ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー~一幕への前奏曲

トスカニーニ指揮NBC交響楽団(放送)1939/1/7live

ナチが士気高揚のため工場でフルヴェンに振らせようとこの曲の価値は些かも揺るがない。全曲はしんどいが祝祭的な内容が凝縮されたこの序曲は全曲中もっとも価値が高い。作曲家自身が何を言ってですら音楽の構造物としての堅牢な美観はいささかも傷つけられない。そして旋律と構造にはそれでも可塑性がありいろいろなタイプの演奏が可能なところが、また名曲たるゆえんである。トスカニーニは音の強弱や密度変化は「劇的」ではあるが、緩徐主題などカンタービレっぷりを聴き取れる、それでもインテンポではないがスピードで押し切るこれはもはやスポーツであり、スピードスポーツであり、軽いと言われても筋肉質なので楽器の発音のキレが悉く厳しく短く、木管の隅まで前のめりのリズム感をそこなうことなく同化しようと必死である。対位法が駆使される場面、この極めて悪い音であっても各声部の交錯し組み合うさまがはっきり聴こえ、きわめて立体的で、変に旋律や合奏力で盛り上げるより圧倒的な印象をのこす。キッパリ終わるが、これが軽く聴こえるのはたんに録音のせいだろう。客席の反応はまあまあ良い。
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ワグナー:ジークフリート牧歌

ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団(BSO/IMG)1965/10/1-2放送・CD

この時期の放送録音であればノイジーなのは仕方ないか。ヨーロッパ的に分厚くも、きわめてあっけらかんとした発音のオケをサウンドとして鳴らしていく、この世代の指揮者としては特異な印象を受ける演奏で、ノルソルでもあるが曲が懐深いと印象への残り方として有利に働く。テンポも揺れるし音量も大きく変化するがいずれもしっかり予め鞣されておりブレが一切ない。この本来室内楽的編成で演奏されることを念頭に置かれた「筆の遊び」をしっかり、一つの音楽の山として築いていて、なかなか聴く耳を離さない。ボストン交響楽団らしい表現であり、これこそが小澤時代に継がれていくのだろう。ワグナーが胃にもたれるという向きにも勧められるかもしれない。少なくとも、この曲はプラスアルファがないと聴き通せないと思っていた私は聴き通せた、意味が違うがそんなやり方もあるのだと、ラインスドルフの出自も思い出しながら終えた。良い演奏。

ワグナー:ニュールンベルグのマイスタージンガー~一幕への前奏曲

シリングス指揮シュターツカペレ・ベルリン(Brunswick/Hindenburg)1927ベルリン

稀少盤ないし高額盤SPの周到な復刻で知られるCD-Rレーベルによる、シリングスの同曲二組目の録音でイギリスプレス。心なしか音は良い。明晰でいっそう軽量級に聞こえてしまうがつまりSPの情報量の少ない音をノイズの中より最大限に引き出しているのである。解釈は別記したシリングスのものと同じだが幾分テンポはまともに整えられているように聴こえる。曲の流れを重視し起伏も弛緩のないテンポに盛り込んで、しかしそれは縦を揃えたりインテンポに終始するトスカニーニらのような当時一般的な方法ではなく独特の柔軟さをもっている。これがフルトヴェングラーの唯一無比と思われた芸風の源流のひとつとなっている。朝には似つかわしい清々しい名歌手前奏。

ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー~一幕への前奏曲

シリングス指揮シュターツカペレ・ベルリン(polydor/Preiser Records)1924・CD

3つの抜粋がCD化されており、前奏曲は別録音もあるとのこと。webで聴ける抜粋もあり、この音源はAmazonデジタル配信ほかで聴くことが可能である。SP期特有の緩さはあるが、かっちりした構成感に毅然とした発声への志向が聞いて取れる。テンポの揺れはフワフワした聴きにくいものではなく意思的に現れ、格好が良い。フルトヴェングラーに引き継がれたものは確かにあるだろう。この時代にこの曲の録音は多いほうだが、時代的に弦楽器の音に重厚さを求められないからおすすめはできないものの、中欧的な構造性より流れ(重厚な流れ)を重視した演奏ぶりは個性である。ナチに真っ先に賛同した指揮者・作曲家として誹りは免れ得ないが、それでもこの音楽は、一流ではないにしても、聴き応えがある。

