ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

フリエール(P)バーンスタイン指揮NYP(SLS)1963/10/13リンカーンセンターフィルハーモニックホールlive

録音は悪めのモノラルですすめられないが内容はかなりよい。フリエールはバリ弾きスタイルだが音が柔らかく機械的な技巧のみならず滑らかな音色表現で余裕でグイグイ引っ張っていく。和音もきれい。だが2楽章終盤で少し音が濁り、3楽章序盤ではテンポが停滞したどたどしくなる。これは疲れか何らかの事情か、ただ気が付くと素晴らしい技巧と音楽的表現で爆発的な拍手に包まれている。これはバンスタNYPという重厚にうねりイマジネイティブに絡むロマンティックな表現に素晴らしく適性を示すバックをつけている面もつよい。ラフマニノフはバックオケも重要。これも何かの裏事情かバンスタもラフマニノフはあまりやっていないが、2番シンフォニーあたりやったらマーラーになっていたかなあと夢想。総じては良い演奏で○をつけたいが録音状態と調子の悪い部分をさっぴいて無印。
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ラフマニノフ:パガニーニの主題による変奏曲

スター(P)ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(testament)1963/1/19ガラコンサートlive放送・CD

オペラ絡みの演目が珍しいとして話題になるも発売が遅れやきもきさせた発掘音源。私はオペラに興味が無いのでこういう曲のみ聴きます。発掘音源ゆえ音質は覚悟すべし、ステレオだがDAよりはまし、という非正規感の強い音。まあ拡がりはあるしレストアはそれなりに効いているのだろう。それでもストコフスキには案外珍しいラフマニノフということで聴くわけで、作曲家と交流があり協奏曲録音も複数残しているわけで、だが、冒頭より(悪録音のせいかもしれないが)ゴチャッと潰れブヨブヨな感がある。鋭さに欠け、響きは後年のストコフスキらしく明るく拡散的だが明快さに欠ける。スターのピアノも綺麗だが迫力はやや劣る。録音撚れが拍車をかけて残念感を与える。後期ラフマニノフのカッコイイリズムはストコフスキー向きではない、と言ったほうがいいのか。うーん。

ラフマニノフ:ヴォカリーズ

ミトロプーロス指揮NYP(SLS)1955/5/8シアトルlive

この指揮者に未だ未発売音源が残っていたのかと驚いた。発掘され尽くした挙げ句、モノラル悪録音しかない骨董指揮者の宿命で忘れ去られたものと思っていた。シアトルのホールからの実況録音で、ボロボロではあるもののミトプーのライヴにしては悪くない。ねっとりした無言歌、甘やかで諦念も感じさせるこの仄暗いメロディの伸び縮みする歌い回しを楽しむことができる。手兵だったオケも、人によってはグズグズになる弦楽器が結集して実力を発揮している。久しぶりに聞いた曲だが、例えばストコフスキのような人工的な造形ではなく滑らかに連続した歌となっているので、同じ恣意的なスタイルでも自然に入ってくる。最近あまり聴かれる曲ではないが、アメリカで演奏されたものとしては、バーバーのアダージョと共に二十世紀を代表する弦楽合奏曲といえる。このあとプロコフィエフの五番、カバレフスキーのコラ・ブルニョン序曲とアメリカで人気のあったロシア音楽が続く。ロジンスキ、トスカニーニがよくやった曲だ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

バッカウア(P)パレー指揮デトロイト交響楽団(vibrato)1959/11/26live

ノリがよくオケとの相性もバッチリ。パレーの高速にバッカウアの音が濁るのも厭わない打鍵が乗り、カラッとしているが、また叙情的なフレーズでは高音の装飾的な音が粒立って美しいいっぽうパレーの鼻歌まで聴こえる。なのに録音が最悪で、中低音域の音の分離が特に悪すぎる。ピアノは最高音しか聴こえないし(事故が多く聴こえるのは録音のせいか?)、オケはほとんど雰囲気だけのものだ。細部はまったく聴こえず、篭ったモノラルの放送エアチェックもの、覚悟して聴くべき。あと、録音レベルが非常に低く、冒頭欠落しているのかと思った。鑑賞に値するのは高音の多い終楽章。最後拍手前にブチ切。

