アイヴズ:祝日交響曲

ティルソン・トーマス指揮サン・フランシスコ交響楽団、合唱団(SFS)2007/11,12・CD/DVD(BD)

音だけでも聴けるがサンフランシスコ交響楽団自主制作映像シリーズ「KEEPING SCORE」の一巻として解説付きで作成された無観客演奏映像。MTTは既にCBSsonyの交響曲全集でアイヴズ再評価を問うているが、その中でも白眉の演奏だった同曲をしっかり解説しているところがまずは見どころ。「解説なしでは理解できない代物なのが理解できる」。演奏も鋭敏でかつてACOとやったものよりこちらを好む人もいると思う。

(以下twitter2009/2分よりまとめ)

アメリカを呼び覚ましアメリカを予言した独立主義者アイヴズ、祝日交響曲はストコやバーンスタインではなくティルソン・トーマス。RCOの名演から幾年月、サンフランシスコSとのDVD/CD。真芯をとらえたレクチャーはアイヴズと合衆国文化を解すに絶好。ノイズで手を抜くな。池を飛び越えろ。

Ⅱ.デコレーション・デイはアイヴズが繰り返し描いてるサウンドスケープ、異国人には理解できない、レクイエムからの、ブラスバンド、天国に陽気に送り出す。ブラスバンドは元々ロシアのものだったと思うんだけど、アメリカの象徴だ。

Ⅲ.独立記念日。この曲はティルソン・トーマスにしかできないものがある。さすがの奏者も苦笑する激しい祭りのカオス。20世紀初頭にクラスター奏法まで。しかしリズムや旋律のパッチワーク法に何かしらの統一感がある所を、しっかり捉える。ストラヴィンスキーにきこえる。アイヴズが祝日交響曲の中でポリリズムを多用していたのを当時話題沸騰のハルサイの影響ですよねと指摘された時、自分は春祭を聴く前に作曲していたと答えたが、(巧いかどうかは別として)既にポリリズムを始めとする前衛要素を取り入れた作品を書いていたのは事実。

オルガニスト作曲家ならではというか、オルガンで弾くとほとんどEL&P。前衛のモダンではないけど、明らかに時代を越えている。理念はドビュッシー的、表現はバルトーク的、しかしどちらとも違う誇大妄想の極致、それがアイヴズ。それがアメリカ。
スポンサーサイト

アイヴズ:祝日交響曲

ルーカス・フォス指揮ORTF(ina配信)1970/4/1live

直球でアイヴズを演ってしまった!整理して演出すれば、まだ形になるこの曲を、わざとだろう、そのままやってタダの騒音音楽にしてしまった。もちろん時々片方に寄るくらい質のよくないステレオ実況放送録音ゆえ、アイヴズの想定した空間的な音響配置とか一切無視して、全部混淆し固まって聴こえてしまうせいとも言えなくもない(じっさいアイヴズでなくとも大コンサートホールの変な席で下手な現代音楽を聴くと、作曲家の理想としたであろう響きが全く聴こえなかったりする、マーラーですらそういうとこある)。有名なノコギリのビョーン音でさえあんまり目立って聞こえて来ない。とはいえ、チャレンジングな現代音楽シリーズの一環であれオケは手を抜いていないように聴こえる。ま、同時に演奏されるカオスな合奏部のどこかが手を抜いてくれると、逆に曲になるかもしれないのだが。案の定大ブーイング。ま、欧州オケの華である。ましてフランス。

