ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」第二組曲

○ドラティ指揮フランス国立管弦楽団(Lanne:CD-R)1970年代(65?)live

ダフクロはもともとボロディンぽい熱狂音楽に行き着く舞踏組曲ゆえドラティくらいの手だれであれば例えフランス的な引いた表現ができないとしても問題は無い。普通に楽しく聞けるし、圧倒的な全員の踊りも楽しい。やはりトスカニーニからパレーというスタイルに連なる感はあるがこのオケをドラティふうのいわば中欧スタイルに変貌させられたというところに、双方の力量を感じる。○。録音年代は表記と添付紙片で違っている。表記はオケ名も明確ではないがフランスオケではあるだろう。ステレオだがキンキンするなどけしてよくはない録音。
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ラヴェル:スペイン狂詩曲

○ドラティ指揮フランス国立管弦楽団(Lanne:CD-R)1970年代(65?)live

押せ押せスタイルでデトロイトのパレーに似たスタイルなのだが、どこかしっくりこない。この曲に必要な鋭敏な響きへの感覚がイマイチで(冒頭からなにやらリアルで有機的)、細部まで繊細に表現できてはいるのだが、それが「繊細」と伝わらない。明瞭感がなくロマンティックな響きの重みを感じると言ったらいいのか、パレーのからっと明快な感じとは違う。といってもドイツ風と言うことでもなく、「ロマンティック」としか言いようが無い。聴衆反応も今ひとつばらばら、これだけ音楽は盛り上がっているのだからそれは無いだろうと思うのだが、ここは音楽外の理由もあるのか。○にはしておく、普通に楽しめるから。

チャイコフスキー:マンフレッド交響曲

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(DA:CD-R)1946/10/11live

比較的録音が聞きやすく、まとまりのいいアンサンブルと音響バランスの完璧なチャイコフスキーを楽しめる。チャイコでも(あくまで作風は折衷的だが)いわゆるロシア国民楽派寄りの「ぶよぶよした長大な標題交響曲」の形をとっているが、カット版によっており1楽章以外はさほど冗長感は無い。トスカニーニの余りよくない録音特有の「色の無さ」が音楽をモノトーンで面白くない即物主義的なものに聞こえさせてしまうことも多いが、この録音だとそれほどモノトーン感が無い。本来はトスカニーニは色彩的なバランスのいい音を作っている筈というからこれは真価を少しでも垣間見させる意味で貴重とも思える。ロシア音楽を西欧風に聞きたい、但しチャイコ以外、という性向の人には向く曲、演奏かも。○。

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ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」第二組曲

○アンセルメ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1968/1/8live

アンセルメ・ライヴらしいリズムの浮き立つ調子と冷静な総括ぶり、しかしおおむね冷たくはなくバランスのすぐれた聞きやすい演奏になっている。ラヴェルにアンセルメは適性が確かにあり、このような感情的な曲ではロマンティックにも客観主義にも振れず絶妙のドライヴぶりで、熱狂こそ呼ばないが感嘆の声はあげさせる。オケがやや拡散的すぎるかもしれないがアンセルメの響きの感覚を実現するのには良い楽器だろう。○。

ドビュッシー:六つの古代のエピグラフ(アンセルメ管弦楽編)

○アンセルメ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1968/1/8live

アンセルメのアメリカ公演旅行の記録はかなり遺されているようだ。アンセルメ自身がピアノ連弾曲集(元は劇音楽「ビリティスの歌」)より編じた同曲はまだドビュッシーが若い頃の鮮烈で素直な、小組曲のようなわかりやすさと明るさをもっており、アルカイックな内容をその「白さ」によってよく表現している。編曲も無難といえば無難でこれも小組曲の場合に似た手慣れたものだがドビュッシーはそのじつ他人に大規模編曲を任せることも生前からままあった人で、こういった編曲作品はけしてありえない改竄行為とも言えまい。「フルートとハープの入ったドビュッシー」が好きな向きは親しみやすく楽しめるだろう。この演奏は楽団の繊細な部分まで曖昧にしない力量の高さが発揮されている。○。

ストラヴィンスキー:管楽器のための交響曲

○アンセルメ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1968/1/8live

前進性、リズム性よりも牧歌的に響き合う管楽器の饗宴だけを楽しむような曲で、アンセルメの十八番でもある。ストラヴィンスキー後期の一種ワンパターンな作風からごつごつした要素を取り去り、純粋な響きの楽しみだけを追求するようなかんじが楽しい。オケのせいであろう、ストコを思わせる多色の派手さがありアンセルメの意外な面を垣間見ることもできる。○。まあまあのステレオ。

