ストラヴィンスキー:イタリア組曲(チェロのための)

ピアティゴルスキー(Vc)フォス(P)(RCA)

これは怪しい。チェロにしては高音域で、ストラヴィンスキー特有のトリッキーな動きが施されているから書法のせいでもあるのだけれど、ピアティゴルスキーをもってしても、誤魔化しや弾けていない部分、テンポが滞る部分、必要なところで音量が出ない部分が目立つ。このチェリストは技巧派だが中低音域での深い表現に魅力があり、高音域は無機質になりがちでもある。楽章によって出来にムラがあり、フォスのピアノがバランス的に強すぎると思う所もある。さすがのピアティゴルスキーも指がもつれる、これはストラヴィンスキーにあっていないのか、病気のせいか、らしくない。イタリア古典派に傾倒していたころの擬古典的作品だが、チェロにやらせるには音域幅を広く取りすぎる傾向が感じられ、古典を模していながらも少し流して書き直したような、とってつけたように「兵士」の頃のリズムやハーモニーや装飾的な動きが挿入されたり、そういったところも弾きづらくさせていると思われる。無印。
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フランセ:友パパゲーノを称えて

○作曲家(P)マインツ管楽アンサンブル(wergo)1987/1

クラシック作曲家の伝統芸といってもいいパロディ作品で、フランセはラヴェル以上にこういったものを好んだようだ。確かにモーツァルトのメロディなのにハーモニーや挿句がモダンな感傷や殆どジャズのような刹那的快楽を持ち込み、それを流石技巧派フランセの冷たいピアニズムが、気取ったさまで「どうだ」とニヤリと笑ってみせる。くるくる次々とあらわれる主題が基本ピアノで、更にアンサンブルの職人的な手による組み合わせから息をもつかせぬ隙の無い書法に昇華されているさまは、そんな言辞が野暮に思えるほど楽しい。フランセの後期作品はピンとこないものも多いが、冒頭から旋律の魅力が美しく新しく引き立てられているから、個性的かどうかは別として、聴き易い。まあ、フランセのピアノが魅力の8割を占めているかも。○。

フランセ:プーランクによる「楽しむための音楽」

○作曲家指揮マインツ管楽アンサンブル(wergo)1987/1

「プーランクの息子」フランセによる軽妙な小品。プーランクのような妙な重みや毒は無く、モーツァルト的な、ストラヴィンスキーの香りを仄かに織り交ぜた作品で、まあ日曜の午前にはぴったりである。その場限りの楽しみといった要素は否定できないが、何の邪魔もせず、楽しめばいい、それだけのものである。○。

ブゾーニ:小組曲op.23-4(チェロ編曲)

○ピアティゴルスキー(Vc)フォス(P)(RCA)

小品だが、小品だからこそピアティゴルスキーの確かな表現が新古典主義音楽に反映され、黒艶光る渋い感傷をあたえるものとなっている。濁りの無い深い音色が邪魔しないルーカス・フォスの伴奏の上で思索的に響く姿は、この人ならブラームスでも透明に弾きこなすことができただろうと思わせる。なかなかの演奏。曲は音選びの新しい古典音楽といったふう。○。

シベリウス:交響曲第5番

○ベイヌム指揮ACO(RICHTHOFEN:CD-R)1957/6/17ヘルシンキ音楽祭LIVE・CD

はっきり言って雑。とくに1楽章のまとまらなさといったら、アマチュア楽団のようだ。ただ、ステレオでスケールの大きさを直感させる録音となっており、そのテンポ設定と響かせかたに雑然としてしまった要因を求めることもできようか。フォルムはしっかりしており打・ブラスは腰の据わった力強い表現をしっかりとっており、2楽章で弦楽器もようやく落ち着き、ややおざなりの世俗性はあるものの清潔で壮麗な盛り上がりが終楽章に築かれる。いい意味でも悪い意味でもベイヌムらしさはある演奏。おまけで○。

オネゲル:交響曲第5番

○マルケヴィッチ指揮RIAS交響楽団(audite)1952放送・CD

ミヨーのように終始「音響的」な分厚い弦楽器、緻密に蠢く抒情的な木管、咆哮するものの注意深く配置されたブラスが印象的な曲だが、これは逆にそういった理知的な面が際立ったために魅力の薄い演奏になっている、即ち磨き抜かれてはいるが余り共感というものを感じず、何が面白い曲なのかわからない。全般平板で起承転結がはっきりしないせいかもしれない。一瞬ミュンシュのオネゲルに似た雑な音の取りまとめ方、そのぶん力強さを感じるものの、場面場面の近視眼的な起伏も、大づかみの恣意的な音楽作りも足りず、何かセーブしているような出力の低い演奏に感じる。音質も比較的悪く、本来はそれほど濁らないオネゲルの音響が、わりと濁ったように聴こえてしまうのは録音の難しさでもあるが、マルケが取り組んだにしては厳しさが魅力に転化しない、相性の難しさを感じた。きちっとしている面評価で○。

ブラームス:交響曲第1番~Ⅱ.

