ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲

イダ・ヘンデル(Vn)マルコ指揮デンマーク放送交響楽団(forgottenrecords)1959/1/29liveコペンハーゲン放送

なるほど少し消化不良かもしれない。冷徹な構造物の側面が強い曲に従来のヴァイオリン協奏曲的な「物語」を持ち込もうとして、均整感が損なわれているように思う。また1フレーズ1フレーズ一音一音の表現には力が入るが流れていかない、音符ひとつひとつに拘泥し全体が出来ないヴァイオリン初心者的なところに手探り感がある。四楽章終盤はそれでも聴かせる流石の腕なのだけれど、私の知っているこの曲ではない。びしっと統一された楽章冒頭の重音が、一楽章冒頭からすかされるというか、バラしたように弾くなど表現が違うのが座りが悪かった。モノラル。楽団は比較的派手だが前プロの火の鳥組曲とは出来が雲泥の差。
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ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

マルコ指揮デンマーク放送交響楽団(forgottenrecords)1959/1/29live

これは名曲の一番耳慣れた版、楽団も慣れたもので管が素晴らしい腕を発揮してくれる。旋律の美麗さと典雅な響きをマルコなりに打ち出してきているが、オーソドックスといえばオーソドックスで、というか個人技的な部分を除けば解釈に幅の出る曲でもないと思うが、テンポについていえば冷静で、終わりも穏やかにおさめている。が、客席は盛大な拍手。つまりこのモノラル録音がその魅力を伝えきれていない、そういう状態ということ。

ストラヴィンスキー:三楽章の交響曲

マルコ指揮デンマーク放送交響楽団(forgottenrecords)1959/1/29liveコペンハーゲン放送

力強く重厚な反面、細部がアバウトでリズム感の鋭さに欠けるところがあると言えばだいたいどういう演奏かわかるのではないか。しかしストラヴィンスキーの天才や、自作および他作(新古典主義なのだから古典は言うに及ばず個人的に二楽章にいつもドビュッシーのトリオソナタを想起する部分がある)からの「部品」の転用による「リフォーム術」の優れたさまは、それが少し後ろ向きの客受けを考えたような、ペトルーシュカまでの作品のフランスふうの響き、ピアノとハープの典雅な音響の重用ぶりを、ニコライ・マルコはしっかりとらえ、彫刻はすこぶるわかりやすく、荒さもあるが音色に透明感があり水際立った表現にすぐれるオケによって、ライヴで楽しめる演奏にしたてている。執拗な繰り返しが嫌気を催すストラヴィンスキー特有の書法も、魅力的な音と迫力ある響きをちゃんと取り出せばフランスの曲のように楽しめるという例。もっとも、どうもロシア的な迫力も出させてしまい、野暮ったさが否めないところはある。モノラルであまりよくない状態ゆえ、仔細は正直わからない。しかしまあ、バレエ・メカニックと描いている内容は似たようなものだけど、やはりそうとうに簡潔に整理され独自の新古典主義のもとにまとめ上げたから、まるで出来が違うものだ。

ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のための三つの小品

パスカル四重奏団(forgottenrecords)1962/5/23live放送

モノラルだがステレオ再生機できくと位相が変。はいいとしてメロウな発音による一楽章から始まるが通常抑えられるスピードはここでは速く保たれている。ファーストの律動と低音打楽器的な下三本の「コントラスト」は明確ではない。まとまってはいる。この調子で2,3楽章といくと哲学的というより心象的な演奏になってきて、地味目ではあるが、パスカル四重奏団にとってこの曲の解釈は「ここまで」なんだな、という感も否めなかった。ほんらいエキセントリックな曲なのだ。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」組曲

アンゲルブレシュト指揮ORTF(forgottenrecords)1958/6/21シャンゼリゼlive

五曲を選んでのライヴだがina.fr配信のもの同様、録音の悪さ、弱さは気になる。ただこちらの方が盤であるせいもあってか音の迫力はいくぶん大きく、そのぶんオケの乱れやミスが目立ってしまってもいるのだが(やはり機能性を売りにしていないオケにとってストラヴィンスキーは鬼門のようだ、野暮ったいところもある)ドスンドスンと重く壮大にやるアンゲルブレシュトのロシア物への流儀が後半適用されており、抜粋だから盛り上がりどころを分散させてしまった感もあるが最終的には凄みを感じさせる。客席はまあまあの反応。

ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの三つの楽章

ルービンシュタイン(P)(Ariola他)1961カーネギーホールlive・CD

依属者唯一の記録とされる。作曲家に超絶技巧曲を要求してその想定レベルを遥かに超える編曲を返され、数年は演奏するも年齢を重ねてから取り上げることはほとんどなかった。そんな70代のリサイタルでの貴重な記録。やはり冒頭から難度の高い一曲目では指のブレ、打鍵の衰え(なのかもともとこういう発音の仕方なのか)、リズムの狂いにより精度をかなり落としてしまって非常に聴きづらい。一方でこの曲には作曲家が言うようなメカニカルなものだけが存在するのではなく、依然抒情が存在すると論議をかけたという伝説を裏付けるが如く、意図して取り出し弾き直すかのようにペトルーシュカ原曲にあるリリカルなフレーズやドビュッシー的な響き、あるいはヴィニェスが得意としたような、つまりルビンシュタイン自身が同じリサイタルで取り上げた南欧の曲のような美観を繊細なさざめきのようなトレモロや極端に柔らかいタッチで感情的に織り交ぜていき、二曲目ではとくに素晴らしく美しい音色世界を、けしてスピードを落とすではなく(大体ヴィルトゥオーゾピアニストがノンミスでリサイタルをやり通すこと自体むずかしいわけでルービンシュタインが曲や時期によりいいかげんという話もどうかと思うし(ギレリスの遅くて端折った演奏はじゃあどうなんだという)、コンサートも終わりと思われるこの曲に至りこのスピードを乱れながらも突き通しただけで凄いものだ)きらびやかに展開したのは素晴らしいと思う。三曲目再び乱れが目立つが一曲目ほどではない。曲と演奏家の志向の違いが既に明確になっている上で、それでも演奏家が自分のものとしてやりきった感のある歴史的記録。今はwebでも聴ける。

ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの三つの楽章~Ⅰ.ロシアの踊り

ホロヴィッツ(P)(EMI/naxos)1932/11/11ロンドンアビーロード第三スタジオ・CD

最古最速のセッション録音、とは言われるが、時代なりの「演奏精度」でありメカニカルな意味で完璧というわけではない。志向しているのは作曲意図通りの抒情を排した演奏で、楽曲からも根本となる旋律や響きを除けば意図的に排除されているが、この曲集の売りである冒頭いきなりの打楽器奏法、過剰な音の重なりにリズムや和音の交錯、そのいずれの強打っぷり、正確さを捉えるには古すぎる録音であり、盤面状態や復刻にも左右されるレベルで、正直わからない。ダイナミックな動きを正確に、リズムリズムの骨音楽ではあるから、それが切れていることもわかるので、技術はこの時代では確かで新しいタイプだったのだろう。後年の繊細な配慮の行き届いた演奏ぶり、わりと細い音で綺麗に厳しく聞かせるホロヴィッツの片鱗はみえるが曲には合っていない。ホロヴィッツをこと更に持ち上げる必要はない…難しいところではしっかりテンポを落として整えてもいる。ホロヴィッツ自身は同曲を好まなかったというがさもありなん。

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ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

マルケヴィッチ指揮フィルハーモニア管弦楽団(EMI/testament)1951・CD

旧録。テスタメントは板起こしか?モノラル末期の隈取の濃い音で、ぎちぎち締め上げられたマルケのハルサイが聴ける。冒頭より木管の発音などアクの強い表現がすでに取られており、すでに阿鼻叫喚を呼んで、純管弦楽曲として当時の前衛音楽であることをしっかり意識し、リズムは重くも前進性が強く、凝縮力の強い扇情的な響きで組み立てられている。バレエとして踊る音楽の意識はないように感じられる。第一部で盛り上げ過ぎてしまい第二部は相対的に平板感が無きにしもあらずだが、録音の古さにより弱音部の音色的魅力が損なわれているのも理由のひとつかもしれない。元より英国オケ、録音オケとして最高峰なのは冒頭五分でわかるが、指示して意識させなければそつのない音になってしまうのだろう、コントラストを付けて強音部はそれなりに派手さを取り戻してはいる。終始内容には配慮され必ずしも全く筋に頓着せず交響曲的にやっているわけではないので、筋と構成を意識すれば平板感等はあまり気にならないだろう。そこは劇伴的ではあるが、それでもこれは踊るリズムではない。ボリュームあるブラスの響きは鋭さに欠け、打点はわりとぼわっとしている。でも、おそらく、扇情性の点でこれを取る「ステレオ反対派」もいるかもしれない位には聴ける。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

