つなぎの更新

さいきん楽器弾いて無いなあ。時間とか余裕とか体調とかそういうことじゃなくて、占有されてしまう脳の部分がけっこう広いので(右も左も)、それなりに年とってくると楽器弾くなら絵描けなくなるとか、クラシック聴くならロック聴けなくなるとか、いろいろあるんだなあと思います。今はクラシックは殆ど聴かないし(聴きたい気はあるけど短い曲しか無理)楽器も弾かないですねー。絵と楽器はほんと、共に脳内に広いテンポラリ領域を必要としているので、今やっと絵リハビリを始めたところなので、楽器は弾かないほうがいいのだ。あと、物凄い勢いで本読んでる。マンガとか読まないなあ。好きな作家さんが限られているのだ。もう青年以下向けマンガは駄目だなあ。

クラシックじゃない記事は書いてたりする。
SWING OUT SISTER 新譜の「自主PV」二本を発表

絵リハビリはこんなかんじ。
<風流>怪奇漫画落之書
まあいつかは本気でちゃんと描かなきゃだめだとは思ってます。今は湯水のように出てくるものをとにかく書き留めるのがせいいっぱい。

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TREview

TREview謎過ぎる。上記「クラシックじゃないブログ」MUSIC_COMPLEX=r_o_k、トラバ機能が無いので、しちめんどくさい代行送信(blogpeopleのブログぴんぴん使用)を一記事だけやってみたところ、いきなりランキングが上位にきている。IN/OUTがもう余り重視されてないのはわかるけど、アクセス解析してもこのブログにそんだけ評価が上がるアクセスはなかった筈なんだよね・・・評価ポイントがよほど偏っているんだろうか。
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ディーリアス:ピアノ協奏曲

モイセイヴィチ(P)サージェント指揮BBC交響楽団(Guild)1955/9/13プロムスlive・CD

僅かに旋律や和声に工夫を加えた偽グリーグと言ってもいい三流ロマン派ピアノ協奏曲。ディーリアスを聴くには物足りなさこの上無い古臭い脂肪のついた重い楽曲だ。短い単一楽章であることが救いか、いや物足りなさに拍車をかけるか。モイセイヴィチの演奏は無難。なんか書くことが思いつかない。録音悪。無印。

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クレンペラー:メリー・ワルツ

ストコフスキ指揮ニュー・フィル(imp,carlton,BBC他)1974/5/4クレンペラー追悼live・CD

最近のものはともかく、昔の録音は自作自演とこれくらいしか知られていないと思うのだが、クレンペラーはウィーンが好きだったんだなあと思わせる楽想で、同時にマーラー時代のシュトラウス演奏を知っている世代なのだなあとも思わせる雰囲気をもつ。しかし何せストコだ。演奏は拡散的で、ぐずぐずとまでは言わないが締まりはなく、ワルツに聞こえない。鋭いリズムの打ち出しにくいブラスを中心としてリズムが構成されている楽曲自体の問題もあるにせよ、ストコはオケのブラスを必要以上にブカブカ吹かせるので、曲の悪い部分が更に浮き立ってしまう。仄暗い雰囲気や旋律の魅力をちゃんと引き出しているとは言えない。無印。

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ワグナー:歌劇「マイスタージンガー」1幕への前奏曲

○モントゥ指揮ボストン交響楽団?(DA:CD-R)1962/8/11live

この史上最強の完璧な構造物に対しモントゥの施していく立体的な彫刻はじつにぴたりとあう。完全に組み上がったパズルが、モントゥの独壇場とも言える軽やかで明瞭なリズムと律動によって盛り上げられ、この曲の聞かせどころである対位的書法の何とも言えないスリリングな表現ぶりは最高。明るく愉悦的な雰囲気満点である。ただ軽さが軽薄さと捉えられる向きもあろう。ナチが歪めた民族主義的イメージと楽曲の格調というかガチガチ感から違和感を感じる向きもあるかもしれない。だが内容的には軽い曲なわけで、まあここまで軽いと何だか別のラテン舞曲のようだけれども、録音のせいという気もしないでもないし許されるのではないか。放送ライヴなりではあるがステレオ。○。

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ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第6番

