小品集

○フロンザリー四重奏団(victor/PRSC他)

・ポーション編曲「霊歌集」Go down, Moses; Swing low, sweet chariot1926/2/11
・「深い川」1927/1/4
・ポーション「アイルランドの子守歌」1926/2/10
・ポーション編曲「伝統歌集」
Irish Reel,Sally in our alley (Old English Tune),Turkey in the straw1927/1/4、1929/5/3、1929/4/30

かのポーションの手による弦楽四重奏編曲集で、きほん民衆歌に拠っている。国民楽派というよりも平易な世俗歌集という趣がつよく、旋律と伴奏のゆったり素直な編曲で、演奏も前時代的な音色で郷愁をさそう。唯一最後の「藁の中の七面鳥(オクラホマミキサー、という名で通っているがそんなにゆっくりした曲ではない)」だけが交錯する威勢のいい走句でカントリー調を演出し気を煽る。但し技巧的にやや弱く、現代の演奏のように音符が全て切れてきこえるような演奏ではない。この団体はビダルフで集成が出ていたようだがよく知らない。pristine配信中。
スポンサーサイト

ドホナーニ:弦楽四重奏曲第2番

○フロンザリー四重奏団(victor/PRSC)1927/10/20,21ビクタースタジオNo.1

じつに平凡な末流ロマン派の曲だがちょっと面白かったのは1楽章の主題がディーリアス初期のヴァイオリン曲に類似していたことと終楽章最後の主題がラフマニノフのシンフォニー3番終楽章再現部前のリズミカルな主題に似ていたことで、この二つの主題が微妙にずれて対位的に絡む場面などSQの醍醐味といったふう、この作曲家が弦楽器に造詣深かったことを感じさせる一節だった。演奏はやや地味。SP録音期らしい録音ではある。○。

スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」

○フロンザリー四重奏団(victor/PRSC)1929/3/19,20ビクタースタジオNo.1

抑えて忠実に演奏しているのが聴いて取れる。とくに前半楽章にメトロノームテンポというか、しゃっちょこばった感じが強い。そのぶん技巧派ならでは「制約下での表現力」が味わえる。前時代的なメロメロの音、ひっきりなしのポルタメント、しかし決してフォルムが崩れない。音符の「切れ」はとても明確だ。リズムの切れのよさ、「引っ掛け」の巧みさはこの団体の長所のようである。後半楽章ではもっと自由になっているようにきこえるが、それはこちらが慣れてきただけでSP録音特有の演奏家の「緊張」はあると思う。最後の耳鳴りがリムスキーやボロディンのように聴こえ、なおかつさっさと切られて余韻も無しに、「純音楽的」に終わるのも興味深い。これもSP録音特有の時間制約か、啓蒙主義的な客観的処理かもしれない。録音はそれなり。

ヴォーン・ウィリアムズ:タリスの主題による幻想曲

○ケルテス指揮LSO(medici,bbc)1966/2/15ロイヤル・アルバートホールliveCD

たいそう印象的な曲であっても、いざ調べてみると作曲動機は大したことなかったりすることが多い。たいそう感情を煽りまくった演奏でも、違和感を感じるというのはそういうきっかけの誇大評価に起因しているところがあるのかもしれない。ケルテスの「タリス」は中庸だ。ロマンティック過ぎることも冷徹過ぎることもない。古典への敬意を示しながらも曲にははっきり後期ロマン派に立脚した旋律の扱いがみられ、宗教音楽ふうの響きによって薄められてはいるものの演奏の仕方によってはとても感傷的にきこえる。バルビローリの名演ですらその面がつよい。

しかし、それは教会に響く音楽ではない。中世の遠きとどろきではない。

ケルテスには北方的な清潔さと同時に柔らかなロマン性があり、その配合が絶妙だ。どうしても感情的に高ぶらざるを得ない場面であっても、本人やオケが先行して勝手に盛り上がっていくことは無い。聴くものの心中の波が静かに盛り上がるのを待ち同時に進んでいく。LSOの技巧にほつれの無いしかし細い響きが音楽に崇高さをもたらす。

