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メシアン:世の終わりのための四重奏曲

ユゲット・フェルナンデス(Vn)ギイ・デュプル(Cl)ジャック・ネイルス(Vc)マリー=マドレーヌ・プティ(P)(erato/warner)CD

大人しい。慎ましやかな祈りの音楽で、穏やかに包み上げられている。技巧的にもそつがなく、静か。物足りないと思うかこういう音楽だと思うかは人それぞれだと思う。今はワーナーのボックスにまとめられている。
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メシアン:トゥーランガリラ交響曲

◎イヴォンヌ・ロリオ(p)ジャンヌ・ロリオ(OM)ロザンタール指揮ORTF(ina)1959/1/20live

ハデハデな演奏でバンスタの初演もここまではドガシャーンしなかったろうという具合。殆どロックコンサートのようなノリでオンドマルトノがシンセのようだ。気を煽る演奏を求めるなら是非!聴衆反応も良い。

メシアン:神の降臨のための三つの小典礼

デゾルミエール指揮パリ音楽院管弦楽団、イヴォンヌ・ロリオ(p)、ジヌ・マルトノ(o.m.)1945(動画配信)

デゾルミエールは戦中戦後のこの時期に盛んに同時代音楽を録音していた。復刻は少ないが。。メシアンがこの時期に録音されたのは非常に珍しいことである。デゾルミエールはミュンシュ同様、戦中芸術活動にてレジスタンス運動を先導したことでも知られている。

lysレーヴェルにて1998年CD化(先述)

・・・のはずだがこのYouTube音声、録音時間がかなり違う。カットの仕方か、余白の取り方か。レコードは回転数のブレがあるので、データ上はこの曲のこの組み合わせのこの年の録音は1つしかないはずで、同じ音源ではあるのだろう。おそらく原盤となる78回転盤(SP)が別の版ではなかろうか。

https://youtu.be/D2e5mPHnZ9o
音声のみ

メシアン:神の降臨のための三つの小典礼

ロリオ、デゾルミエール指揮パリ音楽院管弦楽団(lys他)メシアンは大戦前後デゾルミエールの擁護した最も尖鋭な作曲家の一人だが、拡がりがなく立体感も透明感もない録音ではオンド・マルトノも隠れてしまい精妙な個性が失われてしまう。初録音だがあまり推せない。

メシアン:四つのリズムの練習曲

◯ロリオ(P)(erato)1968/1・CD

三楽章までは抽象度が高く、たしかに練習曲としてかかれたものであり、メシアンらしさのようなものは余り楽しめない。四楽章でアレグロ部に入ってやっと楽しめる。アイヴズのような取っ付きづらさはあるが、瞑想的な雰囲気は好きな向きにはアピールするだろう。ロリオは原曲に表情付けをほどこし取っ付きやすくしてくれる。

メシアン:トゥーランガリラ交響曲~リハーサル

◯バーンスタイン指揮ボストン交響楽団(WHRA)1949/11/28live・CD

6分余りの記録はボストン交響楽団記念盤で出たことがあるが、この嗄れたナレーションで始まる26分余りの長尺は初出かと思う。恐らく新しい放送音源(晩年の本人のナレーション)からのものだと思う。難しい曲であることが伺えるが叙情的でしつこくない官能性が美しく印象的。いっぽう打楽器やピアノのポリリズム的な絡みが特徴的なアクセントを加えている様子が一層強調されていて、対比が一種乖離的にも感じられ、アイヴズの曲のような重層性を感じさせる。注意深い指示も注目される。5楽章が入っていて驚くが余りに重くて尖さが無い。もっと鋭く軽やかさを感じさせるくらいの響きが欲しい楽章だが、初演者記録として貴重か。

メシアン:聖体秘蹟への賛歌

◯ストコフスキ指揮フランクフルト放送交響楽団(SCC:CD-R/M&A)1955/5/31・CD

派手な曲でこの楽団がやるとブラス斉唱がマーラーのように聴こえてしまうが、ストコフスキーらしい表現でもあろう。メシアンの色彩はそれほど強調されずやや違和感がある。演奏的には速く、ダイナミック。

