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ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第二組曲

ミュンシュ指揮ソヴィエト国立交響楽団(melodiya)1965/5-6LIVE・CD

冒頭少し録音がイマイチだがおおむねまずまずのステレオ録音(レンジが広く分厚くクリア過ぎるのは録音操作かもしれない)。ロシアオケのパワーを発揮しやすい曲のようで聴き応えはある。ミュンシュ色よりロシア色が強いというか、弦楽器も他のオケとは比較にならない力強さとスケール感、ブラスはワグナー張りの吹きっぷり、それがやや重さにも通じているがルーセルをこうやることもできるんだと思う。繊細さ、描写性に欠ける感もあり客席反応は少しブラヴォが飛ぶ程度の理解のさせ方(まず初耳の聴衆が多かったろう)になってしまったようだが、ミュンシュ晩年の徒に煽りまくるだけではない円熟した芸風も出ていると思う。まあ、曲に慣れないオケに奏でさせるために客観的に大人しくしているのだとは思う。
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ルーセル:バレエ音楽「蜘蛛の饗宴」

プレートル指揮フランス国立管弦楽団(ERATO/icon,warner)CD

この盤では「交響的断片」の副題が使われている。最初と最後の幻想的な響きは美しいのだが、蟻から蜉蝣の描写的表現はいささか灰汁が強い。荒っぽく力強く突き進み、リズミカルに浮き立つような舞踏表現はワルツ以外あまりうまくいっていないように聴こえる。僅かズレるような感覚があるのだ。あくまで交響詩的に捉えて聴くならばこれで良いが、ただでさえ野蛮主義の影響を受け始めたルーセルの重い響きにそのまま推進力を与えると、アタックの激しさこそ逆にプレートルらしいとも言えるが、このような少し濁った趣を醸してしまう。円熟期の作品であるバッカスが曲の趣旨に沿った佳演だけに、併せて収録されているこの少し遡った代表作にはこの作品向きの繊細な表現が欲しかった。録音は良い。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」全曲(第一組曲・第二組曲)

プレートル指揮フランス国立管弦楽団(ERATO/icon,warner)CD

ミュンシュがさかんに第二組曲(第二幕)だけを取り上げたこともありそれが普通のように捉えられているが、派手なダイジェストのようなもので、ダフニスとクロエの第二組曲だけを聴くのと同じ。ラヴェルの導入した新奇要素であるウィンドマシーンが第二組曲に含まれないのは象徴的で、あれはああいうもやもやしたところから周到に計算された筋書きのあとで派手な踊りに至る。これも印象は第一組曲(第一幕)と併せて全曲だと少し異なってきて、ただのバレエではなく筋書きの上にあること(読まなくても聴けば単なる抽象音楽ではないことがわかる)、モチーフがどうやって登場してどう流れて行って第二幕に至るのか(まるで印象派から新古典主義へ向かうルーセル自身のよう)、またプレートルは明瞭なステレオ録音のうえで、いかにもフランス的というような響きの明るさとわかりやすい表現で作品を追っていくので、全盛期ルーセル特有の「曇り」が一切無い同曲を導入版としてお勧めするうえで格好の素材となる録音です。

ルーセル:組曲ホ長調

コープランド指揮クリーヴランド交響楽団(SLS) 1970/8/1クリーヴランド ブロッサム音楽祭live

両端楽章の破裂的な舞踏表現、その迫力はまるで本職指揮者のようで、コープランドの作る娯楽的なアメリカ音楽の能天気な破壊性に通じる要素が同曲にあり、だからこそレパートリーとしたのだとわかる。新古典主義音楽だからといって娯楽的に煽って悪いわけはない。中間楽章サラバンドは抽象的な意味でも良演で、伝統的フランス音楽として適切に仕立てており、ルーセルの体臭や晦渋さは目立たない。現代作曲家として、殊更響きや構造を浮き彫りにするのではなく、音「楽」として「聴かせ」にかかっている。録音はノイズ塗れのステレオだが、ノイズがなければ「破壊的な」印象は変わるかもしれないが、この演奏のスケール感、迫力、娯楽性はそのまま感じ取れるのではないかと思う。

