イベール:祝典序曲

山田耕筰指揮紀元2600年泰祝交響楽団(columbia/rohm/altus)1940/12/18,19・CD

皇紀二千六百年祝典序曲、同じ意図で様々な国の作曲家に依頼された作品中では、シンフォニア・ダ・レクイエム(ブリテン)を別格・別枠とすれば最もすぐれた作品であるように聴こえる。新古典主義に立った明快な作風、弦・木管に施されている合奏協奏曲ふうの洗練された書法、ブラスの強奏を駆使したアメリカ的ですらある祝祭的表現、手抜かりのない和声の馴染み良さ、そこにはイベールなりの個性も忍ばせられているが、求められる物を求められた以上に提示するプロフェッショナルぶりがイベールという作曲家の職人性を見せつけるものとなっている。管弦楽の用法の巧みさは同時代のアメリカでフランスから影響された新古典主義的作曲家の作品と比べても明らかに上である(個性を犠牲にしているからとも言える)。日本人としてベルリン・フィルの指揮台に立ち録音を残したことでも唯一世界に知られた指揮者であったであろう山田耕筰の、恐らく新響(現N響)の鍛えぶりも相当なものだったことも伺え、作品自体が単純に鍛錬を成果として示しやすく出来ているからとも思えるが、SP時代の日本人オケとは思えぬ少しドイツ的なまとまりをもった意志的な演奏として今でも楽しめるレベルだ(但し録音状態の悪さはいかんともし難い)。とはいえ、ブラスは弱い。これだけ木管が吹けているのに、ヘナヘナして聴こえるのは録音のせいだけではあるまい。効果的な曲なので背景無視して、ショスタコの祝典序曲同様に今でも楽しむべき価値ある曲である。一連の委託作品を初演者山田か録音した中の一組。ネットでも聴ける。
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イベール:弦楽とオーボエのための協奏交響曲

デ・ランシー(ob)プレヴィン指揮LSO(RCA/sony)1966・CD

イベールはカメレオンのようにさまざまな作風を提示して一定水準の満足感を与えてくれる。この曲の焦燥感と内省的なさまはいかにもオネゲル的だが、構造は比較的単純な新古典主義だ。中間楽章でオーボエを中心とする中低音域のやりとりが、ユニゾンを基調に暗く行われるところに、ソリヴァイオリンが高音で投げかける叙情はマルティヌーを思わせ、冷え冷えとした中にもオネゲルとは別種の暖かみを感じさせる。オネゲルほど緊密ではないので過度な期待は禁物だけれども、この演奏のように中庸の美観を保ったものは、地味ではあるが聴きやすい。デ・ランシーは個性を打ち出すタイプではなく音色も表現も手堅い。だからイベールならではの憧れに満ちたフレーズではもう少し何か欲しい気もするが、融和的ではある。アンサンブルは少し緩いか。

イベール:祝典序曲~部分

山田耕筰指揮紀元2600年泰祝交響楽団(NHKSO)1940/12/7,8,14,15歌舞伎座、紀元2600年泰祝楽曲発表会LIVE? ・LP

皇紀2600年記念録音盤。言うまでもなく戦前各国の著名作曲家に依属した祝典用楽曲のこれはひとつである。イベールの曲はこのドイツ的な演奏によってもはっきりそれとわかる個性を発揮している。イベールのルーセル的な重さが逆に威厳をあたえ、皇紀2600年祝典にふさわしい重厚な盛り上がりを作っている。とはいえイベール馴れしている耳にはむしろすぐ飽きがくる。録音は決してよくないから、資料的価値以上のものはないと言い切ってしまおう。でもたぶん皇紀2600年泰祝楽曲中ではいちばん人好きする曲と思う。評価不能、無印。オケはN響の前身新響を母体として新たに組織されたもの。,

別途放送用録音されたものの抜粋の可能性がある(columbia、CDではローム、altus)。

イベール:三重奏曲(1944)