録音はやや悪い。しかし拍手はそれなりに盛大である。

○。

マーラー:交響曲第1番「巨人」

○テンシュテット指揮LPO(bbc,medici)1990/1/28ロイヤル・フェスティバルホールlive・CD

がっしりした骨格の大きな「巨人」・・・言葉面当たり前かもしれないが。ピリピリした空気が最後まで張り詰めてミスを許さず(細部まで一音たりとも外させない!正しい音、勉強になったりする)、どうにも身の置き所のないような堅苦しさが個人的には、ああテンシュテットだな、と。しかし壮大な伽藍が鳴動するようなフィナーレにはブラヴォの一斉咆哮も頷けた。喉頭癌からの生還直後ということもあるし元々「ブラヴォ慣れ」した国民性であることもあるけれど。ワルター的な滑らかな歌謡性は塵ほども無いが、クレンペラー様式とも違った現代ドイツふう表現、確かにマーラー指揮者であったのだろう安定した説得力。録音はいいことはいいが、標準的な正規CD録音と比べては落ちる。○。

ドビュッシー:三つの交響的エスキ-ス「海」

◎ミュンシュ指揮パリ管弦楽団(ALTUS,ina)1967/11/14シャンゼリゼ劇場live・CD

Altusスマッシュヒット!こういう盤は年に一度あるかないかだ。ミュンシュ・ライヴを細部まで克明にとらえ、音の一つ一つまで聴いて取れるレベルまでリマスタリングを施している。しかもこれはパリ管(旧音楽院管)のレベルどうこうよりまずはミュンシュの「激しい場合」の解釈表現をとらえたものとして貴重で、他の指揮者とは違う物凄い晩年様式に至っていたことを認識させるに足るものである。ぜひ良い環境で細かい音符までしっかり聴いて欲しい。瑕疵まで聴こえてしまってもどうでもよくなるだろう。異常にねっとりしたフレージングに塗れ、急に瞬間湯沸器的に突っ走りまくる、2楽章を除きこの繰り返しで、躁鬱甚だしい。フランスオケならではの音の細さ、響きの軽さと適度なバラケが、演奏を過度にロマンティックな野暮な表現に陥れることなくバランスを保っている。普通この遅いテンポでは鈍重と感じるものだが、極端な変化が即興的に起こるため気を抜けない。終楽章の最後の異常なテンポアップにはミュンシュの狂気を感じる。同盤にはしかも幻想まで入っている。パリ管弦楽団旗揚げ公演として気合が入っていたのをほんとに実感できる。フランス放送ライヴ音源はもっと復刻されるべきだろう。文句なしの◎。ただ、いつも手元に置いて聴きたいものではない・・・奇演の類。

続きを読む

ムソルグスキー:歌劇「ホヴァンシチーナ」序曲

ハラバラ指揮チェコ・フィル他(SUPRAPHONE)1953

普通。

グリンカ:ルスランとリュドミラ序曲

○ハラバラ指揮チェコ・フィル他(SUPRAPHONE)1953

ロシアっぽいバラけた勢いが魅力的で、はっちゃけている。むろんロシアにはいくらでもこういう演奏録音はあり、迫力はあるものの統制された美しさという面からするとムラヴィンスキー前の有象無象、といった印象をもつ人がいても不思議は無い。ただ、私は◎直前の○、という評価。オケがいいのか。

ムソルグスキー:禿山の一夜(リムスキー・コルサコフ編曲)

○ハラバラ指揮チェコ・フィル他(SUPRAPHONE)1953

原曲は尚更なのだがワルプルギスの夜が去り朝日が照りつけるまで、メリハリが無くロンドのように繰り返すだけの楽想を如何に魅力的に聴かせるか、結局スピードとテンションで乗り切るしかないとなるとあとは演奏精度か元々の演奏家たちの個性で聴かせるしかない。この演奏は同LP盤中ではちょっと普通かな、という気がした。もちろんこの指揮者なりの勢いがあるが、オケが割とニュートラル。○。

