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シベリウス:交響詩「エン・サガ(伝説)」

コンドラシン指揮ACO(eternities)1971/1/14live

推敲を重ね改訂までして創り上げられた緻密な交響詩で、明確に構成的であるのにテクストに基づかないのはとても理解しづらいのだけれど、国民楽派シベリウスの真骨頂としてカヤヌスを皮切りにそうそうたる名指揮者がレパートリーにしてきたこともあり、この演奏もそうだが「有無を言わさない」。迫力あるシベリウスらしいドラマはコンドラシンの北方的な力感にマッチしており、オケも国民楽派なら中欧ロマン派音楽のうちにあるので音響やリズムに戸惑わされることもなくしっかり、威勢よくやっている。両端の陰鬱さがドライで心情的な部分に訴えてこないのはシベリウス自身の若き悩みが反映された作品として演出力に欠けると言えなくもないが、それでも一気に聴けるのは逆説的に曲がよく出来ているからでもあろう。この個性的な作品をマーラーが振らなかったのは残念。
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シベリウス:交響曲第6番

ロスバウト指揮ケルン放送交響楽団(ica)1952/4/21・CD

真の万能型指揮者で、現代音楽指揮者にありがちな即物的解釈、逆に極端に恣意的な解釈は施さず曲に適したスタイルで、きちんと聴衆に聴かせる音楽を作る。最も活躍した時期が50年代前後なのでモノラル録音が多く、セッション録音も少ないばかりかきらびやかな色彩性に重きをおかないため真価を伝えられていないものもある(モノトーンのつまらないメシアンなど)。牧神のライヴ録音が絶妙の起伏を作りすぐれていたおぼえがあるが、響きにおいてみればあのくらいの淡彩、後期シベリウスくらいの色調が合っているかもしれない。歩調は確固たるものがあるものの独欧風の重さがなく、そこも後期シベリウスに合っている。

すなわちこの演奏は良かった。弦の弱いオケにここまでグイグイともってこさせ、合奏音楽としてしっかり組み合わせてなお強引さは感じさせず、地味な同曲の少し言い淀むような進行をアンサンブル、微細な和音進行の明晰な表現によってしっかり聴かせてゆき、爽快な終楽章をもって完結させる。オケコントロールの上手さ、アンサンブルの鍛えっぷりは今更言うまでもないが、バーデンバーデンのオケでなくてもここまでできるのである。モノラルで篭もる感じもあるかもしれないが情報量のある録音なので再生側でなんとかすればゴージャスに聴くことも可能。

シベリウス:交響曲第7番

オーマンディ指揮ACO(eternities)1969/11/27live

オケ名は正しいのだろうか。どうりで底から唸り上がるような響き、最後の下品なペットの叫び(失礼)はいつものオーマンディではない激しさを示す。フィラデルフィア管の良い意味でも悪い意味でも安定した個性からはなれ、オーマンディは時折こういう客演記録が出るが、いずれ少し面白く感じる。この人はもっと客演をしたら評価は変わっていたのではないか。けして爆発的名演ではなく客席反応も比較的普通だけれど、ミュンシュ張りの凝縮力も含めて、ドイツ的な音が出ているのが面白かった。東欧の人だし、内面までアメリカナイズされてたわけでもないんですよね。しかもヴァイオリニスト出身だから弦のドライヴっぷり、統制がとれている。

シベリウス:交響曲第7番


ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA)1965/7/30live 放送

驚くほど後期シベリウスになっている。壮大なクレッシェンドの音楽。いつもの性急なミュンシュはここにはいない。強奏が強すぎることもなく、弱音は繊細な配慮が行き届いている。この解釈にアンサンブルの乱れはありえない。音色的にブラスに気になるところはあるが、弦は素晴らしく、終盤の長い音符での詠嘆の表現にはミュンシュではありえない感傷的なものを感じる(感情的ではない)。良好なステレオ録音(右側からヴァイオリンが聞こえてくるのは苦笑するが、高音は右、低音は左という感じ)であることも同曲を聴く必要条件を備えており、ほんとにミュンシュか?と思ったらトゥッティでヴァイオリンが振り下ろすときいつもの掛け声が聞こえた(最後のナレーションでもしっかりミュンシュと言っている)。光明の中に静かに消えていく音楽もまったくシベリウス的で、クーセヴィツキー以来の伝統というべきか、いや、クーセヴィツキーのシベリウスは前期交響曲的な物語性を持ち込んでいた、これは永遠に綴られゆく音詩である。いいものを聴いた。聴衆反応はやや良い。

