ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第二組曲

○マルケヴィッチ指揮日本フィル(EXTON,フジテレビ)1965/4/15東京文化会館live・DVD

PLATZで先行CD化されていた春祭とのカップリング映像。クールなようでけっこう大きく乱暴な振り方もするマルケの伝説的映像である。トップ奏者にソリスト級の素晴らしいメンツを抱えて見事に美しく演じてみせた日フィル、とくに木管陣にマルケも満足そうである。まま良好な状態の音に映像、ただこの曲は繊細なリリシズムが肝要。リズム、拍の切れ、テンポに野太く好戦的なアバウトさがあり、的を射た舞踏的感覚は素晴らしいものの、それでも前に流れる印象がある。マルケは音楽的に必ずしもロシア人とは言えないが、ロシア的である。これはオケ総体としての力量のせいもあるが聴感にやや癖もあり、感情は煽られるし客席反応もすごいが、個人的にはマニアの領分を出ない面白さのように思えた。
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ラヴェル:ラ・ヴァルス

○ミュンシュ指揮シカゴ交響楽団(DENON,VAI)1963live・DVD

高雅で感傷的なワルツと連続して演奏された終幕曲だが、こちらは中まで詰まった緻密な寄木細工であり、耳に留まらないような部分まで小技が忍ばせてあり、従って軋みを生じやすいものだから、さすがのCSOであってもミュンシュの振幅の大きい解釈に自発性を促す棒をもって、少し感情的でいびつな音楽を生じてしまっている。むろん面白いのだがけしてソリストとして面白いメンツが揃っているオケでもないので、機械がぎしぎし言っているような印象をなんとなく受けてしまう。ミュンシュ/シカゴだとこういう音だよなあ。縦のリズムを強く出し過ぎてドイツの香りを醸し出しているのは指揮者/オケの特質を思うとなるほど、といったかんじ。○。

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ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ

○ミュンシュ指揮シカゴ交響楽団(DENON,VAI)1963live・DVD

楽曲とオケの相性がよい。ミュンシュの過度にロマンティックな解釈が、ライナーに鍛え上げられたプロフェッショナルなアンサンブル、[わざ]が生み出す曇り無く清澄な響きによって、非常に[フランス的な]軽味に昇華されている。精妙と言ってもいい。もちろんブーレーズらの時代をへた現代的な精妙さではないが、ラヴェルという偶像にミュンシュという魂が入っている、これこそ設計者としての作曲家と解釈者としての指揮者の織り成す[音楽]という娯楽なのである。音にムラがあり映像も歪んでいるが、リラックスして演奏者たちに任せているかのようなミュンシュと、素っ気ないふりで完璧に合奏を組み立てていく余裕のオケの何と幸福な世界なのだろう。もちろん一曲一曲の短さ、やりやすさそして順番はあると思うが連続して演奏されているラ・ヴァルスよりも整いまとまっており、ミュンシュらしくないほどでもあり。状態をかんがみて◎にはしないが、幸福な記録。

アイヴズ:答えのない質問

バーンスタイン指揮(解説)ボストン交響楽団のメンバー(DREAMLIFE)1973ハーバード大学レクチャー放送・DVD

テレビシリーズとして放送された有名なハーバード講演「答えのない質問」より。かつて書籍やビデオで出ていた(価格的にも言語的にも)壮大な講演集がこじんまりとまとまって字幕入りで出ている事実に慄然とする。しかしそれでいいのだろう、稀少であることに意味は無く、内容にこそ意味がある。DVDでは三組目、ラヴェルで無邪気に幕をあけえんえんとシェーンベルクが語られる。混迷の20世紀前半音楽を非常にわかりやすくピアノや譜面で解説しており(歌は理解を妨げている)、なんでこれに奇妙な日本語感想文を付けられているのか、と慄然とするが、それはともかく、シェーンベルクのストイックさの余り陥った音楽の素晴らしさと危うさが結局のところ極めて狭く石ころのごろごろした耕地を耕すようなもの、結局どこかしら調性的なルールを維持することになり捨てきることはできない、折衷点をどこにもってくるかが新時代の個性、例えばベルクは・・・といった感じである(ああ文章で書くような内容じゃないな)。多様化する表現手段の1ルールとして組み込まれていくシェーンベルク主義、多様式主義といえばストラヴィンスキー、そして・・・あるアメリカの作曲家の音楽的予言。それがアイヴズの無邪気な小品「答えのない質問」、この講義の理念上の主題となる言葉を表題に付けた曲である。ああ長い。