ラフマニノフ:交響曲第2番

ソコロフ指揮クリーヴランド管弦楽団(PASC他)1928世界初録音盤

pristineの復刻による。ソコロフはトスカニーニやクーセヴィツキーとくらべ世代的にはそれほど古くはないが、pristineの3枚組はこれが最後の電気録音としておかれており、仔細はわからない。クリーヴランド管弦楽団の創設指揮者であり、出身はロシアだが幼少期にアメリカに移住しており血のようなものは感じない。力強い演奏ではあるがむしろ端正ですらある感じもして、スマートというとイメージ的に違うというか、この時期にしてはオールドスタイルのデロデロ解釈にも録音制約にも縛られず現代的な表現をなしており、SP特有スピード早めかと思えば3楽章はそうではないし(原盤状態のせいだろう中間楽章はやや聞きづらいが)、テンポルバートもするところはするし、そこにポルタメントはしっかり入れ、大見得を切るような表現もしているが、、、すべて醒めたところがあって、おおむね統制の厳しく取れた、今のクリーヴランド管かとすら思えるオケのアンサンブル(弦の薄さはリマスタリングでもカバーできず惜しいが乱れは少ない)に明るい音色は、20年代にしてはかなり特異な部類に入ると思う。カットはあるがクーセヴィツキーほどカットしておらず、後半長々しくて飽きてしまう私ではあるけれど、1,4楽章は楽しめた。極力ノイズを抑え聞きやすく仕立てたpristineにも拍手。

ラフマニノフ:交響曲第3番

作曲家指揮フィラデルフィア管弦楽団(pearl他)1939/12/11・CD

指揮者として活動していただけあってトスカニーニ的な筋肉質の演奏で圧倒する。オケがオケだけにストコフスキー、ということにはならないようだ~縦の音のキレ、リズムの明確さ、響きの的確さ、ブレのなさ、録音が良いこともあるし、オケが馬力ある当代トップクラスのゴージャスさを誇る(このオケの得意とするポルタメントは一楽章の一部などほとんど使われない)こともあって、序奏こそ「いつピアノが入ってくるの?」的なコンパクトなコンチェルト伴奏的印象なものの、派手に全オケを鳴らしたり、各楽器の絡み合いを(古風なロマン派音楽であるにせよ)カッコよく聴かせる腕は本物で、また、大ピアニストならではの耳の良さがじつに整った音響、和音の鳴らし方、音色の感傷性に結実しているところも聴きものだ。三楽章が難度があるせいかやや停滞する感もあるが、ロシアの指揮者ではもはやないので突進する意図はなく、その意味では十分西欧化したラフマニノフの管弦楽曲ということで、ゆったり聴くのも良いだろう。長いし。それにしても旋律美いまだ健在、一楽章低弦のメロディは帝政ロシアへの想いが現れているか。まあ、フィラデルフィア管弦楽団黄金期のソロ楽器の腕を聴くだけの目的で聴いても元は取れる、そういったゴージャスな録音なのです。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ブルショルリ(P)アンセルメ指揮ボストン交響楽団(meloclassic)1951/12/14live・CD

録音状態は良くはなくノイズが入り続けるが、このレーベルらしく、最大限聴きやすく鞣されている。演奏も素晴らしい。事故で演奏家生命を絶たれることになる悲劇の女流ソリストが、豪腕や技巧をことさらに見せつけるソリストとは違い、表現の柔和さ、オケとの音色的調和によって協奏曲的な側面以上にラフマニノフの音楽そのもののロマン性~それはもはや耽溺するものではない~を理解しやすい形で引き出して、一発聴きでもすぐに引き込まれる世界を形作る。もちろん技巧が劣るわけではなくミスらしいミスはほとんど無く、力感の必要な部分で指の劣るところは全くない(これは録音起因であろう重音や細かな動きの不明瞭さもあるにはあるがまず気にならない)。必要以上の圧力をかけずに楽器の特性を活かして音を轟かせる円熟した演奏ぶりには圧倒される。とくにリズム表現にすぐれるのはラフマニノフのカッコよさを演出するのにふさわしい。3楽章の煽り方はまさにラフマニノフのアレグロの騎馬を駆るようなカッコよさを強調するものだ(ここにきて指の骨の細さを感じずにはおれないがやろうとしていることは伝わる)。音が終始明るく一貫しておりその点での緩徐部とのコントラストがはっきりしないのは、しかし別に問題ではないだろう。指の細かな動きはレース模様を描くように美しくしかしはっきりと音楽の綾を示す。後半になり指の力が回復し、オケの強奏に負けず覇を示す。オケの醒めた音はアンセルメのせいかもしれないが、アンセルメだからこそ技巧的にも音響的にもしっかり盛り立て、しっかり締める。間髪入れず拍手、のようだが残念、断ち切れる。これはフランス派からの刺客である。

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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ジャニス(P)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(forgottenrecords)1957/12/27live放送

何度も聞きたくなる録音にはもうほとんど出くわさない。これは非常に珍しいケースだ。力強く大きな流れを作って、技術力ではなく、ラフマニノフの音楽の包含する最も良質なロマン性というものを楽団とともに作り上げていくジャニス/ミュンシュの音楽性にいたく感銘を受けた。悪いモノラル録音で1回性のコンサート記録だから演奏精度も細かい部分はわからないが、十分に腕は動き指はまわり音響的にもともと分厚すぎる部分はノイジーに感じるところはあるがほとんど細部のニュアンスに至るまで神経が行き届いてそれをちゃんと音にしている。技巧の継ぎ接ぎではなく技巧を承前として、必要な動きや流れを取り出し聞かせていくからわかりやすい。もちろん音を減らしてごまかすようなことはない。若いならではの演奏でもあるがブラヴォが普通なのが不思議なくらい、響いてきたのはピアノがしっかり前で捉えられかつオケもちゃんと聞こえてくる程度にはバランス良い録音のせいかもしれない。瞬間的にステレオになるのは??