※過去に真逆の感想を書いているのでご興味があれば。聴取環境によって違って聴こえるということだろう。

シベリウス:「クオレマ」~悲しきワルツ

ダン・ハーヴェイ、ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団victor1936/1/15

悪名高いストコの悲しきワルツだけど、個人的にこの人気曲ぜんぜん響かないので、どこがどう違うのかすらピンとこない。少なくともこれは粘らない。 

シベリウス:交響曲第4番

○ビーチャム指揮BBC交響楽団(somm)1951/10/4live・CD

最初ロンドン・フィルと間違えてて、やけにキレがよく引き締まってるな、とか、いやに分厚くて充実した響きがするじゃないか、いやうまい、と感嘆してたらBBCだった。短い音符のアクセントを強くつけ水際立った表現はシベリウスののっぺりしがちな弦楽合奏を引き締めて、最初別の曲かと思うくらいリズミカルでのりにのっている。だが、、、曲のせいか、、、飽きてくる。単調というか。。ビーチャムのもたらす緊張感は並ならぬものがあるが、シベリウスの精妙さを味わうには、、、録音が悪過ぎる!板起こしのノイズまみれ、これは非正規版並だ。マルにはしておくが、薦めない。

シベリウス:交響曲第2番

◎バルビローリ指揮ボストン交響楽団(statework)1964/10/30live

web配信されているが針音らしきものからレコードの可能性があり既出盤と同じかもしれない。しかしこれはバルビにとっても凄まじい記録、アグレッシブでスピード感とダイナミズムに溢れた名演だ。オケがバルビに完全に取り込まれその技術力を集中力を全面投入し、各楽章まったく飽きない表現力、とくに3楽章アタッカで4楽章に入るあたりの超スピードとそれに見合う力強い響きはステレオ録音ということもあり圧巻だった。むろん譜面指示どおり旋律再現ではもっとスケールの大きな、過激な山が築かれる。フライングブラボーさもありなん、素晴らしい。

シベリウス:交響曲第1番

○バルビローリ指揮NYP(columbia/DUTTON,BS)1942/4/11・CD

私は過渡期的だと感じた。横の流れからロマンティックな音楽を作ろうとするバルビと、冷めた様子でそつなくこなそうとするオケ、という印象も持った。しょうじきぱっとしない。録音はこの年にしてはよくレストアできたなあというレベルの雑音のなさで、逆に言うと冷めた音に聴こえる原因はこのノイズリダクションにあるのかもしれない。まだまだ個性も発揮されず、強靭な歌心も見えてこない演奏。

シベリウス:交響曲第5番

ケンペン指揮ACO(polydor)1943・SP

平凡。1,2楽章ともぱっとせず、終楽章は冒頭こそ盛り上がりの兆しをみせるもののそのまま平板な表現で中庸に終わる。音源の状態も悪いのだが、同曲の演奏はどんなものでもそれなりに盛り上がるもので、このオケを使ってこの軽い調子はいかんともしがたい。

シベリウス:交響曲第3番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(DA:CD-R)1946/12/9live

クリーヴランド客演時代の古い記録になる。シベリウスとセルは元々相性がいいということもあるのだが、シェフになって以降の演奏ぶりと少し違った感じで、楽しめる演奏。録音が古いので力強さは伝わりづらいのだが、緊張感がびしびしと漲り、なお前進力と内声からえぐるような底深い表現が、とくに1楽章では聴かれる。3楽章がやや力弱い気もするが相対的なものだろう。この曲自体尻すぼみな形態である。とにかく演奏精度が高い、これは客観的に整えたという以上のものを感じる。○。

