マーラー:交響曲第1番「巨人」

クレツキ指揮ORTF(ina配信)1970/6/24放送live

これは安心して聴いていられる。マーラー前期に合っているのだろう。ブラヴォこそ困惑混じりの感もあるがラストのカットのせいだろう、このカットは他でも稀に聴かれるもので、肝心のクライマックスで足をすくわれるが、それでも全体として起伏も激しくしかし均整は失わずに音響的には素晴らしく調和し和声変化が明確でカラフルだ。タイタンのスタンダードと言ってもいい~ラストのカットと、オケの非力を除けば。三楽章はしっかり弾く方をとっている。クレツキらしい。
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マーラー:交響曲第3番

ヴェスト(alt)ホーレンシュタイン指揮RAIトリノ放送管弦楽団&合唱団(FKM/rococo?)1970/12/16トリノLIVE

おそらくROCOCOのLPで出ていたものと同じだがステレオで音質は段違いに良い。プチプチノイズや片側欠落など入って70年代にしては悪いが、バランスは良く音圧はあり聴き応えは十分だ。がっしりして立体的・構築的な音楽作りはイタリアオケをもってしても不安を感じさせない堅牢たるところをみせながら、VOXにウィーン交響楽団と録音していた頃のような、情緒的なアーティキュレーション、音色変化、終楽章においてはインテンポでありながらポルタメントすら使わせ、ワルターのような感じで3番の緩徐楽章による終焉を盛り上げている。中間楽章の印象が薄いが、ある意味いつものしゃっちょこばったホーレンシュタインのやり方が裏目に出ただけかもしれない。オケがオケなのでミスの多少は目をつぶること。最後の盛大な盛り上がりは確信に満ち、声を上げる者はほぼブラヴォ。ホーレンシュタインとしては上出来。

マーラー:交響曲第1番「巨人」

プレートル指揮VPO(dirigent)2007/11/11live

外連味たっぷりの名演。同じウィーンでもウィーン響かと思うようなオケの音の細さ、雑味、軽量級っぷりはともかく、音色ややる気は素晴らしくマーラー向きで、最晩年のプレートル翁のいっそう過激になった棒につけて動きまくる。それはすでに化石となった「表現主義」そのものと言ってもいいだろう。ここはこう引き伸ばすとカッコイイ、と思うところは尽く引き伸ばす。ためをつくるところはとことんためる。速いスピードは勢いとなって音楽を推し進め、そのスピードを感じさせない小技の数々もまたよい。ここまでスッキリ聴き終えられる演奏は物凄く久しぶりだ。どの楽章が突出してということはなく全てがまとまっている。大ブラヴォで終わる。壮年期のスヴェトラーノフを彷彿とさせる。音も良いし、追悼に如何。

マーラー:連作歌曲集「さすらう若人の歌」

フィッシャー=ディースカウ(B)シューリヒト指揮ORTF(ORTF,ina)1957/9/9live・CD

5年前のフルトヴェングラーとの録音で有名なディースカウの「若人」だが、まだ若々しくはつらつとしている面もさることながら繊細な詞の再現における技巧的にすぐれたさまも今更ながら楽しむことができる。あくまで歌唱につけただけでバックがどの程度影響したかわからないが同曲をレパートリーとし翌年のライヴも発売されているシューリヒト/フランス国立放送oの組み合わせも昔のシューリヒトのデフォルメも辞さない積極的解釈が出ていて特筆できる。柔らかく落ち着いた面より細かい機微の表出力が印象的。これを振るなら直接引用先の「巨人」も振って残しておいて欲しかったが、まあ、結局バックに徹した結果なのだろうか。モノラルだがノイズもなく非常に安定した良い復刻。

マーラー:大地の歌

バーンスタイン指揮NYP、トーマス(T)フィッシャー=ディースカウ(B)(eternities)1967/3/18live NY

左右が揺れたまに片方が聴こえなくなる粗いステレオ録音だが、リアルな肌触りは悪くはない(終楽章にデジタル化(CD-Rのせい?)による音飛びのような耳障りな部分があるのは残念)。実音は強く重心が低くしっかり捉えられている。バーンスタインの男声だけによる大地の歌(楽章単位に拍手が入り、交響曲ではなく連作歌曲集として演奏されている)は賛否あったが、音域的に安定し、この曲に横溢する夢のような明るさが逆に絶望の闇を暗示する、マーラーらしい世界観を良く示せる配慮だと思う。尤も終曲末尾は女声で消え入るのが、やはりしっくりとはくるのだが(マーラーは男性なので告別もまた男性としてのものと考えれば適切なのかもしれない)。テノールの声質は少し気になったが、ともに表現力はあるものの見せつけるのではなくあくまでシンフォニックにオケと絡みあるいは吸収されるようなところはバーンスタインの意図に沿っているのだろう。そのオケの演奏はダイナミックでバーンスタインらしい。しっかりした劇的解釈がオケに完璧に伝達され、壮年期のニューヨーク・フィルとのライヴとしては、論えばミスがないわけではないが、晩年のものに近く可也精度が高い。「告別」を繰り言をのべる退屈な30分ではなく波乱の心情をうつした交響詩として聴かせてくるのは快楽派には嬉しい。細部までしっかり太く弾かせ吹かせ、歌いながらアグレッシブに(自在に)ドライブしていく中にも、バーンスタイン晩年の深み、余韻の表現への予兆が聴きとれる。アグレッシブなだけでは告別にふさわしくはない。面白く聴ける演奏。ワルターでいえばまだアメリカに来る前の録音のような感じ。ブラヴォが聴こえる気がする。