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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ダルレ(P)オーバン指揮ORTF(forgottenrecords)1951/2/5live放送

いやー、凄い。録音が悪いのは置いておいても冒頭から不安定な重音のずらし方で始まりまあ軽くて鐘の音のしないラフマニノフ、残響は使わずかえってそれで明らかになるミスだらけの弾きっぷり、それでもフランソワ的な何かを持っていて、粒だったフランス式の発音でラフ2をやるとこうなるんだ!というのは聴ける。とんでもないスピードで始まる3楽章はパレー式に突き通せば良い、と思うも変にシナを作ってきたり外連味を持ち込んで、オケもそうなのだが、まあ、正直これはコンディションの問題だと思うのはラストの締め前の指のまわりっぷりで、単純だからとはいえここで回るくらいなら他に力を…とも言いたくなる。大見得を切るフィナーレはロシアの大物たちに対抗したのか?あまりに軽くて小さすぎる。ライヴとあるが拍手がないので放送用録音かもしれない。

※本稿ではフランスの国営放送オケの表記は例外的に音源表記関係なくORTF(フランス国立放送管弦楽団)で統一しています(新しい録音を除く)。LP期に「国立管弦楽団」とだけクレジットされているフランス盤はイコール放送管弦楽団なのでORTFとしています。「リリーク」「協会」などの言葉を交え細かく別れたものは総称としてこの名にしています。実態的に明瞭に分けることができないと判断しているからです。但し文章で特記ある名称や、一般的に実態は同じとされるものでも明らかに違う名前(シャンゼリゼ劇場管弦楽団など)が記載されているものは音源表記に準じます。これは経緯的なものがあって統一性をもたせるための特例です。

ラフマニノフ:ヴォカリーズ

作曲家指揮フィラデルフィア管弦楽団(pearl他)1929/4/20・CD

イージーリスニングの小品として非常に著名で、ラフマニノフでも一般的には一番の有名作だろう。無言歌という名の通り甘くせつない旋律と淡々とした伴奏だけの簡素な曲だが、それゆえに旋律をどう歌うか勝負となる。そこにこの録音状態は致命的。音色が聴き取れず、わかりやすい特徴というとストコフスキのようなテンポルバートくらい。ピアノ演奏を聴く限り耽溺する人ではなかったようなので、音色の魅力があまり引き立ってこないのは敢えてそうしている・・・いやそうではないだろう・・・音色変化を付けようとした痕跡は残っている。暗い夢想を悪い録音で聞くのは、まあそれはそれでよいのかもしれない。

ラフマニノフ:交響詩「死の島」

作曲家指揮フィラデルフィア管弦楽団(pearl他)1929/4/20・CD

20年代の録音なので非常に辛い音なのだが(音色なんてわかったもんじゃない)技巧的なオケの長所すら恐らく録音編成だろうから伝わらず、ラフマニノフの棒も(指揮者として活動していたはずだが)解釈をしない様式にのっとっており魅力は薄い。いうまでもなく象徴主義画家ベックリンの一連の「死の島」から着想された幻想曲「のはず」である(まあアルカトラズ島みたいなモチーフである)。ここに聞かれるのは「チャイコフスキー」である。チャイコフスキーの時代、後期ロマン派そのものの手法にのっとった曲で、大衆的人気は当時はあっただろうが今聴いても「ラフマニノフ作品としては」ピンとはこない。そこに「怒りの日」のモチーフが分解されちりばめられ最後にまとまるというとても即物的な発想である。演奏的にはポルタメントが多用されるオールドスタイルだが気は煽られない。復刻状態にもよるのだろう。同日ヴォカリーズも録音している。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