シベリウス:交響曲第7番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(CO)1965live・CD

録音状態がよく、セルのヨーロッパ的な側面もよく聴き取れるというか、意外と重みある響きとスケールの大きな盛り上がり、そこにライヴ的前進力の加わる程よいマッチングを楽しむことができる。シベ7の演奏にはバルビローリのようにいわゆる作曲家晩年スタイルに沿った形で遅いテンポと透明感を保ちアンサンブルの妙を繊細に示していくやり方が適していると思うが、ここでは2番や5番を思わせる「まっとうな交響曲のやり方」に近い、力強さを示すような表現が通されている。しかし不自然さはもちろんない。もっと古い指揮者の大づかみにまっすぐ突進するような解釈ではなく、音符を緊張感の中すべて表現し尽くすようにしっかりと、なおかつ力感の不自然さや不恰好さを排除し、結果深く印象的な聴感をのこす。結構な名演であり、客席反応は穏やかだが、もっと聴かれていい。○。

シベリウス:交響曲第4番

○ロジンスキ指揮NYP(columbia)1946/3・LP

力強い演奏ぶりでオケの技量も最大限に引き出されている。この曲がけしてシベリウスの特異点ではなく5番の前、7番の前に位置づけられる「交響曲」であることを強く印象付ける演奏。ロジンスキはライヴにおいては解れも辞さない前進力をもって押し通す傾向がみられるが、スタジオではその特質のみ残し弱点を解消したスケールの大きな響きの感覚も味わうことができる。録音状態はけしてよくはないが、ぎりぎり鑑賞に堪えうるレベル。○。

シベリウス:交響曲第4番

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1962/3/16live

ストコフスキにこの曲は珍しいか。さまざまな解釈のなされてきた詩的な交響曲だが、ストコフスキ・フィラデルフィアらしい拡散的な響きの中にも終楽章冒頭の重くねっとりした伸縮する弦楽合奏に象徴される、ロマンチシズムとダイナミズムの独特のバランス感覚に支えられた演奏。きほんは主旋律を追うような線的な演奏ではあるものの、迫力を出すためにブラスを強く弦楽器は雄渾にハーモニーの重心を低く、厚みがあるので聞き応えがある。小虫がうごめくような細かい動きこそ雑でまとまらない感があるが、前期交響曲のフォーマットに沿うような劇的なメリハリがつけられているので気にはならない。かといってありがちな、楽曲を単純化した即物的演奏よりも多彩な仕掛けを一応漏らさず奏でているので面白い。悪い録音ではあるがそれでもスケール感が伝わってくるストコフスキらしい演奏。○。

シベリウス:交響曲第7番

○ゴルシュマン指揮セント・ルイス交響楽団(RCA)1942・LP

確かに録音は悪いのだが、色彩的でもけして軽くはなく、比較的ロマンティックな動きを交え盛り上げていく。ゴルシュマンは前時代的な部分を大事にしながら近代曲に取り組む。それは耳にやさしく、聞きやすいものだ。シベリウスの7番ともなるとどうしても新しい録音に分がある。だが、この時代はこういう演奏が行われていたのだ、威勢のいい、力感に溢れた演奏にも耐えうるしっかりした交響曲なのだとも思わせる。同様の嗜好を持つミュンシュなどに比べるとオケの差もあり少し雑然とした部分も否定できないがそのぶん、ラテン的な開放的なまとめ方が、音に含まれる情報量や質に制約を設けないから、いろいろな聞き方を許す。「ついていけないや」が減るのだ。○。

シベリウス:交響曲第7番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(CO)1965live・CD

クリーヴランド管弦楽団ボックス収録の音源だが他で出ているかもしれない。わりとミュンシュ的なところがあり、アンサンブルの妙を聴かせるよりも全体の流れを聴かせる、旋律的な力強い演奏になっている。もっともミュンシュよりは寧ろライナーに近いというべきだろう、厳しくスコアを音にさせるよう鍛え上げた演奏であることも聴き取れる。たとえばバルビローリら(バルビローリも旋律寄りになりがちではあるが)がやっていたような、いわゆるシベリウス的な精妙な響きに主眼を置き雰囲気音楽的に聴かせる演奏とは違っており、これを聴きやすいととる人は2番のような曲が好きなのだろうな、とも思った。録音はよい。○。