マーラー:交響曲第9番

バーンスタイン指揮イスラエル・フィル(vibrato)1985/9/12live

これでバンスタ/IPOのマーラー9番来日公演のすべてが出揃ったわけである。前回の「伝説の公演」の酷い状態に比べ、良い座席だったのか声部間のバランスがよく、放送録音かと思えるほど安定しており、数倍聴きやすい。擦れた部分もあるが、依然きわめてノイジーなモノラル録音ではあるが、これなら60年代の放送エアチェック音源と言っても通用するだろう。演奏は均整が取れており過度なデフォルメが目立たない。客観的に見れている感じである。圧倒的に重厚壮大な四楽章はともかく、テンポが早めな印象を与えるのも、録音バランスの(帯域も幅も十分)良いところからくる「聴きやすさ」に起因していると思われる。一楽章など私は一連の記録の中で特記していい「統制が取れバーンスタインの解釈をきちっと具現化した演奏」だと思う。戦闘的な中間楽章も素晴らしい。四楽章は延々と続くような詠嘆の表現には至っていないが、これも均整が取れていて、生演奏はともかく、こうした記録として聴くにはむしろ良い。お約束の沈黙のあと長々と拍手やブラヴォまで入り、翻って各トラックほどよく編集されていることから、もともとはしっかり全公演を録音できている(つまり前回のように心持ち尻切れるような音源ではない)と思われる。邪魔な砂ノイズは何とかできそうだ。情報量はある。80年代中盤なんて放送エアチェックですらまだまだ依然モノラルでテープ録音していたような人は多かった。私は90年代のスヴェトラーノフの放送すらMD録音時間の制約でモノラルで録音していた。況やインホール録音をや。

マーラー:交響曲第4番

イヴァネヴァ(msp)D.オイストラフ指揮ORTF(ina配信)1968/4/30live放送

中低音域のしっかりした分厚い響き、その統制ぶりでフランスオケではないような演奏を引き出している。しょっぱなから派手な左ヨレが二か所ありがくっとくるがおおむね良好なステレオ。テンポよく(速い!)リズムよく、正面切って颯爽と進むが軽量級ではなく、分厚いオケを堂々と動かし新即物主義からの影響も感じない。打楽器を派手に鳴らすのはロシア流儀だろう。パウゼの多用も強調処理としてロシアを感じさせる。3楽章もいきなり左側がノイジーになってしばらく情報量自体の削られた状態が続き清浄な音楽を損なうが、こういうところが正規盤化されなかったゆえんか、これは放送エアチェック音源なのだろうか(それにしては撚れのない部分の音がノイズレス過ぎる)。情緒的なものをよく分厚い弦楽セクションに伝えている。徹底しており、チェロのポルタメントなど他では聴けない。耽溺することなく雄渾に表現していく。4楽章も僅かな録音歪みはある。イワノワは声が若く滑舌の甘く感じるところもある(言語的問題だろうか)。ここでもオケの調和を厳しく統制し、フランスオケではないかのような錯覚をおぼえる。しばらく沈黙が続き、盛大な拍手となる。ブラヴォも飛ぶ。演奏日は推定。

