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ベルリオーズ:ラコッツィ行進曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(ALTUS)1960/5/29live・CD

「ファウストの劫罰」よりハンガリー行進曲、である。派手なラデツキー行進曲と並んで二大アンコール用行進曲、と言ってもいいか。訪日ライヴのアンコールピースとして演奏されたもの。ベルリオーズに特徴的なブラスの表現にはややしゃっちょこばったところもあるが、全般リズムの切れは健在。終演前に拍手が入ってしまうのも時代か。○にはしておく。
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ベルリオーズ:幻想交響曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(いろいろ)1964(2月?)live

ベルリオーズの前衛性をえぐり出すハッキリした彫刻、直線的で颯爽としたテンポ、力強くたたき付けるようなリズム、それら以上にやっぱりこれは断頭台への行進からサバトの流れの鮮やかな盛り上がりに尽きるだろう。この演奏を一位に推す向きもあるようだが放送エアチェック録音ゆえきわめてクリアさに欠け、低音がやたら強く出るのはなんとも聴きづらい。瓦解しがちな構造の楽曲ゆえひときわ骨張った演奏になりがちで、ミュンシュのごり押し肉感スタイルだけでなんとか聴けるレベルになっているような感もある。○。

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ベルリオーズ:幻想交響曲~Ⅱ.

△ロスバウト指揮フランクフルト国立管弦楽団(RICHTHOFEN:CD-R)1950年代

聴力の弱い人は注意すべきだ、何故って私にはファーストヴァイオリンの音が8割がた聴こえなかったからである。あの怖いワルツの入りからして聴こえなかった。Vnだけではない、高音域がSP復刻も余程悪いもののように擦れ消えている。もちろん万全の耳を持つ諸兄はロスバウトの幻想ということで期待して聴いてもいいだろう。演奏は明るく軽くロスバウトが現代フランス(+ストラヴィンスキー)をやるときのそれで、ワルツの音線がすべて聴こえる人は即物的な速いインテンポに俊敏なニュアンスを載せた音楽を楽しめるだろう。伴奏しか聴こえない私には断続的な雰囲気音楽に感じ、この曲の感覚的がゆえの弱点ばかりが引き立つものに聴こえた。無印以下はつけない私もこれは録音として△。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○フリード指揮ソヴィエト国立交響楽団(serenade:CD-R/LYS/eurodisc)1937・CD

有名なソヴィエト録音である。オスカー・フリートについてはマーラーに「影のように」つきまとっていたとかポジティブだけではないネガティブな説も語られる人だが「復活」をはじめ長時間録音初期にいくつかの有名交響曲の録音をのこし、その時代の交響曲演奏様式を指揮のみならず有名オケの音として聴ける状態で残してくれた点では非常に貴重な指揮者であった。幻想の演奏もドイツ様式の力強さ厳しい統制にくわえ解釈のアクの強さがにじみ出ているが、ソヴィエト国立のこの時代の音が聴ける点でまずは貴重である。後年のソヴィエト国立の破格の分厚さ力強さと統一感のなさバラケ味が既に両方ともしっかり出ており、ソヴィエトの威信をかけて後者精度の悪さは抑えられてはいるものの不恰好な響き具合は否めない感がある。そこがこの演奏をかなり独特のものとすると共に、またフリードのデジタルな変化のついた解釈が拍車をかけている部分もある。ベートーヴェン的な重量感のある芯の通った演奏と思いきや、けっこう分裂的なところが露呈してきて、統制こそすばらしくとれているもののどこか不安定な感がする。いや、近視眼的には非常に面白い起伏がついているし楽器の鳴りもいいのだが。サバトの鐘の生々しい響きには背筋が凍る感がある。けっこうデモニッシュな演奏である。あまり何度も聞きたくなるものではないものの当時ロシアでこれが権威となったという幻想の演奏様式を念頭に、後年のソヴィエト指揮者の演奏録音を楽しむとまた見方が違ってくるかもしれない。セレナーデは音がクリアで分離が明瞭だが基本的にLPからの板起こしに残響が加わっているため人工的で金属質な音に感じられる。lysはアナログ的ではあるが音悪いのは言うまでもない、こちらも板起こし。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○マルケヴィッチ指揮ベルリンRIAS交響楽団(MOVIMENTO MUSICA,WEA,warner)1952/9/18

ライヴだとは思うが拍手は無い。イタリアオケと聴きまごう乱れも辞さないテンションの高さで、マルケらしい颯爽としたリズミカルな音楽の中に、ロシア的なテンポ・ルバートも顔を出しとても気を煽る。2楽章のワルツの素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。マルケの幻想は幻想的ではないがデーモンの存在を感じるし、それはミュンシュとも違う粋を感じさせる。このての曲は合う合わないがはっきりしており、マルケは「合う」。まず外れはないです。録音がやや悪く3楽章など今ひとつ描写的に聞こえないのが仇。

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ベルリオーズ:幻想交響曲

レイボヴィッツ指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(WESTMINSTER)

軽い。明るい。派手なひびきには色彩的な透明感があり、元から深みのない構造の楽曲であるがゆえにそういうフランス的な表現を比較的編成の薄いオケでやろうとすると、いささか表層感が強く出すぎてしまう。感情より客観性が勝り幻想本来のデーモンがキッチュな要素の整理されたさまが人工的に感じられ、更に言えばVSOOのベストではない演奏の典型のような心もとなさが聞き取れてしまいいただけない。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(ASdisc)1943/10/16live・CD

これが大変劇的で格調高い演奏で、録音の極端な悪さがなければ◎にしたいところだ。ついでながらうちのCDは劣化してしまいました(泣)この音楽のよく鳴り響くことこの上ない。1楽章のまるでチャイコフスキーのようなドロドロしたロマンチシズムから、なめらかに清清しいワルツへうつり、山々を木霊するペットの響きが脳裏に幻想的な朝もやを醸したと思ったら(この演奏の表現が一番私は気に入っている)、サバトへ向けて一気に行進してゆく(やや明るめではあるが)、これら楽想の描き分けが非常に明快で、尚且つ無理がない。オケの並ならぬ腕にもよるだろう。ベルリオーズの奇矯な音響感覚の魅力を存分に引き出す立体的で緻密な音作りはまさにフランス現代ものを得意としたクーセヴィツキーならではの力量が示されたものであり、引き締まったリズムと決して流れないテンポは一方でベートーヴェンを聴くようなしっかりしたフォルムをあたえ、抽象的に昇華された解釈であることも印象付けられる。ミュンシュとは明確に違う、何か同時代性すら感じさせる演奏であるが、具体的にどこがどうこう、と言われると少し困る。ドイツ的なロマンチシズム、抽象度の高さ、と言っておこうか。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○ワルター指揮パリ音楽院管弦楽団(CBC/VAI他)1939/5/19,20・CD

意気軒昂のワルターがズルズルになりがちなオケを引き締めて、目まぐるしい場面転換に従い情緒纏綿であったり直情的に盛り上がったりする往年の演奏らしい音楽を創り上げている。一部やや緊張感に欠けるところもある半面壮年期にしか聞かれない異常な高速テンポとリズム感のよさが楽しめる。録音もまあ、SP復刻ものとしてはいいほうだろう。ただ、後半楽章で音響バランスが変でつながって聞こえない場所もある。鐘がピアノで代用され異様な音響的効果をあげている(原譜表記上代用可とされる)。○。

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ベルリオーズ:幻想交響曲

○ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(russian disc)1960/2/26live・CD

CD大処分を始めます。スペースとお金の問題で。今までほとんど処分というものをせずに溜める一方だったわけですが、CDにかんしては、コレクション対象としての価値がCD-Rの登場からネット配信の時代にいたってまったく失われてしまった感が強いです。ろくなライナーもついてないCDばかりになってしまいましたし、ライナーに書いてある程度の情報はネットに出てたりします。でも、媒体劣化の問題が何より重く、LPにカビ生やかすほうが余程軽微な損傷で済みます。雑音に慣れきった私みたいな人間にとって多少のプチプチノイズは問題ではなく、アナログ音質の馴染みよさのほうが寧ろ気になる年頃になりました。これは私だけじゃないようですが、CD化したら処分、というLPの扱いを逆にして、LPをコレクション対象に戻し、CDはコピーして売るという流れにせざるをえない。CDなんて再発リマスターものも多いし古いからいいということは無い。

わいいとしてこの盤は今どこのレーベルで出てるんだか。演奏的にはかなり精度の高いもので、ロシアでは特異な指揮者・タッグと言っても過言ではないムラヴィンレニフィルによる異常なテンションの演奏である。ムラヴィンレニフィルでも雑なものもあるが、これは密度もアンサンブルも表現も完璧で瑕疵がない。チャイコを思わせる、というと一気に世俗的な印象をあたえてしまうかもしれないが、そこは抽象化された(渋い、モノトーンと言うとまた誤解されてしまうかもしれないが)高尚なものにはなっている・・・ものの、響き以外にもチャイコ的な爆発というものが感じられる。臨場感もある。トスカニーニ様式でも極北の激しさだろう。

ただ、ここには幻想は無い。リアルな音の律動だけがある。チャイコふうのリズミカルなワルツ、スポーツ的な行進曲に魅力は確かにある。しかし、情念が無い。

やはりロマン派の、それも特異な作品なのだ、阿呆みたいなドラマがなければ成り立たない部分があるように思うのである。ムラヴィンは頭がよすぎるのだ。

○。

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ベルリオーズ:幻想交響曲

○マルケヴィッチ指揮日本フィル(PLATZ)1965/4/15live・CD

かなり日フィルの調子がよく、巧さが光る。軽く明るくスリムな音楽が鮮やかに紡がれてゆく。4楽章まではそんなに強い印象はないがスピード感とフランス的な美質をかんじる演奏だ。しかしこの人、やはりドハデな響きがお好きなようで、終楽章ではとにかく打楽器とブラスを叩きぶっ放し、弦はもともと持っているベートーヴェン的なひびきをいっそう強め、重厚まではいかないが深い音で支えている(気を煽るまではいかない客観性はある)。終楽章は聞きものだろう、鐘の音がうるさいほどにがなりたてるさまは如何にも空疎な幻想者の夢のようであり、ベルリオーズの書法の独特さをかなり的確に描き出している。終演後の大ブラヴォも納得か。個人的に強い印象や感傷は受けなかったので○にとどめておく。

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ベルリオーズ:幻想交響曲

○モントゥ指揮ハンブルグ放送交響楽団(Scribendum/concert hall)CD

コンサート・ホール・ソサエティ・ボックスに入っていますが、敢えてド迫力のLPで楽しんじゃいましょ。破壊的威力のある最晩年録音でとにかく音圧が凄くて、拡散的で多彩な響きはあきらかにベートーヴェンを目したドイツ式演奏様式ではなく、かといって散文詩的な非西欧系管弦組曲の世界とも違う硬質の音によって構築された偉大な構築物といった感じが独特の幻想観をうんでいる。録音によるところが大きいとは思うが、ディスク大賞もうなづける出来ではあります。余りに細部まで聞こえすぎるのでハンブルグ北ドイツ放送交響楽団のもっさいザッツとか気にならなくはないのですが、雑然を越えて聞こえてくる意思的な音楽はモントゥの世界が(けして強烈な個性に裏付けられた解釈をもっているのではないものの)この曲にしっかり根付いて表現されている、と思わせるに十分のものになっている。幻想に面白みを求めるならお勧めともいえないところもあるが、正攻法(とはいえブラス増強とかいろいろやってると思う・・・コルネットはよくわからん)で、この曲を「他の何でもない幻想」として確信をもって表現した名指揮者がいた、ということが確認できます。個人的にもっと速い勢い任せの演奏のほうがすきなんですが、ドイツオケ独特の音響をここまで「モントゥの音響」になめした技量などいろいろと聴けば聴くほど面白みが出てくるものと思うので、○にはしておきます。

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ベルリオーズ:幻想交響曲~Ⅱ、Ⅳ、Ⅴ

○ピエルネ指揮コロンヌ管弦楽団(LYS)1928パリ・CD
極めて古い録音のせいかワルツに生硬さは否めない。硬いテンポ設定やばらけるアンサンブル(時代柄でもありラッパ録音のせいでもある)に不安定なものを逆に感じるが、音には軽やかさと時代の色というか、どこか香気のようなものをかんじる。断頭台への行進は更に生硬である。テンポがまるでメトロノームを追うかのように硬くて揺れず、音色もアンサンブル力も悪くないのだが、逆に硬い棒に左右されてしまったようで、アバウトに聞こえてしまう。行進も後半になると壮大なテンポルバートがかかり大仰な表現が「やっと」顔を出す。明るい行進から地獄の13階段を登っていくところはちょっとドイツ的な重さがある。そういう表現のベートーヴェン的なところも逆に時代を感じさせる。独自解釈がやっと顔を出してきたという感じで、最後の断頭はそのわりにあっさり終わり、続いてサバトに入るわけだが、当時としてはかなり立派な演奏であったろう、しかしやっぱり録音の限界はあって、折角の求心的な勢いがこじんまりとしてしまうきらいもある。まったくベートーヴェン的に勇壮に展開していく音楽は音色すらもフランスからドイツになってしまったようにかんじる。これは復刻のせいでもあるまい。静かな高い鐘の音から怒りの日に至るまでのところではキッチュなまでに煽られる場面もありちょっと面白い。バスの怒りの日の主題はちょっと音が面白い。楽器が違うのが?何か今の演奏には絶対に聴かれない、全てが木で出来ているような古風な、しかしそれだけに「人の恐ろしさ」というか、「恐ろしいぬくもり」が染み出てくるかんじがいい。テンポはしかしこれはフランス伝統なんだろうな、それほど揺れず、ベートーヴェン的な常套的な表現以上の表情付けはしていない。そのかわり重くはっきりした発音でリズミカルに音楽が進んでいくさまはこのカリスマ指揮者のとても強い統制ぶりを思わせる。テンポもアーティキュレーションもそれほど起伏がないのに剛進する音楽の強さで聞かせてしまう。それはキッチュなまでにベートーヴェン的解放に向けて突き進んでいく。いや、じっさいキッチュな表現もブラスに聞かれる。弦楽器のスルポンティチェルリが更にキッチュさに拍車をかけ、終盤にいたってはオッフェンバックのように軽く明るく、しかし速いテンポで駆け抜ける。いや、なかなかの深い解釈振りですが、「それ以上のものではない歴史的遺物」。○。LYS盤にはファウストの劫罰抜粋やローマの謝肉祭やロメジュリ抜粋など計5曲がおさめられている。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(KAPELLMEISTER:CD-R)1960/5live

そもそもロマン派を終わらせたきっかけの一人であるリムスキーの時代まで生きた長命の天才とはいえ(招聘したときの話がリムスキーの本に出てくる、指揮者としては凄かったけど基本的に老人だとか書いてあった)私の守備範囲から大きく外れたロマン派も中期までの人である。仕方なく?演奏するとき(とうぜんまったく練習しなかったのでぼろぼろ)参考にしたのは唯一手元にあったバルビローリ・ハレ管のイタリア海賊ライヴ盤だった(今はステレオの正規で出ている)。とうぜんバルビローリなのでただでさえ拍節感がなくハレ管なのでワルツもヘタだ。バルビならワルツくらい・・・と思うのだがついに断頭台の行進から怒りの日、サバトへと雪崩れ込む場面にもぜんぜんノれず、結局(当時はいつもだったんだけど)「あー、面白い曲だったんだなあ」と舞台上で気がつく始末だった。いや、のちに何故かいろいろ増えてきて、今探してみたらここで挙げてないものではミュンシュの前任クーセヴィツキーやらワルター盤数種やらピエルネ抜粋版やらフリートやら新しいところではオッテルロやらムラヴィンスキーやら、とうぜんサイケなジャケットのミュンシュの正規などけっこういろいろ出てきた。たぶん探せばもっと沢山出てくる筈、しかし、この散文的な曲は指揮者の解釈次第なところがあって、やりかたを間違えると単なる組曲になってしまう。しかしだからといって、ミュンシュは定番であるものの、このアプローチが絶対とも言い難いのは、これがやはりイマジネイティブな「表題交響曲」であり、純音楽ではないという点だ。すなわちミュンシュの幻想はベートーヴェンである。首尾一貫した、トスカニーニ的なほどにひたすら高速で押し通していく。だから逆に、私みたいに表題曲や組曲が苦手なタチの人間はとても楽しめるのだが、これでいいのだろうか、という一抹の不安ものこる。もっとイマジネイティブに、分裂的にやるべきではないのか?コンドラシンだったか、終盤の鐘にまるで日本の鐘のようなゴーンという音をブキミに使った人がいたが、この演奏ではけたたましく耳元でガンガンと鳴る。音響効果はある、しかし地獄の響きにしてはいささか児戯じみている。録音のせいもあって更に軽い演奏にきこえる。前半、中間楽章まではダレずに非常にいいのだが(これ以上しっくりくる演奏は聴いたことがない・・・ワルツは賛否あるかもしれないが)、後半楽章がどうも地獄に聞こえないのである。ハスッパなのだ。録音のせいだとは思う。軽くて明るすぎる。エアチェックにしてはすさまじくいい音だがそれがCDのようなデジタル媒体に変換された瞬間にキンキン耳やかましく聞こえるようになる。いや、ミュンシュは類稀なる幻想解釈者だけど、「これが全てではない。」もっといろいろな面を聞きたいという気持ちが残った。もちろんブラヴォの嵐。○。ちょっと録音瞬断あり、あるいは媒体が悪いのかもしれない。

