受け継がれているだろうし、けれども、このての「こだわりの語法(癖)」をもつ作曲家の作品は、非常に聴く人を別ける。さらに作曲家「自身」の個性があらわれていると感じる部分と、「使命感」として用いている民族的手法の部分というのは別のようにかんじていて、この作曲家に関していえば、後者がどうも私は苦手らしい。独特の音律が陰鬱で呪術的な印象をあたえ、分厚い書法もあいまって、どこか派手なリズムや印象的な「普通の」旋律を入れてもらわないと、ワルターでさえこのようにしかさばけないのか、あるいはワルターだから同調してしまいこういう演奏になるのか、とにかく最近フランスものばかり聴いていてフランスとは浅からぬ縁のブロッホに手をのばしたらこういう結果になった。まあ、いい録音で聴けば若干印象はかわるのだろう。 1946/2/8liveがASdisc等から既出。本演奏は1941年ではなく1946年の数日違いの録音とのこと。

ブロッホ:ピアノ五重奏曲

○カゼッラ(P)プロ・アルテ四重奏団(fono teca/HMV)1933/2/8・CD

野蛮主義的な曲に対してややピアノが負け気味にも感じたが録音のせいか。ユニゾンで迫る弦に対しては負け気味にもなるだろう。フランス風の味付けがわずかに洒落気をもたらす。二楽章はユダヤ調が全面に出て土臭さがあるが、楽団の洗練に救われている。それにしても弦のユニゾンが多い。アレグロ・エネルジーコの三楽章は再び激しい音の応酬。カゼッラが不可思議な響きを加える。不可思議なのは緩徐部の妖しいやりとりでユダヤ的だ。ピアノはそれほど浮き立ってこないが弦が盛り上げる。法悦的なフレーズが頂点を形作ると若干メシアン的な趣のある静寂が支配する。

ブロッホ:弦楽四重奏曲第3番(1951-2)

グリラー弦楽四重奏団(献呈者)~グリラーはかなりブロッホを入れているが、CD復刻も進まず、LP単価がいたずらに高額化している状態である。アメリカ・モノラル時代の名カルテットであるが、特徴に欠けるか。(補足)2004年夏に一気に廉価CD化した。,

ブロッホ:弦楽オーケストラとピアノ・オブリガートのためのコンチェルト・グロッソ第1番

○ワルター・ヘンドル(P)ミュンシュ指揮ニューヨーク・フィル(NYP)1948/2/8カーネギーホールLIVE・CDブロッホの中でもかなり垢抜けた曲。あからさまな不協和音はほとんど聞かれない。というかようは新古典主義にのっとった作品であることは題名からも明らか。4つの楽章は組曲ふうに配列されているが後半から最後へむかっての流れが素晴らしい。PASTRALE AND RUSTIC DANCESと題された3楽章は清明でヴォーン・ウィリアムズかと錯覚してしまうような美しい音楽(ブロッホとヴォーン・ウィリアムズの古典音楽へのアプローチ方法はそのわかりやすさにおいて非常に似ている)。そして極めて擬古典的な終楽章フーガは力強い主題と鮮やかな転調、開放的なハーモニーが印象的である。前半楽章(1楽章PRELUDE、2楽章DIRGE)は清澄ではあるがメランコリックな楽想も目立ち、ピアノを織り交ぜたユダヤっぽい重い響きや旋律、読みにくい展開も織り交ざる。ブロッホらしい音楽だが好みを分かつと思う。ピアノの高音の煌きがホルストあたりを思わせる。3楽章になると急速にわかりやすさを増す。まさにヴォーン・ウィリアムズといった牧歌のあとはここでもヴォーン・ウィリアムズかホルストのような民謡旋律の大編成編曲という楽想が続く。新ロマン主義的な洒落たハーモニー展開が美しい。終楽章に来ると全くバロック以前の音楽そのものといった作風に徹し、印象的な協奏主題のめまぐるしい動きに感興を覚える。ミュンシュの指揮は割合と無個性だがこの楽章ではしっかりした集中力の高い演奏を繰り広げている。僅か2分台のプレリュードはともかく2楽章あたりではブロッホらしさがいい意味でも悪い意味でも顕になる曲だが、3楽章以降はまるで灰汁抜きされたかのようになっていく。しかしそれゆえに親しみやすくなっていくと言える。ミュンシュ以外の演奏で聞いたことがないのでなんとも言えないが、凡人が振っていたらあるいは凡作に聞こえたかもしれない。○。,

ブロッホ:ピアノ五重奏曲第1番

プロ・アルテ四重奏団、カゼッラ(P)(ANDANTE/HMV)1933/2/8まあいかにもブロッホである。暗くて渋い情熱の迸り、妙に浮いて綺麗なフランス風のピアノ、時折のヘブライ音楽の生臭さ。ブロッホ好きは32分を興奮して聴き続けられるだろうが、私はたしかに時折気まぐれに訪れる儚い美しさやヘブライ式の強烈な旋律には感銘を受けるものの、やはり長すぎる気がする。音楽に一流二流というランクを付けるのが嫌いな私だけれども、この曲などはまさにその意味では二流である。ブロッホの室内楽は人を選ぶ。室内楽に馴染みの無い人は避けた方がいいでしょう。音が篭りすぎ、無印。カゼッラのピアノが貴重。,