クライバーン(P)コンドラシン指揮モスクワ・フィル(放送)1972/6/9モスクワ音楽院大ホールlive

コンドラシンのディスコグラフィを載せた露語圏以外唯一のホームページ(日本)が2013年に閉鎖されていたのを知らず、クライバーンについては時代が若いせいか詳細な録音データ集がなく、ググれば例のdiscogだのallmusicだのディスコグラフィと称する自由登録型の集合知的な、和風に言えばキュレーションサイトないしSNSの穴だらけのページが羅列されるばかりで目的にたどり着かない。つまるところこの演奏がVAIでDVD化された1972年映像と同じものかどうか知りたいだけなのだが恐らく同じだろう。クライバーンのような達者過ぎて端正という以外の特徴のあげづらい奏者は好んで聞く対象ではなく、たまたまこの音源がwebで聴けるので聴いた次第。コンドラシンもまた即物的傾向を示す揺れの無い指揮をなすのでこのコンビは相性がよく耳なじみよいかわりに、すれっからしには技術と解釈の正攻法ぶりを通して楽曲の本質をダイレクトに楽しむ「だけ」の、ようは網羅的収集対象としづらい音源を生んでいる、よって、同コンビ(inモスクワ)による同曲録音はRCAから正規音源、vaiの映像以外いらないと思うので、一言で終わらせる。モノラル。もっと言うなら、ソヴィエトの演奏家が持ち込む外連味や深読みが腕を鈍らせるのに対して、アメリカの演奏家が同国での流儀にしたがいひたすら技術(と手の大きさ)を高速インテンポによってひけらかすことを売りにしがちであったこと、そこにクライバーンというとんでもなく「安定感のある技術」を持ち、アメリカでは余り聞かれない「重量感」を持つ奏者が、モスクワへの先兵として送り込まれたことからとくに当地で異常な評価と熱狂を生み、冷戦勝利のような格好で凱旋帰国してからはレコードで言えば擦り切れるまで同じレパートリーを弾かされた挙句故障してしまった、ということで、ぜんぜん一言ではない。モノラルでもわかるのはミスというか不明瞭な音は一か所しか気にならず、ほとんど明晰でその音のどれもが太い。太いから音量を落とすのも細くするだけでよい。音はあまり変わらないが、技巧に余裕があるのでテンポに影響しないニュアンスで表情変化をつける。とても現代的な技巧家の演奏だと思った。冒頭の重音を重々しくやるが一部指をずらしたりとか、細かくは色々付けているのだが。同日(1972/9/6かもしれない)放送ではまるまるコンサートを収録しているのだが、グリーグ、ラフ2ときてチャイコ、そのいずれも大喝采である。そもそもこの重い三曲をやらされる身。二曲目のここでまだ余裕が感じられるのだ。。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ギーゼキング(P)クルト・シュレーダー指揮ヘッセン放送交響楽団(meloclassic)1953/7/20フランクフルト・ヘッセン放送スタジオ録音・CD

昔はこれ以上のものは無いと思っていたギーゼキングのラフマニノフだが今聴くと、鍵盤がつねに「縦に軽く」叩かれ柔らかみがなく、そこがフランス風というか情趣無く明確すぎる音、これは首を傾げる。もっとも、録音が音量からして弱く、全体像を捉えきれていない可能性もある。すでに老境に達していたためだろう、冒頭から重みがなく、過剰な和音は鐘の模写にはとても聴こえず(音を減らしているのか手がでかいだけか?手をズラしてバラして取る方法は全く使っておらず自然にそっと入ってきて最後だけズラしてためを作るもののテンポ的にはあっさり主部へ入る)アメリカみたいな豪速球スタイルとは違った淡白な音色のインテンポなスピーディーさで、、、軽く感じさせて一楽章はなんだか「ラフ2ってかんたんなの?」という良いんだか悪いんだかわからない誤解とともに引っかかりのないものになっている。ミスも認められる(メンゲルベルク盤はミスの有無すら確認できない解像度)。しかしビックリは二楽章で、なんだこの感傷的な世界は。ギーゼキングはドビュッシーにしても湧き上がるイマジネーションを何故かモノクロの中に描く人だったが、それはオケのせいもあってカラフルではないものの、メロディにしたがいタメを作り、とくに終局に向かう部分ではオケが、メンゲルベルクのようなとんでもないタメを作って巨大な恣意性を持ち込み、ロマンスを煽る。ラフ2ってこういうんだった!ギーゼキングはそれを邪魔せずまるで伴奏のように少ない音を添えて完璧だ。そこからピアニッシモでリズム主題に入り、これも過度にアクセントが付けられている気もするが、ギーゼキングの突入はやはりそれほど強靭な感じはせずパラパラとしている、しかもちょっと、指が危うい。だが、曲想にしたがってギーゼキングなりの盛り上がりは作っていく。アバウトさも含め気を煽るライヴ感があり、もっと深く強い音であれば素晴らしいのだが個性とのバーターであり仕方ない、オケが充実しておりソリストと丁々発止繰り広げる。何のタメもなく弦楽器に緩徐主題を放り投げるが、ちゃんとルバートして歌ったあとにしっかり投げ戻され、旋律最後の弱音表現が繊細で美しいのはギーゼキングのドビュッシー弾きらしさだ。計算されたテンポ操作が目立ってくるが、この曲、もともとそうやって夢見るドラマを繰り広げるのが正解だったような気がする。単純に突き進む曲じゃなくて、感情の迸るあまり変な表現もまじえ指も回らないが、しっかりオケの助けを得て、ロシア流の大きな旋律の抑揚をつけて終わらせる。録音の悪いせいもあろうギーゼキングのイメージから離れるところもあるが、これは敢えてライヴとして聴くのが良い。総括すれば「特徴的な演奏」だ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

