デュカス:魔法使いの弟子

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/11/4・CD

どこか突き放したようなところはあるが正規録音だけあって細部まで緻密に作り上げられミュンシュの長所であり弱点でもあるライヴ性にひそむごちゃっとした構造軽視の部分もなく、やはり、ライヴが全ての指揮者とは思うけれどまずは正規盤で腕の確かさとオケの力量を確かめてから、ライヴ録音に挑んでいただきたいと思った。
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デュカス:舞踏詩「ラ・ペリ」

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA)1957/4/6live 放送

貧弱なモノラル音だが情報量はあるので大音量で、できればリバーブかけて聴いてほしい。とくに冒頭聴き取れないだろうが極端な音量差が付いてくるのでご心配なく。表現も壮年期のミュンシュに全盛期のBSO、リヒャルト的な重い音響に半音階を駆使した楽曲へ、輪をかけてうねるような演出を加え、場面場面で明確に表情表現を変えながら、しかし一貫してぐいぐいと引っ張っていく。強引さをもって原曲バレエの同曲に純管弦楽曲としてのシンフォニックな纏まりを与えている。ワルツの表現などは調子の良い時のラ・ヴァルスの演奏を思い出させる、気を煽るものだ。同曲、長々しくもあるので最初と最後は少し飽きるが、音量の大きな部分ではとにかくミュンシュらしさ全開、「この人がリヒャルトやスクリャービンをやったら…?」と想像しながら胸が熱くなる(リヒャルト・シュトラウスについては今度非正規ライヴがまとめて廉価集成される)。同曲を好まない私のような向きはもう少し響きのフランス的なところを繊細にとらえてもらえないと単なる後期ロマン派作品として二度と聴かない可能性も高いのだけれど、とにかく中盤の思うがまま重厚なオケを操るさまには痺れた。それにしても最初にナレーションが入るのだが、オケの編成をえんえんと言うのは何か意味があるのだろうか。特殊楽器があるわけでもなし大編成であることを言いたいのか、時折そういう楽曲評を見かけることがあるが、それを見て何を読み取れというのかよくわからない。演奏するならともかく聴くだけなら管楽器の本数くらいわかれば十分だろうに。

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デュカス:序曲「ポリュークト」

マルティノン指揮ORTF(ERATO,EMI/warner)1971/9/21-23,27・CD

重厚な後期ロマン派音楽の手法でつづられていく比較的若い頃の作品。マルティノンは同時期の録音に多い、ゆったりとしたテンポをとっておりスピードは遅いが、ドラマティックな起伏をむしろ積極的につけていき、官能的な場面では澄んだ艶を出し、かつてボロディンの交響曲などで見せた激しい面を垣間見させる(だがヴァイオリンがどうも「丸い」)。フランス的主題が扱われた作品で、木管に比重の置かれた響きなど当時主流であった後期ロマン派、とくにワグナーのものからは僅かに離れ、フランクを思わせる夢幻的な浮遊感が筋に沿って現れるところは、フローラン・シュミット的な折衷性も感じる。だが楽曲を支配するムードはやはり国民楽派が流行った頃のものと同じで、古臭さは抜けない。

デュカス:魔法使いの弟子

マルティノン指揮ORTF(ERATO,EMI/warner)1971/9/21-23,27・CD

早くはないが小気味よいリズム取り、明瞭で丁寧な響き、整え方が清々しい。晩年のマルティノンらしさは勢い重視ではなくあくまで調和と形式感の護持だったりするので、トスカニーニやストコフスキのような演奏は期待できないが、ピエルネやルーセルと同じ世界にいるデュカスの「交響詩」としてゆったり楽しむことができる。

デュカス:ラ・ペリ~ファンファーレと舞踏詩

マルティノン指揮ORTF(erato/warner,icon)1971/9/21-23,27・CD

ファンファーレが別途作られたのは承前。新鮮な響きで旧来の鈍重だったり乱暴だったりしたファンファーレとは一線を画する「印象派後のファンファーレ」。本編は妖しい半音階に彩られた官能的な音楽で、寄せては引く波のような感情のゆらぎを、強調して煽るのではなく繊細な色調で描いていく。ワグナーやスクリアビンを思わせる演奏になっておらず、あきらかなフランス音楽として認識させるのは和声への鋭敏な配慮ゆえだろう。