アイヴズ:ピアノ・ソナタ第1番

○マッセロス(P)(sls)1969/12/19live

アイヴズで、表題の無い曲は名品とみていい。これをコンコードソナタ(ピアノ・ソナタ第2番)より好む人もいて、私もその一人である。いつも通り世俗素材を利用はするが、割りと抽象度が高く全体の印象として格調がある(コンコードソナタの運命の引用ときたら!)。同一音形を執拗に繰り返しスクリアビン的な盛り上がりを作る一楽章、これは演奏の凄まじさもあるが四楽章の複雑で目覚ましい律動、ほかコンコードソナタにあらわれる要素を分類・凝縮して示したような楽章群(もっとも終楽章は複雑多様なのに一本調子。いつ終わったか聴衆もわからないほど冗長で構成感が無い)。20世紀に入ってピアノソナタといいつつソナタ形式なんてあってないようなものだが、これも各楽章の対比が明確なだけの「組曲」と言える。初演者によるライヴで、よく整理して聴かせている。アイヴズ特有のポリリズムなんて、左右でどうやって弾いてるんだか慣れなんだかわからん。CBSの初録音盤とくらべ精度に変わりはなく熱気のぶん勝っているが、残念なことにモノラルで、同レーベル特有の「ノイズ残し」が実に邪魔。イコライジング前提で楽しみましょう。聴衆反応は戸惑い、のち喝采という。

アイヴズは実演経験がないからこういう演奏困難な曲を書くのだという意見がある。しかし私的演奏会もあれば自宅にピアノも持っていたしコンコードソナタの一部は録音もしている。小規模の曲にそれはあてはまらない推測だ。

アイヴズ:3ページソナタ

チェルカスキー(p)(decca)ライヴ

この気まぐれな曲がチェルカスキーの取り上げた唯一のアイヴズというのも解せないが、アムランもコンコードソナタ2回録音したわけだし、奏者にとって歯ごたえのある懐深い曲をアイヴズは書いたということなのだろう。これは孤独感が出ている。

アイヴズ:交響曲第4番

島田俊行指揮イェール交響楽団(動画配信)

ドビュッシーは芋でも掘ってりゃあんな曲は書かない、と言い放ったアイヴズ。耳を甘やかすな、と既製品の甘ったるい曲を細切れにして山ほど混ぜ込んで詰め込んだ曲の、代表的なものがこれになります。アイヴズ縁のエールのオケ、比較的小規模でピアノ中心にまとめすぎ、カオスがカオスに聴こえない叙情的な感じに仕上がってる、同時代のスクリアビンのプロメテウスみたいな音楽になってるのが面白いよ。アイヴズ好きには物足りないかもね(オケがイミフと思ってやる気を失ったらこういう曲はダメだな、、、)

半世紀あとの新ロマン主義もこういう実験主義音楽も良い、アメリカ音楽やっぱ好きだ。

これの原曲が書かれた時マーラーもドビュッシーも存命でした。」

エール交響楽団からの公式配信
https://youtu.be/Ttd6R2Xpz8Q
https://youtu.be/eibaIE7Dwso
https://youtu.be/BrNX-JzGJ_8
https://youtu.be/WnDohqSZmsg

アイヴズ:交響曲第4番

ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(動画配信)1965

ストコフスキにより世界初演が行われたアイヴズの交響曲第4番。その数日後のテレビ放送映像になります。イントロダクションと全曲。DVDにならないかな。

https://youtu.be/-xXv55ARtsM

アイヴズ:交響曲第2番

◯バーンスタイン指揮バイエルン放送交響楽団(DG)DVD

巧緻なオケが本気で取り組んでいる、このある種薄っぺらい曲に(およそ古き良き時代のアメリカ人の脳みそを覗いて片端から賛美歌や民謡や俗謡を取り出しては弾き吹くだけ)、それだけで観ておく価値はある。中間楽章など演奏によって助けられている、深みを得ている。比較的テンポをいじらないのも安定感につながっている。しかし聴くにつけ、終楽章を聴くための曲だなあ、というような出来の曲。アイヴズの現代性を浮かび上がらせるためにもう少し不協和な響きを強めに出して欲しい、というのはバーンスタインである以上無理な注文か。途中振るのをやめたりした挙句の最後の大不協和音、、きっちり短く切っている。ブラヴォが飛び交う。この曲はバーンスタインが復活初演しており、作曲家は自宅でラジオで聴いたようである。バーンスタインによるイントロダクションも収録されている。

アイヴズ:答えのない質問

◯バーンスタイン指揮NYP(DG)1976/6/4live・DVD

ロイヤルアルバートホールでの実況。裏青のライヴとは録音日が近似しているが一応別とみなす。こういう曲は映像があるとよく理解できる、とは思うがやはりきっちりした解釈で舞台上の配置も特にいじることなく、視覚的効果は与えていない。親しみやすさの点では素晴らしいのでご興味があればどうぞ。