ルーセル:交響曲第3番

マルティノン指揮ORTF(warner,icon,ina/ina配信?)1970/6/21シャンゼリゼ劇場live・CD

実は、このマルティノン後期録音集ボックスを知ったのが最近で、バラバラ集まっていたフランス秘曲CD、eratoからEMIの録音が網羅されているばかりかina所蔵のライヴ音源(しかもina.fr配信の音源と違うもの!)等初音盤化トラックも多くて、14枚2000円台とはなにごと!と思った。昨今古いモノラル音源や余りに名の通った指揮者の音源ボックス叩き売りは多いが(そしてその多くがEMIからワーナーに流れたものだったりするが)、マルティノンクラスの指揮者でこれをやられると、今までの投資なんかどうでもよくなって、聴いてない音源をひたすら再生させ続ける日々になる。つい最近もプレートルで。。このライヴ、データ上は初出だが、ina配信のものは放送日が記載され演奏日とは限らないので、ダブっているかもしれない(確認したところ音源には6/21という日付だけが記載され演奏日・場所は第三者による推定なので、同じ可能性が高い)。もっともあちらはストリーム配信、もしくはmp3なので耳にはこちらのほうが優しい。

と言って、正直これはちょっと打楽器のドガシャーンで誤魔化しているようにも思う。オケに弛緩が否めず、集中力を欠いているかのように聴こえるところがある。これをスケールがでかくなった結果と取るか、統率力の問題と取るか、解釈の問題ととるか。そのすべてだろうか。でも、ina配信で聴いてない方には、このルーセルの弟子が同曲に籠められた意図、特にバレエ音楽的な要素や、前衛的な響きや陶酔的な表現を強調することによって師の歴史的位置を改めて示し直したものとして、薦められる。娯楽作品というだけではない、この曲にはこれだけ情報がこめられているんだ、というのをついでにユーチューブ的なところで何年か前のプロムスライヴで視覚的にも確かめて(あちらBBCsoなのに緩いがルーセルの効果的なオケ(とくにブラス)の使い方がよくわかる)、楽しんで欲しい。最後の妙に性急な終わり方はマルティノン独自のもの。一声ブラヴォが入る。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第二組曲

ブリュック指揮ORTF(ina)1960/3/8live

これがけっして壮麗とか豪速球とかそういう極端な特徴を挙げづらい演奏なのだが、非常に良好な録音、オケのコンディションの良さ、美しく激しくルーセルの人好きする面をひたすら追った、流れ重視の演奏で、ここでは大見得切ってくれ、というところでそれほどルバートしないし音量変化も普通、しかし、まあ、終わると同時に大ブラヴォとなる華麗な演奏なのである。ブリュックはプロコフィエフの炎の天使初演及び録音でのみ知られるがフランスにはまだまだ録音はあるようで、職人的と表現するには惜しいフランス音楽に対する素晴らしいセンスがある。ルーセルのきっちりした構造への配慮をわきまえ、色彩や舞踏表現からは全盛期ルーセル特有の「臭み」が感じられず、素直にドビュッシー後ラヴェル同時代の鋭敏な作曲家のさまを効果的に提示する。しっかりしているが重くはない。曲も良いのだが、何度聴くにも耐えうる録音である。

