ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ~ロシアの踊り(ピアノ編曲)

コルトー(P)(gramophone/marston)1927/12/6・CD

硬直したテンポ、激しいミスタッチ、コルトーだから後者は仕方がないが幻想を生むにはすこし曲馴染みが薄すぎたようだ。弱音での高音アルペジオには美質があらわれているが、強い音が尽くバランス悪く、ミスまみれ。まさに同時代の録音であり、しかも未発売つまりお蔵になった音源。クリアに復刻されたのはよかったが、こんなものか。このために高い二枚組を買うのはやめておきましょう。自分みたいに。
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ストラヴィンスキー:詩篇交響曲

チェリビダッケ指揮ORTF他(ina配信)1973/12/23live放送

ストラヴィンスキー新古典主義時代の、しかも比較的聴衆受けを考えない抽象的な作品である。新古典主義の作品というと一般に割と情緒的というか、気分を煽るような作品が多く、それはしばしばオスティナートリズムに導かれた原初的な高揚感を伴う。むかしクラシック聴きの人にダンスミュージック(もうEDMに近いもの)を聴かせたところ同じ音形の繰り返しでちっとも面白くないと言われたものだが、同じ音形を執拗に繰り返すからこそ陶酔的な呪術的な影響を与えられるのだ。響きの抑制的なミニマルになると逆ベクトルの影響を与えるが、これは交響曲なので素直に前者。ただ、三楽章の交響曲などのあざとさは無い。音形の繰り返しもオルフのような単純な繰り返しではなく、手法としてしっかり考えて使われている。ただ、チェリのこの演奏はつまらない。一楽章など同じような響きが続き変化がなく、それが単調さに拍車をかけ、歌詞をもってのみ曲が成立しているようだ。楽曲のせいだろうが、それを聴かせるように仕立てるうえで、ただ明晰に骨ばった音を響かせるのではなく、柔らかなアナログ的な部分を残さないと、聴いていていたたまれなくなる。チェリに特徴的な男らしいフレージング、強靭で「正しい」響きは二楽章で威力を発揮する。これはチェリ好きには楽しめるかもしれない。三楽章は演奏的には一楽章のようなものに戻って余り印象がない。拍手は多い方。

ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ(ピアノ独奏版)

フォルデス(P)(sony他)

「若い象のためのサーカス・ポルカ」つまり諧謔的な小品ということだ。これをピアノ独奏で聴くとちょっと軋み音が強く、管弦楽によるものがそのままの重々しく不格好な娯楽音楽という側面が弱まり、不協和音とはっきりしないリズムという印象に、ここではフォルデスが重い打音こそ素晴らしいが恣意的に、強弱や伸縮を加えていてかえってわかりにくくなっている。ピアノ曲としての問題点もあるのかもしれない。

ストラヴィンスキー:小管弦楽のための組曲第2番

マルコ指揮デンマーク王立放送交響楽団(danacord他)

web配信音源に含まれており容易に聴くことができる。古い音だがステレオ処理がなされている。曲は兵士の物語までの簡潔で諧謔的なストラヴィンスキーがあらわれた、しかし最も聴きやすい時期の作品として、ピアノ曲からの編曲ではあるが第一番よりも頻繁に演奏される。難しいことを考えず聴くだけならすこぶる平易なのでストラヴィンスキー入門にもオススメ、行進曲やワルツ、ポルカ、ギャロップと、素直に同時期影響されたり、もしくは意図的に取り入れた要素を投影している。鋭敏な感性と娯楽的な素材の融合は、これがディアギレフとの共同作業の時期の作品であることを明確にしめしている。ニコライ・マルコは同世代のロシアの音楽家として、数は少ないが優れたストラヴィンスキーの演奏を残しているが、これもスマートなオケの力もあって過不足ない印象を与える。変な揺れも技術的瑕疵もなく、録音さえ良ければもっと聞かれても良いのにと思う。ピエルネのようなフランスの流儀からぎくしゃくしたものを仕立てるのではなく、やはりメロディとリズムのロシア的強靭さのもとに推進力を与えている。しかしロシアだけではなくストラヴィンスキーにサティ志向があることも明確にする。なかなか。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」

