バーバー:弦楽のためのアダージオ

テンシュテット指揮フィラデルフィア管弦楽団(PO)1985/11/21放送live・CD

弦楽のためのアダージョは戦争とは切り離せない。トスカニーニの依頼で編じられた(原型は弦楽四重奏曲第二楽章として聴ける)あと、第二次世界大戦中以降アメリカのかかわる戦争においては必ずと言っていいほど、演奏されてきた事実上のレクイエムである。敗戦後の日本で占領軍により最初に流されたラジオ放送は同曲だったと言われている。名旋律の常として歌詞を付けられてうたわれることも多く、本人が歌曲に編曲したものはケネディ暗殺後にも演奏されている。ベトナム戦争の惨果との関連性も「プラトーン」に象徴されるとおり深い(作曲家は近年まで存命であった)。テンシュテットは分厚いオケを相手に、丁寧な音楽つくりを行っている。これを激情に駆られてやるならばフィラデルフィアoの明るく圧倒的な表出力により陳腐な音楽に成り下がっていたであろう、響きに非常に配慮し、重層的構造を注意深く再現するさまはテンシュテットらしい。特徴の強い演奏ではないし心を強く揺さぶられるようなところもないが、その真摯さにはブラヴォも少し飛ぶ。放送収録であり新しい演奏にもかかわらず環境雑音がとても気になる。惜しい。
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バーバー:弦楽のためのアダージョ

◯テンシュテット指揮フィラデルフィア管弦楽団(don industriale:CD-R)1985/11live

情に流されず荘重に過ぎず、注意深く、深淵を覗くような響きも交えてこの曲のもつレクイエム的側面を大人のさばき方で取り示している。印象につよく残る解釈ではないがブラヴォが飛んだ。そういう演奏。

バーバー:弦楽のためのアダージオ

○バーンスタイン指揮ロス・フィル(DG)1982/7・CD

ねちっこくはなく、静謐で素直な演奏。クライマックスこそ粘るような表現はみられるものの、それ以外ではむしろ弱音過ぎるくらいの弱音で静かな重奏を聞かせている。

バーバー:チェロ協奏曲

○ベングトソン(Vc)ニコライ・マルコ指揮デンマーク国立放送交響楽団(danacord)1955/11/24live・CD

オケがイマイチ。ライブだし曲もオケパートを剥き出しにして使うところが目立ち(冒頭の弦の強奏などリズム的に合わせるのが難しいだろうが)、仕方ないところもあるが、それにしても余り深みのない演奏を展開するソリストと重く引きずるようなオケの乖離はやや気になる。曲が悪いのは認める。○。

バーバー:ヴァイオリン協奏曲

○ゲルレ(Vn)ツェラー指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(westminster)1963/6・LP

ゲルレは雑味が多く技術的に不安で、音色的にも特筆すべきところは少ないのだが、のびやかな二楽章の歌いこみは甘く綺麗だ。この演奏で特筆すべきはバックオケで、シンフォニックな拡がりのあるなかなかの表現である。VSOOだからといってウィーン的な音楽ではないしそういう音色が目立つ箇所も少ないが、じゅうぶんに技巧的なメリットを備えたオケであり、録音はやや冴えないが、同曲のヨーロッパ的演奏としては貴重な面があるから聴いて損は無いだろう。ディーリアスとのカップリングというのもめずらしい。

バーバー:チェロ協奏曲

○ネルソヴァ(Vc)作曲家指揮ロンドン新交響楽団(decca)1950年代・CD

ソリストは素晴らしい。オケがどうにも甘い。バーバーはこの名義のオケと他にも録音を残しているし、その指揮技術にも定評はあったが、さすがに協奏曲をさばく腕までは磨き上げられなかったか。曲はオネゲルやウォルトンを彷彿とさせるカイジュウさがあるが、技巧的な見せ場が多くバーバーらしい聴き易さもある、それをソリストは鋭敏に感じとってしっかり表現していてよい。○。

