オネゲル:交響曲第3番「典礼風」

◎カラヤン指揮ベルリン・フィル(SARDANA:CD-R)1984/12/12定期live

オネゲルの代表作で、一見「構造主義」的な晦渋さが人好きさせないように見えて、実際には近代オケという大きな楽器の機能をフルに活用したスリリングなアンサンブルがスポーツ的快楽をもたらし、明快簡潔な構造も適度に歌謡的なメロディも(2楽章はヴォーン・ウィリアムズかと思わせる)聴き易く、あざといまでにキャッチーな音楽であることがわかる。いや、それがわからない演奏はこの曲に失礼である(オネゲル自身でさえも)。

この曲をそのように魅力的にきちんと聴かせられる指揮者というのは数少ない。

ましてや現代の大編成オケで鳴らしまくり、軋みや違和感を感じさせない指揮者というのは。

(オネゲル自身小規模な弦楽合奏をオケの基軸と考えている節がある。そこに管楽ソロを加え曲を編成する教科書的な発想が確固としてある。難度が上がるゆえんでもある。)

カラヤンはその一人である。

BPOはカラヤンによってこの曲の「娯楽的価値」を飛躍的に高める「道具」となった。この演奏もライヴだからという点は無くレコードと変わらぬ精度と強度を提示し、3楽章制の比較的短いこの曲を、20世紀初頭までに多かった立派な大交響曲として見違えるように聴かせることに貢献している。技術力にくわえ程よい「古きよき音」もある。今のBPOの音ではなく、かといってフルヴェンの音でもないけれども、確実に両方の音の属性をも備えた幅広い音表現のできる一流オケである、それだけは言い切れる。

テヌート多用とか音の表層だけを磨いたとか、印象だけの評論で先入観を持っているかたがいるとすればこれを聴くといい。テヌートなんて多用しない、分厚い音をスラーでつなげてぐねぐねうねらせる横の音楽を作る指揮者なんて沢山いたが、カラヤンにとっては使い分けている属性の一つにすぎない。2楽章のカンタービレ表現は世俗的でも儀礼的でもない、だからこそ引き込まれる絶妙の手綱さばきだ。RVWの「タリス」を思い出させる、奥底の感傷を引き出されるような暖かい音楽。

素晴らしい演奏であり、典礼風の純粋に音楽的な魅力を引き出した記録である。意味とかイデオロギーとか、そんなものはどうでもいい。歪んだ政治的立場などとも無縁であり、オケとの確執など微塵も表現に出ない、これこそプロの仕事である。

音質も海賊盤としては素晴らしい。録音がいくつかある中でも新しい演奏であり、それでもここまで磨かれ、弛緩もしないというのはカラヤンならではのところでもある。

音の重心が低くブラスも渋く、オネゲルの演奏史における正統とはいえないような気がするし記念碑的なライヴ記録でもないが、満足しうる演奏である。

1957/8/13のザルツライヴが正規化された(orfeo)、但しボックス収録。正規盤はDG(1969/9/23教会での録音)。
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ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲~Ⅱ.祭り

トスカニーニ指揮NBC交響楽団(RICHTHOFEN:CD-R)1948/3/27NBClive

録音悪。速い。とにかく鬼速すぎる。これでも非常に機能的なオケの、限界までテンポを上げ爽快に曲の表層を愉しませまくる。いいのだが、どんどん棒がつんのめりを促すような前に向かいすぎの様相をていしてきて、ソロ楽器など解れが発し始める場面がみられ、さすがのトスカニーニも年のせいか抑えきれないものが出てしまった、という感じがする。とにかく一言、速い。単独演奏のもののようで拍手で終わる。これはアナウンス込みの放送エアチェック音源だがソースは協会?DA?

