オネゲル:交響的運動第3番

○タバハニク指揮ORTF(INEDITS.BARCLAY)LP

ついに表題を失ったオネゲル的新古典に拠る作品だがこの指揮者のもつ少し前の時代ふうのロマン性が心地よく、オネゲルのわかりやすいほうの作品のもつ若々しい魅力を引き出している。構造性を浮き彫りにするような演奏ではないが、聴いていて楽しい。○。
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オネゲル:勝利のオラース

○タバハニク指揮ORTF(INEDITS.BARCLAY)LP

オネゲルはわかりやすい作品はいくらでも作れるが真摯な作品は難しいとかいったことを書いていた気がする。素人聴き晦渋な作品のほうが満足度が高かったようだ。この曲を自身の最高傑作と考えていたようだが、晦渋。ミヨーが初期に書いていた「とにかく前例のない個性」、一時代前の前衛的作風に似た印象もある。誇大妄想的で激しい感情と繊細な気分のうつろいを劇音楽のフォーマットにのせて描き、これに合唱が加わったらそうとうの大作として印象も変わっていただろうなあと思う。タバハニクはジョリヴェ的な娯楽性をそんな曲にも見出していると言ったら過言だろうか。精緻さと力感のバランスがよく、だが「バランスがいい」という言葉の印象とは異なる意思的なものをかんじる。○。

オネゲル:交響曲第1番

○タバハニク指揮ORTF(INEDITS.BARCLAY)LP

タバフニクと呼んでたけどタバハニクか?公式サイト。で、こちらのニュースをご存知のかたも多いかと思う。コメントは控える。「引退状態」とされている。

演奏は厳しく大変立派である。録音状態がベストではないのでメカニカルな構造の細部が聴こえづらいきらいもあるが、精緻すぎず集中度の高い演奏で、かといってミュンシュ的なぶよっとした感触もない。オネゲルには向いていたのではないかと思う。曲も牧歌的な趣を残した聴きやすいもので、だが旋律や響きに依存するのではなく引き締まったリズムとテンポであくまで硬質の叙情を保持している。私は好きだ。○。

バーバー:弦楽のためのアダージョ

オーマンディ指揮ボストン交響楽団(aulide:CD-R)1983/5/24live

これほど何の思い入れも感じられない演奏は無かろう。ほぼスタジオ録音レベルの精度とほどほどの音質でありながら、非常に速いインテンポでさらさら流れていき、そのまま終わるのだ。オケがまた近年のボストンだから精緻さが薄味をかもし、ほんとに何をやりたいのかわからない。個性的だがこれでは、どうにも。

グーエ:ヴァイオリン・ソナタ

○A.レーヴェングート(Vn)ドロー(P)(AZUR)1956シャンゼリゼ劇場・CD

ケクランの弟子で従軍後比較的若くして亡くなっている。収容所生活の後で作曲された晦渋な晩年作品の一つ、隙の無い硬質さを持つが形式を重視した理知性が裏目に出てマンネリズムを強く感じさせる。「世紀末的」で「ディーリアスがメシアンの方を向いたような」、よくあるといえばよくある、懐かしい感じの「前衛保守的作風」といったらいいのか。悲痛さの表現においてこの時代であればもっと効果的な方法はあった筈だが、この作曲家は自らに真摯に対峙した結果これを生み出したのだから素直に聴くべきだろう。2楽章のレクイエムはこの曲の中では独特の個性的な動きの印象を与えるものとなっている(それでも長く感じられるが)。同時代作曲家と密接な関係を持っていたレーヴェングート四重奏団の長がソロを演じているが、非常に微妙な音程の変化が重要となってくるこのような曲にあって、歌い込みが過ぎて「ヴィブラート酔い」を起こしているところが多々みられる。アマチュアがなんとなくそれっぽい演奏をするときのようなもので、しかしフランス派のいいところではあるのだが、この厳格な曲にはそぐわない。半音階的な動きが微分音的な動きに聴こえるところもある。艶かしいのはいいが、曲にあわない。ゴールドベルクのような演奏家に向く曲ではあると思う。SQ3番とのカップリング。

プロコフィエフ:カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」

○トゥーレル(Msp)ストコフスキ指揮NBC交響楽団(SCC:CD-R)1943/3/7live

ナレーション入りの放送録音できわめて音が悪いがトスカニーニのNBCならではのきびきびした演奏ぶりがプロコフィエフらしい機械的な躍動を明確にし、そこに改変なくテンポこそ揺れないもののストコフスキらしい誇大な響きが加わって聞き応えに繋がっている。調和が保たれている裏腹で歌唱合唱が前に出てこない感もあるが、コントラストの強すぎるストコフスキの芸風が抑えられ内圧に転嫁されているのが反って良く感じられる。五曲めの磨き抜かれたダイナミズムが素晴らしい。○。