◎ラスキーヌ(Hrp)ヴィア・ノヴァ四重奏団のメンバー(Vn,Vc)(ERATO)この演奏はこれ以外にはいらないという気にさせてくれる。ラスキーヌのフランス近代音楽の表現は、技巧的にも情緒的にも万全だ。ヴィア・ノヴァも実にフランス的な音色が美しく、同曲に満ち溢れた類希なる名旋律の数々を高雅に、時には情熱的に謡いあげている。,

イベール:三重奏曲(1944)

○ジャメ(H)サンチェス(Vn)デジェンヌ(Vc)(ERATO)1963/1 マリ・クレール・ジャメ五重奏団名義の演奏。この類希な音楽の宝石に対して、ジャメのハープの繊細な響きとこのアンサンブルのノーブルな雰囲気がやさしく溶け合い、そっと輝きを加えている。ヴァイオリンの音がやや率直(リアル)すぎるきらいが有り、ラスキーヌ盤のヴィア・ノヴァのセンシブルな演奏にくらべいくぶん落ちるように感じられる。3楽章の無窮動的な律動はやや速めで、そこにジャメのきらめくような美音が降りかかってくる。中間部で印象的な重音のグリッサンドが全部バラで演奏されている(ヴァイオリンもチェロも)のに少しびっくり。けっこうあっさり味である。モノラル。最後に、ヴァイオリン手抜いてるところあるぞ・・。 ,

イベール:三つの小品

フィラデルフィア木管五重奏団(boston records)1960/9/21・CD 同アルバムに収録されている他のフランス音楽に比べると随分と古風な感じもする(1930年作品なので僅かだが古いわけだ)これもわりあいと有名な曲。旋律楽器を中心に動く至極わかりやすい曲構造で、いかにも世俗的でサロン風の作風に留まったイベールぽい楽曲だ。楽団はまったく余裕といったかんじ。フルートの高音が震えるように美しく心に響いてくるのが印象的。それ以外はふつう。,

イベール:弦楽四重奏曲

パレナン四重奏団(vega)曲としての出来はどうだろうか。二楽章の息の長い旋律には部分的にとても美しいものがあるし、三楽章のピツィカートによるエスプリにもほほえましいものを感じる。フランス六人組に数えられてもおかしくはなかったといわれるイベール、その音楽は、やはりミヨーなどに良く似たものがある。もちろんイベール節とでもいうようなものを持っているし、凡庸ではないのだが、弦楽器だけのアンサンブルというものに対して、ルーセルもそうであったが、変に晦渋なものを求めているようにもきこえる。いや、逆に弦楽器だけのアンサンブルというものは音色が混ざり易く晦渋に聞こえがちで、その点を押さえて書法に巧く反映させるべきところ、うまくできていないのだろう。パレナン四重奏団はフランス的なものをとても持っている一方で、バルトーク全集に挑むほどのテクの持ち主でもある。だがこの曲については結局スコアを前に聞きでもしないかぎり、なかなか「見えてこない」演奏になってしまっている。モノラルなせいもあるだろうが、曲の悪い部分を抑え良い部分を浮き立たせるまでには至っていない。残念だ。出だしは魅力的なのだが・・・終始せわしないリズム、オリエンタルな音線に思わず「ルーセル?」と思ってしまう1楽章(2楽章の半音階的晦渋さもそう感じる)。だが、全般ぶ厚く凝りすぎた感のあるアンサンブルの中から、旋律だけを取り出してみると、イベール的な明るくサロン的な魅力が浮き出して来る。円熟後のルーセルにはどうしようもない暗さもつきまとうから、この楽天性は本質的に異質なものである。イベールらしい息の長い旋律はトリオに比べいずれもいくぶん魅力に乏しいが、ところどころ耳に残る部分がある。 1楽章はミヨー的複雑新鮮な音響を楽しめる方にはお勧め。音と音のきらめく衝突はミヨーのもちいる和声に追従したかのようだ。フラジオレットのさりげない挿入など耳を楽しませてくれる仕掛けも多い。時代からすれば遅れたやり方なのかもしれないけれども。このあとの楽章にも見られるが、フレーズの終止形が時折(それまでの展開を無視したかのように)「前時代の定番的表現」をとるのは、多分意識的な”遊び”で、逆のコントラストが却って面白い耳心地だ。2楽章はいきなりの不協和音で取り付きづらいが、良く聞きすすめるといくつか魅力の発見できる曲。重いが、暗くはならない。暖かい(ぬるい)明るみに彩られた瞑想的な雰囲気。中盤ファーストヴァイオリンのうたう悲痛な、だが希望をそこはかとなく感じさせる歌は胸を打つ。終盤の(定番でもあるが)チェロ・ソロによる息の長い旋律再現にも、何か失われゆくものへの遠い思いを感じさせるところがある。バッハにならったようなフレーズもありオネゲルを彷彿とするが、数倍聴きやすいのはひとえに旋律と暖かい和声のおかげで、これがわけのわからない旋律に不協和音だけだったら駄曲。3楽章はピチカートだけの楽章で、同曲の一番特徴的な楽章。簡潔で、ラヴェルの2楽章よりはひらめきの点で劣るものの、2楽章との鮮烈なコントラストが嬉しいイスパーニャな逸品。有名なチャイコフスキーの4番交響曲とはかなり感じが異なるけれども、典雅さは遠からじ。終楽章は3楽章の雰囲気を受け継ぎながら律動的なアンサンブルの交錯を聞かせる。ここでも一寸聴きルーセルを思い出すだろう。ルーセルは独特の禁欲的な旋律を持っているから違いも歴然なのだが、そんなことはマニアの世界。私にはここでもミヨーを薄くしたような匂いが感じられる。パレナンは巧いけれども縦のアンサンブルが聞こえすぎてしまい、旋律の横の流れが浮き立ってこないので、更に曲をわかりにくくしてしまっているかもしれない。それほど人気の無い曲でもないはずだが、メジャー化しづらい要素は沢山。そういった曲。弦楽四重奏曲というと普段平易な作風の作家でも、どうしても構造に凝ったものになりがちだ。イベールがこういう構え方をしてしまうのもわからないではない。最後に打たれる和音は如何にも定番ではあるが、きっぱりしていて、すっきりする。,

