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チャイコフスキー:交響曲第4番

○ルドルフ・アルベルト指揮パリ・フィル(ラムルー管弦楽団)(CFD/ACCORD他)1958/5/10・CD

しっかりした歩みの独欧的なチャイコで、だからこその構造のわかりやすさが目鱗を落とす可能性もある。この曲は全楽章を通しての種々の動機の有機的なつながりや独創的な管弦楽法とその展開方法に着目してきちんと聴くと、チャイコが苦手な向きもそれなりに面白みを見出すことができる。5番のように単純でもなければ6番のように主情的すぎない。フランスはチャイコに冷淡と言われていたが、この演奏では独逸の指揮者を相手に色彩的かつ構築的な演奏を繰り広げており、アルベール・ヴォルフの録音と比べてもきっちりと収まったさまがなかなかに堂に入っている。○。
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マーラー:交響曲「大地の歌」

○ザンデルリンク指揮レニングラード・フィル、バラノワ(SP)ドウェンマン(T)(SELECTMEDIA)1958LIVE・CD

廉価盤で質も悪いがこれが存外いい演奏なのだ。たっぷり歌うザンデルリンクに輝かしいレニフィルの耽美的表現、ロシア語ではあるがじつに堂に入った歌唱陣、とくに告別の最後の詠嘆がいい。自然なマーラーとなっているのがロシアらしからぬ見事なプロフェッショナルぶりといえ、このオケが黄金期を迎えていたことをつたえる。ほかのロシアオケとはレベルが違う、ソロ管の音が違う、ライヴなりの乱れはあるがそれでも弦の音はまぎれもないあのレニフィルのものだ。ザンデルリンクがこういう余裕のある、過度に庶民的にならない表現ができたというのにも感銘。録音は残響過多でやや悪い。○。

マーラー:交響曲第2番「復活」

○バーンスタイン指揮クリーヴランド管弦楽団、ヘイウッド(s)ルートヴィヒ(ms)(BelsonaClassics:CD-R他)1970/7/9セル追悼コンサートlive

一度書いた気もするがもう一回。ベルソナ盤は音(ステレオ)が破格にいいが一楽章最後の下降音形に2小節ほど欠落があるのが惜しい。演奏自体は、ああ、セルのオケを完全に自分のオケにしてしまったなあ、というところ。バンスタのあの独特の伸縮するふにゃふにゃマーラーを徹底させ、独特の感動をあたえ、ブラヴォ大喝采を呼んでいるが、正直セルの磨き上げた弦楽アンサンブルが音色感からしてバラバラと崩れる最初のところでがくっと頭を落とした人もいたのではないか。バンスタ壮年期の復活は生命力に溢れすぎており、キリスト教的な復活を呼ぶ追悼音楽に向かない気がする。もっと後年ならすっと美しい涅槃を織り交ぜることもできたろうが。近視眼的には非常に面白いのは認めざるをえず、楽章ごとに拍手が入るのも仕方ないかなといったところで、○にはしておく。ちょっと終楽章がどうなんだろう・・・もっと求心力が欲しい。

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ブロッホ:シュロモ~ヘブライ狂詩曲

○ロストロポーヴィチ(Vc)アーロノビッチ指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(russian disc)1964/6/16モスクワ音楽院大ホールlive・CD

ちょっと拡散的な演奏で、この曲の強い体臭の醸す内圧を外に出してしまっているように感じた。だからちょっと聴き把握しづらい冗長感があり、ソリストの醒めた音とオケの抜けのいい透明感が、近代音楽としての清新な魅力は引き出しているものの、ブロッホが自らに課していたユダヤ民族としてのアイデンティティを全く感じさせない演奏ぶりはどうなんだろう、と思ってしまった。○。

