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リムスキー・コルサコフ:ロシアの復活祭序曲

ストコフスキ指揮NBC交響楽団他(CALA他)1941・CD

テノール独唱を伴う特殊な編成で演奏されている。チャイコフスキー交響曲2番一楽章に主題が転用された事情からリムスキー最盛期の作品であるにも関わらずリムスキーの曲ではないジェネラルな雰囲気があるというか、禿山の一夜に似ているという人もおり、構成も極めて明快な三部構成なのでとにかく聴きやすい。効果的かつ合理的な構造もラヴェルの参照した管弦楽法の大家たるところをよく示す。必要十分、過剰にならないプロフェッショナリズムはやはり五人組作品では珍しい。これはとくにストコフスキーがトスカニーニの高性能オケを使ってこう引き締まってやると集中度の高いドラマティックな演奏になるという証明になっている。今朝の題名のない音楽会でも少し取り上げられていたがストコフスキーが譜面操作も厭わなかったのは、より合理的で効果的な音楽を目しただけで、そこにグダグダな気分のロマンティシズムはないのである。録音状態は厳しい。
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リムスキー・コルサコフ:歌劇「サルタン王」~熊蜂の飛行

ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(ODEON)SP

アンゲルブレシュトが29年録音だからほぼ同時期か。瑞々しい音が捉えられ、リズミカルかつ明るく軽やかなフランス風の雰囲気を楽しめる。オケが意外と言っては失礼だが巧く、弦楽器から木管にいたるまで表現の隙きがない。途切れない。短いがピエルネの良いところが出ている。スペイン奇想曲の穴埋めに収録(そちらは目下一面しか入手していない、これはわりと市場に出るので待つ)。

ちなみに割れて届いたSPをアロンアルファでくっつけてなんとか聴いた。カラフルな音色が聴こえるほど状態が良いのに剥離二箇所で飛ぶのが口惜しい。割れ目ノイズは回転数の早いレコードなので小さなプチ程度。ちなみにアロンアルファを盤面にうっかり付けると白くなるので注意。

リムスキー・コルサコフ:歌劇「サルタン王」~熊蜂の飛行

アンゲルブレシュト指揮パドルー管弦楽団(PATHE/SLS他)1929・CD

個々の楽器の機能をみせつけるためだけの曲だが、そこまでせっつくような感じはなくきちんと構築されている。構造的な箇所も明瞭にとらえられているのは音色的な意味も含め楽団の性向によるものか。

リムスキー・コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」

◯ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(FKM:CD-R)1962/2/6live

ホワイトノイズが多いが音は明晰でステレオ。デロデロなのだがそれが最も際立つのはやはり三楽章。ストコの手綱さばきもなかなかのものでフィラ管を自由自在に動かして極限の伸び縮み歌を聴かせている。弦のアンサンブルがこれで崩れないのはすごい。解釈が行き届き過ぎている。ストコの掌中に戻ったフィラ管のパワーを魅せつけるのに最も適した曲、四楽章冒頭の異常な迫力から、ストコここにありというような音楽の洪水を楽しみましょう。

リムスキー・コルサコフ:歌劇「サトコ」~抜粋

◯エリアスベルク指揮レニングラード交響楽団(ペテルブルグ放送)1963?

派手な響きだがメリク・パシャーエフのように集中力を程よく保ってオリエンタルな音画を魅せる。

リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲

○ヘルツ指揮サンフランシスコ交響楽団(victor/PRSC)1926/4/21,23

前につんのめるような速いテンポに最初のうちこそ不安はあったが、愉悦的なリズムが強調され、ソリストの技量云々はともかくオケ全般に覇気があり合奏力があり突き進む力には圧倒される。まさにアメリカの楽団はこういう明るくさっぱりした響きで開放的に、かつトスカニーニの臭いを嗅いだような緊張感も持って演奏する、その源流を聴く思いだ。上手いと思う。指揮はそれをうまくドライヴしているようなものだ。しゃっちょこばったドイツ臭さなど無い。確かに揺れは無いが最後のほうなどファリャを思わせるような色彩を振りまいてとにかく楽しい。いい指揮者ではないか。○。