ワグナー:ワルキューレ~ワルキューレの騎行、魔法の炎の音楽

ロジンスキ指揮ロイヤル・フィル(EMI/DG)1955/4/14ロンドン・CD

スタジオ録音だけあってパレー/デトロイト響のようなただただ純粋に音を鳴らして突き進む芸風を率直に楽しめる。この人はむしろワグナーやリヒャルト・シュトラウスを振る方が本領だったのに当時の現代物や珍しい演目を(誰のせいかはわからないが)アメリカで振る人になってしまった、しかも活躍期間がモノラル期で録音も散発的としか言いようがなく、その点では、後世に残らなかった名匠として不幸であった。新即物主義とはまさにこの人のことであると「騎行」では思わせるし、大半の録音は同様の、フルヴェンなど好む向きからは冷笑される類の「空疎」なものかもしれない。しかし音そのものに語らせる態度は、次の分厚い旋律音楽で無意味ではないのだということを実証する。オケのせいもあると思うがきらびやかな音に彩られた太い情感が伝わってくる。今は滅多に聴かれない「絶対君主型の引き締め方」をした人、もっともっと大作をまるごと残すことができていれば、ただの直球だけしか投げられない人ではないことが伝わったろう。静かな短調の曲では、パレーとは違ってくるのだ。このロイヤル・フィルとの抜粋集(神々の黄昏二曲が続く)では雄渾でありかつ、美しく豊潤に歌い上げるロジンスキが聴ける。

ワグナー:ワルキューレの騎行

ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(HMV)1921/3/25・SP

必要最低限の音だけを繋いで繋いで曲にしており、必要最低限の管楽器しか聴こえず(存在せず)、はっきり言ってワグナーを機械録音するのは無理があるのだがそこを何とかしてレコード売上を上げようという資本主義。ワグナーの音楽のちからは圧倒的なのでナチなんかに利用されたわけで、逆に圧倒的だからこそどの国でもさかんに演奏され、録音技術的に無理でも改変してやってしまう、ストコフスキーはそういうところからキャリアを積み上げてきた人である。

ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー〜一幕への前奏曲

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1927/10/19・CD

メロメロな音で軽いのではあるが、構造的な(この表現ばっか)楽曲をしっかり組み立てて聞かせようという意図は汲み取れる。あまり大きな盛り上がりを作らず流れに任せる、フランスオケ特有の美音(と緩さ)が特徴的な古風な演奏。しかし終盤はテンポルバート、ロマンティックな起伏を大きくつけてしっかりかたをつける。フランスのワグナーも探せばあるものだ。

ワグナー:ローエングリン三幕への前奏曲

チャップル指揮祝祭交響楽団(Vocalion)1927・SP

ジークフリート牧歌ではメロメロだったがこちらは楽想がはっきりしているぶんわかりやすい録音となっている。奏者のスタイルは所々古いが、オケの総体としてのレベルは高く、時代なりの統率力もあるがそれ以上に適度に情緒的な変化がしっくりくる。音響的にも華やかだ。個人的にはチェロのボウイングが美しく捉えられているのが印象的。ブラスも力強い。

ワグナー:ジークフリート牧歌

チャップル指揮現代室内管弦楽団(Vocalion)1925・SP

vocalionはロンドンの古参レーベルで伝説的ピアニストのサペルニコフ(チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番の初録音(指揮はこの録音と同じスタンリー・チャップル)はチャイコフスキー指揮下で弾いたピアニストのものとしても著名で近年CD化もされた)など特徴的な録音を残している。

しかしまあ、状態に左右されるSPであり、私の聞いたこの音源は音が全部潰れており楽曲の色調の変化が明瞭に捉えられている以外、なんにも伝わってこない。サラサラしたあっさり解釈によるところもあるだろう。

ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー~名歌手の行進

ボールト指揮祝祭交響楽団(vocalition)1927/5/5・SP

SP用に切り詰められた断章だがボールトの行進曲は意外といける場合があり、これも楽曲の包蔵する構造的魅力を威厳をもって、かつ力強く引き出した佳演となっている。

ワグナー:さまよえるオランダ人序曲

ボールト指揮祝祭交響楽団(vocalition)1927/3/9・SP

ワグナー臭の薄い曲ではあるがそれにもましてワグナーらしさがない。普通のロマン派音楽をやっているようなニュートラルさがある。ただし冒頭よりかなり激しい発音ぶりが捉えられており、覇気が感じられ、ボールト壮年期のスタイル~ニキシュから学んだ主情的なダイナミズムの影響もあるのだろう~を窺い知れるものとなっている。