○フリード指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(serenade等)1924・CD

全曲あるのかどうか知らないが多分無いのだろう。このレーベル以前にもCDで出ていた気がするが目下手に入るのはこれだけだろう。演奏は纏綿とした魅力があるものの、テンポの揺れ、アゴーギグ、そういったところは思ったより露骨にはなっていない。メンゲルベルクが冷静になったような、音はロマンティックだが表現は割りと安定したもの。楽曲構成に加え録音が古いのでソロアンサンブルに聴こえてしまうのはご愛嬌だが、それでも不自然さはない。

ラヴェル:ラ・ヴァルス

○ミュンシュ指揮ハンガリー国立管弦楽団(Aulide)1967/5/29live・CD

つんのめりながらどんどん気分アッチェルしていくミュンシュでも熱が上がりすぎたタイプの記録だが、そこが魅力と言い切ってしまえる迫力がある。面白いし、この曲の本来の姿はどうでもいい、マンネリな客観演奏を聴くくらいなら多少アマチュアっぽくても気合の入った演奏を聴いていたほうが血が騒ぐ、という人向け。オケが弱い。録音も。

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チャイコフスキー:イタリア奇想曲

○レオ・ブレッヒ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(PACD/Electrola他)1928/3/23

珍しい録音で、チャイコが模倣しようとしたラテン・イタリアのからっとした雰囲気がおのずと出ていて非常に聴きやすいのだが、余りにさらっとした揺れの無い表現は、オケのアンサンブル力の高さもあって、全く何も印象に遺さないまま終わってしまう。連綿と主題が数珠繋ぎになっていくだけの音楽はやはりそれぞれの主題の孕むケレン味をそれなりに印象付ける表現をとってくれないと、特に楽想が動き出す前と後の変化が調性的には大して感じ取れない場合、こうストレートにただインテンポで進められてしまうだけでは序奏がそのままフィナーレに突入してしまうようで置き去り感がある。引っかかりが無い演奏で、確かにわかりやすいが、確かに何かとのカップリング(抱き合わせ)で聴くくらいの演奏かもしれない。○にはしておく。

チャイコフスキー:弦楽のためのセレナーデ~Ⅱ、Ⅳ

○レオ・ブレッヒ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(PACD/Electrola他)1929/3

これはいい。ワルツは何故か古い録音にいいものが多い気がするのは演奏家のせいか時代のせいか、実用音楽的側面が未だあった時代にあって弦セレ2楽章のSPだからけして実演と同じテンポだとは思わないがしかしこういう、微細な空気の綾が、どんなに古い音であっても骨太に伝わってくる。別に大仰というか表情の変化が豊かなわけではない、確かで太い音の流れを巧く制御している。終楽章はブレッヒらしく即物的でせかせかしたテンポで、これもまた運動性の表現として面白い。◎にしたい○。

チャイコフスキー:交響曲第5番

○レオ・ブレッヒ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(PACD/Electrola他)1930/10

思いっきりアマチュアリスティックな、オールドスタイルの思うが侭。スタジオ録音なのにオケ崩壊なんて今なら考えられないところだが大曲録音自体珍しいこの頃にあっては許された、しかも決してオケが下手なのではなく指揮が即興的なのである。オケの内圧は高いから揃った部分は素晴らしい切れ味がある。そこにうまく耳を合わせられればこれほど面白いものはない、何か昔このような演奏をとても喜んで聴いていた気がして懐かしかった。きほんアレグロで、休符は須らく半分程度縮められ(本来初歩的な「怒られポイント」である)つんのめりながら爆走、緩徐主題ではデロデロ歌いこむがオケの音色からそれほどロマンティックな表現に聴こえない。SP録音ならではの異様なスピード、前時代的といってもリヒャルトやトスカニーニの香りを確実に嗅いだような即物的な表現も下手な耽溺を呼ばないのだ。ドライですらある、私はとても好きな表現である。終楽章は独自のカットが何箇所か入るがとにかく休符を休まないのであれあれと言う間に次のフレーズに進んでしまう。好悪はあれど、この時代の5番の演奏としてメンゲルベルクが頂点とすれば、そのスタイルに似た専制君主的計算の前提にありながらも、即興的に壊れてしまう「人間臭さ」が、二流を感じさせつつも、何とも言えずいい。割と中間楽章も面白いが、長々しい両端楽章を飽きさせないのがいい。この時代の権威者の見識として、○。以前国内盤CDで復刻されていたと思う。Pristineで丁寧にリマスタリングされ安価でデータ配信もされている。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲~Ⅰ、Ⅱ

○カイルベルト指揮バンベルク交響楽団(hosanna:CD-R他)1958live

これが存外よくて、別にドビュッシーとしていいわけではなく、いかにもカイルベルトの構築的な姿がいいのだ。勘違い演奏と言って過言ではないのだけれども、ここにいろんなドイツ的な古い音楽の香りを嗅ぐことができたならきっと、ドビュッシーはその影響を受けているに違いない、そう感じさせるほどに板についている。旋律線がしっかり描かれ、中音域以下の響きがしっかり保たせられている、ドビュッシーでもこの曲ならそれは十分許容できる。何よりこれはけしてぶよぶよしていない。骨太であるが肉太ではない。レミントン盤のドビュッシー録音によくあったような、あの感じ・・・ライヴでもきちんとしている、N響と縁深かったのもさもありなんという部分もあり、いや、中欧のドビュッシーというのはこうでなくては。◎にしたい○。