マルケヴィッチ指揮LSO(bbc)1962/8/26エジンバラ音楽祭live・CD

演奏瑕疵がないのはさすが英国トップクラスオケというところか。マルケは何故か穏健な印象のあるイギリスオケと相性が良いように思うしこの十八番もフィルハーモニア管とは二度録音している。技術的にそつのない、万能であるように鍛えられてきた音楽愛好国のオケであるところが、逆に大人し目のハルサイにまとまるかと思いきや、所々、木管ソロや弦に露悪的な音色を出させて「やりまっせ」というところを予感させ、もちろんストラヴィンスキーが「モーツァルトにデスメタルを聴かせる」ような「いきなり感」で現代の音楽シーンの幕をあけた(ついでにバレエを破壊し再構築した)記念碑的な大作なわけで、各場面の毒々しい特徴はスコアの中で既に示され尽くしているのだが、そこに大局的な構成感をもってマルケは第二部終盤においてとまさに「阿鼻叫喚」のこの世の地獄のような音響を「正確に」叩き出させて、聴衆の絶大なブラヴォを呼んでいる。オケの音がニュートラルなだけになおさらそのスコアと捌き方の鮮やかさが際立ち、録音操作的違和感もなく、ライヴ録音としても良好。おすすめ。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」

作曲家指揮イスラエル・フィル(helicorn,IPO)1962/9・CD

大変引き締まった演奏。ストラヴィンスキーの指揮の評価は(当時は否定的な言説が多かったようだが)両極端に別れるが、ここで聴かれる演奏は立派で聴きごたえがあり、このオケの性質が重心の低いロマン派音楽向きだったこともあろう、ちょうど「境界」にあたる作品と相性が良かったのもあるかもしれない。末尾は短く切り詰めた新古典的に編じられた音楽だがリズムがびしっと決まってちょうど良い。火の鳥の旋律美や物語的展開を追いたい向きには物足りないかもしれないがそれは組曲化した時点でおおかた失われているのである。もっとも、大昔この譜面を見たときわっかりづらい独特の譜面だなあと思ったおぼえもあるので、「ロマン派音楽」ではもはやないのだろうが。アメリカオケのゴージャスさはないが、充実した中欧的な響きは魅力大。瑕疵も弛緩もない周到な準備のうかがえる演奏。ただ、モノラル。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版・ストコフスキ編)

ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(victor)1924/10/13・SP

悪名高いストコフスキーのストラヴィンスキー編曲(編成)だがこんな時期から既にやっていたのである。時代柄録音用編成であることに言を待たないが、状態は悪く、ほぼ同時期のオスカー・フリートの復刻のほうがよほど明晰でストラヴィンスキーらしさが聴き取れる。ただ、困難なフレーズでの各パートの技巧のとんでもないレベル(このスピードで音楽の流れが止まらない!)、アンサンブルのスマートかつ力強い仕上がり、むせ返るような音色、水際立ったリズム処理(ピチカートなど短い音符のキレっぷりが凄い)、前衛的な響きの再現はストコフスキーがひときわ強調する処理を加えていたとしても(普通にやったらここまで聞こえないだろうというような水際立った色彩性がノイズの奥からしっかり実音として届く)この曲をあくまで筋のあるバレエ音楽として理解させる上での見識ではあろう。ストラヴィンスキーが後年志向したあくまで音楽は音楽として、という抽象性はないが、具象的な表現が前時代的な感興と前衛的な耳新しさを併せ持つ同曲、リムスキーとスクリアビンを前提としフランスの和声を消化した同曲を、蓄音機を前にした家庭の聴衆にちゃんと理解できる形で伝えるものとして、良くできている。フリードをはじめとする同時代の欧州録音にみられた大曲におけるごちゃっと潰れる弦楽器を中心としたアンサンブルが、無いとは言わないがほとんどメロらないのは技術陣の成果でもあるだろう。ノイズをうまく取り去ればとても現代的に聴こえそうだ。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

フリード指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(grammophon/m&a)1925?・CD

