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カリンニコフ:交響曲第1番

○スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団(KARNA/WME:CD-R)1982LIVE

荒いがなかなか高揚する演奏で、音色的にも適性的にもこのロシアロシアした演歌にはあわない気もするのだが、細部に拘らなければ面白く聞ける。テンポも速く(二楽章は逆に遅い)、スポーツ的感興が得られるという点ではスタジオ盤より面白いといえるだろう。細部のことを書いたが確かに1楽章からして弦のアンサンブルが乱れたり音色が冷たく単調になってたりするのだが、茫洋と聞くと面白いのだ何故か。だからうるさいこと言わずにライヴのこの曲を楽しみましょう、なるべくヘッドフォンよりスピーカーのほうが、細部の荒さが目立たないからお勧め。ブラヴォ凄いね。スヴェトラ全盛期はこのころまでなのかな。
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プロコフィエフ:ヘブライの主題による序曲

○モズゴヴェンコ(Cl)バシュキーロフ(P)ボロディン四重奏団(MELODIYA)LP

この曲に関して私は初めに譜面を見てしまったがために固定観念が出来上がってしまい聴く耳が偏っているというかうるさい。ほとんど作曲家本人とベートーヴェン四重奏団らによる演奏しか認めない感じなのだが・・・うまいなあボロディンQ。。世界がきちんと綺麗に構築されている。音色も美しい艶が残っている。初期ならではの味だ。丁寧だけどテンポ感はけっして失わず、バシュキーロフ先生なんかは余り目立たないけど伴奏として非常にうまく立ち回っている。ちょっとスピード感には欠けるきらいもあるが(もっとも後年の演奏のほとんどが遅すぎるのだが)ボロディンでプロコ全集いれてくれればよかったのに。録音やや悪し。○。

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番

○バシュキーロフ(P)ベズロドニ(Vn)ホミツェル(Vc)(MELODIYA他)CD

じつに水際立った演奏で緊密だ。前にも書いたがこの組み合わせはヴィルツオーソ同志の火花の散らしあいではなくあくまで「アンサンブル」として高度に純化された演奏を作り上げていくというところに主眼を置いたものとなっており、どれもが独特の境地を示すたぐいの突出した演奏家でないかわりに技能集団として職人的な巧さを見せている。このショスタコ室内楽の頂点のひとつにおいて比較的直接に表現されている心象と皮肉が、その内容よりも純粋に音楽としてよくできたものであることに気づかされる。こんな演奏を聴くと「俺にはとても無理だわ」と匙を投げたくなる。まじっさい無理なんですが。実演なら感動するだろうなー・・・惜しむらくはモノラルで余り録音がよくないことくらいか。○。飽きない。 2010年メロディア正規CD化。ステレオか不明。

ドビュッシー:弦楽四重奏曲

ボリショイ劇場弦楽四重奏団(melodiya)LP

モノラル。私の盤は盤面が荒れすぎて正直ひどい。でも、演奏も変。これで19世紀的な生ぬるい音色ならロマン派解釈のドビュッシーとして特筆できようが、音色は硬質で冷たいというか、ボロディンQに似た感じで、50年代までのロシア録音にしてはいささか感傷が足りず、でも非常に伸び縮みする独特のテンポ設定、特に3楽章のゆったりとした中で異常に引き伸ばされた起伏が、「透明感があるのにただ伸び縮みしている」、変なかんじだ。1楽章からもう異様な解釈が目立ち、やけにゆっくりだらけた(ように聞こえる)テンポから始まったと思ったらスピッカートを多用して奇妙にブツ切れの動きをしてみたり、酷く人工的なのだ。音色に魅力がないのが痛い。初期ドビュッシーにはロマン性は欠かせないから、ロマン性を音色のバリエーションで補ってほしかった。テンポとデュナーミクだけでは語れない。無印。奇演好きなら。最後の異常なアッチェルでそのまんま駆け上り焦燥感のまま終わるとこなんてのも、なかなか独特。