クラシックマニアは露悪下品指向

なんかもう許系露悪ヒョーロン紛いが増えた時期から殆ど他人の書いたクラシック音盤系の文章は好まないのだが、情報としては読む。

ただ、ほんともう人のことは言えないんだけど、本の丸写しとかライナー丸信じとか、ブログがさかんになってからのクラシック系草の根ネットは使い物にならない度が凄まじく、ウンザリしてしまう。

別に他人のために書いてるわけではないここはもう、言ってることと書いてること違いすぎだろ的な「印象評論」しかないわけだが、ほんとはきっちりしいなので、ちゃんと多面的に説明したうえで印象を添えるようなものが書きたい。

ただ、それは老後にとっておく。

時間も余裕もありゃしない。

いやそんなことを書きたかったわけではない。

昔から思っていたのだが、セミプロまでいかないアマチュア奏者を上限として、聴くだけマニア、果てはなんちゃってクラシックマニアにいたるまで、表現や言葉の下品なこと・・・これは何なんだろう。

やたらとフーゾクネタみたいなものにつなげて語る奴、いい年して下ネタばかりに繋げる奴・・・なんでクラシック音楽好きって権威的なイメージを一方では誇示しながらも、バカっぽいネタを織り交ぜて語るわけ?

更に「通」ぽいから?



・・・そういう「ディレッタント」ぽい下衆には祭司ワルターもストラヴィンスキーも激怒するだろう。

ドビュッシーは「相手するレベルに至っていない」とみなしシカトだろう。

マーラーやクレンペラーやプロコフィエフなんかは無意識に下ネタ連呼で罵倒するだろう(ただ現代日本人が下ネタを言う感覚と彼ら生まれ育った風土で下ネタを言う感覚が違うことは確かだし、質も違うだろう)。

アイヴズはビジネススマイル。だけどメモには罵詈雑言。

サティはまた雨傘増やしてしまう。

ショスタコーヴィチは譜面に暗号として雑言を忍ばせる。



・・・きりがないけど(以上無意味な推定)、むやみに親しみを感じさせようとして他人、しかも百年余の淘汰期を立派に活き残ってきた音楽家たちに対して、下に見るような言説はあんまり好きではない。音楽家は技術家でもある。技術を知ってそれを謗るのなら話はわかるのだが、マニアはそこまで突っ込まない。まずディープなマニアは突っ込まない。

このジャンルを何故そう親しみ易くしたがるのだろう。

せっかく一定の尊敬を勝ち得たスタイルなのに、聴く側がそういう感覚を持ち、広めようとするってのは何なんだろ。

たかだか少し楽器が弾けるからと(素人が「弾ける」って自称する表現も好きではないが)特権意識を振りかざすようなことも好きではない。内情を知ってるような、内輪話を小耳にはさんだような、ストレス社会なアンサンブルやオケという閉鎖空間でどうしても噴出する下ネタだけを取り出してみたり、好んで言ったり。

とりあえず何かコンクールでも受かれ。

話はそれからだ。

しょせん壁を越えない連中はアマチュアだ。

誰でも何かで経験する「壁を越える」感覚、それがあるかないかで大きく違う。意識も、じっさい技術も。

壁を越えたことのない、あるいは越えたつもりになっている連中が飲み会の場で拾った下ネタを使ってプロを全人的に語る。



・・・かっこ悪い。



・・・って自分のこととしてつくづく思ってきたことなので、書いてみた。

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マーラー:交響曲第4番

○ワルター指揮ボストン交響楽団ほか(DA:CD-R)1946-47live

既出かもしれない。録音状態は雑音が多いが同時期のワルターライヴとしては標準的。演奏はかなりスピーディでインテンポ気味に力強く押してくるスタイルで、30年代ヨーロッパライヴを彷彿とさせるもの。マーラーでも民族的な舞踏要素の目立つ楽曲だが、装飾音符の頭を強調しリズムに独特の民族性を持たせている部分が目立つ。ボストンというわりとヨーロッパ的といわれるオケのせいもあるのかもしれないが、アメリカオケのイメージとはちょっと違った印象を受ける。2楽章終わりで拍手が入ってしまい、ワルターはそれを無視して3楽章に突入するというハプニングがある。この曲が知られてなかった証左かもしれない。3楽章はいつものワルター節だ。ソリスト不詳。○。

再度問う、TREviewってどうなん?