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ベルリオーズ:幻想交響曲

○シェルヒェン指揮ロンドン交響楽団(TAHRA)1953/9/21,22・CD

コンドラシンを聴いた後だから尚更この演奏には感動した。重量感溢れるドイツ的な音響に責め立てるリズムの機関銃。このての底からくる推進力はフランスのバレエ指揮者には少なくとも無い。クレンペラーのようなごく一部の「ドイツノリ」指揮者にしか無いような響きと力強さが聞こえてくる演奏で、まったくシェルヘンと意識しなくても十分に楽しめる。表題交響曲は特にベルリオーズのように概要と主題の意味を説明してビラ配って廻ったような作曲家においては単純に音だけで楽しむ態度は誤解を産む側面もあるのだが(洋楽の歌詞を無視して音だけで楽しむのと同様)これだけの情報量の演奏であれば他に知識は要るまい。デモーニッシュと言わなくても十分に暗黒舞踏が繰り広げられる終楽章に戦慄。◎にしたいが古いし一般的な演奏というに躊躇もあるので○。

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ベルリオーズ:幻想交響曲

コンドラシン指揮ロス・フィル(harvestclassics:CD-R)1979/7/12live

コンドラシン亡命後の外様オケ客演ライヴにはろくなものがないと誰かが言っておかないと伝説だけが一人歩きしそうな気がする。苛烈な要求(おおむねスピードとテンションにかかる部分)についていけるゴリゴリの技巧派オケだけが「伝説」を残しえたといえよう。いえようって言葉は誰かの専売特許でもないと思うので敢えて言う。「いえよう」。コンドラシンのグダグダな記録というのもアメリカ方面にはけっこうある気がする。特にあまり慣れない曲目はどうかというところもある。まずもってまぬけな演奏としか感じられなかった。木管はいいのだが(唯一聴けるのはロシアっぽい響きの聞ける3楽章くらいだ)弦あたりになってくると2楽章旋律冒頭のような合って当然のザッツすらあわないアマオケ状態であり、テンションで引っ張っていくのも無理があると考えたのかテンポやリズムすらグダグダなままスカスカな響きで最後まで突き通している。田舎っぽい演奏。シンシナティとかピッツバーグあたりの軽くて明るいオケだと思ってレーベル面見たらロスフィルだったのか・・・ちなみにコンドラシン晩年はこの曲でいえば3楽章のような情緒的な緩徐楽章の表現がやわらかくなり聴き易くなる一方、テンションやスピードに対しての迫力がやや失われていったようにも思う。これは振っているオケに逆に影響されたということなのかもしれない、かつてのロシアオケを想定していたらどこでも失敗する可能性はある。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○ラフリン指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(melodiya)

豪放磊落とはまさにこの人の芸風を言うのであり、オケのボリューム、異常なテンションとちょっと引いたテンポのかもす独特のロシア臭、ぞんざいな音処理の雑然とした印象が却ってこの演奏、このオケ、乱れまくっても筋は常に通っているアンサンブルや独特のロシア奏法に、指揮者の「これでいいのだ!」解釈といったものの特長を強く印象付ける。まったくもってこの安定したテンポでここまで強気で押し進められるとまさに「重量級戦車の轟進」といった趣で、緩徐楽章においても常に押しの強いソロ楽器が少しも曲自体の弛緩した部分を印象付けない。まったくロシアだよ、といったラフリンらしさ全開の演奏。幻想で感銘を受けることはそうそうない私だがこれは面白かった。ただ、これが正規録音と考えると、断頭台の行進から警句的な怒りの日の主題をまじえたまさに阿鼻叫喚のくだりにおいて弦楽器のテンション余って揃わないアンサンブルぶりといったらなく、勢いは凄いけど◎にはできまへん。また、有名な舞踏会のワルツはいささかワルツらしい遊びのない「夢の無い」ものとなっている。ラフリンらしいけど。ゴロワノフのジークフリート牧歌とのカップリング。

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