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フォーレ:レクイエム

カーティン、アレクサンダー他、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団他(DA)1962/4live

DA盤は音質はひどいが一応聴きとおせる。ミュンシュとは親和性のありそうなヴェルディのそれと対極にあるフォーレ、そこにほとんど死を思わせる要素は無く、私的で親密な、暖かな雰囲気すらあり、清澄で静かな旋律のおりなす緩徐曲だが、ミュンシュは厚いオケを使ってある程度は意志的に旋律表現を行い、響きについては特徴的な動きのみに耳を向かせる程度で、ロマンティックな志向を示している。ナチ統制下パリのレジスタンスとして自らフランス人としての道を選び積極的に文化的活動を主導し、ボストンオケもまたヨーロッパ移民の多いオケであり、フランス音楽演奏の伝統もあり、時期は下るが、そういう時代を生き抜いた人々の歌うレクイエムが録音として聴けるのは、こんな音質であっても幸いである。

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フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番

ロン(P)ティボー(Vn)ビュー(Va)フルニエ(Vc)(gramophone/cascavelle/opus蔵他)1940/5/10パリ・CD

ティボーにオールドスタイル特有のポルタメントや勢い重視の細部のアバウトさが聴こえるほかは思いの外緊密で今でも耳に堪えうる演奏。ロマンティックばりばりの長大な旋律音楽なので私は好まないが、聞き通すことはできた。

フォーレ:ピアノ三重奏曲

トリオ・ド・フランス(ゴーティエ(v)レヴィ(c)ジョワ(p))(pretoria/FORGOTTEN RECORDS)1958

乱暴に言えばラヴェルのトリオ後に敢えてフランクのヴァイオリンソナタの様式に則って仕上げたような作品で、最晩年の簡潔な作風に拠り音の数自体がすくない。3楽章では少し細かな動きと晦渋さが交じるが、すべての楽章は明確な旋律に貫かれ、フォーレ特有の浮遊する和声感覚も、音域が高めで推移することで保たれているが、半音階的な複雑さより明らかな変化のさまを清新に示す表現に収斂されている。そして楽団が非常にやりやすいようだ。ラヴェルでは荒々しくならざるを得なかったようなトリッキーなものがないから、却って音楽性の真価を問えるというもので、その意味でいくと同曲に要求されるものを的確に描き出していると言える。音色の統一感、ピアノと弦のバランスも良い。録音さえよければ、この音色で聴くのはとても心地よかっただろう。

フォーレ:劇付随音楽「シャイロック」~Ⅴ.夜想曲

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/malibran)1936・CD

フォーレは純管弦楽のための作品(編曲)を僅かしか残していないが何れも優品として知られる。もっともこの曲のように付随音楽の一部であったり、単品として存在しているわけではないが、全曲よりも取り出して演奏される機会がずば抜けて多いのは「シシリエンヌ」の例を見てもあきらかだろう。これは弦楽合奏のための抜粋で3分半程度の小品。「ペレアス」からのシシリエンヌ同様、美しい旋律をなぞる音楽にすぎないが編成の性格上旋律と同時にフォーレの真骨頂である和声の繊細な揺らぎがはっきりと示される点は特筆すべきところで、印象的である(まずは新しい演奏で妙味を味わうことをおすすめする)。シシリエンヌより世俗性が感じられず純音楽的に素晴らしい。

「魔法使いの弟子(電気録音の方)」の盤面埋めに録音されたもので正直古い録音だ。ゴーベールの指揮記録の中では充実した30年代の電気録音で、「時代に引きずられない」しっかりした奏法でかつその音色に雰囲気はある。だからここでも十分に旋律的和声を楽しむことは可能。復刻盤のほうが普通は楽しめるだろう。SPも流通してなくもないが高いお金を出して買うよりAmazonデジタルミュージックでmp3音源を買った方が得策である(CDは廃盤)。

フォーレ:「ペレアスとメリザンド」~シシリエンヌ

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1928/6/21・CD

明瞭な演奏で、早いテンポで(だいたい78回転盤は早いものだが)緩急は明確につけ、変な粘り腰や耽溺は一切なく、空気の揺れるような演奏になっている(音楽は空気を揺らして伝えるものだが)。vogue盤はすぐあとにドビュッシーが入っているがまさに和声的な演奏というか、フォーレ特有の進行を大事にした録音。

フォーレ:チェロ・ソナタ第2番

ジャンドロン(Vc)フランセ(P)(meloclassic)1962/2/13フランクフルト放送セッション・CD

PHILIPS録音がつまらなかったので躊躇していたら廃盤になってしまった。二年前の廉価盤にもかかわらず国内流通はおろか海外で相対的にとんでもないプレミアがつき、まだマシなものを泣く泣く買ったらすぐ着いた。日本国内の業者から普通の発送だった。こういうのは二度目。よくある手にかかったわけである(高い海外送料手数料はまるまる上乗せになったのだ)。このレーベルは権利問題からか廃盤や組み合わせ替えがあるものの、長い目で見れば再販されがちだそうなので、私のような馬鹿な目にあわないよう皆様お気をつけて。

この曲だけが目当てというのは馬鹿な金を払ったものだが、曲自体を久しぶりに聴いたので比較して印象を語ることは難しいものの、まるきり違うのである。今回は感銘を受けてしまった。スタジオ録音とはいえ放送目的のおそらく一発録り、それにしては技術的瑕疵は皆無でカラヤンかというくらいの精度。一縷の隙もないのはフランセのピアノでは当たり前だがジャンドロンの技術、それに音色のあやめいたさまも好みである。フォーレのような「旋律音楽」はドラマティックに振れるやり方が常套手段になりがちなところ、これはまた品が良く、アンサンブルも余裕からかピリピリせず、全体として優美である。録音も素晴らしいステレオだ。正規音源より良いかもしれない。おそらく復刻されるだろう。

フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番

R.カサドシュ(P)カルヴェ四重奏団のメンバー(sony)1935・CD

時期的にも古風な点は否めないロマンティックな作品だが、浮遊感のある調性の頻繁な変化に独自の作風があらわれスケルツォもさることながら終楽章では躍動感にもあふれる特有の、しかし自然で偉大なフィナーレを作り上げる。演奏的に今ひとつパッとしない感のあるこの盤でもカルヴェの甘い美音がひときわ輝き音楽に色を添えている。もっとも、編成が若干大きくピアノがあるので、録音制約上、弦楽器はおしなべて背景にまわりがちなのは惜しい。

フォーレ:弦楽四重奏曲

プロ・アルテ四重奏団(biddulph)この楽団にしては表情を変えることなく素直だ。慎ましやかさを再現させるのに適切な表現。旋法の導入や半音階的な動き、時折の新鮮な響き、時代性を感じさせる折衷性が現れるが、終始静かで内省的な白鳥の歌。

フォーレ:劇音楽「ペレアスとメリザンド」~シシリエンヌ

○デュフォー指揮シカゴ交響楽団(RCA)1945/12/12・SP

ワルツのテンポも心地よい颯爽とした演奏ぶりでカップリングのストラヴィンスキーとはえらい違いである。スピード感がありオケものっているが絞める所はしっかり締めて、終演もきっちり切る。そこがかっこいい。○。

フォーレ:歌劇「ペレアスとメリザンド」組曲

○ガストン・プーレ指揮LSO(MGM)LP

わりと重さも持ち合わせたロマン派音楽でありながら和声進行の独自性のみで聴けてしまう点ディーリアスと似たところもあり、しかしおしなべてラヴェルに繋がるような明るく色彩的な音楽でもあり、フォーレの管弦楽曲は不思議な魅力がある(弟子が紡いだものもあるらしいが)。プーレは速いテンポでひとつひとつの楽想に拘泥せず、力強いが透明感ある表現でフォーレの現代的な側面に光を当てる。プーレの芸風としてはいつもどおり、だが終曲の沈潜するような表現には深い思慮をかんじた。

フォーレ:歌劇「ペレアスとメリザンド」より抜粋

○フルネ指揮オランダ放送フィル(REGIS)CD

時代的にはフォーレくらいまでがこの指揮者にはあっているのかもしれない。響きの重厚さやロマンチックな旋律性が売りとなる作品のほうが聴き易さをかんじる。というか、フォーレと相性がいいのか。

フォーレ:歌劇「ペレアスとメリザンド」~シシリエンヌ

○デュフォー指揮シカゴ交響楽団(RCAvictor)1945/12/12・SP

世俗的な編曲の施されたアンコールピースといったていだが流れよくよどみなく旋律の受け渡しがなされていくさまを安心して聴いていられる。

フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番

○メルケル四重奏団のメンバー(アンリ・メルケル(Vn)アリス・メルケル(Va)ガストン・マルチェシーニ(Vc))エレーヌ・ツーフルー=エンロック(P)(gramophone)1933/11/29,30・SP

立派なアンサンブルで、このロマンティックな重みをもつ曲をよく理解した演奏。メルケルの演奏には前時代的なフィンガリングの甘さがあるもののこの時代の録音にしては精度は素晴らしく、まあ精度うんぬん言う曲でもないが、じゅうぶんに楽しめる。中間楽章にあらわれるフォーレらしい精妙な和声が絹のような肌触りで再現される部分など特筆もの。ピアノがやや強すぎる気もするがこれは楽曲や録音機材のバランス的に仕方ないか。○。

フォーレ:歌劇「ペレアスとメリザンド」~シシリエンヌ

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

非常に状態の悪い録音だが、これぞストコ!という悪趣味なデフォルメが逆に聴きものである。テンポが揺れまくり重いロマンチシズムはフィラデルフィアのソリスト級奏者たちによりストコ解釈に忠実に再現されていく。自由な編曲でぬるぬるした情緒を甘く飾りつけ、この時代にポルタメントかよ!というヴァイオリンのフレージング。いや、名曲全集的演目の中ではこれでいい。○。

フォーレ:ピアノ三重奏曲ニ短調 Op.120

○アルベネリ三重奏団(mercury)LP

オーソドックスかもしれないがなかなかに雄弁で率直な演奏ぶり。50年代前後に特にアメリカ界隈できかれたような強弁な雰囲気をもち、しかしながら憂いもあってけしてフォーレの繊細さをスポイルすることはない。ロマン派的なラインにフォーレ特有の語法が和声的に展開されていく、この細かさを、しっかり音にしてリアリティの中に描ききっている。従ってここには余り「フランス的」なものはなく、そこに着目する向きは無視してよいものだが、旋律を長々と聴きたい向きにはアピールするだろう。私は正面から重ったるいロマン派的な旋律を長々と聴かされるのは嫌いなので、この様式では1楽章で既に辟易としたが、でもわかりやすいな、とも思った。無印にしたいが一般的には○だろう。巧者。

フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番

○ベアトリス・ヒューウィット・ピアノ四重奏団(HMV)SP

纏綿としたヴァイオリンの音色、含め弦楽器三本の小ポルタメント多用、しかしテンポはぶれず低音が明確で引き締まった表現。ピアノがそれほど派手に活躍しない(=アンサンブル曲としてよく書けた)作品ではあるが、フォーレの真骨頂たる精妙な響きの揺らぎが、この骨董盤からも美しく香ってくる。フォーレは20世紀にはけして前衛ではなく、同時代のサン・サンの折衷的大胆さに近い程度で、ドビュッシーらが追い越して回顧する相手ではあった。フォーレのこのての室内楽はとくに弦楽器を使うことで強いロマンチシズムを印象付ける。あくまで旋律音楽であり、ユニゾン進行や転調の新しさといったよく言われる要素は「過剰な臭み」を取り去り、自然に聴かせるべく感覚的に書かれているだけのようにすら思える(じっさいそれら手法もフォーレの創出したものとも言えない)。構成感は伝統的で旧来の国民楽派室内楽より保守的なくらいだ。だが、ここまで古い録音であっても、演奏スタイルが古風であっても、煌めきと清らかさを失わないのは確か(イギリスの演奏だからかもしれないが)。単純なのに技巧的でプレイヤーを引き付ける、そういったところも含めてフォーレの魅力なのだろう。この盤は強い押しはないがSP期のマイナー盤によくあったダメダメ演奏では決して無い。○。

フォーレ:ピアノと管弦楽のためのバラード

○カスリーン・ロング(P)マルティノン指揮ロンドン・フィル(LONDON)この曲を聴いていて思わず「あ、ドビュッシーだ」と思った。ドビュッシーの「幻想曲」に似ている。もちろんこちらのほうが8年前の作品である。また、旋律廻しにはラフマニノフを彷彿とするところもある(バリバリ弾きするロングのせいかもしれないが)。清新でロマン派のくぐもりがない。終始ピアノが目立つ(原曲がピアノ曲だという事もあるが)。ロングのソロの粒だったひびきは美しく、テンポ感も安定していて聴き易い。曲がいまいち地味だが、○ひとつ。,

フォーレ:チェロ・ソナタ第2番

○ジャンドロン(Vc)フランセ(P)(PHILIPS)CD

 長々しい曲・・・。フォーレの曖昧模糊とした和声やディーリアスにも似た半音階的な動きには新しさが感じられるが、それ以外まったく後期ロマン派的で、構造も、旋律と伴奏という役割分担を愚直に守らせているため、アンサンブル的な楽しさが皆無である。飽きてくる。旋律が悪いとは言わない、フォーレだから、仄かな感傷性の漂う極めてフランス的な旋律は聴いていてけっして不快ではない。ただ、長いのだ。フォーレ晩年特有の晦渋性も感じられる。カルテット作品に通じるところである。終曲など冬の曇天を見上げるような音楽で、乾いた憂鬱といったところか(チャイコフスキーとはぜんぜん違う)。とにかくこの長い長い旋律というものが好きな向きには堪らないかもしれないが、私は一寸・・・。ジャンドロンの好演に○ひとつ。フランセはつまらなさそうだ。1962/2/13フランクフルト放送録音が2014年まで発売されていた(廃盤、meloclassic)。 ,

フォーレ:夢のあとに(トロンボーン編曲)

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1967/5/14NYベッツ病院慰問live

なんとも言えない音色でしっとり歌われる。トロンボーン?サックスでは?と思わせる泣きの名演。ストコらしいねっとりとしたテンポまわしと音響の開放的なさまが、この曲にアメリカンな感傷という表現も可能だということを知らしめる。録音は膝録で最悪。

フォーレ:弦楽四重奏曲

○プロ・アルテ四重奏団(HMV/biddulph)1935/11/19・CD

押し付けがましくない、抽象的で仄かな思いのみ宿る率直な芸風は曲によくあっている。このフォーレ晩年の素直な感傷が語られる作品で、思いっきり歌ってしまうのもまたアリかもしれないが、このくらいに留めて置かれると却ってフォーレ的に感じられ、印象的だ。クレットリをはじめこの絶筆に同時代の奏者はかなり食いついており録音も比較的多い。この演奏は音色以外は主観的でないぶん、染み入るような抒情をかみ締めることができる。○。

フォーレ:弦楽四重奏曲

○パレナン四重奏団(EMI)CD

パレナンの演奏録音スタイルには二種類あり、完全に鋼鉄機械のように磨き抜かれた現代的な演奏スタイルをとるときと、情緒的な音色を駆使して旋律に重点を置く古風な演奏スタイルをとるときがある。必ずしも録音時期に左右されるものでもなく、曲によって使い分けている。ただ、後者であっても全体のフォルムを崩さず整った演奏に仕上げようという客観的な感性が通底しており、そこがまたフランス的な品のいい情緒をかもす場合が多い。そしてこのどうやっても感情的になりがちな悲しくも美しい曲にあっては後者のスタイルがとられている。この曲の今や古典的名録音となっているものだけにそこにとどまらず、2楽章アンダンテの印象的な第二主題にあってもスピードを維持し、盛り上がってもしかし安定感あるボウイングを維持して激しないことによって・・・けしてハーモニーに重点を置いた演奏ではないのだが(フォーレだから厚いハーモニーの自在な変幻ぶりを描き出すことは重要ではあるのだがそこは敢えてさほど重視しないふうでもある)・・・ついていけないほど突っ走ることも飽きてしまうほど冷たいこともない中庸のよさを示している。終楽章もさほど激しないため全体の強烈さはないが漂う香気にはフランス派得意のお国ものというメリットが生かされているように思う。個人的にかつてのヴィア・ノヴァのスタイルに近いものを感じた。○。

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フォーレ:マスクとベルガマスク

○アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団(DECCA)1961/2・CD

新古典主義の作品でも擬古典といえるもので、序曲・メヌエット・ガボット・パストラレという楽章名からもはっきり伺える。非常に古風な合奏協奏曲的な内容は好き好きもあろう。清清しいさっぱりした演奏で、たとえば似たような芸風をもつビーチャムのような(ビーチャムがこの曲をやったかどうか知らないが)変な力みによる「ブレ」が全くなく漂白されたかのような中に音楽が生き生きと躍動しているさまはもうセンスとしか言いようのない部分だろう。これこそあるいは数学的演奏かもしれない。ほとんど現代性がないのでほんと、好き好きです。演奏するのはめんどくさそうだなあ。○。

フォーレ:弦楽四重奏曲

○クレットリ四重奏団(新星堂EMI,COLUMBIA)1928/12/6・CD

晩年のフォーレと親しく没後の初演にも参加したクレットリによる初録音盤であり、ファーストのクレットリの思い入れが強く感じられる悲しい演奏。クレットリは太く明るい音を出すが、全体の沈潜するような雰囲気(テンポは遅くはないのだが)の中でいたずらにフレージングに凝るのではなく室内楽としての塊の中に気持ちを押し留め、音を甘く感傷的なほうへは持っていかない。それが2楽章など朴訥で生身な感じをあたえ寧ろ悲しさを感じさせて秀逸である。渋い曲とされがちなこの曲だがクレットリ団の音質の揃った音で、フランク的にうつろいつつも更に現代的な硬質で不可思議な感覚をともなう和声がひとつひとつしっかり響かせられてゆくさまを聴いていると、改めてこの曲ができたときには既に世には今もって言うところの現代音楽が出始めていたことを考えさせられる。不可思議に長い終楽章がややとりとめなくなっているし、板起こしからなる録音も古いとあって万人向けにわかりやすいとは言えないが、フォーレが作曲時想定していたのがきっとこういうものであった(病床のフォーレはクレットリ四重奏団による枕元での初演を死病の苦痛から断ったといわれるが)と思いながら聴くのに決して不十分なものではない。○。

フォーレ:パヴァーヌ

○パレー指揮カーティス・インスティテュート管弦楽団(DA/vibrato:CD-R)1978/2/13live

非常に優しく暖かい演奏だが音はみずみずしく跳ね返るような明確さがありパレーらしいところ、というかフランス派の指揮者らしいところである。VIBRATOはどうやらDAをコピーしてリマスターしただけっぽい。

フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第2番

○ギレー(Vn)ギャビー・カサドシュ(P)(POLYMUSIC)

端的に言ってフランクのソナタを超複雑化させただけの曲ってことですが(手馴れた感じは寧ろサン・サーンスかもしれない)、ドビュッシー後の香りを感じさせるめまぐるしい移調や不安定で印象派的な旋律線は、ひたすら息の長い(物凄くとりとめのない)旋律をろうろうとかなで続けるヴァイオリンのやはりロマン性に帰結してしまうのだけれども、実は細かい音符が散りばめられたバックのピアノにこそフォーレの特長があらわれているのであり、旋律だけだったら単なるサン・サン時代のロマン派ソナタで終わってしまう可能性すらあっただろう。ギレーはやや音がごり押しな感じがするが憂いある前時代の音色をきかせる。しかし何といってもカサドシュ夫人の胡麻を振るようなパラパラとした音の散りばめかたが美しい。フォーレはやはりピアノの詩人であり、縫い物はピアノでできている。ヴァイオリンはその上におおざっぱに描かれた熊ちゃんの絵柄にすぎない。縫い物の美しさであり、その微細な色調変化にこそ着目すべきであり、おおざっぱな熊ちゃんが好きな人はともかく、おおざっぱすぎて熊にすら見えない可能性のある一般人からすると(確かに一部旋律と展開は非常にインパクトがあるのだが、フォーレとしても常套的である)、ピアノを楽しむ曲であり、カサドシュ夫人のひょっとしたら女性ならではの繊細で緻密な音表現こそが要の演奏と言えるかもしれない。○。

フォーレ:弦楽四重奏曲

○レーヴェングート四重奏団(VOX)

正直この団体がなぜこんなにもてはやされるのかわからない(マニアに)。フランスのパレナンあたりとだいたい活動は同時期か少し前のような感じで(メンバーチェンジあり)戦後モノラルからステレオ期長く活動した団体であり、スタイルも変動はあるがパレナン同様比較的現代的である。したがって古物マニアに受ける要素というのもあんまりない気がする。この演奏はフォーレの淡い色彩の上で展開されるロマン性、晩年作ならではの結構現代的な音線にハーモニー変化をどぎつく強調することなく、どちらかといえばさらっとした肌触りで仕上げている。しかし二楽章などこの慟哭に近い魅力的な旋律を聞き流させるのはちょっと惜しい。逆に一楽章のような晦渋な楽想にかんしては上手く流し美感を損なわないようにしている。全般あまり特徴的なものはなく、フォーレの中でもドビュッシーら後発組の先鋭的作品群の「あと」に作られた特異な作品であるという点を余りに「強調し無さ過ぎる」がゆえ、もったいない感じ。いずれ精度面で○ではある。音色への好みというところもあるんだろうな。フランス派ならではの音というのは確かにある。

フォーレ:弦楽四重奏曲

○ギレー四重奏団(POLYMUSIC)LP

じつはこの曲、曲名をダイアモンドのカルテット3番と勘違いしていて(どういう勘違いだ)、終始「渋くて古風な動機だなあ」とか「フォーレの移調・転調そのまんまじゃん・・・素晴らしいけど」とか「ファーストがえんえんと旋律を弾きつづけるところが多いなあ、終楽章は若干込み入ったフーガが出てくるけど構造的に複雑というほどでもないよなあ」とか「きほん旋律音楽だけど、旋律自体の魅力が強いのでこれはこれで成立している・・・ただ、主題自体が少なくて揺れ動く調性でもたせているのがくどい」とか、結論として「これはロシア国民楽派の折衷派以降、ドビュッシー前(フォーレやイベールやルーセルも型式感という意味では前とする)のフランスの弦楽四重奏曲の影響の強い、隠れた名作」と書こうと思ったらクレジット間違ってた。。なんといってもファーストのギレーの音色が優しく心強い。雄渾でもあり、それがチェロと絡むときにチェロも同じ音色でまったく融合し、結果として全楽器がギレーの音にそろえているため非常に完成度の高さを感じさせる。技巧の曲ではなくハーモニーの曲でも必ずしも無いので、そういったところを如何に補完するかといった部分では純粋に旋律表現や移調の鮮やかさ(中間楽章での無限に転調し高揚していきまた羽根を休めるように収まる幻想的な移ろいの繰り返されるさまは今思うと確かにフォーレだよなあ・・・フランクのエッセンスを凝縮して抽出したような非常に感動的な展開がいくつかあります)だけで聞かせる、言うなれば一本の音線でどれだけ表現しきれるかといった横の流れが重要なのであり、これはギレーだからこそなしえた功績は大きいだろう。全般として○としておくが、フォーレ晩年作の演奏記録としての魅力は相対的にも非常に大きい。名演。

フォーレ:ペレアスとメリザンド~3幕よりシシリエンヌ

○アルベール・ヴォルフ指揮ベルリン・フィル(POLYDOOR他)

自然な抑揚がゆるやかにつき、静かに歌をかなでる。フォーレにはフォーレらしい表現を適用できるなかなか巧緻な指揮者である。オケはとにかくバランスがいい。突出したところがない反面美しくバランスがとれている。音は痩せず、ベルリン・フィルらしい落ち着いた音色が最後のほうでは聞ける。○。

フォーレ:舟歌第一番op.26

○作曲家(p-roll)(EMI/telefunken)1913・CD

フォーレは正直よくわからない。昔ペルルミュテールをよく聴いていたころからわからなかった。門下にはラヴェル、ケクランをはじめそうそうたる尖鋭的なメンツが顔を揃えているが、爽やかな叙情性と微妙な色彩には魅力を感じるものの、基本的にロマン派の人というイメージが拭えない。この曲にしても前半はあまりにロマンティックである。後半音が上がると途端にフランス的な仄かな感傷性が宿り耳を楽しませてくれるが、速い音階表現で名技性を示されると、私のようなピアノしろうとはゲンナリしてしまう。名技ではなく音楽が聴きたいのだから。舟歌の旋律が最後まで繰り返し繰り返しされるが、飽きないのは実に微妙なニュアンスが上手いからで、ロールとは思えない精度のリズムも言うにおよばず、後世の範となるべき自然体のフォーレの高い芸域が垣間見える。内声部と旋律の間には確かにロール特有の僅かな齟齬がなくはないが、ロールとしては最高精度と考えていい。フォーレ弾きなら聴いて損はないかも。フォーレ特性のない私はこれが最高の演奏とわかっていても○止まり。
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