ハチャトゥリアン:コンチェルト・ラプソディ(チェロと管弦楽のための)

○ロストロポーヴィチ(Vc)作曲家指揮ソヴィエト国立管弦楽団(IVC)1963LIVE・DVD

まさに演奏技術と現代ふうの民族書法だけで出来上がっているハチャのハードなほうの作風によるもので、アルメニア人以外にはだいたいみんなおんなじに聞こえるたぐいの作品だろう。ショスタコがダメでハチャのこういう作品が○というのはまったくソヴィエトという怪奇現象の象徴そのものである。大学で初めて買った譜面がヴァイオリンのためのコンチェルト・ラプソディだったが、技巧以前にまったく理解できない、機械のような譜面に、奇妙にわかりやすい民謡ふうフレーズの織り込まれた、子供にとっては奇怪きわまりないものですぐに脇に置きかわりにストラヴィンスキーの火の鳥の王女のテーマ編曲(作曲家が金のために編曲しつづけた中の一つで、しかしなかなか一筋縄じゃいかない独特の特殊技術の盛り込みかたはさすが)を買ったものだ。今はアマチュアでもヴィニャエフスキに挑戦するいわゆるセミプロのたぐいはこれもやったりするが、技巧をひけらかすだけの曲では聴く側は堪らない。至極理知的であり、読み解いて理解しないと良さが出ない難解を内在させているのに、やはりロストロ先生もひたすら純音楽的に弾きこなし(やはり努力家カサルスを退け前世紀最大の天才チェリストなのだ)、けたたましい平板な曲想の輪から抜けていない。しかしこの激しいジプシー音楽(差別意識はありません)ふうラプソディの中に旋律の流れをとらえ歌えるところは完璧なボウイングでろうろうと歌う、まるでヴァイオリンのように軽がると指弓を運び流れるように繋げていくその「現代チェロ奏法の確立者」たる見事な演奏ぶりは見ていて引き込まれざるをえない。ライヴだし冒頭やや甘い発音から始めるしロストロ先生のけして一級の記録とは言えないが、本人も自分のためにこのソヴィエトのカリスマが書いてくれたことを喜びたちまち弾きこなした姿をまた作曲家が喜び、演奏会後目に涙をためていたというのはいいエピソードだ。ハチャはバレエもそうだがビジュアルがあるとないとじゃ違う。無いときつい。これはある。○。
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グリエール:交響曲第3番「イリヤ・ムーロメッツ」(短縮版)

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1964live

モノラルなのに物凄くステレオ的な演奏で「あああ」と歯がゆさを感じる点の多い煌びやかな演奏。後年のものと余り変わらないが、やはりこのオケの音は拡散的で、末流ロマン派の肥大化した音楽をやるときに必要な構築的な身の詰まった演奏様式というのがないがゆえに、ちゃんと短縮版としてまとまっているのに、どこか散漫な印象をあたえてしまう。もちろんストコはフィラデルフィアでもこういう音を求めていたのだし、表層的で派手なのは(曲も曲だし)仕方ないのだが、まあ、NYPのほうが正直しっくりきた。まずまず。○。

グリエール:交響曲第3番「イリヤ・ムーロメッツ」(短縮版)

