ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ザンデルリンク指揮ベルリン放送交響楽団(harmonia mundi)1966/10/3live・CD

最良のステレオ。好戦的だ。上手いオケ。やや統制が甘い感もあるがそれも引っくるめて主情的に盛り立てていくロシア伝統の演り方からこの人も影響を受けているのだなとわかる。激しい発音が耳を突く(ショスタコの好戦的なフレーズは非常に魅力的だがたいてい敵のテーマで、だらだらと流れる挽歌がメインテーマなので、「かりそめの空疎な盛り上がり」が「かりそめ」に聴こえない。総体的な演奏効果を考えると困るとこがムラヴィンスキー批判(あくまでヴォルコフ「証言」の中の話)にも通じてはいるのだろうけど、このまだザンデルリンクが意欲的な演奏をこうじていた時期のものを聴くと、作曲意図はどうでもよくて、こういう曲はドラマチックに盛り上げればいい、と思ってもしまう。作曲意図を重視しても耳だけで聞く側はなんだかよくわからなくなるだけのリヒャルト・シュトラウスの緻密な音楽が良いとは思わない。前半楽章はとにかく、圧倒的に戦闘意欲に満ちている。少しマーラーぽい響きもあるが、それまでの楽章のカウンターとなる三楽章にはマーラー的な陶酔がより強く出てくる。情的、しかし曲自体が単純な旋律と響きによる流れで出来上がっており構造的には醒めているし、さほど臭く感じることもない。ザンデルリンクらしく甘さのないドラマティックな歌が数珠繋ぎされてゆく(しかしまあ「革命」なる題の卑俗さよ)。四楽章はいきなりのスピードでコントラストがすごい。弦のアタックが甘くなったりブラスがギリギリだったり、変化についてけないオケの反応が気になる冒頭だが力で押し切るうちノリが合ってきて新即物主義的なスピードと力の音楽が派手に打ち鳴らされる。最初のクライマックスが潰えて初めて落ち着いて音楽を楽しめる、といったいきなりさがあるが聴いていて胸がすくのは間違いない。このあたりから構成のうまさと楽器の扱いの上手さが光る。漫然と聴いてもわからせる。ただ鳴らし直線的に進める指揮者とは違う。音量変化をさほどつけなくても色調でフィナーレを印象付けるところ、解釈の妙だろう。拍手なし。
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ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ニコライ・マルコ指揮シドニー交響楽団(SLS)録音時期不明live

凄まじい録音の悪さで恐らく40年代のものか。ノイズに慣れていればマルコの調子良い時の音楽の力強さと元来この曲の持つ「ひたすらの」旋律の力で十分楽しめる。オケはショスタコならではのソロ剥き出しになると弱い部分もあるが、合奏は聞き取れる限りでは弱みはない。録音操作してこの音、である可能性もあるのでそれも錯覚かもしれないが、まあ、音盤は楽しめれば良いのである。ショスタコの非構造的な極度に単純化された書法を逆に強みととらえられるのは同じロシアの指揮者だからだろうか、ただの旋律とリズムと和音の筐体に、マーラー的な緩急をもって強靭な、もしくは柔らかく叙情的な表現を流し込んで、ショスタコという箱からははみ出ないが、期待される通りの革命であり、羽目を外すこともない。後年のBBCなどでやったようなきっちりした教師的解釈の部分は四楽章冒頭の固いテンポに現れてくるが、音は迫力があり前へ行かないからといってさほど悪い印象はない。最初の軽薄な盛り上がりより、その後の悲劇的展開に重点を置いているのは、オーソリティの見識だろう。緩徐部のテンポが冒頭と逆に早くて、木管が前のめりになってしまうのは初めてマルコ特有の解釈といえるところか、即興か(その後のまっとうな流れからして即興臭くもある)。ちょっとヴァイオリンが薄い感があるし萎縮したようなブラスの音も、フィナーレには惜しいが、これは単に録音のせいだろう。響きがいびつなのも録音のせいだろう。拍手は普通。

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番(ピアノとトランペットのための協奏曲)