tag : トスカニーニ

シベリウス:交響曲第4番

〇アンセルメ指揮ヘルシンキ市立管弦楽団(lanne:CD-R)1963live

オケは非常にしっかりしたものだが、アンセルメは壮大にやりすぎている感がある。遅いテンポだが音の芯が強く、繊細なこの曲を国民楽派的に扱い過ぎているようだ。特に速い楽章で顕著であり、終楽章は作為的な遅さと拡散的な音作りが気になって仕方ない。さりげない終わりかたをどうするか、という点においても、だらだら続けていきなり尻切れのような残念な印象が残った。この指揮者の鋭敏な耳と透明な音作りに期待して、さらにオケの性向にも期待していたが、共に半端だった。精度はあり、〇にはしておくが。

レスピーギ:ローマの松

○コッポラ指揮パリ音楽院管弦楽団(Gramophone/RICHTHOFEN:CD-R)1920年代

有名な録音にもかかわらずSPでしか聴けず(盤自体の流通量は多かったが)復刻が待たれていたもの。戦前仏グラモフォンで近代音楽の網羅的録音を使命とされたピエロ・コッポラ(割と近年まで存命)。フランスものはイタリア盤CDでかなり復刻されていたが、同時代にあっても雑味も厭わずただ高速で突き通す、ワンパターンな指揮者として余り評価されていなかったようである。しかしこれは他のSP指揮者のものにも言えることで、収録時間の制約があってそのテンポを取らざるを得なかったという説もある。派手な表現、特にオケの色彩を引き出すことには長けており、ただテンポとリズムが単調なためにドビュッシーのような繊細な音楽には向かなかっただけである。

従ってこのようなテンポとリズムが単調でも聴けてしまう音楽には非常に向いている。私はこの異様なテンポは好きだし、中間楽章は確かにこの録音状態では是とはしがたいけれども、終楽章の突進はトスカニーニとは違ったスケールの小さな爽快さというか、世俗的な喜びが感じられ、表現の振幅は全然違うけれどもクアドリを彷彿とさせる楽しい音楽になっている。変なケレンがなく、ただスコアの面白みが存分に表現されている。この時代のフランスの弦楽器は確かにちょっと雑過ぎる。しかし、この曲は弦楽器なんかいらないから大丈夫(暴論)。○。

tag : ピエロ・コッポラ

ショスタコーヴィチ:交響曲第1番~Ⅰ、Ⅱ断片

○トスカニーニ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団(RICHTHOFEN:CD-R)1946/6/15ミラノlive

トスカニーニのショス1は他にもあるがイタリアオケの生気ある演奏として特筆すべき記録である。実際、アメリカオケのものに比べ「音楽がリアル」で、録音は極めて悪いものの精度も高く聞き応えがある。というか、NBCでは無味乾燥な演奏をなしていたトスカニーニがここではちゃんと「ロッシーニの紛い物」として、面白く演じているのは驚くべき発見である。

ただ、これ、一楽章は冒頭を欠き、二楽章にいたっては冒頭しかない。計6分50秒、これのためにこの盤を買うのはどうかというところだが、海賊的裏青にしては良心的価格なのでまあ、他のトラックと合わせ技では許されるといったところでしょう。

速報。RCOボックス発売延期、ハルサイ最後の自演復刻ほか

・前に書いた25日発売予定のRCO80年代ボックス発売はさしあたって1月17日に延期になった模様。現在見た限りどの店にも店頭・ネット共に出てません。

・ストラヴィンスキー最後の「春の祭典」自作自演ライヴ(リハ付き)がCD-R化。中古LP(DISCOCORP)では普通に出回ってますが(うちの旧サイト参照)。スウェーデンの放送オケとのもので、出色とは言えないものだったかとは思う。資料的価値。

Lanne(LHC7104)

・ケーゲルの裏青復刻を時限でやっていたmorgan'sですが、SUNJAYよりプロコのピーコン三番ライヴが復刻された模様。同じ裏青ですけどね。


SUCD-128K

突っ込みどころ満載の番号だなあ(苦笑
SUCDてSACDと勘違いしそうだし、12Kと勘違いしそうだし。


ところでしばらくジリ貧で骨董LPから遠ざかっていたのだが、最近ちょっと見るようになったら、見なかった時期に出てた(売れてしまった)ものに左欄のWANTLISTのものがいくつかあるなあ(苦笑