○ストコフスキ指揮クリーヴランド管弦楽団(vibrato/DA:CD-R)1971/5(6?)/19live

NYPはともかく他の比較的軽量級の音を出す職人オケになるとストコはいささか表面的でやかましい音作りだけをする人になってしまう。アメリカ交響楽団のモノなどまさにその面で賛否あると思うのだが、この演奏録音はステレオという点で比べて1長はある。しかしどうも放送ホワイトノイズが常に入り続け、放送ならではの左右の不安定さもあって、明晰なのに印象が悪い。聴感が軽くて、イリヤ・ムーロメッツの末流ロマン派的なドロドロがひたすらドラマティックで煌びやかな音楽に昇華されてしまい、帝政ロシア時代交響曲好きとしてもマーラー好きとしてもどうも腑に落ちない。また今更の指摘だが4楽章の大カットで「一番の見せ場」となるドラマティックな弦・ブラス転調の一節(スコアがないので明示できませんが、指摘箇所がどこかはてきとうに想像してください)が上り詰める直前でカットされ陰鬱な終盤にワープするという非常に「うわああああああ」というところがあり、これってストコ、前からそうだったっけ?とか思いつつも、これじゃちょっと4楽章聴かせどころ半減だよ、と結局○ひとつに抑えておくのである。気分的には無印。 5月との表記のあるvibrato(CD-R)盤はDAと同じ音源を使用する場合が多く、これは収録内容がほぼ一致することから同一と思われる。記載データ確度はどっちもどっちなので、別プライヴェート盤で出ているライヴが5/13とあることから、公演日程的に5月が正しいと推定される。

ソロモン・ヴォルコフ出演

ハリウッドフィルムフェスティヴァルベストドキュメンタリー賞受賞のこの作品、なんと「証言」のヴォルコフが出てますね。冗舌です。あ、「ハチャトゥリアン生涯と演奏」です。よくできた、さすがアメリカ作品(ナイトウォッチャー観てたんですが、低予算で東欧的ロシア的ゴシカルな中にでも、いちばん影響を与えてたのはアメリカのめまぐるしいミステリーテレビドラマシリーズだった。。)。ソビエトは過去のものです。しかし全盛期のロストロさんは常軌をいっした神ぶりです。自作自演はコンチェルト・ラプソディ全曲のほか断片ですがレーニン追悼演奏会でのオードやヴァイコン(オイストラフ)、剣の舞二種や交響曲第二番を含むピアノ試演(チェロは聞けないけど、リズムがさすが身に染みた表現で巧い)。ハチャの民謡と世俗的語法と現代的構成の絶妙が素人にもわかりやすく解説されていて、またソビエト音楽史を短くまとめて理解できるのもいい。よくできてますこの映画。カレンさん、若い!エミンさんはさすがに年、しかしもっと年である裏切り者フレンニコフはここでも悪者なりにしっかり出演して弁明(コンヴィチュニーの交響曲録音を復刻してくれー)。ミャスコフスキーの国での崇敬のされかた、私などが聞かされていた「自主的転向」はけして無かったかのような筋書きも面白い(音楽は転向し語法が定着していたことは確かで、例の批判はたんに権力側の好みと気紛れ、そして嫉妬であったにすぎないから関係はたいしてないのだ)。フレンニコフの自己批判も聞けます。体制側にも公平に聞く製作者の態度には納得。ソビエトものは批判しか出てこない(崩壊前は180度違う言説しか聞かれなかったのに!)現状は少々極端な気もするので、ショスタコはまあ体制に積極的迎合していたこともあったという反論資料もなくはないけど、フレンニコフ以外の弁明もききたいものだ。なんだかんだいって芸術は理不尽から生まれる側面は否定できない。芸術面ではソビエトは優れた体制をもっていたと思うマニアも実はけっこういるもので、時の流れの先で両者歩み寄りも必要かと思う。

アイヴズ:管弦楽組曲第2番

○ストコフスキ指揮ロンドン交響楽団(DA:CD-R,M&A他)1970/6/18イギリス初演live

やや不安定なステレオだがライヴ盤にしては十分だろう。これがまたいいんです。アイヴズは時にとても感傷的な心象風景を描くが、この演奏はまさにその感傷性に焦点をあて印象派風に描ききった非常にわかりやすいものである。ストコははっきりアイヴズをロマンティックな語法で読み解いているが、ほんらいアイヴズの音楽は前衛を「狙った」わけではなく結果として「至った」音楽なのであり、作曲時期の問題、またアイヴズの組曲(セット)というのが「演奏されやすいために出版時にてきとうにまとめた」というものである側面もあり、これがそのままアイヴズであると言い切ってしまうと前衛大好き派にはそっぽを向かれそうだが(ミニマル好きとかサウンドスケープ的なものが好きな向きには物凄く推薦するが)、昔のアメリカの未開拓な原野の静かで荒んだ光景を想起させるような「まるで風のような音楽、風にのってやってくるさまざまな音をそのまま録音したかのような譜面」に瞠目せよ。もったいないくらいの演奏です。まあ、録音状態と正統かどうかというところで○にしておくが、個人的に入門盤としてはうってつけと思うわかりやすい心象音楽の描き方である。恐らくイタリア盤CDで出ていたものと同じ。