アイヴズ:答えのない質問

◯バーンスタイン指揮NYP(eternities:CD-R)1976/6/1live

正規録音も残っており、解釈は同じ。だがより整然とし、音楽として聴かせようという意図が垣間見える。この曲は3部のオケないしソロがそれぞれの役割を果たす。そのうち弦については環境音楽のようなコラールを終始静かに無個性に奏で続け、それとは別にペットが質問とされる1節をひたすら繰り返して投げかける。質問に回答しようとして結局投げ出してしまう知恵者たちの不協和な響。その対話は整然と行なわれ、起伏がないのが気になった。

アイヴズ:アメリカ変奏曲(ウィリアム・シューマン管弦楽編)

○フィードラー指揮ボストン・ポップス(LONDON,DECCA)1977/6・CD

オルガン原曲はハッキリ言ってオルガンに似つかわしくない軽い曲でそのくせごちゃごちゃしていて(特に終盤は初期アイヴズらしい「音符詰め込みすぎ」)耳障り悪いのだが、管弦楽や吹奏楽にも編曲されているとおりアメリカ万歳の内容ということで人気の高いものになっている。ウィリアム・シューマンは曲を立体的に組み直しアイヴズ自身の管弦楽曲より洗練された書法でおのおのの魅力的な変奏を引き立てる(ま、大して変奏になってないのだが)。そして異なる調性の変奏同士が衝突するアイヴズらしい部分では、オルガン原曲ではわかりにくかった意匠をアイヴズ的に(つまりまんま鮮やかに二つ同時に演奏させる)解釈して表現させることに成功している。フィードラーは旋律処理はお手の物で愉悦的な音楽をリズミカルに引き立てる。終盤のごちゃごちゃはちょっと乱れるが仕方ないだろう。この時点でアイヴズが既に「逆変奏」を使っているのもよくわかる(この頃は伝統的な方法論も残り生硬ではあるが)、この曲はこの編曲が一番わかりやすいな。ちなみにこの主題はイギリス国歌として知られるが古き良きアメリカでは国歌として扱われることも多かった。アイヴズが古き良きアメリカを愛した(そして諧謔も愛した)ことが如実に出ていますね。○。

アイヴズ:ピアノ・ソナタ第2番「コンコード・ソナタ」

○アムラン(P)(NWR)CD

抽象度が高過ぎてわかりにくすぎる。引用旋律や通奏主題である「運命の主題」を力強くそれなりに卑近に表現して各々同士のコントラストをはっきりし、雑多に混交する中からたちのぼるアイヴズらしい世界を構築するのが通常のやり方で、そのためには余計な音は整理したり恣意的にいじったりして、そうやって楽しめるような音楽に仕立てるのが必要なのだが、、、余りに大人しく、透明に、完璧に演奏してしまっている。平坦でどこを聴けばいいのかわからない。そのやり方では終楽章ソローが唯一感傷的印象派的に感じ入ることができた。新録音ではもう少しこなれている。

アイヴズ:答えのない質問

○ルーカス・フォス指揮ジンブラー・シンフォニエッタ(TURNABOUT/UNICORN)LP

フォスの大先輩の曲なわけだが、バンスタに近いデフォルメがなされていて特記できる。これを几帳面に神経質に整えようとすると曲が死んでしまう。なのにそういう演奏が多い。アイヴズの謎めいた書法の部分はきっちり譜面通り弾かせているし、木管には好きにやらせている(冒頭弦のコラールが異様に間延びしたテンポで不安を感じたが管楽器群が入ると適切になる)。なかなか独自性も感じたし、上手いとは言わないが聴かせる演奏。