とことん縁のない盤とは縁がない。グラズノフの弦楽四重奏第5番、タネーエフ四重奏団(レニングラードフィル四重奏団)の盤と縁が無い。セバスティアンの大地の歌もそうだ。

ヴォーン・ウィリアムズ:ロンドン交響曲(交響曲第2番)

バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(EMI)1959・CD

ヴォーン・ウィリアムズの代表作(但しこの盤も含み殆ど短縮改訂版しか演奏されないもの)だが、生硬なオラトリオ「海の交響曲(交響曲第1番)」がラヴェル師事後の大規模合唱曲として初の成功作とすれば、これは「理想としてのロンドン」を描写的にうつした試作的な音詩であり、個人的には田園交響曲(交響曲第3番)の夢幻的にもかかわらずリアリティのある世界観に至るまでの、作曲家にとって扱い易い題材(音材)による過渡期作に思える。だから英国の都会者でなければ共感を得られないのではないかという、よそ者を寄せ付けないような独特の「内輪ノリ」がある。

実際RVWではよく演奏されるほうだとはいえ・・・全般極端にスコアの段数の少なく(といっても1,2番も非常に単純なオーケストレーションによっているのだが)、起伏の無いわりに無歌詞独唱まで伴うことが真の代表作である3番の演奏機会を少なくしている面も否めない一方・・・例えば朝日と日没の即物的な印象派表現が前奏と後奏を如何にもな和声で彩り、ビッグベンが一日の始まりと終わりを(ロンドン者には)わかりやすく告げ、労働者が騒々しく出勤(帰宅)する、その中に起きる色々な事象の情景描写を、何故かスモッグの無いような奇妙に晴れ渡った、でもやっぱりどこかよそよそしい都会の空気感を思わせる生硬な清新さのある響きによってなしているさまは、意味を解しないと中途半端な印象を残す。作曲家はあくまで印象音楽のような聴き方を要求しており描写音楽ではないと言い切っていて、これは表題のある全ての交響曲に言えるわけだけれども、それを言い切るには7番以上に直接的な素材を導入し過ぎではある。迫力はあれど基本的には簡素な構造の上に、コケオドシ的なffを織り交ぜた横の流れ中心で描かれていくさまは好悪別ち、一部田園風景を思わせる表現を除き、私は詰まるところ苦手なのである。

バルビは余り間をあけず二度録音している。ステレオだが50年代なりの音質。ただ少々ホワイトノイズ的なものがある程度で分離が激しすぎる等の問題はない。ヴァイオリンの音に特徴がありポルタメントやヴィブラートに制限を設けずある程度自由にやらせることで艶を出している(強制されてかもしれないが)。それが雑味を呼び込んでいることも確かで、また、ブラスが弱いというバルビの一面もちょっと感じられるが、50年代のバルビが未だ持っていたスピードと力強さがここにはあり、スケールとのバランスがよくとれている。一流の演奏とは言えないだろうが、ロンドン交響曲の演奏としてはいいほうだと思う。○。

tag : バルビローリ

merry christmas


2008年はお世話になりました。
2009年もよろしくお願いします。

年賀状は例年通りお互い遠慮するということで。

スクリアビン:ピアノ・ソナタ第10番

○ソフロニツキー(P)(Arlecchino,MELODIYA)1960/2/2LIVE・CD

このあたりになってくるとスクリアビンは動きと響きの微妙なうつろいを聴かせる「雰囲気作曲家」になってくるので、悪い録音はその状態だけでマイナスである。ただ最初こそイマイチ即物的というか、あからさまに律動的すぎて「楽譜を思い浮かべてしまう」感じが否めないものの、どんどん観念的な夢幻世界に引き込まれていき、痙攣的なトリルが鮮やかに、しかしリアル感なく脳髄を震わせてくる。あ、スクリアビンだ、と改めて認識させる頃には曲が終わる。ソフロニツキーの真骨頂は寧ろこういう表現力にあるのだろう。けして技術的にホロヴィッツと拮抗できる人では無いと改めて思うが、ロシアのピアニストらしい豪快さと感情表現の幅の広さが聴ける演奏。○。

