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ショスタコーヴィチ:交響曲第6番

○ストコフスキ指揮NYP(vibrato:CD-R)1968/4/11live

文句なしに巧い。聞かせるすべを心得ている。この人がショスタコーヴィチに示す適性は何なんだろう?NYPがここまで統率されたのは何故だろう?交響曲第5番で描ききれなかったショスタコーヴィチのマーラー的なドロドロを(ロマン性とでも言おうか?)明快に描き切り、満場のブラヴォを勝ち得た。このフィナーレのカタルシスこそSYM6の本質なのだ。解放のイメージに交響曲第5番の屈折は無い。ハッとする演奏。録音状態をかんがみて○。
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ドヴォルザーク:交響曲第9番

マリス・ヤンソンス指揮RCO(RCO)2003/6/6live・CD

かなり編集が入っており、音場が遠く広めに聞こえる。拍手も消されている。

1楽章、録音が柔らかいせいか薄味。案外冷静で美にてっしている。音のキレはいいし部分的に独特のテヌート表現など入れてくるが、基本的に「現代の新世界」というかんじだ。マリスのイメージにある意味沿っている。オケが案外弱いことにも気づかされる。個性が薄い。

2楽章になるととたんに感情的になる。といっても沈潜するほうの感情だ。1楽章に比べいきなりヴァイオリンのパートソロが大きく聞こえたりするところなど、録音の音量操作を疑わざるをえない。いずれヴァイオリンが薄い感じは否めない。

3楽章はテンポ的に落ち着いてはいるがアゴーギグがやや強め。もとより分析的な棒だが、ここでは分裂症的なドヴォルザークを抉ったごとくマーラーっぽさがある。相対的にはロマンティックか。

4楽章は良く言えば威厳がある。悪く言えば落ち着き過ぎ。整えた演奏、という感じ。スケールが大きく感じるのはレンジが広いだけで解釈のためではないかも。遅い方にルバートしがちなのは、この人の癖なのだろう。そこらへん遅速弱音への拘りは晩年のスヴェトラぽい。それにしても音色がニュートラル過ぎだなあ・・・

フィナーレ前のテンポ設定はかっこいい。マエストーソって言いたくなる。マーラー並の雄大さだ。ただ、最後はもっとアッチェルしてもいいと思うのだが。譜面に忠実に音を伸ばしておしまい。無印。

マーラー:交響曲第8番

○カイルベルト指揮ウィーン交響楽団、ヴンダーリッヒ、レッスル・マイダン、プライ、エデルマン、ムツリ、シェイレル、リップ、ボーズ(KARNA:CD-R)1960/6/19ムジークフェラインlive

久しぶりに千人を聞いたが、粗末な録音でライヴの精度とはいえ、なんて美しい曲なのかと聞き惚れた。演奏のよさもさることながら、和声の心地よさ、各声部の絶妙な絡み合い、何より「歌」の素晴らしさ。長ったらしいと思っていた曲だが、この82分を要する演奏ですら短く感じた。むろん演奏にもよるのでしょう。

これはエアチェックものでモノラルでかなり雑音が耳障りだし音は小さい。冒頭など撚れている。しかしリズミカルで生気に満ち、特にソリストの歌唱は全て力強く美しい。ひたすら颯爽と流麗な「歌」の歌い継ぎで飽きずにえんえんと聞き続けることができる。ただ、マーラーの旋律性の美しさは堪能できるが、マーラーの暗さは無い。「大地の歌」へつながらない。これはたぶん録音的にも大きくいれすぎた歌唱による感想ではある。オケの細部まで音符の明瞭な発音はカイルベルトの持ち味か。とにかく、よくこんな名演が残っていた。○。

ドヴォルザーク:交響曲第9番

○フロマン指揮ルクセンブルグ放送管弦楽団(ODEON)

なんとなくアンチェルを思い浮かべた。直裁な表現でけっこう早めのインテンポで力強く進んでいくが、正直3楽章までは余り印象に残らなかった。スタンダード、という表現にとどめておくが。ただ、4楽章はかっこいい!力強い。表現意思の強さはクーベリックぽい感じもする。「あの路線」である。またオケも集中力があり、フィナーレへ向けて直線的に突き進む。もっともちゃんとリタルダンドするところはリタルダンドするが。オケ、けっこううまいです。音色が中欧的なのでアンチェルらチェコ陣とは一線をかくすが、傾向はそっち系です。4楽章の満足感で○。モノラルで音はあまりよくない。

