サン・サーンス:動物の謝肉祭組曲

チッコリーニ、ワイセンベルク(P)プレートル指揮パリ音楽院管弦楽団(erato,EMI,icon)CD

腕利きの家具職人の手遊びで作った小物が後世衆目を集め文化財になった。そんな存在がこの曲集である。精密機械のようなワイセンベルクにしては重くてギクシャクした冒頭はチッコリーニとの敢えてのカリカチュア表現かもしれぬ、と終曲のパロディで猥雑さを実に下卑て描くプレートルらの上で滑らかに音符を並べ立ててみせるさまを聴きながら思う。「水族館」「白鳥」などソリストにやはり弱さを感じつつも、終わり良ければすべてよし。こういうプレートル節好きにもアピールするだろう。
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サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番

メニューヒン(Vn)ガストン・プーレ指揮LSO(documents他)CD

ブルッフの次に聴くべき、弾くべきロマン派協奏曲として位置づけられており、残念ながら作曲年代が遅すぎたというか、いきなりチャイコフスキーへ飛んでしまう状況にはなってしまったが、サンサンならではの創意(二楽章末尾と三楽章最初の方のフラジオ用法なんて耳の良い作曲家じゃなきゃ思いつかない繊細かつ個性的なもの)は突拍子のないところがなくまるでブルッフの一番の簡素に過ぎるところをしっかりリフレッシュして書き直したかのようで安心して楽しめるし、要求される技巧的にも特に三楽章では名技性を盛り込みしっかり一段上のものに仕立てている。型式にこだわった結果、伝統的な様式をことさらに強調し、演奏家に細部に宿る霊感を隅へ追いやるよう仕向けるところはあって、いかにもフランス的な例えば有名な一楽章第二主題の甘やかなメロディもさらっと現れ埋没してしまい、結果ドイツ的な堅牢さの前に飽きる人は飽きるだろう(私も)。逆に型式にこだわって聴けば何ら問題はない。極めて器用なところがこの多作で、スコアをよく書き込む作曲家(一流のピアニストであったが凡百のピアニスト作曲家のような他楽器への理解不足はまったく感じられ無い)の印象をむしろ薄くして、ただ筆の遊びで書き流した「動物の謝肉祭」組曲が売れてしまい今も代表作扱いというのは本意ではないだろうが、このあたり、ミヨーやオネゲルにも通じるフランスの多作家が受ける評価の一つの傾向でもあると感じる。この頃のメニューインは素晴らしく冴えている。音は強靭で高音でも痩せることは決してなく(終楽章で最高音を一箇所とちっているように聴こえたが極めて珍しい)、後年の柔らかさこそ無い、ただ弾きまくる感もあるにはあるが、復刻状態にもよるものの同時代の演奏家のもつ香気の残り香くらいは漂わせ、僅かにポルタメントも入れて演奏しているところも聴かれる。ただメニューインにしてはかなり初期的というか才能と技巧だけでブレなく正確に弾きまくるスタイルで、当時としてはこのような演奏は斬新だったかもしれない。音色が悪いというわけではないがそこは余り売りにならず原曲の本来持つ色がそのまま現れている。父プーレはピタリとつけて、色彩的で勢力的な演奏スタイルをメニューインと融合させている。

サン・サーンス:オラトリオ「ノアの洪水」前奏曲

ブルン(vn)メサジェ指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1918/11・CD

重厚で古風な序奏から入るがヴァイオリンソロによる甘いメロディが始まると、景色が明るくなり、職人サン・サーンス節が単純につづられていくことになる。いかにも古いメロメロのポルタメントが、しかし音楽に命を与え、和声も軽くフランスの演奏である主張はしている。ノイズはひどいがここまで聴き取れればこの手の曲は十分。メサジェのエスプリも伝わってくるようだ。妄想だけど。

サン・サーンス:交響詩「オンファールの糸車」

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA)1957/11/1live

一見無邪気だが機知に満ちた小品。モノラルであまり良くない録音のため、作品の軽やかさが伝わってこない。知的に構成された作品に対しミュンシュとBSOは手慣れた調子で仕立てている。元から完成度の高い作品に余計な解釈はいらない。

サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付」~Ⅲ、Ⅳ

ブリュック指揮ORTFフィル、グリューネンヴァルド(ORG)(STEF)CD

同じCDなのに直前のアンゲルブレシュトのダンディとは録音状態がことなり、篭って聞き辛い。曲も古風だし指揮者もぱっとしないので、これは何か思い入れがなければ聴く必要はない音源か。

サン・サーンス:死の舞踏

○ミュンシュ指揮ACO(DUTTON)1948/9/15・CD

オケ上手い。カラカラと鳴り粒立ったリズムが気を煽る。重厚にならずに色彩的な響きを振り撒く好演。

サン・サーンス:動物の謝肉祭~白鳥

○ピアティゴルスキー(Vc)ハープ六重奏団(WHRA)?/10/5カーネギーホールlive放送・DVD

50年代の映像であろう。小ホールにて、恐らく何等かの素材として演出されたものではないか。状態はよい。演奏はやや枯れており線が細くけれんみが皆無。朴訥とした寂しさがある。終盤でたっぷりボウイングを使い歌いこむあたりヴィブラートがとても美しい。ハープも揃って素晴らしい。○。

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サン・サーンス:死の舞踏

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(PRSC)1950/3/25Studio8H放送live

リムスキー的とも言えるこの世俗的で古風な小品、しかしながらソリストをはじめ奏者にはしっかりした技巧がなければ皮肉な曲のよさが出ない。無理の感じられない超絶技巧の披露こそ真のトップ奏者のあかし、トスカニーニの引き締めあってのものかもしれないが、いずれ一流のわざを味わえる。録音にノイズ以外の不足なし。

サン・サーンス:死の舞踏

○レイボヴィッツ指揮パリ交響楽団(QUINTESSENCE)「動物の謝肉祭」に端的に見られるような、音響に対する独特の尖鋭性のようなものがよく聞き取れる演奏である。サン・サーンスの実に手際の良い職人的な技は親しみやすい曲想とあいまって現代でも十分通用するようなモダンな曲を産み出した。なかなかの曲、なかなかの演奏。○ひとつ。,

サン・サーンス:ピアノ協奏曲第2番~抜粋

作曲家(P)(APR)1904/6/26・CD 蝋管の超巨大な雑音の奥底から聞こえてくる音楽は端正なもの。大時代的な演奏と思われがちだが、確かに現代と比較するとフレージングなど大仰であるものの、それほどデフォルメされた感はなく、高度な技術をさりげなく聞かせているといったふう。技術的にはさすがフランス楽派の雄といった感じでじつにそつなく完璧に弾きこなしている。僅か3分47秒だがこのフランス・ロマン派協奏曲の醍醐味をちょっと味合わせてくれる佳演。録音マイナスで無印。シャミナード、サン・サーンス自作自演集成CDより。,

サン・サーンス:アルジェリア組曲 ~フランス軍隊行進曲

○作曲家(P)(EMI/APR)1919/11/24いやあ、よく回る指!ライナーにもあったが、かくしゃくとした演奏ぶりはこの人が非凡なピアニストでもあったことを改めて思い知らせる。84歳だと!曲のほうは楽しげなラテン系。シャブリエなんかを思い起こす。近代でいえばプーランクやミヨーやフランセあたりか。人を食ったようなところもあるサン・サンらしい機知に富んだ曲。なつかしき時代の曲。・・・今日、中古屋を逍遥していたら、10年余り前に買うのをためらった「大作曲家50人自作自演アルバム」のボックスが、新品未開封で出ていた。いや、出ていたのは知っていたが、買い手がつかないのか、今日は半額セールの棚に出ていたのである。未開封なので内容を確認できなかったが、まあ、分厚いライナーと6枚のCDで6000円なら安いほうだろう。思い切って買ってしまった。開いて見ると、自作自演にいれこんでいた時期に集めてしまったものばかりだったが、このサン・サーンスやフォーレ、ダンディなどは未入手だったので、まあよしとしよう、というところ。これらとて、かつてはバラでも出ていたものだろうが、まあ、昔買えなかったウラミをぶつける意味でも、買ってよかったのだ、と自分に言い聞かせる今日このごろ。・・・ ,