ベルグマン(P)ロスバウト指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(forgottenrecords)1956/7/23live放送

何でも振ってしまうなあというロスバウトで、ショスタコのシニカルな雰囲気をかもす薄い書法、スピーディで軽い協奏曲の雰囲気を重要視せずウィリアムテルからの剽窃すら抽象化してしまい、色彩感を排した音の饗宴、古典的なピアノ協奏曲として(トランぺッターもクレジットされているものの)重量感を持たせビッチリ、オケを統制して聞かせてくる。ロスバウドはあくまで職人的にきっちり仕立てたふうで曲にはあまり思い入れはなさそうだが(聴かせどころを作るようなことはせずスコアの再現に専念する)、旋律より構造に力点を置いた特徴的な演奏といえる。オケは指揮者のきびきびした指導のもとに、トランペットソロを含め全く危なげなく極めて明瞭にやっているが、ノイジーでかなり擦れた録音で、さらにバランス的にオケが引っ込んでいるため、細部はわからない。ソリストは技巧的で安定しているが殊更に特徴はない。あきれるほど巧いトランペットがかえって小粒感を煽ってしまう不思議。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第2番

ベートーヴェン四重奏団(放送)live

ペテルブルグ放送音源がwebで聴ける。演奏日は不明だが既出盤の気がする。放送ノイズが入るものの生々しく目の前で汗を飛び散らせて演奏されているように錯覚させる非常に良いステレオ録音。初演団体で演奏はすさまじく、各楽想の描き分けが非常に激しい。冒頭こそ1番を思わせる清明で民謡ふうと思いきや、形式感はすぐに瓦解し後作の先駆となる内面を直視し技法追及を二の次とする独自のカルテットの世界を形成している。そのような曲なので(第二次大戦末期の完成)分裂症的な表現の峻厳さがさらに誇張され叩きつけられてびくっとさせられたり、ファーストヴァイオリンがえんえんとつぶやき続ける悲歌的フレーズの脊髄をわしづかみにされるような思いに、4本の楽器しかないのに交響曲的な巨大な音楽空間を作り出し、それはもちろんこの楽団ならではの同時代性でもあろう、アレグロで盛り上がりつつも割り切れない和声のうちに暗い炎を燃やす終演後には盛大な拍手が贈られる。ショスタコの内面に鬱屈する情念が爆発したような、それを審神者として表した楽団に拍手。周到な準備があったであろう、演奏瑕疵は皆無。

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

コンドラシン指揮イスラエル・フィル(IPO)1980/4・CD

拍手も環境ノイズもないが恐らくライヴ。精度的にそんな感じがする。録音は良いとは言えないステレオ。演奏的にはオケの限界が出ている。流石に弦楽器はそこそこやっているが木管などロシア式の要求に応えられないパワー不足を感じる。全般無難なレベルにおさまり、あっさり聞き流せてしまい、録音レベルの低さもあって迫力がなく、小粒にまとまった印象だ。コンドラシンにはライヴ含めると異様な数の同曲録音があり、その中でこれを取り立てて聴く必要はあるまい。各パートのくっきりしたアメリカオケや力強いコンセルトヘボウを取ったほうがいいだろう。曲の魅力として三楽章は楽しいが、楽しんで良い曲なのかどうか。苦悩のようなもののなさも気になる。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(eternities)1972/5/7live