ユーザ通知もなしに仕様が変わっている。サイトにも告知が無い。マイページの投稿記事一覧もあいかわらず不正確というか反映が極端に遅くて使えないレベルだし、、、

だいたいがトラバセンターってのがユーザ交流の場として成立しなくなってきている今、宣伝目的でもなければいちいち記事投稿時にタグを設置してトラックバック送信なんてしない(分野にもよるだろうが相互に踏み合ってるブロガーに逢ったことが無い、順位に影響するライバルなんだから当たり前)・・・今だに送っても届かないことがあるのは何のためにTBC利用してんだって話。

初期ならともかくもう一年たつでしょ・・・トラバは届かないこともある、なんて言い訳は通用しない。他のサイトではうまくいっている。

確かに不誠実なサービスというのはネット上にいくらでもある。参加サイトが少ないだけに他のメジャーTBCより誘導率は僅かに上がるので、ここは初心者ならいいでしょう。

ただ、すれっからしはトラバをサイト表示させるためにはユニークに払い出されたタグ設置が必須となって以来、投稿自体寧ろ面倒に感じられるようになってきた。本末転倒、せっかく長年続けてきて、再び活発に投稿しココを維持していくためには、TREVIEWは撤退したほうがいいかもねえ。だいたい、ライバル的にあらわれる顔ぶれが余りに固定化しすぎていて、これは他のTBCでもあることだけどさ、相性のあわないサイトばかりだと、そんな顔ぶれを見るのも嫌で、順位とかチェックしたくなくなるんですよね。

それにしても何じゃ今日の順位の下落w
他2つのアクセス解析結果がいずれも普段と変わらない状況を示しているのに、TREVIEWだけ何があったんかね。こういうのもモチベーションを下落させるよね。実害はないんだけど、実利もほとんどないから。

とにかく何を変えたんだか。

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★★★★(素晴らしい)
★★★☆(すごい)
★★☆☆(とても良い)
★☆☆☆(良い)
by TREview

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ラヴェル:スペイン狂詩曲

○コンドラシン指揮ユンゲ・ドイチェ・フィル(kapellmeister:CD-R)1980/9/25ベルリンlive

ステレオ。最初こそ地味でぱっとしない若手オケの感があるが、かつてのロシア時代のようにどぎつくも強引さもない洗練された表現と明るい色彩性が次第にあきらかになっていって、祭典のシーンではまるでラテン系の技巧的裏づけもある指揮者が振っているような錯覚にすら陥る。後半が出色の出来といえよう。もはやロシア系の演奏ではない。部分突出もバラバラ感もなく、硬質な透明感ある響きのもとにまとまっている。○。

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ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第6番

○ストコフスキ指揮NYP(DA:CD-R)1949/1/30live(NY初演?)

謎のアンコールが一曲おまけで入っている。さすがNYPといわざるを得ない集中力でストコとはいえスピードとリズムの怒を尽くしてこの「戦争交響曲」をやりきっている。会心の出来と言えよう。当時NYPが得意とした、前後の時期アメリカで流行のトスカニーニ様式ではあるが、ストコの色彩性は失われておらずこの渋い曲から娯楽性に近いものすら引き出し、こんな魅力的な曲だったのか、と感嘆させられる。通常シニカルなスケルツォのビッグバンド的ブラスにばかり耳が向く曲だが2楽章などもやろうと思えばこんなに躍動感溢れる楽曲に仕上がるんだ、終楽章もこんなにロマンティックな感傷をかもすことが出来るんだ、そういった発見しきりの演奏。オケのソリストが巧くなければこのスピードや表現は出せないし、またストコに才能がなければワンパターンに陥らず曲によってここまでスタイルを変え弛緩しない音楽を作り上げることは不可能。ストコらしくないとすら感じた。CBSに正規録音あり。録音状態は悪いので○。