リムスキー・コルサコフ:交響曲第2番「アンタール」

○コッポラ指揮パリ音楽院管弦楽団(gramophone)1933/3/15・SP

リムスキーがこの曲を一気に書きあげたとき、ボロディンは2番シンフォニーやイーゴリ公に取り掛かっており、ムソルグスキーは結婚を書きかけていたと記している。まさにクーチカが偉大な作品を生み出しつつあった中でリムスキーはむしろ後塵を拝したような形であったようにも見える。当時聴いた「ローエングリン」への挑戦的な態度を示しつつ、実はワグナーのほうが先をいっていたのだ、と述懐しているが、前衛と言えるような和声上の冒険、オリエンタリズムをふんだんに盛り込んだアンタール(初期において交響曲とされたが後年自身で内容から交響組曲として編んだ)について自身でほとんど触れていないのは、霊感の差を感じてのことかもしれない。確かにシェヘラザードや禿山の編曲を彷彿とさせる煌びやかな管弦楽法が駆使されてはいるものの、交響曲としても叙事詩としても構成感に欠け冗長であり、まとめるさいには演奏者による積極的解釈が求められる。現在もあまり演奏されない。

同演奏は(しかしながら)世紀初頭までパリにてもてはやされた同曲の最初期の録音になる。煌びやかな響きと古めかしい奏法が魅力的に聞こえるが、コッポラの颯爽として緩まない棒によって素っ気無いほどにまっすぐ進められていく。このコッポラのやり方は同曲に限ったものではなくある程度収録時間制約を前提とした録音媒体ありきの表現であった可能性は高いが、この曲のようなちょっとだらだらとしたものには向いているかもしれない。なにぶん編成を絞って無理にラッパに吹き込んだものなので曲の内包する開放的で派手な魅力はほとんど伝わらないし、下手とも聞こえてしまうところがあるが、いくぶんの想像力をもってホール残響を脳内添加して聴くと違って聞こえるかもしれない。○。

こちらより1楽章を聴くことができます
http://www.youtube.com/watch?v=kVnTovOWXas

リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲

◎ムーシン指揮ロッテルダム・フィル(RPHO)1997/4/13アムステルダムLIVE・CD

素晴らしくキレのある、実に「スペイン」。生命力の塊のような演奏で、現代の録音とは思えない表現自体の迫力と喜遊感はこのどちらかといえば透明感ある伝統オケとは思えない。打楽器をつねに前面に出しアクセントを極めて強く、強い色彩と明快なリズムが印象的だが、音線に左右されることなくグズグズにならないのはロシア指揮者としては異例というか、コンドラシンよりムラヴィンスキーを思わせる統制感である。楽しいというより軍隊という感じもあるが、オケ側からの信頼性が並ならぬことも伺わせる。これだけあればこの曲はもう十分かな。ロッテルダム・フィル自主制作。

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード

○ハラバラ指揮チェコ・フィル(SUPRAPHONE/Columbia River Ent.)1953・CD

今はシャラバラと呼ぶのか?ずっとハラバラと呼んでいたので・・・ここではハラバラと呼ぶ。シェラザードだってシェヘラザードと呼んでるのでいいんです。千夜一夜物語と書いたら誰にも伝わらないし。LP時代の名盤で、数多い同曲の録音、とくに旧東側の録音としては聴き応えがある。お国ソヴィエトの演奏のようにばらんばらんに豪快でソリストが主張してばかり、でもなくかといって緊密すぎて面白みがなくなることはない、ソリストは誰もかれもオケプレイヤーとして非常にすぐれて必要な機能だけを発揮しており、ケレン味は必要なだけ盛り込まれ、ふるい録音なりの録音の雑味が山葵となってきいている。デロデロの甘甘になりがちな3楽章が重くも軽くもなり過ぎず音楽としてよく聴かせるものとなっていて印象的だった。ハラバラはリズムもさることながらテンポ運びが巧い。ルバートをルバートと感じさせないスムーズさで独自の揺らしを加えてくる。それがすれっからしの耳にも好ましく響く。4楽章がいささか冗長で、トータルでは○だが、いい演奏。ネットでは手に入るよう。

リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲

○ラフリン指揮モスクワ・フィル交響楽団(vista vera)1940・CD

じつに威勢のいいスペ奇で、ちょっと中だるみしたりするところも含め人間臭い、ラフリンらしい演奏になっている。ゴージャスでボリュームたっぷり、ロシア的などぎつい色彩味溢れる音楽はまったくラフリンらしいところで、オケがモスクワ・フィルだけにとくに管楽器群にアドバンテージを感じる。瞬間湯沸かし器的なテンポアップにリズム強調もしっかりついてきており、いや、この曲をちょっとレトロに聴きたいというのなら、神経質でなければ適している。○。

リムスキー・コルサコフ:歌劇「金鶏」~行進曲

ル・コント指揮フランス国立放送リリック管弦楽団他(STEF)live・CD

リムスキーの殆どが苦手な私であるが、内容的なもの抜きで音だけで勝負したらとても後輩チャイコに敵わないと思うのは私だけではなかったのだろう、リムスキー自身の嫉妬心は諸所に現れていたといわれる(但し始終対立関係ではなかった)。管弦楽の絢爛たる部分は圧倒的ではある、しかし和声的には閉塞感が否めない。ロシアものが陥りがちな穴にこの人もまた落ちていた。歌劇となるとそこに言葉の壁と曲の長さという問題が加わる。いったいこの歌劇、日本でもわりとやられているほうだと思うのだが、どれだけの人が親しんでいると断言できるのだろうか。じっさい、記載名称「行進曲」なのにバリトン歌唱が加わっていることについて、どう考えたらいいのだろう?演奏は曲に引っ張られているのか、そもそも歌劇演奏の抜粋なのか(後者だろう)荒い。非常に聴きづらく、派手なのに退屈だ。音響的な新しさ、リムスキー節の発露、それらが3パーセントくらいはあるものの、97パーセントは退屈でできているようにすら感じた。無印。

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード

○ズーク(Vn)イワーノフ指揮モスクワ放送フィル交響楽団(THEATRE DISQUES:CD-R)1978/3/16LIVE

これはMELODIYAで流通していたLP原盤なのだろうか?何故か縁無いうちに裏青化したので買ったが、明らかな板起こしである。取り立てて名演ではないが何故中古市場にそれほど出回らなかったのか?

1楽章は落ち着いたテンポで足取りしっかりとドイツっぽさすら感じさせる。この人はベートーヴェン指揮者であることをしっかり意識して、余り拡散的な灰汁の強い表現をしないときのほうが多い(もちろんするときもある)。楽器の鳴らし方は全盛期スヴェトラとまではいかないが豪放磊落で倍音の多い分厚い音響を好む。だがこの頃のメロディヤのステレオ盤は盤質のこともあり心持軽く薄い響きがしがちで、これも例えばミャスコフスキーの新しい録音で聞かれたものと同じ、ロシア人指揮者にしては相対的に個性が弱く感じるところもある。中庸ではないが中庸的に感じられるのである。

中間楽章では1楽章ほどに遅さは感じず、でも常套的な気もする。ブラスの鳴らし方は思ったとおり、といったふうでロシア式。ヴァイオリンソロはすばらしい、D.オイストラフを思わせる安定感もあるし変なケレン味を持ち込まないのがいい。3楽章はでろでろしているのだが、生臭くない。これは不思議だが中低音域を強く響かせる少し中欧ふうの感覚の発露かもしれない。