クライバーン(P)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(melusina/DA)1958/10/5live

この長々しい曲をよくもまあ最後まで飽きさせずに聴かせる。録音時代初期にはホロヴィッツの専売特許みたいになっていた同曲を、おのが物として現代にリヴァイヴァルしたのはクライバーンであり、粒立った明快な音で些かの翳りもない音楽~2番に比べ緻密かつ洗練された作品ではある~を提示してくる。相手がミュンシュということでコンドラシンよりロシア色も薄まり、かといってアメリカナイズされたドライな演奏でもない。この指揮者慣れしたオケの力感に(音色においてラフマニノフ向きかどうかはともかく)ソリストも歩調が合い、勢いも憂いも万人受けする表現に昇華されている。技巧的な安定感は円熟をも示し、そりゃミスが皆無かどうかは聴いてみればわかるが誤差範囲内である。録音状態は残念だが(モノラルで高音が潰れるノイジーなもの)大ブラヴォもむべなるかな。

ラフマニノフ:交響詩「死の島」

ミトロプーロス指揮ミネアポリス交響楽団(NICKSONほか)CD

2番シンフォニーの録音もSP時代にしては勢いも色彩感も技術的にも素晴らしいのだが、これはラフマニノフがベックリンを即物的に音化したような曇ったロマン性を発揮した曲でありながら、ミトロプーロスの手際良い捌きにより臭みの無い西欧的ですらある演奏に仕上がっている。ノイズは致し方ないが過不足ない聴感である。いかにも同時代ロシアの、ワグナーやリストなど背負った上での重たい音楽を、チャイコフスキー流儀で取りまとめたところは、そう強調されることはないが、佳演とは言えそうだ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ブライロフスキー(P)クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(SLS)1945/10/27live

流石クーセヴィツキーと言わざるを得ない。録音状態の悪さを差っ引いても、ホルダとは違う。語り口の重厚さ、うねるようなロマンチシズム、溺れないテンポ、とくに一楽章はブライロフスキーの物語る口調がまた途轍もなく素晴らしく、クーセヴィツキーの情念と見事に融合している。二楽章はホルダ盤同様弱音表現に食い足りなさはあるし、三楽章は硬い音色で雄弁に突き進めるのに対して、クーセヴィツキーは背後に引っ込んで(マイク位置のせいかもしれない)言うなればベートーヴェン的な構成感のもとに客観的におさめているが、例のメロディで(録音のせいで音色が鄙びているのは惜しい)弦の見せ所をしっかり打ち出すなど要所要所では強靭に応えている。二楽章のノイズは部分的にきついが、それ以外SLSがなぜかリマスタリングを上手にやったせいか聴きやすい盤になっており、終盤ソリストとオケの作り上げる盛り上がりはインパクトがあり、緩徐主題再現前のブライロフスキーの一打、絶妙なタイミングには感銘を受けた。これは盛大な客席反応も頷ける。

クーセヴィツキーのラフマニノフというと交響曲が二曲きりで、むかし別人でPコンも出ていたかと思うが基本コンチェルトは聴かないので看過してしまった。記録上ユージン・リストとの録音が現存するはずとのこと。しかしキエフの大ピアニストとのこの組み合わせ以上に息のあったものでは恐らくないだろう。ブライロフスキーは手の大きさはどうなんだろうか、冒頭鐘の模倣を僅かにずらして取るのはホルダ盤より目立たないもののここでも聴き取れ、ラフマニノフに見出されたにしては「個性的」過ぎて、ショパン弾きとしての売り方しかされなかった理由なのかもしれない。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ブライロフスキー(P)ホルダ指揮サンフランシスコ交響楽団(RCA/tower)1958/5/1・CD