状態はかなり聞きづらく不安定で雑味の多いステレオ。低音域が弱かったり木管がすぐれないのがオケのせいなのか録音が揺れているせいなのか不明だが、おそらく録音のせいだと思う。ストコフスキーが晩年手兵を使い、晩年のやりたかったことをやった、つまりストコフスキーのイメージに沿った、デフォルメや意味不明な改変は細部の話にすぎず、拡散的で戦闘的でそれでいて壮大な、明るい革命である。戦前戦後の生々しいショスタコーヴィチではなく、純粋に古典名曲を自己流にしたてている。といってもロシアの巨匠に慣れている向きはそれほど遠い解釈には感じまい、楽曲の中身を入れ替えるようなことは一切なく、三楽章の悲痛さも、明るい響きの中でけして超一流の腕のオケではないにせよ感情的に伝わってくるものがある。終楽章は遅い出だしこそそれまでの録音に似ているが、均整感への配慮はもはやあまりなく、終始盛り上げ続ける。扇情的な組み立ては巨視的にも近視眼的にも凄まじいもので、ラストは圧倒的である。姑息な考証などしない、音楽はこう語っているのだ、ということを作曲家すら無視するいきおいで信念に基づき演じ上げている。この魁夷、最晩年の巨匠へむかってのブラヴォも間髪入れず凄まじい。ストコフスキにも最晩年様式というものはある。それは響きの拡散性と改変の恣意性がマッチした不可思議な世俗味をもったものである。数多い革命の録音のうちに70年代の記録が、アメリカ交響楽団で残っていたことは嬉しく思う。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

ストコフスキ指揮NYP(SCC)1962/3/2live

ストコフスキーはトスカニーニと「レニングラード」国外初演を争い6番は初演するなどショスタコーヴィチに思い入れの強い同時代の指揮者(前時代と言うべきかもしれない)、この曲も並ならぬ回数を演奏しライヴ含め記録も多い。改変もデフォルメもほとんど目立たず(あるにはある)、50年代以前のスタイルを想起する直線的な演奏で「曲に適切な」真摯な解釈を示している。四楽章の落ち着いたテンポなど客観性が気になるがストコフスキーのおよそイメージにそぐわない即物性はこのバンスタのオケにまとまりをもたらし、音響は派手なものの、比較的大人の、印象としてはやや無個性なものになっている。意外なのが四楽章の最初の盛り上がりを音量以外無視して拘泥することなく、そのあとの悲劇的な弦楽合奏に力を注いでいるところで、「証言」が出る前だと思うのだが、証言の思惑に沿った構成感で仕上げている。そのあと直線的な速いインテンポではあるが楽器を増強し盛大に終わらせる。拍手は凄い。ブラヴォはない。録音はややノイジーだがギリギリ、ライヴとしては聴ける音。ステレオだとは思うがほとんどモノラルのような音場の広さ。

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

コンドラシン指揮ウィーン交響楽団(kapellmeister)1977/7/26live

ステレオだがノイジーで時折パチパチが入るのが耳障り悪い。環境雑音も多い。新古典主義的な簡潔な書法において旋律性を重視し各パート、各セクションに過剰にも感じるほど強い表情を付けさせ、期待通りのショスタコを聴かせる。調和的な音響よりアンサンブルの攻撃性を表面に打ち出し、一、二楽章ですら三楽章のような激烈な音楽に聴かせるから、逆に楽章間の対比が薄まっているが、耳を惹きつけて止まない。悲観性と楽天性の差が無いとしても純粋に楽しめる音楽として即物的に仕上げている。全体構成が平板でラストも起伏はなく断ち切れるような感はある。拍手に少し戸惑いを感じるのもそのためか。オケがどうこうではなくコンドラシンのショスタコーヴィチであることに揺るぎはないのだ。晩年ですら同じだったのである。VSOにしてはミスが無く手抜きも無く、音にウィーン風の緩さも無い。音色は素晴らしく美しい。木管ソロの上手さが印象的だが弦楽などコンドラシンの思うがままに操られ、強く引き締められている。

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(PO)1969/5/15放送live・CD

放送レベルのノイズのあるステレオ録音だが、ハーモニーの精緻な再現ぶりが素晴らしい(私の盤は正規だが3楽章で劣化し激しくノイズが入るのは置いておく)。それはか弱い青瓢箪ではなく肉感的な大編成オーケストラでなされるからこそ意味がある。ショスタコーヴィチの簡素なオーケストレーションもしっかり肉付けされたうえで初めて真価を発揮する。総力戦の力づくで押さえつけるのではなく、意図された響きを正しく整えて強力に提示することによってこそ楽曲の本質が伝わる。恐らくショスタコーヴィチもこのような演奏を望んだであろう。物語はスコアが語ってくれる。3楽章の大団円への持っていきかたは素晴らしい。ブラヴォで終演。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第4番