メシアン:鳥の小スケッチ

○ロリオ(P)(erato)1987/10・CD

適度な長さの作品として取り上げられることの多い曲だ。ロリオはメシアンそのものと言っていいのだろう、じつに「そつない」。凡百の作曲家はカッコウくらいでやめておく「鳥の声の採譜」というものを芸術としてやってのけたメシアンは、まるで百科事典のようなきらびやかな曲集を編み上げたものの、しばしば「小鳥というより怪鳥」と揶揄されたように抽象化されないそのまんまの鳥の声を、もともと強靭な楽器であるピアノに常に鋭くハッキリと発音させる。和声的ではなく、ほとんど旋律のていをなさない打楽器的フレーズを不規則に連ね、原譜に比して酷く単調に聴こえる。ロリオは有無を言わせない説得力をもって臨んでいるが、後を継ぐのは難しいだろう。ロマンティックにやろうと思えばやれる要素はある。スクリアビンのようにケレン味たっぷりに解釈すればよい。でも作曲意図からは外れる。。

メシアン:「鳥のカタログ」~9.ヨーロッパウグイス

○ロリオ(P)(FRENCH BROADCASTING SYSTEM)LP

古いモノラルでエラートのものと同一かどうか不明。感傷的な音を響かせる「フランス的な」ピアノ曲、といったふうの印象をあたえ、書法の確からしさと演奏の確実さを上回る何かを感じさせるが、なにぶんこの曲だけでは如何とも評しがたいところもある。「異国の鳥たち」との併録。○。

メシアン:異国の鳥たち

○ロリオ(P)フロマン指揮ORTFのメンバー(FRENCH BROADCASTING SYSTEM)LP

FBRO楽団と表記されているが経緯的にORTFであろう。ロリオ専売特許のようなメシアンのピアノ協奏曲である(この曲に限らないが)。ロリオにはいくつかの録音があり、音質的にもこの古い録音を取り上げる意味はそれほどないが、楽団の演奏精度は高く、その精度に囚われすぎない活き活きとしたアンサンブルを聴くことができるため特記しておく。ロリオも闊達なところをみせており、純フランス的演奏というか、音の色合いの美しさは南国のどぎつさを醸すことなく聴き易い。起承転結のややわかりにくい起伏の無い録音ではあるが楽しめはする。○。

メシアン:鳥たちの目覚め

○ロリオ(P)ロスバウト指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(col legno)1953/10/11ドナウエッシンゲン音楽祭初演LIVE・CDどこが鳥なんだか。というよりピアノの明瞭な音で繊細な鳥の声を模倣するのは無理がある。色彩的な管弦楽、とくに打楽器群にはメシアンならではの神秘が宿っており、ただトゥランガリラのような拡散傾向の大曲が削ぎ落とされ凝縮された結果発生したウェーベルン的な哲学の世界は好悪分かつものと思う。朝から昼までの鳥の声を描写したそうで、ロリオと鳥類学者に捧げられている。録音が古くやや不利か。,

メシアン:世の終わりのための四重奏曲~Ⅴ「イエスの永遠性への賛歌」

◎フランセ(P)ジャンドロン(Vc)(PHILIPS)LP 同曲中2曲あるデュオによる賛歌の最初のほうで終曲「不滅性への賛歌」(Vn)と対をなすが、そちらがオルガン曲の転用であるのに対してこちらは「水の祭典」からの転用曲でもある。独特の散発的な和音による伴奏、独特の旋法的な旋律、前者ピアノ後者チェロによってひたすら歌い上げられる。伴奏と旋律が完璧に別れてしまうところはフォーレと同じなのに何故か単調さを感じないのは伴奏旋律共にメシアンにしか書き得ない独特のものであるところから来ている。個人的にこのフランス・チェロ曲集の白眉。ドビュッシーでも感じたがこの人のハイポジは飛び抜けて巧く、低音から跳躍しても常にはっきりと完璧な音を出せる。しかもハイポジだけで弾いていても全く無理無駄がなく低音で弾いているときとほとんど変わらない歌をうたえる。音が裏返ったりかすれたりすることは全く無い(まあそれはそれで味になるのだが)。この曲も高いポジションのくだりがあるが、ヴァイオリンで言えばシゲティやメニューインのような苦しさがなく、それがかえって救われる。もう決して手の届かないものに、それでも精一杯手を伸ばす。そういった絶望的な憧れを感じさせる曲、演奏だ(そんな意味の曲かどうかはわからないが)。◎。「世の終わり~」では真ん中にチェロ、最後にヴァイオリンがピアノ伴奏付きでひたすら平易な旋律を歌う楽章が配されていて、前衛的な楽章の中にあって非常に高い効果を挙げている。,