4楽章は想定どおりの大団円をもたらしてくれる。これは勿論この人だけではなく同じような盛り上げ方をする人はいくらでもいるんだが、素晴らしく盛り上がる、とだけ言っておく。○か。強くインパクトを与える感じはしない。強いて言えばラフマニノフのシンフォニー2番と同じようなスタンスの録音と思った。

リムスキー・コルサコフ:交響曲第3番(1866/73/86)

ガウク指揮ソヴィエト国立放送管弦楽団(HERIOD)LPとても退屈な曲。繰り言のように繰り返される旋律はシェヘラザードのような霊感に満ちた標題付きの楽曲と同じ人が書いたとはとても思えない凡庸なものばかり。単調で底の浅いオーケストレーションは聴く気をなくす。下手なグラズノフ、と言うとしっくりくる。チャイコとは比ぶべくもない。ロシアの作曲家にとって交響曲とは特別の意味を持つものであり、円熟した作曲技法を華々しく見せ付ける記念碑的なものである。リムスキーはなぜかここでは純粋にクラシカルなたとえばブラームスのような交響曲を目指しているようなところがあり、普段はオリエンタリズムをふんだんに盛り込んだ派手な管弦楽で当時としては最先端の音楽を書いていた手前、むしろ逆にアカデミズムを意識した中欧的な手堅い作品を仕上げる事によって「いざとなればこういう作品も書けるんだ!」的なものを示したかったのではないかと思う。それは結果として枝葉末節の華美さを誇るリムスキーの個性そのものを大きく削いでしまうことになったのである。後期ロマン派のロシア音楽はアマチュア日曜作曲家の手によって育てられてきた。リムスキーもその一人、純粋な専業作曲家ではなかった。そこにコンプレックスのカケラを見出すのはそれほど難しいことではない。そしてそのアカデミックなスタイルで書かれたこのような作品を聴くにつけ、ああ、やっぱり偉大なるアマチュアだったのかな、と思う。ガウクですらここまで単調な演奏しかできないのだから、他の指揮者は推して知るべし。無印。よーく聞けばボロディンとチャイコを足してグラズノフをかけたような音楽が見えてくるといえば見えてきます。見えてくるだけですが。,

リムスキー・コルサコフ:交響曲第2番「アンタール」

スヴェトラーノフ指揮ハーグ・フィル(RO,VSB)LIVE・CD カロリーの低い音楽だ。リムスキーのエキゾチシズムのもっともよく出た曲としてシェヘラザードと並んで有名な曲だが、長く、うすーく茫洋として、たいした起伏も無く終わっていく。のちに組曲として編み直されているが、それもわかるような感じである。しかもオケがハーグだからかつて爆演を残したスヴェトラーノフをもってしてもカロリーの低さは補えない。純音楽的指向でやるとこの曲は絶対失敗する。プラスαがないとリムスキーはけっこう曲にならない。じつにあっけなく4つの楽章が流れ、美しくも大した反応もなく、私もほとんど心動かされなかった。無印。,

リムスキー・コルサコフ:交響曲第1番

ハイキン指揮,

リムスキー・コルサコフ:ロシアの復活祭序曲

○スヴェトラーノフ指揮ザ・フィルハーモニア(HELIOS,HYPERION)1989/12/15・CD

非常に澄んだ美しい音色のソロヴァイオリンに木管。爆発的な迫力はイマイチだが、まるでRVWを聴いているような錯覚に陥るとてもリリカルな演奏である。オケの違いというものはここまで出てくるものなのか、と思う。ロシアオケのデロデロ演奏に飽き飽きしたらこういうものがお勧めだ。技巧的なバランスがよく安定感があり、やや客観的な醒めた音色が気になるところも無きにしもあらずだが、スヴェトラーノフ得意の打楽器・ブラスの強調が最後には盛大な盛り上がりをもたらす。スピードをいたずらに煽らないためスケール感が失われないのがいい。リムスキーのけっこう無理のある書法を楽しむのにもいい演奏で、正確かつ繊細に表現される細かい音符の不思議な和声感に魅了される。粗野な民族臭が仄かに香ってくる程度に抑えられているのがいい。西欧音楽の影響を抑えきれないところと、独自性というか民族性(ロシアのみならずシェヘラザード的なオリエンタリズムも含めて)を意識的に導入しようとする態度の乖離性が感じられるが、それらが微妙なバランスの上に辛うじて分裂することなく並立しているのが面白い曲だ。分裂症的だが多少ワンパターンなところもあり、そういうリムスキーのアマチュアリズムの弱点も感じるものの、この演奏においてはそれほど違和感を感じるまでもなく楽しめるだろう。弾くのは大変だけど聴くぶんにはタノシイですから。○。,

リムスキー・コルサコフ:ナポリの歌(作曲家によるピアノ連弾版)

○ゴールドストーン&クレモウ(P)(OLYMPIA)1990・CD 死の前年(1907年)、ドゥビーヌシュカの次の作品番号。「フニクリ・フニクラ」変奏曲。クライマックスの激しい転調の連続が効果的で聞き物。円熟しきったリムスキーの簡素だが効果的な書法を堪能できる。このデュオにリムスキーは適性があるらしく(単純で弾き易いせいもあろうが)とても楽しめた。熱っぽさはないが煌びやかなリムスキーの音楽が遺憾無く発揮されている。,

リムスキー・コルサコフ:ドゥビーヌシュカ(1905)

クルツ指揮フィルハーモニア管弦楽団(EMI)1956-63ブラス・バンドを発明・定着させたのはロシア五人組だったとどこかで読んだ。リムスキーの死のさいもグラズノフなど弟子等が共作した作品が演奏されたと聞いた(うろオボエなのでまともに信じないで!)。この曲はまさにブラスバンドを中心とした行進曲であり、無邪気ですらある楽想は魅力的だ。この演奏は式典音楽のような構えた音楽作りが特徴的で、あまり熱気を感じない(クルツはそういう指揮者だが)。ホコリひとつない王宮で、しずしずと進み出でる王女みたいな感じ。クルツはニキシュ最後の弟子だったか。ニキシュの演奏とは対極にある客観的で透明な演奏である。無印。,

リムスキー・コルサコフ:ドゥビーヌシュカ(1905)

クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(BIDDULPH/VICTOR)1939/11/7・CDもっと引き締まったリズムが欲しい所だ。今一つテンポが決まらない。悪い録音のせいかもしれないが響きも拡散的に感じる。この盤(ビダルフ)にはこの曲は「編曲」とあり、原曲は伝統的な歌かなにからしい。でも辞典にもリムスキー作曲と書いてあるくらいなのでここではそうしておく。クーセヴィツキーのロシアへの郷愁がもっと篭っているかと思ったが、短い行進曲なのでそこまで求めるのは酷か。決して悪くはないのだが、無印。 ,

リムスキー・コルサコフ:ドゥビーヌシュカ(1905)