ベートーヴェン四重奏団(moscow tchaikovsky conservatory)1953/12/3初演live・CD

モノラルのライヴ音質だがまずまず聴ける音になっている。晴朗な民謡風旋律に始まりしばらく1番などに通じる平易な表現が続くものの、音が半音ズレたような、あるいはジャズを思わせる歪んだところ、ぽろぽろと崩れていくように下降線を辿り、慎ましやかな中にも沈痛なものと、ショスタコーヴィチらしさとでも言うべき晦渋なものが入り混じっていく。2楽章以降、突然グラズノフのような民族主義的表現が(スラヴ的な中にもユダヤ的なものも)入り音楽を盛りたてたりもするが、まるでそれは気まぐれのように簡潔な暗い音楽に静まっていくなど、入れ子構造のようなところをベートーヴェン四重奏団は巧く旋律的な音楽として聴かせ、激しくも弾け切ることはなく緊張感をラストまで持続させ、静かな終演にフラブラ気味の大喝采。初演とはいえ譜面そのものはそれほど複雑ではなくむしろ簡潔すぎてよくわからなくなるところ、全体的に下降線を辿るようなショスタコ特有の構成を綿密に把握して、旋律に重点を置いてかなり分かりやすくまとめている。部分的にプロコフィエフの2番に似ているが、プロコフィエフはソヴィエトの作曲家として個性の終焉に向かうところ、ショスタコはこれからまだ個性を発揮していかなければならないが、それをまだ殺していかないとソヴィエトでは生きていけない、そんな気分から「気分の二重構造」が生まれ、スターリンは無事この世を去っても、ここまでわかりやすい娯楽性を入れないとならない、自身を出し切ることができていない雰囲気がある。ショスタコが苦手なら分かりやすい曲に演奏だと思う。

ショスタコーヴィチ:呼応計画の歌op.33-2

デゾルミエール指揮合唱団&管弦楽団(le Chant du monde)1938/2・SP

この前後デゾルミエールは夥しい数の通俗曲~主としてフランス歌曲や俗謡~を録音しており、38年だけでミヨーのプロヴァンス組曲第一集を別としても21枚(42曲)の78回転盤をリリースしている。ケクランのものなど珍しい曲が含まれるがそれぞれ極めて短くマイナーなことから復刻はほとんどされていないと思われる。しかし、中にはこの曲のようにweb動画で容易に聴けるものもある。ショスタコーヴィチの一面通俗曲作家としてすら非凡な才能が発揮されており、浮き立つ楽天性を備えた耳に残る旋律である。現代日本でも、キーを変えても歌われているが、元々1932年のスターリン肝入り映画Counterplanの表題曲であり、フランスではAu-devant de la vieの題でジャンヌ・ペレが歌詞をつけ、動乱の30年代社会主義運動を象徴する合唱曲となった。デゾルミエールの思想性については興味のある人が調べればいいが、素っ気なく突き放すスタイルではなく、沸き立つような楽しい歌声をドライヴして、これはショスタコなのか?というくらい南欧めいた雰囲気も漂う。デゾルミエール自身ショスタコをほとんどやっていないので貴重ではあるが、ほとんどショスタコーヴィチ的ではないし、フランスの歌として愉しめばいいだろう。

ショスタコーヴィチ:交響曲第1番(欠落あり)