マーラー:交響曲第9番

バーンスタイン指揮イスラエル・フィル(vibrato)1985/9/8東京live

モノラル膝録。歪み、情報量の少なさからリバーブをかけてもつらい音質。環境雑音は仕方ないが高音が弱く、弦楽器、肝心のヴァイオリンの音が遠く薄霧がかかったようで、音量変化すらとらえづらいのは残念。そんな状態なので細部は聴き取れないし音色も評価不能である。基本解釈は他の同時期の正規非正規盤と同じなので、それら幾分音のましなものを聴いたうえで、脳内補完できる人向けの音盤。この実演を聴いてバンスタにハマった知人が確かにいたが、ここで聴こえるものは実演とは程遠いと思われる。変な「伝説」に惑わされないほうがいい(この夜バンスタの枕元にマーラーが立ち「ありがとう」と言ったというが~当時そのての作文は多かった~アルマの枕元にすら立った記録がないのにありえない)。1楽章冒頭はそれでも迫力がある。物理的な迫力ではなく異様な音楽の始まる緊張感だ。マーラー9番としてはさすがのこなれっぷりでオケも演奏瑕疵のない点は晩年のバンスタの達していた境地を察して余りあるが、、、解釈は他と同じなので新味を感じず私は次第に飽きてきた。この時期にバンスタの導入していた(これは譜面改変なのだろうか)ヴァイオリンへの一部スルタスト奏法はここでも一応聴こえるが、ほとんどの人にはこの音では差がわからないと思われる。これ自体意味不明の「ミョ~ン」という効果を狙ったもので導入しないこともあったから、まあ聴こえなくても問題はない。細部はともかく、解釈はこなれており起伏に富んでなお自然な流れの寸断されない大きく有機的な演奏で、印象的には他の記録より激情に駆られて急激なテンポ変化など行う率が高く、しかしながらオケに一切乱れがないのは迫力の源である。三楽章でパチン系ではない音飛びがある。そしてこの後半楽章になると音質が一層不明瞭で、アンサンブルが明快には聴こえない。音楽そのものの力で押し通す前半楽章と違って構造的な魅力をみせる後半楽章は録音状態の影響を強く受ける。四楽章になるとさらに弦主体なので正直きつい。伸び縮みと流れを追うことしかできないが、その点でいうと異常に清澄で異常に引き延ばされた結部近くは印象に残る。余韻を無音部分含め全ておさめてからでいいのに、音は一応なくなってはいるが、あっさり切れて拍手カットなのは勿体ない(元のテープが足りなかったのだろうか、四楽章だけで30分超は長すぎではある)。以上、やはり既出盤で十分な録音であり、海外っぽくしておきながら国内焼き臭いこの盤の、そらぞらしい浮世絵ジャケを眺めながら、どこぞの音楽評論家の檄文でも読み返し、なんとなくその場にいたような気分になるくらいのものである。その場にいたのであれば、終演後に当日のライヴ盤を手売りされた気分で、あくまで思い出の記録としてとっておくのもよい。

<参考>バーンスタイン最後のマーラー9番記録について(現時点でのデータ)

NYP(65/12/16)、VPO(71/3live映像)、VPO(71/5/9live)、BPO(79/10live)、BSO(live)盤を承前として(一部疑義・編集・無編集版あり、以下含めまとめブログ参照)

1985年

・5/29-6/3ACO live編集版(stereo):DG
・8/25IPO テルアビブ、マン・オーディトリアムlive(stereo):Helicon(IPO) ☆これを聴きましょう
・9/3IPO大阪フェスティバルホールlive(stereo):LANNE、ETERNITIES※
・9/5IPO名古屋市民会館大ホールlive(stereo):LANNE、ETERNITIES※
・9/8IPO東京NHKホールlive(mono):VIBRATO(本盤)※
・9/12IPO東京NHKホールlive(mono)2017/4発売※

※来日公演(CD-R)。M9については4公演行われ、うち5,8日が評判となった。同曲は大阪万博時1970/8/29(大阪フェスティバルホール)9/7(東京文化会館)NYPとも来日公演を行っている。

マーラー:交響曲第9番

セル指揮クリーヴランド管弦楽団(cult of classical music:CD-R)1969/2/6live

このとっくに消えた海賊盤レーベルは既出音源を指揮者毎にソートし直して組み物で出す高額レーベルと感じ、データも確認せず看過していた。セルの同曲は自主制作正規盤以外では一音源(1969/1/30ライヴ(1968年説、5月9日記載盤あり))しか存在しないと言われており、データが違っても既出盤と同じと思っていたが、最近ネットで環境雑音が違う、一緒に収録されている大地の歌も1970年セル最晩年のもので両方とも初出と知り、webを探して聴いてみた。結果、環境雑音を置いておいても、違うと思われるので別記する。すでに入手できない盤だが聴くことは聴けるので興味がわけばどうぞ。録音はセルの同曲盤の中でも一番いいと言う方もいたが、砂ノイズが入り続け、4楽章終盤でははっきり言って邪魔。かなり辛い。言うほどけして良くない状態ではあるがソリッドなステレオ録音でバランスもよく、聴衆録音(インホール録音、膝録)ではなく放送エアチェックだろう。3楽章の肝心なところで派手な音飛びがあるのは、原音には無いと思うので惜しい。演奏的には極端な新即物主義という点は同じ。サウンドとしてのマーラーを追求する。一楽章のヴァイオリンの音色には思い入れを全く感じないが音は素晴らしく出ている。発音の頭を極めてハッキリさせるセルの方法で、経過句には緩やかな表現もとるが、休符後の音符の最初は常にアタックがかかるくらい「キッチリ譜面通り」の音を出させて違和感がある。ただ、これはシェルヘンの同曲ライヴを思えば、速いインテンポでサッサと進むドライさもまるきり同じで、即物的といってもこれはこれで一つの解釈なのである。まあ、聴いているうちに飽きるかもしれない。シェルヒェンと違うのは音響バランスの完璧さか。締め上げられたオケは、アメリカオケとか欧州オケとかそういった垣根を越えたものを提示している。マーラー9番のスコアの隅々まで耳でわかる。これが復刻されない理由は事故の多さかもしれない。前半ではそれほど目立ったものはなく2楽章でブラスの一部がとちる程度だが、4楽章は最初からひときわ性急なテンポがとられ、インテンポではなく前のめり、ともすると走って行きかねないほどで、そのくせ緩急つけるところは極端につくので、即興的とでも言うのかオケが勝手に動いてしまったのか、他の楽章と違う感情的なものを感じる。危ういなあと思っているとついに大事故。緩急のテンポの制御がつかずオケが完全にずれてしまい大崩壊してしまうのだ。復旧して最後はしめやかに終わるものの、これは復刻されないな、と思った。拍手は盛大だが、セルマニアならどうぞ、というところか。