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」~だったん人の踊り

◎ハラバラ指揮チェコ・フィル他(SUPRAPHONE)1953

これはコントロールされた勢いが素晴らしい。合唱付き(ロシア語?)でライヴ感に溢れ、メリク・パシャーエフの演奏のような迫力だ。チェコ・フィル黄金期の香りを残した痩せることなき迫力が、多少の雑味などものともせずただひたすら、オリエンタルなダンサーの回転とコサック兵の雄叫び、これだけを滑らかにフィナーレまで描きあげている。◎。復刻不明。

リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード

○ハラバラ指揮チェコ・フィル(SUPRAPHONE/Columbia River Ent.)1953・CD

今はシャラバラと呼ぶのか?ずっとハラバラと呼んでいたので・・・ここではハラバラと呼ぶ。シェラザードだってシェヘラザードと呼んでるのでいいんです。千夜一夜物語と書いたら誰にも伝わらないし。LP時代の名盤で、数多い同曲の録音、とくに旧東側の録音としては聴き応えがある。お国ソヴィエトの演奏のようにばらんばらんに豪快でソリストが主張してばかり、でもなくかといって緊密すぎて面白みがなくなることはない、ソリストは誰もかれもオケプレイヤーとして非常にすぐれて必要な機能だけを発揮しており、ケレン味は必要なだけ盛り込まれ、ふるい録音なりの録音の雑味が山葵となってきいている。デロデロの甘甘になりがちな3楽章が重くも軽くもなり過ぎず音楽としてよく聴かせるものとなっていて印象的だった。ハラバラはリズムもさることながらテンポ運びが巧い。ルバートをルバートと感じさせないスムーズさで独自の揺らしを加えてくる。それがすれっからしの耳にも好ましく響く。4楽章がいささか冗長で、トータルでは○だが、いい演奏。ネットでは手に入るよう。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」

○アンセルメ指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1951/12/21live

録音が悪く、アンセルメらしさというか前に向かわない、弱い縦ノリといった感じの音楽がしばらく続き、魅力的にきこえない。場面転換もいまひとつピンとこない。だがこれはオケのノリ一つだったのだろう、ボストンの腕ききのソリストがムラはありつつ芸を発揮し続け流れを形成していくと、次の合奏部においてはもうモントゥやミュンシュのボストンの音。分厚く、前進力を内包し、適宜アンセルメの煽り一つで溌剌とした表現をみせる。しまいにはアンセルメと思えないほど強い意志的な流れが出来、いきなり切り落とされ終わる。○。

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

◎トスカニーニ指揮NBC交響楽団(PRSC)1950/3/25Studio8H放送live

初期リヒャルトにトスカニーニNBCときてライブとあれば◎以外にしようがない。ここぞとやりまくるオケ、ドライブしまくる指揮者、曲は陰りよりも明るさをひたすら振り撒き、一点の隙もない。ブラヴォが飛ぶ。◎。

サン・サーンス:死の舞踏

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(PRSC)1950/3/25Studio8H放送live

リムスキー的とも言えるこの世俗的で古風な小品、しかしながらソリストをはじめ奏者にはしっかりした技巧がなければ皮肉な曲のよさが出ない。無理の感じられない超絶技巧の披露こそ真のトップ奏者のあかし、トスカニーニの引き締めあってのものかもしれないが、いずれ一流のわざを味わえる。録音にノイズ以外の不足なし。

ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲~Ⅱ.イベリア

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(PRSC)1950/3/25Studio8H放送live

リズム感と色彩感に威勢のいいだけではなく、ねっとりとした弦楽器のフレージング、それらケレン味をはらみながらも決してフォルムの崩れない音楽作りが素晴らしい。楽曲もオケもトスカニーニも全てが調和した結果このような演奏が生まれる。ただ少し落ち着いていてトスカニーニらしさが後退したようなリズムの取り方には老いが無いとも言えないか。○。

プロコフィエフ:交響曲第1番(古典交響曲)

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(PRSC)1950/3/25Studio8H放送live

冒頭駆け出したときははらはらもしたがトスカニーニとしては比較的落ち着いた古典の演奏になっていて、瑕疵も目立たない。ライヴ中継のため録音はいいとは言えないがPRISTINEによりよくリマスタリングされている。ちょっと聴き別録とされるものとの差異は殆ど感じられず、データ真偽不明の部分もあり、カップリングもドビュッシー「イベリア」他と変わり映えしないからマニア以外は網羅的に聴く意味は無いけれども、初めて聴くという向きは数百円でダウンロードできるので試してみたらいかが。○。