シベリウス:交響曲第2番

○パレー指揮デトロイト交響楽団(mercury,warner/tower records)1960/2・CD

シベリウスでもだんとつの旋律美としっかりした構成感を誇る交響曲だが、パレーの芸風だと少なくとも「美」は機械的なアンサンブル能力の披露と明るく明瞭な響きの維持にすぎない。そこに特有の剛速球、高速度が加わるとデトロイトの弦ですらついていけない箇所が散見されるようになり、このようなスタジオ録音でさえばらけたままにされている部分がある(パレーは何度も録り直しするような人ではなかろうが)。緊密な演奏を指向する指揮者にもかかわらずやはり、「楽器」の機能性の限界を超えるような解釈についていかせるほど暇がなかったようだ。

だが迫力は凄い。1楽章から既に力む声が入っている。3,4楽章にいたっては、シベ2の正規録音でもトップクラスの出来といえよう。スコア指示すら単純化解釈し緩急に欠けるところはもうスピードと力で押し切る。でもこれはそういう曲なのだ。そのやり方だと、2楽章はきつい。スコアを即物的に音に換えるパレーの方法論はこの楽章にはきかない。ただ音が鳴っているだけだ。南風の吹くフィンランド、といった音色(しかもいつもどおり単調)も好悪あるとは思うが、セカンドチョイスにはいいかも。○。

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲

○シェリング(Vn)ブール指揮コロンヌ管弦楽団(odeon/EINSATZ)1951・CD

かなり攻めた演奏で我が曲のように自在に操っていくシェリング最盛期の凄みを味わえるもの。板起こしでやや硬い音だが後年のシェリングの冷えた細い音とは違う、「肥えた女性演奏家のような」我の強さが音の太さにもあらわれたものとなっていて、1楽章など小さい音符を思いっきり詰め引っ掛けを多用したりカデンツァを極端に煽ってみたり、不要と判断したのか音の存在はわかるものの殆ど音として認識できないような加速指廻しをしてみたり、まあコンクールならアウトである(コンクールなど盤には無意味だが)。2楽章の印象的なロマンティシズムはシェリングにドイツ的な重みある表現も可能だったことを認識させる。だがロマンティックにはけしてならない。ヴァイオリンの名手だったシベリウス、そのチャイコフスキーの一歩前を行く書法の特徴でもあるのだが、民族音楽的な表現を更に極端に煽るような弾き方をしているにもかかわらず、まったく舞曲風味が出ない。3楽章に顕著である。これは強弱コントラストが強くしかし余り主張してこないデジタルな透明感のある伴奏との併せ技でもあろうが、シェリング自身が後年芸風として確立していく「冷めた音による熱い音楽」の萌芽が既に十分見えていたということだろう。私はこの頃のシェリングは好きだ。ライヴ感溢れる、瑕疵もあるが、なかなかのテンション系演奏。○。

シベリウス:交響曲第4番

○ロジンスキ指揮NYP(DA:CD-R)1946/2/21live

この音源をエントリしてないことに気づいたのでアップ。4番を5番のように演奏するという、新しい演奏になじんでいる向きには違和感のあろう録音である。しかしこの時代には珍しいことではなかったようである。ドビュッシーの影響どうのこうの、というハーモニーについての配慮は(録音のせいもあるが)殆ど聞き取れず、旋律とそれにつけた和音、というシンプルな方法論のもとにトスカニーニというか、もっとメカニカルなアンサンブルのスリルを愉しませるために、オケをギリギリ引き締めて、そこにロケットエンジンをつけたような・・・「4番」なのである。憂いもなく、序奏的な部分はすっとばされ、弱音部ははしょられ、結果、終楽章は盛大に(「大」ではないけど)盛り上がった挙句、チャイコの「悲愴」のような蛇足的な重い響きで終わらせる・・・「静寂」ではなく「歩み」。RVWが9番の最後に「無」と書いたような表現がこの曲にはあっていると思うけれど。ディーリアスと並べて語られることの多いシベリウスだが、これは「自然」ではなく「都会」だ。でも、この演奏それなりに楽しめたりもする。録音も悪くない。○。