ルーセル:ヴァイオリン・ソナタ第2番

アンドラーデ(Vn)カステル(P)(meloclassic)1955/3/17フランス放送用スタジオ録音・CD

フルートトリオや交響曲第三番といった作品を生み出した、ないしその直前の全盛期1924年のものだが、一楽章はいきなりの晦渋さ、対照的なピアノのフランス的なリリカルな響きの奇妙な重なりに、少し後の名作とは言い難い難解なピアノ協奏曲を想起させられる。だが古典音楽的な均整(と窮屈さ)もあり、二楽章にてオリエンタリズムが炸裂するも結局古典的な型式感が支配的になるところは、どうにもまだ個性が出し惜しみされ惜しい。三楽章はそこまでほとんどピアノ、たまにヴァイオリンのメロディの一節にしかあらわれなかった叙情が、一連の三重奏作品に共通するサロン音楽的な躍動を持ち込み安心する。ピアノの細かい動きは他の有名トリオには現れなかった技巧的なもので、オリエンタルな展開もまじえた全盛期の大規模作品にむしろ接近している。ピアノの粒立った音、パラパラ胡麻をまくようにこなれた技巧が素晴らしく、主張せずソリストを引き立てている。フランス的な品も感じさせながら曲自体に内在する中欧古典志向を汲んだ芯の通った演奏もなかなか。短い曲だがもともとルーセルは長い曲はオペラにしかせず、まとまった簡潔な作風である。その短さの中で言うことを整理し尽くした感じはせず、わかりにくさも残る。そのぶん噛みごたえはある。和声を除けばフランクとは対極にあろう。

録音はこんなものか。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第二組曲

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1952/10/27・CD

ミュンシュが初演した組曲で、ルーセルの体臭が純音楽的に洗練されロマンティックなパセージも含む汎用性の高いバレエになっている、その過渡期的な特質をフランスオケではない機能的なオケでやることにより、さらに万人に受け入れられるような表現に昇華させている。ルーセルの押し付けがましい単調なリズム、空疎な嬉遊性をただ突きつけるのではなく、構造の強固なところも見せつける録音となっている。モノラルは惜しい。

ルーセル:交響曲第3番

ル・コント指揮ORTF(ina配信)
1965/3/11放送 live

ステレオだがバランスが悪くペットなど引っ込んでいるためアンサンブルが今ひとつピタッとハマって聴こえない箇所が散見される。一楽章など音響も空疎で客観の勝る演奏に聴こえるが、演奏の実態を録音が伝えきれていない可能性がある。二楽章後半の盛り上がりはミュンシュを思わせる攻めの姿勢で胸がすく。最後のコンマスソロが掠れるのを聴いていて、他の場面の瑕疵もひっくるめるとオケ全体として少しコンディションが悪いのかもしれない。四楽章のラストで弦楽器の音量が上がらずブラスと乖離したようなのはどうなのか。だがさかんにブラヴォが飛んでいるのを勘案すると悪くはなかったはず、これも録音のせいかもしれない。ミュンシュより現代的に整っているがマルティノンより主情的で耳馴染み良い演奏。

ルーセル:合唱付バレエ音楽「エネアス」

マルティノン指揮ORTF他、クレーデル(ina配信)1970/4/22放送 live

1935年ブリュッセル万博のためにシェルヘンから委属された作曲家最晩年の大作(以前のパドマーヴァティに比べれば小規模だが)。ベルギーの歌劇台本作者Joseph Weteringsによる同作には最終合唱 “A Hymn The Roman People”~ムッソリーニの国の首都ローマを想起させフランス人を怒らせた~が含まれていたので、論争の的になった。バレエがパリに到着するには3年かかった(1938初演、作曲家の没後)。その後もめったに上演も行なわれず、1960年弟子マルティノンによってeratoへ録音された。しかしながらその後も演奏はほとんどなされていない。これは同じマルティノンによるライヴになる。

曲は劇性が高く、40分余りかかるがルーセルの少し癖のある作風~重いリズムと生々しいオリエンタリズム(若い頃の「セレナーデ」にある南洋の鳥のようなうわずったポルタメントも聴こえる)~が職人的な腕によって引き伸ばされ、聴きやすくなっている。最晩年作品としてはやや後退した感もあり、ルーセルならではの書法は定型化しているものの、しっかり出来上がっている。反面正直飽きてしまうのも確かで、死亡説流布後に発表された4番交響曲の内省っぷりを求めても裏切られる。マルティノンはセッション録音にくらべわずかにライヴ的な攻めの音楽作りを持ち込んではいるが(そのせいか最初の方で縦がズレかける)、原曲のせいもあって全体構成は弱いように思う。オケはしっかり表現しておりマルティノンの作為的な彫刻より音楽的な調和が前に立っている。録音状態は放送レベルでは良好なステレオ。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第一組曲、第二組曲