デュカス:舞踏詩「ラ・ペリ」

ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(ODEON/decca)SP

作曲家と同世代、2歳上で没年もほぼ同時期という、作曲家兼指揮者によるまさに同時代録音である。この曲は中欧ロマン派の色が濃く、前時代的な半音階を駆使したリムスキーを思わせる作品で、魔法使いの弟子よりも古い感じは否めない。だがピエルネもそうであったようにドビュッシー後の和声感覚を取り入れてドイツの音響からは浮遊し、ロシアのどぎついほどに華々しい管弦楽の色彩を取り入れたような、初期ストラヴィンスキーを円熟させたような特有の魅力を持っており、ロシアでさかんだったバレエ音楽として意図されていたのもさもありなんな作品である(ディアギレフとは切れたが)。私の盤は中盤で荒れており聴きづらいが、それを除いて耳を澄ますとピエルネが噎せ返るような響きを引き出し、ワグナーらとは隔絶したフランス風の音楽を意図してドライヴしているさまが伝わってくる。管楽が駆使されるが後にソリストとして名を挙げる人も含まれていたであろう、いずれも表現の瑕疵はなくスピーディな展開を妨げるものはない。乏しい音を想像力で補えば弦楽器もウネウネとうまくやっているようだ。明るく軽やかに、この曲の骨董録音は他にもあるが、ピエルネのものは表現が「新しく」思えた。

デュカス:バレエ音楽「ラ・ペリ」

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1928/4/3・CD

やわらかなうねりのえんえんと続くワグナー~リストの系譜につながる分厚くロマンティックな作品で、スクリアビンの痙攣的な動きも含む半音階的で繊細な響きの感覚と共通するものが確かにある。ただロシア楽派からの影響は少なくやはり中欧音楽を拡張した範囲内に印象派的世界を構築したものとかんじる。だから明確なリズム主体の動きが少なくバレエ曲としては少し難しいというか、ストラヴィンスキーが現れる時代にこれというのはちょっとロマンティックに過ぎるか。これがまたハッキリした表現のゴーベールだとワグナーに聴こえるし、また、時代的に緩いオケの特に音程のあやふやさが精妙さを損ない、元の曲の価値をわかりにくくしている。正直、スクリャービンを健康的にしたような音楽にしか聴こえてこない。だからといって悪いことだけでもなく、うまいことハマってしまえばドビュッシーの同時代人の、牧神からの影響下の音楽として楽しめるだろう。

デュカス:交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue/Malibran)1936/12/11・CD

20年代とはえらく違った、しっかり低音まで響く録音で、よりゴーベールという指揮者の表現力を実感できる。さすがお国物というべきか、主として音量のすべらかな緩急、精妙な響きはこのオケにこの指揮者という組み合わせの妙だろう。旨すぎて普通に聴こえてしまいアンゲルブレシュトほどの印象が残らなかったが、ちゃんとこの曲の現代性を引き出し、まとめ上げた録音。しかしまあ、トスカニーニとか当然やっていたのだろうし、音色以外に売りは何かと問われても答えづらい感はする。ゴーベールは電気録音以前の1920年代に同じ組み合わせで一度録音している。こちらはSPではフォーレ「シャイロック」から夜想曲第五番が盤面埋め合わせに収録されていた(Malibran(Amazonデジタル配信で現役)の集成に共に収録)。

デュカス:交響曲ハ長調~Ⅱ、Ⅲ

ヴォルフ指揮ORTF(french broadcasting system)LP

いつものナレーション入りの放送録音。環境雑音が聞かれるのでライヴかもしれない。一楽章を欠くのが惜しいが、オケを統率し力強く前に向かう姿勢はヴォルフらしく、三楽章は特筆に値するかっこよさだ。ロザンタールに俊敏さを加えたような、色彩性にとりわけ配慮しながらも要所要所を押さえたうえで全体の精度を上げるよりは音楽的にまとまったものを提示しようとしている。デュカのまだ若かった頃の唯一の交響曲は三楽章制で、構造には違うものも存在するが印象的にはフランクのそれを想起させられざるを得ない形式主義的なかっちりした楽曲の中に、ワグナー的な悠々とした流れを作りながらもその影響から脱し、次世代の音楽を創り上げようという精神~グリーグやロシアの諸作家など周辺国の作曲家から伝わるもの、さらに同世代ドビュッシー前期風の曖昧模糊とした和声の部分導入~がすでに感じ取れる。二楽章は部分的な斬新な仕組の挿入が特徴的なので、ぜひ真価を確かめてほしい。旋律も形式的にも思いっきりフランクである三楽章はこれはこれで盛り上がるが、展開のための展開、というような、形式(決まりごと)のために楽譜を引き伸ばすようなところは少々飽きる。モノラル。

