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エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番~抜粋

○ストコフスキ指揮BBC交響楽団(SCC)1954/5/7・DVD

三箇所の抜粋演奏で、大体曲のわかるような抜粋の仕方をしているから楽しい。最初は大人しいが、最後の方は民族色を煽りオケの技能を存分に引き出した素晴らしい集中力ある演奏でストコフスキー自身も満足の笑みが出る。バイオリン上手いなー。一糸の乱れもない。レクチャーコンサートの形式をとった白黒テレビ番組「指揮者は語る」の録画。
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エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

古風な楽想に民族舞踊を加えた小品だがフィラデルフィア管弦楽団の技巧的側面をよく浮き彫りにしている。俊敏。

エネスコ:ルーマニア狂詩曲第2番

○作曲家指揮コロンヌ管弦楽団(REMINGTON)LP

「1番2番の法則」というのがある。2曲組という管弦楽曲は多いが(交響曲でもエルガーやカリンニコフという例がある)、おうおうにして1番が出世作もしくは結果として当たった作品、2番が作曲家本人にとっての意欲作もしくは1番人気に乗じての作品となるため、客受けはあざとさのつぎこまれた(時には受けるために本来やりたくない方法まで使った)1番のほうが圧倒的な場合が多い。くらべ2番は技巧に走っているとか1番ほどの強い霊感が働いてないとかいうことになり、その法則はエネスコのこの作品でも働いている。

ルーマニア狂詩曲は1番が大受けしたからこそ2番が作られた。1番ほど「掴み」が重視されておらず(1番2番の法則における1番の特徴として「冒頭から速攻で鷲掴みにする(メロディや派手な音響・リズムで)」点が挙げられる)、しかし簡潔巧緻な書法でラヴェルの同窓生だったことを少しだけ思い出させる現代的な部分があり、楽想的にも1番にひけをとらない。ただ構成的に「落ち着いている」だけである。演奏は1番より心なしか大人しいが、しかししっかり民族性を打ち出したもので、エネスコが他者の作品で見せる生硬な指揮ぶりは解消されている。○。

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エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番

○作曲家指揮コロンヌ管弦楽団(REMINGTON)LP

これはCD化していたかどうか記憶が定かではない。作曲家エネスコ一番の「当たり」作品で現在も頻繁に演奏される。前座プロとして丁度いい長さと客受けする民族舞踊的要素を兼ね備え、前衛性は2番に比べて皆無と言っていいか。コロンヌでピエルネが初演したのではなかったか、だからこれは初演団体による自作自演ということになる。エネスコは民族色全開で荒っぽい音を出させ、ラフになるのも厭わず、しかし娯楽性を煽る方向にも行かず真面目な態度で感興を引き出そうとしているかのよう。このLPは何度か組み合わせを変えて再発され(1,2番ばらばらでもあり)、他レーベルにても再発されている。

エネスコ:木管十重奏曲

作曲家指揮フランス国立管弦楽団(REMINGTON)CD化。清澄でサロンふうの曲想は意外だが、エネスコはラヴェルの同窓でもあったわけで、そのへんの作曲家に通じるものがあっても不思議ではない。プーランクあたりを想起するが、もっと古い作曲家の名を挙げるべきだろう。木管アンサンブルはあまり馴染みが無いのだが、自然に聴けて楽しかった。エネスコはわかりやすい。盤面が悪く終楽章はあまりよく観賞できなかったが、興味があれば、聴いてもいい佳曲。そんなところ。 ,

エネスコ:八重奏曲(1900)

作曲家指揮アンサンブル(ジェンドレほか)CD化。早熟のエネスコ19歳の作品。ラヴェル同窓だが作風はかなり異なり、どちらかといえばドヴォルザークやバルトークなどに近い。息の長い旋律が繰り返し重奏されるさまは曲が進むにつれいささか辟易してくるものの、魅力的ではある。傑作とはいえないが演奏すればそれなりに楽しめる曲かもしれない。ここでは演奏の見事さということでエネスコ自身の指揮による演奏を挙げた。何といってもヴァイオリンの艶やかな響きが美しい。いささかの乱れも見せず全パート緊張感を持続し、アンサンブル的にも素晴らしい。それだけではなく当然時代がらも反映されており、弦楽器の音とはかつてこうであったのだ、という懐古趣味的感慨も覚える。無論エネスコの指導力は絶大と思う。これはエネスコの音だ。,

エネスコ:交響曲第1番

ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送交響楽団(MELODIYA)変な曲~!!1楽章は民族楽派的でいながら清新でいかにもパリに学んだ作者の音楽といった感じだ。あきらかにロシアではないし、かといってルーマニアルーマニアしているわけでもない。ハーモニーがとにかく新鮮で、ちょっと違うがオネゲルを思い出した。立派な交響曲であることは確か、と思わせる1楽章、しかし2楽章は退屈。 3楽章制の3楽章はそれほど盛り上がらないが1楽章の路線ではある。結局頭でっかちなバランスの、よくあるマイナー現代交響曲の範疇に留まった作品になってしまっているのが惜しい。ロジェストは巧くバランスをとっているが、私のLPはなぜか左右のバランスが頻繁に変わり非常に聞きにくい。オケがコンドラシンの盤のように激しいアタックで弾きまくってくれているだけに残念だ。1楽章だけで○付けてもいい気もするが、録音マイナスで無印。ジョルジェスク盤があったはずだが未聴。,

エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(BRILLIANT)1956/10/4LIVE・CD

エネスコが完全に前時代的な国民楽派の作風に立って書いた佳作だが、わりと垢抜けた表現もできた人であるガウクはロシアの方法で田舎ダンスとして描くよりも音響のすっきりした洒脱な現代作品に昇華された音楽的表現を目しているようで、少々スピードを煽り過ぎて装飾的パセージによる微妙なリズムが明確に聞こえないところもあるが(こういうのはほんと他国の楽団には難しい)、とくにブラスの異様な技巧的表現とハープの幻想的な分散和音が盛り上げるあたりはかっこいい。起伏に欠けるきらいもあるし弦にはもっと迫力がほしかったが、悪くはない。ゴステレラジオ音源。残響付加の過大なモノラル。

エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第3番

◎作曲家(Vn)リシェ(P)(東芝EMI)1949・CD

名演!録音リマスタリングもクリアでいい。エネスコの表現はほんと標本にして飾りたいくらいのもので(おいおい)民族的な表現の模範といっていいだろう。今の技術の観点からして決して巧いとは言えない細かいところはあるものの、それも瑣末と思えるほどに全体の流れと表現の機微が完璧である。自作自演でしかなしえない部分というのもあるだろう。◎。

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エネスコ:演奏会用序曲

◎ケーゲル指揮ドレスデン・フィル(morgan's:CD-R)1981/9live

曲も演奏もすこぶるよい。録音も安定し明快で、少々くぐもる感じはあるもののおおむね一般向け商品としても立派に流通可能なレベルの音である。作曲家エネスコは古い録音ばかり聞いていると取り残されたロマンティストといった側面に目がいってしまうが、音響的な書法を駆使し、きほん現代的な音楽を志向する人であり、バルトークと似た方向性の知的なものを感じさせるし、ラヴェルと同窓であったのも確かに、といった大胆ながらもきっちり組みあがったものを作り上げる。コダーイよりはずっとバルトークだ。楽しいだけの曲ではないということをケーゲルは気づかせる。うにょうにょとクラスター状にうねる弦楽器の奇怪な情景や心象的な哲学をはらむ高音打楽器、「演奏会序曲」という国民楽派が多用したロマン派楽曲型式を一歩進ませて、純音楽的に研ぎ澄ますことで(ライヴだし研ぎ澄ますまでには至っていないが)作曲家エネスコの先鋭な部分を含めなめらかに聞かせている。これは名演だ。モーガンズには珍しい当たり。◎。

エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第3番


◎作曲家(Vn)リパッティ(P)(erectrecord/melodiya/monitor/PHILIPS/venezia他)1941/8・CD

組曲風の完全に民族音楽である。昔から言われていることだがルーマニア民族音楽への体感的理解がこのコンビの強みで、逆に言うとなかなか後年これを演奏しようという人が現れなかったのはここに現れる民族主義、民謡音楽のあからさまななりに体臭を載せることが難しかったからともいえるかもしれない。バルトークほどではないが(全く無いが)現代ふうの洗練を加えられた音楽は硬質な晦渋さは否めずとっつきづらい面もあるし、「これは民俗音楽なんだ、オスティナートを刻んだり奇怪にユニゾンだったりするピアノは太鼓とかツィンバロンのようなものを示していて、ヴァイオリンはやっぱりフィドル相等のものを想定している」というような理解を加えていかないとわかりにくい。ただ、民謡音楽は所詮やっぱりその「ノリ」というか「方法」を理解してしまえばいい話で、よそ者には謎めいているようにおもえる書法も根本に土俗的な洗練されない音楽のセオリーがあるだけで「そういうものなんだ」と受け容れ体を揺らせば自然と入ってくる。アーティキュレーションの綾は体でわかるものだ。同時代の専門作曲家の亜流のような曲が今は余り好まれないだろうけど、このような物凄い古いものにいつまでも牙城を築かせたままにしておく必要もなかろうほどに、聞いているぶんにはわかりにくいものでもなく、ヴァイオリンにしてもピアノにしても技巧も面白い。この曲はとても民族的である点で前のものとは質を異にしている。演奏家共にソリスト的な独立した表現も求められているがゆえ、リパッティはうってつけの演奏家といえるだろう。物凄く泥臭い音楽なのにリパッティは泥の輝きをまるで宝石のような煌きにかえている。エネスコはもう、バリバリ弾くのみである。エネスコの数少ない演奏録音のなかでこの盤はその類稀な技巧と表現を余すところ無く伝える特別なものといっていいだろう。曲がよかった。◎。

エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第2番


○作曲家(Vn)リパッティ(P)(erectrecord/melodiya/monitor/PHILIPS/venezia他)1941/8・CD

作曲家還暦記念の放送録音で3番とともにさまざまに再発されてきた。メロディヤではラデュレスコの伴奏ピアノを弾いた「ヴァイオリンとピアノのための演奏会用小品」の録音も加えられていたようだが私は(確か)未聴である(ヴェネツィアの復刻からも漏れている)。どうも録音は悪い。様々に手が加えられ工夫されてきてはいるのだが、現在容易に手に入るヴェネツィアの廉価集成ではほぼ擬似ステレオといっていいようなリマスターが加えられているものの、ヘッドフォンできくとエッジが立った音が逆に元々のノイズをきつくして聞きづらい。エネスコは録音嫌いで残っている数少ないものの中心も指揮やピアノ演奏(これがまた巧かったりする)だったりする。

生き生きとしたエネスコのヴァイオリンは後のものより技術的完成度という点ではすぐれていると言えるだろう。リパッティも詩情溢れる静かで繊細な表現を安定した技術にのせて展開している。レミントン盤とくらべやっぱり少しリパッティは控えめすぎるところもあり、それが持ち味だとはいえ平たく綺麗すぎて、まだまだ盛年エネスコの表現とあわさると逆に少し重い感じもする。とはいえ、3番みたいな民族色が殆ど入らず、ロマン派ソナタの王道をいくような音楽には硬質な詩情をたたえた清新な表現がマッチしているようにも思う。難度も低くエネスコをきくのに役不足な曲とかんじる人もいるかもしれないが(自作自演なんだから変な言い方だけど)、聞きやすさでは勝っていよう。○。

エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第2番


○作曲家(Vn)リシェ(P)(REMINGTON)LP

内省的でフォーレ流のロマン派ソナタの系譜を受け継いだ佳作である。エネスコの前時代的な艶のある音が、終楽章以外に横溢する静かな情緒を損ねているけれども(終楽章は派手に動く、音色のことを言ったがエネスコ老いてなお上手いことは確かだ、この憂いある音は若い連中には出せない、誰だ下手だ衰えだなんて言うやつは、音楽の多様な楽しみかたを知らなすぎるぞ)、よく言われることだが奥さんの丁々発止の機敏な演奏ぶりが出色で、寧ろはっきりしたアンサンブル向きの規律正しい演奏ぶりはリパッティよりいいかもしれない。何故か復刻から漏れているプレミア盤。ジャケデザが原色黄色でいい。
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