メシアン:昇天(アセンション~4つの交響的瞑想)

○ストコフスキ指揮ニューヨーク・フィル(CALA)1949/2/21,3/21 ロンドン響のライヴを持っているのだが不良品で聞けなかった(泣)でもNYPのほうが断然いいというご意見があったので、ムリヤリにでもこっちを愛聴することにする。それにしてもメシアンは現代作家の中では親しみやすいものの、やはり現代的手法を駆使する人で、ひびきの独特の色彩、美しさ、豊穣さは西欧音楽史上でも比類無いほどの存在であることは認められるものの、わけがわからないところも多分に含んだ晦渋な面をもつ人だと思っていた。しかし、この演奏、非常に入り易いのである。寧ろ別の人、メシアン直前あたりの世代の人の作品に似通った雰囲気を持ち、部分的には思いっきり調性音楽(か無調)的であったりする。20代のころの古い作品だという単純な理由もあるのかもしれないが、それでも「メシアン」の萌芽はハーモニーにくっきり現われている。ちょっと控えめだが色彩感があり、思い切り派手に演奏しようと思ったらできそうな感じだ。このストコフスキ・ニューヨーク盤は録音に限界があるので豊穣な音塊をバーンとかますまでは行かないが、黒地に赤や黄や青の切り紙をちりばめたと言ったら良いのか、あるいはこのジャケットデザインの黒地に色とりどりの文字を並べた感じ、そんな印象をもった。メシアンの独特の宗教観の反映された、多分に世俗的な雰囲気を持つ楽曲、生ぬるい感じが嫌なかたは透明感の有る最近の録音を聴くべきだろうけれども、私はこれはこれで楽しめた。まあ、名曲とはおもわないが、佳作である。○ひとつ。,

メシアン:ハラウィ~愛と死の歌

○ブンレ(SP)作曲家(P)(INA)1954/9/13LIVE この曲を聞きながら私はジョリヴェの「デルフィ」あたりの音楽を思い出していた。インカの伝説に基づくという、エキゾチシズムの横溢した、でもとてもメシアンらしい走句の散りばめられた曲である。そういう着想自体がジョリヴェを彷彿とさせた。歌曲としてはドビュッシーよりラヴェルに接近している。「マダガスカル島民の歌」の唐突な叫びがもたらした鮮烈な印象を思い起こす場面がいくつかある。プリミティブな歌唱が面白い。長い曲だけれども、飽きさせない仕掛けに満ちた楽曲だ。メシアンはとりたててピアノが巧いわけではないのだが、雰囲気の有る演奏をしていて印象深い。○ひとつ。 ,

メシアン:トゥーランガリラ交響曲~リハーサル風景

バーンスタイン指揮ボストン交響楽団(BSO)1949/11/28LIVE うわー、ロマンティック!愛欲の表現に長けた若きバーンスタイン。繊細な表情はまるで印象派音楽のように優しい。だが、バンスタの指示は苛烈だ。要所要所指示を叫びながら、楽団を引っ張っていく力は凄い。かなり短いので楽曲を味わうことはできないが、初演者の演奏記録の断片としてそれなりに価値はあるだろう。,

メシアン:トゥーランガリラ交響曲

Y.ロリオ(P)G.マルトノ(OM)デゾルミエール指揮フランス国立放送管弦楽団(INA)1950/7/25エクス・アン・プロヴァンス音楽祭live(ヨーロッパ初演)・CD