ワグナー:タンホイザー序曲

マルケヴィッチ指揮ORTF(ina配信他)1955/6/8(1955/6/9?)live

amazon配信(6/8と表記)はina.fr配信と同一音源。起伏がなく、ずっと大きな音がゆるいインテンポで鳴り続ける。この長さですら飽きる。構造的な配慮は当然なされているものの重心が軽く、オケの特性であることは間違いない(フランスのワグナーというとだいたいこういう響きである)が、高音域の旋律だけが強調され、それもロシアオケのように圧倒的にぶっ放すというまでもいかず、単にやかましい。うねるような情念の感じられる表現、底深い音というのはこのオケには無理なのか。中欧の演奏で聴かれる求心力ある凝縮された音楽はここにはない。マルケが向かないということかもしれない。かといって聴衆反応は悪くはなく、精度もライヴとしては悪くはないので、フランス好きならどうぞ。楽曲が悪いのか?

ワグナー:ジークフリート牧歌

コンドラシン指揮ドレスデン・シュターツカペレ(melo classic)1955/10/9live・CD

素直な演奏で指揮者の体臭も演奏者の体臭もしない。曲の流れのままそつなくやっていて拍子抜けするところもある。ほぼ弦楽器だけの曲で、かつここのような手練のオケ相手だと、個性を逆に打ち出しにくいのか。ヒスノイズが気になるが、わりとクリアなモノラル録音(に整形されている)。このレーベルはドイツで集めた稀少音源をタイで盤に焼くという形を取っており(昔からよくやられる方法だ)権利関係が怪しいものも含まれる。

ワグナー:ジークフリート牧歌

パレー指揮デトロイト交響楽団(melusine)1961live

さらさらと流れるワグナーでテンポ的には一貫して速い。響きはほの明るく、勘所ではしっかり盛り上げを作っていて、きっぱりした表現はこれもまたワグナーらしくはないが、いかにもフランス的なものだ。緻密に織り上げられたアンサンブルにはこのオケの技術的な高さが感じられる。曲の良さ(弦と木管主体というフランス的解釈向きの編成も含め)はあるのだが、それを素直に引き出したようで、実はしっかり個性を出した演奏。

ワグナー:ローエングリン3幕への前奏曲

ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(odeon)

おそらく録音再生の悪さのため細部が甘く聴こえるが、明るく軽く鳴り響くワグナーを楽しむことができる。といってもオケはきちんと大編成で手抜かりはない。中間部の木管のやり取りがじつにフランス的で、牧歌的な雰囲気すら漂う。ビゼーをやっているようだ。しっかり出来た演奏ではあるので、ワグナー嫌いでフランス好きの人にはうってつけ。

ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー序曲

ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(odeon)

端正な指揮ぶり(颯爽とリズムよくテンポも一部見栄を切るようなところはあるが基本揺れず)終始明るい色調のオケの響きも好ましく、構造的な作品の見通しを非常によくしていて、ワグナーがコルトーなどにどう熱狂的に受け容れられたのかがわかる演奏。序曲全曲であることにも意味がある、、、ワグナー楽曲の完璧な構成をきちんと伝えたいのだ。最初少しテンポが前に流れそうになるがほぼ一貫してきちんと組み上がった演奏というふうで、むしろ中欧の演奏の方がデリカシーも楽曲分析もろくにされていないただ主情的で濁ったものに思えてくる。曲が近代音楽史に燦然と輝く完璧な管弦楽小品であることもあるが、とても気持ちがよく、聴いている間はこれこそマイスタだと思ってしまった。SPによくある性急なところも全くない。これはきちんと現代の耳で聴けるものだ。

ワグナー:ワルキューレの騎行(「偶発的ステレオ」)