マーラー:交響曲第3番

ラーション(A)スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団他(WME)1999live

スヴェトラーノフはマーラーをレパートリーとしていて、手兵国立響を率いて九番を演った頃は「日本人に馴染みのないマーラーを教えてやる」(1990年代にもかかわらず!)というような調子で、バーンスタインを尊敬していたということからも、また晩年N響で7番などをやったこともあるように、大曲志向などという言葉にとどまらない好感を持っていたのだろう。壮年期の力感や破天荒な表現は退行し、この曲の最後もいつもの「引き伸ばし」はするが音量や表現の起伏は付けられていない。だが円熟した解釈を常に明瞭な発声で表現させていくさまはマーラー指揮者と言ってもいいくらいしっかりしたもので、地に足の付いた演奏である。牙の抜けたロシア国立とのチクルスしか正規の全集が残っていないのは残念で(最初の九番の評も良くなかった)、全集くらいでないと演奏されない三番が第二の手兵と言えそうなスウェーデンの手練れ楽団とのコンビで音盤化されたのは歓迎されるべきことだ。じっさいバランスの良さ、解釈の浸透ぶりはロシアのものとは比べ物にならない。自身の指揮方法の変化や穏健な解釈への変化(相対的にはけして穏健ではない)があったにせよ、マニアックではなくニュートラルに聴けるスヴェトラーノフというのはそれだけで真価を問えるもので価値がある。この曲のほとんどの魅力は両端楽章にこめられているが、一楽章は期待に違わぬハッキリした演奏でいちいち発音の頭が強く、わかりやすい。シェルヒェンをちょっと思い出させるが歌心というか横の流れも程よく、晩年陥った響きへの過度なこだわりもない。終楽章でオケがバテたのかうねるような感情表現までいたらず、平凡な印象なのは残念。少年合唱の音程が少し。。全般に聴く価値あり。

マーラー:葬礼(交響詩)

プレートル指揮シュツットガルト放送交響楽団(WEITBLICK)1998/6/24-26live・CD

前半プレートルらしく前のめりにならず一歩引いて整えた感じがある(単楽章の曲にもかかわらず複数回のライヴを継いでいるのでそこは斟酌すべき)。先ずはそこまでやるかという丁寧なフレージングが聴きもので、緩徐主題のほうが耳に残る。デロデロな演歌ではなく、晩年のワルターのような懐深い表現である。冒頭も含め激しく叩きつけるような箇所では少しぼやっとするところがあるが、ホール残響が過剰なせいかもしれない。プレートルが単独で前プロに使っていたとおり、「復活」の一楽章の原型、「巨人」の続編、ではなくひとつの管弦楽曲として構成されており、この単独曲の中での劇的効果を狙った創り上げ方をしている。中盤から後半になると突如極端にスピードを上げたり、ホール残響問題も気にならないほど派手に、開けっぴろげな音響の拡げ方をして、昔のプレートルならやらなかったであろうダイナミックな表現には雑味すら混ざるが、プレートルのものとしてはそこまで濃くならなかったマーラーの、「体臭」に肉薄している。静謐からの駆け下りる結部は、次に繋げるというよりそのまま奈落に墜ちる雪崩状の感じが出て、なるほど復活一楽章とは違うな、という箇所もわかりやすく示されるし、復活の一楽章が長過ぎる、という向きもこういう「交響詩」として聴けば、リヒャルト・シュトラウスの初期作品群と肩を並べた作品として楽しめるだろう。マーラー指揮者ではなく珍曲指揮者としての腕の現れた佳演。別のオケ、特にフランスやイギリスだったら全くマーラーに聴こえなかったかもしれないな。