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲

○マルケヴィッチ指揮RIAS交響楽団、合唱団(audite)1952・CD

ミュンシュ張りに愉悦的なリズム、合唱までつくのに曖昧さのない、厳しく律せられた音とアンサンブルでこの曲を両面から、即ち即物的な快楽主義と「ラヴェル的な」メカニズム指向の両方を備えた演奏に仕立てている。実に聴いていてストレスの無い演奏だが恐らく一般受けする芸風ではないのだろう、オケも一般受けするオケではない。戦後のRIAS好きなら垂唾の放送用スタジオ録音、渋い音、完ぺき主義の表れた、でも非常にいい演奏。合唱が出てくるとやっぱりぞくっとするなこの「朝」は。録音がこれでクリアならいいのだが、このレベルでは一般的に勧められる音とは言いがたいか。初出ではないと思うのだが・・・

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シベリウス:交響曲第4番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(CO)1965・CD

この曲は厳しい曲で、毛一本入る隙の無い音作りが求められる。アマチュアレベルの精度では1楽章冒頭のハーモニックなやりとりすら表せないのが実情だろう。中期以降のシベリウスというとメカニカルで前衛的と言ってもいいくらい入り組んだアンサンブルに尽きるが、これはアンサンブル自体簡素化されている。そこが小手先ではいかない難しさである。長大な音符を微弱な音量でどう綾付けていくか、こそこそした動きにどう意味をつけていくか、全ての動きが正しく複雑な和声として認識できるように響かせられるか、このあたり並大抵の技師にはできないし、オケには無理である。もちろん古い録音では再現は難しい。力技で押す以外の方法は無いし、その方法は殆ど失敗する。その点セルはオケ的にも録音年代的にも恵まれている。迫力もあるしニュートラルなシベリウスではあるが、逆にニュートラルにしか表現しえない曲なんじゃないかと思うことしきりでもある。バルビの名演はオケゆえに軋みを生じているところがあるが、これにはそれがない(しかしレガート表現のしなやかさにバルビを思わせるところがある)。起伏無く終わるのは同曲の悪い点としてよくあげられ、バルビなどは作為的に起伏を作っているが、セルは起伏を作らずに、でもちゃんと聴かせている。曲の魅力をスコアからそのまま素直にうつしたものと言える。スコアから素直に、というと、1楽章の音線にドビュッシー「海」からの影響が現れているのを認識することもできるし、なかなか「勉強」にもなる。けして押しの強い演奏ではないが、いいものではある。録音はこんなものか。○。

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チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

メンゲルベルク指揮パリ放送大管弦楽団(malibran)1944/1/20放送live・CD

メンゲルベルクの演奏様式は歌舞伎の型のようなものが決まっている。スコアそのものかどうかは知らないが、それをいかにオケが徹底できたかで評価が変わる。特に手兵との演奏や中欧での最盛期の録音が残る十八番であったチャイコにかんしては、新発掘と言われても難しいものがある。malibranが代理店を立てて本格的に発掘音源を売り込んできた背景は知らないが、今回のメンゲルベルク・シャンゼリゼ客演2組は一部既出であるもののフランクの交響曲を始めとしてマニアならびっくりするような「新発見」ものではある。しかし新発見は同時に状態の問題も孕むものである。偶然市場流出したアセテート原盤の劣化が激しく、骨董録音のように全般がノイジーであったりするならそうイコライズして聴けばいい話しなのだが、これは原盤の面ごとに状態が違いすぎる。オケ名も適当であるようだ。1楽章冒頭がけっこう重量感のある音でいいな、と思ったら第二主題で薄くてか細くてSPのような音質に物凄いノイズ・・・こういうのが3楽章の盛り上がりでもやってくる。断裂もあり、苦心して繋いだ様子が伺えるがとても勧められる状態ではない。演奏は冒頭にも書いたとおり難しい。メンゲルベルクの表現が徹底されていない感は拭えない。デルヴォーのように軽い響きは「らしくない」(それでもフランスオケにしては厳格な表現だが)バラケっぷりに裏打ちされ、オーボエなど深い音色にはっとさせられるも正直音質的にどうこう言える部分は少ない。司会者の長い説明に当時のフランスにおける一般的なチャイコフスキーの認知具合を知り、3楽章終わりアタッカ前で笑いながら拍手するおじさんを指揮棒の音で制するメンゲルベルクを愉しむ、そういったマニア向けの音源だろう。個人的には1楽章はなじめず、2楽章は印象なし、3楽章いまいち、4楽章は盛り上がった。メンゲルベルクを知らない人は楽しめるか。

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