オスカー・フリートの旧録だが、録音用小編成がかえって幸いして、細かなトリッキーな動きがビビッドに聴こえ驚かされる。合奏部分はさすがにきついが(このての骨董がメロメロに聴こえるのはそもそも録音が無理な音量なのもあろう、ソロはまともだったりする)これはベルリン・フィル盤より下手をすると技巧的に優れたもので、フリートの手兵ならではの「意図通り」の演奏、ストラヴィンスキーをすぐれて再現した当時としてはフランスでもめったに聴けない鮮やかなものであった可能性がある。確信に満ちた発音のあっけらかんとしたフィナーレは、録音技術上のもので、テンポ的には十分に盛り上げている。ベルリン・フィルのほうがやや遅いがピッチからして誤差範囲だろう。

ストラヴィンスキー:二重カノン(ラウル・デュフィ追悼)

シレジアン四重奏団(partridge)1992/4・CD

晩年作といっても50年代、ドデカフォニーを導入してウェーベルンにうかされたような極小作品を書き、そしてまたよく同年代ないし若年の芸術家の追悼作品を書いていたように感じる。これはフランス野獣派の画家で知られるラウール・デュフィ没後6年に書かれた、悲しげだが、まったく甘くない作品。この団体がまた全く甘くないのだが、それでも簡素な響きの中に仄かに宿る感傷を少し燻らせて、一分余りの曲にも何かしら重いものを残す。精緻というのとはまた違うような、色彩のあやなすデュフィの抽象画を思わせる、と書いたら安易だろうか。どうもこの作品にも、アイヴズのHymn(ラールゴ・カンタービレ)に通じるものがある気がする。

ストラヴィンスキー:コンチェルティーノ(弦楽四重奏版)

シレジアン四重奏団(partridge)1992/4・CD

これが原曲。管楽アンサンブルに疎い私にはこちらの方が聴きやすい。録音はアルバン・ベルク四重奏団をはじめ結構あるし、その短さと技巧性から演目の合間に取り上げられることもある。楽器の本数が少ないぶん協奏曲的なソロ楽器との対比より、アンサンブルとしての全体の組み合い方に耳がいき印象は異なってくる。最後のほうこそ新古典主義にたったストラヴィンスキーらしい骨張った娯楽面が顔を出すものの、この団体の鋭く研ぎ澄まされた音で聴く限り、1920年作品とは思えない透明感ある不協和音に支配された抽象作品に感じられる。冒頭からどうにも較べてしまうのはアイヴズの「ハロウィーン」だが(どっちがどっちをからかったのか?というような似通った律動と響き)、単に旋回し続けてクレッシェンドのすえ破壊的に終わるあちらとは違い(まあ一晩で書いた一発芸である)、兵士の物語を想起する変化ある構成の妙、ギリギリ許せる響きや律動を直角に交え、謎めいて終わるのも兵士の物語的。すなわちヴァイオリン小協奏曲的な側面はあるものの、カルテットだとそれほど際立ってこない。むしろ弦楽カルテット音楽として新鮮な作品だ。まあ、室内楽でバルトーク張りのバチバチいう低音ピチカート好きだなストラヴィンスキー。晩年のダブルカノンが続くが、あちらもまたアイヴズを思わせるのもどっちが悪いのか。

ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のための三つの小品

シレジアン四重奏団(partridge)1992/4・CD

この曲は躁鬱的に激しく、スピーディで、音には一切の曖昧さを残さない、、、という点でこの演奏はなかなか。一楽章はいくぶん民族性がほしいメロディ(?)を持っているが、ここでは後の楽章同様徹頭徹尾現代音楽として冷徹に処理しており、響きに細心の注意が払われている。2楽章にも少し兵士の物語チックな匂いが残るのに、ここでは純粋な響きしか聴こえない。絶望的な3楽章の終わり方は一つの見識だと思う。このCDはストラヴィンスキーとシマノフスキの弦楽四重奏曲全集を謳っているが、この曲はともかく、コンチェルティーノと最晩年のダブルカノンはもっと抽象的。楽団の色彩感の無さが曲の本音を引き出している。とはいえ、どれも短くてよかった、という骨皮筋右衛門。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

フリード指揮BPO(polydor/DG/arbiter他(lys?))1928・CD

とっっくに権利切れパブドメ音源なのに、有名な数曲を除いてネットで(危険サイトを除くと)フリー配信されないオスカー・フリート。その名は正統中欧指揮者、とくに同時代の大曲の最初の紹介者として必ずあがってくるが、ちゃんと評価するには雑な扱われ方をし過ぎている。近年m&aやarbiterが未復刻音源を正規polydorの流れであるDGが既にCD化したものと「混ぜて」シリーズとして出してきて、naxos配信(NML)のラインナップに入っているから定額配信派には許せる状況にしても、後者は初出なのか発掘なのかわかりにくく、目玉が5分だけ新発掘音源といいながらよくよく調べると既出とのことだったり、しかも今は殆ど出していない(在庫は抱えているようだ)。さらにむかしSP時代の演奏家の網羅的復刻をやっていたlysがフリートシリーズを出したときは、当時流行ったイタリア海賊盤レーベルの流れだから仕方ないのだが、ロシア録音だのオケ違いだの嘘データを付けたりしたものだから(シェヘラザード、火の鳥組曲の盤はロシアオケとされていてpolydorとは別録音とされているが、1930年代にならないとソヴィエトとは絡んでこないはずなので、録音年からしても組み合わせ的にも明白にBPOの偽盤…SPは原盤状態や復刻方法で完全に違う印象を与えるほど変わる(微妙な回転数の調整がビビッドに影響し再生時間まで変わる)ので騙されても仕方ないしそれはそれで復刻比較という楽しみ方もある)。

こういったことで正直識別してコレクションするのが面倒過ぎて、ついに二枚CD買ってしまった。いまどき一枚1600円。そのうちの一枚に、1925年手兵ベルリン国立歌劇場管弦楽団との火の鳥1919年版組曲旧録が入っている。こちら電気時代の新録はSP直の音源がネットでさんざん出回っているが、ロシア音楽とも関係が深いフリートが、さすがマーラーに鍛えられた経験もあるのか、しっかり楽曲を理解して鋭く明快な演奏をなしており、初期78回転盤ではおなじみのグダグダオケ状態(編成)ではあっても、引き締めるところは引き締めて、オケの音色も程よく引き出し、ロシア臭さもなくカラフルですらある佳演。四面に四曲だがDG(ユニバーサル)の詰め合わせでは1トラックにまとめている。いくつかarbiter盤で「子守歌が入っている」と特記していたが、そもそも、1925年の旧録音(6トラック)にすら入っているし、これがないと火の鳥の聴きどころは半減すると思うのですがね。ちなみに、本サイト(まとめサイト)ではフリート指揮を「フリード指揮」と表記しますが、これはセルフ検索時に「ジークフリート」と混同して出てきてしまうので、見づらいことから敢えてそうしています。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」より3つの舞曲

チェリビダッケ指揮ORTF(ina配信)1974/2/6live

固い。その点は自作自演に似ている。表現がガッシリしているぶん音の迫力は凄いが、抒情味は無く、録音はステレオだが雑味が気になるところもあり楽しめなかった。もとより楽しませようとしていないのだろう。客席はブラヴォだが僅かブーイングも聞こえるさまが、延々と収録されている。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

ロジンスキ指揮NYP(SLS)1946/11/30live

あんまりだイーゴリ先生、というわずかな難関の部分を除けば流石ニューヨークフィルだけあって力感と演奏精度の共に揃った聴き応えのある演奏。余りに耳馴染み良いリズムを殴打しながらの突進ぶりにまるで単純な4つ打ちに聴こえる。がしかしちゃんと振っているし、相当に引き締めて創り上げられたアンサンブルである。ロジンスキらしさの現れた求心的なハルサイ。オケメンバー(特に木管)各々の優れて磨かれた腕によるというべきだろう、音色の華々しい饗宴もあるのだが、フランスの演奏にみられる軽やかなものとは明らかに違う。一種単純化による熱狂の生み方はバンスタ的かもしれないけれど、まあ、それはロジンスキに失礼だし、客は熱狂していない。非常にノイジーで聴きづらいがそれでも伝わる録音。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「カルタ遊び」

マデルナ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団(arkadia)1972/4/6live・CD