バーバー:ヴァイオリン協奏曲

○コーガン(Vn)P.コーガン指揮ウクライナ交響楽団(BRILLIANT)1981/12/15live・CD

むっちゃ荒いな、ごまかすしというところだがソリストにマイクが近すぎて聞こえなくてもいいものまで聞こえてしまってるのは確か。さらに、開放弦を臆面もなく駆使するさまに、これこそロシアのやり方だった!と感動。適度に深くあまり揺れの無い音色はバーバーにあっている。安定した音のほうが古風な同曲にはあう。オケは素晴らしい。ニュートラルというか、バランスよく技巧的にも力感にも問題なし。弦も木管も美しい。ソリストを食ってる。二楽章中盤になってようやく余裕が出て高音に柔らかないい音が聴けるようになるのは、やはりコーガンといえどもやり慣れない曲では硬くなるということか。しかしバックオケも負けずに頑張るのでこのあたりは全体としてよい。コーガンの左手に不安は依然残るものの、三楽章は頑張るしかないといった所だ。ロシアのバリ弾き奏者特有の荒々しい右手もだんだんとのってきてコーガンらしさが感じられてくる。バーバーの録音としてかなり貴重な様式ではないか。バックオケの毒々しいくらいの色彩感にも圧倒される。○。

バーバー:キルケゴールの祈り

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団&セシリア協会合唱団、レオンタイン・プライス(Sp)クラフト(Msp)ミュンロ(T)(WHRA)1954/12/3live・CD

ミュンシュはバーバーを得意とした指揮者ではないがロマン性を色濃く残したバーバーの分厚い管弦楽を捌くに適した特性を備えていたと思う。この大規模な曲でも合唱団やソリストと一体となり巨大で力強い音楽をつき通し、あっという間に聞き通させる名人芸を見せている。○。

バーバー:クリスマスに

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1960/12/23live・CD

クリスマスへの前奏曲、という説明のとおり、クリスマスにまつわる童謡や賛美歌からの旋律が引用されメドレーのように管弦楽により綴られてゆく。いわば編曲作品だ。バーバーの職人的な仕事はかなりの技巧を要求する一筋縄ではいかないもので、そここそが聞き物である。バーバーはメロディストではあるが、このように聞き知ったメロディを使ったほうがその作曲手腕の見事さが明確になり、魅力的に感じる。ミュンシュは案外曲にあっている。勢いで突き進むだけでも曲になるわかりやすさゆえ、かもしれない。楽団の即物性が余計な色付けをしないのも聴きやすい。○。

バーバー:ヴァイオリン協奏曲

○スポールディング(Vn)オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(WHRA)1941/2/7live・CD

残っていたのが奇跡、公開初演の記録になる(世界初演ではない)。つまり原典版であり、全体に長ったらしく別の曲かと思うようなところもあり、また厚ぼったいが、三楽章はほぼ現行版に近い無窮動となっている。音は悪いが名手スポールディングによる名技的表現を楽しむにはギリギリokといったところか(個人的にはスポールディングの圧力のある音は好きではないが。。)。驚嘆の声を伴う拍手は曲に向けてのものというよりソリストに向けてのものかもしれないが、二度聴きたいとは思わないものの、改訂版にはない重厚で壮大な作品世界は、ロマン派好きにはアピールするだろう。

バーバー:弦楽四重奏曲

○カーティス四重奏団(WHRA)1938/3/14live・CD

原典版、ということで現行版とは似ても似つかない曲になっている。もっとも二楽章はアダージョへの編曲元のまま、となっているが、両端楽章がまるで違う。一楽章冒頭の印象的な主題はそのままだが、大した変容もせず楽章内の両端を締めるのみで、三楽章では回想されず、いや、三楽章はまるで別の曲と差し替えなので当たり前だが、簡素で現代的な骨張った楽曲という印象はまるでなく、後期ロマン派のヤナーチェクあたりを想起させる楽曲としてまとめられているのである。

バーバーの面目躍如たる機知に満ちた書法は随所にあらわれ、時にしっかり新しい音楽への志向を示しはしているのだが、ああ、このアダージョはこういう形で組み込まれていたのか、あの唐突感は改訂時に発生したものなのだ、という、結局新ロマン派の曲だったということをはっきりわからしめてくれる。テクニカルな完成度も既に素晴らしいものがあり、要求される技術レベルも相当なもの。カーティス四重奏団がこの精度の演奏をライブでやったというのは、時代的にも驚嘆すべきことである。非常に悪い音なので細部はわからないが、拍手の様子からも成功は聴いて取れる。カーティス四重奏団はけして個性を強く出しては来ないので、音色が単調だとか、表現が即物的でアダージョがききばえしない等々あるかもしれないが、贅沢というものだ。○。

バーバー:交響曲第2番~リハーサル

○作曲家指揮ボストン交響楽団(WHRA)1951/4/6-7live(6/23放送)・CD

25分余りのリハーサルだが迫力のボストン響による本番を聴きたかったと思わせるだけのものはある。バーバーはメロディーが重要だが、綿密なリハの中でしばしば作曲家自身が歌って指示しているところ、バーバーの聴き方、というものが改めて提示される。一楽章。

バーバー:コマンド・マーチ

○クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(WHRA)1943/10/30live・CD

快演・・・といわざるをえまい。戦争絡みの曲、演奏ではあるが、前向きで、歌詞でもついてそうな勇ましさ。クーセヴィツキーがまたよく軽快に響かせる。○。

バーバー:管弦楽のためのエッセイ第2番

○ワルター指揮NYP(WHRA)1942/4/16カーネギーホールlive・CD

どうも弦楽器のキレが悪いのだが珍しい曲を少しマーラーチックに深みを持たせてロマンティックに流れさせていくさまはまあまあ面白い。トスカニーニがやっていれば、と思わずにおれないが。。楽団特有の鈍重さがバーバーの響きにはあっているかもしれない。○。

バーバー:管弦楽のためのエッセイ第1番

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(WHRA)1938/11/5live・CD

きびきびした動きがはっきりとらえられ、アダージョと同時録音とは思えない。これは食い気味で拍手入るわな、というみずみずしいアンサンブル、鍛え上げられた楽団の性能が発揮されている。曲もバーバーの代表作のひとつ、おすすめ。○。

バーバー:弦楽のためのアダージョ

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(WHRA)1938/11/5live・CD

言わずもがなのトスカニーニのアダージョだが、さすがに古く、音がくぐもってしまっている。演奏は感動的なので○はつけておくが。

バーバー:交響曲第1番(一楽章の交響曲)

ワルター指揮NYP(WHRA他)1944/3/12カーネギーホールlive・CD

改訂版。ワルターはこの曲を評価していたという名指揮者の一人。有名な録音だが、ロジンスキと比べて聴けばわかるのだが、勘どころがつかめていないというか、近視眼的で、流れで聴いていてもどこが聴かせどころで、最終的にどこへ持って行きたいのかわからない。それほど乗った演奏というわけでもなく、ワルターがどうしたかったのか・・・録音も悪い。無印。

バーバー:交響曲第1番(一楽章の交響曲)

○ロジンスキ指揮NBC交響楽団(WHRA)1938/4/2live・CD

原典版。バーバーの出世作だが、いまひとつわかりにくさがあるのは、スコアを整頓して即興に流れず山場を計算した演奏を提示する人が少ないということもあるのではないか。ロジンスキの素晴らしさはその点非常に計算された音楽を志向しきちんと緩急がつけられているから、ただの煩いネオロマンになりそこねた交響曲ではないことをわからせてくれるところだ。これはやっとこの曲に耳を向かせてくれた盤。録音マイナスで○。

バーバー:悪口学校序曲

○ヤンッセン指揮ヤンッセン交響楽団(WHRA/victor)1942/3/11・CD

明るく楽しげな様子で縦というかアタックは甘めだが達者な演奏だと思う。ヴァイオリンのポルタメントがなつかしい。バーバーは弦楽器が分厚くないと魅力が出ないが、SP音源にしては、音は割れるが、聴けるものとなっている。ヤンッセンはこの時代の音盤ではよく聞く名前。○。

バーバー:弦楽のためのアダージオ

○リットン指揮ロイヤル・フィル(放送)2011/8/16プロムスlive

バックスの大曲あとチェロのソリストによるアンコールならびに休憩明けでしめやかに始まる。これまたアクがなく聴きやすい。過度の感情も冷たい純音楽志向もなく、何かしらの素直な祈りを感じさせる。○。

バーバー:メデアの瞑想と復讐の踊り

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(ALTUS)1960/5/29live・CD

来日公演の演目だが珍しかったろう。当時のこの組み合わせのレパートリーであった。その全記録中ではこれは録音がクリアで抜けがいいから聴く価値はある。バーバーというと重い響きだがここでは必要な音しか重ねず旋律的にもヨーロッパ的な古臭さは無い。演奏は達者だ。聞き応えあり。○。

バーバー:ピアノ協奏曲

○ブラウニング(P)セル指揮クリーヴランド管弦楽団(DA:CD-R)1965/6/24live

中間楽章はラヴェルの両手やプロコフィエフを、両端楽章はジョリヴェを彷彿とさせるモダンな作品だが、緻密な書法とソリストに要求されるテクニックの高度さにかんしてはそれらを凌駕する部分がある。大して叙情的でもない中間楽章よりも、いきなりのソロからぐわんぐわんと拡がる一楽章、さまざまな楽想を取り込みながらけたたましく突っ走る三楽章に魅力がある(三楽章にはバーバーの好んだRVWの、ピーコンに類似した主題もある)。いずれテクニックがないと無理だ。初演者によるこの演奏は正規録音もある組み合わせだが、さすがのそつのなさで聞かせる。湿り気のなさが気にはなるがこの曲はそれでいいのかもしれない。オケはバックにてっしている。

バーバー:ヴァイオリン協奏曲

○ポッセルト(Vn)クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(PASC/WHRA)1949/1/7改訂版初演live・CD

pristine配信音源。すさまじいソリストの迫力とそれにひけをとらないオケの集中力に圧倒される。正直後年の同ソリストの録音よりもバックオケのぶん秀でている。とにかくこの曲は新古典で平易だからこそ表情付けがわざとらしくなってしまいがちで難しい。その点まったく心配なし。この時代の流行ともいえる押せ押せわっしょいの演奏様式のうちにありながらも、恐らく改訂版初演という理由もあるとは思うが厳しく緊張感が漲り、クーセヴィツキーって腕よかったんだ、と今さらながら気づかせるオケやピアノの操りぶり、ソリストとがっちり組み合って決して離れない、まさに協奏曲の醍醐味である。録音もよくレストアされている。心底からのブラヴォが飛ぶ、○。

バーバー:ヴァイオリン協奏曲

○ポッセルト(Vn)バーギン指揮ボストン交響楽団(WHRA)1962/4/13live・CD

夫婦共演である。だからといっては何だがわりとオケも前面に出て絡むこの曲では強みに働いていると思う、堅固なアンサンブルである。ちょっとブルッフ1番を思わせるところもある柔らかさとのちのち晦渋な重さを加えていく若き作曲家の志向があいまって、長い難産の甲斐もあり20世紀の名作協奏曲、しかもアメリカ産という特異な作品になったわけだが、初演期には(それほど技巧的な作品でもなく寧ろ簡素で基本に忠実な構成の作品ではあるのだが)技巧的側面がかなりクローズアップされ、非常に速いテンポと強いボウイングで、ロマンチシズムはあくまでビンビンに張った弓の隙間をぬって譜面から立ち上ってくるぶんでいい、みたいな感じのものが多かったようだ。

これも荒いソリストでいかにも戦後アメリカで活躍したふうの名技性と、音色で滑らかにロマンチシズムを奏でることとは皆無のある種の新古典性を発揮している。とにかく腕は凄まじく、女流的な細さはあるのだが、どんなに音が荒れようとも力ずくで押さえつけるやり方が随所にみられ、バーバーにあっているのかあってないのか、ちょっとロマンティックすぎる曲、とくに名技的な三楽章には向いているのかもしれない。結構盛大な拍手である。かといって二楽章も悪くは無い、何か「世界的には無名なヴァイオリン科教授の演奏」のようだ。ミュンシュの補完的立場で、またコンマスとしても働いていた指揮者はさすがボストン響を掌握しているというか、強い個性は決して出さず、弦中心のアンサンブルを効率よくまとめあげた。

ポッセルトは同曲の初演者と記憶しているが異説も聞いた(部分初演がある模様。また現在の無駄の無い版は改訂版でありその初演ライヴはクーセヴィツキーとの共演がCD化している)。少なくとも録音を残したソリストとしては最初であろう。○。

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バーバー:チェロ・ソナタ

○ピアティゴルスキー(Vc)ベルコヴィッツ(P)(columbia,WHRA)1947/5/29・CD

CDには初出とあるがLPで出ていたものと同じだろう(例の紫雲を燻らせているジャケだ)。芯のとおった音、ぶ厚い音を雄弁に奏でさせる曲、すなわちRVW的な音響の重さを持つバーバーにピアティゴルスキは向いていて、やはりフルトヴェングラーのピアティなんだと思わせる。ややわかりにくいが恐らく初録音であろう曲で、仕方なかろう。ピアノのソロも目立つがそちらも技巧的には素晴らしく、ソリストに沿って一本の音楽としている。ピアティがまだいけてた時代の技巧を味わえる。色彩的な演奏家ではないから色彩が暗く重いバーバーでは弱点がない。○。

バーバー:弦楽のためのアダージョ

オーマンディ指揮ボストン交響楽団(aulide:CD-R)1983/5/24live

これほど何の思い入れも感じられない演奏は無かろう。ほぼスタジオ録音レベルの精度とほどほどの音質でありながら、非常に速いインテンポでさらさら流れていき、そのまま終わるのだ。オケがまた近年のボストンだから精緻さが薄味をかもし、ほんとに何をやりたいのかわからない。個性的だがこれでは、どうにも。

バーバー:弦楽のためのアダージョ

○ゴルシュマン指揮コンサート・アーツ管弦楽団(Capitol)LP

モノラルの「アメリカ現代音楽集」から。曇っているぶん充実した響きの「アダージォ」を聴くことができる。比較的中欧風の重心の低い音のするオケだが、締まった表現で自然に曲の起伏に従い盛り上がりを作っていく。トスカニーニ風の即物的な個性は無く、無駄な思い入れのようなものもなく、しかし曲自体の暗く重いロマンティシズムを程よく引き出しており、聴きやすい。透明感のようなものはなく祈りの音楽ではないが、分厚い合奏が時代を感じさせてそこもよい。ゴルシュマンのヨーロッパ的な側面の出た演奏。