ロジンスキ指揮NYP(SLS)1941/12/7カーネギーホール(アフタヌーンコンサート)live 放送

ロジンスキのロシア物への適性は半端ない。私の耳にはまるで数珠繋ぎで細くて散漫だったり空疎だったり好みでなかった同曲を、しょっぱなから目の詰まった響きで異常な迫力のまま、分厚く緊密なアンサンブルを繰り出し圧倒してくるのにはもう、これはチャイコ2番などで聴かれる「素晴らしいほうのロジンスキ」だと言う感想しか出てこない。楽章の構成的にダレる部分も無いわけではないが、基本的にオケの充実度にはピアノ等ソロ楽器込みで文句のつけようがなく、この頃のロジンスキの覇気たるやカーネギーホールの聴衆が現代曲に慣れていなかったとしても、もっと湧いてもいいくらいである。惜しむらくは欠落で、これはラジオ中継放送なのだが、4楽章の途中にニュース速報が短く入り、曲終わりもブツ切れで余韻なく、一旦拍手は短く入るものの、そのあと休憩時間しょっぱなから真珠湾攻撃のニュースが正式に入り、耳を覆いたくなる内容に移行する。これは15分弱も続き、一旦次のブラームスのピーコン2番(ルービンシュタイン)の中継に戻るものの、また速報が入って、二楽章で打ち切りとなり終わる(このあと星条旗よ永遠なれが放送されたそうである(未収録))。3時開始のコンサートということで30分前に攻撃は始まっており伝達遅れのためむしろこの演奏が放送できたことを思うと、仕方ないのだが。COLUMBIAとVICTORがかかわっており正規録音があるんじゃないかとも思う。40年代録音にしてはノイズレスで音が良すぎる。これほどのドキュメントでありひょっとするとリマスター済みの既出音源かもしれない。

ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲

作曲家(P)ベートーヴェン四重奏団(moscow tchaikovsky conservatory)1955/1/20モスクワlive・CD

モノラル、この時代のソヴィエトとしては、レストアもしているんだろうが、中身の詰まったまずまずの録音状態と言えるのではないだろうか。ライヴのせいもあってか楽団の性質の荒々しさが音色にあらわれていて、とくに三楽章は録音もささくれだって耳辛いが、ショスタコーヴィチのピアノは深くはっきりと、一部自作自演録音にみられるもたつきは皆無で、全体としては求心力のある力強いまとまりが印象的である。暗い楽章での悲痛さが生々しく、馬力ある慟哭が聴ける。引用風のフレーズや響きにしても、まったくショスタコーヴィチの暗黒の一部と化している。終楽章も唐突に明るく音楽を笑い飛ばすことはしない。それまでの雰囲気を引きずり、分厚い音のまま軽いシニカルな動きすら意味深く、しかし、ショスタコーヴィチ自身もそれに同調して一貫した深い音を落としていく。ピアノアンサンブルにありがちな、俺が俺がと派手に前に出ようとすることをしない。しかしこの演奏は大部分において一斉にフォルテであり、フィナーレの終末でやっと童心に還るような優しいフレーズに落ちるまで、弱音のニュアンスと対比でしっかり変化をつけることはしていない。そういう意味でも作曲当時の生々しい演奏と言うべきものはある。ここから解釈は深められていくのだ。

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番

コンドラシン指揮ORTF(ina配信)1969/2/9live

各声部が剥き出しで使われるショスタコの書法にあって、弱音で弦の返しがきちっと揃わないとか、一部音に迫真味が足りないとか(場面場面でバラツキがある、肝心なところは押さえている)、木管ソロの技巧的なフレーズが厳しいとか、オケ起因と思われる難点は指摘できるが、全体の調和、響きの明るさ、音の柔らかさはコンドラシンの音楽の印象としてある強引さ、響きの渋さを払拭しており、音楽的に美しくなかなか聴かせる。色彩感はこのオケならではだ。七番と対照的な、謎めいた物語をきれいに読み解いていて、ステレオの良好な録音ともあいまって変な思い入れ無しに普通に楽しめる。陰影が無いところ印象は異なるが、解釈としては他でも聴けるコンドラシンのものであろう。拍手カット。この前に演奏されたフランソワのプロコ3番は残念ながら残っていない模様。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

グラズノフ四重奏団(Aprelevka)SP

全面旋律的な曲で、「革命」をギュッと凝縮したような簡潔さが非常なる魅力。ここではボロディン2番などの録音に聴かれるてんめんとしたスタイルでひたすら旋律を聴かせていく。一、二楽章はそうしたやり方が少々野暮ったくも懐かしく鄙びた雰囲気を醸し、素朴で良い。非常にショスタコ的な、技巧的なスケルツォはやはり少し聴き劣りする、、、これこそショスタコなのだが。中間部主題はやはり色めいた音でそれなりに聴かせては来る。四楽章はハキハキ、キッパリやる嬉遊的な音楽で、現代的なシャープさがほしいが、さすがにそこは少し甘い。初演団体の古い録音としては良いと思う。グラズノフ四重奏団の録音としても良い方だと思う。