アイヴズ:ピアノ三重奏曲

○ニューイングランドトリオ(HNH)1977

初録音盤。抒情的で大人しめの演奏。アイヴズ特有のふざけた方法(当時の世俗音楽であるラグタイムの執拗な引用など)、意図的に発生させられるカオスに際し、エッジの立ったやり取りを楽しみたい向きには受けないか。この曲はちょっと中途半端なところがある。ヴァイオリンソナタ第三番に似た生ぬるいロマン派的な進行が目立つが(むろん皮肉であろう)、そこに演奏困難とも思われるポリリズムや無調的な響きの横溢するパセージが唐突に織り交ざり、その温度差が激しすぎてどう聞いたらいいのかわからなくなる。この発想が大規模交響楽に投影されるとなると第四交響曲のように「うまく機能する」のだが、三本の楽器でやるとなると誤魔化しがきかず、演出的に難しいものがある。いいからピアノは冷えた情景を散発的に示し、残りは静かにコードをなぞれ、と言いたくなるほど喧しく感じる個所も多い。アイヴズの室内楽はアイヴズの作品中では一般的に決して推奨できないものがあり、ヴァイオリンソナタやピアノ曲に比べ一段下がる感も否めないが、そういう曲においてこのような穏やかな演奏は聴きやすく、悪くは無い。○。

アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第1番

○ハーン(Vn)リシッツア(P)(DG)2010/6・CD

この全集(断片や編曲除く)の中では一番に推せる演奏。もともと抽象的で隠喩的な作品がこの組み合わせの真面目なアプローチに適していたともいえよう。演奏表現も他の作品に比べて落ち着いているように思える。音色やアーティキュレーション付けに単調さは否定できないが、非人間的な無調音楽から懐かしい賛美歌旋律に昇華されてゆく全3楽章の流れを単一楽章のように大きくとらえ、様々に秘められた既存旋律の断片を滑らかにコラージュしてゆくのがじつに巧い。そうとうの準備を思わせる出来である。アイヴズ自身がおそらく最も自己に忠実に書いたヴァイオリンソナタであり、終楽章には1番弦楽四重奏曲の終楽章や4番交響曲の終楽章に通底するテーマ(多分に宗教的なものだろう)があらわれていて、2楽章あたりの新ウィーン楽派をまで思わせる抽象性との対比ないし「融合」も見事なものである。この盤を手にしたらまずこれから聴いていただきたい。○。

アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第2番

○ハーン(Vn)リシッツア(P)(DG)2010/6・CD

交響曲第3番等と関連性の感じられる曲で(アイヴズは自作の再編を頻繁にやっていたため時期的な同位性確認は難しい)おそらく最もアイヴズらしい・・・作曲家だけではなく聴衆として見ても・・・「ヴァイオリンソナタ」になっている。この演奏は比較的一本調子かつ音色的変化も少なく、猛烈な速度でひたすら技巧を見せ付けている点は他の曲と変わらないが、楽曲の、とくに2楽章スケルツォはそういう表現を求めている部分があるので、しっくりくる。物凄い速度で指が回っているのはわかるがもはや音が聴き取れない、という苦笑な場面もあるが、チャールストンをやるようなジグを踊るような楽想が多いのでそこは素直に面白い。だがアイヴズはロマンティックな作者でもあるので、中間部などちょっと陰影も欲しい。3楽章はおそらくアイヴズのソナタで最も美しく完成された曲だがこれはウィンダムヒルっぽい始まり方はいいものの思いいれのない抽象度の高い強い調子の演奏が展開されるとどうにも違和感がある。ピアノがもっと広がりのある表現をしてヴァイオリンも歌えばいいのに、技術的にそれができるにもかかわらずしていないのは一つの見識ではあるが、ならクライマックスで崩れてランチキなトーンクラスターにいたる過程もしっかり描いて欲しいものだ。1楽章もわりとうまく(曲的には序奏にすぎないようなところもある)2楽章と込みで○としておく。

アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第4番

○ハーン(Vn)リシッツア(P)(DG)2010/6・CD

二楽章は感傷的だけどコントラストが弱い。最初から運命が扉を叩く力が小さい。。物語性が薄い。。あの印象的な開放弦のピチカートがさらっと流されピアノのさらさらした旋律に引き継いでしまう。。考えすぎて原点を忘れた演奏。。激しさが足りない。即物的なものを好む人向き。アイヴズ特有のノスタルジーが無い。。

アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第3番

○ハーン(Vn)リシッツア(P)(DG)2010/6・CD

アイヴズのヴァイオリンソナタに実演を通じて集中して取り組んできた成果として録音された全集の一部。基本ライヴ向きの即興性を備えたアイヴズの曲でありヒラリー・ハーンもいくつかの実演で異なるアプローチを試みたそうだが、ライナーを見る限り恐ろしく真面目にアナリーゼを行い、煙に巻かれながらも試行錯誤、実演のうえ出した結論がこの音源のようだ。そのため従来の録音とはかなり異なる印象を与えるところもある。ピアノに細心の注意が払われているのは特筆すべきで、アイヴズがともするとヴァイオリンのオブリガート付ピアノソナタのように曲を作り上げている逆転現象を、精密な和音進行の再現によって明るみにしている。ズーコフスキらいわゆる現代音楽演奏家とは異なる独自のやり方で、表面上フランクのロマン派ソナタを装ったこの曲からロマン性を取り去り譜面からだけアプローチする。むかし自分が試みていた甘さを恥じた。ちゃんとやろうとすると、こんなに難しいのか、アイヴズ。

ただ、アイヴズは半分ジョークだとは思うが、自分が古臭いフランクのスタイルでも書けることを無理解な聞き手に訴えるべく形式的に書いた、と言っていたらしい。もちろん実態はきつい皮肉に満ちて原型を留めていないものの、そういった作曲意図に沿ったロマンティックな志向が入っているかどうかというと、無いと言わざるを得ない。

すれっからしの勝手な思い込みアイヴズ好きの立場からすると、求道的姿勢がもたらした「引っ掛かりの無い整合性」、ヴァイオリンの音色変化の乏しさ、客観的解釈はズーコフスキのコンテンポラリーなアプローチよりましとはいえ、今まで親しんできたロマンチックな旋律表現に通底するノスタルジックな感傷性と、何も考えずがゆえ和音の破壊的衝突ぶりの面白さが感じられないのはつらい。

アイヴズ:ウィリアム・ブース将軍の天国入り

◎ネイサン・ガン(B)ギルバート指揮NYP他(放送)2004/5/20live

4番シンフォニーとこれ、あとはベルクなどを演奏したようだが、アイヴズが取り上げられるときは決まって何かの付けあわせで、なおかつ譜面の悪さもあって手抜きも多いのが正直なところ、ここではメインにアイヴズを据えていること、アメリカの、NYPであること、そういうところからして全く手抜きはない。この曲は1919年に管弦楽伴奏に編曲されたもので、見事な効果をあげる。アイヴズのあまたある歌曲の中でも有名であり、救世軍設立者で初代大将で知られるウィリアム・ブースの死のことを歌っているわけだが(アイヴズはピューリタンの末裔を自認するほどのプロテスタント的な立場をとっていた)、そんな歌詞をよく汲みながら、ユーモアたっぷり、ライヴ感ばっちりな演奏に仕立てている。こんなに面白い演奏も他にない。◎。モノラルだが。

アイヴズ:交響曲第4番

◎ギルバート指揮NYP他(放送)2004/5/20live

こんなやりたい放題のアイヴズは初めてだ。驚いた。2楽章の攻撃的なアタック、愉悦的な表現はもはやアイヴズの目した空間的カオスよりも突き進む音楽とその連環の生み出すグルーヴ感の演出、それだけを考えているのである。3楽章は弦楽四重奏からの編曲であり生硬なコラールだが、アラン・ギルバートはそういったよそよそしい「敬虔さ」を取り去り、マーラー的なオケをドライヴし生々しい旋律を煽っていく。ここまで聞きやすい3楽章は無い。4楽章はストコフスキふうの散漫さに戻ってしまい少し残念だが録音のせいもあって神秘性よりも生々しいただの音楽としての魅力が増している。1楽章はまあ、事実上全曲の提示部なので・・・◎にせざるをえまい。モノラルだったとしても・・・

アイヴズ:交響曲第2番

○バーナード・ハーマン指揮ロンドン交響楽団(PRSC)1956/4/25BBCスタジオ放送(英国初演)

後年の録音よりじつに雑で(アイヴズが下手なのだ)崩壊しまくりだが、勢いはライブ的な一発録りの気迫のうちにあり、慎ましやかだが充実したオケの力みのない上手さが、とくにブラームス的な部分を綺麗に表現している。中間楽章はアメリカふうのねっとりした音こそ期待できないが、ハーマンのロマンチシズムが必要なだけはっきり表現されている。しかしまあ、バンスタは殿堂としても、ここまでドンチャカやって、とくに二、五楽章を派手にとばしてここまで楽しげな演奏は、あまり無い。○。音はレストアされているが悪い。

アイヴズ:交響曲第3番

○ベイルズ指揮ワシントン・ナショナルギャラリー管弦楽団(WCFM)1950/8/6初録音盤?

