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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

クライバーン(P)コンドラシン指揮モスクワ・フィル(放送)1972/6/9モスクワ音楽院大ホールlive

コンドラシンのディスコグラフィを載せた露語圏以外唯一のホームページ(日本)が2013年に閉鎖されていたのを知らず、クライバーンについては時代が若いせいか詳細な録音データ集がなく、ググれば例のdiscogだのallmusicだのディスコグラフィと称する自由登録型の集合知的な、和風に言えばキュレーションサイトないしSNSの穴だらけのページが羅列されるばかりで目的にたどり着かない。つまるところこの演奏がVAIでDVD化された1972年映像と同じものかどうか知りたいだけなのだが恐らく同じだろう。クライバーンのような達者過ぎて端正という以外の特徴のあげづらい奏者は好んで聞く対象ではなく、たまたまこの音源がwebで聴けるので聴いた次第。コンドラシンもまた即物的傾向を示す揺れの無い指揮をなすのでこのコンビは相性がよく耳なじみよいかわりに、すれっからしには技術と解釈の正攻法ぶりを通して楽曲の本質をダイレクトに楽しむ「だけ」の、ようは網羅的収集対象としづらい音源を生んでいる、よって、同コンビ(inモスクワ)による同曲録音はRCAから正規音源、vaiの映像以外いらないと思うので、一言で終わらせる。モノラル。もっと言うなら、ソヴィエトの演奏家が持ち込む外連味や深読みが腕を鈍らせるのに対して、アメリカの演奏家が同国での流儀にしたがいひたすら技術(と手の大きさ)を高速インテンポによってひけらかすことを売りにしがちであったこと、そこにクライバーンというとんでもなく「安定感のある技術」を持ち、アメリカでは余り聞かれない「重量感」を持つ奏者が、モスクワへの先兵として送り込まれたことからとくに当地で異常な評価と熱狂を生み、冷戦勝利のような格好で凱旋帰国してからはレコードで言えば擦り切れるまで同じレパートリーを弾かされた挙句故障してしまった、ということで、ぜんぜん一言ではない。モノラルでもわかるのはミスというか不明瞭な音は一か所しか気にならず、ほとんど明晰でその音のどれもが太い。太いから音量を落とすのも細くするだけでよい。音はあまり変わらないが、技巧に余裕があるのでテンポに影響しないニュアンスで表情変化をつける。とても現代的な技巧家の演奏だと思った。冒頭の重音を重々しくやるが一部指をずらしたりとか、細かくは色々付けているのだが。同日(1972/9/6かもしれない)放送ではまるまるコンサートを収録しているのだが、グリーグ、ラフ2ときてチャイコ、そのいずれも大喝采である。そもそもこの重い三曲をやらされる身。二曲目のここでまだ余裕が感じられるのだ。。
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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ギーゼキング(P)クルト・シュレーダー指揮ヘッセン放送交響楽団(meloclassic)1953/7/20フランクフルト・ヘッセン放送スタジオ録音・CD

昔はこれ以上のものは無いと思っていたギーゼキングのラフマニノフだが今聴くと、鍵盤がつねに「縦に軽く」叩かれ柔らかみがなく、そこがフランス風というか情趣無く明確すぎる音、これは首を傾げる。もっとも、録音が音量からして弱く、全体像を捉えきれていない可能性もある。すでに老境に達していたためだろう、冒頭から重みがなく、過剰な和音は鐘の模写にはとても聴こえず(音を減らしているのか手がでかいだけか?手をズラしてバラして取る方法は全く使っておらず自然にそっと入ってきて最後だけズラしてためを作るもののテンポ的にはあっさり主部へ入る)アメリカみたいな豪速球スタイルとは違った淡白な音色のインテンポなスピーディーさで、、、軽く感じさせて一楽章はなんだか「ラフ2ってかんたんなの?」という良いんだか悪いんだかわからない誤解とともに引っかかりのないものになっている。ミスも認められる(メンゲルベルク盤はミスの有無すら確認できない解像度)。しかしビックリは二楽章で、なんだこの感傷的な世界は。ギーゼキングはドビュッシーにしても湧き上がるイマジネーションを何故かモノクロの中に描く人だったが、それはオケのせいもあってカラフルではないものの、メロディにしたがいタメを作り、とくに終局に向かう部分ではオケが、メンゲルベルクのようなとんでもないタメを作って巨大な恣意性を持ち込み、ロマンスを煽る。ラフ2ってこういうんだった!ギーゼキングはそれを邪魔せずまるで伴奏のように少ない音を添えて完璧だ。そこからピアニッシモでリズム主題に入り、これも過度にアクセントが付けられている気もするが、ギーゼキングの突入はやはりそれほど強靭な感じはせずパラパラとしている、しかもちょっと、指が危うい。だが、曲想にしたがってギーゼキングなりの盛り上がりは作っていく。アバウトさも含め気を煽るライヴ感があり、もっと深く強い音であれば素晴らしいのだが個性とのバーターであり仕方ない、オケが充実しておりソリストと丁々発止繰り広げる。何のタメもなく弦楽器に緩徐主題を放り投げるが、ちゃんとルバートして歌ったあとにしっかり投げ戻され、旋律最後の弱音表現が繊細で美しいのはギーゼキングのドビュッシー弾きらしさだ。計算されたテンポ操作が目立ってくるが、この曲、もともとそうやって夢見るドラマを繰り広げるのが正解だったような気がする。単純に突き進む曲じゃなくて、感情の迸るあまり変な表現もまじえ指も回らないが、しっかりオケの助けを得て、ロシア流の大きな旋律の抑揚をつけて終わらせる。録音の悪いせいもあろうギーゼキングのイメージから離れるところもあるが、これは敢えてライヴとして聴くのが良い。総括すれば「特徴的な演奏」だ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

