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ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

コンドラシン指揮ウィーン交響楽団(kapellmeister)1977/7/26live

ステレオだがノイジーで時折パチパチが入るのが耳障り悪い。環境雑音も多い。新古典主義的な簡潔な書法において旋律性を重視し各パート、各セクションに過剰にも感じるほど強い表情を付けさせ、期待通りのショスタコを聴かせる。調和的な音響よりアンサンブルの攻撃性を表面に打ち出し、一、二楽章ですら三楽章のような激烈な音楽に聴かせるから、逆に楽章間の対比が薄まっているが、耳を惹きつけて止まない。悲観性と楽天性の差が無いとしても純粋に楽しめる音楽として即物的に仕上げている。全体構成が平板でラストも起伏はなく断ち切れるような感はある。拍手に少し戸惑いを感じるのもそのためか。オケがどうこうではなくコンドラシンのショスタコーヴィチであることに揺るぎはないのだ。晩年ですら同じだったのである。VSOにしてはミスが無く手抜きも無く、音にウィーン風の緩さも無い。音色は素晴らしく美しい。木管ソロの上手さが印象的だが弦楽などコンドラシンの思うがままに操られ、強く引き締められている。
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ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(PO)1969/5/15放送live・CD

放送レベルのノイズのあるステレオ録音だが、ハーモニーの精緻な再現ぶりが素晴らしい(私の盤は正規だが3楽章で劣化し激しくノイズが入るのは置いておく)。それはか弱い青瓢箪ではなく肉感的な大編成オーケストラでなされるからこそ意味がある。ショスタコーヴィチの簡素なオーケストレーションもしっかり肉付けされたうえで初めて真価を発揮する。総力戦の力づくで押さえつけるのではなく、意図された響きを正しく整えて強力に提示することによってこそ楽曲の本質が伝わる。恐らくショスタコーヴィチもこのような演奏を望んだであろう。物語はスコアが語ってくれる。3楽章の大団円への持っていきかたは素晴らしい。ブラヴォで終演。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第4番

ベートーヴェン四重奏団(moscow tchaikovsky conservatory)1953/12/3初演live・CD

モノラルのライヴ音質だがまずまず聴ける音になっている。晴朗な民謡風旋律に始まりしばらく1番などに通じる平易な表現が続くものの、音が半音ズレたような、あるいはジャズを思わせる歪んだところ、ぽろぽろと崩れていくように下降線を辿り、慎ましやかな中にも沈痛なものと、ショスタコーヴィチらしさとでも言うべき晦渋なものが入り混じっていく。2楽章以降、突然グラズノフのような民族主義的表現が(スラヴ的な中にもユダヤ的なものも)入り音楽を盛りたてたりもするが、まるでそれは気まぐれのように簡潔な暗い音楽に静まっていくなど、入れ子構造のようなところをベートーヴェン四重奏団は巧く旋律的な音楽として聴かせ、激しくも弾け切ることはなく緊張感をラストまで持続させ、静かな終演にフラブラ気味の大喝采。初演とはいえ譜面そのものはそれほど複雑ではなくむしろ簡潔すぎてよくわからなくなるところ、全体的に下降線を辿るようなショスタコ特有の構成を綿密に把握して、旋律に重点を置いてかなり分かりやすくまとめている。部分的にプロコフィエフの2番に似ているが、プロコフィエフはソヴィエトの作曲家として個性の終焉に向かうところ、ショスタコはこれからまだ個性を発揮していかなければならないが、それをまだ殺していかないとソヴィエトでは生きていけない、そんな気分から「気分の二重構造」が生まれ、スターリンは無事この世を去っても、ここまでわかりやすい娯楽性を入れないとならない、自身を出し切ることができていない雰囲気がある。ショスタコが苦手なら分かりやすい曲に演奏だと思う。