○ニキシュ指揮ブラスバンド(MELODIYA)LP シンポジウムの全集盤にも入っていない(若干疑問符付きだが)ニキシュの貴重な記録だ。録音年月もはっきりせず、楽団名も明確でない(ブラスバンドと言いながら思い切り弦が入っている)。ニキシュはレニングラードで振っていたことも確かあったと思うから、そのカンケイでこの革命歌(ボルガの船乗りの労働歌、とのこと)に基づく政治色の強い曲を演奏することになったのだろうか。ところで、ごく短い曲だけれども、私はかなり感動しました。ニキシュの記録といえばEMI(昔はDGで出ていた)のベートーヴェンやモーツァルトといった初期ロマン派までのものしか聴くことができなかった。しかしニキシュはそもそも同時代音楽の紹介者として功績高かったのであり、とくに指揮者から聴衆からみんな泣いた「悲愴」の絶演が今も語り種になっているほど後期ロマン派作品の演奏においては権威だったわけである。それだけにこの(ベルリオーズを除けば)後期ロマン派唯一の録音記録は貴重であり、また後期ロマン派以降しか聞かない私のような者でも楽しむ事のできるものと言うことができよう。この曲は言ってしまえば「威風堂々第1番」である。行進曲に歌謡的な第二主題を加えた単純な楽曲ではあるが、それゆえにストレートに力強く訴える力も強い。あきらかに国民楽派の作品、ボロディンふうのエキゾチックな楽句挿入などリムスキーらしい機知が盛り込まれ、色彩性もある。だから演奏の個性が出易い。ニキシュはややルーズなこの楽団に前進的な力を与えている。部分的にこけたり間延びしたりしながらも全体のテンポは決して崩れず安定して力強く前向きに進み、革命歌というより行進曲という印象を強くあたえる。こういう流れ良さはエーリッヒ・クライバーなどを思い起こさせる。しかし一方でデフォルメも見られる。ちょっと笑ってしまうようなテンポの崩しかたが僅かに聞かれるが、想像するに悲愴などではもっと派手な崩しかたをしていたのだろう。そういう想像力を掻き立てるものがある。ペットなどのオールドスタイルな吹き方も面白い。後年のロシア吹きに引き継がれていくであろう、妙に色っぽい、あるいは懐かしいヴィブラートのかかった音である。はっきり目立つブラスにくらべ弦は分離が悪く少々聞きづらい。楽曲の性格上あまり弦が表に立つこともないので、ここでは何も言わないでおこう。全般非常に録音が悪いので(雑音が多いだけで音そのものはクリアとは思う)これ以上の感想を言うことが難しいが、リムスキーというよりエルガーをニキシュで聞いた、というような妙な感動を覚えたのでした。,

リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲(作曲家によるピアノ連弾版)

○ゴールドストーン&クレモウ(P)(OLYMPIA)1990・CD親しみやすい旋律と清新なオーケストレーションが和声的な保守性を差し置いても魅力的な楽曲だ。旋律も超有名だし連弾版でも十分聞きごたえがある。音楽の骨組みが剥き出しになったゆえひときわわかりやすく、結構フランス近代などの作曲家に影響を与えているんだな、と感じさせもする。短いが面白い。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)(作曲家によるピアノ連弾版)

○ゴールドストーン&クレモウ(P)(OLYMPIA)1990・CD シェヘラザードという曲の本質が浮き彫りにされる演奏だ。とどのつまり、ここには「旋律しかない」のだ。全ての楽章が旋律の流れだけで構成され、和声的な膨らみを持たせるがためだけに4手を必要としているだけで、結局単純なのだ。だが単純さの中に本質がある。単純で強く訴えられる音楽を書けるというのは並み大抵の才能じゃない。複雑にして音楽の本質を誤魔化している作曲家もいるが、リムスキーのやり方はここまでくると逆に清々しい。もちろんいい旋律ばかりなので、旋律しかないからといって面白くないというわけでもない。1、4楽章冒頭の強奏部にやや物足りなさを感じるがピアノでは仕方なかろう。19世紀末の段階ではまだエジソンがやっと蝋管蓄音機を発明したばかりで、新作を普及させるためには演奏会で取り上げてもらうことはもとより、聴衆に手軽なピアノ譜面を販売して試演してもらうことにより広めていくという回りくどいやり方をするより他なかった。この編曲も楽曲普及のための一手段として組まれたものと見るべきものだろう。これがはなからピアノ曲として構想されていたとしたらきっともっと複雑になっていたに違いない。シェヘラザードがわからないという人にはお勧め。かなり音が少ないので、アマチュアでも弾けるかも。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