クライバーン(P)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(melusina/DA)1958/10/5live

この長々しい曲をよくもまあ最後まで飽きさせずに聴かせる。録音時代初期にはホロヴィッツの専売特許みたいになっていた同曲を、おのが物として現代にリヴァイヴァルしたのはクライバーンであり、粒立った明快な音で些かの翳りもない音楽~2番に比べ緻密かつ洗練された作品ではある~を提示してくる。相手がミュンシュということでコンドラシンよりロシア色も薄まり、かといってアメリカナイズされたドライな演奏でもない。この指揮者慣れしたオケの力感に(音色においてラフマニノフ向きかどうかはともかく)ソリストも歩調が合い、勢いも憂いも万人受けする表現に昇華されている。技巧的な安定感は円熟をも示し、そりゃミスが皆無かどうかは聴いてみればわかるが誤差範囲内である。録音状態は残念だが(モノラルで高音が潰れるノイジーなもの)大ブラヴォもむべなるかな。

ラフマニノフ:交響詩「死の島」

ミトロプーロス指揮ミネアポリス交響楽団(NICKSONほか)CD

2番シンフォニーの録音もSP時代にしては勢いも色彩感も技術的にも素晴らしいのだが、これはラフマニノフがベックリンを即物的に音化したような曇ったロマン性を発揮した曲でありながら、ミトロプーロスの手際良い捌きにより臭みの無い西欧的ですらある演奏に仕上がっている。ノイズは致し方ないが過不足ない聴感である。いかにも同時代ロシアの、ワグナーやリストなど背負った上での重たい音楽を、チャイコフスキー流儀で取りまとめたところは、そう強調されることはないが、佳演とは言えそうだ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ブライロフスキー(P)クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(SLS)1945/10/27live

流石クーセヴィツキーと言わざるを得ない。録音状態の悪さを差っ引いても、ホルダとは違う。語り口の重厚さ、うねるようなロマンチシズム、溺れないテンポ、とくに一楽章はブライロフスキーの物語る口調がまた途轍もなく素晴らしく、クーセヴィツキーの情念と見事に融合している。二楽章はホルダ盤同様弱音表現に食い足りなさはあるし、三楽章は硬い音色で雄弁に突き進めるのに対して、クーセヴィツキーは背後に引っ込んで(マイク位置のせいかもしれない)言うなればベートーヴェン的な構成感のもとに客観的におさめているが、例のメロディで(録音のせいで音色が鄙びているのは惜しい)弦の見せ所をしっかり打ち出すなど要所要所では強靭に応えている。二楽章のノイズは部分的にきついが、それ以外SLSがなぜかリマスタリングを上手にやったせいか聴きやすい盤になっており、終盤ソリストとオケの作り上げる盛り上がりはインパクトがあり、緩徐主題再現前のブライロフスキーの一打、絶妙なタイミングには感銘を受けた。これは盛大な客席反応も頷ける。

クーセヴィツキーのラフマニノフというと交響曲が二曲きりで、むかし別人でPコンも出ていたかと思うが基本コンチェルトは聴かないので看過してしまった。記録上ユージン・リストとの録音が現存するはずとのこと。しかしキエフの大ピアニストとのこの組み合わせ以上に息のあったものでは恐らくないだろう。ブライロフスキーは手の大きさはどうなんだろうか、冒頭鐘の模倣を僅かにずらして取るのはホルダ盤より目立たないもののここでも聴き取れ、ラフマニノフに見出されたにしては「個性的」過ぎて、ショパン弾きとしての売り方しかされなかった理由なのかもしれない。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ブライロフスキー(P)ホルダ指揮サンフランシスコ交響楽団(RCA/tower)1958/5/1・CD

ステレオ初期らしく左右の分離がはっきりしすぎて、左から聴こえるピアノに最初は違和感をおぼえるが、明晰な録音。独特の解釈と呼ばれるものは確かにあろうが醒めた音で一貫して安定した速いテンポをとり、からっとした印象もある。冒頭から少し和音をずらしたような表現はラフマニノフ自身に見出されたピアニストとしては邪道なやり方かもしれないが変なドラマが煽られず古典的な佇まいすら感じさせる。その他テンポ変化やアクセントの付け方が唐突なところはあるがこの時代のプロの演じる協奏曲という側面をかんがみると特筆するほどの弱点には感じられない。むしろ面白い。発音は明瞭、ごく一部を除きバランスは完璧で残響や指の都合で音楽が濁ることは全く無い。オケは言われるほど悪くない。一楽章はむしろ瑕疵もなく主張がソリストと噛み合い全体としてドラマを盛り上げる。二楽章(これも他の同時代奏者とくらべ特別変な情感がこもっているようには感じない、音色は一貫して明るくテンポはかなり安定しているほうだ)は弦の音色表現がもう少し欲しいが、それはそれでソリストとは調和している。三楽章はオケが強く出て、ソリストが少し後ろに引っ張っている感もある。ここにきて内声まで音が全部出すぎて僅か不格好になっている。テンポは緩まないが緩徐主題ではボリュームが感じられる。楽曲の全体構成を考えたような人工的なテンポ操作が顕著になってきて、法悦的に緩いテンポから特に第一主題の再現変奏に入ると異様なアッチェルが瞬間的にかかり、そのままものすごいテンポにソリストものりまくった、と思いきや若干乱れてきたようにも思ったが録音のせいか。このへんを面白く変化つけて演奏してくれると単純な旋律音楽も楽しめるというもので、決して可もなく不可もなくではない、立派に大きな波を起こしていくオケにむしろ支えられるようにソリストも(たしかに音が浅くて低音の響きがイマイチだから弱く浅薄に聞こえるかもしれないが)融和的な表現からフィナーレ感を出してきて、ちゃんと終わる。一時期比較されたというホロヴィッツを私はあまり聴いていないが、高音の質はホロヴィッツに近いものも感じた。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ジャニス(P)パレー指揮ORTF(ina配信)1965/12/18放送(映像)