ブロッホ:バール・シェム組曲~ニグン(朗吟)

○シゲティ(Vn)ルールサイツ(P)(COLUMBIA/PEARL)1928・CD情熱的なヴァイオリンソロに優雅に、そして端的に絡むピアノ。これは決して古典曲ではないし、現代曲でもない。旋律には後期ロマン派のそれもいくぶんラテンの入ったラプソディックな感覚が支配的。そう、ブロッホは紛れも無くユダヤ民族楽派を代表する、あるいは「唯一の」作曲家であり、その作品の殆どは末流ロマン派に含めておいてたぶんいいと思うが、この曲はその態度があるていど正しい事を示している。いわゆるユダヤ旋法に独特の生臭い原色を添えた灰汁の強い楽曲が多い中、この曲は依然(その題名や着想からしても)宗教色は濃厚であるものの、単純さに対する希求が既に現われており、割合と聞き易い。ブロッホ初心者向けの曲です。シゲティはこの曲をほとんど自分の曲であるかのように自在に弾きこなしている。この音色が嫌いな人もいるとは思うが、シゲティマニアには堪らない艶めかしい音色美を素直に楽しみましょう。録音古い。○。バール・シェムはハシディ派を興したラビの名(だったと思う)。ハシディ教徒の生活を描いた楽曲とされ、懺悔、朗吟、歓喜の三曲からなる。この曲は2番目にあたる。 ,

ブロッホ:ヴァイオリン協奏曲

○シゲティ(VN)ミュンシュ指揮パリ音楽院管弦楽団(PEARL/COLUMBIA)1939/3/22-23意気軒昂のミュンシュの垢抜けた棒もいいが、なんともいえない味のある壮年期のシゲティの美音に聞き惚れる。ユダヤの音楽を追求して悩んだブロッホの、もっとも民俗臭のするたぐいの作品だと思うが、五音音階の多用はヴォーン・ウィリアムズをちょっと思わせるし、かっこいいリズムはまるでウォルトンだ。イギリスっぽいと感じるのは私だけだろうか(だろうな)。とにかく異常に長い1楽章に尽きるのだが、息の長い(無茶苦茶長い)旋律は魅力的だし、ハーモニーも「20世紀のロマン派」らしい程よい面白さがある。まあ、それにしても18分もかかる1楽章はいかがかと思うが、2楽章アンダンテは6分、簡潔で残るものがある。終楽章10分、それにしてもなんで頭でっかちなんだろう。この「頭」に堪えられればブロッホ適性ありです。まあ、私は単純にシゲティの裏板がひびく音に終始聞き惚れました。細かいポルタメントなどオールドファッションだけど、だからこそ今という時代にとっては貴重です。,

ブロッホ:イスラエル交響曲(1912-16)

スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団、Kniazev(Vc)、Boyko、Guerassimova(S)、Alexandrova、Borissova(A)、Safioulline(B)(LE CHANT DU MONDE/SAISON RUSSE/RUSSIAN DISC/brilliant)1998・CD びっくりした。アスラエル交響曲(スーク)の再発かとおもった。スヴェトラーノフ向きの曲だから、昔だったら金科玉条扱いしてたな俺。今の好みからいうと、ちょっと透明感があって奇麗すぎるような…汚い音をききすぎたせいか?,

ブロッホ:イスラエル交響曲(1912-16)

◎リッチャウアー指揮(FRANZ LITSHCHAUER)ウィーン国立歌劇場管弦楽団、Friedl Helsing, Helga Augsten(sp)Elfriede Hofstatter, Lore Dorpinghaus,(alto)Leo Heppe(b)(COLUMBIA,vanguard,Nixa/Pristine(PASC))1952初録音・CD 汚いジャケットのボロボロLPを愛聴。何故かロジンスキの1944コンサートに寄せた作曲家のコメントが書いてある。いつか訳出しようかなあ…。pristineでCD(WEB配信)化。

ブロッホ:シュロモ~ヘブライ狂詩曲

○ロストロポーヴィチ(Vc)アーロノビッチ指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(russian disc)1964/6/16モスクワ音楽院大ホールlive・CD

ちょっと拡散的な演奏で、この曲の強い体臭の醸す内圧を外に出してしまっているように感じた。だからちょっと聴き把握しづらい冗長感があり、ソリストの醒めた音とオケの抜けのいい透明感が、近代音楽としての清新な魅力は引き出しているものの、ブロッホが自らに課していたユダヤ民族としてのアイデンティティを全く感じさせない演奏ぶりはどうなんだろう、と思ってしまった。○。
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