グリエール:交響曲第3番「イリヤ・ムーロメッツ」(短縮版)

◎ストコフスキ指揮NYP(DA:CD-R)1949/10/23live

やや録音が辛いがNYPならではの覇気とボリュームのある音で前進的な演奏が展開される。この曲はこのくらいの長さが聞きやすい。ストコは常にわかりやすく、かつ劇的に音楽をドライヴしてゆく。それはマーラーを演奏するかのような態度だ。攻撃性という面がストコの演奏様式の中に確かにあるが、それは金管の追加とか打楽器の追加とかいった部分だけにとどまらず、弦楽器の演奏方法についてもかなり厳しく律しているようなところがみられる。フィラ管の艶やかな弦はストコが創り出したというのは有名な伝説だろう。イリヤ・ムーロメッツをNYPという一流どころで聞けるだけでも嬉しいではないか。チャイコを聴く感覚で聞ける作曲家公認短縮版。相対的に◎。

マーラー:交響曲第2番

◎ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団他、パーカー、ムーディ(vibrato/DA他:CD-R)1971/4/6(3?)live

ライヴにしては録音もかなりいいステレオ、とにかくこのアグレッシブさに瞠目せよ、いじりまくりで後半楽章などどこをやってるのかわけがわからなくなるほど錯綜して聞こえる轟音の饗宴、賛否あろうが終演直前の「ストコフスキ・クレッシェンド」(スヴェトラなど寧ろ後塵を拝する立場だったわけで)に間髪入れずの大ブラヴォーにはちょっとワナワナ震えるくらいの恐ろしくスゴイものを聴いたという印象だけが残る。最初これを聴いたとき長々しいけして趣味的に得意ではない復活が、こうも飽きさせずにどんどん聴き進められていいものかどうか戸惑いを覚えるほどだったが・・・じじつとことんアグレッシブな攻撃性を維持しつづけ(実はそれほどでもないのだが)退屈部分カットや楽器追加編曲等原型を感じさせない「ひたすら威圧感動させる姿勢」を貫いた演奏であるわけで・・・いつのまにか終楽章に入り、まあ各声部の近いこと、合唱もブラスも弦もひたすら耳元でがなりつづけ、あけっぴろげに下品に、しかしこういうぶっぱなした音楽こそマーラーだというストコの確信が説得力をもって最後まで私の耳を離してくれない、そういう復活を私は初めて聴いたような気すらしたのだ。もうなんだか最初は、遂にこの曲の決定盤を聴いてしまった、誰も認めないだろうけど俺にとってこの盤は最高の復活だ、と思って忘我としたが、繰り返し聞くうちに冷静になり、けっして正規盤など既出のものから離れた演奏様式ではなく、ただ異様な熱気がダイレクトに伝わってくる、アメリカ交響楽団はこうして最後の頂点に上り詰めた、最晩年になってもまだ攻撃的な姿勢を崩さなかった(ここにおいてはシェルヒェンを凌駕する)ストコとともにあった、ストコそのものの楽団だったのだ、という信頼関係の最も素晴らしい形を聞き取ることができる。ロンドンのオケならこうはいかない。アメリカそのもの、賛歌といってもいいこの強烈な音楽には、しかし何度聴いても最後には自分も歌っている、そういう世界なのである。これこそが真のカリスマである。音だけで圧倒する、ロック魂溢れるマーラーである。◎。vibrato盤等は6日と表記しておりDAのみ3日とある。放送エアチェックの場合収録放送日と誤認している可能性もあるが、一般公演生放送の場合別録の可能性もある。未検証。