一貫して早いスピードでテンポの揺れは無く打鍵も充分強くテクニシャンぶりを発揮している。3楽章ではさすがにスピードに加え熱が入り荒れるところもあるが全般ほとんどミスは無い(ラフマニノフは音符が細かいのでこの丸まったモノラル音でこの質だとミスかどうかの判別も難しいが)。音だけでは他と相対的に端正にすら感じるジャニスが一定の評価を得ていたのはわかる。2楽章には力が入っているもののピアノの音色がどうにも硬質で一定し過ぎているのは残念。残念ついでにオケのオシゴト感がものすごく、パレーの解釈が揺れず真っ直ぐ突き進むという棒状のものということもあろうが(高齢のパレーの顔からは何の感情も伝わってこない)、あんまりにもスラスラただ弾いているだけで伴奏機械のようである。ピアノとアンサンブルするという気もなく見え(僅かズレる場面はライヴなので仕方ないし、そもそもアンサンブルを聴きどころとしない曲のせいでもあろう)、奏者は全員眉一つ動かさないで(サングラスかけていて眉が見えない弦奏者もいるので厳密には不明)最後だけボウイングを大振りして盛り上げて終わる。2楽章のクラリネットソロの音も、もともとそういうオケだとはいえ曲のかもすロマンティックな雰囲気を拒否しているかのようだし、2番ホルンが譜面を覗き込み続ける姿のクローズアップのみが感情的なものを伝える。テレビ番組の切り出し映像だが、冒頭、鐘の和音が鳴り始めるところでいきなり表題に切り替わり、そのあとも手先が見えないアングルで完全に映像であるメリットを消しているのは苦笑。そのあとの映像は悪くないが時代的に粗い白黒なのは仕方ない。DVDでも購買可能。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ジャニス(P)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/12/29・CD

悲愴の録音を思わせる押せ押せスタイルで迫力はあるにせよ、乾燥しているというか、ソリストもそうなのだが、ロマン派音楽を設計して構成して聴かせるというより、現代モノを譜面の通り即物的に音にして流している、という感じがして、引っ掛かりがなく、さらっと聴き流せてしまった。2番をやらなかったのも、3番がただ技巧的で時代の要請もあったから、にすぎないのか。ミュンシュが他にラフマニノフをやらなかったのもわかる気がする(同曲だけは同じジャニスとクライバーンのライヴ録音が残っている(各SLS,DAないしmelusine、未聴))。

ラフマニノフ:交響曲第3番

オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(eternities)1963/4live

オーマンディは総力戦の指揮者だ。個別の楽器の技術は高く要求するも色あいは要求せず、個々のパートにそれぞれの主張をなさせることはなく、ただひたすらオーケストラという一つの塊を、大きな構成の中で鳴り響かせることに専念する。完成されたパズルのような、キューブ状に固められた寄木細工のような音楽。個別に優れた長所をもつフィラデルフィア管弦楽団を全体として優れたものとさせようとするあまり、個性が死んだ演奏にも聴こえかねないものの、これは生で聴けば「ザ・オーケストラ」そのものとして感激をもたらすものであったろう。録音はアクの強いものでないと伝わらないし、場における音の拡がりや圧力も伝わらない。それを念頭に、聴くべき指揮者。よく聴けばいかにスケールの大きく力強くレヴェルの高い演奏をなしていたかがわかってくる。どこにもマイナスが無いからこそ、全てにおいてプラスであるという凄さが伝わらないと言ったほうが適切か。

で、ラフマニノフやグリエールのような、チャイコフスキーの次の次の世代くらいのロシア近代ロマン派には、このボリューム、この性能、このドライヴ力がじつにハマる。チャイコフスキー世代のスコアがまずかったぶん、この世代の曲になるとオケの性能をフルに活用できれば、凄いロマンティックな迫力ある演奏になる(それでいてハリウッド的甘甘さが無い格調あるところもオーマンディの特徴)。音の悪いエアチェックステレオ音源だが、大音量で聴いてほしい。後期ラフマニノフの、それまでの作品から題材を持ってきて組み直したような作風も、書法の充実がそれを補って、こう聴けば楽しい、とわかるだろう。ラフマニノフはフィラデルフィア管弦楽団と同曲を録音しているが決して揺れ揺れの演奏ではなく、この音を想定していたのだと想像して聴くのも楽しい。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

S.ノイハウス(P)スヴェトラーノフ指揮ORTF(ina配信)