シベリウス:交響曲第2番

○シュミット・イッセルシュテット指揮ハンブルグ北西ドイツ放送交響楽団(capitol/pristine他)1956

この時期にしては不思議に良い録音、というのは当たり前だが(ぐぐりましょ)pristineのネット配信は状態のよい原盤からの板起こしだけあって、私はやはり固さが気になるけれども、デジタルにリニューアルされたかんじが冷たく引き締まったこのコンビならではのドイツの理知的な表現にあっていて、好きな向きはまあまあ満足いくものだと思う。演奏自体はけっこういろんな板や媒体に起こされてきただけあってガラグリよりも余程都会的な「ドイツ流シベリウス」。シベリウスはもともと冷たく音響的な、縦の揃った、音符の粒だったピアノっぽいきちっとした表現を求める作曲家であり、まだ国民楽派的なこの曲でも2楽章にはその表現の的確さが求められる。先鋭的な響きと楽想の交錯だけを聞かせるような楽章ではあるが、ここでイッセルシュテットは1楽章でみせた地味で冷めた表現から、逆にイマジネイティブでロマンティックな表現に変化をみせている。1,4楽章なんていくらでも旋律で煽ることは可能(イッセルシュテットは4楽章ではスコアリング通りきちんと強弱のメリハリをつけてのんべんだらりと歌い続けるブヨブヨした音楽に堕するのを避けている)、3楽章は4楽章の前奏的なパキパキなスケルツォなので自ずとオケコントロール次第になる(イッセルシュテットは2楽章からアタッカのようにコントラストをつけて雪崩れ込んでいき弱体オケの弦をそれでもしっかり刻ませている)、となるとやはりこの曲演奏の評価は2楽章次第。ブラームス的な世界観に支配されながら、ドヴォルザークを思わせるブラスへの力の入れようも含め、なかなかに凄い演奏。4楽章の地味な展開部も、それ以外のやや客観的で空気の通るような表現に比べるとボリュームをもたせ、巨視的な構成感を示している。○。

シベリウス:交響曲第5番

○ベイヌム指揮ACO(RICHTHOFEN:CD-R)1957/6/17ヘルシンキ音楽祭LIVE・CD

はっきり言って雑。とくに1楽章のまとまらなさといったら、アマチュア楽団のようだ。ただ、ステレオでスケールの大きさを直感させる録音となっており、そのテンポ設定と響かせかたに雑然としてしまった要因を求めることもできようか。フォルムはしっかりしており打・ブラスは腰の据わった力強い表現をしっかりとっており、2楽章で弦楽器もようやく落ち着き、ややおざなりの世俗性はあるものの清潔で壮麗な盛り上がりが終楽章に築かれる。いい意味でも悪い意味でもベイヌムらしさはある演奏。おまけで○。

シベリウス:交響曲第4番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(CO)1965・CD

この曲は厳しい曲で、毛一本入る隙の無い音作りが求められる。アマチュアレベルの精度では1楽章冒頭のハーモニックなやりとりすら表せないのが実情だろう。中期以降のシベリウスというとメカニカルで前衛的と言ってもいいくらい入り組んだアンサンブルに尽きるが、これはアンサンブル自体簡素化されている。そこが小手先ではいかない難しさである。長大な音符を微弱な音量でどう綾付けていくか、こそこそした動きにどう意味をつけていくか、全ての動きが正しく複雑な和声として認識できるように響かせられるか、このあたり並大抵の技師にはできないし、オケには無理である。もちろん古い録音では再現は難しい。力技で押す以外の方法は無いし、その方法は殆ど失敗する。その点セルはオケ的にも録音年代的にも恵まれている。迫力もあるしニュートラルなシベリウスではあるが、逆にニュートラルにしか表現しえない曲なんじゃないかと思うことしきりでもある。バルビの名演はオケゆえに軋みを生じているところがあるが、これにはそれがない(しかしレガート表現のしなやかさにバルビを思わせるところがある)。起伏無く終わるのは同曲の悪い点としてよくあげられ、バルビなどは作為的に起伏を作っているが、セルは起伏を作らずに、でもちゃんと聴かせている。曲の魅力をスコアからそのまま素直にうつしたものと言える。スコアから素直に、というと、1楽章の音線にドビュッシー「海」からの影響が現れているのを認識することもできるし、なかなか「勉強」にもなる。けして押しの強い演奏ではないが、いいものではある。録音はこんなものか。○。