時代のわりに輪郭のはっきりした録音。音は野卑ているが力強いヴァイオリンを中心に太い演奏に仕立てている。先進的ともとれるハーモニーを雑然とクラスタ的な響きとして扱うスタイルだが、アイヴズはそれでいい。一楽章は起伏に乏しくいささかくどくどしく感じるが、生硬ながらもしっかりした足どりで進める二楽章からライヴ感ある聞き心地、やはり三楽章は感情的に盛り上がるようきちんと仕立てている。さすがに一流とは言えないが、十字軍として立派ではある。○。

アイヴズ:交響曲第4番

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(SCC:CD-R)1970/11/17live

14日リハ(DA,SCCで音源化)の本番記録のうち15日に続いてのものになるが、ボロボロではあるもののステレオであり、情報量が格段に違う。初演正規盤を除けばリハ含め4本ある記録のうちの、これが最も「聴ける盤」と思う。15日のものを客席録音としたが恐らく15,17共に放送ACであり、客席内の同位置にマイクがあると考えたほうがいいだろう(TVはなかったのか?)。15日のモノラル録音と解釈はまったく一緒だと思うが、空疎に抜けて聴こえなかった下支えの音やノイジーな断片の数々が比較的はっきり聴き取れる。1楽章こそ虫食い状態だが4楽章までいけば、初演記録よりもこなれ滑らかにクライマックスの形成された、ストコフスキ・レガートによる超絶的世界を堪能できる。合唱の歌詞がしっかり聴き取れるだけでも大成功だ。速いインテンポでさっさと進むわりに旋律とおぼしきものは漏らさず歌うことを要求した結果、むせ返るような法悦性が滲み出てまったくもってアイヴズ的ではないが、まったくもってアイヴズ世界である。この録音状態ではしょうがないので○に留めるが、4楽章は聴きもの。

アイヴズ:交響曲第4番

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団他(SSC:CD-R)1970/11/15live

客席録音である模様。14日のリハーサル及び17日の演奏会もカップリングされており、いずれも同じようなかなり悪い録音状態である。とくに音像が不明瞭で打楽器系を除けばアイヴズの「無秩序なメカニック」がほんとによくわからないクラスタとしか受け取れずきつい。聴取環境を工夫するしかなかろう。それでも合唱がまったく埋没してしまうのはあきらめるしかない。ストコの解釈はテンポが生硬でしかもかなり「整合性」を指向した大人しいところがある。アクセントがきかず攻撃的な楽想もすべて有機的に融合した不思議な感覚を味わえる(2,4楽章)。ぱっとしないのは1楽章で合唱が浮き立たず、最も力が入っているのはやはり3楽章フーガである。この曲は後付けで各楽章に哲学的意味が与えられているがアイヴズにおうおうにしてある「後から考えた」「後から改造した」といったたぐいのもので、元々はバラバラに作曲され、2楽章など特に既存の曲から部分合成され作られたものである。もっとも若い作品である3楽章が調性的で宗教的啓示的な趣を持つのは当たり前だが、ストコはしばしば言われる「マーラー的な」翳りを伴う楽想を力強く演じさせている。2楽章のクラスター音楽がメリハリなくだらけた聴感があるのは厳しい。4楽章はこの曲の中核だが打楽器オケ部(この録音全般的に高音打楽器が強調されており聴きやすく救いとなっている)が強く出ており、そこに限って言えば比較的わかりやすい。だが音量変化を巧く捉えられない(客席録音なら平板になるのは当たり前である)のは痛い。ストコの解釈も比較的意志力がミニマムな部分におさまり全体設計的には平板なので、音盤としては、今ひとつの迫力だった。おまけで○。