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(動画配信/cala)CD・1941

うーん。すごい。グーセンスやエルガー含めいくつかyoutubeに挙げられている中でこれは素晴らしい出来。ワルキューレの騎行、おなじくストコの「偶然のステレオ」だというのだが・・・もう13年後にはストコが正式にRCAからステレオ録音のものを出す時期だ。

https://youtu.be/y314wj0WEy0
音声のみ

ワグナー:ジークフリート牧歌

○マイロヴィッツ指揮グランド・オーケストラ(pathe他)1934/11/20パリ・SP

なかなか深く、起伏あるロマンティックな演奏ぶりで惹きつける物がある。現行版とちょっと違う部分があるように思うが曲の流れは良い。また、オケがけっこう巧い。佳演。

ワグナー:ジークフリート牧歌

○エリアスベルク指揮ソヴィエト国立交響楽団(melodiya)1976/4/19・LP

オケが違うとこうも違うか、と思わせるところがこの指揮者にはあって、そういうものはLPやCDになっているので、それなりの理由もあってのメディア化なのだなあ、と思うことしきり。放送音源と銘打って海賊盤化したりネット配信されたりするものには余り当たりが無い。これも颯爽としたテンポで若干前のめりに進むエリアスベルクらしい解釈に、オケがすべらかに載って音色以外は中欧的な洗練された演奏となっている。迫力のある表現、強弱の付け方の巧さ、それらが過度にならずかといって中庸とも言えない。静かな場面でのぴりっとした空気も意外とはまっている。○。

ワグナー:タンホイザー序曲

○ローゼンストック指揮NHK交響楽団(NAXOS)1956

NML配信限定のシリーズだが一部はe-onkyoからダウンロードできる。これはまあ、旋律だけ聴いていれば楽しい、レベル的には厳しいものがあるがローカルオケの頑張った演奏、とでも言っておけばよいか。お世辞にも本場の演奏とは比べられないが、ローゼンストックにマーラー的な抒情性を感じる人もいるかもいないかもしれない。

ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー序曲

○フィテルベルク指揮ロンドン・フィル(DECCA他)1940年代ロンドン

フィテルベルクはポーランドの歴史的指揮者。シマノフスキらと「若きポーランド」のメンバーとして国民主義的立場から指揮作曲両面で活躍していたが、第二次大戦の戦火を逃れるように南米からアメリカにわたり、戦後数年にわたりロンドンでdeccaに録音されたうちの一つがこのワグナーである。知るうちにこれをCD化した記録はないがwebでは有料配信されており裏青もあるかもしれない。SP時代より繰り返し録音されてきたワグナーの通例としてやや編成を絞っているようにきこえる(この曲は1stヴァイオリンがやたら薄く聞こえるので一際気になる)。フィテルベルクによる編曲という表記もあるが曲構成は変わらないのでそれほど問題にするものではなかろう。リズムよくきびきびと進むさまは軽快ですらあり、喜遊的なものが感じられる。若干音場は狭いが旋律と対位構造はしっかり聞き取れるので同曲の魅力は十分に伝わる。軽く流し聴きするにはすばらしく向いている。○。

ワグナー:歌劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」序曲

×ロナルド指揮新交響楽団(OPERA)1912/3/2・SP

名歌手序曲は古今コンサートピースの10指に入る超名曲だ。後期ロマン派大規模管弦楽において対位法的手法のここまで完璧に使いこなされ、劇的に効果を与えられている曲は無い。だから名演にならないほうがおかしいのである。ただ、この時代の録音は「記録」「啓蒙」だけのものなので演奏的評価はできない代物で、録音方式上弦楽器の殆ど聴こえず、展開部の大幅なカット、更に演奏時間の切り詰め、テンポの硬直化、、、×。

ワグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲

ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/11live

ノイズリダクションを強めにかけているせいか音圧がない。演奏自体は綺麗だがこじんまりとまとまり、ワグナーらしい覇気がないが、ビーチャムのワグナーというとこういうものなので、それ以上は言うまい。ディーリアスもこの延長上にやっていたのである。無印。

ワグナー:歌劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」序曲

ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/10LIVE

ノイズがひど過ぎるので無印にしたが、ビーチャムらしいマイスタで特筆ものではある。インテンポでどんどんテンポを煽りアッチェルしていく、ライブならではのスタイル、弦の切れは甘いが管弦楽全体としてはとてもよくまとまり、よい音ならカラフルに響いたことだろう。これが伊達男のワグナーか。興味深いが深みはない、そういう演奏。