バーバー:弦楽のためのアダージョ

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(GUILD)1940/5/14LIVE・CD

これぞトスカニーニの美である。人声の厚い響き。このバランスは明らかに歌唱であり、合唱である。弦楽合奏は精妙な重なりの彩により、とくに録音ではしばしばコーラスのようにきこえることがある。偶然の産物であることが大方だが、トスカニーニにかんして言えば、合唱を越えた合唱、というような響き合いを求めているように思える。人声そのものにはきこえないのだが、ハーモニーが厚みを増し単純で力強いアンサンブルを背に音量的に昇り詰めていく、時にはかなりデフォルメされた表現をまじえ一糸乱れぬ調子で真摯な祈りに結実させていく。この感情を歌と言わずして何と言おうか。ケレン味なき芸風に対し真実を伝えるレベルの録音に恵まれたとは言い難いトスカニーニには、私もそうだが響きの美しさやカンタービレの滑らかさよりも、明確なテンポとリズムの快楽的な即物性を求めがちである。だがこう単純でもしっかりと骨太の作品においては、録音が最悪であっても、トスカニーニが何より誇ったとされる歌謡的な美しさがやはり自ずと伝わってくる。数々ある録音でもこれは一際真に迫ったものを感じる。まさにプラトーンの映画の世界に近い、卑近でもずしっと響く解釈表現。録音のせいで○にはするが、トスカニーニの同曲録音でも白眉か。

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バーバー:弦楽のためのアダージョ

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(TAHRA)1956/9/21シャルトル聖堂live・CD

見事なレストア・リマスタリングがなされているが原盤(テープ?)の傷はどうやっても補えないところがあり、音像が不安定に聴こえてしまう。だが、「ミュンシュの凄み」は伝わる。アメリカ的な合理性の行き届いた技術と、もともとの持ち味としてある中欧的な磐石な響きを持つボストン交響楽団弦楽セクションの、異様な大編成にしても張り詰めて一糸の乱れも無い表現は、米国での演奏とは違う緊張感に溢れ、一期一会の瞬間の記録を聴いているのだ、という感覚に囚われる。ミュンシュらしい前のめりのテンポと自由にうねる野太い流れ、ライヴ感溢れるもののライヴ的な雑味が無い、それが特徴的。クーセヴィツキーの作った「BSOの芸風」を取り戻し、プロフェッショナルなわざで進化させたミュンシュ。ここに聴かれるロマンティシズムは原曲の古典的で密やかな佇まいからは遠く離れたレクイエムのそれではあるが、肉のついたロマンではない、宗教的な祈りでもない、現代的な「音楽」である。戦争犠牲者への餞であっても、それは叫びでも嘆きでもないのだ。しかしこれは原盤そのままではとても聴けなかった代物だろう。リマスタリングでそこまで想像させることができる程になっている、盤としての評価は高いが、原盤状態の悪さから○一つにしておく。

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バーバー:交響曲第1番

○サバリッシュ指揮バイエルン国立管弦楽団(FARAO)2003/7/12live・CD

高精度でライヴならではの緊張感をもった締まった演奏。ただ、この曲はもともと1.5流くらいの、時代性の強い作品ゆえ、近視眼的にロマン性を引き出しつつ基本客観的に整えていくだけのやり方では、連綿としているだけで、聴く側のモチベーションが持続しない。もちろん生来の技巧派バーバーだから非常によく書き込まれており、重量感に軋みをはっしない職人的なわざが冴え渡っている作品、しかしながら楽想が弱いことは否定しようがない。そこが原因となり構成感が明確でなく技に偏った、演奏家受けだけする作品に感じられてしまう・・・この頃アメリカや西欧に多かった。部分的にシベリウスの合奏法の影響がみられ新古典的な立体的な書法が織り込まれた緩徐楽章(形式上単一楽章ではあるが連続した4楽章制ととってよいだろう)に魅力があるが、終演部すらはっきりしない、これはクーセヴィツキーやミュンシュといった(整え方には問題があるが)強引に盛り上がりをつくっていく指揮者でないと活きて来ない曲である。SACDでわざわざ出すような演奏ではないと思うが、音のよい録音はこのバーバーの出世作には非常に少ないこと、しかもサバリッシュ80歳記念公演記録とあっては音楽外の理由もあろう。○。

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