イベール:弦楽四重奏曲

○レーヴェングート四重奏団(EMI)1946/9・CD  グラモフォンに録れたドビュッシーのばらけた演奏ぶりが信じられない出来である。個性という点ではどうかわからないが、統一された美しい音色~アマティの銘器で統一された~による極めて緊密なアンサンブルには括目させられる。とにかくこの速さは尋常ではないし、溌剌とした運動性もこの曲にはふさわしい。フランスの団体の草分けのひとつとしてメンバーチェンジを重ねながらも70年代までじつに40年以上活躍した団体であり、録音も数多いものの復刻が進んでおらず比較的新しいLPでもしばしば高値がつけられている。カペーやカルヴェ、クレットリと並び称されるほどの古の有名団体でありながらメンバーはじつに若く、主宰のファーストヴァイオリンなどは大正元年生まれという異例の若さである(10代で組織したのだ)。まずは明瞭で技巧的なアンサンブルの妙味、そして赤銅色の美音(この曲では一番地味な2楽章でとくに味わえる)。それらを楽しむにはふさわしい演奏だ。1、3楽章は「うわーこんなの弾けない」と思わせるようなエスプリと煌きを放っており、さすがだと感銘を受けさせる。2楽章は元々の曲がややわかりにくい構成のため今ひとつ魅力が浮き立ってこないが、2回繰り返される長大な名旋律は控えめながらも味わい深く響いている。3楽章はピチカートだけの楽章ながらもさすがアマティ、音色に艶があり、たんなるチャイ4の3楽章に落ちないカルテットでなければ表現できないような輝きを瞬発的に放っている。鋭さはないが速さの中に和声的なバランスが巧くとられておりこの比較的古い録音でも十分にイベールのサロン風ハーモニーの妙を楽しめる。敢えて速く奏することで4楽章の序奏としての役割を果たさせることにも成功している。4楽章はベートーヴェンを得意としたこの団体らしいかっちりしたところを見せる。アンサンブル力のみせどころだ。総じてまとまりすぎて小粒にも感じられるが、イベールの演奏としては一位に置けるくらいのものになっていて素晴らしい。個性に拘る私は○ひとつに留めておくが、◎になってもおかしくない内容だと思う。グラモフォンのフランスものの録音と比べてのこの違いはなんだろう。数年のうちにファーストが狂ったとしか言いようがないが、狂ったと言っても個性的とみなす私はグラモフォンの芸風のほうが好きだと付け加えておく。戦後の録音であるせいか古くてもしっかり楽しめる録音レベルには達している。,

イベール:寄港地

○ワルター・ストララム指揮コンセール・ストララム管弦楽団(VAI)1928-30・CDこのオケの艶っぽい音色といったらない。古い録音でも充分に伝わってくる。しっかりした演奏でこの時代の録音にありがちなアバウトさは無い。何かニセモノ感があるというか、チープな魅力のある曲だけれども、たとえばファリャを模倣したような楽想にしても、パリジャンとしての品を失わず、あくまで陸の上から港の風景を描いているかのよう。○。,

イベール:フルート協奏曲

グラフ(f)デサルゼンス指揮ウィンテルトゥール交響楽団(EDITION LIMITEE) うーん。。イベールのこういうところがキライだ。いきなり内省的で晦渋な世界に入ってしまったり、やたらと構造的な複雑な音楽を紡いでみたり。いい旋律がないときほどそういう手練手管を使ってくるところがイマイチ好きになれない。まあ、ここは曲批判の場ではないんだけれども、この曲にかんしていえば、あまり人好きしない長い曲、と言うしかない。この演奏はフルートが全然浮き立ってこない。ずっと吹きっぱなしにもかかわらず、録音バランスが悪いのか、フルートコンチェルトということを忘れてしまう。この盤、盤面悪いし、無印。,

イベール:ディヴェルティメント

○デゾルミエール指揮パリ音楽院管弦楽団(TESTAMENT/DECCA)CD デゾの録音はぞくぞくとCD化されている(最近だとテスタメントですね)。チェコ録音はまだ復刻されないようだが時間の問題だろう。この曲も確認してないが確かCDになっていたと思う。デゾはスマートで浮き立った表現の巧い指揮者。このフランス六人組の+αの作曲家は、こういう喜遊的な曲はお手のもの。しかもイベールはプーランクやミヨー以上にそういう「実用的な音楽」作りが巧いときた。この第二曲にあらわれる「結婚行進曲」のパロディは噴飯もの。デゾの棒も冴えきっている。楽しいタノシイ組曲、ミヨーのフランス組曲あたりに通じるものもあるが、より親しみやすいので、ぜひ聴いてみて下さい。タノシイ。,

イベール:アルト・サキソフォーンと11の楽器のための協奏曲

○ロザンタール指揮パリ・フィル、マルセル・ミュール(S)(EMI)CD 仏EMIはとんでもない復刻を乱発している。CD時代の人々は大喜びだろうがレコード時代の人々は内心がっくりだろう。これだけまとまって集成されて1000円強とは。この曲のミュールの録音があることは知っていたが、たぶん持っていなかったと思う。ので改めて全楽章聴いてみた。1楽章はイベールらしい響きの臭みのある無窮動的な音楽。プーランクやフランセなど同様、たんに軽音楽ではない、何かしらひっかかる不協和音や独特の転調を交えたりして、音楽の「質」を保っている。私は結構このては苦手なのだが、イベールはとにかく旋律がいいので、許す。とくに2楽章の仄かに感傷的な旋律はイベールならでは。息の長い歌が時の経つのを忘れさせる。但し、個人的にここでバックがひたすら奏でる不協和で晦渋なハーモニーはどうも好きになれない。旋律だけならスバラシイのに・・・私だけ?アタッカで3楽章のふたたび激しい音楽。これもイベールの常道で、あまり冒険の無いいつもの作風が展開されているという点ではいささか職人的シゴトに過ぎる感もあるが、モノラル期のロザンタールの水際立ったリズムが巧く音楽を救っている。3楽章の途中に一個所原盤起因の雑音あり(メーカー調べ)。○。ミュールの音は甘いなあ。。。,
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