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シベリウス:交響曲第2番

○チェリビダッケ指揮スイス放送管弦楽団(DA:CD-R)1974東京live

まだ精緻さをとことん追求するまでいっていない時期ゆえか、チェリにしては荒っぽい。揺れない構築性と巨視的な設計方法は晩年に続くところだが、オケ起因の雑味が多すぎる。弦は弱くばらけがちで鋭い表現ができない。終楽章のブラスはまるでロシアオケのように下品だ。盛り上げ方も今一つ、一楽章で上り詰めて2楽章でそのまま平行線(響きの美しさを追求するのはいいが飽きる)、3楽章から4楽章の流れはそれほど高揚せず集中力もそれほどではない。録音は全般いい。○。

シベリウス:交響曲第7番

ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(ALTUS)1977/10/19NHKホールLIVE録音があまりよくない。録音座席の位置のせいか、弦楽器が遠くぼやけて聞こえ、一方ブラスは耳をつんざくほどに大きい。精妙な後期シベリウスの音楽をたのしむには余りに無骨な録音だ。衣擦れの音なんかも入っている。それら要素をのりこえてムラヴィンスキー芸術そのものを聞こうとすると、そこには何も無い。シベリウスはムラヴィンスキーにあっているのか?別にレニングラード・ライヴの記録も残っているが、話題にならないのはそれだけの音楽だったということの証しではないか?残念ながらこれは推薦できない。併録の「くるみ割り人形」を聴くべきCDだ。,

シベリウス:交響曲第7番

ビーチャム指揮ヘルシンキ・フィル(ONDINE)1954シベリウス週間 端正で即物的ですらある解釈に違和感を覚える。情緒的解釈より古典的な形式感を重視したような演奏。解釈はそれはそれでいいのだが、オケが荒い。こればかりは仕方ない。,

シベリウス:交響曲第7番

バルビローリ指揮ヘルシンキ交響楽団(inta glio)?london liveバルビローリはたとえばムラヴィンスキーとは対極の演奏をする人で、各楽器パートのかけあいや主張しあいを棒で交通整理するという芸風ではなく、総体の響きをととのえ、あくまで楽曲の要求するスタイルを追求する芸風である。ハレ管との非常に有名な全集では、1番から7番という順番のとおりに録音を行い、シベリウスの作風が変化するに従って楽団員の奏法を変えさせていき、最後には1番を演奏した頃とは全く違う音を発するようになっていたそうである。これはヘルシンキのオケという少々部の悪い(まあ「正統」ではあるのだろうが)楽団を前に振ったライヴで、バルビローリらしい壮大で一種印象派的な茫洋をも伴った演奏に仕上がっているが、楽曲全体にかけられた巨大なクレッシェンドの松葉が余り効果的に響いてこず(録音のせいかもしれない)、結果的にアーメン終止?がどこにあるのかわからないままいきなり断ち切れたような感じをおぼえる。音楽の流れは非常に良いのだが、どこへ向かっているのかわからない。これはそういう演奏。,

シベリウス:交響曲第7番

○ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(victor/melodiya)1965/2/23livealtus盤について無茶苦茶書いたが、この古い録音は抜群の音響バランスでその真価を再び問うてきた。ブラスの艶めかしい音色、弦楽器の懐かしくも熱気溢れる音の力にまず度肝を抜かれた。古い録音がゆえに録音に妙な生生しさがあり、それがここではプラスに働いている。全編アンサンブルの饗宴といったかんじで、末期シベリウスの精妙な味わいとは無縁の演奏ではあるが、これを認めないわけにはいくまい。最後のアーメン終止?が決まるまで、固唾を飲んで聴き込んだ。ムラヴィンスキーの棒の力に、また打ちのめされてしまった・・・。,