アンセルメ指揮NHK交響楽団(SLS)1964/5/30東京文化会館live

オケが力強くも技術的な問題を感じさせ、アンセルメとしてベストではないが、すくなくとも自作自演よりこなれた演奏(解釈は似たようなものだが)。録音が良いとは言えないもののステレオで迫力があり、最初はソロが聴こえなかったり弦楽器がバラけたりするが、中低音の轟きや管楽器の好調ぶりが快い。ライヴということで、許容範囲とすべきか。メロディの生温さのなさが火の鳥らしくないといえばらしくないか。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)~2つの抜粋

ドゥフォセ指揮セルゲイ・ディアギレフ・ロシア・バレエ管弦楽団(EDISON BELL/MCR)1927/6前半・CD

モスクワ音楽院レーベルからは驚くような音源が出てくることがあるが、これはセルゲイ・ディアギレフ・ロシア・バレエ団と銘打った1916-1930年のセッション音源を集めたオムニバスであり、後半三曲は直接ロシア・バレエ団と関わりはないものの、アンセルメが1916年に録れたシューマン「謝肉祭(編曲抜粋)」とドゥフォッセのこれは正真正銘ロシア・バレエ団のオーケストラを、団で活躍した指揮者が振ったものとして重要である。謝肉祭はニューヨークにおいてcolumbiaに録音されたもので、danteの板起こしCDがあった。即ちこの有名な9分弱のトラックのみが、エジソン・ベルのSPを起こした初CD化音源として貴重と言える。…とはいえ、演奏はへっぽこ。鄙びた感じはSP期には珍しくない、おそらく録音技術的な問題(録音用編成の問題もあるか)のものと思われるが、グズグズなのはこの時代のものとしても興を削がれる。複雑なリズムを誇るストラヴィンスキーにありがちなしゃっちょこばったところは意外と無い。抜粋は第一部冒頭からの情景と、「ロシアの踊り」からその後すこしまでがコンパクトにまとめられていて、ペトルーシュカの代表的なリズミカルな旋律(借用旋律?)を楽しめるのでこれはこれで良いと思う。ドゥフォセはフォーレ門下の作曲家でもあり編曲などでその名が出てくることもあるが、何を置いてもディアギレフのお気に入り指揮者であり、ピットで振っていたことを考えれば、ピットで演奏される精度を考えれば、よりリアルな記録と考えられなくもない。もっとも初演はモントゥーであり、代表的な初期録音といえばピエルネであるが(後者誰かCD復刻してくれ…)。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)~4つの抜粋

作曲家指揮NHK交響楽団(KING,NHK)1959/5/3日比谷公会堂LIVE・CD

これは完全初出となる。同CDはこれまでバラバラに出ていた来日公演記録音源をまとめたうえで初出音源を加え、公演プログラム再現(三回全て同じこの組み合わせ(うぐいすの歌、火の鳥組曲、花火、ペトルーシュカ抜粋)だったそう)としてまとめている。ペトルーシュカは簡素化された、面白いというより純音楽としての魅力を強調した新しい版に、現場に即してさらに手を加えているという。いきなり「手品師の芸」から始まるのもシニカルというか、「ロシアの踊り」「ペトルーシュカの部屋」「謝肉祭の日の夕方」と続くにつれペトルーシュカの「当初の」魅力が浮いてくるのだが、演奏も終曲前まで事故が目立つ。これが奏者の問題とも言えないのはライナーにもあるとおり、つい即興的なドライヴをかけてしまう、ポリシーと矛盾したストラヴィンスキーの棒のせいでもあるのだろうが、もともとスローなインテンポで楽器の重なり響きをより純粋に原意に沿った正しいものに整えていくうえで、和音の強調がリズムの強調となり、またN響そのものもドイツ的な重心の低さをまだ持っていたからだろう、色彩はロシアより明るいフランスふうのものをよく出してはいるが、それでも鈍重さを感じさせるところがある。偶然にその重さがストラヴィンスキーの指揮スタイルをより克明にさせているとも言える。音は良いので、管の事故の連発が目立ちまくっているのはいただけないが、黛敏郎、岩城宏之氏の参加したパーカスはいけており、弦楽器はよくつけており、面白いものには仕上がっていると思う。観客は冷静な拍手。クラフトの下振り、ゲネ本のみストラヴィンスキーといういつものやり方だそうで、譜読み段階では岩城宏之氏がやったとのこと。黛敏郎氏も岩城宏之氏もそしてクラフト氏すら、彼岸の人となってしまった。クラフト氏の回想録でストラヴィンスキーがこのとき日本の演芸に触れ専ら音要素だけ評価したようなことが書いてあったか。そのとき同行したのが、兼高かおる氏だったか。

ストラヴィンスキー:幻想曲「花火」

作曲家指揮NHK交響楽団(KING,NHK)1959/5/3日比谷公会堂LIVE・CD

後半の映像が既出。これは全曲とあるが冒頭?拍手も入っていない。音は極めてよく、晩年ストラヴィンスキーの骨と皮…その骨は野太く皮は分厚い…の音楽をじつによく伝えてくれる。基本的に四角四面でやけに大作りで、緩慢なインテンポにオケが合わせていくのはとても窮屈というか大変そうだが、色彩感とリズムの重みは別種の熱気をはこぶ。ソヴィエト公演記録同様、下振りのクラフトの方が上手にストラヴィンスキーを再現できそうなものだが、これはやはりストラヴィンスキーの即興性(演奏会の度事前準備された現場改変含め)や奥底に眠る作曲時の情熱がそこに生まれてくるところが面白く、花火は短いので演奏上の軋みもすくないから、ストラヴィンスキーの演奏スタイルを知るには良い例だとおもう。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

マデルナ指揮ミラノRAI交響楽団(SLS)1966/2/11ミラノlive

こもったステレオ。最初から引き込まれた。抒情的な演奏で、バレエではなくコンサート用として設計されている。オケの弱さもあってそれゆえの「甘さ」もあるが(マデルナにしては引き締まった筋肉質の演奏ではある)増してドラマティックでわかりやすいハルサイになっており、旋律美や響きの鋭さ、リズムの迫力、すべてが「楽しく」期待以上のものを聞かせてくれた。飽きる曲だがこれはどうしようもなく破滅的な拡がりをみせる最後までドラマを楽しむことができた(オケはお疲れ気味)。ブラヴォが飛ぶ。少し冷たい音に聞こえるのは私のプレイヤーのせいだろう。

ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ

ケーゲル指揮ドレスデン・フィル(HMV他)マインツ・CD

作曲家本人の演奏のような残響が多くゆっくりした機械的なリズムをとっている録音だが、ケーゲルらしく威厳を持ち込みリズミカルな処理もうまく、まあまあの結果となっている。

ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲

D.オイストラフ(Vn)コンドラシン指揮モスクワ・フィル(yedang他)1960/2/8ロシア初演・CD

鋭く澄んだ音で正確に響きと律動を聴かせる、ストラヴィンスキー的新古典主義協奏曲の粋だが、オイストラフは思い切り野太い音で自分のほうに引き寄せているかのようだ。古典の模倣とは感じさせない、響きの濁りや幅広い音程感も辞さないロマン派協奏曲的な力強い音楽性にむしろこちらは「ショスタコーヴィチの協奏曲を聴くような快楽」を感じさせられる。この人に「兵士」は無理かもしれない。軽やかさのない音楽は終楽章で迫力を増し、ライヴ感あふれる旋回(ストラヴィンスキーの音楽は旋回する)のすえにきれいなフラジオ重音はずるい。正統派ではないが、この「詰まらなく弾くことを義務付けられた曲」を大スケールで面白く楽しむには向いている。音楽としてちっとも起承転結がないようでいて、これで聞くときちんとおさまった気がする。拍手なし。あ、オケも当然引き締まってオイストラフと同化していて良いです。

ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲

イダ・ヘンデル(Vn)マルコ指揮デンマーク放送交響楽団(forgottenrecords)1959/1/29liveコペンハーゲン放送

なるほど少し消化不良かもしれない。冷徹な構造物の側面が強い曲に従来のヴァイオリン協奏曲的な「物語」を持ち込もうとして、均整感が損なわれているように思う。また1フレーズ1フレーズ一音一音の表現には力が入るが流れていかない、音符ひとつひとつに拘泥し全体が出来ないヴァイオリン初心者的なところに手探り感がある。四楽章終盤はそれでも聴かせる流石の腕なのだけれど、私の知っているこの曲ではない。びしっと統一された楽章冒頭の重音が、一楽章冒頭からすかされるというか、バラしたように弾くなど表現が違うのが座りが悪かった。モノラル。楽団は比較的派手だが前プロの火の鳥組曲とは出来が雲泥の差。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

マルコ指揮デンマーク放送交響楽団(forgottenrecords)1959/1/29live

これは名曲の一番耳慣れた版、楽団も慣れたもので管が素晴らしい腕を発揮してくれる。旋律の美麗さと典雅な響きをマルコなりに打ち出してきているが、オーソドックスといえばオーソドックスで、というか個人技的な部分を除けば解釈に幅の出る曲でもないと思うが、テンポについていえば冷静で、終わりも穏やかにおさめている。が、客席は盛大な拍手。つまりこのモノラル録音がその魅力を伝えきれていない、そういう状態ということ。

ストラヴィンスキー:三楽章の交響曲

マルコ指揮デンマーク放送交響楽団(forgottenrecords)1959/1/29liveコペンハーゲン放送

力強く重厚な反面、細部がアバウトでリズム感の鋭さに欠けるところがあると言えばだいたいどういう演奏かわかるのではないか。しかしストラヴィンスキーの天才や、自作および他作(新古典主義なのだから古典は言うに及ばず個人的に二楽章にいつもドビュッシーのトリオソナタを想起する部分がある)からの「部品」の転用による「リフォーム術」の優れたさまは、それが少し後ろ向きの客受けを考えたような、ペトルーシュカまでの作品のフランスふうの響き、ピアノとハープの典雅な音響の重用ぶりを、ニコライ・マルコはしっかりとらえ、彫刻はすこぶるわかりやすく、荒さもあるが音色に透明感があり水際立った表現にすぐれるオケによって、ライヴで楽しめる演奏にしたてている。執拗な繰り返しが嫌気を催すストラヴィンスキー特有の書法も、魅力的な音と迫力ある響きをちゃんと取り出せばフランスの曲のように楽しめるという例。もっとも、どうもロシア的な迫力も出させてしまい、野暮ったさが否めないところはある。モノラルであまりよくない状態ゆえ、仔細は正直わからない。しかしまあ、バレエ・メカニックと描いている内容は似たようなものだけど、やはりそうとうに簡潔に整理され独自の新古典主義のもとにまとめ上げたから、まるで出来が違うものだ。

ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のための三つの小品

パスカル四重奏団(forgottenrecords)1962/5/23live放送

モノラルだがステレオ再生機できくと位相が変。はいいとしてメロウな発音による一楽章から始まるが通常抑えられるスピードはここでは速く保たれている。ファーストの律動と低音打楽器的な下三本の「コントラスト」は明確ではない。まとまってはいる。この調子で2,3楽章といくと哲学的というより心象的な演奏になってきて、地味目ではあるが、パスカル四重奏団にとってこの曲の解釈は「ここまで」なんだな、という感も否めなかった。ほんらいエキセントリックな曲なのだ。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」組曲

アンゲルブレシュト指揮ORTF(forgottenrecords)1958/6/21シャンゼリゼlive

五曲を選んでのライヴだがina.fr配信のもの同様、録音の悪さ、弱さは気になる。ただこちらの方が盤であるせいもあってか音の迫力はいくぶん大きく、そのぶんオケの乱れやミスが目立ってしまってもいるのだが(やはり機能性を売りにしていないオケにとってストラヴィンスキーは鬼門のようだ、野暮ったいところもある)ドスンドスンと重く壮大にやるアンゲルブレシュトのロシア物への流儀が後半適用されており、抜粋だから盛り上がりどころを分散させてしまった感もあるが最終的には凄みを感じさせる。客席はまあまあの反応。

ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの三つの楽章

ルービンシュタイン(P)(Ariola他)1961カーネギーホールlive・CD

依属者唯一の記録とされる。作曲家に超絶技巧曲を要求してその想定レベルを遥かに超える編曲を返され、数年は演奏するも年齢を重ねてから取り上げることはほとんどなかった。そんな70代のリサイタルでの貴重な記録。やはり冒頭から難度の高い一曲目では指のブレ、打鍵の衰え(なのかもともとこういう発音の仕方なのか)、リズムの狂いにより精度をかなり落としてしまって非常に聴きづらい。一方でこの曲には作曲家が言うようなメカニカルなものだけが存在するのではなく、依然抒情が存在すると論議をかけたという伝説を裏付けるが如く、意図して取り出し弾き直すかのようにペトルーシュカ原曲にあるリリカルなフレーズやドビュッシー的な響き、あるいはヴィニェスが得意としたような、つまりルビンシュタイン自身が同じリサイタルで取り上げた南欧の曲のような美観を繊細なさざめきのようなトレモロや極端に柔らかいタッチで感情的に織り交ぜていき、二曲目ではとくに素晴らしく美しい音色世界を、けしてスピードを落とすではなく(大体ヴィルトゥオーゾピアニストがノンミスでリサイタルをやり通すこと自体むずかしいわけでルービンシュタインが曲や時期によりいいかげんという話もどうかと思うし(ギレリスの遅くて端折った演奏はじゃあどうなんだという)、コンサートも終わりと思われるこの曲に至りこのスピードを乱れながらも突き通しただけで凄いものだ)きらびやかに展開したのは素晴らしいと思う。三曲目再び乱れが目立つが一曲目ほどではない。曲と演奏家の志向の違いが既に明確になっている上で、それでも演奏家が自分のものとしてやりきった感のある歴史的記録。今はwebでも聴ける。

ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの三つの楽章~Ⅰ.ロシアの踊り

ホロヴィッツ(P)(EMI/naxos)1932/11/11ロンドンアビーロード第三スタジオ・CD

最古最速のセッション録音、とは言われるが、時代なりの「演奏精度」でありメカニカルな意味で完璧というわけではない。志向しているのは作曲意図通りの抒情を排した演奏で、楽曲からも根本となる旋律や響きを除けば意図的に排除されているが、この曲集の売りである冒頭いきなりの打楽器奏法、過剰な音の重なりにリズムや和音の交錯、そのいずれの強打っぷり、正確さを捉えるには古すぎる録音であり、盤面状態や復刻にも左右されるレベルで、正直わからない。ダイナミックな動きを正確に、リズムリズムの骨音楽ではあるから、それが切れていることもわかるので、技術はこの時代では確かで新しいタイプだったのだろう。後年の繊細な配慮の行き届いた演奏ぶり、わりと細い音で綺麗に厳しく聞かせるホロヴィッツの片鱗はみえるが曲には合っていない。ホロヴィッツをこと更に持ち上げる必要はない…難しいところではしっかりテンポを落として整えてもいる。ホロヴィッツ自身は同曲を好まなかったというがさもありなん。

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ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

マルケヴィッチ指揮フィルハーモニア管弦楽団(EMI/testament)1951・CD

旧録。テスタメントは板起こしか?モノラル末期の隈取の濃い音で、ぎちぎち締め上げられたマルケのハルサイが聴ける。冒頭より木管の発音などアクの強い表現がすでに取られており、すでに阿鼻叫喚を呼んで、純管弦楽曲として当時の前衛音楽であることをしっかり意識し、リズムは重くも前進性が強く、凝縮力の強い扇情的な響きで組み立てられている。バレエとして踊る音楽の意識はないように感じられる。第一部で盛り上げ過ぎてしまい第二部は相対的に平板感が無きにしもあらずだが、録音の古さにより弱音部の音色的魅力が損なわれているのも理由のひとつかもしれない。元より英国オケ、録音オケとして最高峰なのは冒頭五分でわかるが、指示して意識させなければそつのない音になってしまうのだろう、コントラストを付けて強音部はそれなりに派手さを取り戻してはいる。終始内容には配慮され必ずしも全く筋に頓着せず交響曲的にやっているわけではないので、筋と構成を意識すれば平板感等はあまり気にならないだろう。そこは劇伴的ではあるが、それでもこれは踊るリズムではない。ボリュームあるブラスの響きは鋭さに欠け、打点はわりとぼわっとしている。でも、おそらく、扇情性の点でこれを取る「ステレオ反対派」もいるかもしれない位には聴ける。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

マルケヴィッチ指揮LSO(bbc)1962/8/26エジンバラ音楽祭live・CD

演奏瑕疵がないのはさすが英国トップクラスオケというところか。マルケは何故か穏健な印象のあるイギリスオケと相性が良いように思うしこの十八番もフィルハーモニア管とは二度録音している。技術的にそつのない、万能であるように鍛えられてきた音楽愛好国のオケであるところが、逆に大人し目のハルサイにまとまるかと思いきや、所々、木管ソロや弦に露悪的な音色を出させて「やりまっせ」というところを予感させ、もちろんストラヴィンスキーが「モーツァルトにデスメタルを聴かせる」ような「いきなり感」で現代の音楽シーンの幕をあけた(ついでにバレエを破壊し再構築した)記念碑的な大作なわけで、各場面の毒々しい特徴はスコアの中で既に示され尽くしているのだが、そこに大局的な構成感をもってマルケは第二部終盤においてとまさに「阿鼻叫喚」のこの世の地獄のような音響を「正確に」叩き出させて、聴衆の絶大なブラヴォを呼んでいる。オケの音がニュートラルなだけになおさらそのスコアと捌き方の鮮やかさが際立ち、録音操作的違和感もなく、ライヴ録音としても良好。おすすめ。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」

作曲家指揮イスラエル・フィル(helicorn,IPO)1962/9・CD

大変引き締まった演奏。ストラヴィンスキーの指揮の評価は(当時は否定的な言説が多かったようだが)両極端に別れるが、ここで聴かれる演奏は立派で聴きごたえがあり、このオケの性質が重心の低いロマン派音楽向きだったこともあろう、ちょうど「境界」にあたる作品と相性が良かったのもあるかもしれない。末尾は短く切り詰めた新古典的に編じられた音楽だがリズムがびしっと決まってちょうど良い。火の鳥の旋律美や物語的展開を追いたい向きには物足りないかもしれないがそれは組曲化した時点でおおかた失われているのである。もっとも、大昔この譜面を見たときわっかりづらい独特の譜面だなあと思ったおぼえもあるので、「ロマン派音楽」ではもはやないのだろうが。アメリカオケのゴージャスさはないが、充実した中欧的な響きは魅力大。瑕疵も弛緩もない周到な準備のうかがえる演奏。ただ、モノラル。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版・ストコフスキ編)

ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(victor)1924/10/13・SP

悪名高いストコフスキーのストラヴィンスキー編曲(編成)だがこんな時期から既にやっていたのである。時代柄録音用編成であることに言を待たないが、状態は悪く、ほぼ同時期のオスカー・フリートの復刻のほうがよほど明晰でストラヴィンスキーらしさが聴き取れる。ただ、困難なフレーズでの各パートの技巧のとんでもないレベル(このスピードで音楽の流れが止まらない!)、アンサンブルのスマートかつ力強い仕上がり、むせ返るような音色、水際立ったリズム処理(ピチカートなど短い音符のキレっぷりが凄い)、前衛的な響きの再現はストコフスキーがひときわ強調する処理を加えていたとしても(普通にやったらここまで聞こえないだろうというような水際立った色彩性がノイズの奥からしっかり実音として届く)この曲をあくまで筋のあるバレエ音楽として理解させる上での見識ではあろう。ストラヴィンスキーが後年志向したあくまで音楽は音楽として、という抽象性はないが、具象的な表現が前時代的な感興と前衛的な耳新しさを併せ持つ同曲、リムスキーとスクリアビンを前提としフランスの和声を消化した同曲を、蓄音機を前にした家庭の聴衆にちゃんと理解できる形で伝えるものとして、良くできている。フリードをはじめとする同時代の欧州録音にみられた大曲におけるごちゃっと潰れる弦楽器を中心としたアンサンブルが、無いとは言わないがほとんどメロらないのは技術陣の成果でもあるだろう。ノイズをうまく取り去ればとても現代的に聴こえそうだ。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

フリード指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(grammophon/m&a)1925?・CD

オスカー・フリートの旧録だが、録音用小編成がかえって幸いして、細かなトリッキーな動きがビビッドに聴こえ驚かされる。合奏部分はさすがにきついが(このての骨董がメロメロに聴こえるのはそもそも録音が無理な音量なのもあろう、ソロはまともだったりする)これはベルリン・フィル盤より下手をすると技巧的に優れたもので、フリートの手兵ならではの「意図通り」の演奏、ストラヴィンスキーをすぐれて再現した当時としてはフランスでもめったに聴けない鮮やかなものであった可能性がある。確信に満ちた発音のあっけらかんとしたフィナーレは、録音技術上のもので、テンポ的には十分に盛り上げている。ベルリン・フィルのほうがやや遅いがピッチからして誤差範囲だろう。

ストラヴィンスキー:二重カノン(ラウル・デュフィ追悼)

シレジアン四重奏団(partridge)1992/4・CD

晩年作といっても50年代、ドデカフォニーを導入してウェーベルンにうかされたような極小作品を書き、そしてまたよく同年代ないし若年の芸術家の追悼作品を書いていたように感じる。これはフランス野獣派の画家で知られるラウール・デュフィ没後6年に書かれた、悲しげだが、まったく甘くない作品。この団体がまた全く甘くないのだが、それでも簡素な響きの中に仄かに宿る感傷を少し燻らせて、一分余りの曲にも何かしら重いものを残す。精緻というのとはまた違うような、色彩のあやなすデュフィの抽象画を思わせる、と書いたら安易だろうか。どうもこの作品にも、アイヴズのHymn(ラールゴ・カンタービレ)に通じるものがある気がする。

ストラヴィンスキー:コンチェルティーノ(弦楽四重奏版)

シレジアン四重奏団(partridge)1992/4・CD

これが原曲。管楽アンサンブルに疎い私にはこちらの方が聴きやすい。録音はアルバン・ベルク四重奏団をはじめ結構あるし、その短さと技巧性から演目の合間に取り上げられることもある。楽器の本数が少ないぶん協奏曲的なソロ楽器との対比より、アンサンブルとしての全体の組み合い方に耳がいき印象は異なってくる。最後のほうこそ新古典主義にたったストラヴィンスキーらしい骨張った娯楽面が顔を出すものの、この団体の鋭く研ぎ澄まされた音で聴く限り、1920年作品とは思えない透明感ある不協和音に支配された抽象作品に感じられる。冒頭からどうにも較べてしまうのはアイヴズの「ハロウィーン」だが(どっちがどっちをからかったのか?というような似通った律動と響き)、単に旋回し続けてクレッシェンドのすえ破壊的に終わるあちらとは違い(まあ一晩で書いた一発芸である)、兵士の物語を想起する変化ある構成の妙、ギリギリ許せる響きや律動を直角に交え、謎めいて終わるのも兵士の物語的。すなわちヴァイオリン小協奏曲的な側面はあるものの、カルテットだとそれほど際立ってこない。むしろ弦楽カルテット音楽として新鮮な作品だ。まあ、室内楽でバルトーク張りのバチバチいう低音ピチカート好きだなストラヴィンスキー。晩年のダブルカノンが続くが、あちらもまたアイヴズを思わせるのもどっちが悪いのか。

ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のための三つの小品

シレジアン四重奏団(partridge)1992/4・CD

この曲は躁鬱的に激しく、スピーディで、音には一切の曖昧さを残さない、、、という点でこの演奏はなかなか。一楽章はいくぶん民族性がほしいメロディ(?)を持っているが、ここでは後の楽章同様徹頭徹尾現代音楽として冷徹に処理しており、響きに細心の注意が払われている。2楽章にも少し兵士の物語チックな匂いが残るのに、ここでは純粋な響きしか聴こえない。絶望的な3楽章の終わり方は一つの見識だと思う。このCDはストラヴィンスキーとシマノフスキの弦楽四重奏曲全集を謳っているが、この曲はともかく、コンチェルティーノと最晩年のダブルカノンはもっと抽象的。楽団の色彩感の無さが曲の本音を引き出している。とはいえ、どれも短くてよかった、という骨皮筋右衛門。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

フリード指揮BPO(polydor/DG/arbiter他(lys?))1928・CD

とっっくに権利切れパブドメ音源なのに、有名な数曲を除いてネットで(危険サイトを除くと)フリー配信されないオスカー・フリート。その名は正統中欧指揮者、とくに同時代の大曲の最初の紹介者として必ずあがってくるが、ちゃんと評価するには雑な扱われ方をし過ぎている。近年m&aやarbiterが未復刻音源を正規polydorの流れであるDGが既にCD化したものと「混ぜて」シリーズとして出してきて、naxos配信(NML)のラインナップに入っているから定額配信派には許せる状況にしても、後者は初出なのか発掘なのかわかりにくく、目玉が5分だけ新発掘音源といいながらよくよく調べると既出とのことだったり、しかも今は殆ど出していない(在庫は抱えているようだ)。さらにむかしSP時代の演奏家の網羅的復刻をやっていたlysがフリートシリーズを出したときは、当時流行ったイタリア海賊盤レーベルの流れだから仕方ないのだが、ロシア録音だのオケ違いだの嘘データを付けたりしたものだから(シェヘラザード、火の鳥組曲の盤はロシアオケとされていてpolydorとは別録音とされているが、1930年代にならないとソヴィエトとは絡んでこないはずなので、録音年からしても組み合わせ的にも明白にBPOの偽盤…SPは原盤状態や復刻方法で完全に違う印象を与えるほど変わる(微妙な回転数の調整がビビッドに影響し再生時間まで変わる)ので騙されても仕方ないしそれはそれで復刻比較という楽しみ方もある)。

こういったことで正直識別してコレクションするのが面倒過ぎて、ついに二枚CD買ってしまった。いまどき一枚1600円。そのうちの一枚に、1925年手兵ベルリン国立歌劇場管弦楽団との火の鳥1919年版組曲旧録が入っている。こちら電気時代の新録はSP直の音源がネットでさんざん出回っているが、ロシア音楽とも関係が深いフリートが、さすがマーラーに鍛えられた経験もあるのか、しっかり楽曲を理解して鋭く明快な演奏をなしており、初期78回転盤ではおなじみのグダグダオケ状態(編成)ではあっても、引き締めるところは引き締めて、オケの音色も程よく引き出し、ロシア臭さもなくカラフルですらある佳演。四面に四曲だがDG(ユニバーサル)の詰め合わせでは1トラックにまとめている。いくつかarbiter盤で「子守歌が入っている」と特記していたが、そもそも、1925年の旧録音(6トラック)にすら入っているし、これがないと火の鳥の聴きどころは半減すると思うのですがね。ちなみに、本サイト(まとめサイト)ではフリート指揮を「フリード指揮」と表記しますが、これはセルフ検索時に「ジークフリート」と混同して出てきてしまうので、見づらいことから敢えてそうしています。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」より3つの舞曲

チェリビダッケ指揮ORTF(ina配信)1974/2/6live

固い。その点は自作自演に似ている。表現がガッシリしているぶん音の迫力は凄いが、抒情味は無く、録音はステレオだが雑味が気になるところもあり楽しめなかった。もとより楽しませようとしていないのだろう。客席はブラヴォだが僅かブーイングも聞こえるさまが、延々と収録されている。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

ロジンスキ指揮NYP(SLS)1946/11/30live

あんまりだイーゴリ先生、というわずかな難関の部分を除けば流石ニューヨークフィルだけあって力感と演奏精度の共に揃った聴き応えのある演奏。余りに耳馴染み良いリズムを殴打しながらの突進ぶりにまるで単純な4つ打ちに聴こえる。がしかしちゃんと振っているし、相当に引き締めて創り上げられたアンサンブルである。ロジンスキらしさの現れた求心的なハルサイ。オケメンバー(特に木管)各々の優れて磨かれた腕によるというべきだろう、音色の華々しい饗宴もあるのだが、フランスの演奏にみられる軽やかなものとは明らかに違う。一種単純化による熱狂の生み方はバンスタ的かもしれないけれど、まあ、それはロジンスキに失礼だし、客は熱狂していない。非常にノイジーで聴きづらいがそれでも伝わる録音。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「カルタ遊び」

マデルナ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団(arkadia)1972/4/6live・CD

ポーカーをする人々の姿を三幕のバレエ音楽に簡潔にまとめた新古典主義時代の作品で、同時期ストラヴィンスキーが時折やってみせた聴衆に媚びるような、分かりやすくて聴きやすい作品になっている。素材こそ皮肉っぽい調子だが、ここに新しいものへの志向は無く、三幕(第三ラウンド)を中心として幾つかのロマン派音楽のパロディやそれを模したような似つかわしくない書法が耳をつんざくストラヴィンスキー的な響き、リズムを和らげ、マデルナはそれでも鋭くやっているほうだが、わりとふくよかで横の流れの感じられる耳馴染み良い演奏に仕上がり、聴衆反応も良い方。オケ反応もよく変なこともしていない。
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