ロザンタール指揮ORTF(ina配信)1968/9/5放送

見事な演奏で、舞台音楽をやると水を得た魚のようになるロザンタール(逆に四角張って前に向かないこともある)、色彩感がとくに抜群である。同時代のミュンシュが重量感あるルーセル特有のリズムに重点を置き、中欧的な重い響きを強調し色味に配慮しなかったのとは対照的で、ルーセルとは師弟関係にあったマルティノンのカラーに近いが、あちらはあちらで少し透明で無機質なところがあり、肉感的要素も兼ね備えた(ロザンタールに「肉感的」と言うと語弊がある…?)この長さを緩急すべらかににつけながら、ルーセルらしさはルーセルらしさとして明確に叩きつけつつ、印象派の残響的なところやワグナー的な法悦性はそれ相応の表現へ切り替えて見せる、じつに演劇的に手慣れたところをみせている。バレエ音楽というと場面場面でコロコロ変わる印象があるが、ここでは管弦楽組曲、さらに一種まとまった交響音楽のように聴くことができる。なかなか良い聴き物。

ルーセル:フランク人の軍歌

ツィピーヌ指揮パリ大学合唱団、パリ音楽院管弦楽団(EMI)CD

晦渋でルーセルとしては前衛的な作品。哀歌ふうであり、トランペットによる警句の織り込まれた不安感に満ちた音楽で、短いが重い。この演奏はやや地味な感がある。

ルーセル:詩篇80番

セネアル(t)ツィピーヌ指揮パリ音楽院管弦楽団、パリ大学合唱団(EMI)CD

比較的重い響きをもち半音階的なうねる低音部をともなう古風なメロディなど、ルーセルらしさともとれるが少し野暮な雰囲気が続く、と思いきやエキゾチックなフレーズがあらわれ、しばし新鮮な空気に触れるとルーセル特有の単純で強いリズムがしっかりした、若干攻めた響きに支えられて最盛期の作風に至る。高音の長い音符の下で不可思議にゆったり揺れる旋律など前衛にも受けていたこの作曲家の独創性を象徴しており、それが単なる前衛で終わらず、「セレナーデ」を思わせる次世代印象派的な魅力を持っているのが素晴らしい。ちょっと色々と変化に富みすぎて散漫な感もあるが、歌曲や合唱曲も多く残したルーセルの歌唱の扱いも自然でうまい。ツィピーヌはルーセルの譜面に示された変化をデフォルメすることはないが、聴きやすくまとめている。合唱などなかなか良い。モノラルのスタジオ録音。

ルーセル:交響曲第3番

ミュンシュ指揮WDRケルン放送交響楽団(WEITBLICK)1966/9/30live・CD

細部まで明晰なステレオ録音。軍隊みたいな一楽章に圧倒される。厚い和音が一糸乱れず、ザクザクと重く切り裂くように迫ってくる。こういう響きこそ必要だ。ルーセルはドイツオケに向いている。ただ構造的な部分を無視とは言わないが流れと勢いの方を重視しているのはミュンシュ流で(二楽章は印象に残りづらい、もっとも内声は良好な録音のため実によく聴こえる)、ERATO録音に似た印象を与える。スケールを保ち、決して前に流れない四楽章の迫力も出色。これはERATO録音とは違う点かもしれない。拍手なし。ほんとにライヴ?