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

ロジンスキ指揮NYP1944/4/2 西側初演、極めて録音が悪くWMEとSLSは同じ音源を使っているようだ。ロジンスキの緊張感が伝わってくる演奏。ショスタコーヴィチらしさというか、カッチリして音をしっかり切って、なおかつ前進力を維持。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

マルコ指揮デンマーク王立so59

オケ管理はルーズだがガンガン攻めてくるいつものライブ。曲のフォルムを崩しかねない歌い方や煽り方をするところなどやはりロシア式だなーと。単純化された書法は多様な解釈を生む、これも正統には聴こえないかな。sls

ショスタコーヴィチ:交響曲第1番

マルコ指揮BBCso1957/5/5

時代性というか半音階的でプロコ風の叙情味もあり(書法的にはペトルーシュカだそうだが)、ショスタコらしさは萌芽を感じさせるに留まる。マルコは厳しい面を見せ初演者の意気を示す。オケは瑕疵が多いがそれに応え迫力ある演奏を提示している。lyrita

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番

ロストロポーヴィチ、ヴェンゲーロフ、ウリアーシュ1998live、フェスティバルの一夜。生前の作曲家から氏が託されたイベントの実現。疲労か体調的な問題なのか、紛れもない氏の音なのだが、苦しい部分が多々。ヴェンゲーロフは圧倒的

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

○バーンスタイン指揮NYP(sony)1965・CD

スピードはあるが響きはズシンとくる一楽章。バンスタならではの魅力的な歌い回しであるとか、二楽章に入っても活きている。旋律の取り出し方が上手い。プレストはリズムはキレているがテンポ的には前のめりにならず比較的落ち着いている。ラールゴから復活のアレグレット、いくぶん暗さを引きずりながら強制的に盛り上がっていく。奇怪な引用旋律の変容、あとは駆け抜けるだけ。NYPの弦はやはり上手い。

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番

○チェコ・トリオ(supraphon)

地味さは否めない。まとまりはいいのだが終始落ち着いた雰囲気があり、大人の演奏と言えばそうなのだが、2楽章などもっと喧噪が欲しいし、3楽章も何か諧謔が足りない感じがする。音のアタックが柔らかいせいか。1楽章など追悼音楽としてはちょうどいい温度なのだが・・・。悪くは無いが、ギチギチのアンサンブルを聞きたいとか、何か真に迫った演奏を聴きたいという向きには薦めない。ピアノは綺麗なのだが・・・

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(放送)1955/9/24live

なにげなく始まって素っ気ない感もあるが勢いのある楽章では拍手が飛び出すほど力強い疾走を聴かせる。但しやはり雑味が気になる指揮者ではある。

ショスタコーヴィチ:祝典序曲

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(放送)1955/9/24live

開放的な指揮で放送響とは思えないバラケ味もかもす演奏だが、勢いはある。しょうじきそれほど旨くは無いがガウク好きなら。

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番~Ⅰ.リハーサル

◯バーンスタイン指揮ボストン交響楽団(WHRA)1948/12/22live・CD

かなり意志的なものの感じられる本番リハの記録。本番全曲は既出、このボックスはトゥーランガリラなどほぼ既出のもので占められているが、この音源は初出だと思う。オケの音が鄙びているのは録音のせいと思われ、若干の力の抜きはあるかもしれないが、バンスタの積極的で情熱的な言葉が煽りに煽って、ここで聴かれるボレロの模倣ひとつ取ってみても止まってばかりの指示ばかり。聴くにつけバンスタのショスタコーヴィチはあくまで音楽としての表現を追求していてその底にある精神性とか文学的理由には興味がないことがわかるが、ゲネプロでそんなことに言及するわけもないか。私は楽しめた。バンスタのショスタコーヴィチファンなら。