ポーカーをする人々の姿を三幕のバレエ音楽に簡潔にまとめた新古典主義時代の作品で、同時期ストラヴィンスキーが時折やってみせた聴衆に媚びるような、分かりやすくて聴きやすい作品になっている。素材こそ皮肉っぽい調子だが、ここに新しいものへの志向は無く、三幕(第三ラウンド)を中心として幾つかのロマン派音楽のパロディやそれを模したような似つかわしくない書法が耳をつんざくストラヴィンスキー的な響き、リズムを和らげ、マデルナはそれでも鋭くやっているほうだが、わりとふくよかで横の流れの感じられる耳馴染み良い演奏に仕上がり、聴衆反応も良い方。オケ反応もよく変なこともしていない。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

マルケヴィッチ指揮ワルシャワ・フィル(accord)1962/1live・CD

マルケの多種ある中で最も凶悪であるばかりか、モントゥーをさしおいてディアギレフ関係者では最高の録音と言われる有名音源だが、現役盤ではなくデジタル配信販売がAmazonで行われているのみである(mp3には向いている、シャープで耳を突く音)。私はうっかり両方手に入れてしまったが自前リッピングより配信のほうが凶悪に聴こえるのでこれでいいと思う。元の音は良くはない。拍手の歪んだ音を聴けば録音レベルが知れる。

スピードと鋭い発音で、自作自演のように変則的なリズムを執拗に正確にとるというよりは、音楽の推進力を重視している。その激しさで押し切っていく感がある。旋律性が重視され、骨皮筋衛門的なストラヴィンスキーの書法が露骨になるのを防ぐべく豊饒な響きと表情付けが施されている。とにかく各楽器がよく主張し、打楽器やブラスはよく吼え、静かな場面では弦楽器が思い切りテヌートで分厚く歌う。だからといってマルケなのでスコアを軽視しているのでもなくオケに技巧を徹底し、自然に聴こえるようになめしているのである。そのストイックさにより原曲の言わんとしているところを作曲家よりも的確に引き出して曝け出そうとしている。とにかくやかましいのは無意味に音楽としての魅力を水増しすべくやっているわけではなく、ただ四角四面にやっていてはコンサート形式の音楽会において形にならないことをわかっていて、飽きさせないためメリハリをつける意味でやっている。バレエ音楽としては過剰すぎて使えないと思う。たしかにこの曲は音楽だけでは飽きるから、これが良い選択だ。聴衆反応は普通。一回性の過剰さを世評は最良ととっているのだろう。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」~Ⅷ.金のリンゴと戯れる王女たち(スケルツォ)ヴァイオリン編曲

マカノヴィツキー(Vn)ヴィタス(P)(voice of america recording/meloclassic)1940年代後半・CD

メロでは最後の三曲がノエル・リーではない伴奏者によるSP復刻音源となっている。SP特有のノイズは無い。全曲版ないし旧い組曲にしか出てこない断片の編曲で、ドゥシュキンは関わっていないか。作曲家本人によるものかどうかも怪しい。基本的に技巧をひけらかす「熊蜂の飛行」に過ぎず、歓びにみちた疾走のなかに魅力的な王妃のテーマは僅かにちらりと現れるだけ。だがこの2分弱にぎゅっと火の鳥のエッセンスが詰め込まれ、さすがに荒々しくなりながらも技術的な穴はなく、完璧に弾きこなしている。ピアノはいかにも伴奏ピアニスト。

ストラヴィンスキー:ヴァイオリンとピアノのためのデュオ・コンチェルタンテ

マカノヴィツキー(Vn)ノエル・リー(P)(meloclassic)1961/6/23南ドイツ放送live・CD

ヴァイオリンは生臭い楽器だ。音符どおりにいかないアナログな楽器である。新古典主義時代のストラヴィンスキーはヴァイオリンの「非機能性」を逆手に取り、ヴァイオリン協奏曲のような特別な作品を作り上げた。弦楽四重奏用小品についてはそれより非音楽的ではあるが旋律と創意を極めて短い三つの楽章に凝縮した、少し違う魅力を保った「アンサンブル」で、ウェーベルンあたりの簡潔で理知的な志向に近いものがある(ストラヴィンスキーは古風な旋律要素など感覚的なものも組み入れてくるが)。イタリア古典音楽の要素も踏まえ、さらに別種の「完全に器械的な音楽」に仕立てようとしたのがこの作品だが、机上論的な発想であり、そういった意図を「実際に発せられる音」で伝えるのはなかなか面倒。興味の結果としての小品を寄せ集めたような面もあり、演奏家が譜面どおりに捉えず研究し、器械を器械にとどまらない「聴かせる組曲」にすることが必要である。いや、ストラヴィンスキーはそれを意図していないが、そうすべきである。この演奏はじつに達者で不足のない技量と色の無い音によりライヴとは思えない結果を提示している。ノエル・リーに沿うように明晰な演奏で、フランス的な品もある。