ババジャニアン:チェロ協奏曲

ロストロポーヴィチ(Vc)コンドラシン指揮モスクワ・フィル(russian disc)1964/3/13モスクワ音楽院大ホールlive・CD

どうにも評しようのない現代曲だが、こういう曲も手を抜かずしっかり表現することができた万能の人ロストロ先生。オケはなかなかの集中力。いちおう○。

tag : ロストロポーヴィチ コンドラシン

ボリス・チャイコフスキー:チェロ協奏曲

◎ロストロポーヴィチ(Vc)コンドラシン指揮モスクワ・フィル(RUSSIAN DISC)1964/3/13モスクワ音楽院大ホールLIVE・CD

これは名演!ボリチャイは数珠つなぎの線的な音楽を書くが、ここでは点線でしかないオケ部を終始ソリストが実線でつないでいく、いわばソリストの音楽の効果音的補強をオケがやる、といった風情であり(曲名はチェロと管弦楽のための協奏曲、が正式名称だが)ロストロの見事に一貫した表現がともすると浅薄なカリカチュアのパッチワークになりかねない作品をきちんと音楽的にとりまとめている。とにかくこの大作をよくやりきった、というかんじだ。フィナーレ最後の音を吐き出すときの何とも言えない気合い声に並みならぬ力の入れ具合も窺い知ることができる。3楽章など乱れなくもないがそういうところで高いテンションでバックオケがサポートするあたりコンドラシンらしさもある。長大な新作にしては客席反応もよい。◎。

ヒンデミット:チェロ協奏曲

○ロストロポーヴィチ(Vc)アーロノヴィッチ指揮ソヴィエト放送交響楽団(RUSSIAN DISC)1964/6/16モスクワ音楽院大ホールLIVE・CD

ソリストオケ共にやや荒いか。超難曲ではあるがオケが雑になりがちで、色彩感は出ているもののいささか拡散的でもある。わりと聞きやすいほうの作品ではあるがソリストにもそれほど思い入れがないのかもしれない、やや冷たい。○。

ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番

○ロストロポーヴィチ(Vc)スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(RUSSIAN DISC)1966/9/29モスクワ音楽院大ホールLIVE・CD

名技性より作家性が先にたった典型的なショスタコ作品で、技巧を聴くコンチェルトではなく、外面的な皮肉と内面的な諦念の描き方を聴くものであるが、それでもやはりパッションの超絶技巧にあらわれた3楽章カデンツァ(この人の無伴奏は独壇場、やはり素晴らしい)~4楽章の荒くれぶりにはロストロポーヴィチという超人とスヴェトラーノフ・国立響という野獣の殴りあうようなアンサンブルに改めてソヴィエト後期楽壇の凄まじかったことを思い出さされる。この二人の相性はこの段階では素晴らしくよい。表現のベクトルがあっている。ごく一部ロストロにテンポのたどたどしさを感じさせるところもあるがこのくらいは仕方ないだろう。ショスタコ独特の構成感を完全に手中におさめたスヴェトラのサポートはもはやサポートの枠をこえ交響曲的な構築性すらありロストロはその中の主役という感もある。ショスタコ耐性のない人にどう聞こえるものかわからないが、ソリストオケ共にライヴとは思えない高精度ぶり、囲む異様な雰囲気にソヴィエトでは余り聞かれないブラヴォ拍手には何か感じ取れるものがあるのではないか。○。ロストロの音は純度が高く綺麗だがやや音色の多彩さに欠ける気もする。録音素晴らしい。

フランセ:ヴァイオリン協奏曲

長沼由里子(Vn)作曲家指揮モンテ・カルロ・フィル(EROL)CD

晩年の自作自演記録でご本人とても喜んでいたそうであるが、正直創意の衰えの感じられる冗長な作品であり、演奏も楽想の楽天性に反しいたって冷たく、往年のエスプリがいっそう感じられないものに聴こえてしまう。私の盤評は作品評価と演奏評価を敢えて明確に分けていないが、このような殆ど他に録音のない作品もしくは演奏について評価をきちんと分けるのは(自分で演奏でもしない限り)不可能だと思うからで、このような作品に演奏では、まさにそこが難しい部分でもある。

印象だけを端的に言うなら「ベルサイユ宮殿」である。聴けば意味はわかるだろうか。技巧をひけらかすだけでまったく新味のない1楽章、もともと不得意な緩徐楽章の凡庸さ(一部響きに先鋭さは伺えるが余りに一部である)と前半楽章に見るべき部分は無い。3楽章がこの曲で最もフランセらしいシニカルで個性的なスケルツォで、冒頭からの奇怪なカデンツァに洒落た主題の展開は往年のフランセの作風を彷彿とさせて面白い。4楽章もフランセらしいといえばそうだが、ちょっとプロコっぽい。緩徐主題には魅力的な暖かさが感じられる。

無印にするに忍びないと言っても、これを弾きたがる人がいるのかどうか、4楽章制の長大な作品なのに新味を感じる部分が僅かしかない、そういう印象を残す演奏でもあり、やはり、無印にしておく。

ストラヴィンスキー:兵士の物語(上演版全曲)

◎マルケヴィッチ指揮アンサンブル・ド・ソリスト、コクトー(語り)他(PHILIPS)1962/10/4-8・CD

予め「音盤」として聴くように仕立てられた「演劇」であり、種々の道具立て含め万全の作りなのは当然、録音も最高、音楽部分だけ聴いてもスリリングなアンサンブルを楽しめるが、やはり「劇伴」として演者と効果音の中に聴くのに適している。音楽は演者と不可分に絡み合い丁々発止にやり取りしているのだ。フランス語なので私はいささか聞きづらいが、それでも情景の手に取るようにわかる盤で楽しめた。演奏者の技量も高く、室内楽の鋭いアンサンブルがギスギスせずに音楽的に渡り合い響くのは指揮者付であるせいだろう。ロシア的というかアゴーギグきつめだが不自然にはならない。まさに情景に付けた音楽であり、音楽単独で聴くべきではないのだが、最後のドラムがやや軽くメロウなのは好みか。演劇音盤の見本。◎。

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

○コンドラシン指揮ロス・フィル(HarvestClassics:CD-R)1981/2/22live

コンドラシンのドライで表面的な派手さを兼ね備えた音楽がアメリカオケの浅い響きと悪い方向にシンクロして前半は余りノれない。この時期に時々あった状態であり、コンドラシンの海賊盤でも余り人気がない時期であることがうなづける。ヴァイオリンのソリストがめっぽう巧いが、それ含めて表層的で乾いている。ただ、徐々にかつてのマーラー録音を思わせるボリュームが出てきて、湿度が上がっていく。オケもマーラーは相性のいいゆえ似合っているようだ。響きにまろやかさが加わるものの、途中からステレオ録音(エアチェックだろう)の左の音量が落ちバランスが崩れる。しかし、ロシア式のブラスのぶっぱなしがアメリカオケのブラスの強靭ぶりを引き出し、圧倒的な表現から静かにおさまるフィナーレのさまは、余情はないが、まあまあいける。個人的に無印でもいいと思ったが、演奏的には○だろう。録音もまあ、エアチェックものにしては比較的評価できるものだろう。

コープランド:交響曲第1番

○作曲家指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1960LIVE

硬派な大曲ほど熱気が必要だと思うのは私だけだろうか。初期に先鋭な作風の完成をみてのち古風な作風に立ち戻った作曲家は二十世紀に数多いが、コープランドもまた(後年でも硬派な作風を使い分けてはいたが)その一人だった。この作品は三番のような人好きする顔はしていない。しかし、短く引き締まった構成、高度に抽象化された独自の「アメリカンモダニズム」の隙のなさにはなかなかに耳をひかれるものがあり、プロフェッショナルなわざが光る。なるほどアイヴズをアマチュアとヤユするほどのものがある(コープランドは実のところ異能アイヴズを嫌いはせず指揮記録も残しており、晩年にアイヴズによせたような小品も書いている)。もちろん一般的に勧められるものは少ないが、ここには熱気があるからかなり救われている。たぶん実演であれば現代ものに慣れない向きも違和感なく入りこめたろう。舞踏リズムの高揚感はわかりやすい旋律をともなわないものの後年のバレエ作品を予告するような煌びやかさをはなち、このライヴにおいては腕ききのBSO相手に思うがままのドライヴをきかせて一種娯楽的な印象すらあたえる。静謐な音響表現は後年ほど単純化されないがゆえ魅力的だが、ボストンの冷たく正確な表現がはまっている。ともすると客観分析的にすぎる指揮を行いがちなコープランドだが、オケがそのぶん補っているようにも思える。ブラヴォが一声とぶ。音劣悪。○。