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スクリアビン:ピアノ・ソナタ第5番

○ソフロニツキー(P)(Arlecchino,MELODIYA)1955/1/14LIVE・CD

ソフロニツキーの録音はかつては復刻が進まず、LPがなかなか入ってこなかったこともありえらくマニアの間で希少価値を問われ人気があったが、今は復刻が増えすぎて(存在自体ありえないと思わせたステレオ・ライヴ録音すら出)マニアだった私も網羅することをやめてしまった。モノラルの古い録音がだんだんと売れなくなってきたのか、再び話題を振りまく類の演奏家ではなくなってきている感もあるが、この演奏など聴くと、残響が加えられ音質が改善されてはいても、基本的にデッドな響きの中で、ペダルを殆ど活用せずにひたすら激しく打鍵するさまは独特の即物的なスリルがあり、打鍵が荒すぎて音に雑味が混ざることも厭わず力強く突進し、突然尻切れで終わる(ひょっとすると最終音を叩いたとたん立ち上がってるかも)のは楽しい。アメリカのバリ弾きピアニストとも違った土俗的な深いものも感じさせる、泥臭さが解釈的には洗練されたものとあいまって、10年前にはまず一押しにしていた演奏だが、今聴くとちょっと、華麗と言うより呪術的なノリを感じさせるロマン性と前衛性のハザマで、絶妙のカッコのいい盛り上がりを作る単一楽章の、起承転結を無視して(スクリアビンは晩年を除き理知的な形式感覚を大事にしていた作曲家である)弾き切った感があるので、○に留めておく。ただやはり作曲家の娘婿であるこの大ピアニストの力量は認めざるを得ないと言えよう。聴くにつけピアニストとしての盛期が過ぎていると感じられることも考慮して。

ヴォーン・ウィリアムズ:連作歌曲集「ウェンロックの崖で」

ピアース(T)ブリテン(P)ゾーリアン四重奏団(decca,pearl)1945・CD

RVW完成期(ラヴェル師事後)初期の代表作として弦楽四重奏曲第1番と並び賞される作品。私にとって詩も含め今も大好きな曲。鬱屈の無い素直な感傷がぽっかり明いた青空のように響く。単純さと繊細さの表現がなかなかに難しい作品でもある。録音が古いとどうにも突き抜けた透明感が出ないし、最近の演奏のほうが純度が高く自己主張も弱いので、曲には寧ろあっている。つまりこの演奏は録音が悪いし自己主張が強い。パール盤は恐らく板起こしで、パールにありがちな余り状態のよくないLPからの余り質のよくない素材の盤へのコピーというわけで、正直勧めるまではいかない。この中ではブリテンが一番リリシズムを醸しており、ゾーリアンは長短ない表現、ピアースははっきり、主張が強すぎる。詩が即物的な感もあり、そこは歌唱法で抑えて欲しいところだ。こうあけっぴろげにオペラティックな世界を展開されると、イマイチ入り込めない。○にしてもいいが、ブリテンもリズムやテンポ的には醒めており、今は無印にしておく。前に評したときはLPだったので印象が変わっているかもしれないが容赦願う。

ヴォーン・ウィリアムズ:8つの民謡舞曲のシリーズ

作曲家指揮国立民謡舞曲管弦楽団(pearl他)1930/1・CD

やや生硬な演奏ぶりで楽団もひなびた音をしている。録音だけのせいではあるまい、むしろ時代からすればいい音であろう。じつに無個性な民謡編曲でありこういう曲もRVWには多いのだが、旋律だけではどうにも弱いのが英国民謡である。何故か民謡というのは旧東側諸国のほうがリズムも特殊でインパクトがある。清清しい響き、職人的な無駄の無いオーケストレーションで今でもブラスアンサンブルなどで演奏されることは多いけれども、RVW好きはそれほどそそられない。無印。