ステレオ初期らしく左右の分離がはっきりしすぎて、左から聴こえるピアノに最初は違和感をおぼえるが、明晰な録音。独特の解釈と呼ばれるものは確かにあろうが醒めた音で一貫して安定した速いテンポをとり、からっとした印象もある。冒頭から少し和音をずらしたような表現はラフマニノフ自身に見出されたピアニストとしては邪道なやり方かもしれないが変なドラマが煽られず古典的な佇まいすら感じさせる。その他テンポ変化やアクセントの付け方が唐突なところはあるがこの時代のプロの演じる協奏曲という側面をかんがみると特筆するほどの弱点には感じられない。むしろ面白い。発音は明瞭、ごく一部を除きバランスは完璧で残響や指の都合で音楽が濁ることは全く無い。オケは言われるほど悪くない。一楽章はむしろ瑕疵もなく主張がソリストと噛み合い全体としてドラマを盛り上げる。二楽章(これも他の同時代奏者とくらべ特別変な情感がこもっているようには感じない、音色は一貫して明るくテンポはかなり安定しているほうだ)は弦の音色表現がもう少し欲しいが、それはそれでソリストとは調和している。三楽章はオケが強く出て、ソリストが少し後ろに引っ張っている感もある。ここにきて内声まで音が全部出すぎて僅か不格好になっている。テンポは緩まないが緩徐主題ではボリュームが感じられる。楽曲の全体構成を考えたような人工的なテンポ操作が顕著になってきて、法悦的に緩いテンポから特に第一主題の再現変奏に入ると異様なアッチェルが瞬間的にかかり、そのままものすごいテンポにソリストものりまくった、と思いきや若干乱れてきたようにも思ったが録音のせいか。このへんを面白く変化つけて演奏してくれると単純な旋律音楽も楽しめるというもので、決して可もなく不可もなくではない、立派に大きな波を起こしていくオケにむしろ支えられるようにソリストも(たしかに音が浅くて低音の響きがイマイチだから弱く浅薄に聞こえるかもしれないが)融和的な表現からフィナーレ感を出してきて、ちゃんと終わる。一時期比較されたというホロヴィッツを私はあまり聴いていないが、高音の質はホロヴィッツに近いものも感じた。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ジャニス(P)パレー指揮ORTF(ina配信)1965/12/18放送(映像)

一貫して早いスピードでテンポの揺れは無く打鍵も充分強くテクニシャンぶりを発揮している。3楽章ではさすがにスピードに加え熱が入り荒れるところもあるが全般ほとんどミスは無い(ラフマニノフは音符が細かいのでこの丸まったモノラル音でこの質だとミスかどうかの判別も難しいが)。音だけでは他と相対的に端正にすら感じるジャニスが一定の評価を得ていたのはわかる。2楽章には力が入っているもののピアノの音色がどうにも硬質で一定し過ぎているのは残念。残念ついでにオケのオシゴト感がものすごく、パレーの解釈が揺れず真っ直ぐ突き進むという棒状のものということもあろうが(高齢のパレーの顔からは何の感情も伝わってこない)、あんまりにもスラスラただ弾いているだけで伴奏機械のようである。ピアノとアンサンブルするという気もなく見え(僅かズレる場面はライヴなので仕方ないし、そもそもアンサンブルを聴きどころとしない曲のせいでもあろう)、奏者は全員眉一つ動かさないで(サングラスかけていて眉が見えない弦奏者もいるので厳密には不明)最後だけボウイングを大振りして盛り上げて終わる。2楽章のクラリネットソロの音も、もともとそういうオケだとはいえ曲のかもすロマンティックな雰囲気を拒否しているかのようだし、2番ホルンが譜面を覗き込み続ける姿のクローズアップのみが感情的なものを伝える。テレビ番組の切り出し映像だが、冒頭、鐘の和音が鳴り始めるところでいきなり表題に切り替わり、そのあとも手先が見えないアングルで完全に映像であるメリットを消しているのは苦笑。そのあとの映像は悪くないが時代的に粗い白黒なのは仕方ない。DVDでも購買可能。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ジャニス(P)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/12/29・CD

悲愴の録音を思わせる押せ押せスタイルで迫力はあるにせよ、乾燥しているというか、ソリストもそうなのだが、ロマン派音楽を設計して構成して聴かせるというより、現代モノを譜面の通り即物的に音にして流している、という感じがして、引っ掛かりがなく、さらっと聴き流せてしまった。2番をやらなかったのも、3番がただ技巧的で時代の要請もあったから、にすぎないのか。ミュンシュが他にラフマニノフをやらなかったのもわかる気がする(同曲だけは同じジャニスとクライバーンのライヴ録音が残っている(各SLS,DAないしmelusine、未聴))。

ラフマニノフ:交響曲第3番

オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(eternities)1963/4live

オーマンディは総力戦の指揮者だ。個別の楽器の技術は高く要求するも色あいは要求せず、個々のパートにそれぞれの主張をなさせることはなく、ただひたすらオーケストラという一つの塊を、大きな構成の中で鳴り響かせることに専念する。完成されたパズルのような、キューブ状に固められた寄木細工のような音楽。個別に優れた長所をもつフィラデルフィア管弦楽団を全体として優れたものとさせようとするあまり、個性が死んだ演奏にも聴こえかねないものの、これは生で聴けば「ザ・オーケストラ」そのものとして感激をもたらすものであったろう。録音はアクの強いものでないと伝わらないし、場における音の拡がりや圧力も伝わらない。それを念頭に、聴くべき指揮者。よく聴けばいかにスケールの大きく力強くレヴェルの高い演奏をなしていたかがわかってくる。どこにもマイナスが無いからこそ、全てにおいてプラスであるという凄さが伝わらないと言ったほうが適切か。