○ボールト指揮BBC交響楽団(BBC,imp,carlton他)1972/8/16プロムスlive・CD

初演コンビによる演奏。これは47年に完成されたが第二次世界大戦中に着手されたもので、輝かしい5番と対照的に暗く謎めいていながら48年4月21日初演後一年間に世界中で数百回演奏されたという。クーセヴィツキーによるアメリカ初演や弟子格のストコフスキによるNY初演も含まれる(前者はリハ、後者は恐らく実演と思われるライヴ録音がある)。特に「ヒロシマ・ナガサキ」と強く結びつけて受け止められた。終楽章について核戦争後の世界を描いたのではないかという声などに対し、作曲家は答えなかった。この楽章はロンドン大空襲とも結びつけて考えられている。

ボールトはストコフスキによる1948年2月21日世界初録音の二日後に初録音している。但し同曲の三楽章は50年に改訂されている。その後も複数の録音がある。これはボールトにとっては晩年の記録だがこの人らしくブレは無い。寧ろ弛緩なく硬質の組み立てが曲想に合っていて、過去の同人の記録よりも板についている。かつての手兵BBC響の性向もこの鉄鋼製品のような曲向きなのだろう。

後期のささくれ立った作風によるこの曲は音響的なフレーズや非旋律的なアンサンブルが弾き難さを示す、RVWには珍しいともとれる構造を示している。ただそれは弦楽器だけのことかもしれない。むしろこの人の興味が打楽器とブラスに移行しつつあることを感じさせる。聞かせどころはやはりうねうねと細かと動く弦楽器の上で派手にぶっぱなす大音量の楽器たちにあるのだ。

1楽章は全般に派手めであるとして2楽章など平坦なスコアの上に突然鳴り響く警鐘をどう効果的に響かせるか、3楽章スケルツォは唯一娯楽的な楽章(ゆえに皮肉を暗示しウォルトン的な印象をあたえる)で乱痴気騒ぎをどうリズミカルに表現しジャズ風の崩しを聞かせるかにかかってくる。

このあたり、ボールトはおとなしい。古い録音はブラームス的な指揮者に対してモダンなこの曲はちぐはぐで違和感を感じさせるものに仕上がっていて(しかし初版から録音も初演もボールトなのだ)、硬質のアンサンブルが組み立てられず重い音響が常に曲とずれたような感覚を覚えさせた。この録音はそれらに対してかなり俊敏で違和感のないものになっているが、ボールト自身の興味がないのではないかと思わせるところもある。即ち2楽章はロマン派の解釈流儀に従い機械的に起伏をつけられ、非論理的構造を無理にあてはめようとして却って強い効果を失っている。3楽章は余りに真面目だ。まったく崩しがなく裏返った発音もなく、型にはめたようである。色がない。BBCオケ自体の音に色がないのではなく、解釈がそう指示しているように聞こえる。ただこの二つの楽章とも全体構造からして、また全体解釈からしては間違ったものとも思えず、また、戦車のキャタピラをあからさまに模倣する2楽章や敵国の戦勝パレードをあからさまに描写する3楽章など稚拙な陳腐さ極まる発想(ロンドン交響曲と同じようなものだが)を抽象音楽に昇華させようとする配慮に聞こえなくも無い。

しかし、4楽章にいたっていきなり強く叙情性が出てくると、ボールトはやはりこれまでの中間楽章には興味がなかったのかもしれないと思う。弦楽器のスラーのついた静かな起伏はまさに田園交響曲や5番の世界であり、木管とシロフォンの美しい響き、これはホルストの惑星の緩徐楽章そのものでもある。3楽章で敵国に蹂躙されたロンドンの廃墟にのぼる月、といったこの楽章の意匠と言われるものが、ここでは別の形で抽象音楽に昇華されている。思索的と言っても晦渋な思想ではなく、心象的なものだ。この楽章でしっかりしめているところにボールトの読みの深さを感じる。

それにしてもやっぱり通常一番の聞かせどころである3楽章でもっと派手にやってほしかった。○にとどめておく。録音最上。

しょうじきわかりにくい

リニューアルしたTREviewブログランキング(レビュー専門トラックバックセンター)が正直わかりにくい。評価ボタン設置義務付けはいいんだけど、コピペで設置していたらそれではカウントされないとのこと。トラックバックとボタンが常に対になるようにしないと意味無いらしい(TBのみ送られるだけ)。いかんですよ。試しに過去記事にかなりボタン貼ってたんですが、カウントされないボタンがかなり含まれておりますが、とりあえず押していただけるとランダムで喜びます。て何ちゅう言い草。。

いくつかここに書くべき話題があったと思うのだが忘れてしまった。携帯から更新しなくなったので(エントリ数が減ったのものそのせい?)出先のその場その場でメモ、というかんじの記事がなくなったせいだなあ。もともと自分用の美貌もとい備忘ブログなので、本末転倒だけど、まあいいか。

DOCUMENTの廉価ボックスシリーズがスリムケースで更に半額くらいで出始めましたので前に買い忘れた骨董マニアはチェックチェック。オーマンディありますよー。古くても迫力のあった録音の復刻状態はおすすめしないけど。andanteの高価ボックスシリーズが全部ではないとはいえ2000円切る値段で売り出されました。これは噴飯もの。1万円オーバーとか、何だったんだろう。それに比べればかわいいものとはいえAltusにはもう期待していないとはいえあの値段で在庫吐こうとしてるのはどうなんだろう、中古屋が成り立たないというか中古屋に売る気がしなくなるというか新譜まで買い控えをしてしまうという悪循環ですよ。どうなんだタワレコ。TDKの日本公演ものも安いよね。あとアマゾンジャパンの商品送付が遅すぎる件。アメリカのamazon.comのほうが安くて「早い」のはいかがなものか。マーケットプレイスものは特にだめです。業者任せの部分もあるからいちがいにはいえないけど。

ここまで書いて思い出せるかと思ったのだが思い出せない。あ、マスネーっていマスネー?・・・引かないでください。鈴木鼓村(筝曲京極流創始者)が洋楽についてもいろいろ書いていて、この人怪談も好きだったんですけど、マスネ没後に劇場に幽霊が出没するようになって上演者たちが困ってる的な文章がありました。原文は載せてませんがこちらに「ほんとに」ちらと書いたので>うちの雑談ブログ

原文は復刻本で容易に読めるんじゃないかなあ。この時期にはふさわしいネタかと。

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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

○グラフマン(P)モントゥ指揮ボストン交響楽団?(DA:CD-R)1961/8/19live

ソリストは明るく若々しすぎる感があるが、技術的にはあっさりそつなく弾きこなせるほどの高いレベルにあり、かなりのスピードを維持しながらも明瞭なリズムと重みある音響による表現の綾がすこぶるはっきりと聞こえてくる、モントゥらしさも同時に現れた演奏。ただ、全般(とくに2楽章)単調というか優等生的でもあり、個性がぶつかってくる演奏ではない。ドライにてっした演奏でもなければでろでろのロシア節でもなく、インテンポ気味で分析的な部分のみられる解釈ぶりはどちらかといえば前者だが、モントゥ自身のチャイコの交響曲演奏ほどではなく、それはピアニストとの兼ね合いによるのかもしれない。個人的にはこういうモントゥのロシアものなら聴くに堪える。篭り気味のステレオ。かなり聴衆反応がよく、1楽章の最後でも盛大な拍手が入るのはご愛嬌。○。

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(参考)グラフマンのラフ2はバーンスタインとのものが正規録音されている。但しこのカップリングは分が悪い。グラフマンは他曲でもバーンスタインと共演したものがある。
チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第1番
ギレリス(エミール)
ソニーレコード

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モントゥ単独のラフマニノフ指揮は断片がボックス収録されているが値段的に一般的ではない。レビューはこちら
Sunday Evenings with Pierre Monteux

Music & Arts

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(注)Sunday Evenings with Pierre Monteux1941-52という題名のボックスは茶色い色調のM&A CD1192というのが正しいようです。青くてカニ持ってるのも多分同じですが確かめていません(茶色いほうが再発?)。

シベリウス:交響曲第5番

◎アンソニー・コリンズ指揮ロンドン交響楽団(DECCA)CD

シベリウス録音においてモノラル時代並ぶ者のいなかったコリンズの極めつけの一枚。ラジオでもさかんに放送され、ここまでまっとうにカタルシスを得られる演奏というのは他にない。もともと扇情的なこの曲に限らず初期から晩年作まで、全て例のトスカニーニ様式的な力強さと歌いっぷり、ではあるが男らしいというか雄渾で高潔な指揮ぶりは、シベリウス受容において世界一であった英国においてもビーチャムを凌ぐ魅力っぷりは否定できない。構造的な部分の鮮やかな組み立ても「スコアの読める」指揮者であることを再認識させる。まったく、モノラルという限界さえなければバルビローリですら奇演と聞こえたろうに。◎。全集が廉価で手に入るようになっている。お勧めで無いものはない。凄まじいのに聴きやすい。これだけだ。

シベリウス:交響曲全集
コリンズ(アンソニー)
ユニバーサル ミュージック クラシック

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ウォルトン:戴冠式行進曲「宝玉と杖」

◎プレヴィン指揮ロイヤル・フィル(TELARC)CD

「王冠」よりはマイナーだが同じく色々な式典で使われる名行進曲である。比較してややメロウで感傷的であるかもしれない。現エリザベス2世の戴冠式用行進曲。この演奏は併録「王冠」よりも更に迫力があり、なまじ二番煎じ(威風堂々を一番茶とすれば三番?)の曲なだけにこれだけ威力を発揮する輝かしい演奏は◎にしなければならないと思わせるものがあった。

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ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」

○プレヴィン指揮ロイヤル・フィル(TELARC)CD

エルガーの跡を継ぐ名行進曲としてブラスバンドでも頻繁に取り上げられる、非常に演奏効果の高い曲だが、ここでもカップリングの交響曲第1番と比べて比較にならない迫力ある表現がとられており(「ロイヤル・フィル」ですからね)感情的効果の高いものになっている。弛緩もせっかちさもなく、これでしかありえない、という気高くも浮き立つ気分が素晴らしい。かといって他にもこのくらいの演奏はあるので最高評価にはしないが、引いたような交響曲の演奏スタイルとのギャップがあった。

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ウォルトン:交響曲第1番

○プレヴィン指揮ロイヤル・フィル(TELARC)CD

イギリス20世紀産交響曲で1,2を争う名作とされるが、プロコフィエフ的に分断され続けるシニカルな旋律にシベリウス的なキャッチーな響き、壮麗で拡散的なオーケストレーション(弦のパートが物凄く細かく別れたりアンサンブル向きではない華麗だが細かい技巧的フレーズが多用されたり)が、粘着気質のしつこく打ち寄せる波頭に煌くさまはちょっとあざとく感じるし、最終音のしつこい繰り返しも含め、長々しくもある。改訂で単純化というか響きを軽く聴きやすくされたりしているようだが、演奏スタイルも両極端で、ひたすら虚勢を張るような音楽を壮大にしつこく描き続け(て飽きさせる)パターンと、凝縮的かつスマートにまとめて聞きやすくさっと流す(ので印象に残らない)パターンがある。

そもそもライヴ感があるかどうかで印象が大きく違う。ロシアの大交響曲のように、ライヴでは力感と緊張感でしつこさを感じさせない曲なのである。ただ言えるのはよほど腕におぼえのあるオケに技術を持った指揮者でないと聴いてられない曲になってしまう恐れが高いことである。

プレヴィンの新録は日本では長らく手に入る唯一の音盤として知られてきた。RVWの全集など英国近代交響曲録音にやっきになっていたころの延長上で、RVWのそれ同様無難というか「整えた感じ」が「素の曲」の魅力の有無を浮き彫りにし、結果名曲とは言いがたいが演奏によっては素晴らしく化けるたぐいの曲では、図らずも「化けない」方向にまとまってしまう。旧録のLSOに比べロイヤル・フィルというあらゆる意味で透明なオケを使ったせいもあろうが、凝縮というより萎縮してしまったかのように表現に意思が感じられず、プレヴィンの技のままにスピーディかつコンパクトにまとめられてしまっている(この稀有壮大な曲でそれができるプレヴィンも凄いとは思うが)。ライヴ感が皆無なのだ。ステレオ録音の音場も心なしか狭いため、50年代押せ押せスタイルならまだしも、客観的スタイルでは入り込めない。

4楽章コーダの叩き付けるように偉大な楽曲表現にいたってやっと圧倒される思いだが、1楽章冒頭から長い序奏(構造的には提示部?)の間の次第に高揚し、主題再現で大暴れするさまがもっと演出されないと、両端のアーチ構造的な「爆発」が「蛇頭龍尾」という形に歪められてしまう。スケルツォと緩徐楽章はこのさいどうでもいいのだ。形式主義の産物にすぎない。いずれ後期プロコフィエフの影響は否定できないこの曲で、絶対的に違う点としての「無駄の多さ」が逆に魅力でもあるわけで、無駄があるからこそ生きてくるのが壮大なクライマックス。無駄を落としすぎているのかもしれない。

かなり前、これしか聴けなかった頃はよく聴いたものだが、録音のよさはあるとはいえ、もっと気合の入った、もっと演奏者が懸命に弾きまくる演奏でないと、複雑なスコアの行間に篭められた(はずの)真価が出てこないように思う。入門版としては適切かもしれないので○にはしておく。カップリングの有名な戴冠式行進曲2曲のほうは非常におすすめである。ひょっとして録音が引きになりすぎているのかな。プレヴィンはモーツァルト向きの指揮者になってしまったのだなあ、と思わせる演奏でもある。だからこそ、1966年8月録音のLSO旧盤のほうが再発売され続けるのだろう。

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(参考)LSO盤
ウォルトン:交響曲第1番
プレヴィン(アンドレ)
BMG JAPAN

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ウォルトン:作品集
オムニバス(クラシック)
BMG JAPAN

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;同じ録音だがカップリングが違う。

プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第2番

○エンドレス四重奏団(VOX)LP

この団体らしく解釈の手堅さを置いてなお50年代スタイルの雄渾な表現に惹かれる。モノラルでアナログ、スケールが小さな演奏に聴こえがちなのは仕方ないが、この作品は前期の1番とは違い晩年のちょっと分裂的な境地を示す難しさがあり、ただ楽天的に民族的な音楽をかなでているかといえば、ショスタコ的にそれを断ち切る悲痛な叫び、あるいは小声の謎めいた独白がぞくっとさせる。非論理的とすら感じるその構成はやはり、円熟した団体にしか解釈しきれない部分もあるかと思う。この時点でこの団体はまだ、そこまでは至っていないのか。ちょっとハリウッド四重奏団的ではあるが、あの団体の即物性を思うとこの演奏のほうがより真に迫っているとは思う。○。団体自体は一般的にはそれほどメジャーではないが息の長い活動をしているようで録音もままある。

1番

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プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第1番

○エンドレス四重奏団(VOX)LP

プロコフィエフ屈指の美旋律に貫かれた曲である。殆どがファーストによって歌われるがゆえに(かといって非常にマニアックに作りこまれた内声部の独特の構造こそが聴き所でもある)「音質」というのは非常に重要で、これは室内楽とくに弦楽アンサンブル録音全般に言えることだけれども、アナログに勝るものはない(アナログに対してデジタル以外何があるかとかいう突っ込みは無視)。音の厚み、ざらざらした肌触り、柔らかさは絶対条件だ。弦楽器ならではの横の流れで有機的につながっていくべき音楽を、断ち切るようなエキセントリックな変化が要求されないかぎりデジタルの「断続的な音」はそぐわない。「音」が出来た上でアンサンブルとしての正確さにプラスアルファ解釈が伴えばいい。キンキン金属質の鋭く耳にきつい、つるつるした音で、ただ譜面からの正確さを売りにした「ように聞こえる」録音が増えてしまうのは、CDに代表されるデジタル音源の欠点の裏返しである。この盤は50年代までの雄渾で柔軟な演奏スタイルによるものであることに加えて、そういったアナログのよさを改めてわからせてくれる音を持っている。