ミャスコフスキー:交響曲第5番

○イワーノフ指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(melodiya)LP

ミャスコフスキーが半音階的なうねうねした音線と不思議に複雑?な和声とリズム等民族的要素のミクスチャーにより、独特の作風を確立した作品として特筆すべきものではある。ベートーヴェン指揮者で知られたイワーノフの力強い求心力と「やるときはやる」モスクワ放SOの実力がここに見事に結実している。作品的にもミャスコフスキーにしては(特に後半楽章)変化があり面白く、また冗長さも若干軽減されたものなのだが、こういうしっかりとした演奏で聞くとまるで別の作品に聞こえる。ミャスコフスキーの20番以前の交響曲はCD時代には無名指揮者かスヴェトラ先生(ロジェヴェン先生も録音してたかな)の演奏でしか知られることがなく、共に一発録りなどセッション時間がとれなかったせいか、乱雑だったり解釈に一貫性がなく(特にスヴェトラーノフの場合オケのソリスト重視の姿勢や時期的な弱体化はもちろん、独特の録音と特有の解釈ゆえ、曲の「本性」が見えず印象の好悪を分かつものになっている)拡散的な演奏になってしまっているがゆえ、不当な悪評価を与えてしまっていることが多いように感じる。イワーノフはミャスコフスキーをいくつか録音しており、私も全てを聞くことはできていないが、この作曲家についての先入観を覆す「意外と面白い交響曲を書く」印象に遷移することができた。発掘しがいのある作曲家であり、スヴェトラ先生が全集を録音で何とか残したがったのはわかる気がする。この曲について言えば西欧からの影響度を含めラフマニノフの1番の雰囲気によく似ている。フィナーレの最後などラフ3そっくりなフレーズも顔を出す。ラフマニノフの2番は別格にしても、他の管弦楽曲と比して決して劣るものではない。3楽章の民族的な浮き立つ雰囲気もペトログラード楽派風に前近代の常套手段に訴えるだけではなく複雑な要素をはらんでおり(やりようによってはわけがわからなくなるだろうが)、一筋縄じゃいかないところにプロコフィエフも共感したのだろうか。いずれにせよ、これは○だ。ミャスコフスキーというくくりで言えばオーマンディの21番に並ぶ◎。珍しく飽きない名演。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

○ハワード・ミッチェル指揮ナショナル交響楽団(RCA)

ステレオ。軽量級の演奏で割合とさっさと進むが、早めのテンポは好み。オケはうまい。味が有るという意味ではなく、技術的に。この人もテクニシャンだが、奇をてらわないので余りファンの付くタイプではないな。ただ、3楽章までは非常にスムーズに聞けた。朝からこの曲を聴きとおせるってのはそうそうないことで、まずは○ですなあ。ただ、終楽章が遅すぎる。それがなければもっといいのにね。でもどっちみち、個性派ではないので、そつなく聞きこなせる、という意味でしか評価をつけようがないかな。

マドレーヌ・ミヨーさんのこと

どこかに英語読みしてマデリーンと書いた記憶があるが、マドレーヌ、ですな(英語ならマデリーン・ミルハウドになるはずだ)。いとこでもあるダリウス・ミヨーの夫人として、また女優として活躍していたこの人がまだご健在らしいと聞いて驚いた。10年ほど前、安っぽいスノビズムと強引な論調に貫かれた日曜夜のカルチャー番組に、家具の音楽の証言者として出演されていたが(よくあんな番組に出たものだとびっくりしたのだが)、当時既に90台半ばであったはずで、しかもミヨーの著作の表紙に見える品のいい痩せたご婦人ではなく、恰幅のいい姿(ミヨーに似た体形)に実に精力的な発言ぶりで、「ほんとにこれ本人?」と思ったものだ。今静止画でよく見ると目付きは何となく本人ぽい。しかし化粧や派手な格好のせいもあるとはいえ、これで90台とは恐れ入る。更に10年である。ロザンタールすらいなくなったフランスで、この人、もう104歳を数えるわけだ。南欧の明るい気質とユダヤ系の頑健な体が稀なる長生をもたらしたのか。ダリウスが亡くなってもう何十年になるのだろう。どうか、お元気で。

※2008年に亡くなられた。105歳だったという。ミヨーに師事したデイヴ・ブルーベックが追悼に曲をささげている。

ミヨー:弦楽三重奏曲

アルベール・ルーセル三重奏団(cyberia)

曲的には全くプロヴァンス的なミヨー節で、しかも三重奏という比較的軽量な響きを持つアンサンブルであるがゆえにミヨー節の一種鈍重さが抜けて、とても合理的でバランスのいい、ひょっとしたらこれがミヨーに一番あっていた編成なんじゃないか、と思わせるほど適合性を感じる。ただ、旋律の魅力が薄いのと、2楽章と4楽章のよく魅力のわからない暗さ、5楽章の常套性から、余り演奏されない理由もなんとなくわかる。旋律に高音を多用するミヨーがゆえに仕方ないかもしれないが、この決して巧いとは言えない団体のヴァイオリンの音程は、ちょっと心もとない。柔らかい運指はうまくやればいい感じの雰囲気をかもすが、ひたすら高音域で動く曲となるとその一音一音の変化が聞く側の耳に捉えきれなくなる。これは痛い。ピアノ的に明瞭な音程をとっていかないと、わけのわからない印象しか残らなくなるのだ。この演奏の弱点はまさにそこにあるといってもいい。無印としておく。曲的に一番の聞きどころは3楽章のギター的な重音ピティカートにのって楽しげに動く旋律線だろう。イベールなどの室内楽にも似たようなものがあるが、ああいう世俗性(親しみやすさ)が無い、旋律に溺れず複雑なリズムとしっかりした書法に支えられた構造的な面白みは独特のものだ。

ラヴェル:ボレロ

○リグノルド指揮ロンドン・フィル(RCA)

律然としたリズムが格好いい。終始崩れない速めのインテンポで押し通し、ボレロの王道といった演奏ぶりである。管楽器の巧さは言うまでもないが、決して個性を出さずに総体としての響きを重視しており、ソロを楽しむ演奏にはなっていないが、「ボレロ」という音楽を全体として楽しむのには最適といっていいのではないか。久しぶりに「正統派」のボレロを聞いた。特徴には欠けるが、最後までわくわくして聞ける演奏。トスカニーニを彷彿としたが解釈的な恣意は全くない。モノラル。

グラズノフ:弦楽四重奏曲第5番

○シシュロス四重奏団(melodiya)

この曲はLP初期にレニングラード・フィル協会弦楽四重奏団(タネーエフ四重奏団)が録音しており、そのせいか番号付きの作品の中では古くから知られていたようである。同モノラル録音を私は聞いたことが無いが、このステレオ盤は恐らくそこからは相当にかけ離れたものであると思う。即ちすこぶる現代的であり、そつがなく、「いかにも新世代の演奏ぶり」なのだ。先入観を植えつけられず聞くことができるし、奏者の奏法解釈から殊更に民族性が煽られないぶん最初に入るのには適しているとも思える。実にそつがないのだ。綺麗だし、完璧。ただ・・・終わってみて、すれっからしは「何か足りない」と思ってしまう。少なくともショスタコーヴィチ四重奏団に比べて音のバリエーションや魅力が(民族性という観点において)足りない。グラ5から民族性を抜いたら単なるベートーヴェンである、というのは言いすぎかもしれないが、やや物足りなさを感じさせるのは事実だ。○にするのに躊躇はないが、ライヴで聞きたいかというとそんな気も起きない感じではある。いや、譜面は完璧に再現されてますよ。テンポ的にも遅くならず、完璧に。巧い。

シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番

○パリュリス(Vn)サタノウスキ指揮モスクワ放送交響楽団(melodiya)live

弓を物凄く弦に押し付ける奏法からしてそうなのだが、力ずくで押し通したような演奏ぶりで、尋常じゃない勢いだ。一部オケがついていけてないほどに突っ走る場面もある。せっかちな感は否めず、緩急の緩のほうが足りないような気もするが、スリリングでライヴ感に溢れたすこぶるテンションの高い雰囲気に圧倒されてしまう。この曲に横溢する民族的表現すら強烈なテクニックの前に鄙びた緩やかな雰囲気を失い、ただ聞くものを唖然とさせるものになっている。技巧的にこのスピードでは無理、というところもなきにしもあらずなのだが、それでもほぼ完璧な音程、重音のハーモニーが素晴らしく耳に残る。ロシアオケのボリューム溢れる音に対してしかし終始支配的に演奏を引っ張っていくさまはウィウコミルスカ盤以上のものだ。寧ろオケが鈍重に聞こえる。ソヴィエトの常、ブラヴォは出ずフライング拍手がパラパラ入ってくるが、そんなのが信じられないくらい、最後のコーダも物凄く、「曲を基本的に解釈していない」ものの「曲を完全に弾ききった」という感慨を受けるものとして、◎にしたいが○にとどめておく。モノラル。