ショスタコーヴィチ:呼応計画の歌op.33-2

デゾルミエール指揮合唱団&管弦楽団(le Chant du monde)1938/2・SP

この前後デゾルミエールは夥しい数の通俗曲~主としてフランス歌曲や俗謡~を録音しており、38年だけでミヨーのプロヴァンス組曲第一集を別としても21枚(42曲)の78回転盤をリリースしている。ケクランのものなど珍しい曲が含まれるがそれぞれ極めて短くマイナーなことから復刻はほとんどされていないと思われる。しかし、中にはこの曲のようにweb動画で容易に聴けるものもある。ショスタコーヴィチの一面通俗曲作家としてすら非凡な才能が発揮されており、浮き立つ楽天性を備えた耳に残る旋律である。現代日本でも、キーを変えても歌われているが、元々1932年のスターリン肝入り映画Counterplanの表題曲であり、フランスではAu-devant de la vieの題でジャンヌ・ペレが歌詞をつけ、動乱の30年代社会主義運動を象徴する合唱曲となった。デゾルミエールの思想性については興味のある人が調べればいいが、素っ気なく突き放すスタイルではなく、沸き立つような楽しい歌声をドライヴして、これはショスタコなのか?というくらい南欧めいた雰囲気も漂う。デゾルミエール自身ショスタコをほとんどやっていないので貴重ではあるが、ほとんどショスタコーヴィチ的ではないし、フランスの歌として愉しめばいいだろう。

ショスタコーヴィチ:交響曲第1番(欠落あり)

ロジンスキ指揮NYP(SLS)1941/12/7カーネギーホール(アフタヌーンコンサート)live 放送

ロジンスキのロシア物への適性は半端ない。私の耳にはまるで数珠繋ぎで細くて散漫だったり空疎だったり好みでなかった同曲を、しょっぱなから目の詰まった響きで異常な迫力のまま、分厚く緊密なアンサンブルを繰り出し圧倒してくるのにはもう、これはチャイコ2番などで聴かれる「素晴らしいほうのロジンスキ」だと言う感想しか出てこない。楽章の構成的にダレる部分も無いわけではないが、基本的にオケの充実度にはピアノ等ソロ楽器込みで文句のつけようがなく、この頃のロジンスキの覇気たるやカーネギーホールの聴衆が現代曲に慣れていなかったとしても、もっと湧いてもいいくらいである。惜しむらくは欠落で、これはラジオ中継放送なのだが、4楽章の途中にニュース速報が短く入り、曲終わりもブツ切れで余韻なく、一旦拍手は短く入るものの、そのあと休憩時間しょっぱなから真珠湾攻撃のニュースが正式に入り、耳を覆いたくなる内容に移行する。これは15分弱も続き、一旦次のブラームスのピーコン2番(ルービンシュタイン)の中継に戻るものの、また速報が入って、二楽章で打ち切りとなり終わる(このあと星条旗よ永遠なれが放送されたそうである(未収録))。3時開始のコンサートということで30分前に攻撃は始まっており伝達遅れのためむしろこの演奏が放送できたことを思うと、仕方ないのだが。COLUMBIAとVICTORがかかわっており正規録音があるんじゃないかとも思う。40年代録音にしてはノイズレスで音が良すぎる。これほどのドキュメントでありひょっとするとリマスター済みの既出音源かもしれない。

ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲

作曲家(P)ベートーヴェン四重奏団(moscow tchaikovsky conservatory)1955/1/20モスクワlive・CD

モノラル、この時代のソヴィエトとしては、レストアもしているんだろうが、中身の詰まったまずまずの録音状態と言えるのではないだろうか。ライヴのせいもあってか楽団の性質の荒々しさが音色にあらわれていて、とくに三楽章は録音もささくれだって耳辛いが、ショスタコーヴィチのピアノは深くはっきりと、一部自作自演録音にみられるもたつきは皆無で、全体としては求心力のある力強いまとまりが印象的である。暗い楽章での悲痛さが生々しく、馬力ある慟哭が聴ける。引用風のフレーズや響きにしても、まったくショスタコーヴィチの暗黒の一部と化している。終楽章も唐突に明るく音楽を笑い飛ばすことはしない。それまでの雰囲気を引きずり、分厚い音のまま軽いシニカルな動きすら意味深く、しかし、ショスタコーヴィチ自身もそれに同調して一貫した深い音を落としていく。ピアノアンサンブルにありがちな、俺が俺がと派手に前に出ようとすることをしない。しかしこの演奏は大部分において一斉にフォルテであり、フィナーレの終末でやっと童心に還るような優しいフレーズに落ちるまで、弱音のニュアンスと対比でしっかり変化をつけることはしていない。そういう意味でも作曲当時の生々しい演奏と言うべきものはある。ここから解釈は深められていくのだ。