ショスタコーヴィチ:2台のピアノのためのコンチェルティーノ

◯マロレツコーワ、マキシム・ショスタコーヴィチ(P)(放送)1955/1/15レニングラード初演live

いつもの言い回しで恐縮だが、達者。細部はともかく、10番交響曲4楽章のようなしゃにむの盛り上がりが粒立った音で攻撃的に形作られており楽しめる。マキシム・ショスタコーヴィチには父との録音も残る。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番

◯ベートーヴェン四重奏団(放送)1960/10/2初演live

いきなりdschの刻印が繰り返し刻まれて始まる、とても深刻な音楽だが、自作を始めとする引用も多く、背景を考えさせるに十分な要素を抱えた暗い曲。ややよれた録音だが初演記録として貴重か。初演イコール名演ではないのであって、手探り感もなきにしもあらずなのが普通ではあるのだが、立派にやりきっている。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

◯ヨーク四重奏団(royale)1940?・SP

やや生硬だが実直な足取り、ショスタコーヴィチらしさと言うべき不協和音のひときわ際立つように中低音の強調された響きや独特の表現の面白さには惹かれる。二楽章の主題のベートーヴェンのような雄渾な出だし、音の切り方には驚いた。ファーストの線が細く縮緬ヴィヴラートの古風さとややもすれば幼く何の色も付いていない表現とのマッチングが面白い。旋律的ゆえに、ファースト偏重で押し通すやり方がショスタコーヴィチらしくも感じられ聴きやすい曲だけれども、これは結果的には裏が引き立つ立体的な演奏となって、アンサンブルとして楽しめる。逆にスケルツォの鋭さ、激しさが余り無く(スタッカートが甘くなる箇所はいくつかあるがこれは解釈か)、中間部のワルツも実直過ぎでコントラストがはっきりしない、しかし部分的に自由にやっているふうのテンポのところもあり、同じような調子は四楽章にも引き継がれるから、解釈ではあるのだろう。音程が狂う箇所は全楽章では取り敢えず三箇所確認できたが目をつぶる。四楽章展開部あたりからの勢いとソリスティックな表現はちょっと独特の楽しさがある。ライブ感がある。全般、上手くはないが面白い。ファーストチョイスには向かないが、余裕綽々の一番に飽きたらこれもまたよし。◯。ニューヨーク四重奏団とは違います。けしてヘタでもないですよ。個性です。自由です。アメリカですから。袋に1941年2月13日以降3回の年月日押印があるが、どこかの資料館の貸出記録のようなのでその直前くらいの録音か。私の盤は綺麗だが音は悪い。

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」~Ⅰ、Ⅳ抜粋

◯エリアスベルク指揮レニングラード交響楽団(ペテルブルグ放送)1967/3/14live

覇気と推進力に満ちた冒頭から求心力の強さを見せるが、オケの弱さ、音の鄙びた感じはどうにもしようがないか。一楽章提示部、ボレロの模倣冒頭、およびフィナーレのごく短い抜粋。

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」

伝イワーノフ指揮モスクワ・フィル(Levne Knihy)CD

コンドラシン盤と同一。既に絶版となっている。(廉価レーベルはチェコにかぎらず往々にしてこういうことがある。今回は評も馬鹿らしいので項目だけあげた。)

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番

○ジョイス(P)ロックウッド(trp)レスリー・ヘイワード指揮ハレ管弦楽団(columbia)1941/10/24・LP

SP原盤だがこれがまた低音部がしっかり聴こえるなかなかの音でいい。冒頭より演奏も求心力が強く、一瞬ショスタコかこれ?と思うような響きの分厚さが持続する。ジョイスは余り最近はきかれないがすぐれた女流で、オケを強引に引っ張るのでもなく、強靭さもありながら調和した音楽をオケとそのメンバーソロらと共に作り上げている。ハレ管も上手い。ちょっとびっくりする。ペットも突出しないのでこれはショスタコの意図と比べてどうなのかと思う所もあるが、小規模アンサンブル的な細い音楽ではなくちょっと前時代的な大管弦楽作品として聴けるぶん面白い。○。hewardは作曲家でもあり、ハワードとも呼ばれる。
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