デュカス:交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」

アンゲルブレシュト指揮パドルー管弦楽団(pathe/SLS他)1929・CD

まだデュカが思いっきりパリ音楽院作曲科で教鞭をとっていた頃の「同時代同地域録音」であり、ストコフスキーが有名にする前の純音楽として聴ける貴重な記録だ。60年代生まれなのに後年かなり若い世代を教えていたから(メシアンらはさながら「魔法使いの弟子」だったわけである)名前はとても有名なのに、曲となるとこれしか出てこないのは勿体無いことだ。19世紀末に形式主義的な立場をとりながら次世代への橋渡しをするように当時として先鋭な和声的書法を試み、以後にはドビュッシーを採り入れる柔軟性も持ち合わせていた人である。

壮年期アンゲルブレシュトの水際立った指揮記録はこの他にもいくつか復刻されている(弛緩のない前進する力と各楽器の音をはっきり分離させた色彩性は後年のドビュッシー指揮者としての記録とイメージの違うところもあるし、オケの差でもある)。ロシアのリムスキーあたりをほうふつとさせる古風さも示しながら、ホルストが惑星でパクった現代的な鋭角のダイナミズムも織り込まれ、これは演奏のしようによって変わる曲である。私の刷り込みはトスカニーニなのだが、正直古臭く感じたのはトスカニーニが現代曲をあまり色彩的に刳り出す解釈を施さず即物的に扱ったため、強調して煽るべき部分が隠れてしまっていたせいだろう。

デュカス:魔法使いの弟子

ホルダ指揮ナショナル交響楽団(decca/DUTTON)1945/9/14・CD

トスカニーニ的にまとまった演奏。このオケはけして世界的に有名ではないがLPではよく見かける名前でもあり中庸のうまさがある。ダットンが縁のファリャ三角帽子やスペインの庭の夜(カーゾン)などとともに復刻したさいは大して話題にもならなかったが、復刻状態も良好で、モノラルでよろしければ、ストコフスキーみたいに拡散的な色彩を振りまくたぐいの演奏ではなく、求心力のある筋肉演奏としてイケますからどうぞ。デジタル配信販売されています。

デュカス:魔法使いの弟子

ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(timpani/naxos配信他)1929-33・CD

今は無きtimpaniレーベルがアルベール・ヴォルフとラムルー管弦楽団の蜜月記録をボックス集成していた。SP板起こしでノイズは酷い。音像は明瞭にとらえられ、はっきりした発音、明るく色彩的でかつ集中力があり、このコンビの相性の良かったことをあらためて確認できる。かつては店頭からすぐ無くなってしまい入手が困難だったが、ネット流通の拡大とCD価値暴落により難なく手に入ることだろう。調べたらnaxosの配信音源に含まれていた。SP復刻はうるさ方が何かと難癖つけては原盤主義を唱えたものだが、この復刻はノイズ耐性さえ身に着けていれば元の像が容易に把握可能な範疇にあるので好き者にはおすすめである。すくなくともピエロ・コッポラより情感と技術を感じ取ることができ楽しめると思う。同曲はわたしはあまり得意ではない。デュカのはなつ前時代的な「古臭さ」が苦手なのだ。ここでは構成が弱いというかロマンティックな雰囲気、物語性は希薄。しかしドビュッシー時代のフランスの革新的な管弦楽構造、ひびきがよく伝わってきて、ラヴェルを聴くような、明瞭さ、そして清新さが印象深い。リズミカルというほどではないが浮き立つような感じも快く、変に細工の無い程よいテンポ設定もよい。フランス古記録として貴重なもの。

デュカス:魔法使いの弟子

ミュンシュ指揮BSO(DA)1957/10/12live

筋肉質で豪速球でペットがそこまで凄いかというくらい分厚く吠え捲り、個人的に劇性が陳腐で好きじゃない部分も全てひっくるめて力の塊で押し切るのが楽しかった。聴衆反応も良い。

デュカス:ヴィラネル

◯ブレイン(hrn)ムーア(P)(EMI他)CD

適度な現代性が和声にあらわれていて面白い曲ではあるのだが旋律をホルンが吹く必然性は曲的には余り無いように思った。演奏レベルは言わずもがなだが個人的にはムーアのピアノも若々しくて良かった。

デュカス:歌劇「アリアーヌと青ひげ」~3幕への前奏曲

○マルティノン指揮ORTF(EMI)1972/2・CD

精妙な音楽は多分に描写的で、弦の細かい刻みが中欧歌劇とは違った和声の中に取り込まれドビュッシー初期を思わせる。断片的な印象派的音楽だがマルティノンの明晰な表現は若干オケの弱みも感じさせるもののデュカスの同時代における古くも新しくもある不思議な立ち位置をよくあらわしている。