アイヴズ:答えのない質問

○ストコフスキ指揮現代音楽協会(SCC:CD-R)1953/2/22メトロポリタン美術館live

日曜午後のコンテンポラリーミュージックシリーズとして企画されたものの記録で、非常にノイジーだが興味をひく演目が揃っている。当時としても珍しい曲が取り上げられた。嚆矢にあげられたのは今や馴染みの「答えのない質問」だが、ストコフスキはかなり高精度のアンサンブルを駆使し、不協和だが「整合」した演奏に仕立ててしまっている。ほんらい整合しないのがアイヴズの音楽だ。この曲は噛み合わない対話である。いわば壁紙の役割であるストリングスのコラールを(アイヴズの賛美歌調の音楽は一部の演奏家には非常に魅力的に感じられるらしいが)テヌート気味に情感込めて演奏させ、埋没するようにTpと木管の「応酬」を忍び込ませている。ほんらいは逆だ。朴訥としすぎるペットに元気のないドルイドたち。クライマックスではペットに木管が余りに食い気味に被さってきていて、それが元気で怒りを示すようであればまだしも、静かに注意深くハーモニーを重ねるようなのだ。終端部取り残されるペットと弦の静寂はよい。他録では乱暴だったりするが、ライブぽくない注意深さだ。勘違い演奏かもしれないが、一つの見識として○。

アイヴズ:答えのない質問

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(SCC:CD-R)1969/5/4live

びっくりするくらいロマンティック。不協和的な木管アンサンブルはヒステリックに叫ぶことなく遠い歎きのようにゆっくり、レガート。音量は落ちずに終幕。あきらかにいじっているため原曲の哲学性まで奪われた格好だが、しかし、聞きやすい。これはこれで抽象度の高い音楽だ。客席反応もよい。

アイヴズ:祝日交響曲~Ⅰ.ワシントンの誕生日

○ストコフスキ指揮CBS放送管弦楽団(SCC:CD-R)1954/2/21放送live

放送コメントで「交響曲第五番ニューイングランドの祝日の一楽章」と入ってはいるが、バラバラの曲の寄せ集めであり、とくにこの曲はよく単体で演奏されていた。ストコフスキには全曲の本番演奏録音がなく(リハーサルは有り)、交響曲としてはどのような構成感でやるつもりだったのか定かではないが、ここでは余韻なくいきなり終わり、尻切れ感が否めない。おおまかに二部にわかれ、思索的な長い序奏と派手な祝祭的本編からなるが、ストコフスキは両者を完全に分断し、余り感傷を持ち込まず、生硬なテンポで不思議な楽器編成の面白みのみを注意深く聞かせている。○。

アイヴズ:ラールゴ・カンタービレ

○ストコフスキ指揮CBS放送管弦楽団(SCC:CD-R)1954/2/7放送LIVE

バーンスタインの名演で知られるアイヴズの秀作小品である。現代の精緻な演奏様式よりいくぶんロマンチックな感情を込めた演奏に合う。だからストコフスキにも似合う。いくつかの楽想のほんの破片をポリフォニックに重ねていくコラール、無機質なアルペジオを背景に浮いては消える賛美歌旋律、生温いのに、とても透明感ある夢想。この作曲家が哲学に傾倒していたことをはっきり伺わせる思索性は三番交響曲の終楽章に近似しており、四番交響曲の終楽章の構成の基礎となる要素を示している・・・つまりは作曲家自分自身の評価も含めて最高傑作といわれる作品群の「要約」のような二分半だ。力強くやや硬質のコロムビアオケの音でバンスタほど過度の歌謡性は持ち込まず、調和を意識することなくアイヴズらしい乱暴なやり方をあるていど残している。ストコフスキはそのやりかたで交響曲第4番初演盤では半端な前衛性をだらだらと示してしまい聞きづらさもあったのだが、ここでは曲の短さと、元来のロマンチシズムがそれでも首尾一貫したように聞かせている。で、結局面白い。薄く精緻にやると粗さが目立つ、このくらいがいいのだ。ノイズがひどいが力強い録音。これ、学生時分に譜面に落としたなあ。いずれパートも見開きくらいしかないけど、単独パートでもわりと曲になっていた。なつかし。

