ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲~Ⅱ.祭

クレンペラー指揮BBC交響楽団(ica)1955/12/11・CD

これもセッション録音か。録音は悪いが目の覚めるようなドビュッシーらしいドビュッシーでびっくりする。音響バランスもよく解釈も愉悦的な弛緩のないリズム取りに速いスピードで、戦前のベルリンでクレンペラーが当時の現代音楽に積極的に取り組んでいたことを思い出させる。杓子定規の解釈をする人ではないのである。アンゲルブレシュトを彷彿とさせる、と言ったらいい過ぎか。オケの有能さもあるのだろう。演奏精度だけは少し落ちるかもしれない。
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ドビュッシー:バレエ音楽「遊戯」

マデルナ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団(SLS)1964/1/22live

最初は雑然としたマデルナ流整え方で「ああ…」と思うが、このオケでこの透明感、かなり色彩的な響きを引き出すところにマデルナのフランス物適性が明確に表れてくる。肉感的な音楽にはならずどちらかといえば冷たいのに、綺麗で自在な旋律表現、法悦的な響きのもたらす陶酔感はなかなかのものである。モントゥとは対極の遊戯で、もちろん時代が違うからブーレーズなどと較べるべきではあるが、これはこれでロマンティックであり、その意味では現代的な演奏とも言えない…整え方はとても客観的に精緻に、とは言えない。ドラマを感じさせることはないが音楽として力があり、大曲を聴いたような気すらしてきた。客席は普通の反応。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲

プレートル指揮フィレンツェ五月祭管弦楽団&合唱団(MAGGIO)2004/3/6コムナーレ劇場フィレンツェlive・CD

1楽章はひそやかに、時に止揚しつつ進む音楽。近年にはめずらしいタイプのロマンティックな解釈だが徹底してピアニッシモの世界なので奇妙さは感じない。祭りも独特の創意は解釈に表れているが「まつり」というには重いというか、ゆっくりというか、テンポも変化はするけれど早い遅いだけでなく細かく速度を計算的に動かしていてひとことでは言いづらい。静まってゆき3楽章へといざなう。このころのプレートルは静寂のほうが向いていたのではないかと思わせる、ホルストのような神秘だ。世俗的なオケソリストのフレーズも合唱で神秘にまとめられる。癖のない非常に繊細なシレーヌで、おおきなディミヌエンドで消えていくまで聞き入ることができる。これはよかった。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

プレートル指揮フィレンツェ五月祭管弦楽団(MAGGIO)1992/10/31ヴェルディ劇場フィレンツェlive・CD

1楽章は明るくゆったりとした音楽になっているが時折奇矯なことをやって耳を引く。作為が見えてしまい居心地が悪く思えるところもある。2楽章は動きが加わるが1楽章でもかんじられたオケの弱さが気になる。ライヴだからこそ弦楽器の乱れがよくきこえてしまう。90年代前半の演奏なのでまだプレートルも壮年の輝きをはなち弱音の美麗さ、末尾のハープとかさなる楽器のリタルダンドまで美しい。3楽章の不穏なはじまりは明るい雰囲気をちゃんと曲想にあわせて変えてきている。オケに配慮が行き届いている。きちっと激しいところは鋭くやっている。ただメロディ楽器の音符の最後に瞬間テンポルバートをかけ引き延ばしてディミヌエンドさせおさめるなど後年まで続くやわらかい処理は顔を出す。緩急がよくついており、それはよくあるデジタルな変化ではなくやわらかい自然なもので物語性を一貫して演じさせ印象深い。楽想変化もすこぶるあざやかだがすべらかでわかりやすい演出がほどこされる。丁寧で、性急に終わるに向かうことはしない。力づくで叩きつけるのではなく雄大な波のうねる表現はなかなかだ。終わり方も丁寧。少し作為的だが良演だと思う。拍手はふつう。

ドビュッシー:管弦楽のための映像

マルティノン指揮シカゴ交響楽団(SLS)1967/3/17シカゴlive

3曲からなる組曲で2曲目の「イベリア」がさらに3部に分かれるという大曲で、組曲といっても内容的な共通点は少ない。しかし音楽的には似たムードがえんえんと続く心地がして、長大なバレエ音楽を聴いているようなつまりダフクロのような、ゆったりと引いたスタンスで聞くべき、そしてそうでもしないと「春のロンド」のせっかく盛り上がるところですでに飽きてしまっている可能性がある。マルティノンは名器を使うと極端に上手い。シカゴは決して良い関係だったわけではないが楽団はほかにないほどぴたりとつけいつもの、音符の間に空気の通るような冷めた技巧を提示するようなところは「ない」。円熟した流麗なドビュッシーの部分部分熱いので、本とこの組み合わせはもったいなかった。爆発的なところはないが、全曲版としてよくできている。もっとも曲が有名だからかな。ちなみにこの精度でライヴなのである。良いステレオ録音。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲

アンゲルブレシュト指揮ORTF&合唱団(SLS)1962/1/23シャンゼリゼ劇場live

データが正しければ初出だが、この指揮者にかんしていえば演奏毎に違うことをすることはないから判別は難しい。若干の粗さがあったりあとは録音状態の違いだろう。これはあまり音がよくない。60年代だがモノラルで10年さかのぼったような音がする。思いっきり引いた客観的な演奏なのでそういう音だとほんとに地味である。予想を下回る温度で来るので膝から落ちるか、記憶に残らないか、とにかくこの人の夜想曲はほかにもけっこうあるので、選ばれし乙女、フォレレク(いずれも既出)との組み合わせで買うかどうか決めたほうがよい。

ドビュッシー:ピアノと管弦楽のための幻想曲

ボジャンキーノ(P)マデルナ指揮ローマRAI交響楽団(SLS)1973/4ローマlive

かなりミスタッチも濁りもあるがフランソワよりまし、というソリストと、恍惚としたスクリアビンの音楽のようなゆっくりしたテンポで慈しみ進むマデルナが、やや腕に不安のあるオケとなんとか技術的限界を迎えずに進めて、結果としてちゃんと聴ける。マデルナの音響感覚(派手なものだ)はそれなりにしっかりしていて、トリッキーなリズムの曲に対し弛緩するテンポにぎりぎりオケをついてこさせている。ラストはそれなりに盛り上がる。フランソワ盤を振り返り思えば同じような解釋だったかもしれない・・・あれはマデルナのせいだった??ステレオで比較的良い。拍手は戸惑い気味。おなじボジャンキーノとのミヨー「エクスの謝肉祭」ほかシェーンベルクは既出。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲~Ⅱ.祭

モントゥ指揮LSO(sls)1963/4/15大阪フェスティバルホールlive

ベト8、ブラ2のアンコールとして演奏されたものでブラヴォが飛ぶ。モントゥー得意の愉悦的な曲だからリズムよく進む。音色が懐かしいがロンドン交響楽団と知って驚いた。機能性はボストン並である。ちょっと下品な歌いまわしも含めて個性的であり、イギリスオケのイメージから少々外れる。録音はやや遠くモノラル。よくはない。

ドビュッシー:ポエム・リリーク「選ばれし乙女」

サヤーオ(SP)フォレスター(CA)クリュイタンス指揮NYP、ウェストミンスター合唱団(forgottenrecords)1957/11/17live放送

クリュイタンスは隈取りはっきり、でも透明感のある響きで聴きやすいフランス流儀というものを聴かせる。ローカルな色が相対的に薄いためこのオケとの相性もよい。フォレスターが歌っているのは驚きだが尚更フランスフランスしないニュートラルさが曲の初期的な薄っぺらさを構造的にしっかり補うのに一役買っており、技術的な不足も全体に言えることだがまったくない。惜しむらくは録音で、放送音源の発掘だからやむを得ないが、途中で右しか聴こえないのはモノラルなのだから復刻の問題だろう。これがなければ実に聞きやすい演奏、指揮者唯一の演奏として推せた。

ドビュッシー:フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ

ランパル(fl)ラスキーヌ(hrp)ルキアン(Va)(forgottenrecords)1957/6/18live放送

ラスキーヌ、ランパルが入ると荒くなる印象をもつが、これはライヴならではか。ラスキーヌ以外の音色が無いように感じるのは録音の荒さもある。ルキアンは少し音が激しすぎて掠れる。最晩年に回帰した響きの繊細さをじっくり味わうのには向かず、「ソナタ」の即物的なドラマを疾走して楽しむのには向く。モノラル。

ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」

アンゲルブレシュト指揮ORTF他、ジャン=ポール・ジャノット(ペレアス)フランソワーズ・オジェア(メリザンド)ジェラール・スゼー(ゴロー)ジャニーヌ・コラール(ジュヌヴィエーヴ)ロジェ・ゴスラン(アルケル)ニコール・ロバン(イニョルド)ジャック・マース(医者)(ina配信/SLS)1955/11/24live

音は意外と良く、この繊細で終始静謐な曲を味わうには十分。歌唱はいずれも安定した手練揃いでアンゲルブレシュトは慣れたものだ。少し客観的で固い指揮に感じる向きもあるかもしれないが他の記録と比べてもむしろ高水準にあり、歌唱もふくめての調和はこの平坦な曲においては特によほど慣れた人でないとできないだろう。変に外連味ある演奏になってしまってはダメなのだ。内容をわかった上で聴けばさらに「聴きやすい演奏」ということがわかるだろう、私はよくわからないけれど、内容は。モノラル。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(BSO/IMG)1962/3/30放送 live・CD

雑にクリアなステレオなので却って聞き辛い。やかましい。それに、集中力に欠いているように思う。拡散的で落ち着き払ったミュンシュなんて、音だけ大きく派手であっても、ストコフスキーまではいかない、どことなくよそよそしいというか、構成的に弱々しいというか。客席反応も普通。あまり盛り上がらない。

ドビュッシー:管弦楽のための映像~Ⅱ.イベリア

ミュンシュ指揮ORTF(ina)1959/9/15モントルー音楽祭live(20放送)

篭ったモノラル録音。直前のピアノ協奏曲などキンキンノイズで非常に悪い。Amazon配信とina.frのものは同じ。ルーセルの前に演奏されているので中盤ということだが、冒頭疲れがみえる。オケは鈍くさく感じ、足どりも重く前に向かわない。ミュンシュは整えにかかっているようだ。音響の迫力はあるが、録音状態からもベストとは言えない。とはいえ第一部最後の再現部はミュンシュらしい勢いが出る。第二部は木管をはじめとしてオケの長所が出る。機能性がイマイチなだけで、このオケは音(響き)は良い。リアルな押しが強く音が中心に固まるのは録音のせいだと思う。そして後半から第三部は地響きのするような凄まじさ。ミュンシュここにありだ。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団他(M&A/DA)1962/2/2live放送

こもっているが解像度のあるステレオ。僅かに針音のような音が入る(三楽章)。二楽章途中でデジタルノイズが入るのは惜しい(盤劣化かもしれない)。よく歌い響かせ、リアリスティックな(録音のよさゆえかもしれない)一楽章は純管弦楽的な魅力がある。はっきりしている。二楽章は落ち着いているがリズムは明確で変に即興的なふうに流れず力強くテンポを維持している。こちらもはっきりした演奏だ。構成がしっかりしていて、シレーヌへの繋がりも上手い。響きの変化がよくとらえられ、内声の細かな装飾音まで聴こえてきて、ドビュッシーはここまで聴こえないと本来の独創性は満喫できないとも思う。時期的なものもあるだろうがミュンシュは力づく、というイメージは当てはまらない。ファンタジーよりやはりリアル、波濤まで描き出した「海」のような演奏と言えると思う。ここまでやっての管弦楽のための夜想曲だよな、と思った。合唱が管弦楽の部品としてハマっていてよい。そのぶん管弦楽は抑え気味で抑揚を弁えている半面、ちょっと手を抜いたか、という粗さも少し聴こえる。シレーヌはリアルにやってしまうアンゲルブレシュトのような人もいるが、ミュンシュは幻想味が最後の輝かしい和音まで続く。拍手は普通。

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ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲

○ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団他(ODEON/columbia/Parlophone)SP

ODEONだと雲と祭は連番でシレーヌのみ離れており、ばらばらで録音した可能性がある。ピエルネの指揮は硬直したようにかんじることが多いのだが、一楽章はなかなかの雰囲気。まさに夜の雲、静かに浮かび、繊細だ。動きのない曲のほうが向くのかもしれない。楽団のソリストの音が懐かしい。

祭は雲とのコントラストを期待するが、思った以上に鄙びており、むしろピエルネらしい硬直したものとなっている。そも非力な録音から期待される音量を出しきれず聴き取れる変化の幅がかなり狭い。ピエルネの盤にはしばしばあることだが元の録音がそうなのだろう。リズミカルに自由にやるにも、録音上の制約もあったかもしれない。演奏的に弦など心許ない、バラけたようなところがある。木管は良い。中間部で物凄く音量とテンポを落とし、いつペットが吹き始めるんだというリズム打ちが延々続く解釈は面白い。やり方が機械的で現代的だ。壮麗というより、次のシレーヌへつなげるように終わる。

シレーヌは印象派音楽表現のセンス溢れる素晴らしいもので合唱とオケのバランスもモノラル録音としては理想的。美麗で典雅。ブレの無い克明な演奏からはアンゲルブレシュトあたりに通じる、フランス特有の曖昧さを排したオケコントロールぶりも伺える。SPゆえ速めのテンポをとっている可能性があるがそう感じさせないのは音色の繊細な妙だろう。○。

(日本パーロフォン盤の全曲(祭)を入手したためODEON盤評と併せてまとめました)

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

マデルナ指揮トリノRAI交響楽団(SLS)1967/9/17live

ノイジーだがクリアな録音。演奏は適度に感情的で瑞々しい透明感がある。ソロより合奏を楽しむ演奏であり、伊オケが色彩的にやるとなかなかボヤッとした印象派というより明瞭な幻想音楽として伝わってくる。佳演。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

セル指揮クリーヴランド管弦楽団(forgottenrecords)1957/6/12live放送

録音はノイジーでモノラルなのに不安定で厳しい。演奏は基本的にサラサラしていて速いインテンポを崩さないが内声まで行き届いた統制により原曲の響きや構造の魅力が透過して伝わってくる。この力強いでもなく明晰でもなくしかしまぎれもなく新即物主義にたった「薄い」演奏ぶりはセル独特のものでリヒャルト・シュトラウスやトスカニーニとも違っている。これが3楽章で一気に急くように畳み掛けるように、ルバートすら交えながらどんどん迫力を増していく計算もまたセル独自のものだろう。鼻歌まで入って拍手は盛大だ。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲

コッポラ指揮パリ音楽院管弦楽団他(lys他)CD

カラッと乾いて即物的な芸風に曲があっていて、SP期のものとしてはデッドな音質にもかわらず硬質の幻想を立体的に描き出し、ピエルネよりモダンな組み立ての合理性がプラスに働いている。特徴的なのは緩急の緩の部分の美観で、憂いすら帯びた表情はオケのメリットかもしれないが、リズムとスピードだけではない、コッポラ(と録音にたずさわるすべての技術者)が録音芸術として、ラヴェルのような明晰さで同時代の香りを伝えてくれているのは驚きだ。コッポラの芸風から「祭」のみ聞き所と考えるのは早計で、「シレーヌ」のダイナミズムを感じてほしい。無歌詞女声合唱がオケの牽引役として機能し、弦などオールドスタイルの音色を引っ張りながらも、そうであるがゆえに、何か異界の風を感じさせる流石の出来となっている。トスカニーニの肉汁滴る音楽の時代に、フランスではこうやるんだという心意気を聞かされる思いだ。

ドビュッシー:チェロ・ソナタ

ジャンドロン(Vc)フランセ(P)(forgottenrecords)1957/9/22live放送

互いに良く知った曲ではあるが、ここではかなり落ち着いた雰囲気より始まる。プロローグはなかなか聴かせる。セレナーデからフィナーレにかけてジャンドロンの腕の衰えがかなり感じられるところがあるが、スピードも起伏も抑えることなく、やろうとしていることはわかる。雰囲気(響き)の調和はフランセの機械的ながらも柔らかく細かい音のうえにしっかり作られており、大ミスがあったにしても温かい拍手で終わる。録音はややノイジー。

ドビュッシー:管弦楽のための映像~Ⅲ.春のロンド

ツィピーヌ指揮ORTF(ina配信)1968/07/28放送 live

華やかでヒステリックですらある発音が楽曲の瑞々しさを際立たせて秀逸である。オケとの相性はすこぶるよい。ツィピーヌはこういういかにもフランス近現代の音楽の聴かせどころを押さえた演奏をする。初期的な楽想(歌曲の素材がつかわれているといわれる)ではあるが時期的にはイベリアなど他の曲と同じ最盛期のもので、なぜ小組曲ぽい無邪気さが響きの彩り方に出るかと言って、カプレにオーケストレーションを任せたとも言われている。確かにカプレの得意な管弦楽の響きのようにも聴こえる。映像第三集(管弦楽のための)の中では一番マイナーな三曲目ではあるものの、ツィピーヌの手にかかるととにかく楽しくもスマート。(ina.fr PHF07009293)

ドビュッシー:スコットランド行進曲(管弦楽編)

アンゲルブレシュト指揮ORTF(ina配信)1958/11/20シャンゼリゼlive 放送

とにかく元気な演奏。ドビュッシーの前期作品なので筋肉質に、ドガシャーンとやって良いのだ。アンゲルブレシュトは曲の意図にしたがい、行進曲らしい行進曲ではないのだが、民謡主題による管弦楽曲としてよく盛り立てて、正攻法にくみたてている。モノラル良録音。(ina.fr PHD89036093)

ドビュッシー:スコットランド行進曲(管弦楽編)

アンゲルブレシュト指揮パドルー管弦楽団(pathe/SLS他)1929-30

アンゲルブレシュト最初期の録音でドビュッシーのオーソリティとして既に名の知れた頃のものであるが、芸風は理知的に組み立てる片鱗こそ現れているものの、かなり情緒的で、オケや録音制約のせいでもあるのだが、リズムの切れた民謡パセージ(初の依属作品でもあり、当時知られていた所謂ケルト民謡からかなり生の素材を取ってきていることは確かだと思われる)でははつらつとやっているが、それは律せられたというふうはなく進行上やっているといったような感じがし、まだ初期の作風を残すロマンティックな流れでは明るく軽い響きのまままるでロシア音楽のような盛り上がりを作ろうとしていて、弦などグダグダになってしまっている。

ドビュッシー:バレエ音楽「遊戯」

ロザンタール指揮パリ国立歌劇場管弦楽団(Ades,universal他)1957-59・CD

ロザンタールは師ラヴェルのそれとともにドビュッシーの曲もかなり網羅的に精緻なステレオで正規セッション録音しており、その明るくリアルな音作りが、ドビュッシーの最初に掲げた感覚的な幻想表現から、後期においては同時代的な先鋭性により結果としてフォルムを明確なものにしていったことにマッチしていて、この筋らしい筋のない男女がテニスをするだけの描写音楽に、未完のポー劇に付けた音楽のようなグロテスクさをも加えた独特の暗い幻覚のような、シュールレアリスム絵画のような不可思議さばかり汲んでしまって、曖昧模糊として煙に巻くことでドビュッシーのプロフェッショナルな技巧的工夫を聴かせることができなくなってしまうことを避け、「そっちへ行ってしまうな!」とばかりにあくまで舞台上で踊らせ(リズムはイマイチ前に行かないが)、客席に聴かせる音楽として成立させている。不可思議なものとして感覚的に処理した、あるいはバレエ音楽としてリズム感のみを打ち出したモントゥーなどのほうが評価が高いだろうが、ラヴェル式にドビュッシー後期をさばくと、感情が無いので(それがフランス式でもある)平板ではあるものの、色々わからなかったものが聴こえてくるのだ、と奥深さに気付かされる。勉強用音源?とでも言おうか。

ドビュッシー:チェロ・ソナタ

シャフラン(Vc)ボーレ(P)(meloclssic)1959/11/6live南ドイツ放送・CD

録音がメロウなモノラルのこともありガツンとはこないが、冒頭の縮緬ヴィヴラートからしてセンスに溢れている。技巧的には素晴らしいが制御しきれていない、流される部分も無きにしもあらずそれはライヴ的な精度にはなっているが、音楽の「作り」をドビュッシーではなくこちらに引き寄せて、聴きやすい起伏をつけて弾きこなしている。良い。

ドビュッシー:歌劇「アッシャー家の崩壊」(オーリッジ編・補筆完成版)

ミューラー指揮ゲッティンゲン交響楽団他(PanClassics)2013/12live・CD

フランス近代音楽の研究家にしてコレクターでもあるオーリッジ氏のドビュッシー補筆完成プロジェクトについては既に何人もの方が言及されているし、「成果」発表会の一部をYouTubeで閲覧することもできる。ほんの五線の欠片からも1つの管弦楽曲を仕立ててしまう、前に鐘楼の悪魔について触れた通りそれら(氏が発掘し買い集めた断片的作品が含まれる)の要素にはオーリッジ氏が意思的に「作曲」したものが非常に多く含まれている。「現代にドビュッシーが生きていたらこう作曲したであろう」というと前衛手法を駆使し異化されたものを想像されるかもしれないが、氏のスタンスはあくまで「ドビュッシーの時代において「聴ける」音楽」の範疇にとどまる。これはかなり巧く、「聴ける」もので、この盤もそうだが演奏家に恵まれると音楽的に楽しむことすらおおいに可能だ。ただ、例えばサティにおけるカビー版とオーリッジ版の違いがどうなっているかはわからないがそれはマーラーの10番シンフォニーの補筆完成版においてクック版とカーペンター版が違う、というレベルの違いではないだろう。元は考証的であり、この盤(完成版の初演メンバーだが初演記録ではない)などほぼ完成されプレートルらの録音した部分を除いたところを聴く限りも、これほどの編曲ができるのならばクックがマーラーにおいてなしたこと(初版は最低限の管弦楽配置に留まっており盤でも聴ける、つまりアルマへの配慮もあろうが非常に分析的なところから始まったプロジェクトではあった)より余程巧緻な作曲センスの発露がみられる。ただ、繰り返すが、やはりドビュッシーが「完成していない」後半部の大部分に関しては、ドラマチックに過ぎる。現代の耳からすれば半端な前衛性、耳新しさに欠けた、いうなればカプレに構想だけ伝えられたものが没後に書かれたくらいの感触であり、管弦楽は迫力があるが(「遊戯」に似た本人筆の部分とは異質の明瞭さを示すも有機的に繋がってはいる)、歌唱が陳腐というか、フランス的ではないようにも思う。テクストは完成しているはずなのだが、そのうえでペレアスのような歌唱と管弦楽の完全に融和した流れはなく、単なるオペラ編曲になっている。いや、しかし、これはオーリッジ氏の作品としては最も良くできているドビュッシーだとは思う。…室内楽など、さすがに…らしい(聞いたことはない)。YouTubeに別日の録音が全曲あるし、レヴァインだったか、断片的なものもあるので、CDを求める前にそちらで試してみてください。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

トスカニーニ指揮NBC交響楽団(SLS)1938/1/8live

彫刻は深いがあっさり直線、いわゆる新即物主義である。粘りが一切なくスピードが速すぎる。しかし音の一つ一つ明瞭でドビュッシーのリリシズムとドラマを音楽で表現するのに不足はない。二楽章末尾のきらびやかさは波濤の朝陽に煌めくがごとく美しい。分厚くうねるような三楽章の表現はそれまでよりもっとドラマチックだ。インテンポ傾向は残るが音響と音量に確信に満ちた、確立された解釈を聴き取ることができる。音響への配慮は素晴らしく、ミュンシュを求めて揺れのなさに聴くのをやめるのは勿体無い。録音時期からも録音側の問題も斟酌すべきだろう。ブラヴォが飛んでいる。ノイズを残す方針のレーベルなので鼓膜をお大事に。

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

ワルター指揮NYP(ASdisc他)1949/6/19live・CD

あからさま。リアルな音。ゆえに冒頭フルートから入り込めないが、止揚するテンポに噎せ返るような響きには渡米前のアグレッシブな芸風の残り香が強く感じられ、このともするとモノトーンになりがちなオケより引き出される豊潤な色彩については、文句のつけようがない。高音域でのぬるまゆい音の交歓はさすが熟練の指揮者によるものであり、バーンスタインより遥かにフランス的である。録音が生々しすぎるのかもしれないが、後半はワルターのフランス物も悪くないと思わせる、そんな記録となっている。きわめてノイジーだがそのぶん情報量はある。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

ミュンシュ指揮ORTF(ina配信)1966/9/13live(1966/10/13放送)

本編ステレオ。しょっぱなからミュンシュが猛り狂っており、掛け声だらけ。それに対してオケも荒々しく、性急で即興的な印象が強く(ほかの録音を聴くにつけミュンシュにとってはとっぴな解釈の入れづらい曲っぽいので細かな伸縮などはない)、けして名演とは言えない。強いライヴ感がカタルシスに昇華されておらず、大声を上げて終幕となっても客席反応は即時ブラヴォとはいかない。雑味は多いがオケはよくついてきたと思う。弱音部のニュアンスに欠けているとは思った。

ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」

カミーユ・モラーヌ(ペレアス)ミシュリーヌ・グランシェ(メリザンド) ジャック・マルス(ゴロー)
マリー・ルーチェ・ベラリー(ジュヌヴィエーヴ)アンドレ・ヴェシェール(アルケル)フランソワーズ・オジュア(イニョンド)
ジャック・ヴィニュロン(医者)
、アンゲルブレシュト指揮ORTF(BARCLAY,INEDITS)1963/3/12シャンゼリゼ劇場live・LP

DMのCDが出るまでは唯一のステレオライヴ録音として珍重されたもので、言われるほど録音が悪くもなければ演奏がパッとしないこともない。ライヴだから独唱が音程を外すなど細かい点で瑕疵はあるものの、そして依然LPでしか出ていない(流通はしている)からノイズを気にする向きはともかく、一応音場の狭いステレオとして聴くことができるし、雰囲気もばっちりである。おそらく入手可能なアンゲルブレシュト最後の同曲全曲録音なので、マニアでなくとも機会があればどうぞ。

ドビュッシー:神秘劇「聖セバスティアンの殉教」(音楽)

コプレフ、エイコス(双子)カーティン(vox sola)ヴァロン合唱指揮ニューイングランド音楽院合唱団、モス(語)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(SLS)1956/1/27ボストンlive

例によってRCA正規録音(1/29-30)直前のライヴで、盤によっては記載データが異なるが(語りをミュンシュ自身としているものもある)おそらく同一メンバーによるもの。モノラルで敢えて選ぶ必要はないかもしれないがSLSにしてはノイズレスで聴きやすく、リバーブをかければほぼ楽しめるレベルまで持って行ける。3時間にもわたる長大なオペラの音楽部分だけを取り出し、必要最小限の語りを残したものは映像でも出ている。その版によるコンサート形式の演奏だと思われる。このての歌劇を音だけで1時間以上聞くこと自体苦痛を伴うものであり、語りが少ないことは救いであるが、一方でカプレが管弦楽配置を手伝っていることによりドビュッシーの難しい、まだ印象派を引きずった曖昧模糊としたものを含む管弦楽がきれいに整理された感があり、言いたいことがきちっきちっと場面場面で簡潔にまとめられ、そつのない書法はまるでイギリスのヴォーン・ウィリアムズやホルストやウォルトンの歌劇ないし合唱曲を髣髴とさせるわかりやすいものになっている。それでも何か楽想を羅列して語りなどでつなぎ最後はすとんと終わるから、ミュンシュでさえ盛大な盛り上げは作ることができず、あけすけにわかりやすい合唱を恣意的操作によってフィナーレっぽく仕上げることも本来はできようが、そこまでのことはしないので、拍手もなんとなくの感じで入ってくる、しょうじき、それほど盛り上がらない。わかりやすい部分部分のパーツだけが印象に残る曲で、そのバラバラ感はすでに別項でのべていることなので、これ以上は書かない。
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