ルーセル:交響曲第3番

マルティノン指揮ORTF(ina配信)1975/1/6(放送)

おそらくライヴではなく放送用録音。構築的な演奏ぶりは別録と変わらないがいくぶん「内圧」が高いというか、熱量が大きいように感じた。冒頭はやっぱり叩きつけるような激しさがほしいものの、磨き上げられた響きと透明なアンサンブルはマルティノンの持ち味として堪能することができる。二楽章もよいが後半楽章楽しめる。

ルーセル:交響曲第3番

○チェリビダッケ指揮ORTF(ina配信他)1974/10/25live(1975/2/2放送)

ina配信されているものはステレオの録音状態も良く、前記の既出音源と同一と比定されているものの改めて総括的印象を書いておく。組み立てのうまさが尋常じゃなく、実演経験豊富な、諸所ツボを押さえた生粋の専門指揮者(実際はどうだか知らんWikipediaでも見てください)といった風情で、響きはがっしりしているが前進する力は凄く、かといって即興的なほつれなどあるわけなく、周到に準備された「決定版」である。立体的な造形がオケの華やかな響きと相まってルーセル特有の野暮ったさがなく、厳しく整えられたからといって痩せることも決してなく、アンサンブルというものを強く意識した各パートのデュナーミク等への指示が素晴らしい演奏効果に結実している。二楽章つまらないとか、四楽章間延びするとか、そういうこととは無縁。終盤の激しく単調なリズムの畳み掛けはルーセルの魅力ってここに尽きる、という印象を残す。客席反応は通りいっぺんのものだが、壮年のチェリビダッケらしさの詰まった佳演。同じコンビで別の放送ライヴ音源もあり既出(inaでも配信されている)、昔書いた。

ルーセル:組曲ヘ長調

ブール指揮ORTF(Ducretet-Thomson/forgotten records)1951

frはCD復刻から漏れているようなLPの板起こしレーベル(裏青)で、そういう趣向からしてモノラル期のものが多く、中古高騰のフランス盤がメインなのは嬉しい。ほとんど稀少盤ではないものの、網羅するには非常な労力がかかる。逆にここで復刻されてしまいLPの希少性が失われてガッカリという方も多いのではないか。ただ、私見ではあるが音は篭り気味、手を加えていないせいだろう昔のイタリア盤のように機材が雑な感じもして、資料用・収集用ではなく観賞用としては少し問題があると思う。正規ルートでCDになっているものもあるのでそこも注意。ブールはマニア向けの現代音楽指揮者で、音は冷たいが、瑞々しく明確な表現が持ち味。録音はフランス物が多い。シェルヘンの系譜には決して並ばず、ロスバウトよりも色彩的というか、時代が下るので、むしろベルティーニに近いところがあるかもしれないが、より情緒的である。案外と数が多くて、私も一時期LPまで手を伸ばしたがやめた。この曲ではオケの性向からか、少し重く、ミュンシュに近い聴感がある。セッションなのでミュンシュのライヴよりは余程響きよく感じるが、そこは古いLP起こし、過度な期待は寄せないほうがいい。この人はラヴェルの新しい録音がCD化していることからもわかるとおり、ルーセルのような単純な作品よりも、技巧的な曲に適性を示すようである。

ルーセル:交響曲第3番

マルティノン指揮ORTF(ina配信)1970/5/4ボルドー大劇場(ボルドー五月祭)live 6/21放送

師の代表作を振った記録ということで興味深く聞き始めたが、落ち着いたテンポに四角四面の表現で拍子抜け。マルティノンらしいとも言える響きだがこれが徐々に熱をおびはじめ、シンバルの音に煽られるように迫力が増していく。二楽章が確信犯的にドラマティックで出色。力強いがあっさりとした三楽章、コンマスソロの入る緩徐部が丁寧過ぎて間がもたない感もある(響きはとても美しい)がしっかりとした足取りでスケール感を出した四楽章は、チェリを思わせる構築性があり、好きな人は好きだろう。徹底した明晰な響きへのこだわりは、この曲が野蛮主義を利用した受け狙いな作品ではなく、まぎれもなく現代フランスへ続く系譜に連なる作品であることを意識させる。もっともミュンシュ好きには物足りない。voxのプロコフィエフ交響曲全集を想起させる。この時期にしては音が悪い。inaにはもう一種ある。

ルーセル:ヘ調の組曲~Ⅱ、Ⅲ.