アイヴズ:劇場管弦楽のための組曲~Ⅲ.夜に

○スロニムスキー指揮汎アメリカ室内管弦楽団(NewMusicQuarterlyRecordings)LP

「ワシントンの誕生日」断片と共に録音された部分試演でレクチャー(?)も含まれている。ごく短いが、アイヴズがこの時「何かを掴みかけていた」ことがわかる。新ウィーン楽派の(理知的な部分よりも)感覚的な部分に通じるもの。演奏的には短いので何とも言えないが、残響を加え大規模編成的に演じられることの多いアイヴズを、室内編成的な楽曲として聞かせるという「本来の姿」を伝える同時代の演奏として価値はある。○。

アイヴズ:祝日交響曲~断片(「ワシントンの誕生日」より)

○スロニムスキー指揮汎アメリカ室内管弦楽団(NewMusicQuarterlyRecordings)LP

「セット」と共に録音された部分試演でレクチャー(?)も含まれている。短いが序奏後の本編の派手な部分が再現されており、技術的には問題がないとは言えないが、縦のリズムを意識しそこをぶらさないまま、攻撃的なアタックでアンサンブル「的なもの」をこうじている。正直、よく振るなあ、というような「同時進行するいくつもの音線」の絡み合い、アイヴズってこういうものだ、と改めて認識させる。この曲の時点ではまったく融和しない音線を重ねていくやり方を堅持しており、頭がおかしくなりそうだ、という人に私は同意せざるをえないところもあるが、既存旋律の選択ぶり、引用部分の長さ、けしてめちゃくちゃにやっているわけではなく、一つの信念のもとに計算してやっているのだ、と思わせるところもある。ここからどうさばくかは指揮者の解釈の腕。これ自体は古記録としての価値は非常にある。○。

アイヴズ:劇場管弦楽のための組曲

○スターンバーグ指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(OCEANIC)LP

アイヴズ録音最初期の一枚。「セット(組曲)」と呼ばれる「幕の内弁当」をアイヴズはいくつも編んでいる(組み合わせを変えたり編曲して焼きなおしたりを繰り返している・・・主として版元の意向で)。内容的には交響曲第4番へ移行する最も脂の乗り切った時期の作品や先鋭な作品が含まれ、しかし肥大傾向の極めて強い「祝日」や4番に比べ、すっきり整理された原初的な形ということで、アイヴズの奇才より才能を直接感じ取りやすい。ぴしっと技術的にすぐれたアンサンブルをもって聴くと何をやりたくて何を聴かせたいかがはっきりする(その部分すら解体して一見わけのわからない大構造物に仕立てたからこの作曲家はとっつきづらい印象をあたえているのだ)。小規模編成の作品こそアイヴズ独特の微妙な軋みを味わうことが出来る、真骨頂と思う。曲はいずれも短いが他に流用されたりしてアイヴズ好きには耳馴染みあるものだ。凍りついた感傷のある風景を、点描的に描く「サウンドスケープ」。演奏的にも俊敏で生臭さがなく、この時代にしては技巧もすぐれている。○。
プロフィール

岡林リョウ

Author:岡林リョウ
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
リンク
カテゴリ
TAG

ストコフスキ 四重奏団 フィテルベルク ミュンシュ トスカニーニ コンドラシン バルビローリ 作曲家 モントゥ アンセルメ 作曲家演奏 ブール エネスコ ガウク ミトロプーロス ロスバウト サージェント オイストラフ フランセ ワイエンベルク ORTF アンゲルブレシュト サモスード デゾルミエール イワーノフ ゴロワノフ ムラヴィンスキー ピエロ・コッポラ モイセイヴィチ ベーム セル クーベリック カルミレッリ シュヒター バーンスタイン ビーチャム パシャーエフ ツィピーヌ アルベール・ヴォルフ パレー ウォレンスタイン アラール オーマンディ サモンズ 山田一雄 ロストロポーヴィチ シェルヘン モートン・グールド ギレー モイーズ 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード