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カリンニコフ:交響曲第1番

○ラフリン指揮ボリショイ歌劇場管弦楽団(vista vera)1949・CD

国内プライベートCDでも復刻されていたスタジオ既出盤とは別録音とのことだが、きほん解釈は同じ。旋律の起伏にしたがって伸び縮みする典型的なロシア演奏様式は、しつこくて違和感しきりだが、一回はまると他が聴けなくなるもの。後半楽章が重くがっしりしすぎていて、さすがに終楽章はテンポが立ち止まりがちで遅く、何度もクライマックスを築くから早く転調して終われよ、と思うところもあるのだが、オーケストレーションからハーモニーからチャイコフスキーの影響がとても強く現れていることをしっかり確認することはできる(小ロシアくらいのシンプルなものに留まるが)。重心の低い、沢山のトロンボーンに支えられたフィナーレの盛大ぶりには、この曲がほんらいこういった野卑た雄大さを示す、けして洗練された西欧折衷派作品として扱うのは正しくない、と思わせるに十分なものがある。しょうじき木管以外はボロボロで、ブラスがペットを除いては詰まらなそうとか、弦楽器がばらんばらんで録音バランスも悪いとか、でもこれはラフリンにおいては普通である。○。
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ミヨー:小交響曲第3番

○ゲール指揮プーネット、ピニ、ケル、ドレイパー&エスクデール(DIVINE ART他)1936・CD

なぜこの中途半端な番号だけやったのかわからない。たまたまタイミングとSPへの収録の都合だったのだろう。わりとぱっとしない曲だが、演奏もぱっとしない。総じて地味だが、悪いというほどでもない。面子はいいのだけど。○。同盤は寄せ集めで、後半のwestminster録音(スウォボダ、バドゥラ・スコダ)は別CDにも収録されている。LPでは単独。

ミヨー:プロテー組曲

○モントゥ指揮サンフランシスコ交響楽団(DIVINE ART他)1946・CD

交響組曲第2番という標題もあるようだ。DAで出ていたものと同一?安定した録音で聴き応えがあり、オケもなかなかに巧い。聴き易い曲なので、機会があれば。

ミヨー:ヴァイオリンとクラリネット、ピアノのための三重奏曲

○パレナン(Vn)デルクルース(Cl)ハース・ハンブルガー(P)(DIVINE ART他)1953・CD

PRISTINEでデータ配信しているものはトラック別けされてません、注意。ミヨーの小編成室内楽として典型的な美観をみせている。面白い組み合わせでもある。奏者も一流どころを集めており、なかなかいいのだが、録音は今ひとつクリアではない。ミヨーらしいミニアチュール、○。

プーランク:ピアノと18楽器のための協奏舞踏曲「オーバード」

○リヒテル(P)J.F.パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団(doremi他)1965/7/3トゥールlive・CD

このプーランクはいい。リヒテルものっていて、強過ぎるところはあるけれども、プーランクらしい洒脱さと陰影を楽章毎に描き分けている。きほんプーランクのピアノ付き室内楽はこの曲のような調子で、構成も似通ったところがあり、編成で幅が出てくるわけだが、特に得意とした木管アンサンブルを背景とした曲、パイヤール室内楽団というバックはソリストとしての腕も素晴らしく、「朝の雰囲気」の醸成にとても貢献している。もっと軽快に攻めた演奏や透明に組み立てた演奏もできる曲だが、ライヴということもあり、刹那的な感情に訴えかける演奏になっている、それはそれでいいのだろう。

ラヴェル:道化師の朝の歌

○T.オーバン指揮ORTFフィル(FRENCH BROADCASTING PROGRAM)LP

期待していなかっただけに色彩的でスピード感ある表現に感銘を受けた。作曲家としても知られた指揮者だけにオケの組み立てが巧い。瓦解しがちな構造の楽曲、巧みなソリスト陣を緊密に絡ませ、それでいてある程度開放的に南欧ふうの派手さを演出している。これはいい。誰かに似ている・・・フレイタス・ブランコか。○。

ランドスキ:オンド・マルトノ協奏曲

○J.ロリオ(OM)G.デボスト指揮ORTF室内管弦楽団(FRENCH BROADCASTING PROGRAM)LP

このレーベル、アメリカのプライヴェート盤(放送録音)で非常に珍しい音源が含まれるが、現代の目からすればかなりマニアックなラインナップ(奏者)でもあり、モノラルでなければとっくに復刻されて然るべきシリーズだろう。というかそのうちボックス廉価盤になりそうだ。個人的にデルヴォのフランセが聴きたい。わいいとして、ランドスキ(ランドウスキと発音するのが一般的だったが一応日本のマニアの支持する発音に揃えておく)の大好きだった楽器、OM協奏曲である。大好きといっても華麗なテクニックを発揮できる機能性ふんだんな楽器ではなく、あくまで「電子オルガン」なので、そこはランドスキもわかっていて、中間楽章での心象的な表現に繊細な音色を巧くのせてオケと融合的な世界を形作っている。しかし全般的に「チェロじゃ駄目なの?」と思わせるパセージが多く、オンド・マルトゥノを堪能するというより、ランドスキの同楽器に対する美学を提示された、という感覚のある小協奏曲になっている。演奏はスマートでスピード感ある、磐石なもの。ソリストはまずもって不安はなく、オケも巧緻だ。しかし、プロオケで差が出る曲ではないと思われる。評価は無難に○としておく。

チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番

○ハンガリー四重奏団(COLUMBIA)LP

M&Aセット収録のconcert hall society盤とはメンバー違いの別物で、同ライナーに1956年EMI録音の抜粋として記載されているもの(ヴィオラがコロムザイ)がこれと同一と思われる。とくに珍しいものではないがフランス盤なのでデータ記載がぶれたのだろう。演奏はしなやかでメリハリもある、求道的な謹厳さのあるもの。しかしそれにしてはファーストの音程が不安定だ。年齢のせいもあるのかもしれないが、強奏部で指が甘くうわずった音になる。この団体にしては珍しくファーストに問題のある演奏と感じられる。テンポも遅く生硬で、音を切りまくり整えて行く独特の方法が、じつは問題解決のための手段だったのかとすら思われる。しかしこんな不思議な音量変化、アーティキュレーション付けのなされたSQ1は他に聴けない独特さ。それだけに面白く、新鮮でもある。○。

ワイル:歌劇「三文オペラ」

○H.ロスヴェンゲ、R.アンダイ、C.アドラー指揮ウィーン・フォルクスオーパー・アンサンブル(VOX,MAJESTIC他)1963版・CD

マーラーの最後の使徒として有名なチャールズ・アドラーはアメリカに居を構えてのち戦後はウィーンにも拠点を置き、SPAレーベルを通して比較的保守的な現代音楽を紹介することに情熱を注いだ。録音は少なくないのだがLP単発のち再版せず、マーラーを除いては今も評価を得られていない感がある。だがこのいかにも中欧臭い演奏には同時代の空気が紛々とし魅力的である。ほつれのないがっしりした構えの中、ブレヒト劇にふさわしい歌唱、正しく戦前ドイツの世俗的情景を描き出している。また兵士の物語や、サティの晩年作を思わせる皮肉な調子(意図的引用も含め)も、それとわかるようにくっきり明瞭に表現し分けられる。ガーシュインとは違うヨーロッパの「ジャズ」。引き締まった書法だが基本ミュージカルのような曲だけに、少し真面目過ぎるところは気にはなるが流れはいい。ウィーン風でないところがむしろいい。なかなか。○。CD化している。

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ランドスキ:ピアノ協奏曲第2番

○ポインター(p)ブリュック指揮ORTF(FRENCH BROADCASTING PROGRAM)LP

ジョリヴェを薄く延ばしたような曲ではあるが、そのぶん聴きやすい。とくにロマンティックな匂いのする、アメリカのテレビドラマのような感傷的な響きを織り交ぜてくるあたりは、ちょっと映画音楽的なあざとさがあって、しかし逆に聴きやすさに拍車をかけている。現代っぽいけど完全に哲学的なのは苦手という向きに、ランドスキはぴったりなものを提供する。ソリストは打鍵が強く安定した表現で、それほど技巧的な部分のない曲とはいえ、素晴らしい効果をあげている。ブリュックもこの作曲家の曲をしばしば振っていただけあり、色彩的だがばらばらにならないオケの巧緻なドライブをみせている。プロコを得意としていただけあって、芯の強い演奏ぶりである。○。

ルーセル:チェロ小協奏曲

○フラショー(Vc)リシャール指揮ORTF(FRENCH BROADCASTING PROGRAM)LP

凡庸なものも多いルーセル後期の作品で、オネゲルのもの同様ドヴォルザークまでで行き着いた感のあるこの分野の確立範疇から抜け出せないまま小規模にまとめてしまった、練習曲的な凡作感の否めないものだが、演奏がすこぶるよい。録音はいささか問題があるものの、機械的なアンサンブルを前によく訓練されたオケと、教科書的な書法で仄かにルーセルらしさをまじえたラインを威厳をもって弾き切ったソリストが、曲の限界を越えて魅力的な音楽世界を作り上げている。晦渋さもなく、とくに3楽章の溌剌としたやり取りはキッチュで楽しい。しかしキッチュと言いながらアバウトさは(フランスオケ特有の音符のキレ方とかそのあたりは置いておいて)無い。これはなかなかに聴きものだった。○。

ルーセル:ミューズのマドリガル(抜粋)

グヴェルネ指揮ORTFリリック合唱団(FRENCH BROADCASTING PROGRAM)LP

ルーセルは歌曲や合唱曲の世界でも独自の位置を占めていた。仄かなオリエンタリズムを秘めた神秘的な作風は同時代もしくは少し後、象徴主義の影響を維持し続けた作曲家たちと同期をとったものになっている。アカペラ合唱によるこの曲、ほぼ断片なので評は不可能だが、ルーセルの大規模な合唱曲における魅力を垣間見せる。中期以前の耳優しくも壮大な音楽世界を楽しめる作品である。

チャイコフスキー:交響曲第5番

○モントゥ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1957/4/12live・CD

これがなかなかミュンシュ張りの求心力の強い演奏で一気呵成に聴かせる。ヨーロッパ風の音、という世評に納得の弦楽器のひびき、弾き方にちょっと感動すらおぼえる(ドイツ的だ)。終楽章マエストーソでポルタメントばりばりで高らかに歌い上げるヴァイオリンに、モントゥの「心理的ドライヴ」の巧さを改めてかんじる。このひとのチャイコは余り好きではないのだが、ライヴとスタジオの違いをしっかり認識させる好演。

ミヨー:交響曲第6番

○プラッソン指揮トゥールーズ市立管弦楽団(DG)1992/10・CD

有名な録音で出た当初は決定版の趣すらあった。ミヨーの「田園」である。まあ、これまでもミヨーは田園ふうの大交響曲(少なくとも楽章)はいくつも書いてきているわけで、これだけを田園と呼ぶのは相応しくないかもしれないが、古典的な4楽章制でありながら、気まぐれな楽想がただ管弦楽だけにより綿々と綴られていくさまは自然の移りゆく様を彷彿とさせ、牧歌性をはっきりと示している。いきなりミヨー特有のヴァイオリンの超高音の煌くところから筆舌に尽くしがたい美観を魅せ、ヒンデミットに近い管楽器の用法には古雅な音色が宿り、いつもの「踏み外したミヨー」は殆ど姿を見せない。構造的にも円熟したものがあるがそれは余り重要ではなく、素直に聴いて、プロヴァンスの大地にひろがる広大な畑のビジョンを受け取り、ウッスラ感傷をおぼえる、それだけの曲なのである。それ以上もそれ以下も必要ない。プラッソンはゆったりとしたテンポで、繊細な音の綾を紡いでいく。ミュンシュとは対極の「印象派的な」表現である。晦渋な主題にも余り暗さが感じられない。終楽章もミヨー的なあっさりした断裂は無く自然に終焉するように盛り上げられる。オケは上手い。というか、曲をよくわかって、それにあう表現をとっている。解釈がやや茫洋としているため交響曲というより組曲であるという印象がとくに強くなってしまっていて、そこに違和感がなくはなかったので○にするが、本格的なミヨー入門としては相応しい出来だ。

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チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番

○ヴィルトゥオーゾ四重奏団(HMV)1924/2/26,3/28,5/2,4/2・SP

史上初の全曲録音と思われる。戦前の室内楽における需給がどのあたりで最も幸福だったのか、既にラヴェルを超える前衛音楽が現れていた時代に、相変わらず国民楽派が受けていたことを推測させるに十分な、とてもこなれた演奏。きわめて古い音にもかかわらず、安定したテンポと快活なリズム感に裏付けられた表現はイギリスの団体らしい解釈の無難さも感じさせつつ、美しい音色とフレージングで旋律の魅力を引き出し、一方伴奏方の当意即妙の対応によりチャイコフスキーの天才的な書法を味わうことも十分できる。聴き所は1楽章のスピード感か、この時代にしては奇矯な民族音楽的表現に対し、ソロヴァイオリンと伴奏ということではなく、あくまでアンサンブルとして解れのない緊密さをもち最後まで突き通している。さすがにアンダンテ・カンタービレや終楽章は他にいい録音がたくさんあるから飛びぬけたものは感じないが、同曲けっこう難しくて一貫してスピーディさを保つのは難しいながらも、毛ほども崩壊することはなく、綿密な準備をもって録音されたことが伺える完成度の高さがある。とにかく古い時代のSPなので音はしょうがない、◎になどできないが、国民楽派が室内楽、カルテットに占める位置がいまだに高いのは、既にこの頃から築かれてきた伝統なのだな、と思わせる記録である。○。

ジョリヴェ:ピアノ・ソナタ第2番

○ワイエンベルク(P)(EMI他)CD

作曲家監修による録音のひとつだが、ワイエンベルクの繊細なわざをもって美しく響く。洗練されたバーバリズム、抽象化された呪術は毟ろ抒情性を帯び、現代美術展のBGMにはうってつけの微温的な雰囲気をかもす。高級服飾店の前時代的に幾何学化された前衛装飾、確かにヒヨッタ曲ではあるが、隙のない、1番より単純化したがゆえ陳腐さに堕する危険をクリアしたわざはこの作曲家の依然才気をかんじる。ワイエンベルクに依るところも大きいか。○。

ルーセル:ホ調の組曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1955/4/9LIVE・CD

これは十八番。録音はわるいが激しく乗り、ストラヴィンスキーの硬質な影響は三楽章冒頭の美麗な響きにもあらわれるが、ミュンシュの激しいリズムと楽しいドライヴによりオペレッタ風のキッチュさが醸され、楽しく聴き終われる。○。

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ミヨー:交響曲第6番

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1955/10/8LIVE・CD

ミュンシュはオネゲルばかり振っていたわけではなく、ルーセルとともにミヨーも好んで演っていたと言われる。ミヨーは構造的にオネゲルより緩く聞きづらさもあるように思われるかもしれないが、決してアマチュアリスティックだからではなく、先鋭な響きや複雑な運動性を大胆な持論で実現しようとしていたからこそ、座りの悪さや聞きづらさ、疎密の粗さを感じさせる部分が混ざるだけである。保守的な態度を示した交響曲など平易な趣旨の作品では、おおむねそつのなさが美しくあらわれ楽しく収束する。ミュンシュは意外と勢いだけでやっているわけではなく、フランスの作品ではスコアにあらわれる響きの繊細な交感をとらえ、演奏上適切に整理して提示する。ラヴェルくらいになると整理できない複雑さがあるため強引な処理がみられることがあるけれども、精密さにそこまで重きが置かれていないミヨーでは、無造作なポリトナリティを絶妙のバランスで調え、これはしっかりかかれているポリリズムはしっかりなおかつ弾むような明快さをもって表現し、ミヨーの「難点」に滑らかな解釈を加えている。この曲は田園ふうの雰囲気が支配的で聴きやすいので、ひときわ演奏効果があがっている。緩徐楽章にはくすんだミヨーらしい重い楽想が横溢しているが、さほど長くないことと、これは少し適性の問題かもしれないが、北の内陸のほうの曲をやるときのミュンシュのようながっちりした構築性が、ミヨーの意図を直接汲めているかように板についている。最後の壮麗な盛り上がりはミヨーの交響曲録音ではなかなか無い感情的な表現でききもの。ただ録音は悪い。せっかくプロヴァンス的な旋律から始まる一楽章も、無造作に始まりデリカシーなくきこえる(録音のせいだけでもないか)。○。

ラヴェル:マ・メール・ロワ組曲

○チェリビダッケ指揮ケルン放送交響楽団(ORFEO他)1957/10/21・CD

非常に繊細で隙のない、硝子細工のように出来上がった、静謐なマ・メール・ロアであり、チェリビダッケらしさが既にある。チェリの演奏は一つ様式が出来上がってしまうと、その後の録音記録は基本的に一緒なので、あとはオケ&精度、並びに録音状態しか差が無い。その点この録音はorfeoのヒストリカル程度の音質のもので、一位にお勧めするものではないが、ケルンRSOのまだまだ演奏技術の高い時期のものだけに、聴き応えはある。○。

2010あけましておめでとうございます


今年もよろしくお願いします。使いまわし画像すいません。

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