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番

コンドラシン指揮ORTF(ina配信)1969/2/9live

各声部が剥き出しで使われるショスタコの書法にあって、弱音で弦の返しがきちっと揃わないとか、一部音に迫真味が足りないとか(場面場面でバラツキがある、肝心なところは押さえている)、木管ソロの技巧的なフレーズが厳しいとか、オケ起因と思われる難点は指摘できるが、全体の調和、響きの明るさ、音の柔らかさはコンドラシンの音楽の印象としてある強引さ、響きの渋さを払拭しており、音楽的に美しくなかなか聴かせる。色彩感はこのオケならではだ。七番と対照的な、謎めいた物語をきれいに読み解いていて、ステレオの良好な録音ともあいまって変な思い入れ無しに普通に楽しめる。陰影が無いところ印象は異なるが、解釈としては他でも聴けるコンドラシンのものであろう。拍手カット。この前に演奏されたフランソワのプロコ3番は残念ながら残っていない模様。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

グラズノフ四重奏団(Aprelevka)SP

全面旋律的な曲で、「革命」をギュッと凝縮したような簡潔さが非常なる魅力。ここではボロディン2番などの録音に聴かれるてんめんとしたスタイルでひたすら旋律を聴かせていく。一、二楽章はそうしたやり方が少々野暮ったくも懐かしく鄙びた雰囲気を醸し、素朴で良い。非常にショスタコ的な、技巧的なスケルツォはやはり少し聴き劣りする、、、これこそショスタコなのだが。中間部主題はやはり色めいた音でそれなりに聴かせては来る。四楽章はハキハキ、キッパリやる嬉遊的な音楽で、現代的なシャープさがほしいが、さすがにそこは少し甘い。初演団体の古い録音としては良いと思う。グラズノフ四重奏団の録音としても良い方だと思う。

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

ロジンスキ指揮NYP1944/4/2 西側初演、極めて録音が悪くWMEとSLSは同じ音源を使っているようだ。ロジンスキの緊張感が伝わってくる演奏。ショスタコーヴィチらしさというか、カッチリして音をしっかり切って、なおかつ前進力を維持。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

マルコ指揮デンマーク王立so59

オケ管理はルーズだがガンガン攻めてくるいつものライブ。曲のフォルムを崩しかねない歌い方や煽り方をするところなどやはりロシア式だなーと。単純化された書法は多様な解釈を生む、これも正統には聴こえないかな。sls

ショスタコーヴィチ:交響曲第1番

マルコ指揮BBCso1957/5/5

時代性というか半音階的でプロコ風の叙情味もあり(書法的にはペトルーシュカだそうだが)、ショスタコらしさは萌芽を感じさせるに留まる。マルコは厳しい面を見せ初演者の意気を示す。オケは瑕疵が多いがそれに応え迫力ある演奏を提示している。lyrita

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番

ロストロポーヴィチ、ヴェンゲーロフ、ウリアーシュ1998live、フェスティバルの一夜。生前の作曲家から氏が託されたイベントの実現。疲労か体調的な問題なのか、紛れもない氏の音なのだが、苦しい部分が多々。ヴェンゲーロフは圧倒的

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

○バーンスタイン指揮NYP(sony)1965・CD

スピードはあるが響きはズシンとくる一楽章。バンスタならではの魅力的な歌い回しであるとか、二楽章に入っても活きている。旋律の取り出し方が上手い。プレストはリズムはキレているがテンポ的には前のめりにならず比較的落ち着いている。ラールゴから復活のアレグレット、いくぶん暗さを引きずりながら強制的に盛り上がっていく。奇怪な引用旋律の変容、あとは駆け抜けるだけ。NYPの弦はやはり上手い。