音楽家は殺さない、聴衆が勝手に自死するのみ

このめまぐるしい現代において、いまさらカラヤンがどうとかケーゲルがどうだったとか、どうでもいいねえ。自己の思想的主張を音楽の表層に絡めて文学的に書くという評論屋の流れはまだ続くのか。知識で聴くな、赤子であれ。カラヤンの音楽(的記録体)は偉大な遺産である。偉大か偉大でないかを判断するのは聴く個々に帰結する。しかし直感的にカラヤンの後期ロマン派音楽の解釈が「ヘタクソ」で「汚い」と感じる人間がいるとしたら、耳を疑ったほうがいい。クラシックは透明で綺麗な音を出すことから始まる。なぜってそういう音楽だからだ。音響バランス的なものはケーゲルがすぐれている部分はある。しかしクレンペラーの音は概ね、汚い。

書を捨てよホールに行け、楽器を弾けっつーのに。扇情的な題名のほうが罪だ。権威的なものに反抗するのに殺すだなんだと、そっちのがワロスわ。

さて、どの本のことを言ってるんでしょう?まあ、どの本でもいっしょです。

技術論からカラヤンとか読み解けばこんな話にはならんのではないかなあ。政治的な手腕はオケに対しても必要な技量で、世渡り上手はオケ繰り上手ってとこもあんじゃないでしょうか。

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ウォルトン:ポーツマス・ポイント序曲

○ボールト指揮ロンドン・フィル(EMI)1967/7/27アビーロードスタジオ・CD

ステレオで、時代なりではあるが明快な録音状態。それだけにボールトのリズム感が気になる。前に向かわずブラームスのような縦型の取り方なのだ。自作自演でもステレオのものは似たような感じになっているのでそもそも曲がまとまりにくいせい(改訂のせい?)かもしれないが、自作自演よりはいいものの、ちょっと気になる。音響感覚もやや鈍重だが、ボールト的にはまだいいほうかもしれない。確か初演もボールトで古い録音は改訂前のものだったと思うが、古いほうが寧ろ若気の至り的な曲の若々しさを引き出していたようにも思う。オーケストレーションは明らかに中欧ふうの重いものだったんだけど。○。

ヴォーン・ウィリアムズ:ヴィオラのための組曲

○リドル(Va)デル・マー指揮ボーンマス・シンフォニエッタ(CHANDOS)CD

廉価盤にもかかわらずamazonの中古なんかを見ると異様な高値がついている。リドルは線が細くやや不安定だが技巧的には不十分なところはない。この散文的な小品集を弾ききっている。曲はヴァイオリン協奏曲(「アカデミックな協奏曲」)に似た印象を与える、少々新古典様式の入ったもの。3グループに別けられ全部で8曲からなるが、1,2グループにかんしてはいわゆるRVW後期様式に拠っており、いい意味でも悪い意味でも無害な小品集である。5番交響曲的な世界と言えばいいのか、3番や「野の花」のような深みは無い。3グループ目はRVW晩年様式と言えばいいのか、この人にしては実験的な方法で洗練された民族音楽を聞かせる。一曲めのミュゼットはほぼ鉄琴だけの伴奏にヴィオラが低いメロディをかなで、この時期のRVWだからやや旋律的には弱いのだが、印象的な雰囲気をかもす。ほかフィドルふうの奏法を取り入れたり、これもヴァイオリン協奏曲を思わせるのだけれども、なかなか快活で楽しい。ここでのリドルは安定してはいるが少し真面目すぎるかもしれない。ライヴだと面白い曲だろう。○。

シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番

○ウィウコミルスカ(Vn)ロヴィツキ指揮ワルシャワ国立フィル(MUZA)CD

シマノフスキの代表作でよく知られており、冒頭から前衛的な透明な書法が光るが、錯綜するわりに少ない楽想に対し25分前後の単一楽章とは長すぎる。まだ初期のロマンティックな重い表現が残っていることとあいまって、けして名曲とは言いがたい部分もあり、個人的にはすかっと割り切った二番のほうが(易しいし)好きだ。オイストラフの演奏が残ってしまっているため、どんな手だれがやってもどうしても比べてしまう。ウィウコミルスカというバリ弾きなソリストをもってしても線が細く心許ない、という印象を抱きかねないところがある。弦楽器というのはけっこう繊細である。録音に残り易い奏法というのがあり、音というのがある。それを前提に話せばこの録音は余り上位には置けない。技術的に落ちるバックオケに引きずられ田舎っぽい感がある。シマノフスキは民族的な音楽を書いていても常に中欧の流行りを意識してきており、コンプレックスもあったのかもしれないが、中期以降は物凄く洗練され都会的である。もとからそういう音楽なのに民族性を下手に強調すると野暮になる。ショスタコがグラズノフになってしまう(どういう比喩だ、私は圧倒的にグラズノフが好きである)。恐らく地獄のような特訓の末生まれたであろう父ド・オイストラフの安定した太い音とアンサンブルに対する鋭敏な感覚にくらべ、やや弱さを感じた。何より、ロヴィツキはどうも相性があわないらしい。○にはしておく。美しい部分はある。

STING sings ELGAR and RVW (and Dowland) in Japan+

(後日補記)横浜セットリストがウドーのサイトで公開されました。第一部及び「馬」は掲載されてませんけどw

http://www.udo.co.jp/News/index.html#081222

ちょっとはしょられてますが、mixi等で詳細公開しているかたもいらっしゃいますので。


~まだ「ダウランド歌曲集」ジャパンツアー中なので詳しくは書きませんけど、今日は物凄い良席で聴いたのでかなり楽しめました。古楽はおろかイギリス民謡(「フォークソング」ね)にすら興味の無いかたがたが寝たりセットリストや感想をかちゃかちゃ書いてたり(ジャーナリスト気取りをのさばらせるブログなんかなくなってしまえばいいのに)


;(ツアー記念盤)

端っこだった昨日よりはねえ、オーチャードのど真ん中の列の一ケタ台だったので、通路際の五月蠅さは避けられたからよかったけど。ほとんど妙齢のご婦人がたしかいないゾーンだったのはかなりびみょう・・・それはいいとして(こっちも人のこと言えない

スティングがさらっと流して言ってしまい、「ヴォーン・ウィリアムズの作品」と誤解してしまったのがあった。

ダウランドの一生を作曲年に沿って歌でつづり(テキストは自身のアルバムに寄せた解説(ダウランド自身の手紙等)に拠っている)、その後19世紀末から20世紀中盤をへて、ビートルズ("In My Life")、自分("fields of gold","message in a bottle")、更に後はクリスマスを意識したブルース(Robert Johnson;同盤収録の作曲家ではなくて「ブルースマン」のほうね;"Hellhound on my trail")やクリスマスカロルにダウランド"Say Love,if ever thou didst find"、更に筝曲「さくら」の比較的忠実な(可能な限り)リュートデュオアレンジで〆たわけですが、その19世紀後半の代表として取り上げられた曲。

エルガー「海の絵」から4曲目「Where Corals Lie」のリュート伴奏アレンジです(ラビリンス・ツアーでは毎回やっている)。エルガーは世俗的で保守的でちょっと違和感がある。しかもジャネット・ベイカーかなんかで聴いたことがあるのでこれは・・・と思ったらやっぱりRVWではなかった。わたすはエルガーが鬼門です。歌詞はスティングぽいんだけど・・・RVWはまさに復古運動の旗手でもありダウランドと並べても違和感がない。

といってもやっぱり透明な響きと心地いい和声にははっとしてしまうなあ。いちおう英国歌謡史のレクチャーコンサートの趣旨もあるんですし、エルガーくらいは知ってる人もいると思うのでちゃんと紹介してほしかったけどみんなあんまり興味なさそうだったからいいか。ヴォーン・ウィリアムズはLinden Leaでした。

(後注)やっぱり今日は「曲数が多すぎてわからなくなっちゃったけど」って間違って紹介してたみたいです。昨日はさらっと「E.Elgar and R.Vaughan Williams」って言ってたような気がした。
(後後注)三日目はかぶりつき席で純粋にファンとして聴いてましたが湿気があった昨日のほうが演奏的には安定(リュートが初日に近いコンディションだったし弦二回切れた・・・二回目はやり過ぎただけだけど)。ただ、熱気もリラックス度もあり、客も盛り上がったし、エルガーもきちんと説明してたし、よかった。カラマーゾフはちょっとスパニッシュ・ギター過ぎる(リュートは厄介な楽器です)気もするけどdeccaからアルバムも地味に出てますので興味があればどうぞ。Linden Leaもいい曲だなあ。従軍もし戦災に絶望した長生の倫敦紳士の、若き代表作です。没後50年だしね。ちなみに、ヴィクトリア朝(だけじゃないけれど)作曲家の象徴的存在のエルガーから半世紀にわたる王立音楽院の重鎮ヴォーン・ウィリアムズへの流れは至極当然で、ディーリアスはイギリスとは言いがたい部分もあるしブリテンは時代が浅い。レクチャーでこの流れは当然で、しかも、ヴォーン・ウィリアムズが亡くなる前に既にスティングは生まれているしビートルズは結成されていたのでした。1930年代に「悪魔に命を渡した」ロブ・ジョンソンにいたっては、比較的晩成だったRVWと同世代と言ってもいいのかも。スティングは自分の作風に近づけてアレンジしてたけど。



;(スティングが曲・ボーカルで参加してますが純粋にクロスオーヴァアルバムとして聴けます、バッハが似合うなあ。)

海の絵にリンデン・リー。

どちらも英国近代声楽好きにはおなじみでしょうね。

スティングの声はいい。昨日のほうがクラシカルだったけど、今日は「らしさ」があり、カラマーゾフのリュートは昨日ちょうどエルガー直前に弦が断裂し今日は抑え目でppppからpの音しか出てなかったけど(録音じゃ聞き取れませんね)、スタンドマイクだけでよくまあ・・・リュートの音量でコラールを重ねるんだからねえ。

明日から日曜までまだツアーは続きます。セットリストのメモなんかとらなくてもクリスマスソングとさくらさくら以外はヨーロッパやオーストラリアなんかと同じみたいですよ。コーラスだけの第一部はちょっと違ったかな。

*パシフィコ横浜の追加公演、というワードで検索してきているかたもいらっしゃるようですが、昨日の時点でまだA席は残っていました。オーチャードより確かキャパは多いですが日曜なので、早いうちに前のほうは売れたようです。パシフィコ横浜はオーケストラホール専門ではないのでオーチャードよりも幅が広く平面席も最前ブロックの少数だけなので、比較的後ろでも見易いと思います。

by Richard Garnett (1835-1906)

The deeps have music soft and low
When winds awake the airy spry,
It lures me, lures me on to go
And see the land where corals lie.
The land, the land where corals lie.

By mount and mead, by lawn and rill,
When night is deep, and moon is high,
That music seeks and finds me still,
And tells me where the corals lie.
And tells me where the corals lie.

Yes, press my eyelids close, 'tis well,
Yes, press my eyelids close, 'tis well,
But far the rapid fancies fly
The rolling worlds of wave and shell,
And all the lands where corals lie.

Thy lips are like a sunset glow,
Thy smile is like a morning sky,
Yet leave me, leave me, let me go
And see the land where corals lie.
The land, the land where corals lie.





・・・幻想的な詩だね。

(後後補)

by William Barnes (1801-1886)

Within the woodlands, flow'ry gladed,
By the oak trees' mossy moot,
The shining grass blades, timber-shaded,
Now do quiver underfoot;
And birds do whistle overhead,
And water's bubbling in its bed;
And there, for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.