ロフラー:四つの弦楽器のための音楽

○クーリッジ四重奏団(victor/PRSC)1938

見事なリマスタリングによって戦後モノラル録音並のノイズレスな音で蘇ったPRISTINE配信音源。ただ曲は凡庸である。19世紀ウィーン風というかレーガー的というか、ベートーヴェン影響下の国民楽派SQにも似た、好きな人は好きだろうがドビュッシーを知ってしまった人には退屈きわまりない半音階的旋律にまみれた曲。ドビュッシーふうの音階が終楽章に僅かに現れるものの特徴には昇華されずとってつけたようで、作曲家の魅力は純粋に旋律(1楽章では賛美歌のように限られた音のみによる旋法的旋律が耳新しい)とその捻りかたのみになっている。楽団にはうってつけの曲だったようで現代の演奏のようにしっかり颯爽と聞こえ、でもてんめんとしたポルタメントを使いまくるクロールに古い演奏であるところが伺える。それにしても持って回った題名ではあるが旧態依然としたれっきとした弦楽四重奏曲、亡命作曲家の意図や不明。○。

ラヴェル:ラ・ヴァルス

○ベイヌム指揮ACO(DECCA)CD

リズムは切れており中欧ふうの充実したひびき、微妙なニュアンスがいい。変に即興的なルバートをつけず最後まで突き通すのもよい。半面やや統制が甘いと感じられる部分や厚みが一定しないと感じられるところもある。録音が古いせいもあってごまかしがきかないのだろう。○。

ドビュッシー:管弦楽のための映像

○ベイヌム指揮ACO(DECCA)CD

ベイヌムらしいというか、イベリアの両端部が飛び抜けていい。明瞭なリズムに充実したひびき、胸のすくテンポ。多少単調だがミュンシュともまた違った、整理凝縮された勢い、というようなものが聞かれる。末尾はこれしかありえないというような、淡泊にも誇張にも振れないきっぱりしたもの。だが対して情緒的な、すこししっとりした、淡彩な印象派の表現が要求される両端楽章にイベリア中間部が、辛い。オケの特性柄管楽器の音色に赤銅色の艶がつき無駄に下卑た主張を感じさせる場面が目立ち、チャイコフスキー的だ。色彩感、職人的な楽器のさばきは上手いが、リアル過ぎてきこえる。よくてシベリウス的とでも言うか。春のロンドにとくに違和感があった。スクリアビンのようなむせ返る表現は夜があけきらず酒の重くのこった朝のよう。イベリアだけならかなりいいが、全体通してでは○のままか。

ドビュッシー:英雄的な子守歌

○ベイヌム指揮ACO(DECCA)1957/5/27,28CD

ベイヌムのこのあたりの録音は初期ステレオということで、CDではとくに条件の悪さが目立ってしまっている気がする。この地味な曲もひときわ地味に篭った音で響き、サティ的なミニマルミュージックの趣すらある。ベイヌム自身の資質もこのオケの特にブラスの特質もあり、暗く重い面がはっきり出た演奏となっている。いちおう○。
プロフィール

岡林リョウ

Author:岡林リョウ
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
リンク
カテゴリ
TAG

ストコフスキ 四重奏団 フィテルベルク ミュンシュ トスカニーニ コンドラシン バルビローリ 作曲家 モントゥ アンセルメ 作曲家演奏 ブール エネスコ ガウク ミトロプーロス ロスバウト サージェント オイストラフ フランセ ワイエンベルク ORTF アンゲルブレシュト サモスード デゾルミエール イワーノフ ゴロワノフ ムラヴィンスキー ピエロ・コッポラ モイセイヴィチ ベーム セル クーベリック カルミレッリ シュヒター バーンスタイン ビーチャム パシャーエフ ツィピーヌ アルベール・ヴォルフ パレー ウォレンスタイン アラール オーマンディ サモンズ 山田一雄 ロストロポーヴィチ シェルヘン モートン・グールド ギレー モイーズ 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード