フランセ:五重奏曲

○ピエール・ジャメ五重奏団(timpani)1933-52・CD

ラスキーヌと並ぶフランス派往年の名ハーピスト、ピエール・ジャメ教授によるSP録音復刻集の中の一曲。サロン風というかいかにもベル・エポックの世俗の雰囲気をもった愉しい曲で、脂の乗り切ったフランセの、脂を感じさせないドライな楽曲を、さらっとした肌触りの楽団がさらっとやりきった気品あるもの。SPの音質を決して上手く復刻しているわけではないが、元来シャープで硬質な表現をもったこの楽団の気質はよく反映されていると思う。事前情報なしでは余りにさらっと聞けてしまうがゆえに印象に残らないかもしれないが、フランセのBEAセレナーデあたりが好きな私には、表層的な律動の楽しさだけを追ったわけではないこの曲の正統な表現としてかなりアピールした。○。

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シベリウス:交響曲第3番

○バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(BBC、medici)1969/8/8live・CD

このシリーズの多聞に漏れず雑音の目立つややバランスの悪い録音。演奏は1楽章は丁寧なフレージング処理に力点を置いた晩年のバルビらしいスタジオ録音に近い演奏で好悪分かつだろう。2楽章はいよいよバルビらしい緩徐楽章で心根深い表現が心を打つ。3楽章は冒頭から弦楽アンサンブルがのっていて、磐石とは言い難いハレ管のとくに高弦がシャキシャキしたキレのよさを発揮して壮年期のバルビを彷彿とさせるが、主主題提示あたりから録音が旋律に偏重しているように感じ、シベリウスが後期の作り込まれた作風に移行したことを物語る立体的な書法が聞こえづらい。バルビの芸風もあるだろうが録音のせいのようにも思う。ステレオではあるが立体感が無いのだ。稀有壮大になっていって結果バルビ晩年らしい横長のクライマックス後に一斉にブラヴォが叫ばれる祝祭的雰囲気ではあるが、終楽章冒頭のテンションが維持されて聞こえてきたらと思うと手放しで賞賛する気にはならない。○。

告知1:演奏会;偉大な芸術家の思い出


まだまだ先の話なので、本決まりの内容だけを先出しで告知させていただきます。またあとでちゃんと告知をしなおしますので、リアル接点もしくはココで多少深い接点のあるかた、ご都合がつけばよろしくお願いします。連絡先はこのブログのレスか本サイト左上かなんかのメアドリンクか、リア接点の関係のほうでお願いします。

2008年1月12日(土)13時30分開演 上野奏楽堂(入場無料)

恐らく事前にご連絡いただければ予約のほうはとくにいらないと思います。
後半のチャイコのピアノトリオ(カットなし全曲)をやらせていただきます。

お客さんがガラーンもなんですので、、、今まで一切自分の絡む演奏会を宣伝したことがなかったのですが(そこまでお知らせするほどのレベルを提供できる気がしなかったのもので)、今回少人数であることと場所がいちおうちゃんとしているため、きちんと告知させていただきました。

いちおうこの演奏会をもってアンサンブルやオケのような団体演奏活動は全て終了とさせていただく予定です。なんとかこのころまでは体力を温存しておきたいと思います。

よろしければどうぞ。

ヒンデミット:弦楽と金管のための協奏音楽「ボストン・シンフォニー」

○ヴァント指揮ケルン放送交響楽団(PROFIL)1970/3/6live・CD

野武士のような演奏が多いがここではそこまで脇を締めまくったわけでもない演奏ぶりが伺える。曲がヒンデミットにしては愉快な律動的作品なだけにこのアプローチでも純粋に機械的に入り組んだ管弦楽の面白さを聞き取ることができる。ただ難点はモノラルだということだ・・・70年なのに!

ボリス・チャイコフスキー:主題と8つの変奏

○コンドラシン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(PROFIL)1974/1/23live・CD

厳しく研ぎ澄まされたと言うよりは肉感的なテンションが感じられる演奏ぶりで、オケは素晴らしく機能的だがショスタコ15番にくらべ若干温度が低いかんじもする。拡散的なかんじもするが、曲のせいか。晩年のショスタコにふたたび血を注いだような特徴が、現代的な金属質で清い響きをもった作風よりも強く感じられた。客席反応はやっぱり客観的なもの。○。◎にする人もいるかも、録音はすこぶるよい。

ショスタコーヴィチ:交響曲第15番

○コンドラシン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(PROFIL)1974/1/23live・CD