When leaves, that lately were a-springing,
Now do fade within the copse,
And painted birds do hush their singing,
Up upon the timber tops;
And brown-leaved fruits a-turning red,
In cloudless sunshine overhead,
With fruit for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.

Let other folk make money faster
In the air of dark-roomed towns;
I don't dread a peevish master,
Though no man may heed my frowns.
I be free to go abroad,
Or take again my homeward road
To where, for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.





・・・英詩には独特の感傷がある。曲は素直だけど、日本の近代童謡によく似ていて、これも望郷の気がよく比較されます(RVWの「望郷」は日本のそれとは趣が違い「牧歌的」ではあるけれど)。揚げひばりとか、そのへんに繋がっていく世界。

(後日補記)ウドーから転載したセットリスト。「第二部」は全公演このとおりの模様。

Walsingham
Reading – letter extract 1
Flow my tears
The lowest trees have tops
Reading - letter extract 2
The Most High and Mighty Christianus the Fourth, King of Denmark, His Galliard
Can she excuse my wrongs
Reading – letter extract 3
Fine knacks for ladies
Reading – letter extract 4
A Fancy
Come heavy sleep
Reading – letter extract 5
La Rossignol
Come again
Have you seen the bright lily grow
Reading – letter extract 6
Weep you no more, sad fountains
Clear or cloudy
Reading – letter extract 7
In Darkness let me dwell- - - - - - - - - - encore 1 - - - - - - - - - - - - - - - -
Where corals lie
Linden lea
In my life
Fields of gold
Message in a bottle
- - - - - - - - - - encore 2 - - - - - - - - - - - - - - - -
Bethlehem down
Say, love, if ever thou didst find
- - - - - - - - - - encore 3 - - - - - - - - - - - - - - - -
Hell hound
Sakura

速報。クレンペラーのショスタコ9番復刻+

MEMORIESだけど。CETRAのイタリアライウ゛LPから全て板起こし。海賊にしては安いイメージがあったけどさいきん図にのってるなー




;まだ在庫あるようです、というか販売開始時点から既に在庫稀少のたぐいなんですけどね(売り逃げ

<12/24時点>銀座山野楽器がマイナー盤セールの中で早々と廉価放出しています(二枚組み2000円)。ストコのプロコ5番ロシア録音なども。タワーとは500円、HMV(単価)とは更に違いますねえ。ワゴンセールでめぼしいマイナー盤を出すのは山野と石丸くらいだなあ。RVW自作自演のシンフォニー5番は880円だったかな。

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ファリャ:バレエ「三角帽子」第二組曲

〇モントゥ指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1961/7/23LIVE

細部まで実に明快で一音たりともおろそかにせず、スコアの仕掛けの魅力だけをオケの見事な技術を背景に聞かせる、しなやかでそつの無い演奏ぶりはいつものこと。だが、聴衆は大ブラヴォ。リズムもテンポも熱狂的では無い冷静さがある。音は温かくこじんまりと固まった充実ぶりだが、クールなところがどこかあるのだ。個人的にはまったく惹かれないが、ステレオだしいいか。

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マーラー:交響曲第2番「復活」

○クレツキ指揮ケルン放送交響楽団・スイス音楽祭管弦楽団他、ヴォイトヴィツィ(s)ファスベンダー(Ms)(rare moth:CD-R)1970年代live

クレツキのマーラーが次々と発掘されているがむらはある。これは派手さは無いが堂々たる演奏で感情的な超名演ではないにせよ職人的な色のつかない演奏として楽しめる。録音も最初が撚れるだけで明晰なステレオ。筆描きのようなしっかりしたアクセントある音がクレツキらしいが、違和感はなく、変な解釈というのは余り無い。録音がはっきりしていることもあるがレンジの広い表現でただそのダイナミズムを楽しめる。終楽章のソリストの絶唱も聞き物。○。
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