で、ラフマニノフやグリエールのような、チャイコフスキーの次の次の世代くらいのロシア近代ロマン派には、このボリューム、この性能、このドライヴ力がじつにハマる。チャイコフスキー世代のスコアがまずかったぶん、この世代の曲になるとオケの性能をフルに活用できれば、凄いロマンティックな迫力ある演奏になる(それでいてハリウッド的甘甘さが無い格調あるところもオーマンディの特徴)。音の悪いエアチェックステレオ音源だが、大音量で聴いてほしい。後期ラフマニノフの、それまでの作品から題材を持ってきて組み直したような作風も、書法の充実がそれを補って、こう聴けば楽しい、とわかるだろう。ラフマニノフはフィラデルフィア管弦楽団と同曲を録音しているが決して揺れ揺れの演奏ではなく、この音を想定していたのだと想像して聴くのも楽しい。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

S.ノイハウス(P)スヴェトラーノフ指揮ORTF(ina配信)

ネイガウスの息子ブーニンの父と、若い頃テープを渡されて聴かされた思い出のある人だ。タッチが軽く音色も明るくあまり変化のないように思う。一方表現がとてもロシア的というか、メロディのままに揺らし陶酔し二楽章ではヨタってみたり、構成感も個性的だがしかしいかにもラフマニノフらしいと感じさせ、ミスタッチもバランス崩れもまじえながらもどこか現代的な部分、安定感というとまた違うのかもしれないが、何か面白い。音楽の全体にはオケの性向も影響しているとおもう一方、ブラスはソビエトから持ってきたんじゃないの、これはノイハウスじゃなくて指揮者の解釈でしょ、というような全盛期スベトラ節が炸裂していてこれまた面白い。ラフマニノフはこう歌うのだ、とバカボンのパパみたいに断言する伴奏指揮者。スベトラ好きはたまらないでしょう、いや、まあ、でも違和感もありました。そんなものだからいつもどおり最後は大喝采。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番~終盤のみ

モイセイヴィチ(p)サージェント指揮BBCso(bbc)。モイセイヴィチはモノトーンで味がないがそつもない。サージェントのしなやかで活気あるバックに注聴。意のままにオケを操り甘甘の曲を爽快に描ききる。オケに厳しい指揮者は良い。

ラフマニノフ:ヴォカリーズのメロディ(編)

◯ジェラール・プーレ(Vn)リグット(P) (SAPHIR)live
・CD

クライスラーとは懇意だったラフマニノフのヴォカリーズをアンコールのラストに持ってきたわけだが、クライスラーによる編曲版でもないらしい。中低音域の深い響きは荒さも無くはないがソリストの別の面を見せてくれる。

ラフマニノフ:交響曲第2番

○スヴェトラーノフ指揮フィルハーモニア管弦楽団(ica)1993/3/15live・CD

スヴェトラーノフ円熟期の十八番で終楽章後半の盛り上がりに熱狂的なブラボーも定番といっていいだろう。一楽章など内声がごちゃっとしてしまったりオケに弱みが感じられるがスヴェトラーノフの演奏らしいアバウトさで乗り切っている。このころからやけに透明感ある響きを志向していたように感じるがこれはオケが元々そうであるがため良さそうなものの、やや無個性で重みがないのは気になった。何と言っても聴かせどころは三楽章であり、止揚するテンポにはスヴェトラーノフの真骨頂たる歌心が感じられる。尊敬していたというバンスタ(アンコールはキャンディード序曲)とは違った粘着力を持つ音楽は一聴の価値あり。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

○アンダ(P)ロスバウト指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(HANSSLER)1953/5/3・CD

軽い。この曲は難曲のふりをしながら弾き熟せる人は簡単に弾き熟せてしまう印象がある。ソリストの器質的なものもあるだろう。ロスバウトは一部中欧らしい底から響く粘りを聴かせるもののだいたいにして正攻法の歪みのないサポートにてっし、その上でアンダはとくに技巧派ぶることも思わせぶりなロマンチシズムを盛り込むこともなく、かといってけしてそつなくは「無い」演奏を提示する。いや、なんだか少し雑味すらあるのだが、響きの透明感は紛れも無くこの人のもの。軽い、とは書いたがちゃんと全ての音は出ている、そのうえで軽く感じる。○。

ラフマニノフ:交響曲第1番

○スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(LANNE:CD-R)1987/11/15ウィーンlive