シベリウス:交響曲第6番

○シュニーヴォイト指揮フィンランド国立管弦楽団(EMI,TURNABOUT)MONO少々雑なところもあるが、締めるところはきちっと締めて充実したアンサンブルを聞かせている。シベリウスの独特の書法はとくに弦楽器の緻密なアンサンブルにあらわれている。奇妙なリズム、フレーズの繰り返しが難しい楽曲だが、要所要所はしっかり響くようにできているのはさすが。力感溢れる演奏スタイルは終楽章のダイナミックな表現に結実している。かなりテンポ変化が大きくつけられているが、それ以上にヴァイオリンのカンタービレが美しい。後期シベリウスの白く清澄な世界を幾分人間らしい世界に呼び戻したようなスタイル、と言ったらいいだろうか。けっして良くない録音だが、聞きごたえはある。ちょっと生々しすぎるというか、もう少し幻想的で繊細な音楽を紡いで欲しい気もするが(静かに終わる終楽章の最後など)この録音では仕方ないか。シベリウスは国民楽派の範疇に入るがその後期においては民族的な色彩が殆どなくなり、ある種現代音楽に足を踏み入れたような抽象的な作風に至る。しかしその楽想は極めて個人的な、楽観的で牧歌的なものに限られてきてしまうため、音楽としての内容が少ないというか、小さく地味な作風になっていったような感じだ。6番を聴くと5番の構成感との関連性を強く感じてしまう。ぼーっとしていると、あれ、どっちが5番だったけか、とか思ってしまうかもしれない(まあ無いけど)。うーん、魅力的では有るが飽きる・・。すいません、個人的な感想ですのでスルーしてください!,

シベリウス:交響曲第5番

バーンスタイン指揮ロンドン交響楽団(GNP:CD-R)1975/8/13LIVE豪快な表現、精妙な表現入り交じり起伏に富んだ演奏であるものの、全体としてまとまった感じがせず、演奏の「勢い」とは逆にちょっと首をひねってしまった。シベリウスを別の作曲家~たとえばチャイコフスキー~として演奏してしまっている。シベリウスはドイツ的な部分とロシア的な部分を併せ持った多面的な作曲家であるが、その音楽は案外演奏者を選ぶのだ。バーンスタインの手法は今一つ曲の性質と噛み合っていない。凡演とは言わないが、佳演とも言い難い。そういう演奏。,

シベリウス:交響曲第5番

コンドラシン指揮北ドイツ放送交響楽団(TOE:CDーR)1981/1/26コンドラシンのライヴでシベリウス、となると違和感があるがけっこう聴ける。集中力の高さが要求されるクライマックスでは盛り上がる。録音バランスがやや安定しないのがCD-R盤の難点だが、何よりオケが巧い。ヒンデミートの気高き幻想と同時に録音されている珍盤だが、ヒンデミートも良い。,

シベリウス:交響曲第5番

コンドラシン指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(PHILIPS)1976/11/21LIVEシベリウスにしては表現主義的な演奏だ。エキセントリックというか、コンドラシンの物凄い集中力が、このような優秀なオケにかかるとここまでイってしまうのか、といった感じ。深い思索性に欠けるかもしれないし、客観的すぎるといえばそうかもしれない。突き放したような音作りは、しかしシベリウスの表現としてはありうると思う。ただ、いくぶんの娯楽性を伴った同曲(いろいろな作曲家へのオマージュが散りばめられている、らしい)に対して、このような直線的で乾いたアンサンブルは、余りにシブい!もっとしっとりとした情感がほしい、と思うところもある。また、録音バランスが偏っているのか、弦楽が響いてこないのもマイナス要因ではある。和声が綺麗に響かないのだ。これはシベリウス的には困る。最後はなかなか雄大に決まるのだが、拍手は平静なものでとりたてて大きくはない。そうだろうなあ、という演奏。,
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