フランク:交響曲

A.ヤンソンス指揮モスクワ放送交響楽団(MELODIYA)LP

まるきり暗いチャイコにきこえるのはオケのせいだろう。ハーモニーや繰り言のようなフレーズはむしろミャスコフスキーかも。この曲のわけわからなさをわけわからないままに演奏している点で素直でもあり手堅くもあり、最後は立派だが、印象に残らない。統率力も小ムラヴィンスキーといった個性の薄いところに留まる。録音も悪い。○をつけたいところだが無理だ。終楽章など色彩変化をあざとくやらないとこの曲は辛い。不完全燃焼。

ドヴォルザーク:交響曲第9番

○リグノルド指揮LPO(stereo fidelity)LP

バルビやサージェントと同世代くらいの人。安定し手馴れた手腕で、率直にこの曲を表現している。オケのソロ楽器も取り立てて個性は発揮しないが、全体としてLPOらしく非常にバランスが取れており、聞きやすい。ただ、私の盤は異常に状態が悪い・・・。ステレオ初期ゆえ左右のチャンネルが完全に分離してしまう箇所もある。

全般速めのインテンポだが3楽章は割合遅い。ヴァイオリンを中心に部分的に非常に美しいフレージングを聞かせるところがあるが、この人は弦楽器をやっていたのだろうか?イタリア系指揮者を彷彿とする(カンタービレというのとはまた違うのだが、主として一弓内の音量変化指示が徹底していて格好がいい・・・3楽章中間部前の展開、4楽章の特に第三主題あたりのリフレインは特に美しい)。強い個性を打ち出すスタイルではなく、また壮大なクライマックスを形作ることもないが、いい演奏だと思う。○。

スティングがDGから古楽アルバムを発売

とにかくクロスオーヴァー好きで、クラシックとも「ピーターと狼」アバドDG盤のナレーションやら(プロコは歌にも旋律転用したりしている、ロシア絡みの政治的なもの)、自分のレーベル第一弾としてナガノ指揮の「兵士」の兵士役をつとめたりと、また三文オペラをオフブロードウェイでなんとか演じてみたり、形だけだがVn片手におどけた写真をカバーにしたりと「ニセモノ感たっぷり」な感じで逆に好意的に接していたのだが、いくら渋い方向に向かってるとはいえ、16世紀の英国古楽とは。25年前ダウランドの歌に魅せられ、最近バンドギタリストのドミニク・ミラー(クラシックアルバムも出している)から再喚起を受けて、リュートと声楽によるアルバムを10月に出すそうだ。

クラヲタは「よそ者」をすぐ白眼視するけど、今やお城に住みセレブの自宅や大使館でプレイするこの老いた歌手がどんな物を提示してくるのか、聞いてみてから判断しましょう。

サティの誕生日


それにしても室内楽は人気ないですな(苦笑

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

○ギレー弦楽四重奏団(MGM)LP

この団体は面白い。タコ1のような短い旋律音楽で、こんなに揺れるのも、まるでロシアの団体のようだ。といってもロシアでもベートーヴェンQをはじめとして余り揺れることもないのだが、情緒たっぷりに旋律を弾ききっている。ロシア団体とは違った意味でやや技術的不安定さを感じさせるのも芸のうちだろう。とにかく曲が短く浅いのでなんとも言いがたい部分もあり、私の盤面の悪さもあいまって、まあコミタスとの比較論なら余裕で○はつけられるということで。ま、音のいい演奏で透明なハーモニーと細かい音符の応酬を楽しむべき部分の多い曲であり、新しい演奏を選ぶのが、最初はいいと思う。

プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第1番

◎ギレー四重奏団(MGM)LP

この超名曲に名録音というのが極端に少ないのだ。冒頭から気合を要求し、血湧き肉踊る躍動感を発揮する1,2楽章とコントラストとしての暗くも情緒たっぷりな3楽章と言う、プロコお得意の3楽章構成にあって、隙の無い構造(プロコだから全て独創的なクセがある)もさることながらメロディーメイカーのプロコにしても名旋律といっていいもののオンパレード、カルテットとして若干ファーストがフューチャーされすぎな感もあるにせよこの曲に録音が少ないというのは理解できない。あのソヴィエトに立ち返った地味な2番ばかり何故録音されてるんだろう?この演奏はその数少ない録音の中でも「比較論として」一番気分を高揚させられたもので、私の理想に近い。この団体はたぶんフランスだと思うがロシアの楽団といってもいいくらいギチギチでデロデロな演奏を繰り広げてくれ、録音も(古いのでLPの状態は難しいものが有るが)プロコの母国メロディヤのものよりは数倍クリアで聞きやすい。くれぐれもプロコはスピード勝負なのだが、スメタナみたいな透明感とかアンサンブルの整合性なんて考える余裕もなく突き進む解釈には同感する。もっと1楽章は速くてもいいと思うのは主観か。2楽章序奏部で3楽章の陰鬱な旋律前半が動機として使われ、そのあといきなりおおまかに言えばスケルツォ的躍動が(まさにスケールの応酬はプロコならではだが)始まるわけだが、ここはもっと明確に構造を浮き彫りにしアンサンブル精度を見せつけつつ異常なテンションでスピードを保って欲しかったがそれでも、今まで聞いた中でいちばんしっくりいった。3楽章は地味な中にもプロコの暗い側面がわかりやすい旋律の繰り返しと(便宜上)中間部の3拍子の崩壊、そして最後のファースト一本による心臓の停止のさまが、適切な形で表現されている。これはもっと録音をよくして再発すれば絶対この曲の評価を上げるものになると思う。今のスピードやテンションより精度とハーモニーを重視するような団体にはなしえないものだ。おこがましい話だが私の頭の中で鳴っているこの曲(かつて演奏を試みたときの解釈)にいちばん近かった嬉しさから◎にしておく。カルテットの興奮をおぼえさせてくれる面白い団体です。カルテットは絶対に、地味な音楽をかなでるたぐいの編成じゃないのだ。仮にもロシア好きを標榜するならプロコのこの名作、どんなものでもいいので絶対聞くべき。同じ旋律音楽としてのタコ1が児戯に見えてくる。

ショスタコ交響曲全曲演奏開始

一般ニュースでこのてのニュースが流れるのは珍しい。13日から子息マクシム氏による晩年作品指揮を皮切りにゲルギーらにより7月までかけてティクルスが組まれるという。100歳記念というが、テミルカーノフやロストロ先生、ロジェストさんらリアルで親交のあった方々は出演されるのだろうか?15曲はかなりハードで珍しい演奏企画となろう。ちょうどギレーQによるSQ1番を聞いていてこのニュースにあたった。

ショスターコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

○コミタス弦楽四重奏団(MELODIYA)LP

かなり穏やかな演奏なのだが、ねっとり軟らかい左手の指遣いがロシア式を感じさせて懐かしい。強く個性を押し出すところはないが安心してこの短い叙情詩に身を委ねることができる。テンポ設定も一定しており極端なコントラストをつけることもなく、曲の純粋で他愛のない美観をうまく保っている。技巧的安定がそれを支えているのだろうがこの曲では技巧について論じるのは無理がある。正直印象に残りづらい内容であったが、ロシアらしからぬ精度から○をつけておく。アルメニアの団体。録音は遠く悪いが4楽章は聞きやすい。

ドビュッシー:弦楽四重奏曲

◎ヴェーグ弦楽四重奏団(ORFEO)1961/8/19モーツァルテウムLIVE・CD

これぞ荒れ狂うドビュッシー。マイクのそばでぶつかり合い火の粉の飛び散りまくるアンサンブル。尋常じゃないギチギチな集中力。雑音もいとわない弓遣い。弦が悲鳴をあげている。ハーモニー?そんなんどうだっていい。セッションとはこういうもんだ、という見本。カルテットをロックバンド的な激しいグルーヴの中に昇華させた、唯一無比の絶演。この即興的な機知と気合いに任せたキ○ガイ踊りに狂え。◎以外にありえない。血まみれドビュッシーは、こちらだけになります。ライヴって、こういうもんだ!
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