この曲は最低ステレオ録音じゃないと無理だ。理想はライヴでかつ音場のバランスのよい良席である。とても音盤におさまりきる音楽ではない。むしろおさまらないところが全てである。シンプルな骨子のみ掬い取ろうとするとお粗末なものに聞こえてしまう。そういう単純思考の音楽ではないのだ。前衛専科デゾのいつものとおりの「解釈しない」そっけない棒に諸所妙な力みが入り、ハルサイのリズムやミヨーの音響のように聞こえてしまうのが更によくない。もっと透明感ある繊細な音楽なのに、これではヒンデミット指向の古臭い音楽にきこえてしまう。ロリオのピアノなどこれぞ!と思わせる非常に力のある表現だが、オンド・マルトノの音色がまったく捉えきれてなかったり録音の問題が大きすぎて(後半にあきらかな断裂が聞かれるし撚れの酷い部分もある)この曲をよく知っている人でなければ愉しむまではいかないだろう。音量変化がまったく捉えられないのが非常に残念。演奏中喋り声が聞こえたり終演後ブーイングがさまざまに飛ぶのは別に珍しくも無いししょうがないとも思うし・・・これは歴史的記録ではあるが、デゾファンかメシアンファン以外には不要だと思う。無印。

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メシアン:トゥーランガリラ交響曲

○シャイー指揮RCO、ティボーテ(P)原田節(OM)(LONDON)1992/3/16-19・CD

響きを抑制した緊密な演奏で、曲の華やかで外向的な面よりメカニカルで精密な構造を浮き彫りにしようとした演奏のように聞こえる。禁欲的なやり方はロスバウト同様興をそぐ面もあり、最初はアンサンブルの精緻さとそれを細部までしっかり聴かせる録音の素晴らしさに耳を奪われるが、曲の文学的な側面がちっとも入ってこないため、慣れれば単調な書法に飽きてくる。演奏陣に不足はなく渋い名演なのだが、どこか醒めた冷たい感じもした。

メシアン:ヴァイオリンとピアノのための主題と変奏

○ボナルディ(Vn)ビリエ(P)(ARION,CBS)

誤解されているみたいだけれども、このブログは本体サイトの付随品であり、更に本体サイトの母体はネットが普及していなかったころ書き留めたりどこかに出したりしたものを抜粋しまとめたものである。ネットに出ているものだけにしても、すべてに目を通したと思えないことをときどきコメントされたりするが、またもうひとつ誤解があると思うのだけど、書いているものと聴いているものはまったく一致しない。完全に聴くほうがメインであり、たまたま書いていない、もしくは敢えて書かないものも多いのだ(なかなか安易に書くのが難しい古典や現代作品に多いです。だいたい他のジャンルの音楽を聴いていることがかなり多いです。一日で寝ている以外の時間はほとんど音楽聴いてますので)。エントリが多いからといって書くために聴くようなことは当然していない。むしろ誰からも強制されず、自分がそのとき聴きたいものを聴くことが第一である。たまたま左手があいていれば携帯で感想を打って置く。だから、聴きたいものを聴いて書くという流れで、必然的に量が多くなるということだ。だいたい、ずっと前、もしくは最近でも左手があいていなかったときに一度聴いているものを改めて聴いたときに衝動的にメモるようなことが多いので、これはたぶん5年前くらいのエントリに書いたと思うけど、一度流しただけで書いてしまうことはそうそう無い。文章上の面白みでそう書いていることもある。ネットは逐語的に解釈する向きが多い困ったメディアだが、きほん文字メディアは行間や裏を読まないと意味が無い。面倒を避けるため、びみょうな相手をくさすようなことは余り書かないが、注意深く読めばどこかに隠喩がみつかると思います。さて、この曲はあまり録音がないけれどもメシアンとしてはかなり聴き易いシンプルな曲である。硬質だが半音階的なゆらぎがなまめかしさを秘めた主題もいい。独自の語法が詰め込みすぎずに、弾くほうとしても弾き易く反映されているのでとても面白い。短い曲でオリエンタリズムを強烈に打ち出し熱情的な盛り上がりを構築するのにはやや丈が足りないのが難しいといえば難しい。この演奏も比較的地味に聴けてしまう。呪術的な旋律も浮き立ってこないし、あの極楽鳥のけたたましさや噎せ返る雰囲気が音の中からどうも余り感じ取れない。しかし余り録音がないだけに貴重ではある。○。さて、このエントリは三日前と昨日、計4回聞いてから、今日は聞かずその残った印象だけで書いてますな。いろんな書き方をしてますよ。ウェブ・ログですから。