デュカス:交響曲ハ長調

○マルティノン指揮ORTF(EMI)1972/2・CD

ひっさしぶり、LPで聴いていた音源をCDで聴いてみたが、もう、フランクだった。ここまで和音も組み立てもフランクか、剥き出しにされたソロ(パート)の扱いかたは違うが合奏になるとあの分厚いフランクになる。どうも完成度がイマイチ。あと、長い。。フランクより一歩踏み出した転調や移調の現代性には聴くべきものがあるが、これならダンディ聴く。マルティノンは相変わらずみずみずしい。だがやや単調か。

デュカス(デュカ):魔法使いの弟子

○トスカニーニ指揮ハーグ・フィル(DELL ARTE他)1938 この曲を聞くと私はなぜかベルリオーズの幻想を思い出す。あからさまなモチーフの扱い方もそうだが、なんとなくどことなく古いのである。ロマン派の匂いがする。こういう曲はデロデロにやってはならない。思いっきり引き締めて激しい律動で聞かせるしかない。緊張感と前進力、兎に角それに尽きる。トスカニーニはそんな私の勝手な要望にきちんと答えてくれた。こうして見通しいい演奏できくと曲の魅力がわかってくる。結構構築的な曲なのだ。曲の立体構造を理解し再構築する行為によって説得力はまるで違ってくる。対位法的な動きなど面白い。きっちりしているのが清々しい。ちょっといい感じの曲だったのだな。そんな気持ちを込めて○。,

デュカス(デュカ):魔法使いの弟子

○カンテルリ指揮ニューヨーク・フィル(ASdisc)1955/1/30LIVE・CD デュカスと言われるとひと世代前の作曲家との印象が強い。まだロシア五人組あたりの民族的な音楽から受けた影響がそのまま残っているところがある。ドビュッシー以降の作曲家としてはいささか重くてロマンが過ぎ、私は結構苦手だ。この指揮者はモダンな颯爽とした演奏を指向している。当たりである。どうも古臭く重く振る人の多い中、明快にさばいてみせたカンテルリ、最後は盛大な拍手。,

デュカス(デュカ):牧神の遥かな嘆き

○ウルマー(P)(CONCERT HALL)LP ドビュッシーの墓銘碑と称される数々の曲の中ではいちばん有名なものだろう。サティと言おうかスクリアビンといおうか。ありがちといえばありがちだが、追悼の気持ちがあると言われればそのように聞こえる。デュカスの作風からすると結構新しい感じではある。ドビュッシー的なものは無い。○。 ,

デュカス(デュカ):ヴィラネル

○ドヴェミー(HRN)アンドルフィ(P)(EMI)1927-38 やたらと難しい曲だがいかにもドビュッシー後のサロン音楽といったふうでなかなか聞かせる。名人芸をタノシムための曲(というかパリ音楽院の課題用に作曲されたそうだが)。どこでどう息継ぎしているのかわからないほど隙のないドヴェミー、この曲ではしっかり独自のヴィブラートを聞かせている。ホルンが木管楽器とされることがあるのもうなづける軽やかな音色も独特だ。きらきらときらめくような上品な一曲。,

デュカス:「ラ・ペリ」のファンファーレ

○アンゲルブレシュト指揮ドビュッシー音楽祭大管弦楽団(Pathe/COLUMBIA/RICHTHOFEN:CD-R他)1930年代

SPではドビュッシーのものと両面になっていたもの。割と見かける。壮年期アンゲルブレシュトの覇気漲る力強さはむしろこっちのほうが発揮し易かったような感じがする。ごく短いのでこれまで。○。ドビュッシー祝祭管弦楽団とも表記(COLUMBIAのSPでドビュッシーの夜想曲とファンファーレとカップリングになっていた)。

デュカス:魔法使いの弟子

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(MELODIYA)LP

ガウクはソヴィエトもの以外、とくに南欧系の曲も極めて明瞭な録音で残している。これはステレオである。音符の一つ一つがハッキリとした演奏で、迫力があり、リズム処理も巧く、しかし純音楽的に(ベートーヴェン的に)処理している。ワグナー的というよりベートーヴェン的のように感じた。曲が苦手なのでこれ以上無理。○。

デュカス:魔法使いの弟子

○パレー指揮カーティス・インスティテュート管弦楽団(DA/vibrato:CD-R)1978/2/13live

低音はじつにもっさりしたリズムも何もないドイツ的な重さがあるが、高音のまるで胡麻を撒き続けるようなパリパリ跳ね返る瑞々しい音はイマジネーションの拡がりある描写的表現をしっかりつけている。低音楽器がもっさりしているのとヴァイオリンから打楽器系からのバレエ指揮者的な俊敏で明瞭なリズム表現がコントラストとなっている。比較的この世代では古い曲なのでロマン性を保つのも悪くはないが、どうも低音の音符の長さの明確でない表現は好きではない。ま、描写音楽だからか。○。
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