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード

○ストコフスキ指揮モンテ・カルロ・フィル(DA:CD-R)1967/7/26live

オケは集中力が高くまとまっていて、各ソリストの技量も高い。ギトギトの脂ぎった光沢をはなつストコの音楽を実に忠実に勢いよく表現しきっている。拡散的で非常に色彩豊かな音響を作るストコの特徴が過度にならず出ていて面白い。ライヴなりに精度には限界があり、ストコらしい彫刻の雑さも耳につく。録音はエアチェックにしてはおおむねよいほうだが撚れや電子雑音が目立つ箇所もある。従ってけしてストコの録音として万全とは言えず、別にこれを取り立てて聴く必要はないが、ダイナミックで異様な迫力に満ちた派手派手なこの音楽が、80台半ばを迎えた老人の指先から生まれてきていることを思うと感動すらおぼえる。耳の確かさ、頑丈さは尋常ではない。これは手兵による演奏ではない。なのにここまで指示が行き届き実演にて統制がとれれば十二分である。下振りによる入念なリハや勝手な指示が山ほど書き込まれた譜面が配られていたにせよ。○。

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ニューヨーク・フィル平壌コンサートDVD/BRD発売


NYPからひさびさ自主制作盤のお知らせが来たが・・・びみょうだな・・・

NYPストア

今回ブルーレイも出るというのが売りのようだ。当然マゼール好きは観たいと思うだろうけど、これって放送されなかったっけ???

今のマゼールということを考えると、新世界とかガーシュインとか、あんまりそそられない・・・アメリカさんコテコテな曲ばかりやんけ。指揮者なしのキャンディードとかカッ
トされてるのかな。

たぶん全曲収録ではないと思う。

中身についてはNYPのサイトにて。個人的には迷っています。発送は16日以降。タワーあたりが輸入するかもね。情勢が情勢だけにほんとにびみょうだ。

当時の産経ニュース

おったーばの記事

終了後の下世話なJ-CASTニュース

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オルフ:劇的カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

○フリッツ・マーラー指揮ハートフォード交響楽団、合唱団、スタールマン(SP)他(VANGUARD)CD

グスタフ・マーラーの甥フリッツとオルフは親交があったと言われる。後半生ハートフォード交響楽団のシェフとしてドイツ的なしっかりした腕を振るい録音も結構なされたが、いかんせんオケの知名度に欠けるせいか現在現役盤は殆ど無い。オケは結構巧いので見くびらないように。この演奏もよくできていて、日常的に聴きたくなったらいつでも聴ける類の演奏、と言ったらいいのか、変な山っ気もなくソリストが突出して芝居じみた表現を繰り出すこともなく、かといってヨッフムのように少々真面目すぎてつまらなく感じることもない。長く連綿と続く簡素な歌を聴き続ける部分が大半の曲で、結構飽きるものだが、これは締まった音が心地よく、耳を離さない。全体のバランス、設計もいいのだろう。力感溢れる両端部は録音マジックの部分も多少あるかもしれないが、誇大妄想的表現にも陥らない立派な表現である。いい演奏。○。

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ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

○バルビローリ指揮ブカレスト・フィル(archipel他)1958live・CD

個人的にバルビの海のベスト。ほんとにバルビ?というくらい弛緩がなく、硬質で東欧的なオケのせいもあるだろうが横揺れもさほどせずにダイナミックな起伏をつけていく。ちょうどNYPの頃のバルビの直線的な芸風に近いが、うねるような作為的な動きも目立たない。シンフォニックな演奏というわけでもなく、確かに幻想味は無いが純音楽として楽しめた。3楽章の力強い盛り上げが素晴らしい。オケ達者。リマスターもよい(残響付加モノラル)。archipelは安いのに凄い。昔はこういう演奏が「新発見」としてえらく高く売り出されたりしたもんだけど。LPならとくに。○。協会盤のジョルジュ・エネスク・フィル名義のCDは同じものか。

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シマノフスキ:交響曲第4番「協奏的交響曲」

◎ルービンシュタイン(p)ロジンスキ指揮ニューヨーク・フィル(LYS他)1943/12/12live・CD

いくら録音が悪くてもここまで両者の方向性が合致して結果異常な集中力で弾ききられると◎にせざるを得ない。スタジオ録音よりも激しく野獣のような演奏で突き進むルビンシュタイン、NYPというこの曲に使われるのは珍しいほど素晴らしい楽器を持ってやはり野獣のような勢いで音楽をドライヴしていくロジンスキ、スピードと力感の余り3楽章にいたってはミスタッチや弾きそこないが散見されるがそれとて大した問題には感じない。既に「音楽」が出来上がっているからだ。

この曲に生硬な演奏が多いのはひとえに書法上の問題があって、剥き出しになった声部が数珠繋ぎにされ進行する場面が多いため、萎縮したような演奏になることが多く、ソリストもミスを嫌ってマニアックな細かい音符まで表現しようとするから、全体の音楽としては中途半端な近視眼的なものに仕上がってしまい、総合で見て技術的にもイマイチな結果ととられかねないものになる。