サティ:ソクラート~Ⅲ.ソクラートの死


◎デレーヌ(T)ソーゲ(P)(ORPHEE)LP

テノールによる珍しい演奏。この曲はやはりストラヴィンスキーの言うとおりピアノ伴奏版にかぎる。しかも女声による不安定さが払拭されなかなかいい感じに沈んで聞こえる。感情が顕わにならない歌い方、演奏はいたって安定しており、どうして難しいこの大曲を飽きも違和感も感じさせずにかなできっている。最後のサティならではの断ち切られかたは成功している例に出会ったことがなくこの演奏もその範疇に漏れないが、それでもそこに至るまでの生臭さのないフランス的としか言いようのない繊細でも面白みのある音楽の流れは十分に魅力的である(この「魅力」は「艶」ではない)。いわゆるアルクイユ派出身の「直系」作曲家ソゲの演奏もいい。プーランク的なスピードというかテンポ感はあるにはあるのだが、プーランクのように恣意的な解釈を入れず注意深く演奏している。これが絶妙である。サティのおそらく最も評価されているこの曲、フランス語の歌詞がわからなくても聴きとおせるというのは相当な演奏レベル。◎にしておきます。

スクリアビン:プロメテ~火の詩(交響曲第5番)

◎カステルスキー(P)イワーノフ指揮モスクワ・フィル(RCD)1975live・CD

力強く、烈しく、引き締まったベートーヴェン的スクリアビン。幻想よりオケの力が勝り、その各声部のやりとりのスリルが堪らない(スリルと言っても技術的スリルではない)。ピアノはオケの一部と化し殆ど目立たない。余り派手なピアニストではないようだ。それでもとにかく、たとえばこんな迫力の演奏を実演で目の当たりにしたら圧倒されてしまい、このライヴの終演後のザワザワする会場の反応同様、どう反応したらいいのか、途方に暮れる可能性もあろう。イワーノフの実力、このころまでのロシアオケの真髄を見る思いだ。ペットが凄い。即興的感興を流すようなつかみどころない曲ではあるし、最後の壮大な盛り上がりも録音の音場がやや狭いせいか広がりが足りない感じもするが、リアルな音の交歓だけでも十分味わうに足るいわば純音楽的演奏だ。ステレオ。

マーラー:交響曲第6番

○カラヤン指揮ベルリン・フィル(KARNA:CD-R)1977/6/17パリLIVE

なかなか聞ける。とにかく異常に気合が入りまくったオケの力量の高さには瞠目だ。カラヤンでも記録としては最初にあたるものだと思うが、解釈に奇をてらったところはなく、だからこそ味わえるオーソドックスな味、それが極上のオケによって歯ごたえのある料理に仕上がっている。他の盤と比べてもこのテンションは尋常じゃないが、やはり1楽章が素晴らしく、冒頭のガシガシ斬り込むようなバス音域の弦楽器からしてわくわくさせるものがある。アルマの主題では壮大にリタルダンドし、しかしフォルムは決して崩さない。速めのテンポで颯爽と進むので、提示部を繰り返していても違和感はない。むしろ何度でも聞きたい提示部だ。2楽章スケルツォの完璧なアンサンブルといい、3楽章の期待される通りの叙情といい、4楽章の期待される通りのドラマといい、終演後の異常なブラヴォといい、最初の記録なのに、これが一番成功しているかのように思える。エアチェック録音のため雑音等気になるゆえ○にとどめておくが、最初に聞く6番としても、これは適切なのではないか。これを起点にいろいろと聞くと楽しめるだろう。聞きやすいから、初心者向き。・・・反面すれっからしからすると後半飽きてくるが。

マーラー:交響曲第9番

◎スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団(KARNA:CD-R)1998/5/30LIVE放送

主観で恐縮だが、録音状態が適度に「悪い」がゆえに音が深くドラマが迫真味をもって描き出されており、しかもスヴェトラ本人も特に気が入っているせいかはっきり大きな唸り声まで聞こえ(ここまでのってるスヴェトラというのは日本では余り見られなかった気がする)、単純に面白い。テンポは速めで揺れず、特に3楽章中間部で殆どテンポが落ちた感じがしないほどさっさと過ぎ去るところなど創意に満ちている。スヴェトラはバンスタを好んだがマーラー指揮者としてのスタイルは異なる。ここではトスカニーニ的な演奏を聴く事ができる、いや、あの時代のスタイルだ。リズミカルな処理もすこぶるいい。中間楽章で聞かせる。音のコントラストが明確でメリハリがあり、直進する音楽が終楽章でいきなり止揚する、この終楽章がまたいいのだ。初めてスヴェトラ節らしいものが聞こえてくる。つまりは演歌だ。しかしここは北欧の名門オケ、音色が冷たく硬質なためいやみにならない。そのバランスが丁度録音の状態とあいまって非常にいいのだ。演奏も成功といっていいだろう、盛大な拍手。放送エアチェックものだが、9番はこれを第一に推しておきます。職人的名演。

マーラー:交響曲第9番

○スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団(KARNA:CD-R/weitblick)2000/1/21LIVE放送・CD

2013年CD化。音色が明るく透明感のある演奏で、軽やかですらあるのは恐らく録音のせいだろう。非常にクリアなエアチェックものであるがゆえの、妙に現代的に研ぎ澄まされてしまっている感が否めず(無論そういうベルティーニ的なものが好きな人にとってはスヴェトラ最高の記録になりえる)、スヴェトラ最晩年の「期待させる」境地が、まるで現代にマッチした颯爽としたスタイルに迎合したかのように聞こえてしまったのはちょっと問題かもしれない。また解釈も割とオーソドックスであるがゆえ聴感が軽い。スヴェトラにしてはかなり厳しく律せられた演奏であり、音の輪郭が全てしっかりしていて細部まで聴きやすい・・・もちろんオケの影響が大きいのだが・・・うえにテンポも速く、これは他の盤でもそうだが3楽章まで殆ど揺れがない。2楽章の前半までははっきりいって凡庸といってもいいくらいだった。3楽章までなら、私は「まるでワルター最晩年のような音をかなでながら、少しも心を揺り動かされないテンポ」とまでこきおろすことも可能であった。しかし終楽章は違った。ここでスヴェトラは感情を隠しきれない。もしくは、設計がズバリ当たっている。思い入れたっぷり、というわけにはいかない北欧オケの音、でもここには明瞭に感情の起伏があり、遠くスヴェトラ節のエコーも響く。なんとなく、やはりワルターのコロンビア録音を思い出してしまうのである。透明で明るいのがスヴェトラの実は持ち味であり、ロシアオケという呪縛から放たれてやっと、本来の自分の欲しい音楽を得られたという矢先の死、その直前のこの記録からはしかし死は聞こえない。そこには安らぎと、美だけがある。終楽章のバランスは瑞一、ただひとつ、これは盤によるのかもしれないが、私の盤の終楽章は録音ムラがあり、かなり耳障りな雑音が盛り上がりどころで入ってくる。更に不可思議なのが、終演後の拍手との間の「ブランク」。録音のつなぎ目が聞こえるのである。あきらかにロシアオケではないし、あきらかに他の録音とも違う(万一同じだとしても録音状態がかなり違う)から、この盤自体信用していいとは思うが、少し気になった。相対的に無印にしてもいいのだが、最晩年においても精力的な演奏を行っていたという証拠として、○をつけておく。

皮肉っぽく嵐のように豪快なロシアの名匠たち

今日はスヴェトラーノフ最晩年のマーラー9番スウェーデンライヴ(意外と軽くて速いのだ)を書こうと思ったのだが、「ソヴィエト・エコーズ」の余りの衝撃にとりあえずソレだけ書いておこう。1,2巻しか買ってないのだが(3巻はピアノ編なので静観・・・ソフロニツキーの映像は興味あるけど、ギンズブルグとかロシアンピアニズム好きには信じられないアルヒーフの蔵出しですな)、1巻はロストロポーヴィチ、2巻はショスタコーヴィチが主題になっていて、そこを彩る「実在がとうてい信じられないような伝説的映像の数々」・・・

(ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番終楽章「自作自演」・・・指が10本以上あるマンガにカリカチュアライズされたのも頷けるすさまじい速さだ・・・、ベートーヴェン四重奏団のショスタコ2,15番(シリンスキー!)、座るなり謝肉祭をバリバリ弾きだす壮年期のリヒテル、オイストラフとコーガンという信じられない両親子によるヴィヴァルディの4重協奏曲、プロコが窓辺のピアノに座って弾く自作自演(戦争と平和のワルツだと思うが本編では6番シンフォニーの抜粋のような字幕になってる、字幕にやや難があるので英語聞いたほうがいい)、ストラヴィンスキー凱旋帰国公演の抜粋(これは音はさんざん復刻されているし、映像的に面白い動きもないいつものストラヴィンスキーだけど、やっぱヴォルガの舟歌は感慨深い)、ロストロ先生最盛期映像の物凄い記録・・・特にショスタコ2番をスヴェトラーノフとやった初演映像はまるで自作自演のような殆どロックのノリのすさまじさ、ロジェスト先生とやったドヴォコン最後も圧巻、でもなぜ当人のインタビューが無いのか?)

・・・が売りではあるけれど、やはりソヴィエト時代のロシア音楽の状況を、傍証的インタビューを交えて英国という芸術に中立な国にて描き出した番組なだけに、ドキュメンタリーとしても見ごたえがある。民衆に芸術を、という国家理念自体には一種感動する部分もある(1巻冒頭労働者の間で歌う信じられない歌手群の姿・・・アメリカの黒人問題やロシアのユダヤ人差別という横絡みも確認できる)。結局権力者(特にあのオバサン)たちが理念を捻じ曲げてしまったのだ、ということが頭でなくカラダでわかる。ロシア好きは必見でしょうね。ロシア往年の楽団の素晴らしさにも驚嘆するところがあります。ソリストの個性は言うに及ばず、弦のボリューム感、特にチェロの表現力とノリには驚嘆しました。それにしても西側で過剰に演出されて伝えられる感のある「ソヴィエト圧政下の芸術家の悲劇」、当の本人たちはほんとにギリギリの現実感の中で生活していたからそんなに感傷的な雰囲気も無く、寧ろ皮肉とともに豪快に笑い飛ばすみたいなところもあったみたいですな。繊細な人として扱われることの多いショスタコの機関銃のようなしゃべくりとかヘビースモーカーぶりとか、こう描かれると確かにそういう強烈な人だったんだろう、という感じもしますし、フレンニコフさん(健在だったのか)も苦労してたんだな、シェバーリンはあれだけ民族的な楽曲を作りながら芸術活動より追放されたのか(婦人健在でインタビュー)、とか、あの国家的雰囲気の中で際立ってやはりロストロ先生というのは強靭で男気あふれる人だったんだなー、と思いました。民衆に芸術を、という意味では一番体言できる人なんだから(首都高が渋滞してたらチェロ降ろして弾きだしたとかいうエピソードとか、ベルリンの壁が壊されているニュース映像の中で紛れも無く先生が壁の前でチェロを弾きまくっていて「嬉しくて楽器を弾いている人もいますね」とかなんとかアナウンサーにコメントされてたこととか、小澤氏と田舎の学校を回って演奏会をやっていたり、ショスタコーヴィチ・フェスティバルを「彼との約束だ」と殆ど自費開催的に東京でやってのけたり、もうスケールが大きいとかそういう問題じゃなく民衆のための芸術というものを率先して実践しているのだ)、この人を国外に追いやったのは失敗だったし、でも必然だったんだろう。第一回チャイコフスキーコンクールのアシュケナージ・オグドン対決の背景(もちろん映像付)も出てきます。ストラヴィンスキーが終演後語った「このホールで6歳のときチャイコの悲愴自作自演を見て感動し、楽屋に連れて行かれたらやさしく頭を撫でられた」という話を、その場で聞いた人の生々しいインタビューで見れたのも嬉しかったなあ。

あの膨大なアルヒーフは、折角死ぬ思いで残してきたものなのだから、なんとか日の目を見させるべきだ。コンドラシンやムラビンスキーといった有名な人こそ出てこないけど、この映像はまずその入り口として十分に機能して次への扉をひらくものとなってほしい。文句なしにおすすめです。

伊福部昭氏死去

驚きました。1年くらい前までお元気のような話を聞いていた気がするのですが。現住所は近所なもので・・・何とも・・・

伊福部昭氏 91歳 ゴジラの音楽、文化功労者
 ゴジラ・シリーズをはじめ二百曲以上の映画音楽で知られる文化功労者の東京音楽大学元学長、伊福部昭(いふくべ・あきら)氏が八日夜、死去した。九十一歳。北海道出身。自宅は東京都世田谷区尾山台二ノ七ノ七。葬儀・告別式などは未定。(産経)

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マーラー:交響曲第6番

ホーレンシュタイン指揮ボーンマス交響楽団(KARNA:CD-R)1969/4/16LIVE

精彩に欠ける演奏。録音は茫洋とし薄いノイズが支配している。演奏自体確かにホーレンシュタインらしいものなのだが、オケのせいか個性がなく、いたずらにフォルムを大事にしているわりにはがっしりした構築性が感じられずいささか心もとない。ゆるいテンポで終始余り揺れずに流れるだけで、パンチがなくマーラーを聴いている醍醐味がない。3楽章から4楽章はまだ楽曲自体の魅力で聴けるものがあるが、なんとなく腑に落ちないまま終わってしまった。もっと重いオケなら個性が際立ったろう。無印。直後に聞いたコンドラシンの正面切った魅力との落差が・・・

ラヴェル:弦楽四重奏曲

○パスカル弦楽四重奏団(concert hall)LP

1楽章は凡庸。しかしこれは明らかにラヴェルである。ラヴェルではない勘違い(決してネガティブな意味ではないよ)の多い時代なだけに安心して聞ける面もあるが、つまんない、という印象のほうが強い。カペーのスタイルを彷彿とする。2楽章はかなりやばい。ピチカートがずれてる・・・これが何と終始ぎくしゃくしたテンポ感の中でえんえん続くのだ。再現部まで。これは・・・である。しかし、その次の緩徐楽章、ここで初めてこのフランス派の先達の威力が発揮される。このラヴェル旋律の持てる感傷性を引き出せるだけ引き出した、余韻のある非常に心根深い演奏ぶりで、音楽の美しさと、ほのかな哀しさに涙する。これができたから半世紀以上あとの現在も名前が残り続けているのか。。即物的印象の大きい演奏録音もある団体だが、この歌い上げ方・・・けして「情に溺れて」はいない・・・はほんと、白眉だ。そして4楽章は見事に盛り上がる。ブダペストあたりの現代的で厳しい演奏とは違うけれども、古いロシアンスタイルのようなデロデロぶりとも全く違う、フランス派のカッコイイ盛り上がり方をすべらかに堪能できる。総じて○。前半楽章で投げ出さないこと、逃げ出さないこと、それが大事。

グラズノフ:弦楽四重奏曲第5番

○モスクワ放送弦楽四重奏団(MELODIYA)

これこそスタンダードと呼びたい。スタイルは現代的で音もプロとしては普通(力強く金属質で私は苦手な音だが)、あっさり流れるように速い(とてつもなく速い)インテンポでパウゼもどんどんすっとばし、フレージングにも過度な思い入れがなくポルタメント皆無の教科書的な表現だ。しかし、非常に高度なテクニック(今まで聞いたどの演奏より抜きん出て上手い、ミスは1楽章末尾が速過ぎて聞こえなくなるところくらいだ)に裏付けされたこの異常な集中力、(繰り返しになるが)終始ものすごく速いテンポはグラズノフ円熟期のワンパターンで厚ぼったい書法のもたらす変な重量感を軽やかに取り去って、敷居を低くしている。逆に旋律の美しさが際立ってきて耳優しい。西欧古典を聞くような感じがするが、ベートーヴェンを意識したがっしりした曲調については、それほど意識的に強調してはいないふうである(アタックの付け方も普通だ)。そうとう手慣れたアンサンブルぶりでこのロシアの団体の経験値の高さに驚かされるが、解釈というより録音バランスの問題だろう、2楽章第二主題の展開でファーストが巧みに裏に入りセカンドと絶妙な高音ハーモニーを聞かせる(若い頃からグラズノフの得意とする方法で真骨頂だ)非常に美しいセンテンスにおいて、なぜかセカンドが引っ込みファーストが雄弁に「対旋律」を歌ってしまっている。意図だろうが違和感があった。まあ、このスピードの4楽章が聞けるだけでも価値は多大にある。このくらいまで速くないとダレますよ長丁場。総じて○。

<後記>何度も聞いていたらだんだんそんなに言うほど巧くない気がしてきた。4楽章後半とかテンポグダグダになりかけてるし、ロシア録音、とくにモスクワ放響やモスクワ・フィルの弦楽器にありがちな中音域の薄いばらけた音響(多分に録音のせいもあると思うが)に近いちょっと・・・なところもある。それも鑑みてやっぱり、○は妥当かな。

ボロディン:弦楽四重奏曲第2番

◎グラズノフ弦楽四重奏団(supraphon)LP

なつかしい表現というか、民族色が自然に内面から浮き出てくるような演奏だ。ルカシェフスキーを始めとして各奏者決してローカルな音ではないのだが(ある意味無個性)スタイルが戦前のもので柔らかく、曲調にとてもマッチしている。今まで聞いてきたこの曲の演奏の中でいちばんしっくりきた。ここまでボロディンらしいボロディンもあるまい。民族的なのに洗練もそなえ民族音楽になりきることもない。特にゆったりとしたテンポで情緒纏綿に歌い上げるスケルツォが素晴らしい。この遅いテンポで初めてわかるロシアン・ロマンチシズム。ショスタコの1番(初演団体)の録音にも言えるのだが全般に遅く決して技巧派ではないものの、しっとりした美しさの面で今は聴き得ない特別な郷愁の篭った音楽を紡ぎ出すことが可能な団体だったのだということを改めて実感させられた。ちなみに名前を連ねるモギレフスキーはチェリストのドミトリさんでピアニストともモギさんとも違います。
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