ワグナー:歌劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」三幕への前奏曲

○ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/18LIVE

すっきりした演奏で軽やかですらある。ビーチャムらしい、円熟とも職人芸とも異なる颯爽とした記録で、トスカニーニ寄りの即物的演奏ではあるがさらにいっさいのデフォルメのない、純度の高いドラマが描かれる。この新発見音源はCD三枚分あるが、中でもノイズがすくなく聴きやすい音。○。

ワグナー:ジークフリート牧歌

ワルター指揮ロイヤル・フィル(私家盤)1924・LPラッパ吹き込み特有の音場の狭さは如何ともし難い。肝心の弦楽合奏が室内楽レベルの貧弱さに陥っており、ロマンティックでだらしない表現(ポルタメントの多用!)とともに今一つ馴染めないものがある。オケはすっきりとした音色でウィーンのオケのようにいやらしくはない。だから何とか聞ける。リズムがグダグダに聞こえるのはひょっとすると安定しない録音のせいかもしれない。いずれにせよ円熟のカケラもない演奏であり、出色のところはない。無印。,

ワグナー:ジークフリート牧歌

モントゥ指揮ボストン交響楽団(RCA)1960/1/24・CD性急な演奏で少々気の抜けた感じもする。客観的で情が薄く、いわばワグナーをアメリカナイズするという無茶を施した演奏と言うべきもの。音色的魅力の無いオケには酷な曲でもあるが。無印。,

ワグナー:「ニュールンベルグのマイスタージンガー」~1幕への前奏曲

ムラヴィンスキー指揮モスクワ・フィル(BMG,MELODIYA)1941・CD速い。軽い。キーが高い。割合とロマンティックで、フレージングにも気を使った演奏ぶりが意外である。ミャーミャーいうヴァイオリンの音は時代のなせるわざであろうが、モスクワ・フィルらしい前へ前へ進もうとするせっかちなところや、鋭く激しく研ぎ澄まされたアンサンブルはこのオケならではの味を醸していて面白い。対位法的な組み物がとてもスムーズな流れの中にかちっと噛み合っているところはワグナーにも意外と適性のあったムラヴィンスキー、さすがの匠の技である。この速さできっちり出来上がっているところも素晴らしい。いかんせん録音が悪いので無印にしておくが、ロシア流儀のワグナーとして記憶に留めておくに相応しい特徴的な演奏である。クライマックスでのペットのヴィブラートがポイント。気持ち悪く感じる人もいるかも。,

ワグナー:「ニュールンベルグのマイスタージンガー」~1幕への前奏曲

シュミット・イッセルシュテット指揮ハンブルグ北ドイツ放送交響楽団(CINCIN)1961LIVE端正でさっと流れるちょっとそっけない演奏。でもそれがこの人の持ち味なのだろう。オケの北方的な冷たい音も指揮者の解釈にマッチしている。音響バランスは抜群で、奏者もライヴとは思えぬミスのなさ、全般に完成度の高い出来栄えだ。あとはこの冷静な「名歌手」が好きかキライかだけだろう。これはこれで私はいいと思った。ワグナーを挙げるのは掟破りだが私はこの曲かなり好きなので挙げさせてもらった。ごめんなさい。,

ワグナー:「ニュールンベルグのマイスタージンガー」~1幕への前奏曲

クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(ASdisc)1946/3/2LIVE・CDオールワグナープロの中の一曲として演奏されたもの。旋律性が若干強調気味だがムラヴィンスキーの演奏と比べるとだいぶんにマトモな感じがする(ムラヴィンスキーファンごめんなさい)。オケの問題とみるべきだろう。テンポ・ルバートなどロマン派的な解釈が施される部分がいかにもオールドスタイルで特徴的だが、この時代を考えるとそれほど奇異な解釈でもあるまい。むしろそれ以外の部分ではオーソドックスと言ってもいいほどワグナーらしい演奏になっており、この指揮者のオールマイティぶりを垣間見せてくれるものとなっている。引き締まったアンサンブルとリズミカルな処理のうまさは中間部に明瞭に聴き取ることができる。後半テンポ良さが際立ってくる。クライマックスでの威厳のある足取りはこの指揮者の並ならぬ力量を見せ付ける。録音の悪さゆえ無印としておくが、クーセヴィツキーに偏見のあるかたは一度聴いてみていただきたい。そういう演奏。,
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