メシアン:神の降臨のための三つの小典礼

○ヴァント指揮バイエルン放送交響楽団&合唱団、ヴィルツ(P)カヴァイユス(オンド・マルトノ)(Profil、Hanssler、BR)1966/1/21・CD

旋法的な部分とオンド・マルトノを取り除けばユニゾンが多くリズムも結構単純で一時期のストラヴィンスキーやオルフに似た音楽になるメシアンの宗教曲だが、逆に言えば最初の二要素だけで十分メシアンたりうる個性をはなっている。ヴァントはメシアンの世俗性を昇華させるのにはうってつけだったのだなあと思った。ストラヴィンスキーにも適性を示す「ナイフを持った指揮者」なので宗教性や神秘性に逃げず音楽を中宇でしっかり描きあげている。感動的な終幕においては壮麗なロマンチシズムを歌い上げ、またマルトノの異様な電子音を吹奏楽器として音色処理しているのがしっくりくる。これはなかなか。○。

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メシアン:異国の鳥たち

○ロリオ(P)ロスバウト指揮南西ドイツ放送交響楽団(SWF)

これはすさまじく色彩的な音楽であり、律せられた部分はただその形骸しか聞き取ることはできず、放埓な多色の散らばりをただ奔流として「右から左へ受け流す」のが正しい聞き方のような気がしてくる。トゥランガリラあたりと似た部分もあるので、ガムラン的な色合いを求める向きにはうってつけの曲だが、この演奏はじつに「メシアンの音楽をメシアンのように」表現しているという点でロスバウドのバトンテクの確かさに背筋が伸びるとともに、やはりロリオのピアニズムが管弦楽の色彩と不可分に混ざり合いリズムとも音色ともつかぬ「何らかの放埓なもの」を表現してやまないところが聴き物だ。メシアンの熱帯幻想を聴くとまるで税官吏ルソーの暗示的な夢を覗いたような背徳の気分になる。熱心なカトリック信者であったメシアンの音楽はその独創性において宗教的に批判もされたが、ここにきかれる鳥たちのザワメキは発情期のそれと解釈されても仕方のないものである・・・ロスバウト&バーデンバーデン放送響はたくみに匂い抜きをしているから、もっとどぎつい色を欲しがる向きもいるかもしれないが。○。

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メシアン:世の終わりのための四重奏曲

○作曲家(P)ジャン・パスキエ(Vn)エティエンヌ・パスキエ(Vc)ヴァセリエ(Cl)(club francais du disque/ACCORD・universal他)1956初出・CD

自作自演盤は別格として扱われてきた。同じく収容所から生還した初演メンバー、パスキエ三重奏団の二人とともに演奏された歴史的な記録である。一部ステレオとの表記のものもあるがモノラルである。イエスの永遠性、イエスの不死性を表現した同一主題による二曲、チェロもしくはヴァイオリンとピアノという編成だけで歌われる二つの歌の哀しみと美しさは筆舌に尽くし難い。最後のヴァイオリンのどこまでも昇ってゆく旋律表現の、揺れ動く美しさは静かな慟哭をもって心を打つ。これは音楽としてではなく、文字通りの「生き証人」としての鎮魂と祈りの、掠れるような想いである。だから技術的にどうこうとかいう次元ではない、技術なんてどうでもよかった状況での楽曲なのだ(もちろんどこであろうが一流のプロなのだから其の時代での残された気力体力の範疇で最高の演奏をしたとは想うが)。絶望的な収容所生活でありあわせの楽器にあわせて作曲されたこの曲にはまったくその状況とは隔絶した、メシアン自身の宗教性が神秘主義と結びつき自然主義(鳥)を交えた独自の世界を最小限の編成で表現しきっている。この演奏には絶望より希望を感じる。己の主義への力強い信念と、生への祈りが感じられる演奏なのだ(前に書いた感傷的な同一主題による旋律的な二曲にかぎっていえばどうしても昇天を想像させられざるを得ないが)。作風は完全に完成しており、まさかナチ収容所で作曲初演されたとは思えない・・・もっとも楽器編成はそれぞれの楽章の標題にあわせて変化しており多少の無理は感じられるが・・・もので、恐らく戦後に改訂していると想うのだが、まだ10年と少ししかたたない時期に、多少前時代的なロマンティックでアバウトな部分も残しながらも何か使命感をもって録音されたこの盤は、永遠の人間の歴史の遺産として残していくべきものでしょう。技術面で◎にはしない、後年別の団体によるもっと「純粋にコンテンポラリー音楽の演奏として完成度の高い」ものはあるので、そういった団体に賛辞を贈ってもいた作曲家への敬意を表し敢えて○にとどめておく。CDで音は磨き上げられ格段に聴き易くなった。初出クラブ・フランセはほんとに凄い時代の演奏の宝庫である。