伝アノーソフ指揮ボリショイ管弦楽団、ダヴィド・オイストラフ(Vn)(IDIS/MULTISONIC)1950LIVE~はっきり言ってロシア系の演奏は敬遠したい。ただでさえ体臭のキツいロシア国民楽派(といってもリムスキーはずいぶん洗練されたほうだが)の楽曲に、わざわざロシア系のこれまた体臭のキツい演奏を選ぶ気になれない。多分に夏のせいではある。暑苦しいのだ。だがまあ、このくらい古い演奏になると音色だのなんだのはどうでもよくなってしまう。せっかくオイストラフがソロを弾いていても、その分厚い音色はちっとも伺えず、ただむちゃくちゃに巧いボウイングと危なげない左手(とはいえわずかでも音程が狂わないかといえばウソになるが)だけが感心させるのみ。アノーソフはロシア臭もするがとても骨太でかつ合理的な演奏を指向しており、録音のせいで音色感はよくわからないが、普通に聴きとおすことができる。やはりと言うべきか、冒頭のシャリアール王のテーマ、ロシア的下品さとでも言ったらいいのか、ブラスの重厚だがあけすけに開放的な咆哮は、このアノーソフ盤でもしっかり行われている。まあ、ロシア国民楽派特有の「お定まり」である。色彩性のない録音がマイナス、無印。(註)この演奏は現在はゴロワノフの伴奏とされている。ソリストがオイストラフに決まった理由はボリショイのコンマスが指揮者の要求に答えられず、「オイストラフを呼んでこい!」の一言で辞めさせられたためということだ。ちなみに私の手元にはゴロワノフと明記された別のCDもあるが、まだ聴いていない。恐らく同じ演奏なのだろう。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

マルケヴィッチ指揮シュタッツカペッレ・ドレスデン(EN LARMES:CD-R)1981/2/25LIVE地味な演奏である。ドイツ臭さも感じる。だがリズミカルな楽想においてはマルケヴィッチの本領発揮、弾むようなテンポで心を沸き立たせる。付点音符の表現が演歌寸前ギリギリの感覚で面白く聞かせる。さすがディーアギレフの目にかなった音楽家だ。4楽章など月並みだが面白い。また、3楽章は意外に情緒的で美しく、この盤の一番の聴きどころと言える。低音の安定した音響が聴き易い。オケの技術はそこそこといったふうで、とくに特徴的なところはないのだが、音色はさすが綺麗。ソロヴァイオリンも1楽章で失敗?しているが全般に歌心に溢れた演奏ぶりで美しい。総じてこの曲の演奏としてはやはり地味だが、マルケ好きは聴いて損はなかろう。ロシア臭やロマン派臭が嫌いな向きにはおすすめ。録音にぱつっという音が入るところが二個所ある。無印。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

チェリビダッケ指揮ミュンヒェン・フィル(METEOR/CULT OF CLASSICAL MUSIC:CD-R)1980'S?LIVE~録音悪すぎ。激しいノイズはエアチェック物であることがバレバレ。これではチェリの目した完璧主義的な音響には遠く及ばない。とにかくこのことが気になってしょうがなかった。また、アンサンブルが緩みがちというか、固くて軋みを生じているというか、作為的な感じがして仕方なかった(1楽章は素晴らしかったが)。シュツットガルト放送響の演奏には強い集中力があり、音響も録音としては理想的であったから、それより後と思われるこの録音の出来は残念としか言いようがない。がんばって手に入れた盤だけに、拍子抜けも著しかった(泣)。ソロヴァイオリンもあまり旨みがない表現。盤評本ではシュツットガルトの録音よりこちらを推しているものもあるが、録音状態をひとまず置いたとしても、この盤がシュツットガルトに比べて更に壮大で迫力があるかというと疑問である(単純な時間の長短の問題ではない)。まあ、聞きたい人は聞いて下さい。私は無印としておきます。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団(DG)1982/2/18LIVE~雄大にして緻密なチェリの美学が生きた演奏だが、まず録音状態が、新しいものにしてはあまりよくない。ホワイトノイズが入るし、オケの音は平板。チェリの気合声が気分を高揚させるものの、客観が優る演奏であり、それほどのめり込むことはできない。が、構築的な演奏はまるでひとつのシンフォニーを聴くようで曲にふさわしくないとも言える高潔さや哲学性まで感じさせる。響きの美しさは比類が無く、この時代のリムスキーが世界の最先端を行っていた事を裏付ける和声的な面白さもぞんぶんに味わえる。ハマればとことんハマりこむ演奏であり、私もその一人なのだが、好みで言えばロココ盤や同じシュツットガルトとの海賊盤のほうが自然で好きかも。無機的な感じも恐らくリマスタリングのせいだろう。録音マイナスで一応無印としておく。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(MELODIYA)ロンドン交響楽団盤評参照,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

コンドラシン指揮コンセルトヘボウ管弦楽団(PHILIPS)1979/6~コンドラシンらしい凝縮された密度の濃い演奏だ。クレバースのヴァイオリンソロが細いながらも美しい音色で一服の清涼剤たりえている。この人の演奏はその芸風からか小さく凝り固まってしまう場合も多いが、ここでもそんな感じがしなくはない。テンションこそ高いものの渋い演奏で派手さはなく、かといって哲学的なまでに内面を追求したわけでもなく、どことなく中庸な雰囲気が漂ってしまう。まあ、ブラスの鳴らし方などにロシア流儀が聞き取れるし、「中庸」は適切な言葉ではないかもしれないが、なぜか音色的に地味なのである・・ACOなのに。アンサンブル力や各セクションの素晴らしい表現力がコンドラシンの豪快な棒に乗ってとても高精度の演奏をやっつけているが・・・思わず寝てしまった。。録音のせいとしておきたい。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(VOGUE)1928/7/6,1929/4~品のいいおちょぼ口のシェヘラザード。私はこれくらいのほうが好きである。ゴーベールはこれ以前にも抜粋録音しているそうだが、雑音をカットしたおかげで茫洋としてしまった録音の奥からは、リムスキーの色彩的な管弦楽法を十分に生かした立体的な演奏が聞こえてくる。けっしてこなれた演奏ではないし、2楽章のリズム、3楽章の歌、終楽章の感興などもっとはじけてもいいと思うが、まるでラヴェルのダフクロあたりを思わせる香気立ち昇る雰囲気が全体を包んでおり、また颯爽とした指揮ぶりにも自信がみなぎり魅力を感じる。ただ、ヘタなものはヘタ。ヴァイオリン・ソロの高音の音程がアヤシイしボウイングもぎごちないのが何より気になる。管楽器のソロは割と安定してはいるもののミスが無いわけじゃない。アンサンブルもわりとばらけがちで集中力が散漫な感じがする。これは録音のせいという気もしなくもないが、それを割り引いても「ヘタ」という印象は変わらないと思う。でも、いい演奏ですよ(自己矛盾)。,

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード(1888)

○ロジンスキ指揮クリーヴランド管弦楽団、フックス(Vn)(COLUMBIA /LYS)1939/12/20筋肉質で速い演奏だ。いやー、力強いのなんの。クリーヴランド、巧い巧い。細かいパッセージまでしっかり棒に付けてくる。細かい動きまでびしっとあっているアンサンブルのよさに驚嘆。このコンビ、じつはあまり好きではなかったのだが(NYPのほうが好きでした)これは聴くに値するダイナミックな熱演。3楽章のスピード感、4楽章の畳み掛け、緩やかな部分が無いのが弱点といえば弱点だが、休む間もなく40分強。CD化していたのかもしれないが見たことは無い。モノラルだから単品では出難いかもしれないが、ドキュメントあたりでボックス化したさいは収録必至の演奏です。○。イタリア盤で一回CD化している。,
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