つまり解釈的ではない。ストラヴィンスキーの魅力としての旋律要素がしっかり認識できるのはエグローグⅠ(二曲目)などの一部で、まさにストラヴィンスキーの意図どおりというか、何をやっているのか最後までさっぱりわからない、ピアノのミニマルというかオスティナートリズムというか単調で簡素な律動が目立つものの楽章毎分節毎に変化していき、それだけとも言い難い、二本の楽器による実験工作を聴かされた感がするのだ。演奏は素晴らしい、このコンビらしいもので、直後のトラックであるブラームスが生臭くなくじつに美しいのびのびと、ヴィヴラートをきかせた演奏なだけに、あまりに楽曲の魅力の無さ、適性の無さが際立ってしまう。よくまあちゃんと聴かせている、という録音もある中、むしろ「ちゃんと聴かせる」のは意図から外れた邪道なのだ、と割り切ってスコア片手に聴くのにはよいかもしれない。

ストラヴィンスキー:三幕のバレエ音楽「オルフェウス」

ロザンタール指揮ORTF(ina配信)1965/12/16放送 live

優しく暖かいストラヴィンスキー。時期的にも作品的にもロマンティックな響きや聴衆を意識したようなわかりやすさを持ち込んで、筋書きに忠実に描かれていく音楽。少々長いので痩せた演奏だと聴きづらいかもしれないが、今は良い録音がある。私はストラヴィンスキーは基本的に自作自演かロバート・クラフトしか聴かないので(ブーレーズは一枚聴いて以後二度と聴いていない)この曲がこんなにキャッチーだったとは発見で、しかしロザンタールの華やかで、耳ざわりのすこぶる良いふくよかな演奏ぶり(ノイズは無くはないが放送録音としては最上級のステレオであるせいもあるかも)によるところも大きいだろうか。何故かハルサイのコンサートプログラムを所持しているがロザンタールがやるとさぞ耳に楽しい躍りになっていたことだろう。一声ブーイングが入るし聴衆反応は穏やかだがこれは曲に対するものだろう。

ストラヴィンスキー:交響詩「夜鳴き鶯の歌」

シルヴェストリ指揮フィルハーモニア管弦楽団(EMI)CD

初期バレエ三部作を煮しめたような(というか火の鳥からハルサイに至るまでの素材を切り取ってつなぎ合わせたような)オリエンタリズム、暴力主義、痩せた硬質な抒情、きつい色彩に彩られた少々散文的な作品で、若き才気の感じられる魅力的なフレーズや響きを持っているが、もともと三部作時代のオペラの素材を組み直して作られたものであり、その印象はそのまんまの背景を反映している。純粋な管弦楽作品としてのまとまりという意味では、20分という長さをつなぐにはちょっとわかりにくい数珠つなぎである。シルヴェストリも手練れオケ相手に適度に透明感をたもった色彩によりフランス的な調和をもたらそうとしている感もありつつ、いかにもバーバリズムな音響であったり東洋趣味の音階(東洋なのかアジアなのか)が突発的に破裂するのにはどうにもしようがなくそのままやってしまっているように思った。

ストラヴィンスキー:三楽章の交響曲

シルヴェストリ指揮フィルハーモニア管弦楽団(EMI)CD

キレッキレ。厳しい統制のもと驚異的な明晰さとテンポやリズムの攻撃性、設計の的確さに加え良好なステレオ録音の迫力に、とにかく聴けとしか言えない。若いうちに世界を手中に収め、アメリカでの長い余生で聴衆に日和った書法、旋律やわかりやすさを新古典主義の名のもとに注ぎ込んだところ、的確に押さえたシルヴェストリには今更ながら人気も頷けてしまう。両端楽章とくに一楽章には全盛期フィルハーモニア管の美しい色彩と技術含めて聴衆を惹き付ける魔力がある。ドヴォルザークやチャイコフスキーもいいが、ラヴェル的な管弦楽の複雑さを備えた曲こそ指揮者としての技量が明確になる。名演。シルヴェストリ正規録音は廉価ボックス化したことがあり、入っていたかもしれない。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」組曲