メシアン:昇天(アセンション~4つの交響的瞑想)

○ストコフスキ指揮ロンドン交響楽団、合唱団(M&A)ロイヤル・フェスティバル・ホール1970/6/18live

冒頭より強いペットがやや外し気味なのが気になるが、まるでメシアンじゃないようにすら聞こえるロマンティックな演奏。限られた音からなる音線は確かにメシアンなのだが、取り出し方というか強調の仕方がどこかアメリカっぽい。というかコープランドのスカスカな音響に似ている。アイヴズの第二組曲(DA盤の評価として別項で既に記述;M&Aのほうが格段に音がいいステレオ)といっしょにやったようだが、内容的統一性に興味はないようである。従って宗教的意味もない。キリストの昇天というよりアメリカ・アカデミズムの手法によるメシアンの再構築だろう。白孔雀の音風景とか、なんとなくそのへんを思わせる清新さが、録音がいいから気持ちいいのだが、ちょっとメシアンというには違う気がする。2楽章の特徴的なタラリラリというフレーズはオネゲルの交響曲を思わせる響きがある。トゥーランガリラをこの人がやっていたら面白かったろうな。色彩的には独自の鮮やかなものを持っているから、素晴らしいものが生まれたろうにと3楽章なんかきくと思う。しかしどこがアサンションなんだ。神秘主義ではあるが、どっちかというとツェムリンスキーの抒情交響曲なんかの音世界だ。生々しくて強すぎる、音楽が。1楽章などオルガン的でさほど印象に残らないが、このへんになってくるとけたたましい弦と常套的な動きをみせる管楽器の絡み合いに独自の構造があらわれて面白い。神々の遊びといったかんじだが、メシアンてカトリックだよね。少なくともこんな重低音で派手に世俗的に交響曲(のスケルツォ)してしまってもいいのだろうか。オリエンタリズムは完全に横の音線にしかあらわれず、音楽自体はまったくアメリカ・アカデミズムぽく表現されている。ストコ、これでいいのか?で、レントの終楽章は美しく昇天してほしい・・・しかし重い響きだなあ・・・バランスがドイツ・ロマン派なんですけど・・・しかし、弦楽合奏の扱いはいつもながら感心する。巧い。きっぱり切り落とされた終結部の思索性に辛うじてメシアンの前衛性が残っている。力強く神の国に昇天してったんだね。まあ、○にしときます。神秘主義というならこのあとにやったアイヴズの「われら祖先へのエレジー」のほうが金属打楽器と怜悧芳醇な音響のかもす雰囲気がよほど神秘的なんですが。

メシアン:トゥーランガリラ交響曲抜粋

○ケーゲル指揮ドレスデン・フィル(MORGAN'S:CD-R)1987/10/1live

もうどの楽章のどことかちゃんと調べるのめんどくさいのでまたいつか。だって・・・これのために買ったのに5分35秒しか入ってないんですよ・・・しかもけっこう綺麗な水際立った音で、安定感はあるが鋭いエッジの立った表現はロスバウトに華やかさをあたえたような拡散的というか、風の通るすがすがしい音表現を実現している。この複雑怪奇なのにわかりやすいという困った曲にはこういったさばき方は正解。美しいです。○。ちなみにカップリングの第九4楽章、22分55秒です。なんだこりゃ。20年前のCDか。モーガンズはでも良心的とされている海賊盤レーベル(会員制頒布盤と書いたほうがいい?)なんだよなあ。有名音源でCD化されないものの板起こしとか重宝してる人もいるだろうし。ケーゲルのガーシュインとか。ケーゲルばっかりやないけ!ちなみに第九はちょっとまぬけな感・・・あと自粛。

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