ツィピーヌ指揮ORTF1972/1/30(放送日?)

重苦しい緩徐楽章から始まるせいもあろうが濁ったような、渋い演奏に聴こえる。三楽章の躍動もあまりキレが良くない、ラストはブツと切れるのに。録音としてイマイチと言うべきだろう。ina配信

ルーセル:ピアノ協奏曲

ボロフスキー(p)ミュンシュ指揮BSO1951/10/12sls

3番交響曲辺の最盛期の作風に依るがピアノを使った点で趣が異なり、両端楽章は露骨にプロコフィエフを模倣した箇所が散見される。2楽章はアメリカ風のドライなリリシズムが光るがこれはオケの特性か。

ルーセル 交響曲第3番 ミュンシュ指揮(データ)

すべてCDないしCD-R

(1)1964/8/19ORTF(エジンバラ音楽祭ライヴ)disque montaigne、Valois他
(2)1965/4/20~23ラムルー管弦楽団(パリ・セッション録音)ERATO、MHS他(French Broadcasting System(Masterworks Of French Music PROGRAM No.205)のLPはモノラルだが同一)
(新)1966/9/30ケルン放送交響楽団(ライヴ)weitblick
(3)1967/2/16、18シカゴ交響楽団(ライヴ)CSO
※1967/2/16無編集 "O"“O”“O” Classics、Disco Archivia
(4)1967/2NYP(ライヴ)Disco Archivia
(5)1967/5/29ハンガリー国立管弦楽団(ライヴ)Aulide

ルーセル:バレエ音楽「くもの饗宴」

アルベルト指揮セント・ソリ管弦楽団(OMEGA/hector:CD-R)1960年代

往年のフランス録音ではお馴染みの指揮者だが、つまらない。録音が弱く悪すぎるのもあるが、四角四面で、繊細なソリストたちの音色は辛うじて美観を保っているが、もう、聞き取り辛いのが度を越している。無印。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」組曲

○クリュイタンス指揮ORTF(SMC)1959/5/9モスクワ・CD

ソ連でクリュイタンスがこの演目をこのオケで。信じがたい面白い取り合わせだが、録音は悪い。茫洋として篭っている。クリュイタンスらしい要領良さが曲も後半になって活きてきて、リズミカルで、クリュイタンスのルーセルというものをもっと聴いてみたい気にさせる。ソ連録音の緊張感は感じ取れないが、珍しい録音としてマニアなら聴いてもいいだろう。

ルーセル:バレエ音楽「蜘蛛の饗宴」

○マルティノン指揮ラムルー管弦楽団(FR:CD-R/PHILIPS)1953/2

リズムが切れている、繊細な配慮が行き届いているとかそういう類の演奏ではない。単純に楽しい。オケの特性もあるんだろう、ロマンティックな音楽の流れができていて、単純に聴き入ることができる。マルティノンというよりデルヴォがやりそうな芸風だと思った。○。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第二組曲

○マルケヴィッチ指揮RIAS管弦楽団(audite)1952-53・CD

重量感があり濁った響きで(中声部の分離の悪い録音のせいもある)けっして技術的にうまいとは言えない演奏だが、マルケの強力な発音、前進性、さらに舞踏表現にいたってリズムのキレ、このあたりはルーセルを踊りの音楽と捉えることのできる正統な表現として評価できるだろう。ルーセルの分厚い響きの前衛性はともすると重すぎて踊れない音楽として認識させる。中欧オケを使いながらまるでイタリアオケのような浮き立つようなリズムを刻ませるのはさすがの統率力といったところだ。