いいかげんこのlanneの「勝手にスヴェトラエディション」にあるようなエアチェック録音をまとめて掘り出して正規CD化してほしいと思うのだが。これは死蔵するには惜しい名演である。ノイズがなければ◎にしていたところだ。ラフマニノフには造詣深い指揮者が、2番に通じる特有の移調転調、コード進行、スケルツォ的場面でのオリエンタルなリズム~それらはとても素晴らしい演奏効果をあたえるのだが、旋律が弱いこの作品では余り伝わらないことが多い~それらを分厚いオケを通して非常に判り易く浮き彫りにしてゆき、控えめながらもブラヴォが飛ぶ出来となっている。

ラフマニノフ:弦楽四重奏曲(未完)

○ギレー四重奏団(NAXOS他)CD

トスカニーニ下のNBC交響楽団のコンマスとして知られるギレーの楽団だが、ピッチが低過ぎて聴きづらく感じるところがある。しかし演奏は聴かせる。ロシア国民楽派とは一線おいた上での保守性を、うねるように半音階的な動きを交えながら表現するラフマニノフの、チャイコフスキーから一歩踏み出した新鮮な響きがちゃんと聞き取れる。スケルツォの二楽章はラフマニノフらしさは薄いが要領よくまとまってとくに内声部が面白い。この楽章で終わってしまうのは惜しい気がするが仕方ない。○。

ラフマニノフ:交響曲第2番

○オーマンディ指揮ミネアポリス交響楽団(VICTOR)1934/1/18,19,22・SP

録音悪いにもかかわらず演奏は素晴らしく現代的で、冒頭ひとしきりの重さと弦のポルタメント奏法を除けば今でも通用しそうな充実ぶりである。この時期にしてはオケがとにかく巧い。オーマンディの芸風は決して確立していたとは思わないが、寧ろ前のめりの精力的な演奏ぶりは客受けしそうな感じである。2楽章の速さとキレには度肝を抜かれた。カット版だがそれほど違和感はない。なかなかのもの。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

○作曲家(P)ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(RCA,victor,sony)1929/4/10,13(1楽章のみ、全曲版とは違う電気録音)、1924/1/2,3,12/22・CD

紙ジャケ廉価再発のRCA録音全集ボックス(2005)に収録された、全曲版とは別のテイクの寄せ集め。1楽章は電気録音だがアコースティック録音の2、3楽章とは音の違う、なかなか重厚な聞き応えのもので、かつ瑕疵は否めないがスケールの大きな落ち着いた演奏になっている。ラフマニノフはけして現代的な腕のある人ではなく、指もすらすら廻るわけではないが、テンポをやや落とし少し気まぐれな揺らぎをもってそれほど違和感なく弾き切っている。オケは正直時代なりのものでしかなく編成の薄さが露骨だがストコの引き締めと特有の色彩感は感じられる。演奏的に劣るのは二、三楽章でオケは耳辛い場面が多く(録音上仕方ないところもある)ピアノのミスもなまじ録音機器に近いがゆえに目立つ。確かに2楽章のてんめんとしたリリシズムはオケはともかくラフマニノフの垢抜けた響きをもって、臭くならずに美しく伝わるし、3楽章のやや走るものの直線的なテンポとリズムは魅力的だ。時代らしからぬストコならびにオケのメカニックな動きが光る。ただまあ、やっぱり、全曲録音にくらべ落ちると言わざるをえまい。面白みはある、その点で○。しかし、安くなったなー。

ラフマニノフ:交響曲第3番

○スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(lanne:CD-R)1968/12/30live

録音はノイズの気になる古びたステレオ。演奏は晩年のあの落ち着いた薄いスタイルではなく、いわゆるドガジャーン・突進系。この頃が十分な練習を積んだいいオケさえ使えば一番上手くかっこよかったと言える。やはりイワーノフとは違う、スヴェトラと聞いてああやっぱり、というものは持っており、それは録音でもホールでもなく音作りそのものなのだと思った。分厚い旋律の歌わせ方も素晴らしい。最晩年を除きこの個性は一貫していたのだ・・・ラフマニノフのような個人的に思い入れの強い作品に対してだけだろうが。

しかしまあ、やっぱりブカブカ吹かせてジャーンと底から響かせる大言壮語が嫌いな人には向かない。この曲は小粒でこのくらいやらないと面白くないのだが、終楽章第二主題後の繰言のような長々しさはさすがにこのスタイルでは鬱陶しい。ラフ3はやはりロシアの指揮者だ、と思わせるザンデルリンクを凌駕するほどの強固な演奏であるが、作曲家の演奏記録とくらべるとやはりちょっとやりすぎ、作曲家スヴェトラーノフのかなり入ったものであるのかもしれない。併録は何せスヴェトラーノフ自作自演。○。録音がよければもっと、という高レベル。盤質注意。
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