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ヘンデル:サウルからの葬送行進曲

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(vibrato/DA:CD-R)1971/4/8?(6?)live

6日にNYで亡くなったストラヴィンスキーに捧げる、皆さんもどうぞ黙祷をとストコフスキの声が入っているのでクレジットの3日というのは誤りと思われる。演奏はハデハデしいものだが、前向きな演奏様式はストコなりのストラヴィンスキーへの花むけと言うべきだろう。ストラヴィンスキーが烈火のごとく怒りだすような編曲であっても、これはやはりストコの演奏なのであり、誇り高い演奏家と作曲家の間の大人の告別だ。○。膝録。vibrato盤は6日と表記。

ショスタコーヴィチ:前奏曲(管弦楽編曲)

ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1971/4/3(6?)ive

ストコフスキがよくやっていた演目でいかにも稀有壮大なストコ節。ただやっぱり元が重く暗いだけに聞き栄えはしない。演奏的に評価不能。vibrato盤は6日表記あり。

オルフ:カルミナ・ブラーナ

◎ストコフスキ指揮ボストン大学管弦楽団(DA:CD-R他)1954/11/19live

とにかく攻撃的な演奏である。スピードもさることながら音のキレが非常に激しく、とくに合唱の音符の切り詰め方にはしょっぱなからから焦燥感を煽られある意味小気味いいくらいだ。シェルヒェンの芸風をやはり想起してしまう。歌によってばらつきがないとも言えないしブラスはどうもブカブカとふかす感じだが、総体として終始楽しめるようにできており飽きさせることはまず、ない。盛大な拍手もわかる非常に興奮させられる演奏である。ストコの生命力は凄い。原典主義とは無縁の世界だってあっていいし、だいたいビートルズの弦楽四重奏編曲とか平気でやる分野の音楽家が、近現代の作品で多少譜面をいじることを何故躊躇し嫌うのか、金銭的権利的権力的問題以外の部分では私にはとうてい理解し難い部分があるなあ。 後注:DA盤はBSOではなく大学オケ盤(現在プライヴェートCD化)と思われる。そちらのデータに基づき書き直した。なおメンバーはそちらによれば以下。 Ruth Ann Tobin, soprano / Gwendolyn Belle, mezzo-soprano / Elmer Dickey, tenor / Kenneth Shelton & John Colleary, baritones / Boston University Chorus / Boys Choir from the Newton Public Schools

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トゥーリナ:闘牛士の祈り

WQXR四重奏団(POLYMUSIC RECORDS)LP

余りぱっとしないロマンティックな曲だが大編成編曲でも知られる。演奏的には余り巧い感じはないのだが情熱的ではある。

ミヨー:弦楽四重奏曲第1番

○WQXR四重奏団(POLYMUSIC RECORDS)LP

第一ヴァイオリンに技術的不安定さを感じる。アンサンブルとしてはけして物凄く上手くはないとは思うが、他メンバーはなかなかである。WQXRはNYのラジオ局で、当時の放送局はたいてい放送用の専属楽団をもっていた。この団体のチェリストのハーベイ・シャピロ氏は現在齢95を数えてジュリアード音楽院マスタークラスで教鞭をとっている。もともとトスカニーニ下のNBC交響楽団で10年近く演奏をおこない最後の三年は第一チェリストの座にあった。そのあとプリムローズ四重奏団で4年活動、さらに以後16年間この放送局楽団をつとめあげた。スタジオミュージシャンとしてしばらく各レーベルをわたったあと、渡欧。名声が高まり、ミュンヘンではカサルスと並び賞されるまでに上り詰めたが、台北のレストランで腰を打ってのち教職に転換、1970年からジュリアードに教授として就任以後、名教師として知られるようになった。