アイヴズのシンプルだがプロフェッショナルな音楽的理知性は上記のようなバーンスタインの主義を見事に裏付ける作品を様々に生み出したが、バーンスタインのメガネにかなった作品は実はシェーンベルクとほぼ同時期に書いていた過渡期的な作品であり、交響曲の2から3番あたりとなる。2番はアイヴズの名声をあげ初演に招いたバーンスタインに最早不要と断りながらもジグを踊って喜んでいたといわれる半世紀眠り続けた調性的作品で、無数の既存主題をパッチワークする方法を極める前段となったものである。3番はシェーンベルクの初期作品を思わせるものでマーラーを魅了した作品として有名な、でもやっぱり調性的作品。それではいつ調性を失ったのか?アイヴズは失う失わないという観点で作曲はしておらず、本人は独自研究による調性の拡大や新たなルール化に挑戦したとはいえ、至極粗雑であり、寧ろそういったものを「パーツ」としていくつもいくつも用意して、、、4番交響曲のようなまさに多様式主義もたいがいな前衛作品に行き着いた。

ポストモダンという煤けた言葉を思わず使ってしまうのだが、そういう思想は「多層的な空間音楽」という個人的な肌感覚、「野外音楽の体験」に基づいており、けして前衛を狙っていたわけでもない。答えのない質問は3群のアンサンブルより成り立つ。コラールをひたすらかなでる「空間」役の弦楽、超越的な存在として、しかし無力な存在として描かれる「ドルイド僧」役の木管四重奏、そして素朴に実存について質問を投げかけ続けるトランペットソロ、その答えは太古のドルイドにも出すことが出来ない、しょせんは誰にも応えられない質問。この「情景」をそのまま音楽にしているわけだが、バーンスタインは象徴的に捉えてシェーンベルクに対する「予告」としてただ演奏をなしている。

だが、多重録音をしているように聴こえる。画面も狭くて辛い。音楽的には失敗である。解説用の演奏といっていいだろう。まったく空間的要素が感じられない。無印。それだけかい。

グリエール:ハープ協奏曲

○ツォフ(hrp)ケンペ指揮ライプツィヒ・フィル管弦楽団(URANIA)1950・CD

じつに国民楽派的な協奏曲でドヴォルザークが書きそうな調子になんとも鈍重なハープが太い旋律をきざむ。しかしグラズノフほど個性というマンネリズムに籠囲されておらず、ハープの魅力を引き出すかどうかは別として、聴いていてストレスのない娯楽作品である。この演奏はひときわドヴォルザークを思わせる。オケの音色のせいか、ソリストの奏法のせいか。民族の生臭さがなく、だが、ロマンチシズムを濃厚に漂わせる。○。

ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1958/11/29・CD

ロマンティック。いくら「感傷的」な曲とはいえ、そこまでやらなくてもいいだろう、というくらいだ。テンポのデフォルメが凄まじく、瞬間的なルバート・・・ここではああくるだろう、という予想通りのところで、音符を極限まで引き伸ばす。ヴァイオリン奏者だったこともあり弦楽・旋律偏重にしばしば陥る指揮者だが、この曲は編曲ものだとしてもラヴェルとして素直過ぎるくらいであり、旋律を解体配分するようなところが少ない。強引な言い方をすると、機械的なリズムのうえワルツのラインをただ綴っていけばいいようなもので、他の曲では時々感じる「もったいない表現」が気にならず、バランスよく聴こえる。太く力強いうねりに解れの一切無い表現はミュンシュBSOの相性のよさ、更にこの曲との相性のよさを感じさせる。ラヴェルにはたいてい南欧風な演奏と中欧的な演奏があるが、もともとウィンナーワルツ的なものを想定しているので前者的に色彩感やリズムを強調するのは邪道かもしれない、とはいえちょっと中欧的過ぎるような、旋律の裏に隠れた打楽器、低音部の特徴的な響きや動きが余り浮き立たず、単なる曇った下支えに聴こえるところもなきにしもあらず、リズム自体やや単調である(揺れることを前提に舞踏リズム的要素を減らしているかのようだ)。でも、大見得を切るような表現の扇情性は何にもかえ難い。魅力的だ。ハーモニーの美しさ・・・融合する音色の繊細さも印象的である。バラバラで開放的な色彩ではなく、融合した色彩の美しさ。動きにおいて不自然でも、瞬間においては完璧。○。