研ぎ澄まされたクリアな音で聞けば聞くほど荒涼たる気分になる演奏。しょっぱなこそ異常なテンションと統制具合に並ならぬコンドラシンらしい切り詰めたスリリングな音楽を楽しめるものの、次第に楽しさは失せ、ただ音楽の提示するやるせなさが最後の一音まで続く。このオケの渋い音と見事な弦がストイシシズムをひときわ際立たせ恐ろしいくらいの雰囲気をかもす。ただ、聴衆はポカーンなところもあったかもしれない。ボリス・チャイコフスキーといっしょに録音されたもの。海賊盤CD-Rでも出ていたが音は段違いにいい。

ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲

○バルサム(P)ブダペスト四重奏団(bridge)1951/12/18live・CD

きわめて明確なバルサムの音と金属的な硬質な音できちんと演奏するブダペスト四重奏団の噛み合った、内容的なものと比するとやや軽いが聞き応えの十分にある演奏。長くて暗くて分裂症的な楽曲に慣れない私にはここまで明快な表現だと非常にわかりやすかった。人によっては◎にするだろうが録音がやや歪んでおりブダペスト四重奏団の表現がぼやっとしてやや聞き取りづらいところもあるゆえ○にはしておくが、この曲を聴いてきた中では変な重さやロマンティックなくぐもりが無い分もっともしっくりきた感じ。

ラヴェル:弦楽四重奏曲

○カーティス四重奏団(westminster)

音色、方法論的にラヴェルには適した団体だと思ったが、余りに大胆な表現のデフォルメぶりに1楽章冒頭から引いてしまう。また強い音になると音色が損なわれ単純に留まってしまう、但し3楽章は素晴らしく例外である。優しい音に切り替えるととても響いてくる音楽のできる団体なのだなあと思った。立体的な書法を敢えて強調せず旋律を浮き立たせようとするところもあり、往年の団体らしさが感じられる。ラヴェルの仕掛けたウラの響き動きが聞こえない場面も多々、もちろんモノラルの旧い録音のせいでもあろうが。4楽章はかなりカタルシスを感じさせるが、ちょっとテンポ的には落ち着いている感も。○。

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ドビュッシー:弦楽四重奏曲

○カーティス四重奏団(westminster)

この演奏の独創性は非常に大仰大胆な伸縮、アーティキュレーション付けとそれに反して分節をきっちり別けるように、音をいちいち切って思いなおすボウイングの細かく正確に計ったようなテンポ感、その両者の上に一種浅やかな音色が載っている点にある。前時代のロマンティックな演奏ではない、ロマン性を分析したうえでデフォルメし、あくまで譜面上に反映してから表現したような演奏ぶりはドビュッシーのこの曲に横溢する前時代的な音楽の激しさを、表層的な表現の過虐とは逆に落ち着いた客観的なものに引き戻すようなところがある。どちらかといえば硬質な音色についてはウェストミンスターの録音特有のものもあると思うが、楽器特有のものかもしれない。技術的には決して技巧派集団というわけではなく、技巧が表現しようとしているものについていかなかったりしているような場面も聞き取れる。面白い演奏で、ドイツ的アメリカふう解釈といったもので例えばロシア式とはまったく異なる感がある。○。

ブリテン:弦楽四重奏曲第1番

○パガニーニ四重奏団(liberty)LP

同時代にはわりと受けた曲のようでスメタナQなんかも録音していたと思う。超高音メロディラインに低音のとつとつとしたピチカートといったブリテンらしい非構造的にして特有の清新静謐な主題から始まる1楽章(終楽章で回帰する)、しかし序奏部が終わり激しいリズムが刻まれだすと、おおむね東欧ふうのシニカルで現代的な表現が大衆的感覚によって聞きやすくされているといったかんじで、ブリテンならではとかイギリスならではといった部分は少ないように思う。諸所ショスタコをメロウにしたかのような曲想がみられるがここの相互的関係において、特に小規模な曲における共通した感覚・・・削ぎ落とされた抒情・・・が遡ってプロコの民族的な2番緩徐楽章にも共通するところがあり、同時代の色々な要素を吸収して完成されたブリテンという、私にとっては掴みどころの無い作曲家を象徴するようなかんじである。

この団体はオシゴト的な録音も残しているが、序奏部こそぶっきらぼうで乱雑なかんじがするものの、急峻な主部になるとがぜん本領を発揮。やわらかな音でいながら音程感が非常にしっかりしており音のキレもいちいち良い。3楽章あたりではチェロのソロが底から響く音ではないものの最盛期のロストロ先生を彷彿とさせる安定した音色と情緒のバランスが素晴らしい。大人のチェロだ。パガニーニが所持していたストラディヴァリウスだけを使用した団体として、テミヤンカ以外はメンバーチェンジはなはだしく表現もそれぞれで異なっているが、この演奏では楽器の「音響的には浅薄だけれどどこか音色に優しい独特の魅力のある」特性を活かしたところがいい。なかなか美しく聞けます。○。

グラズノフ:交響曲第7番「田園」

○ハイキン指揮ソヴィエト国立交響楽団(MELODIYA)LP

小盤に何故収まるんだと思ったら物凄い速い!完全なるトスカニーニ様式によるグラズノフ、演奏もソヴィエト国立とは思えぬ精度(木管外したりしてるけどモノラルなので目立たない)、盤の状態がひどいので詳細不明ということで○にしておくがちゃんとした音で聴いたら◎にしていたかも。人気ではボロディン的な4番5番やチャイコフスキー的な6番に劣るが、全体の完成度と楽想の豊かさ清新さでは群を抜いているのがこの7番である。ベートーヴェンを模倣したとさえ言われる1楽章から聴く気をなくす向きはこれを聞いてみるとよい。このくらい高速で力強くやられると紛れも無くボロディンの末裔グラズノフ以外の何者でもないことがわかる。スコアを見れば弦楽器のトリッキーな動きなどとてもベトとは程遠い異様な難しさを露呈している。しかしきちんと訓練を積んだプロならヒンデミットの交響曲類のようなすこぶる立体的な演奏効果を与えられるだろう。後半楽章のテンポはやや落ち着くが、演奏自体はそれほどダレた感じはしない。この曲の古い録音にはゴロワノフの名盤があるが、もっと正攻法でもっと西欧的な精度を保ち制御の利いた、それでいて攻撃的な音楽を存分楽しめるだろう。まさにトスカニーニを彷彿とさせる。トスカニーニのロシアものはダレたものばかりだけれど。○。

ルーセル:セレナーデ

○クリュネル(fl)P.ジャメ(hrp)バス(vn)ブランパイン(va)クラバンスキー(vc)(timpani/gramophone)1946/5/24・CD

やや生硬でテンポが前に向かない。鈍感とすら感じられるところもある。何よりSP録音復刻の状態が悪い。でも音に一種典雅さが感じられ、このルーセルの傑作をそれなりにやりきった、とは言える演奏になっている。そう、「やりきった」のであり、手中におさめたうえで何かプラスしようというところまではいっていない。若いアンサンブル、という感じがした。○にはしておく。それにしてもP.ジャメの音はほんとに柔らかく押しが弱い。オリエンタリズム、バーバリズムの表現としては少し普通すぎるかもしれない。初演メンバー。

ラヴェル:序奏とアレグロ

○ピエール・ジャメ(Hrp)キャプドヴィエル指揮フランス放送ソロイスツ(TIMPANI/ducretet thomson)1952/6/16・CD

技巧的にすぐれているからこその変な突出やアーティキュレーション付けがなくさらっと弾きこなせるという意味ではP.ジャメはすばらしい演奏家だったのだろう。ただ・・・これも余り印象に残らない。ティンパニはフランス録音のSP復刻をじつによくやってくれる、しかしめったに新譜を出さないレーベルだが、この音質は改善しがたかったのか。○にはしておく。


ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女(ハープ編曲)

○ピエール・ジャメ(Hrp)(TIMPANI)1948/1・CD

ほんとに無個性というかさらっとした音を出す人です。こんなに淡彩な音の「亜麻色」もないだろう。録音のせいか。○。




ドビュッシー:フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ

○ピエール・ジャメ(Hrp)クリュネル(Fl)ブランパイン(Va)(TIMPANI)1948/7/1・CD

おお、ガストン・クリュネル!!・・・といって結局さらっと聞き流せてしまった。。P.ジャメ含めどうも地味である。録音の悪さ(ぼやっとした悪さ)が拍車をかける。クリアな音であればそれなりに「引きの個性」というものを発揮していたかもしれないが、これはほんとに、まったく印象にのこらない。かといって香気をはらんだ演奏ではあり○をつけないわけにもいかない。○。