マーラー:交響曲第4番

ギーベル(SP)カイルベルト指揮ケルン放送交響楽団(weitblick/SLS)1967/12/8live(1967/12/28?)・CD

SLSは28日としているがおそらく同じ演奏。一楽章から凄いバラケ方をしていて、ドン臭いなあ、この頃のケルンはまだこの程度の技術だったんだなあ、音は相変わらず無色だなあ、と思いつつ、カイルベルトの「ドイツ臭いマーラー」の分厚い響き、重いテンポによるじっくりとした語り口には魅力を感じる。二楽章の調弦をズラしたコンマスソロがほんとに調弦狂ったような感じに不安定になっているのもドン臭い、やはり弦の俊敏さに欠けるから協奏的な同曲にはちょっと向かないかなというところもある。ウィーン情緒を醸そうとフレージングを工夫するも音色が一定して冷たいのでテンポにのみ感じ取れる程度。三楽章は軟らかな耽溺こそしないものの美音に情感を籠めて透明感のある爽やかな音楽をこうじている。カイルベルトは音符の最初からしっかり発音させ、軟かく小さな松葉をつけて発音させることがない。それがこののような明瞭なステレオ録音だとあからさまに耳につくのだが、三楽章についてはいくぶん弱められ、展開部では意外とフレージングへの配慮の行き届いたさまが激情として聴き取れる。オケは相変わらずだがマーラーらしくやろうとしている。深淵を覗き込むような音が少なく低く長く暗い場面は後期すら彷彿とさせる諦念だ。転調すると意外と主張するチェロが浮き立つように愉悦的に音楽を盛り立て、弱体なヴァイオリンを押し上げる。だがやはりホルンや木管が挽歌を奏でる暗い音楽のほうが音域的にもカイルベルト向きかもしれない。角笛交響曲の児戯から離れ、悲劇的の四楽章をほうふつとする。後期作品への予兆と取れる断片が散見される楽章だが、基本的には天国的な明るさを志向してはいるので、解釈としてはワルター的なやり方のほうが耳には残るだろう。カイルベルトは終幕へ向けて長い音符を印象的に響かせながら微妙な機微を詠嘆的に聴かせておき、「大いなる喜びへの讃歌」を炸裂させて劇性を高めるも、それはあくまで空疎であり、やはりゆっくりと着地するほうを選ぶ。感情に任せた若々しい音楽にはしない。ヴァイオリンの長い高音、ハープのとつとつと明確な響き、そこから下降する「アダージェット音形」に至る終幕のほうがしっかりと耳に残るようになっている。四楽章は本来的にはどうあれこうなると付け足しのような歌曲だが、伴奏の付け方は上手い。俊敏とは言えない弦や木管に細かい動きをはっきり付けさせて、一楽章の再現など一楽章より良く出来ている。歌唱はライヴなりの少し甘いところはあるが、力がある。終盤素晴らしい。環境雑音があるのでライヴと書いたが拍手はなく、恐らく放送用ライヴだろう。ステレオ。

マーラー:交響曲第1番「巨人」

バルビローリ指揮チェコ・フィル(bs)1960/5/15live・CD

協会盤。これはバルビローリの得意中の得意曲で、ニューヨーク・フィル公演にてアルマの賞賛を受けたことは有名だ。その遺された記録の中ではやや下の録音か。まず状態が良くない。分離が悪くて、このオケならではの折角の弦楽器の各声部がきちっと別れて聴こえて来ず、もやっとヤキモキする。しかしそれでもヴァイオリンの音域は比較的はっきりしているので、三楽章の(冒頭コンバスはヘタクソバージョンだが聴こえづらい…)中間部、夢見る歌謡旋律は縮緬のようなヴィヴラートの襞までびっちり揃って美しくひびき、「弦のバルビローリ」を堪能できる。もっとも独特の効果的な歌い回しは控えめ。オケの(ヴァイオリンの)美質を(異様に)引き出すに留まっている。この演奏では四楽章の緩徐主題でも同様のものがきかれ耳を虜にする。一方でブラスは野放図にきこえる。あけっぴろげで雑味がある。これもオケの特質かも知れないが。もう一つ文句をつけるとすれば二楽章の遅さだがこれは解釈なので仕方ない。全般とおして拍手も普通で名演の範疇には入らない、あくまで客演記録のレベルとして認識できるものではあるが、バルビローリ好きでイギリスやアメリカ以外のオケを聴きたい向きにはいいか。フランクの正規録音とは比べるまでもない音質なのでご注意を。

マーラー:交響曲第1番「巨人」

マルティノン指揮ORTF(ina配信)1971/11/17live

マーラーを得意としただけあり、かなり揺らしてきて面白い。基本的には他の記録でも聴かれる解釈ではあるが、即興的なところが多かったのだろう、機能性に欠けるオケが前半楽章の随所でついてけないのは残念。特に一楽章、後半から終盤ではミスやズレが頻発し瓦解寸前、終わり方も無理矢理。そこから二楽章冒頭、よせばいいのにリズムをズラそうとして、これが揃わずバラバラで人工的。重量感もありそこそこ楽しい踊りなのに勿体無い。ラストの再現ではズラさず明確なリズムできっちり演っている。これは敢えての解釈だろう。後半楽章は前半楽章はほどの揺らしはなく、滑らかなアーティキュレーション付けが楽しめる。相変わらず弦の細かい動きが揃わないなどフランスオケ特有のアバウトさは感じられるが、本来的にドラマティックな要素が強い音楽なので、多少瑕疵はあってもそこに沿って進行するだけでも十分揺さぶられるものである。極端に煽ったり激しい音は出さないが(ブラスの丸い音はオケの性格なので仕方ない)、アルマを魅了したバルビローリのような確信犯的な設計自体で惹きつける。マルティノンの解釈の面白いところは曲によって分析的であったり主情的であったりするところで、タイタンについては後者だから、素直に楽しい(マーラーでも千人など大曲になると前者の色が濃い)。大ブラヴォで締まるのも頷ける。

マーラー:交響曲第4番~Ⅳ.(ピアノ編曲)

作曲家(ピアノロール)(teldec/victor/tacet/Preiser/WME他)1905/11/9・CD

ヴェルテ・ミニョン録音の多種多様な自作自演ものはCD時代になってやたらと再発されまくり、マーラーのようにロールしか残っていない人気作曲家については単純に現代ピアノで再生したものから加工も含めて録音時の再現性を高めた(実際はわからないのであくまで想定であるが)ものまで質も聴感も違う。特にLP時代のモノラル録音など現代の耳からすればひどい音で、それを板起こししたものさえあるから始末に負えない。

但し、ピアノロールはあくまでパンチ穴に記録された「音」である。もともと残響は記録されないし、音色は再生するピアノ次第、強弱程度はわかるが繊細なタッチは脳内で補うしかなく、機構上どうしても「よたって」しまう。それらの補正にも限界がある。参考資料として、あるいはマニアが愛好物として楽しむのであれば、いくつか原盤・環境(楽器等)・録音補正違いのものを購入するのもよいが、私はコンドン・コレクションの最初の青いCDをはじめ四種が限界であり、それで十分満足している。過度な補正などはむしろもともとの演奏から離れる可能性もあるのは流行りの補正盤同様。評価の高い近年のもの(TACETのスタンウェイによる残響の大きい盤、Preiserのマーラー愛器ブリュートナーによる盤)は楽しめるとはいうがそういう意味で未入手。所持盤もそれぞれで、最近のWME(CD-R)などひどくよたっていて聴くのが辛いが、ドビュッシーのものにも感じられる「オールドスタイル」、もともと音楽自体の示すままに、今の耳からするとよたったようなテンポをとっているところはあろう。歌謡的な大ルバート(歌曲楽章だから歌謡的なのは当たり前だが)、大仰なアルペジオ、性急なテンポなど、名の通ったレーベルの盤であれば十分わかるし、あんまり高額出さなくてもいいです。

一個のピアノ曲として劇的に演奏している面もあろう。マーラーの指揮スタイルはかなり揺らすものであったという説もあったし、古臭い、おかしい、というほどでもない。そのスタイルはこの曲より、5番1楽章のロールではもっとしっかり伝わります。こちらもやたら再発再録音がある。これに加え「若き日の歌」~緑の森を楽しく歩いた、「さすらう若人の歌」2~朝に野辺を歩けばと計4曲を同日一気に録音したのが自作自演全記録。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm14570709

youtube(全4録音)

マーラー:交響曲第4番

アメリング(sp)クーベリック指揮ACO(WME)1962/5/2live

非常に達者なオケにボリュームのある表現。音色変化など配慮が行き届き細部まで統制された見事なアンサンブル。骨太な印象ではあるがオケのみならずクーベリックのこなれたマーラーが楽しめる。壮年期録音ないし一部ライヴ録音から期待される破天荒なところはなく、DGのセッション録音に近い。オーソドックスなマラ4として楽しめる。歌唱は管弦楽と同調するように程々に明るい。特徴的なところはない。一部ノイズが入るが良好なステレオ録音。WME(CD-R)盤はなぜかマーラー自身のピアノロール録音(四楽章)を併録。

マーラー:交響曲第2番「復活」

バルビローリ指揮ハレ管弦楽団&cho、エリオット(sp)ザレスカ(Msp)(rare moth)1959/3/12live(1952?)

久しく見なかった裏青(CD-R)レーベルがいくつか発掘新譜を出してきている。そのうちの一つ。もはや同じ海賊(ないし権利切れ)音源を色んなインディーズ裏青が使いまわしてどんどんダンピングしていくのが通例で、レアモスのような古くからの「高額海賊盤」はお役御免の感もあったが、何処かで見たようなものの中にも、このような恐らく初出のものがあるので侮れない※。とはいえ、内容はいつものエアチェック録音でモノラルのあまり良くない音。エアチェックノイズが流れ続け、二楽章では耐え難いレベルとなってほぼ欠落のようになっている箇所がある。演奏は50年代バルビの覇気が手兵に伝わり、シュツットガルトの有名なライヴよりむしろ板についた感じがする一方、最後までの盛り上げ方は若干単調というか単純というか、うねるような所謂バルビ節が無くはないがそれほどカタルシスを与えない。拍手は盛大だがタイタンや後年のライヴとくらべてはさほど気を煽られなかったようだ。弦と声楽にメリットのある指揮者で、その音楽作りの根底には歌があり、歌謡的な表現をいかに管弦楽で実現するかに長じているが、ここではその一方でブラスへの抑制的ともとれる指示、薄手と評されたブラスの、音色が全体の中で実に融和的で、イギリス的中庸ともまた違い、ハレ管弦楽団全体としてのまとまりという意味で良さが出ている。 ※以前1952/3/12という放送音源を取り上げたが同一かもしれない。

マーラー:交響曲第9番

テンシュテット指揮NYP(en larmes)1982/2/18放送live

日本でもFM放送されたものであり、ここでは本編以外拍手などカットされているので詳細は不明だが、混信めいたノイズが静かな場面で非常に耳障り。籠もって音域が狭く感じられ、いかにも80年代のステレオ放送エアチェック録音音質である。しかしなおテンシュテットの雄渾で粘り腰の九番の魅力は強力に伝わってくる。二楽章のいかにもレントラー舞曲らしい重々しく突進する動きもいいのだが、やはり一楽章に尽きるだろう。暗い情念の感じられる表現は時に極度にデフォルメされるも、バンスタのような個人的な表出意欲より、マーラーの音楽の包蔵するそのものを引きずり出しているようで、変な言い方だが、「ドイツ的な感情」を発現させているように聴こえる。漢らしく、弱々しい自己憐憫などなく、ただ諦めと荒んだ心が抽象音楽に昇華されてゆく。ニューヨーク・フィルがこのような(ペットの派手なミスが1箇所あるが)高精度の演奏をマーラーで成すのも珍しいように思う。バンスタの一部の演奏にも神懸かり的なものが残っているが、強いて言えばそれを下敷きにしたようなところもあり、例のファーストヴァイオリンへの「スル・タスト」奏法導入はまさにバンスタ解釈からの借用だろう。いずれ録音状態からも後半楽章の煮詰まり方からも完成された完全な名演名記録とは言えないものの、マーラーの九番はこういう曲だ、というのはこの人の「黒い演奏」とワルター晩年の「白い演奏」を聴けばわかる、それでもわからなければバンスタで肌で感じろ、といったところか。

マーラー:交響曲第5番

○マデルナ指揮フィラデルフィア管弦楽団(sls)1971/11live

唸らせる名演。天下の奇演7番VSOライヴで知られるマデルナの、作曲家ならではの理解と創意が、極めて細かに織り込まれた表情付けの一つ一つ、そして全体的にも、意識的に扇情的であろうとして、完全に扇情的であることに成功している。冗漫なこの曲をシェルヘンは叩き斬ることで突き通したが、同じ突き通す演奏でも、構造をしっかり組み立てること、予め各楽器にデュナーミクの一つ一つフレージングの一つ一つまでも徹底して指示したうえでライヴとして最大限の効果をあげることに成功している。却ってアダージェットのほうが埋没する感もあるくらい他がよく出来ている、アダージェットが激烈な終楽章の序奏に過ぎないことがわかる。オケもまた良いのだ。ライヴのレベルでは要求に殆ど答えられている。特に強力で分厚い弦楽器の一糸乱れぬフレージングの妙は、いつもながら感服させられる。ブラスはまるでロシアオケのようにあけすけではあるが、マーラーという宇宙によく鳴り響く。

スヴェトラーノフがマーラーを録音するという情報が流れた時、我々が期待したようなものがここにある。スヴェトラーノフは円熟期の横長のスタイルに移行して、細部のアバウトさも手伝い残念感しきりの結果だったが、壮年期であれば、、、いや、ここまでしっかりした演奏にはならなかったか、、、

録音劣悪なエアチェックレベルのステレオ。そこは堪忍してください。聴衆反応はブラヴォが飛ぶ程度。

マーラー:連作歌曲集「亡き子をしのぶ歌」

ルクレチア・ウェスト(msp)アンゲルブレシュト指揮ORTF(ina配信)1955/3/24live(放送日?)