ルーセル:ピアノ協奏曲

○エルフェ(P)ボド指揮セント・ソリ管弦楽団(ACCORD)CD

往年のエキスパートによる明晰な録音で貴重。ルーセルの、ジョリヴェに先んじたバーバリズムが発揮された曲で晦渋にも聴こえるが、よく構造を聴くとやはりマニアックないつものルーセルの書法で、だんだんと見えてくる良さがある。前衛的かつ分厚い響き。弦は円熟期ルーセル特有の立体的な構造を単純なリズムと共に聴かせ、その上にそれとは乖離したような木管の美しい旋律が載る。演奏がとても巧緻にできていて誰でもこうできるものではあるまい。内声をいかに明瞭に聴かせるかが鍵である。ザッヒャー盤はこうはいかなかった。○。

ルーセル:バレエ組曲「くもの饗宴」

○パレー指揮デトロイト交響楽団(TOWERRECORD、MERCURY)CD

モノラルで古いせいかCD復刻の遅れた音源で、パレーのルーセルとしてはへ調の組曲とこの二つしか遺されていないそうである。ここでのパレーはミュンシュにくらべ全体のスピード感やリズムのキレは弱いように感じる。響きの美麗で清潔なところはミュンシュよりもよりルーセル前期の核心を衝いており、ロザンタールを想起するところもあった。時々スピードを上げすぎてオケに危うさを感じる部分もある半面、これぞパレーの「ギリギリの魅力」なのだと思うところもある。いつもの一本調子の即物性をそれほど感じさせないが、そのぶん曲の精妙な魅力は出ている。対してルーセルらしい重い響きは強調されず聴き易くなっている。食い足りないルーセルファンもいそうだが。パレーは日本ではマニアに人気の指揮者であるが海外での評価はイマイチぱっとしないように思う。録音に対する評価はともかく。こういう指揮者は実演向きであるのかもしれない。

ルーセル:小組曲

○ミュンシュ指揮パリ音楽院管弦楽団(DUTTON他)1946/10/9・CD

ややカイジュウさを帯びた小品で、喜遊的ながら影もあるオーバード、特有の不協和な響きをもつ長いパストラレ、そして重々しくも華麗なマスカレードと、連続して演奏されるルーセル後期を煮染めたような曲。尻すぼみの終わり方も4番交響曲を想起する謎めいたもの。ミュンシュはその中に楽天性を見出だしロマンチックな音楽に昇華させている。オケは色彩的でよい。

ルーセル:へ調の組曲

○ミュンシュ指揮LPO(DUTTON)1947/6/2・CD

録音が悪いのとオケが中庸で派手さが無いところが惜しいが、ミュンシュには珍しく?対位構造をはっきり浮き彫りにして立体的な音楽を聴かせる3楽章などなかなかのもの。ブラスが抑制的であったりノリが前に向かわないのは気になるが、程よい演奏ではないか。

ルーセル:バレエ音楽「くもの饗宴」

○ミュンシュ指揮LPO(DUTTON)1947/6/6・CD

ミュンシュの蜘蛛の饗宴があるとは知らなかった。ルーセルの第一人者といっていいミュンシュによるルーセル集をDUTTONの復刻にて聴けるというのは喜びである。オケがロンドン・フィルというのも珍しい。同オケにてへ調の組曲も収録されている。音色、色彩感ではフランスオケに負けるかもしれないが、軽やかさや精妙さには欠けていない。むしろ技術的なメリットのほうが大きく、ミュンシュの激しいドライブを吸収し完璧に表現している。解釈的にはねっとりした序奏部からもうミュンシュ節、しかし晩年のようなテンポの沈滞や歪みはなく、めくるめくダンスとリリカルな音楽の意外なほど美麗できらきらしたさまは楽しい。まあ、ミュンシュのロマン性は強く、重いと感じる向きもあるかもしれない。モノラルの古い録音のせいもあるか。ミュンシュの古いラヴェル録音を想いおこせば、そういう演奏である。
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