サン・サーンス:アフリカ

○作曲家(P)(ARBITER他)1904/6/26・CD

2006年初出「フランス・ピアノ伝統の創始者たち 1903-1939」所収。驚くべき初出音源も含むこのSP復刻を中心とする良心的なレーベル、雑音慣れしているならその状態の悪さをおしても出そうとする心意気に共感してどれでも聞いてみてほしい(新しい録音や知られざる演奏家モノも出している)。この曲はサンサンが積極的にオリエンタリズムを「あくまで素材として西欧音楽のイディオムに取り入れた」ものの典型である。更に過去のモーツァルトなどの作曲家にもこのような異国ものはしばしば見られるが、その延長上にあるとも言える。旋律とリズムに新奇なものを取り入れているものの全体としてこれは非常に巧く西欧化された、というかサンサン化された職人的作品となっていて、ピアニストの腕をそつなく見せ付けることのできる小品にすぎない。サンサンの腕は言うにおよばず、けっこう録音を残しているがいずれもパラパラ胡麻を撒くようなそつない指先のタッチがかっこいい。ケレン味の一切ない品のいいものだ。短いのでこれ以上は言及不可。○。


サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付」

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1963?/2/2live

サンサンは古めかしいけど男らしい旋律や意表を衝いた転調が素晴らしくカッコよかったりする。ワグナーだろうなあ、フランクよりもワグナーに近い。ベートーヴェンやブラームスの世界の延長上という意味ではロシア折衷派の交響曲にも近い。録音は無茶いい。オルガンの響きもよくとらえられている。よすぎるがゆえに偽演な気もしてしまうのは最後のフラブラのわざとらしい重なりかたからきている感想だが途中環境雑音をかんがみると良好なエアチェックと考えるべきか、そもそもマスターものか。パイプオルガンの導入は賛否あるが、古風な響きに重なるさまは奇妙にマッチして面白い。サンサンはけっこうこういう冒険をする職人作曲家だ。コテコテのロマン派音楽に古典派の教会向けオルガン曲をかぶせたよう。ピアノの導入もまたあざといくらいに効果的である。このへんが後代の先鋭な職業作曲家にも一目置かれていたゆえんだろう。じっさい交響曲でピアノの走句を効果的に導入するという実験はいろんな20世紀作曲家、特にロシア人たちに受け継がれてゆく。ミュンシュは殆ど音楽と同化し、内部からひたすらドライヴし締め上げていく感じ。ブラームス的に緊密な2楽章第一部ではきほんアグレッシブで、緩徐部の「半音階旋律」でも余り感傷的な表現がみられないが、これがミュンシュだろう。爆笑問題のCMでお馴染み、まさに教会音楽的な古風な壮大さを煽る2部でのオルガンはやはり圧倒的で、その後ミュンシュの手をもってしても「竜頭蛇尾」的なすぼまり感は否めないが、そこそこ盛り上がり暖かいフラ拍手で終わる。○。

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サン・サーンス:動物の謝肉祭

○エリアスベルク指揮ソヴィエト国立交響楽団のメンバー、ギレリス&ツァーク(P)、シャフラン(VC) (GREAT MUSICIANS of Palmira Du Nord/MELODIYA)1951・CD

雑音が混じり聞きづらい箇所も少なからずあるが(板起こしだろう)演奏はなかなか楽しめるもの。フランス的な愉快さというものはないが、音楽を楽しむという意味では十分に楽しんで弾いてる感じがする。マジメではあるがクソマジメではない、このへんの匙加減がいい。そうそうたるメンツの割に技巧バリバリな感じがしないのも親近感を感じさせるゆえんか。たとえば水族館の表現意欲の強さには違和感を覚える向きもあるかもしれないが、そもそもこのあたりを中心としてこの演奏は「展覧会の絵」的な印象を強く与えるもので、サン・サンが筆のすさびとした部分を前衛性ととらえて強く表現しなおした感がある。私はけっこう好きだが違和感を感じる向きはあると思う。シャフランの白鳥はあっさり潤いが足りない解釈で今一つな感じ。でも「瀕死の白鳥」みたいな余計なイメージを排した演奏として評価する人もいるかもしれない。終曲はもう、これはチャイコだ。チャイコフスキーのバレエ曲のフィナーレである。ゴージャスで力感に満ちた曲は僅か2分弱で終わるが、強烈な印象をのこす。総じて○。エリヤスベルグ(エリアスベルグと書く人が多いけどどっちが正しいのかわかんない)は主として伴奏指揮者として数々の名演のバックをつとめたことで知られるソヴィエト指揮者の代表格のひとり。
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