既に知られた音源よりさらに4年古いもので、ソリストがウエストというのも特筆すべきか。狭く立体感のない音はノイズこそ無いが残念。ロマンティックな暗がりからなるマーラーの歌曲なのでモノラルでもさほど印象は変わらないとも思えるが、盛大な聴衆反応を聞くにもっと瑞々しかったんだろうなあというところ。ここで聴き取れるかぎりはオケの響きが薄くて軽く、楽想の示す闇を感じさせるところはない。しかしこれは歌をきかせるものなのだ、それ以上は必要なく、ヴェストの安定した歌唱で純粋にマーラーというものの音だけを聴く、それでよかったのだろう。

マーラー:交響曲第3番~ⅢⅣⅤⅥ

○伝レオ・ブレッヒ指揮ストックホルムフィル、ライル(a)1944LIVE(valkyrie:CD-R)

拍手以外音が良すぎ。偽演かもだが、それはそうとして流麗でメリハリのハッキリした佳演。事故もあるし終楽章にはもっと潤いが欲しいものの、これが本当にブレッヒであるとしたら野村胡堂氏が口を濁した指揮者も経験を積み素晴らしく円熟といったところか。

マーラー:交響曲第4番「大いなる喜びへの讃歌」

ケルテス指揮バンベルクsoガブリィsp(DG)

ライブにしては精度が高い。落ち着いた上品な演奏。情緒的な解釈は2楽章に顕著、そこまでポルタメントさせなくても、と思う位面白い。録音の分離が良すぎて曲構造が分かり易いのもプラス。歌は少し甘い。

マーラー:交響曲第2番~Ⅱ

シェーンベルク指揮キャデラック交響楽団(動画配信等)

https://youtu.be/F9KGqRoKGiY

音声のみ

pristine(レストア版をケンペンの4番(tahraと同じ)と共に有料配信中)のデータによれば1934/4/8NY(NBC放送ライヴ)

ここではLAとなっています。オーケストラはアメリカで見られるスポンサー名のついたオケでNBCsoの可能性あり。

マーラー:交響曲第4番~Ⅰ抜粋(リハーサル)

ワルター指揮ACO(動画配信)1952

9番のリハはCD化もされてますが4番のしかも動画は珍しいですね。


https://youtu.be/A8nS3JO-BzQ

マーラー:交響曲第7番「夜の歌」

○コンドラシン指揮レニングラード・フィル(melodiya/BMG)1975/3/3・CD

力強い演奏だ。コンドラシンの、強引と紙一重の表現がある種の節度をもって披露されており、ロシアオケの特性を活かしながらも決してそこに流されることなく、西欧の演奏にひけをとらない巧さで万人の耳に耐えうるものとなっている。レニフィルならではの精度が強みになっている。とはいえロシアオケの響きのバラバラ感が好きではない向きには気になる雑味もあるかとは思う。ファーストチョイスには向かないが、コンドラシン好きは聴く価値あり。○。弱音と強音の差が激しくヘッドフォンなどで聞くとびっくりすることもあるかも。終楽章が聴きものか。個人的にはその前の楽章が生ぬるいウィーン情緒を刷新したようにすっきりしており好きだった。

マーラー:交響曲第5番

◯バーンスタイン指揮VPO(DG)1987/9・CD

やや遅いテンポでねっとりするところはねっとりと、しかし揺らせまくるところは余りない。アダージェットだって歌いまくる演奏は他にいっぱいある。オケの音色を前面に押し出すこともなく、その点素っ気なさも感じた。スケルツォが聴きものか。◯。

マーラー:交響曲第1番「巨人」花の章付

○フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団(放送)2011/9/2プロムスlive

花の章を付けたこの曲の演奏にはおなじみの組み合わせだが、演奏も息の合ったところを見せている。多少恣意的で長い音符が間延びするような、ホーレンシュタインのような感じのところが気になったが、そのあとちゃんと爆発するなど解釈が尽くされていて安心して聴ける。花の章は単独で演奏されたようだがまあ、そういうくらいの曲である。

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

◯ドラティ指揮CSO(ritardando:CD-R)1968/1/4live

一部欠落・プチ雑音あり。ドラティの悲劇的はドラマチックで素晴らしい。シカゴ響の機能性はドラティのうねるような力強さにこたえている。どの楽章もおすすめだが、やはり四楽章が弛緩せずキレよく演じきっているということでおすすめか。ドラティの悲劇的でも技術的に充実した記録(音外しなどあるにはあるが)。ラストは鮮烈。

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

◯アバド指揮BPO(DG)2004/6live-CD

颯爽としたテンポで粘らずさっさと進むのはいささか面白みを欠いているように思うが、響きや音量で変化を付けているので即物的な感じはしない。オケの内声が豊潤に鳴り響き、細部まで磨かれているのはなかなかのものだ。一楽章提示部繰り返しありで二楽章アンダンテ、敢えて古典的な構成で、ロマンティックな部分を抑えた古典的な解釈を目指したのだろうか。四楽章はもう少しメリハリがあると楽しめた。

マーラー:大地の歌

◯ホーレンシュタイン指揮ストックホルム・フィル(放送)1968/11

録音状態はかなり悪いし、演奏レベルもけして褒められたものではないが、緩徐楽章での荘重壮大な表現はホーレンシュタインらしく、ホーレンシュタインマニアなら聞いてもいい演奏かと思う。早い楽章は乱れたりリズム感がいまいちだったりと薦められない。
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