この演奏は1楽章こそやや客観性が感じられるが、若々しさを越えて演奏精度と表現力の調和が板についているさまは聴き心地よく、ただでさえ凄まじいアンサンブルが弾ける2楽章において、絶頂的な表現が聴かれる。全般確かに強い個性は無いが、この楽章では細かく施されたアーティキュレーションが完璧に表現されており、この瞬発力が売り物のような楽章でよくもまあこんなに表情から音量から微細な変化、起伏をしっかり揃えて演奏できるもんだと感服する。しかも非常にアタックが強く、気合が感じられる(そうしないと揃わないんだろうけど)。この楽章の細部に至るまで完璧なアンサンブルは他には無いものに聞こえた。もちろん、これも旋律音楽ではあり、息の長い旋律を太筆で描くように、倍音を豊かに響かせつつうねらせていく有機性も必須で、その点でも素晴らしい。これこそデジタル音源化したら損なわれそうな美質だ。終楽章はどこがやっても似たり寄ったりになるほど素晴らしい挽歌だからここでも特徴的なものは聴かれないけれど、悪くは無い。2楽章だけだと◎でもいいのだが、○。

2番

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ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」より第二部生贄の賛美~生贄の踊り

ローゼンストック指揮NHK交響楽団(CBS,NHK)1956/11/28live・LP

このコンビにはあることのようだがかなり生硬で、スコアをちゃんと音にするのに専念するだけになっている感は否めない。血だけでは演奏できない難曲ではあるが血を演出するくらいの「凄み」がどこかにないとつまらない。縦を意識しすぎの気もする。優秀録音のせいで音は激しく迫ってくるが、まったくそそられなかった。

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ファリャ:三角帽子第二組曲

○ローゼンストック指揮NHK交響楽団(CBS,NHK)1956/3/14live・LP

迫力ある録音のせいもあるのだろうが立派な演奏で、しっかりしたリズムとかっちりしたアンサンブル、中欧臭いとはいえ色彩的に足りないこともなく演奏精度もライヴとしては十分。ラテン系の演奏にありがちな、血のままにリズムをとりがちゃがちゃやって派手に終わるあっさりしたものとは違い、あくまで抽象音楽として(ファリャ的にどうなのかはわからないが)昇華したうえで壮大な音楽絵巻に仕立てていく、生硬さが否めない部分もあるが、なかなか聞ける。両端楽章が聴きモノか。○。

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プロコフィエフ:古典交響曲(交響曲第1番)

○パレー指揮デトロイト交響楽団(da:cd-r)1963/1/9live

高速パレーにしてはわりとテンポが遅めだが、オケの技術的要因によるところが大きいようにも思う。弦楽器には無理のある細かい音符の応酬である。だが若干落ち着いているだけに曲のせせこましくて実に浅い感じが少しやわらいで、楽しく聴きとおせる。聴衆も楽しそうだ、○。

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ラヴェル:ラ・ヴァルス

○パレー指揮デトロイト交響楽団(DA:CD-R)1962/3/15LIVE

パレーの十八番で最後は大ブラヴォ、これはいつものこと。オケはけして一流どころではないからバラケがなきにしもあらず、でもきちっと縦をそろえるべきところはそろえてくる。最初録音が悪いが最後は迫力ある音響でわりと直線的でもなくうねり、ブラスのニュアンス表現にも即興的な面白みがあらわれたりして楽しめる。熱狂的演奏のたぐいと言えよう。芸風はいつものとおりだけど、雰囲気的に盛り上がったライヴ、という言い方が正しいか。○。

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バーバー:管弦楽のためのエッセイ第1番

◎トスカニーニ指揮NBC交響楽団(DA:CD-R)1942/1/24放送用スタジオ録音

正規でも出ていそうな音源。トスカニーニの中では素晴らしく録音がよく、演奏精度も極めて高い。わりと細かい動きでばらけるNBCオケの弦楽器が細部までぴっちり揃って圧倒的な技術を見せ付ける。ここまできちっと出来ていると逆に、楽曲の何も言わないうちに終わってしまうような、あっさりしすぎた感じ、きつく言えば底浅さに気づかされる思いだ。ブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエムに似た曲ではあるが前提となる深慮も構成にも創意はあまり感じられず、技術的才能だけで作った感じが否めない。前半の重厚でロマンティックなメロディと後半のちょこまかした細かい動きのパセージがただくっついている、それが余りにあからさまにわかってしまう。演奏精度が高すぎると、曲が剥き出しになってぼろが出る見本のようなものだ。ただ、演奏者と録音に敬意を表して◎。

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ラフマニノフ:交響曲第3番

○クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(da:cd-r他)1947/4/8live

恐らく既出盤と同じ。同時期アメリカで主流の強靭なトスカニーニスタイルにロシア式の重い歌謡的表現を載せたような、クーセヴィツキーの典型的芸風による演奏で、1楽章の序奏部など短いなりにしっとりやらなければバランスが悪いところ、さっさと主部に入ってしまう性急さを感じるし、その後も主旋律がうねるように粘着するロシア節でラフマニノフの望郷の念の篭ったなつかしさを演出するべきものであるところ、スピードが常に速くインテンポ気味にきこえてしまうため、いくら起伏をつけて没入指揮をしてみても、生身の楽曲のうねりが剥き出しに聞こえてくるような、したがって才気の衰えが感じられる部分はそのまま魅力なく聞こえてしまう。旋律に魅力がない、リズムが単調、常套的構成、アンサンブルに新味がない、そういったところだ。クーセヴィツキーの芸風自体がちょっと聴きワンパターンに陥りがちなせいもあるかもしれない。

とにかく私はどうもこの曲の演奏はハッキリ好悪が分かれてしまう。これは悪のほうというわけなのである。アメリカナイズされたラフマニノフ自身、切り詰めすぎたような曲なので、もっと雄大に、旋律も上下に振幅を持たせるだけではなくたっぷり時間をかけてほしい、詠嘆の表現もほしい。○にはしておく。録音もよくないのでこじんまりと感じたのかもしれない。

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シベリウス:交響曲第2番

○クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1948/4/20live

初出かどうか調べてないが多分初めて聞く気がする。録音悪。晩年に近い演奏であり、この人らしくなく(ただ2番は余り得意ではない感じはある)スピッカートがレガート気味でキレが悪く揃い方も半端で、旋律がロシア式に粘ったりするために声部がバラバラになるような、あるいは前半細かい音符がばらけるなど奇妙な弛緩がみられる。長い曲でなまじ思いいれがあるとこうなってしまうのかもしれないが、流されたようなライヴに感じる半面、歌謡的な流れに沿って非常に印象的につけられた抑揚には感銘を受ける部分もあり(終楽章の最後にヴァイオリン主題が回帰する場面など力強く独特の感動がある)、近視眼的な変化が目立つ中でもやはり弦楽器奏者だなあ、という面のメリットで評価できる。

あと、やっぱりこの曲は2楽章が要だ。クーセヴィツキーは型どおり終楽章に雄大なクライマックスをもってくるが(全般スピードが遅めなのはこの人特有の解釈である)、音楽のもっとも引き締まったのは2楽章で、冒頭よりキレよくびしっと揃い、リズムに裏付けられた立体感、内省的な音楽を内声部からしっかり組み上げることで明快にさばいてみせている。終楽章などバス音域を強調し、クライマックス後もロシア国民楽派的な粘着質の旋律を繰り返し続ける長々しい音楽のメリハリをしっかりつけて、ドラマ性を維持し印象的ではあるが、あざとさも感じる。

一見率直な解釈が持ち味のクーセヴィツキーに明らかに作為が見えるのがらしくないところではあるが、前記のとおり思い入れが強いのだろう。最後の録音とされるものに50年代の録音があるが、かつては定番として聞かれたものである。集中力と統制力という面で最盛期は戦中までだったとも思えるが、没後シベリウスがよせた言辞は(作曲家は彼より6年長く生きた)他の先立った数多い音楽家に比べいっそ個人的思いの深さをかんじる。

バルビローリはかつてシベリウスの交響曲を時期別にまったく違う作曲家として扱うべきと考え、解釈から奏法までも違えて録音した。クーセヴィツキーはそういう器用なことをしない指揮者であり、恐らく後期作品向きの芸風だ。それでも私はこの終演後には、しばし陶然としてしまった。聴衆の態度はやや悪いが、ライヴとしてはいい演奏だと思う。○。

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