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番

○チェコ・トリオ(supraphon)

地味さは否めない。まとまりはいいのだが終始落ち着いた雰囲気があり、大人の演奏と言えばそうなのだが、2楽章などもっと喧噪が欲しいし、3楽章も何か諧謔が足りない感じがする。音のアタックが柔らかいせいか。1楽章など追悼音楽としてはちょうどいい温度なのだが・・・。悪くは無いが、ギチギチのアンサンブルを聞きたいとか、何か真に迫った演奏を聴きたいという向きには薦めない。ピアノは綺麗なのだが・・・

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(放送)1955/9/24live

なにげなく始まって素っ気ない感もあるが勢いのある楽章では拍手が飛び出すほど力強い疾走を聴かせる。但しやはり雑味が気になる指揮者ではある。

ショスタコーヴィチ:祝典序曲

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(放送)1955/9/24live

開放的な指揮で放送響とは思えないバラケ味もかもす演奏だが、勢いはある。しょうじきそれほど旨くは無いがガウク好きなら。

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番~Ⅰ.リハーサル

◯バーンスタイン指揮ボストン交響楽団(WHRA)1948/12/22live・CD

かなり意志的なものの感じられる本番リハの記録。本番全曲は既出、このボックスはトゥーランガリラなどほぼ既出のもので占められているが、この音源は初出だと思う。オケの音が鄙びているのは録音のせいと思われ、若干の力の抜きはあるかもしれないが、バンスタの積極的で情熱的な言葉が煽りに煽って、ここで聴かれるボレロの模倣ひとつ取ってみても止まってばかりの指示ばかり。聴くにつけバンスタのショスタコーヴィチはあくまで音楽としての表現を追求していてその底にある精神性とか文学的理由には興味がないことがわかるが、ゲネプロでそんなことに言及するわけもないか。私は楽しめた。バンスタのショスタコーヴィチファンなら。

ショスタコーヴィチ:2台のピアノのためのコンチェルティーノ

◯マロレツコーワ、マキシム・ショスタコーヴィチ(P)(放送)1955/1/15レニングラード初演live

いつもの言い回しで恐縮だが、達者。細部はともかく、10番交響曲4楽章のようなしゃにむの盛り上がりが粒立った音で攻撃的に形作られており楽しめる。マキシム・ショスタコーヴィチには父との録音も残る。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番

◯ベートーヴェン四重奏団(放送)1960/10/2初演live

いきなりdschの刻印が繰り返し刻まれて始まる、とても深刻な音楽だが、自作を始めとする引用も多く、背景を考えさせるに十分な要素を抱えた暗い曲。ややよれた録音だが初演記録として貴重か。初演イコール名演ではないのであって、手探り感もなきにしもあらずなのが普通ではあるのだが、立派にやりきっている。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

◯ヨーク四重奏団(royale)1940?・SP

やや生硬だが実直な足取り、ショスタコーヴィチらしさと言うべき不協和音のひときわ際立つように中低音の強調された響きや独特の表現の面白さには惹かれる。二楽章の主題のベートーヴェンのような雄渾な出だし、音の切り方には驚いた。ファーストの線が細く縮緬ヴィヴラートの古風さとややもすれば幼く何の色も付いていない表現とのマッチングが面白い。旋律的ゆえに、ファースト偏重で押し通すやり方がショスタコーヴィチらしくも感じられ聴きやすい曲だけれども、これは結果的には裏が引き立つ立体的な演奏となって、アンサンブルとして楽しめる。逆にスケルツォの鋭さ、激しさが余り無く(スタッカートが甘くなる箇所はいくつかあるがこれは解釈か)、中間部のワルツも実直過ぎでコントラストがはっきりしない、しかし部分的に自由にやっているふうのテンポのところもあり、同じような調子は四楽章にも引き継がれるから、解釈ではあるのだろう。音程が狂う箇所は全楽章では取り敢えず三箇所確認できたが目をつぶる。四楽章展開部あたりからの勢いとソリスティックな表現はちょっと独特の楽しさがある。ライブ感がある。全般、上手くはないが面白い。ファーストチョイスには向かないが、余裕綽々の一番に飽きたらこれもまたよし。◯。ニューヨーク四重奏団とは違います。けしてヘタでもないですよ。個性です。自由です。アメリカですから。袋に1941年2月13日以降3回の年月日押印があるが、どこかの資料館の貸出記録のようなのでその直前くらいの録音か。私の盤は綺麗だが音は悪い。