協奏曲ではあるが交響曲という前提があり、オケもソリストも拮抗しながら、同じ方向性に向かってまとまっていく必要がある曲だ。たまたまというか、ルビンシュタインの細部に拘泥しない即物的かつ激情的な性格に超絶技巧が伴っていて、ロジンスキの暴君的な力感がオケをしっかり従わせるだけの説得力(と技術)を持ち、両者とも表現の機微が無いとは言わないがあくまでメリットは「勢い」に置いているという点で相性が(少なくともこの曲では)ばっちりなのである。NYPがもともと一流の技術を持っていたという点も看過できない。この曲はローカルなけして巧く無いオケによりやられることが殆どで、練習が万全の演奏すらできていないことが多いからだ。

スクリアビンの影響を再度露骨にし、けして技巧的に高いものを投入したとは言えない和声的で単純な書法による曲なだけに、ソリストは時折奇妙にも思える進行をきっちり繋がったまとまった音楽として聞かせるように仕上げなければならないし(2から3楽章へのアタッカの前の下降音形の持って行き方など)、オケ奏者には音量バランス的に無理な負担がかかる部分もある。

一つの解決法に、シマノフスキ第三期の作風の要となる民族舞踊の特殊性を浮き彫りにして細かい起伏を盛り込み刹那的な魅力を引き出し続けるという方法があるが、これは作曲家自身が自演にて失敗した要因でもある。まとまりがなさすぎてしまう以前に、とことん演奏しづらくなるのだ。となるともう一つの解決法は「勢いで押し通す」、それに如何に説得力を持たせるか・・・つまりは勢いを裏付けるトレーニングとポテンシャルがどこまでいけているか、それしかない。

山っ気なんていらない。ルビンシュタインは押しも押されぬヴィルトーゾで、即物主義的な表現だけを売りとし音色にも解釈にもそれほど幅のある表現を好まない。だからソロ曲では魅力が無いものも多い。ロジンスキはクリーヴランドを叩きなおすとともに短期間ではあるがNYPに君臨した指揮者であり、オケトレーニングに長けているのは言うまでもなく、その異常な集中力と力任せの表現で同時代流行のスタイルの最先端にいたことは言を待たない。つまりはその両者のこの曲における一期一会的なライヴである、それだけで期待し、満足していい。大音量でノイズを厭わず聞いてほしい。これは余り評価されないシマノフスキ晩年の作品で感傷性や民族性が魅力だが、そういうものを最低限はもちろん表現したうえで、まるでロックフェスのような熱気中心に聞かせていく、それだけでいいのだ。◎。3楽章の暴力的な演奏は凄い。

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シマノフスキ:交響曲第4番(協奏的交響曲)

○パレチュニー(P)セムコウ指揮ポーランド放送交響楽団(EMI)CD

力強い演奏である。ソリストも打鍵がしっかりしていて更にニュアンス深く、そこそこカタルシスの得られる演奏だが、いかんせん技術的問題がみられオケともども万全とは言えない。何かまだ表現が若く演奏も血を感じさせるまではいかない生硬さが否めない。1楽章冒頭よりソリストの起伏ある表現が目立つのが自作自演を彷彿とさせるが、細部に拘るゆえに重く感じられる。テンポが前に向かわず縦を意識しすぎて足踏みしながらの前進と感じられる。この曲はどうしてもルビンシュタインのイメージがありスピードと超絶技巧が欲しくなる(ロジンスキとのライヴの凄まじい3楽章など悪録音が悔やまれる)。もちろんそれだけではシマノフスキ第三期特有の特殊な民族性がなおざりになり、もう一つの特徴である透明感や繊細さが失われスクリアビンの影響色濃い幻想的な魅力が減衰してしまうのだが、この演奏はそういった繊細な部分も十全に表現しきれているとは言えない。可もなく不可もなく、○。

Szymanowski: Symphony No4; Harnasie Op55

EMI

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シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番

○ヤーセク(Vn)ツルノフスキ指揮プラハ交響楽団(PRAGA)

シマノフスキ最晩年の民族的作品だが、弾く人を選ぶ曲だ。ハマらないとイマイチぐずぐずに感じたり、曲自体がわけのわからない印象を残すようになってしまう。技巧的安定はもちろん、民族的表現を加味して積極的に盛り上げを作っていく人でないと難しい。しかも曲は民族的熱狂を包蔵しながら非常に冷たい響きを持っているので、正確な音程感というのも大事である。このソリストはいい。よくわかっている。バックオケも模範的といっていい。余りここまで娯楽的要素を適度に引き出し、曲にした録音というのは無い。単一楽章で主題も限られるためとりとめのない印象を与えかねないが、かなり計算されたように曲想が変化していくのでそこをびしっととらえアクセントを付けていく必要がある。シェリングなど技術的問題もあってここが弱い気もするのだが、この人はしっかり余裕ある技術を背景に明快な表現をとっている。突進するだけの演奏でも曲がもったいないからその点でもこの演奏は真を衝いている。古い録音なので○にはしておくが個人的に理想的。これはCDになっているのだろうか。

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シマノフスキ:交響曲第4番(協奏的交響曲)

○ルービンシュタイン(p)ウォレンシュタイン指揮LAフィル(RCA)CD

改めて書く。シマノフスキはルビンシュタインとは「若きポーランド」時代からの盟友として長く交流を保ち、最初の劇的な作風変化をもたらしたフランスの作曲家との接点は彼を通してのものだったと言われる。この作品はタトゥラ山地の民族舞曲に傾倒してのちの晩年の平易な作風によるものであるが、作曲家自身演奏するために作られたものの技術的問題等により、結局ルビンシュタインのレパートリーとして生きながらえることになった。

ただ、ルビンシュタインのスタイルは一切感傷を加えずドライに即物的に処理するといったもので血を思わせるブレはまったく無い。凄まじい技巧家であることを前提に、敢えて同曲の肝要となる特殊なリズムやアゴーギグをまったく強調せず、この曲に依然存在する秘教的な響き、スクリアビン的な神秘や熱狂も無い。曖昧さを排し力強く突き進むのである。録音がモノラルで古いせいもあり細部が聞き取れないのも難点だ。ウォレンスタインの棒もアメリカ50年代の直裁ないわゆるトスカニーニ=ワルター様式であるがために、剥き出しのスコアの、コントラストをただ矢鱈強くしたような音楽を聞いているようなものとなる。

力強く押し通す力のある指揮者でありルビンシュタインは至極プロフェッショナルに指をまわしていく、そこにただ一種シマノフスキ(第三期)というローカルな作曲家を汎世界的価値のある作曲家として昇華させる「わかりやすさ」が醸しだされているのは事実で、モノラルでオケ(とくに剥き出しで使われることの多い弦)の技術にも問題があるにもかかわらず素直に曲自体の包蔵する魅力だけが強く引き出された演奏となっている。3楽章の集中力と熱気は聞きものだろう。この曲の多面的な魅力、とくに繊細な響きの魅力が聞けるものではないが、ただ熱狂したいときにはおすすめ。○。

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ファリャ:スペインの庭の夜
ルービンシュタイン(アルトゥール)
BMGビクター

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メシアン:トゥーランガリラ交響曲

Y.ロリオ(P)G.マルトノ(OM)デゾルミエール指揮フランス国立放送管弦楽団(INA)1950/7/25エクス・アン・プロヴァンス音楽祭live(ヨーロッパ初演)・CD

この曲は最低ステレオ録音じゃないと無理だ。理想はライヴでかつ音場のバランスのよい良席である。とても音盤におさまりきる音楽ではない。むしろおさまらないところが全てである。シンプルな骨子のみ掬い取ろうとするとお粗末なものに聞こえてしまう。そういう単純思考の音楽ではないのだ。前衛専科デゾのいつものとおりの「解釈しない」そっけない棒に諸所妙な力みが入り、ハルサイのリズムやミヨーの音響のように聞こえてしまうのが更によくない。もっと透明感ある繊細な音楽なのに、これではヒンデミット指向の古臭い音楽にきこえてしまう。ロリオのピアノなどこれぞ!と思わせる非常に力のある表現だが、オンド・マルトノの音色がまったく捉えきれてなかったり録音の問題が大きすぎて(後半にあきらかな断裂が聞かれるし撚れの酷い部分もある)この曲をよく知っている人でなければ愉しむまではいかないだろう。音量変化がまったく捉えられないのが非常に残念。演奏中喋り声が聞こえたり終演後ブーイングがさまざまに飛ぶのは別に珍しくも無いししょうがないとも思うし・・・これは歴史的記録ではあるが、デゾファンかメシアンファン以外には不要だと思う。無印。

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