弦楽四重奏曲以下の器楽曲を末流ロマン派(そうとうに幅を拡げた私の定義内)の範疇において少なからず書いた作曲家の、習作を除く作品番号1番と2番にはある種の共通した傾向がある。1番は折衷的だが当時前衛的とみなされた要素をふんだんに盛り込んだ野心的な作風により、散漫でまとまりに欠けるもののマニアックに読み解くのが面白い。物凄く乱暴な例をあげればグラズノフのカルテットやアイヴズのピアノソナタである。対して2番は洗練され本当の個性が最小限の編成の中に純度高く反映されたもので、一般にアピールする率が極めて高いものの雑多な面白さには欠ける。従って情熱的に聴きこんだあと一気に飽きる可能性もある。ショスタコは例外的に書いた時期が遅いこともありここに1番がくるが(プロコもかな)、ボロディンなどはまさにこのパターンである。ミヨーももろにそうである。この1番は書法的にあきらかに「人のもの」がたくさんつぎこまれ・・・たとえばドビュッシー、ロシア国民楽派、新ウィーン楽派といったもの・・・、本来の縦のリズム性と歌謡的な旋律を基調とした楽天性は余り浮き立ってこないが、よくよく聴くと後年あきらかになる独特の複調性や高音処理方法が、後年は殆ど浮き立ってこない清新なひびきの連環による観念的な楽曲構成の中に織り込まれている。その点で欲張りな作品でありそこが野心ともいうべきものだろう。正直あまり好きではないのだが、2番のあからさまにわかりやすい世界との対比できくと、ボロディンのそれに相似していて面白い。世代的にウォルトンのニ作品との相似形ともとれるだろう・・・ウォルトンは初作でさらに前衛を狙っていたが。

演奏的に特筆すべき部分はあまりないが、不可でもない。○。

シベリウス:交響曲第3番

バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(DA:CD-R)1969live

個人的にバルビのシベリウスやRVWのシンフォニーは音のキレが甘く、テンポがもったりした感じがして余り好きではない。もちろん時期や作品、また楽章によっても違うが、ディーリアスあたりまでの響きの分厚い後期ロマン派作品、やはり独欧系の楽曲に適性をかんじる(リヒャルトやマーラーのような)。ハレとなるとなおさら出来不出来があり、アンサンブルはともかく個人技的にはレベルがばらけた印象が否めない。この作品は過渡期的とはいえ前期の覇気に満ちた主情的な書法と後期の精緻な構造からなる主知的な書法が共存する妙味があり、1,2番の冗長さからも4番以降のとりとめのなくなりがちな性向からも離れた一般的な魅力に溢れた作品だと思う。とくに1楽章は民族的リズムのキレが要であり、大昔これをきくとマーラーの巨人の舞曲楽章を思い浮かべたものだが、ハレでバルビだと重量感も余り感じられずノリが半端な感が否めない。好き好きだろうが、私は余りのれなかった。もちろん、これが最晩年の演奏様式にのっとっているせいもあるだろう。中間楽章(緩徐楽章)の旋律的魅力が4番以降より劣っている感もあるのでなおさらバルビの歌心が生かせない曲でもあるのかもしれない。無印。ステレオ。

ディーリアス:歌劇「フェニモアとゲルダ」より間奏曲

○バルビローリ指揮NYP(DA:CD-R)1962?LIVE

ミヨーのフィルハーモニック序曲のあとになぜかクレジットなしで収録されていたもの。雑音が多く状態がかなり悪いため、別日と思われる。バルビのディーリアスはこれでもかというくらい陶酔しきったものと若干引き気味なものに別れるように思う。これは後者である。仄かな雰囲気を楽しむ程度におさまっており、違和感をかもすことはない。バルビなので感傷的ではある。曲はまさにディーリアス。メタリヒャルトでもメタフランクでもメタドビュッシーでもない、また晦渋で哲学的な領域に至ることもなく長ったらしくなることもない、いちばんいい形のディーリアス。○。

