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バッハ:フーガの技法BWV.1080(弦楽合奏版)~?未完

カラヤン指揮大ドイツ放送国営ブルックナー管弦楽団(meloclassic)1944/12/14リンツ・放送用スタジオ録音・CD

実在のことで物議を醸した演奏だが録音は戦中ドイツの良好なもの、と言ってもこれを聴いていたら音が気持ち悪いと言われたので一般向きではないのだろう。言われてみれば浅くて音場は狭い。でもクーセヴィツキーのマタイを思い起こせばとんでもなくノイズレスである。非常に机上論的というか、私が言うまでもなく抽象化された作品で古典芸能の手本みたいな、最小限のスコアに演奏者が表現を付け加えて成立するたぐいの芸術である。そしてその幅はけして広くはない。45分でプツンと切れるまで(未完は未完でほんとに切れるし、順番も異なり全曲でもない)、まったく平板に同じような音楽が「違った動きをし続ける」。カラヤン(の時代のオケ)のイメージとして編成が大きすぎるとかアンサンブルが甘いとか、そんなものの有無はこの平準化された音符の羅列の前には何の意味も持たない。難曲だからまとまらないとか、原典は実はこうこうだからこうこうしたとか、そういう余地はこのスコアには無く(編成や楽器や奏法を変えたらともかく)、だからといって揺らぐものは無いのである。つまりこの「何もしない」のがカラヤンの解釈である、そして、聴いて思ったのはこれはやっぱりフーガの技法である。ただそれだけだ。ブルックナー信奉者ヒトラー肝入りのリンツのオケで戦局の悪化により3年しかもたなかったか、さすがに音が揃って下手ではなく(生気の有無は何とも言えない)、残響のせいもあるが教会音楽ふうの雰囲気もあり、かといって~バッハの多くの作品には通俗的な側面があると思うがこれはそこが無い~抽象音楽に徹した演奏ではなく、どっちつかず。まだ若い手練れのシェフが上等な素材を与えられたのでそこそこ美味い料理を作った、というか、せっかくブルックナーの名を冠したオケでカラヤン自身ブルックナー指揮者であったのに、ブルックナー的なロマンティックな面白味が余り持ち込まれず素材の良さのまま提示されている。「お仕事」という言葉が浮かんだ。録音のせいもあって今後あまり聴くことは無いと思う。そもバッハならもっと面白い曲はある。教科書のような作品はまだ私にはわからない。
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バッハ:管弦楽組曲第3番~Ⅱ.アリア(G線上のアリア原曲)

コープランド指揮クリーヴランド交響楽団(SLS) 1970/8/1クリーヴランド ブロッサム音楽祭live

ノイジーなエアチェック音質で大きな音がノイズ化するなど聴きづらいステレオ。演奏会の最初(すくなくとも二枚組CD-Rの最初)を飾る小品だが、コープランドはこういう指揮解釈をする人ではないと思っていたので驚いた。しっかりした分厚い弦楽に緩いながらもロマンティックな起伏を施して、ジョリヴェのような前時代的バッハではないにせよ、現代的な演奏とはおよそ言えない。持ち味の透明感はノイズのせいで引き立ってこず、特に気になったのは装飾音符にそれなりの長さをつけて彈かせているところで、スコアを数学的に解釈してそう厳密にやらせているというより、過剰にロマンティックな要素を入れて作為的になってしまった、というふうだ。次のルーセルの組曲がウォルトンを思わせる破壊的な威力を放っているのがまたコープランドのイメージになく、録音が破壊的である点を差っ引いてもこの音楽祭では気を煽る方向に舵を切っているようである。拍手なし。

バッハ:管弦楽組曲第3番~アリア(G線上のアリア)

○スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(lanne:CD-R)1980年代live

恐らく既出のコンピレーションと同じ音源。比べ音質は悪い。ロマンティックでボリュームのあるアリアで、決して褒められるべき演奏様式ではないのだが、異化されたバッハを楽しめる向きには、少なくともストーキーなら楽しめよう。いや、この時期のソビエト国立が鍛えられた精鋭の大編成による演奏、ということで、ストコの編曲とは違う意味なので注意。○。

バッハ:オルガンのためのトッカータ ハ長調(ワイナー編曲)

○レナー四重奏団(COLUMBIA)SP

名作はどんなに手を加えられても名作。もちろん演奏がしっかりしていればこそだが。それを印象付けるものだ。じっさいこの曲みたいなものはカルテット編成くらいなら全然アリ。レコード会社肝入りのレナー、ヴァイオリンのソリスト級の巧さにも傾聴。

バッハ:マタイ受難曲(1728-29)<第1部>

ワルター指揮NYP(BRUNO WALTER SOCIETY)1943LIVE ,

バッハ:マタイ受難曲(1728-29)<第1部>

ワルター指揮NYP(ASdisc)1945/4/1,

バッハ:マタイ受難曲(1728-29)

ヴォーン・ウィリアムズ指揮 レイス・ヒル祭合唱団・管弦楽団他1958年3月5日ライヴ(pearl)2000年発売GEMS0079 一寸反則な古典作品だが、合唱指揮者としても知られた二十世紀の作曲家 ヴォーン・ウィリアムズの貴重な指揮記録としてここに挙げた。 Pearlによって殆どCD化されている自演記録はいずれも 30年代前後で音が悪く、激しい曲想の4番交響曲においてのみ そのダイナミックだが端正な指揮ぶりに触れることができたわけだが、今回この今まで知られていなかった貴重な記録 に触れてみて感じたのは、やはりどことなくロマン派作曲家の解釈だということである。この曲、作曲家について、 私は全くもって門外漢だが、メンゲルベルクなど いわゆる19世紀的解釈といわれるものと比べて、音の透明感など差はあるものの、共通するところがある。「個性の傾向」 ということだろうか。 現在普通に耳にすることのできる録音とは異なる、ほの暗く渋味がありしかし暖かみのある印象だった。,

バッハ:管弦楽組曲第3番

○ジョリヴェ指揮ウーブラドゥ・コンサート管弦楽団(LYRINX/INA)1971/7/15live・LP


冒頭からの異常なやかましさもさることながら「アリア」を聴いてみてください。細かいテンポの緩急(あくまで小ルバートの範疇であり基本はインテンポだが)、音量変化の恣意性が著しく現代の演奏家ならのけぞるような音楽になっている。ソロだってこんな演奏はしない(ゴルゴ以外)。分厚い弦楽器のうねりにはしかし指揮者への共感が篭る。この波乱に満ちた人生を送った「若きフランス」の闘士の、同僚であったメシアンとは違う、人間の生活する大地に戻って来た境地を思うと感慨深いものがある。ヴァイオリン初心者にはおなじみの曲が並ぶこの組曲、つまんないや、という向きはこういう今はめったに聞かれない演奏スタイル、戦後くらいまでは普通だったライヴ的な感情の篭った誇大妄想的バッハを聞くといい。そして妄想のオーケストラの中にいることを想像しながら、レッスンの準備をするといい。ヒステリックなペットとかロシアみたいだな。。


(参考)カラヤンの管組
バッハ:管弦楽組曲第2&3番
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ポリドール

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G線上のアリアなら有名なこちら>
アダージョ・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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ジョリヴェの盤紹介についてはこちら

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バッハ:管弦楽組曲第1番

○ジョリヴェ指揮ウーブラドゥ・コンサート管弦楽団(LYRINX/INA)1970/11/8live・LP


音楽は数学である。非人間的であればあるほど純粋な音楽に近づいていく。数式の普遍的な美しさに人は心惹かれ胸打たれる。感傷を覚えるとすれば誤解の産物に他ならない。いかに素敵に騙すかが芸術家の使命である。バッハは極めて理知的な作曲家だが作品には艶かしさが漂う。そう作られている。だからロマン派スタイルの長く続いた演奏史においても忘れられることなく時代のスタイルに従ってより感情の大きな起伏を盛り込まれた方法で表現されてきた。ジョリヴェは派閥と時代のわりに生き方が実に人間的で、好きな作曲家だが、晩年は穏健な作風に落ち着き指揮活動も多く行った。これは没後10周年記念に出たボックス収録のものだが、晩年、もうそろそろ考証派のスタイルが台頭していそうな時期に大編成のオケをかなり大っぴらに鳴らしアゴーギグをつける往年スタイルで演奏している。前衛楽派が最小限編成で最大の効果を生もうとした時期を歩んだにもかかわらずあけすけに感情を煽る前時代的な迫力である。ハープシコードすら派手だ。赤道の作曲家らしく依然楽器数を絞るなんて意識もなかったのだろう。ただ、冒頭で少し縦が乱れるもののしっかりした演奏で、カラヤンとか想起してしまった。派手ゆえの単調に落ちる部分もあるが、変に緩急をつける必要もない曲か。○。



(参考)ジョリヴェの音楽。「のだめ」で一瞬有名になりました。

多作家ですが、自作自演をどうぞ。

Jolivet: Les enregistrements Erato
Various
Warner Classics

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自作自演を含むAdesの室内楽等の名演集も二枚組みで集成復刻されています。ラスキーヌの弾いている曲がいい。曲目はこちら参照。有名な「マナ」や宗教性を帯びて丸くなった「クリスマスのパストラル」が聴けます。二枚目は典礼組曲、フルート独奏のための「呪文」二曲。
Jolivet Andre Morceaux Choisis/Var (Fra) (Dig)
Jean Brizard
Accord

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自作自演は山ほどあります。。

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのための前奏曲ト短調

○ヨアヒム(Vn)(SYMPOSIUM)1903/6/25?・CD

音はややハスキー気味でさすがに艶やかとは言い難いが(無論録音のせいだ)、重音の響きもテンポも表現もとても安定しており、安心して聴けるし、十分鑑賞に耐えうるものだ。残響がデッドなのはもう録音のせいとしか言いようがないが、古楽器演奏を聴いているような調子でもあり、そんなごまかしの利かない状況でもこれだけきっちり聞かせられるというのは余程高度の技巧とセンスが発揮されているとしか言いようがない。単純な音にも深い味があり(深い残響は無いが)、ヴィオラのような低弦の響きには、楽器もいいものを使っているんだろうな、といった感じ。ヴィブラートのような装飾技巧も(潰れているせいもあるが)最低限しかかけられておらず、ロマンティックな起伏を余り付けないスタイルには現代的な印象すらある。そのような中から峻厳で深刻な心情が引き出されているのは驚くばかりで、シゲティのとった求道的な態度に近いものがあったのかも知れない。短い録音で誉めすぎだが、古いヴァイオリニストの録音を聴いて最も感動したのがこの演奏であったゆえここに特筆させていただいた。とはいえ◎はつけすぎだと思うので○。ブーレとの間に小さいコメントが入るが当人のものかどうか不明。

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのブーレ イ短調

ヨアヒム(Vn)(SYMPOSIUM)1903/6/25?・CD

重音が潰れ、指がきちんと押さえられていないように聞こえてしまうのが惜しい。指のもつれのように聞こえる部分は恐らく単に収録しきれなかっただけだと思うが、プレリュードに比べ少し落ちる感はある。無論速い曲であるせいもあろう。ただ録音的に高音の鋭く美麗な残響が捉えられているなど奇跡的なところもあり、十分価値のある録音ではある。テンポがミクロに安定しないところもあるが、時代様式を考えると技巧的な場面でロマンティックに揺らすのが普通であった頃にこの程度に(ちょっとポルタメントを残す程度に)抑えられているのはさすがヨアヒムといったところだ。ごく短いのでこのくらいしか書けない。死の4年前、72才の演奏である(年を考えると凄い)。
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