ドビュッシー:神聖な舞曲と世俗的な舞曲

○ピエール・ジャメ(Hrp)キャプドヴィエル指揮室内楽協会管弦楽団(TIMPANI/ducretet thomson)1952/6/16・CD

P.ジャメの演奏はどこか地味である。だから逆に静かな曲には調和して美しくやわらかい光彩をはなつ。ただ・・・録音が悪すぎる。悪録音の場合よほどの個性を発揮していないと「ぱっとしない」以外の印象が残らないものである。けして悪演奏ではあるまい、しかし静かで穏やかという以外の感想はまったく出なかった。○にはしておく。


ラヴェル:ピアノ三重奏曲

○ペルルミュテール(P)ゴーティエ(Vn)レヴィ(Vc)(TAHRA)1954/5/7・CD

録音の悪さが如何ともしがたい。しかしこの類稀なる面子による演奏はいずれの奏者もきらめくようなそれでいて力強いタッチで曲を描ききっており、オールドスタイル(といってもペルルミュテールの非情緒的な美しい音に象徴されるようにあくまで「ラヴェルの時代の」である)の演奏としては破格の出来である。技術的にも三者じつにすばらしい。三楽章の冒頭からのチェロの音程がやや低い感じがする。これがなければ◎にしたところだが、録音撚れだろうか。一聴の価値あり、ペルルミュテール全盛の覇気と雅味の感じられる演奏。


リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

○バルビローリ指揮LSO(EMI)1969/9・CD

生涯の最後近くに何という曲を録音しているんだかと思わせるものがあるが、最初は弛緩した発音の、鈍重な解釈という感が強くするものの(といってもドイツふうの鈍重ではなく、ブラスが大きい他は木弦が明るく柔らかい音でぼやっと包み込む感じ)、ソロ楽器が活躍するようになってくるとロンドンオケの面目躍如たるところが出てくる。恍惚的というか涅槃性、更に次第にマーラーを聴いているような、ゆったりと大きく情緒的な表現がバルビらしさを感じさせるようになってきて、この曲の本質以上のものを引き出してきている感を強くする。非常にスケールの大きい、しかし楽天性のもとにゆったりとした演奏。バルビ晩年のスタジオ録音らしさは好悪分かつだろうが、曲がダイナミックな曲だけにこういう柔らかい演奏は逆に耳を惹く。○。


gooホーム(SNS)

http://home.goo.ne.jp/user/r_o_k
だそうです、SNSをいまさら使うかたもいないかもしれませんが、よろしければどうぞ

招待制なのかなあ???そのときは招待しますが。きほんココ基点なので音楽系なつながりのかたならということで。大昔本体サイトでmixi招待しますと書いたけどまったく反応なかったなあ。。

耳が幾つ在っても足り無い

恒例のいいわけです。らくがきに集中していたら頭が完全に画像シフトしてしまい、人間を見ると3Dで骨格と肉付きを把握しようとしたりノイローゼです。楽器はせいぜい三時間くらいで発散して終わりますが、ヱはエンドレスでもんのすごく疲れる、ということを久々に実感しました。体力がなくなってるせいもあるが。山本直樹先生のサイン会に行きましたが(生々しくて難しいテーマだ・・・)、筆遣いに隙がないなあとプロの腕にあたりまえに喫驚したりもしてました。

しかし耳はフリーにしてるかというと、ヱにほんかくてきに取り組んでるわきゃあないので相変わらず異常聴きです(本気モードのときは一切の感覚が麻痺する人なので音や映像の摂取はおろか食事も睡眠もとらなくなります、だから滅多に本気にしないようにしてます、一般勤労者として)。しかし今、メインは溜りに溜まったラジオ録音の消化にあてているゆえ、せいぜい何度も聴いてる音源をPCで同時に再生して書くくらいしかできません。たまたまラジオモードが切れ、更にコンスタントに隙間で聴いてるロックやソウルにも飽きたときには必死で書くのでいきなり増えますが、すいません、クラシックの位置付けはそんなかんじです。そろそろラジオ録音もはけてきたので、新しいエントリをまたコンスタントにあげるかもしれません。まーいろいろありまして結局体壊しました。呪いでしょう。恨みでしょう。身にオボエは星の数ほどあるのです<パクリ

楽器弾いてないことの言い訳でした。仕事が落ち着いてきたので、体治ったら運動とともに再開します。練習再開の時期に間に合うといいなあ。喝老人は80年代ロックに拘りすぎだ。水中のじじょうのうたが60台で終わるとは(ヱが戻ってる)。みうら先生のラップはレモンガスにしか聞こえない。
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