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」~Ⅰ、Ⅳ抜粋

◯エリアスベルク指揮レニングラード交響楽団(ペテルブルグ放送)1967/3/14live

覇気と推進力に満ちた冒頭から求心力の強さを見せるが、オケの弱さ、音の鄙びた感じはどうにもしようがないか。一楽章提示部、ボレロの模倣冒頭、およびフィナーレのごく短い抜粋。

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」

伝イワーノフ指揮モスクワ・フィル(Levne Knihy)CD

コンドラシン盤と同一。既に絶版となっている。(廉価レーベルはチェコにかぎらず往々にしてこういうことがある。今回は評も馬鹿らしいので項目だけあげた。)

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番

○ジョイス(P)ロックウッド(trp)レスリー・ヘイワード指揮ハレ管弦楽団(columbia)1941/10/24・LP

SP原盤だがこれがまた低音部がしっかり聴こえるなかなかの音でいい。冒頭より演奏も求心力が強く、一瞬ショスタコかこれ?と思うような響きの分厚さが持続する。ジョイスは余り最近はきかれないがすぐれた女流で、オケを強引に引っ張るのでもなく、強靭さもありながら調和した音楽をオケとそのメンバーソロらと共に作り上げている。ハレ管も上手い。ちょっとびっくりする。ペットも突出しないのでこれはショスタコの意図と比べてどうなのかと思う所もあるが、小規模アンサンブル的な細い音楽ではなくちょっと前時代的な大管弦楽作品として聴けるぶん面白い。○。hewardは作曲家でもあり、ハワードとも呼ばれる。

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

○スメターチェク指揮プラハ交響楽団(OCCD)1968/3/6live・CD

ブラヴォを叫んでいるおじさんには申し訳ないが、至極普通の10番に聴こえた。これはいい意味としては同曲の内容をよく理解して、構成感をしっかりつけて、ショスタコ指揮者たちの演奏に引けを取らないものをやってのけている、悪い意味としては、特徴的なことは何一つやっていない。地味である。そんなところか。ステレオだが撚れて聞きづらい。

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番

○作曲家(P)イリーエフ指揮ソフィア・フィル(armada)1958/1/31

録音は撚れ気味だがまだまだ作曲家が演奏家として衰える前の演奏といった感じ。ぶっきらぼうではあるものの醒めた感じの(強靭ではないが)強いスタイルには独特の迫力がある。ニュアンスも何もなくけして上手くはない、ただ一貫してアマチュア向けのようにかかれた戯画的な楽曲を表現するには十分の腕。楽団は意外といける。前のめりのスタイルで聴かせる。ステレオ。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第2番

○タネーエフ四重奏団(melodiya)CD

言われるほど暗く晦渋ではなく、前半楽章はプロコの2番のようだし三楽章で突然いつものショスタコ節でシニカルな舞曲、四楽章もいつものショスタコの簡素な書法で暗さもあるが、重厚なハーモニーによる進行にはどこか親しみやすさのある聴きやすいものを感じる。全般聴きやすいから先入観無しに聴いて欲しい。一楽章なんて民謡旋律が溌剌と透明感を持って演奏されるさま、ほんとプロコだ(もっと簡潔だが)。単純さを力と勢いで何とかするという意味ではタネーエフ四重奏団の民族的な野蛮さが役に立っているが、僅かにアバウトさも感じる。

ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番

○コーガン(Vn)ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団(metrognome records)1964/11/27-28live

荒々しいがコーガン最良のライヴ記録が聴ける。いかにもボストンといったオケの機敏さ、重厚さも良い方向に動き、ラインスドルフという職人によってソリストと丁々発止のわたりあいを聴かせ、それは終演後大ブラヴォーとなるだろう、という感じ。4楽章制の大規模な協奏曲で内容的には交響曲第10番を思わせるが、とにかくコーガンが外さない。あれだけガシガシと弾いているのにブレがない。音程感も完璧。通常神経質な演奏家だと整えようとするあまりドライヴ感が失われるところだが、神経質になる必要がないのだ。弾けてしまうから。もちろんスケルツォとブルレスカが聴きどころだが意外とパッサカリアも深淵を見つめるような表現の深さを感じる。有名なライヴ記録なわけである。荒さをマイナスして○にはしたが◎にしても問題ない出来。オイストラフのようなムラのない人だ。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

○クーセヴィツキー指揮NYP(whra)1942/2/22live・CD

戦中録音で緊張感が伝わってくる。またよくレストアされていて40年代の録音としては最上の聴きごたえと言える。やや低音部が弱いが楽曲的にそれほど違和感を感じない。クーセヴィツキーは異常と言えるテンポで突き進み(オケがまたよく応えている)、あくまで旋律を中心とした音楽作りをしている。そのため前に流れがちでそこはかなり違和感なのだが、重厚な響きで押し通されると、いつものクーセヴィツキーではあるのだが、説得力に納得させられざるをえない。1楽章はそれでも旋律をうねらせるようなことはないのだが、2楽章の木管ソロの歌い回しはまさにソリスティックで、完璧とは言えないが面白い。3楽章に重きが置かれ荘重なレクイエムのような世界が広がる。4楽章は再び1楽章の芸風に戻って突き進みやっぱりテンポが流れて行ってしまう感もおぼえるが、終演はジャーンと派手に終わる。拍手は普通。クーセヴィツキーには昔同じようなライヴ録音があったと思うが音質的にもこちらのほうがずっといい。最後に、やっぱりNYPは一味違うのだ。whraの新譜だが(2013年初)直販だと4日で届くので代理店通すよりよほど使い良い。

ショスタコーヴィチ:交響曲第15番

○コンドラシン指揮モスクワ・フィル(STATEWORK)1972/9/14放送LIVE

極めて良好な録音。web配信されている。ミュンヘンオリンピックの文化プログラムの一環として演奏されたもので、本国での録音とも違う一種異様な緊張感が感じ取れる。折しもイスラエル選手団が襲撃され多数の死者を出したときでもあり、時代の気色濃い。コンドラシンの洗練されたスタイルはのちのコンセルトヘボウ時代に通じるものがあるが、オケの調子はその時代を上回る。ショスタコ最後のシンフォニー、自虐的な皮肉に満ちた一楽章のオリンピック風味(ウィリアムテルなどの引用)は象徴的な乾いた調子で激しく響く。しかし楽章を追うごとに過去作品の緩徐楽章から14番死者の歌のあの点々とした風景へと尻窄みになる。まるで死。生への皮肉。ソビエトへの皮肉。自分への皮肉。さまざまな想像をかきたてる抽象性の高い演奏だ。軋みも歪みも無い名演。

ショスタコーヴィチ:交響曲第12番「1917年」

◎ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(venezia)1961/10/1初演live・CD

放送音源的な録音の悪さがどうでもよくなる凄演。レニフィルも最高の状態で、最初から弓音がカチカチ鳴るところから気合のほどが伺えてゾクゾクする。一糸の乱れもない。曲はショスタコが退化して聴きやすい民族的主題を取り入れたり、わかりやすい構成をとっていて、それがまたムラヴィンに合っている。ムラヴィンには謎めいた表現を要求する曲よりも、単純明快ですかっとした曲がいい。とにかくこれを聴かずして同曲を聴くなかれ。一言より一聴。安いうちにどうぞ。
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