チャイコフスキー:交響曲第3番「ポーランド」

◎スウォボダ指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(CHS他)LP

爽快に抜けのいい録音と割りと垢抜けた明るい表現で、元気よく進んでいく。ノリのいい弦に洒脱な木管、楽曲的に構造の厚みはないが流れ上の細かい仕掛けのおもしろさをなかなかきっちり聴かせる。1楽章は激しいアタックに彩られた色彩的な演奏で、丁丁発止のアンサンブルの面白さを堪能できる。ここでのオケは非常に表情豊かなのにほつれはなく、弦は素晴らしく揃い、ほとんどVPOぽい精度をみせている。民族性の欲しい中間楽章ではやや垢抜けすぎている気もするが、美しく魅力的な音色にごまかされてしまう。いや、録音優秀である、下手にステレオでないほうがいい。移調転調が明らかで、チャイコフスキーはそこがきっちりできるかどうかで書法的魅力を引き出せるかどうかが決まるのだが、下手な楽団がやるとぐちゃぐちゃになり単なる旋律音楽に聞こえてしまう。3番が受けないのは旋律がやや弱いため、そのあたり難しくなってくるのだと思うが(チャイコにも責任はある)スウォボダはよくわかっている。でもまあ、やっぱり冗長感は払拭できないか。弦の緩徐主題になるとウィーンのあの感傷的な音色にボリュームたっぷりのフレージングが引き戻してくれるが。バレエ音楽ふうのスケルツォでは各声部の細かい音が粒だちアンサンブルがきわめて明瞭に繰り広げられ色彩感が素晴らしい。どんくさ指揮者スウォボダの印象を覆すリズム処理の上手さも光る。こういう巧さ含め、エーリッヒ・クライバーぽいなあ。終楽章は鋼鉄の歩みに激しいアタックの加わる期待どおりの力感あふれるものだが、弦にウィーン的な薄さ起因というか音色的なバラケが出る。オケの性向上のもので仕方ない。それでも後半は録音バランスでうまくごまかされているようだ。弦中心の録音で生々しい擦弦音がスリリング。クレンペラー的なスピードと迫力すらある行進主題が回帰するごとに厳しさを増すが、この曲ではなかなか披露の場のないレガート表現を展開部の長い音符に無理矢理突っ込みながら壮麗なフィナーレへといざなうさまが素晴らしい。弦以外が引きにとらえられているためスケールに若干欠けるのが惜しいが、これはポーランドの紛れもない、西欧における名演のひとつである。最後に激しすぎてごちゃごちゃ崩壊してもかまうもんか。◎。

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エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(BRILLIANT)1956/10/4LIVE・CD

エネスコが完全に前時代的な国民楽派の作風に立って書いた佳作だが、わりと垢抜けた表現もできた人であるガウクはロシアの方法で田舎ダンスとして描くよりも音響のすっきりした洒脱な現代作品に昇華された音楽的表現を目しているようで、少々スピードを煽り過ぎて装飾的パセージによる微妙なリズムが明確に聞こえないところもあるが(こういうのはほんと他国の楽団には難しい)、とくにブラスの異様な技巧的表現とハープの幻想的な分散和音が盛り上げるあたりはかっこいい。起伏に欠けるきらいもあるし弦にはもっと迫力がほしかったが、悪くはない。ゴステレラジオ音源。残響付加の過大なモノラル。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

○セル指揮WDRケルン放送交響楽団(EMI)1962/11/16LIVE・CD

冷たく硬質の海が聴ける。荒れ狂う波頭のひとつひとつが綺羅色に輝く金属でできているようだ。ギリギリ引き締められた音楽はもう少しで内部崩壊してしまいそうな内圧をはらみ、重心の低い音響は描写音楽の枠をこえ最後には交響曲のフィナーレのような凄まじい表現にいたる。しかし、、、セルはいくぶん柔らかく暖かい音を出すレガート傾向のオケのほうが中和されてほどよく聴ける気がする。生で聴いたら度胆ぬかれるだろうけど、この迫力と精度は。

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

◎ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(BRILLIANT/REVELATION)1958/12/21LIVE・CD

不当に評価の低い曲だが、そもそもショスタコの交響曲と先入観を持って聴くからいけないのだ。ロシア国民楽派におもねりながらもショスタコの影響を受けた職人的作曲家の大作とでも思って聴けばいい。すこぶる演奏効果の高い密度の濃い作品である。ガウクはひたすら演奏効果を狙うというか、この筋肉質の情念を完全燃焼させつつも、織り交ざる死の静寂には繊細な音響をやさしく響かせる。とてもわかりやすく、無理なく、無駄なくドラマを組み立て、聴き始めたらあっという間である。多彩な作風のモザイク的な座りの悪さもきちんと整え取り纏められているので気にならない。凝縮的であり、最後まで厳しく統制されている。名演。ゴステレラジオ音源。かなり残響を付加したモノラルで低音打楽器が凄く響くがバランスはいい。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(BRILLIANT)1957/4/12LIVE・CD

ゴステレラジオ・ファウンデーションの正規音源によるガウク・ライヴ録音集成より。廉価盤なりの軽さが感じられやや残響付加気味の音場の小さい録音だが聴きやすい。ガウクはドラマチックである。性急で力強い同時代西欧で流行ったスタイルにスピードや発音は近いものがあるが、もっと主情的で、男らしいロマンチシズムが感傷におぼれることなく支配している。弛緩することはまずなく、その点でムラヴィンに近い感もあるが、あそこまで抽象化しないため、その親しみ易さがゆえに素人はのめりこみやすい。だが、この演奏には更に悲愴感が強い。けして重く引きずることはないが、強く慟哭するような表現の交じる1楽章、暗い攻撃性の支配する2楽章、悲しみに対する何故という問い掛けをひたすら歌い続ける3楽章、ライヴゆえか異常なテンポで突き進み崩壊しながら「見せ掛けの頂上」へアッチェルしていき、しかし苦難から大団円へというそのあとも楽想を余り描き分けず、暗い情熱が強い内圧となって弛むことなく音楽を持ち上げるのみの4楽章、戸惑い気味の拍手は曲に対してのものであるにしても、単純でない、ガウクなりの時代への思いがかなり出ているように思う。アンチェルよりはムラヴィンであり、コンドラシンよりはスヴェトラであり、音は悪いがひとつ見識として聴ける。○。

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

◎デュ・プレ(Vc)メータ指揮ベルリン・フィル(Lanne:CD-R)1968/8/4ザルツブルグlive

これはデュ・プレの遺したドヴォコン極上の名演だと思う。とにかく旋律表現が素晴らしいし、技術的にも(録音起因で聴こえづらい低音域はわからないが)全く瑕疵の余地がない安定感がある。指揮オケ共にサポートも万全で、デュ・プレの歌いに歌い詠嘆を頻繁に交えた絶唱・・・特に緩徐主題の有機的に紡がれるロマンといったらない・・・ときちんと組み合って全く齟齬を生じさせない。線の細いデュ・プレの音はしかし自在に色を操り非常な伸縮を自然に織り込んで、特にまるで挟肩楽器の協奏曲を聴くような高音域での歌いこみには余人を寄せ付けない。一種神がかったものを感じる。ロストロ先生のものは日常的な超名人芸だが、これは殆ど一期一会の奇跡のように思う。ただ、録音がやや悪い。でも、◎。多分正規化されるだろう。

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マーラー:交響曲第2番「復活」

○クレンペラー指揮ウィーン・フィル他、ヴィシネフスカヤ(Sp)レッスル・マイダン(Msp)(M&A他)1963/6/21live・CD

近年M&Aで集成された盤には良好なリマスタリングの施されたものが収録されているが、撚れなど聞きづらさを感じさせるところが依然ある。決して良好とは言えないモノラル録音。同盤では拍手カット。演奏はさっさと進みあっというまに原光、終楽章もどんどんテンポがあがってインテンポで突き進んで終了する、50年代まで特徴的だったクレンペラー式即物解釈が依然聴かれる。クレンペラーの復活はかなり数があり、時期によってテンポ設定が極度に変化するがこれはまだ壮年期の解釈を残している。だから、ちょっと物足りない。安定感に裏づけされた力感はあるのに、つんのめって終わるような尻切れ的な印象がどうも・・・である。後年の威容を誇る解釈まではまだ数年の時間がいるということなのだろう。ウィーンのオケを使っているところもまた評価できない。ウィーンふうの横ベクトルの音楽とクレンペラーの縦ベクトルの音楽が、結局前者に流され中途半端になってしまっている。若干の甘さが音以外にアンサンブルにも散見される・・・もちろんクレンペラー的には、だが。歌唱は特に癖もなく素直に聴ける。それほど取り立てて言うほどの演奏ではないが、いちおう○。昔tahraの何かの盤に、当時出ていたクレンペラーの復活の録音時期と録音時間による比較表がついていた。まあ、単純に長くなっていくだけであるが。

シベリウス:交響詩「タピオラ」

○アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団(DECCA)1963/11・CD

描写的な部分を含む和声音楽音響音楽を指向するシベリウスがフランス印象派に接近したのは当然の帰結である。未だロマン派的作風を保ちながらも後半において繊細な響きのうつろいによる抽象的な世界を描こうとするさまはまさにドビュッシー以降のものであり、アンセルメは的確にとらえフランス風の仄かな軽さを持ち込んでいる。○。
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