ミヨー:フィルハーモニック序曲

○バルビローリ指揮NYP(DA:CD-R)1962/11/30LIVE

びっくりするくらい前進的で明快な演奏。これが60年代のバルビ?と思わせるほど躍動感というかタテノリの力強さというか、横の流れ「だけ」を重視した音楽作りをする前の芸風ということなのだろう。もちろんプロフェッショナルだから曲により解釈も変えるし演奏方法も変えさせるのだろうけど、シベリウスや正規のステレオ録音などにみられるあの「ユルさ」が微塵も感じられないライナー張りの推進力にいたく驚きました。このレーベルにしては音もエッジが立って聴きやすい。曲はほとんどヒンデミット(変に構造的なところやヴァイオリンの超高音を多用するところは元々似てるんですけどね)。○。

マーラー:交響曲第6番抜粋

ドラティ指揮ナショナル交響楽団(DA:CD-R)1974/10/27live

録音は非常に明晰でステレオ効果も抜群だが、弦が後退しブラスばかりが浮き立って聞こえバランスが悪い。これはおそらくいわゆる膝録り(インホール録音、隠し録り)であり、カセット入れ替えのため3楽章と4楽章冒頭が欠落してしまったものと思われる。演奏はいたって普通。ちょっと隈取が強い感じを受ける部分もあるが録音バランスのせいなのか解釈のせいなのか定かではない。何よりワシントン・ナショナル響がちょっと弱い。ブラスやパーカスの威力は認めるが、けして「巧い」と思わせるものはなく、軋みが生じるというより甘さが生じている。キレよくしようという意図が聞き取れてしまうほど、キレが悪いのだ。ドラティはかなり引き締めるほうの指揮者だと思うがラインスドルフかと聞きまどうほどに「普通」な解釈を施してきているがゆえに加えて物足りなさが残るのである。無印。

チャイコフスキー:交響曲第2番

ロジンスキ指揮クリーヴランド交響楽団(DA:CD-R)1942live

非常にロジンスキらしい剛速球な演奏で弦のアンサンブルにかける集中力がほんとハンパないのだが、なにぶん録音が余りにデッドだ(特に1楽章!)。さらに、しょうがないのだが収録時間の短いSP複数枚にエアチェック(文字通りのエア経由かダビングを重ねたのか)録音されたものらしく、しょっちゅう盤替えのために途切れるのだ。盛り上がりどころにかぎってぶつっとしばらく切れる。継ぎ方を工夫すれば多分殆ど欠損無いものだろうからちゃんと聞けるとは思うのだが、これは生のままの姿として否定はしないけど、観賞用というより文字通り資料用。物凄い盛り上がるんだけどねー、不躾なSP雑音は雑音耐性のある私でも耳を塞ぎたい感じだった。○にするところ無印。

バッハ/レスピーギ:Wachet Auf

ロジンスキ指揮クリーヴランド交響楽団(DA:CD-R)1946/10/27live

ランドウスカが入ってる?いずれグリーグふうのオーケストレーションを加えられた凡作。イマイチ。無印。

シベリウス:交響曲第5番

○ロジンスキ指揮クリーヴランド交響楽団(DA:CD-R)1946/10/27live

録音は許容範囲ギリギリといったところか、ロジンスキのライヴってそれ以上のものはないですしね。これは既出盤とは違うように思えた。さすがの集中力だがややひっかかりがない高速運転。あと、終楽章が思ったより盛り上がらない気がしたのは期待しすぎだったのか。○。

ラヴェル:スペイン狂詩曲

◎ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1967/11/19live

これが客席の当惑反応が信じられないくらい盛り上がるいい演奏なのだ。きついステレオも原曲がすぐれていれば寧ろ素晴らしい録音になる見本。同日の三角帽子では辟易した私もこの手垢のつきまくった曲で熱狂するとは思わなかった。同日イベリアもハマっていた。これはある意味録音の勝利でもあります。録音はエッジも気にならない殆ど正規並。ちょっと大げさすぎて最後ブラスが乱れるけど、齢を重ねるほどにどんどん高速化していったのかこの人は。コノ人とシェルヒェンくらいじゃないのか。◎。
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