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ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第二組曲

○クリュイタンス指揮VPO(altus)1955/5/15live・CD

マ・メール・ロアがぱっとしなかったのに比べこちらはウィーン・フィルの力量が遺憾なく発揮されている。単純にプログラムの順番の問題で、暖まった段階での演奏だからかもしれない。もちろん曲が「ベートーヴェン的」構成なせいもあろう、大喝采の終演だ。ここでも「かっこいいクリュイタンス」が発揮されており、オケのせいでフランスの香りは減退しているものの、始まる前に一生懸命練習していたフルートの成果も出ていて精度はそれなりに保たれ、聴き応えはある。もちろんこの曲、いくらでも名演がある中でこれが特質を発揮していると言えるところは余り無い。精妙な響きの感覚がミュンシュなどに比べると備わっていると感じられる程度だろう。ラヴェルの不協和音は音量のバランスが難しく、ましてや楽器を複雑に使い分けたスコアリングは机上感も強いが、それでも感覚的な部分も含めやってのける指揮者はそうそういない。クリュイタンスはそれができた指揮者の感がある。○。

ラヴェル:マ・メール・ロワ組曲

○クリュイタンス指揮VPO(altus)1955/5/15live・CD

荒い。統制が甘く即興的で奏者がばらける様子も感じられる。フルートなどソロ奏者の調子が悪いのが気になった。速度についていけない場面もある。このコンビは相性がよかったようだが、個人的にはそれほど惹かれる要素はなく、一流指揮者の名にすたるラヴェルをやってしまっている感が否めない。ただ、やたらと大見得を切るようなことはなく気取ったふりのかっこのよさ、人気はあったのだろうとは思える。録音もそれほど。○にはしておく。

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シベリウス:交響曲第7番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(CO)1965live・CD

クリーヴランド管弦楽団ボックス収録の音源だが他で出ているかもしれない。わりとミュンシュ的なところがあり、アンサンブルの妙を聴かせるよりも全体の流れを聴かせる、旋律的な力強い演奏になっている。もっともミュンシュよりは寧ろライナーに近いというべきだろう、厳しくスコアを音にさせるよう鍛え上げた演奏であることも聴き取れる。たとえばバルビローリら(バルビローリも旋律寄りになりがちではあるが)がやっていたような、いわゆるシベリウス的な精妙な響きに主眼を置き雰囲気音楽的に聴かせる演奏とは違っており、これを聴きやすいととる人は2番のような曲が好きなのだろうな、とも思った。録音はよい。○。

データ修正等はFC2側で行います

FC2で「まとめブログ」をやっております。月一くらいでこちらから反映させています。今までは何かあったら両方直すことが多かったですが、まとめブログの意味を明確化するべく、きほんむこうしか直さないことにします。

例)こないだ出たDREAMLIFEのバーンスタイン放送DVD集に1959年訪ソ最後のレクチャーコンサートが収録されましたが、フォード財団委託でLP化されていた音源と同一でした。このことにかんしてもFC2側には追記しています。

但し、向こうはコメント対応しません。(ごっちゃになって面倒なので)

あと何故かさいきんtwitterに書くことが多いです。サンフランシスコ響のティルソン・トーマス「キーピング・スコア」アイヴズの祝日交響曲DVD/CDについても何故かむこうに書いてしまいました。こちらには音源としていずれ書きますが、雑談はたぶんほとんど書かなくなると思います。ではでは。

マーラー:交響曲第3番

○マゼール指揮NYP(NYP)2004/6/16-19live

WEBデータ配信のみのNYPマーラーライヴ全集収録。復活を得意とするマゼールは、やはり長大な作品のほうが活きる。当然終楽章は素晴らしく美しく響き、NYPのだらしない部分が一切発露せず、非常に統制がとれており名演。全体としても当代一のマーラー指揮者と言わざるを得ない演奏ぶりであり、NYPの力量もまた素晴らしく、迫力と繊細さの両方を兼ね備えた万能ぶりを遺憾なく発揮している(まるでテンシュテットの恐怖政治のような緊張感だ)。マゼールの緩急極端な設計は健在で、その緩い部分が1楽章をはじめ「のんべんだらり」と受け止められてしまうことも多く、リズム表現にこだわりを見せるわりに、弦楽器にスタッカートで切らせていくべき部分を敢えてレガートで弾かせてみたり、ヴァイオリニスト指揮者ならではではの「流れ重視(旋律重視とは違う)」の方策ではあるが、総体としてはいまひとつ締まらなく感じるところも諸所にある。ただ、この曲、牧歌的に「世界」を描いたひたすら長く、雄大な抒情詩ゆえ、その方法がプラスに働いているところも多々。細かい解釈の奇矯さも時折、違和感を感じさせるが、その世界の巨大さの前には殆ど目立たない。マーラーの意図はこういう演奏だったのだろう、というところもあり、久々にこの曲を聴いて、1楽章だけで盛り上がって終わってしまうような演奏とは違う、ブルックナー的な時間感覚の中に「全てを描き込む」演奏ぶり、少し感じ入った。フォルテのまま異常な長さに引き伸ばされた終止音にマゼールの巨視的設計の確かさを見る。ブラヴォの嵐。○。

ディーリアス:春初めてのカッコウを聴きながら

○ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/9/26live

ごく一部に欠損があるようだが気にならない。ビーチャムらしいディーリアスでまったく粘り気がなく、しかしながら構造を実に的確に把握し立体的な音響を聴かせるようつとめている。ディーリアスのような比較的ドイツふうで機械的な書法を駆使する作曲家にはこのような表現は向いている。さらさら流れるように進む中によく聴くと郭公の声が聴こえる、この絶妙さである・・・殊更に強調したりはしない。だが、私はケレン味が欲しいほうで、いつものことだが、ビーチャムのディーリアスは印象に残らない。綺麗さをとって○。録音は悪い。

ワグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲

ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/11live

ノイズリダクションを強めにかけているせいか音圧がない。演奏自体は綺麗だがこじんまりとまとまり、ワグナーらしい覇気がないが、ビーチャムのワグナーというとこういうものなので、それ以上は言うまい。ディーリアスもこの延長上にやっていたのである。無印。

ワグナー:歌劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」序曲

ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/10LIVE

ノイズがひど過ぎるので無印にしたが、ビーチャムらしいマイスタで特筆ものではある。インテンポでどんどんテンポを煽りアッチェルしていく、ライブならではのスタイル、弦の切れは甘いが管弦楽全体としてはとてもよくまとまり、よい音ならカラフルに響いたことだろう。これが伊達男のワグナーか。興味深いが深みはない、そういう演奏。

エルガー:エニグマ変奏曲

○ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/11LIVE

素晴らしい腕をもった指揮者だったことがわかる。少しブカブカ吹かす癖のあるアメリカ楽団を、きゅっと取り纏め、高度の機能性を聴かせている。管弦楽の極められた同曲の立体的書法を知り尽くしたうえで、響きの派手さや曲毎のコントラストのドラマを煽らずに、一つの流れを明瞭に作り出し、あくまでその中で起伏を聴かせていく。物足りない向きもいるかもしれないが、スピーディでインテンポしかも節度が軽さを産んでエルガー特有の野暮ったさを払拭しているさまは新鮮だ。土の臭いのしないノーブルさ。後半ノイズがひどいが、○。

ワグナー:歌劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」三幕への前奏曲

○ビーチャム指揮シアトル交響楽団(PASC)1943/10/18LIVE

すっきりした演奏で軽やかですらある。ビーチャムらしい、円熟とも職人芸とも異なる颯爽とした記録で、トスカニーニ寄りの即物的演奏ではあるがさらにいっさいのデフォルメのない、純度の高いドラマが描かれる。この新発見音源はCD三枚分あるが、中でもノイズがすくなく聴きやすい音。○。
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