ネイガウスの息子ブーニンの父と、若い頃テープを渡されて聴かされた思い出のある人だ。タッチが軽く音色も明るくあまり変化のないように思う。一方表現がとてもロシア的というか、メロディのままに揺らし陶酔し二楽章ではヨタってみたり、構成感も個性的だがしかしいかにもラフマニノフらしいと感じさせ、ミスタッチもバランス崩れもまじえながらもどこか現代的な部分、安定感というとまた違うのかもしれないが、何か面白い。音楽の全体にはオケの性向も影響しているとおもう一方、ブラスはソビエトから持ってきたんじゃないの、これはノイハウスじゃなくて指揮者の解釈でしょ、というような全盛期スベトラ節が炸裂していてこれまた面白い。ラフマニノフはこう歌うのだ、とバカボンのパパみたいに断言する伴奏指揮者。スベトラ好きはたまらないでしょう、いや、まあ、でも違和感もありました。そんなものだからいつもどおり最後は大喝采。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番~終盤のみ

モイセイヴィチ(p)サージェント指揮BBCso(bbc)。モイセイヴィチはモノトーンで味がないがそつもない。サージェントのしなやかで活気あるバックに注聴。意のままにオケを操り甘甘の曲を爽快に描ききる。オケに厳しい指揮者は良い。

ラフマニノフ:ヴォカリーズのメロディ(編)

◯ジェラール・プーレ(Vn)リグット(P) (SAPHIR)live
・CD

クライスラーとは懇意だったラフマニノフのヴォカリーズをアンコールのラストに持ってきたわけだが、クライスラーによる編曲版でもないらしい。中低音域の深い響きは荒さも無くはないがソリストの別の面を見せてくれる。

ラフマニノフ:交響曲第2番

○スヴェトラーノフ指揮フィルハーモニア管弦楽団(ica)1993/3/15live・CD

スヴェトラーノフ円熟期の十八番で終楽章後半の盛り上がりに熱狂的なブラボーも定番といっていいだろう。一楽章など内声がごちゃっとしてしまったりオケに弱みが感じられるがスヴェトラーノフの演奏らしいアバウトさで乗り切っている。このころからやけに透明感ある響きを志向していたように感じるがこれはオケが元々そうであるがため良さそうなものの、やや無個性で重みがないのは気になった。何と言っても聴かせどころは三楽章であり、止揚するテンポにはスヴェトラーノフの真骨頂たる歌心が感じられる。尊敬していたというバンスタ(アンコールはキャンディード序曲)とは違った粘着力を持つ音楽は一聴の価値あり。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

○アンダ(P)ロスバウト指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(HANSSLER)1953/5/3・CD

軽い。この曲は難曲のふりをしながら弾き熟せる人は簡単に弾き熟せてしまう印象がある。ソリストの器質的なものもあるだろう。ロスバウトは一部中欧らしい底から響く粘りを聴かせるもののだいたいにして正攻法の歪みのないサポートにてっし、その上でアンダはとくに技巧派ぶることも思わせぶりなロマンチシズムを盛り込むこともなく、かといってけしてそつなくは「無い」演奏を提示する。いや、なんだか少し雑味すらあるのだが、響きの透明感は紛れも無くこの人のもの。軽い、とは書いたがちゃんと全ての音は出ている、そのうえで軽く感じる。○。

ラフマニノフ:交響曲第1番

○スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(LANNE:CD-R)1987/11/15ウィーンlive

いいかげんこのlanneの「勝手にスヴェトラエディション」にあるようなエアチェック録音をまとめて掘り出して正規CD化してほしいと思うのだが。これは死蔵するには惜しい名演である。ノイズがなければ◎にしていたところだ。ラフマニノフには造詣深い指揮者が、2番に通じる特有の移調転調、コード進行、スケルツォ的場面でのオリエンタルなリズム~それらはとても素晴らしい演奏効果をあたえるのだが、旋律が弱いこの作品では余り伝わらないことが多い~それらを分厚いオケを通して非常に判り易く浮き彫りにしてゆき、控えめながらもブラヴォが飛ぶ出来となっている。

ラフマニノフ:弦楽四重奏曲(未完)

○ギレー四重奏団(NAXOS他)CD

トスカニーニ下のNBC交響楽団のコンマスとして知られるギレーの楽団だが、ピッチが低過ぎて聴きづらく感じるところがある。しかし演奏は聴かせる。ロシア国民楽派とは一線おいた上での保守性を、うねるように半音階的な動きを交えながら表現するラフマニノフの、チャイコフスキーから一歩踏み出した新鮮な響きがちゃんと聞き取れる。スケルツォの二楽章はラフマニノフらしさは薄いが要領よくまとまってとくに内声部が面白い。この楽章で終わってしまうのは惜しい気がするが仕方ない。○。

ラフマニノフ:交響曲第2番

○オーマンディ指揮ミネアポリス交響楽団(VICTOR)1934/1/18,19,22・SP

録音悪いにもかかわらず演奏は素晴らしく現代的で、冒頭ひとしきりの重さと弦のポルタメント奏法を除けば今でも通用しそうな充実ぶりである。この時期にしてはオケがとにかく巧い。オーマンディの芸風は決して確立していたとは思わないが、寧ろ前のめりの精力的な演奏ぶりは客受けしそうな感じである。2楽章の速さとキレには度肝を抜かれた。カット版だがそれほど違和感はない。なかなかのもの。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

○作曲家(P)ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(RCA,victor,sony)1929/4/10,13(1楽章のみ、全曲版とは違う電気録音)、1924/1/2,3,12/22・CD

紙ジャケ廉価再発のRCA録音全集ボックス(2005)に収録された、全曲版とは別のテイクの寄せ集め。1楽章は電気録音だがアコースティック録音の2、3楽章とは音の違う、なかなか重厚な聞き応えのもので、かつ瑕疵は否めないがスケールの大きな落ち着いた演奏になっている。ラフマニノフはけして現代的な腕のある人ではなく、指もすらすら廻るわけではないが、テンポをやや落とし少し気まぐれな揺らぎをもってそれほど違和感なく弾き切っている。オケは正直時代なりのものでしかなく編成の薄さが露骨だがストコの引き締めと特有の色彩感は感じられる。演奏的に劣るのは二、三楽章でオケは耳辛い場面が多く(録音上仕方ないところもある)ピアノのミスもなまじ録音機器に近いがゆえに目立つ。確かに2楽章のてんめんとしたリリシズムはオケはともかくラフマニノフの垢抜けた響きをもって、臭くならずに美しく伝わるし、3楽章のやや走るものの直線的なテンポとリズムは魅力的だ。時代らしからぬストコならびにオケのメカニックな動きが光る。ただまあ、やっぱり、全曲録音にくらべ落ちると言わざるをえまい。面白みはある、その点で○。しかし、安くなったなー。

ラフマニノフ:交響曲第3番

○スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(lanne:CD-R)1968/12/30live

録音はノイズの気になる古びたステレオ。演奏は晩年のあの落ち着いた薄いスタイルではなく、いわゆるドガジャーン・突進系。この頃が十分な練習を積んだいいオケさえ使えば一番上手くかっこよかったと言える。やはりイワーノフとは違う、スヴェトラと聞いてああやっぱり、というものは持っており、それは録音でもホールでもなく音作りそのものなのだと思った。分厚い旋律の歌わせ方も素晴らしい。最晩年を除きこの個性は一貫していたのだ・・・ラフマニノフのような個人的に思い入れの強い作品に対してだけだろうが。

しかしまあ、やっぱりブカブカ吹かせてジャーンと底から響かせる大言壮語が嫌いな人には向かない。この曲は小粒でこのくらいやらないと面白くないのだが、終楽章第二主題後の繰言のような長々しさはさすがにこのスタイルでは鬱陶しい。ラフ3はやはりロシアの指揮者だ、と思わせるザンデルリンクを凌駕するほどの強固な演奏であるが、作曲家の演奏記録とくらべるとやはりちょっとやりすぎ、作曲家スヴェトラーノフのかなり入ったものであるのかもしれない。併録は何せスヴェトラーノフ自作自演。○。録音がよければもっと、という高レベル。盤質注意。

ラフマニノフ:交響曲第2番

コンドラシン指揮ACO(RCO)1980/8/18live・CD

もしこの録音を目当てにRCO80年代ライヴ・ボックス(5巻)を買おうと思っているかたで、既に000classicsの裏青(29日プロムスライヴ)を持っているかたがいらっしゃったら、買う必要は無いと断言する。10年前だったら私も非常に後悔していたろう。正規録音から起こしたものではない云々但し書きがある以上文句は言えないのだが、録音状態が悪いのだ。ステレオだが遠く昔のFMエアチェックのような音で、音場がぼやけていて聴きづらい。この曲は内声で絡み合うトリッキーな弦楽アンサンブルが要になる部分が多い。しかしこれは、別録にくらべ強弱が大きくついているように感じるものの、その弱音部が聴こえないのだ。終楽章でブラスの下で短いフレーズの掛け合いをする箇所など、コンドラシンならではの手を抜かない厳しさが売りであるはずが・・・肝心なそこが聴こえないのである。上澄みの旋律だけ聴いていたらあほみたいな曲である。これが作曲家ラフマニノフそのものの魅力と言っていい構造的書法なのに。いくら別録にくらべメロウで上品で起伏の大きいロマンティックなふりが伺え、全体の響きもスケールアップしているように感じられるとしても、単純に曲を堪能しきれないのではしょうがない。こういうのはいくら新しくてもSP録音よりも悪いと言える。だいたいコンドラシンに上品さは必要ないし、デジタルな変化のインパクトこそコンドラシンだ。レンジが広すぎるのも「らしくない」。そして何よりソロミスの多さ、バラケの多さも気になる。終楽章が特に問題。集中力が落ち精彩に欠ける。別録が突進の末に一斉ブラヴォで終わるのにくらべ、一歩置いて普通の拍手で終わるも道理である。

解釈は基本的に同じ。特有の無茶なカットも同じ。驚くことに演奏時間もほぼ同じ。でも、これは資料的価値しか認められない。

tag : コンドラシン

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲

モイセイヴィチ(P)サージェント指揮BBC交響楽団(DA:CD-R他)1955/8/9プロムスlive

王道の技巧を誇るソリストに、寧ろ伴奏指揮者として一流のサージェントが俊敏なアンサンブルを絡めて秀逸な演奏ぶり。とにかくモイセイヴィチが半端なく巧い。手大きそう。ザ・イギリスな演奏陣でありいい意味でも悪い意味でも中庸の明るい音楽の中で、ただ巧いだけかと思ったら怒りの日の主題でのほの暗い音色表現がはっとさせ、揺れないテンポでひたすら廻りまくる指を見せ付けられているような思いで飽きてきたところに例のチャイコフスキー的主題を思い切りテンポ・ルバート。ただ音色は程よく深いそのままで余りロマンティックではない。それと、そのあたりからオケ、とくにヴァイオリンが(というか録音が悪すぎてオケの中低音域が殆ど聴こえないのだが)疲れてしまったようで残念。もともと薄い編成ではあるが終盤は明らかにバラケてきて、それでも文字通りの瓦解はしないで済んだのは職人サージェントのそつないさばきに拠るものだろう。まさに後期ラフマニノフ、というフレーズもソリストは即物的・・・ラフマニノフ自身の演奏を彷彿とさせる・・・にも粒だってカッコよく表現しているのに対しオケは冷たいままバラけそうになっている・・・BBC交響楽団はもともとそういう楽団だがこれはちょっと疲れすぎ。ソリストの素晴らしさは大ブラヴォを呼ぶしそれにここまでつけていったサージェントには拍手だが、オケは△。

tag : モイセイヴィチ サージェント

ラフマニノフ:交響的舞曲~Ⅰ、Ⅲ

○ゴロワノフ指揮モスクワ放送交響楽団(SEVEN SEAS,KING)1944(1949?)/6/17ゴロワノフはきわめつけのロシアの指揮者、奇抜で派手な解釈、突進して先も見えずに突っ走るスタイルで有名。昔はだーれも知らなくて、マニアな私はせっせとグラズノフやスクリアビンのシンフォニーを集めていたのだが、それはかなり困難を極めた。何しろ長年ロシア音楽を聴いてきた人生の先輩でもその名前すら知らなかったりしたわけで。。当時ゴロヴァノフと読むのかゴロワーノフと読むのかすらよくわからなかったが、今一般的に呼ばれていることからすると後者が正解のようだ(前者で呼ぶ人もいるが)。作曲家的指揮者というのはどこの国にもいるけれどこの人もまさにそうで、自らも作曲・民謡編曲を数多く手がけており、この人が演奏するということは、いわばリメイクするということに等しい。だからどんな手垢がついた曲であっても常道を外してくるところに魅力の全てがあると言っていい。ただ問題は、残された演奏記録がどれも異常に音質がわるいということ(この国内盤CDも恐らくアセテート盤からの板起こしだろう)。声部間の分離が極端に悪く、ブラスの怒鳴り声はよく聞こえるけれども(ゴロワノフの代名詞のようなものですね)、弦が痩せて聴き取りづらいことが多い。ほんらいオーケストラは弦のアンサンブルから始まったということからしても、どんな曲をやってもバランスの悪い録音になってしまうのは原盤がこの状態では仕方ない。まあ、ゴロワノフを聞くならば、音質は覚悟して聞くべきだ。さてこの曲は標題からしても舞踏性を強調するのが常道だと思うが、ゴロワノフの突き刺すような叩き付けるようなフレージングは印象的だ。ただ、コンドラシンやスヴェトラーノフをはじめとしてこの曲の速いパッセージをそう演奏するロシアの指揮者は多いのではあるが。ゴロワノフはむしろ緩徐部での独特のデュナーミク変化(1楽章第二主題のヴァイオリンなど)や豊潤で流麗な音楽の流れの作り方により特徴的なものが見出せる。終楽章中間部の濃厚なワグナー的妖しさには誰しもはっとさせられるところだろう。むしろスクリアビンに近いデロデロ紫色世界だ。ワグナーやリスト振りとしても有名だったゴロワノフらしいところである。この演奏では終楽章の序奏部を終焉させる警鐘の鐘の音が極めて強調されている。こういう音を派手に強調するあたりもゴロワノフらしさか。きわまて色彩的なところだ。オケが弾けてようと弾けてなかろうと突き進む荒々しいやり方には賛否あろうが(最近でいうとバティス?)このくらいならまあまあ許容範囲内かと思う。終楽章の最後の畳み掛けは、これがもっといい録音であったなら、と思わせる胸のすく突進だ。ブラスの迫力に弦が潰れているが、それでもなお、いい演奏だと言い切ってしまおう。それにしてもゴロワノフが得意としたプロコは何時になったら出るんだ。肝心のオペラは「ボリス」が完全ではないが出ている。ちなみに交響的舞曲の2楽章は別途録音されているそうで(1949年)復刻をぜひ望みたいところだ。<別項あり,

ラフマニノフ:交響的舞曲

ラインスドルフ指揮ロチェスター・フィル(COLUMBIA)速めなのを除けば普通の演奏。というか、私のLPが汚すぎてよく聞き取れない(泣)2楽章の彫りの深い表現は特筆すべきだろう。暗い主題の歌い込みがかなり陶酔入っている。舞踏音楽として意識的にテンポをずらし、しっかりワルツしているのが面白い。ウィーンっ子ラインスドルフならでは。この楽章にかぎってはおすすめだ。オケは悪くはない。多少アゴーギグがきつめな感もあるが、全般には平凡と言い切ってしまおう。無印。,

ラフマニノフ:交響的舞曲

バティス指揮ロイヤル・フィル(NAXOS)1991/11水際立った指揮ぶりが清々しい。オケのせいか音が綺麗で、なかなか気合が入っているにもかかわらず、終始明るい色彩を帯びている。1楽章第二主題の寂しさは特筆ものだ。情緒たっぷり木管アンサンブルに耳を奪われた後、弦楽のかなでる音楽も実に歌心にあふれたもので特筆できる。ヴァイオリンの艶めく音がとくに耳を惹く。録音も明晰なので、気がつかなかった細かい音符まで聞き取れて面白い。2楽章、微妙にズレて、きちんと「踊れる」音楽になっている(たとえば深刻なコンドラシン盤は「踊れない」)のが面白い。3楽章は楽曲の性格上踊ることは難しいが、弱音部では繊細な響をうまく響かせており、ちょっとフランスの香りを感じる。派手な終わりかたも面白い。オケの音がやや軽いか?,

ラフマニノフ:交響的舞曲

コンドラシン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(EMERGO)1976/11/21LIVE 木菅が裸になって絡み合う場面の多い曲である。その点コンセルトヘボウは抜群にいい。寂涼感あふれる1楽章第二主題前半あたりの表現は心を打つ。長い長い旋律のせつせつと訴える味は同じ国を捨てることになるコンドラシンの共感の深さを示している。機能性が高いとはいえないオケゆえにかつてのロシアでの録音にくらべ鋭さがなく全般に弱い感もある演奏だが、美麗ではある。3楽章中間部の諦念と悔恨の絡み合った複雑な感情は晩年のコンドラシンならではの表現か。破壊的な突進が欲しいフィナーレ最後は変に落ちついてしまい、ふたたびテンポを上げようとするもやや空回り気味。全般、音色は洗練され色彩的ではあるが、個人的にはいまいちに感じた。ガウクの感情的ではあれど緩いテンポのおおざっぱな演奏もどうかとは思うが、奏者にもう一歩の感情移入がほしいところだ。無印。ちなみにけっこう簡単に手に入るCDです。,

ラフマニノフ:交響的舞曲

○ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィル(NICKSON PRIVATE ISSUE)1950/1/29LIVE・CDなかなか集中力の高い演奏で、3楽章はかなりマエムキなダッシュが聞ける。そのぶん1、2楽章に食い足りないところはあるものの(2楽章が少々客観的なのが気になったが)、ライヴとしてはかなりがんばった演奏といえるのではないか。独特の個性とかこの曲の深みとか、そういうものを表現した演奏とは言えないが、楽曲を素直に楽しむぶんにはとてもスカっとするタイプの演奏。3楽章の怒りの日のテーマがとにかく激烈にがなりたてられるのが聞き物です。細部のアバウトさには目をつぶって(ミトプーラシイではないか)。ブラヴォーが飛びます。○。ニクソンはアメリカのミトプーマニアが立ち上げたミトプーの未発売ライヴを中心としたCDをほぼオーダーメイドの形でイシューしているところです(かなり以前からありましたが、活発に活動しだしたのは最近)。裏青ではありません。プライヴェート盤ですが基本的に権利切れのものばかりのようなので海賊盤とは言えない。そういえば昔ミトプーのディスコグラフィを取り寄せたオボエがあるが、どっかへいっちゃった。載ってないだろうな、きっと。ちなみにラフマニノフはミトプーの解釈を賞賛したらしい。,

ラフマニノフ:交響的舞曲

○スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団(CANYON)1995/10/2-7深く沈潜するような表現が印象的だ。この全集盤全般に見られる落ち着いた雰囲気・・・おもにテンポの遅延化とそれによる音色美の追求・・・がこの曲でも支配的である。そのため本来のイケイケな舞曲という面が犠牲になっているきらいもないではないが、要所要所はそれなりに締めている(終楽章アレグロ主題など)。ロマンティックなパッセージのねっとりした歌い方(とくに終楽章の弦)は好き好きあると思うが、音色が明朗清澄なためそれほど厚ぼったい演奏にはなっていない。この曲の本質的な内面性が一番現われている終楽章の中間部では、寄せては返すようなヴァイオリンのフレージング(ときにポルタメント)とそれに呼応するブラスの長い合いの手が一種の法悦境を描き出していて独特の感傷をあたえる。ロマンティックなラフマニノフという作曲家の表面をまっこうから描こうとしているのだが、それがかえって個性的に聞こえるのはイケイケ無感傷な演奏が世に多いせいだろうか。最後の詰めではなかなか聞きごたえのある引き締まった演奏が聞ける。これは巧い。緩徐部でも弛緩せずにしっかりスタッカートをつけて、最後の畳み掛けるような壮大なフィナーレまでつなげている。コンドラシンのライヴのようなスカスカ感は全く無い。全般、録音のせいか峻厳さ、力感がやや足りない感じを受けるところがある。原則一回録りというスヴェトラーノフのスタイルゆえに奏者がおっかなびっくりやっているせいなのかもしれない。有無を言わせない演奏とまではいかないので、○ひとつ。指揮者晩年スタイルの典型的演奏。,

ラフマニノフ:交響的舞曲

◎スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(MELODIYA/ZYX)1986/2/3LIVE・CD~期待を裏切らない伸縮自在な情緒たっぷりの演奏ぶりで、思わず笑みがこぼれてしまう。オケも調子がよいし、亡命ロシア人ラフマニノフを思い切りロシア側に引き寄せる演奏だ。1楽章第二主題における木管アンサンブルはじつに美麗である。弦が入ってくるとフレージングの細かい操作(まるでバーンスタイン的だ)に違和感をおぼえるが、次第にこれが正しいのだという感覚にさせる。この浪花節、2楽章中盤の弦合奏でも聞かれる。2楽章は陰のある演奏ぶりがなかなか泣かせる。そう、こういうふうにも表現可能なのだ。これは失われし祖国へのオマージュであり、自身へのレクイエムでもある。2楽章終盤のギャロップは気合がみなぎっていていい。3楽章、いきなりの沈潜するような深い溜め息、そしてギャロップがはじまる。この恰好良さは聞いて確かめていただきたい。素晴らしい集中力だ。アンサンブルもどこにも隙がない。やがて音楽は沈潜し悲劇的な様相を呈してくる。フルートソロが印象的。もう旋律の体をなしていないような晦渋な弦合奏に、ペットが鋭いツッコミを入れてくる。暗い踊りをうたうヴァイオリン、ポルタメントがいやらしい(笑)。ペットが再び行軍の開始を告げると、弦各パートが目覚め、金管が目覚め、めざましいアンサンブル。木琴がいい味を出している。ブラスの咆哮からドラムの破音、音楽は壮大なフィナーレへむけて走りぬける。中低音域で歌われる弦楽器の旋律はややテンポを落として表現される。ふたたびペットの咆哮、そして壮大で爆発的な終止音形。この演奏は1楽章ばかりが目立つ同曲の2、3楽章の魅力を引き出してくれた。ZYX盤には「鐘」も併録。~これがライヴだって!!!!!「完璧」な一枚です。どこをとってもわるいところがみつかりません。スヴェトラーノフにありがちなアバウトさの微塵もなく、ごくわずかにブラスがつらそうな場面がある他は、完璧に弾き切っており、その鋭く歯切れの良い強烈なリズム(打音)は終楽章においてはもはや舞曲を通り越して「こういう音楽」というものになってしまっている。まったくこのような名演を今まで知らなかったことが悔やまれる。コンドラシンもびっくりの集中力の高い、なおかつ柔軟な表現力も持ち合わせた演奏である。1楽章第二主題の「望郷の歌」のデロデロ具合もすばらしい。ここまで歌い切ったら勝ちだ。魂を揺さ振られる歌である。そういう叙情的な部分とひたすら激しい舞曲的な部分のコントラストが鮮やかで、スヴェトラーノフの設計の巧さが光る。この人は気まぐれで振るような人ではない。指揮者である前に作曲家であったのだから。もっといろいろ書きたくなるのだがもう聴いてもらうしかないっす。泣く前に呆然とする。名演。,

ラフマニノフ:交響的舞曲

◎スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(MELODIYA/VICTOR)1972・LPこの演奏の迫力に度肝を抜かれてしまった。たぶん自分的には、スヴェトラーノフの全録音中、さらに、シンフォニック・ダンスの全録音中、もっとも凄まじい演奏、文句無しの名演だ。引き締まった演奏ぶりはスヴェトラらしくない非常に筋肉質なもので、1楽章第一主題、3楽章主題の余りにも峻厳なリズム表現には驚かされた。しかもテンポ・ルバートが多用され、旋律のクライマックス前で遅くなるのはもちろん、たとえば1楽章第二主題のたっぷり憂いを含んだデロデロのロシア節にはスヴェトラーノフの原点を見る思いだ。しかし見通しはよく主題の展開やポリフォニックに絡む走句の出所など、非常にわかりやすい。デロデロだがきっちり揃っているためグダグダにはならない、そこはメンゲルベルクに近いかもしれない。ブラスの力感はいつもの破綻がなく、手綱の引き具合がとても巧い。そういった特徴は1楽章がもっとも顕著であるが、2楽章のたとえばコンマスソロあたりからの密やかに揺れ動くテンポの自在さ・・・これはもう何とも言いようの無い名人芸の世界だ・・・、終楽章中間部のぽっかりと穴のあいたような哀しさが直接的な音楽となっている場面、そのロマン性の極限的な表現には涙を禁じ得ない。ここまでシンフォニック・ダンスを理解しきった演奏があるだろうか。いや無い。それにしてもオケのこの異常な巧さは何だろう。楽団員自ら最高の演奏と言った86年のライヴを確実に凌いでいる。それはスヴェトラの解釈にしても同じで、ここまでやっちゃった演奏、しかもオケがその解釈を完璧に表現し抜いているというのは他にはない。弦のトレモロひとつとってみてもびしっと縦が揃っており、およそスヴェトラらしくない。これはムラヴィンスキーに迫っている(コンドラシンのドライな演奏は別)。ムラヴィンスキーがこの曲を演奏したらどうなっていたのだろう、と思いつつ、ただこの演奏の美酒のような甘美な音色に溺れる。スヴェトラのラフマニノフと言ったらシンフォニー2番と答える向きも多かろう。だが、私はシンフォニック・ダンスほどスヴェトラの特質とラフマニノフの特質がシンクロした作品は無いと思う。この説得力を打ち負かす演奏はもはや現れまい。スヴェトラーノフの愛したラフマニノフ、その粋がここにあります。◎。,

ラフマニノフ:交響的舞曲

◎コンドラシン指揮モスクワ・フィル(melodiyaほか)CD~この曲はしばしば交響曲的と評される、三楽章からなる構築的な大管弦楽曲である。ラフマニノフの遺した最後の作品のひとつであり、にもかかわらず瑞々しい感性に溢れ、洗練された手法が縦横に駆使されている。ラフマニノフ得意の浮き立つような舞曲は、晩年にしては珍しく明快で魅力的な旋律により彩られる。特に第一楽章第一主題の力強さは耳を惹く。続く第二主題の哀愁も、叶わぬ望郷の念の篭ったロシア民謡調ではあるが、響きは常に簡潔であり、決してべたべたにならず、独特の透明感をもっている。これらのことは他楽章においても同様である。そうした曲の特性に、コンドラシンの棒は優れて適性を示す。作曲家はオーマンディ・フィラデルフィア管弦楽団の演奏を好んだといわれるが(異説もある)、遺された録音で比較した場合、コンドラシンの強い意志を持った演奏にはかなわないように思う。直截で客観的な解釈も曲にあっている。また楽団にしても、弦の強固なアンサンブル、管の特にソロにおいて優れた表出力には、ソヴィエト時代のオーケストラの実力を改めて認識させられるものだ。CD復刻されているようなので、もし興味があれば一聴をお勧めする。,
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