グーセンス指揮ロイヤルアルバートホール管弦楽団(HMV,victor)1923/11,1924/1世界初録音・SP

グーセンスはこの時期節操ないくらい幅のある録音を残していて、ほとんどがwebで聴けるが、いずれも「楽曲を録音した」という事実以上の価値は感じられない。仕方のないことだが編成は小さく、技術的にも素朴なものだ。同時期に録音に意欲的だったストコフスキとくらべ落差は否めないが、後年の活躍もあって人気はあるようである。ペトルーシュカ組曲初録音が初演のピエルネではなかったのは意外だったが(1927年に録音されたSPもある)、ピエルネがフランスODEONに録音しまくった時期はもっと下る。こういうものはやはりイギリスが真っ先にやったということだろう。ロイヤルアルバートホール管弦楽団というのもエルガー自作自演で知られる名前で、技術的にどうこういうほど録音が無く、かつ録音用に編成を絞ったこの時期のものしか無いから、何とも言えない。この演奏冒頭ではあんまりにもバラバラなさまにガックリする。だがしかし、何故か部分部分によって出来が極端に違ってくる。弦楽器があんまりにもメロメロな音色でノンヴィヴなメロディを奏でる一方、ポリトナルに重なる別の声部がじつにしっかりしていたり、あるいはポリリズムが現れる場面では全くバラけた感じが無かったり、上手いんだか下手なんだかわからない。グーセンスはかなり後に派手なペトルーシュカを録音しており、ストラヴィンスキーの管弦楽の特色を活かしたその色彩感の萌芽は現れていると思う。部分的にはオススメの録音。部分的にはまるでだめ。機会があればどうぞ。もちろん編成が絞られていてまるで兵士の物語のような軽音楽的に響く打楽器など、同曲の録音としてはおおいに難あり。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」

モントゥ指揮BPO(TOE他)1960/10/7live

冒頭からリズムが切れず鈍重で、細かい動きはバラけ、曲に対する理解なのか慣れなのか、そのあたりが不足している感は否めない。反応が悪くソロ楽器も吹きこなせていない箇所がみられ、装飾的な音符はぐちゃっとしてしまい、重心の低い単調な響きへの志向が特有の軽やかさや不可思議さを損ない、数字で整えたようなリズムで前進力もイマイチ。踊る音楽ではまず無い。終演後も戸惑い気味の拍手なのはそもそもこの曲に馴染みが無いせいもあるのか。ストラヴィンスキーがいかに特殊なことをやっているかはわかる。。曲をベルリン・フィル側に寄せたような演奏。だいぶ後半になると板についてくるし、音圧は凄い。モノラルであまりよくない録音。1947年版全曲。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」~子守唄

ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(odeon/house of opera)1929

澄んだ響き。むせ返るような音。弾けるように美しい和音がドビュッシーのような雰囲気をかもす。ストラヴィンスキーのフランス的な部分をよく引き出している。さすが初演者というべきか。何てことない3分間の暗い旋律だが、バックをかなでる弦楽器、ピエルネの録音に特徴的といわれるポルタメント、びろうどのようなヴィヴラートがてんめんと聴かれ、まさにオールドスタイルにもかかわらず、瑞々しい佳演になっている。

ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ

アース(P)ロザンタール指揮ORTF(ina)1960/3/29live

魅力的な旋律のない職人的な新古典の曲にあまり興味がないので(量産型ヒンデミットにもよくある傾向)そこを度外視すると、ソリストが平然と強いタッチで演奏しつづける一方、オケは最初からズレ気味で大味、もちろんこれがフランスオケの味でもあるのだが、律動オンリーで聴かせるストラヴィンスキーならではの部分が甘いのはどうにも座りが悪い。モニク・アースは次第に大喝采を浴びているものの演奏自体に対してということでもないだろう。短いのが救い。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」組曲

アンゲルブレシュト指揮ORTF(ina配信他)1955/12/13live

醒めている。オケの各楽器の音色を聴かせるような響きの音楽を意識している「はず」だが、録音の弱さがそれを伝えられていない。アンゲルブレシュトのロシア物は結構見栄を切るようなものもあったと思う。しかしここではまったく動じない。小粒で「内向き」の演奏、としか感じなかった。Amazonデジタル配信あり。
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