ドビュッシー:神聖な舞曲と世俗的な舞曲~断片

P.ジャメ(Hrp)ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン(AIH)LIVE、DVD

死の一年前のインタビュー映像をまとめた回顧的な企画で、私的な弟子の演奏会風景をまじえた最後に、「これで私は音楽人生を終えた」と感慨深く語るごく短い私的映像が入る。冒頭のみでほとんど全容はわからないが、娘マリ・クレールを通しての依頼に駆け付け指揮してくれたブーレーズへの尊敬と感謝の言葉が97歳の老教師から語られる、連綿と確かに繋がっているフランス楽派の結束に羨ましさを覚えたりした。短いが素晴らしい記録映画で英語字幕あり、機会があればぜひ。但し演奏は見えないので無印。

シベリウス:交響曲第4番

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1962/3/16live

ストコフスキにこの曲は珍しいか。さまざまな解釈のなされてきた詩的な交響曲だが、ストコフスキ・フィラデルフィアらしい拡散的な響きの中にも終楽章冒頭の重くねっとりした伸縮する弦楽合奏に象徴される、ロマンチシズムとダイナミズムの独特のバランス感覚に支えられた演奏。きほんは主旋律を追うような線的な演奏ではあるものの、迫力を出すためにブラスを強く弦楽器は雄渾にハーモニーの重心を低く、厚みがあるので聞き応えがある。小虫がうごめくような細かい動きこそ雑でまとまらない感があるが、前期交響曲のフォーマットに沿うような劇的なメリハリがつけられているので気にはならない。かといってありがちな、楽曲を単純化した即物的演奏よりも多彩な仕掛けを一応漏らさず奏でているので面白い。悪い録音ではあるがそれでもスケール感が伝わってくるストコフスキらしい演奏。○。

アイヴズ:交響曲第4番

○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団他(SSC:CD-R)1970/11/15live

客席録音である模様。14日のリハーサル及び17日の演奏会もカップリングされており、いずれも同じようなかなり悪い録音状態である。とくに音像が不明瞭で打楽器系を除けばアイヴズの「無秩序なメカニック」がほんとによくわからないクラスタとしか受け取れずきつい。聴取環境を工夫するしかなかろう。それでも合唱がまったく埋没してしまうのはあきらめるしかない。ストコの解釈はテンポが生硬でしかもかなり「整合性」を指向した大人しいところがある。アクセントがきかず攻撃的な楽想もすべて有機的に融合した不思議な感覚を味わえる(2,4楽章)。ぱっとしないのは1楽章で合唱が浮き立たず、最も力が入っているのはやはり3楽章フーガである。この曲は後付けで各楽章に哲学的意味が与えられているがアイヴズにおうおうにしてある「後から考えた」「後から改造した」といったたぐいのもので、元々はバラバラに作曲され、2楽章など特に既存の曲から部分合成され作られたものである。もっとも若い作品である3楽章が調性的で宗教的啓示的な趣を持つのは当たり前だが、ストコはしばしば言われる「マーラー的な」翳りを伴う楽想を力強く演じさせている。2楽章のクラスター音楽がメリハリなくだらけた聴感があるのは厳しい。4楽章はこの曲の中核だが打楽器オケ部(この録音全般的に高音打楽器が強調されており聴きやすく救いとなっている)が強く出ており、そこに限って言えば比較的わかりやすい。だが音量変化を巧く捉えられない(客席録音なら平板になるのは当たり前である)のは痛い。ストコの解釈も比較的意志力がミニマムな部分におさまり全体設計的には平板なので、音盤としては、今ひとつの迫力だった。おまけで○。

ハルゼイ・スティーヴンス:組曲第1番

○ストコフスキ指揮現代音楽協会(SCC:CD-R)1953/2/22メトロポリタン美術館live

珍しい曲で当時の同時代音楽として紹介されたもの。短い四楽章からなる曲だが、ヒンデミットの構造性にミヨーの響きを掛け合わせたいかにもな感じ。ヒンデミットの木管の扱いかたが一楽章にはそのままみられるが、以降はミヨーの旋律的な動き、横の流れを重ねた響きのかんじが凄く強い。そこにアメリカ・アカデミズム流儀が導入される、たとえばコープランドふうのリズムなどに。こういう頭で工夫を重ねた曲をきくと、ミヨーがいかに優れた手腕を持っていたかが逆にわかる。ストコにはミヨーもヒンデミットもほとんどないので、代替品として楽しめたりするかも(一楽章を除いてはほとんど小交響曲だ)。○。

アイヴズ:答えのない質問

○ストコフスキ指揮現代音楽協会(SCC:CD-R)1953/2/22メトロポリタン美術館live

日曜午後のコンテンポラリーミュージックシリーズとして企画されたものの記録で、非常にノイジーだが興味をひく演目が揃っている。当時としても珍しい曲が取り上げられた。嚆矢にあげられたのは今や馴染みの「答えのない質問」だが、ストコフスキはかなり高精度のアンサンブルを駆使し、不協和だが「整合」した演奏に仕立ててしまっている。ほんらい整合しないのがアイヴズの音楽だ。この曲は噛み合わない対話である。いわば壁紙の役割であるストリングスのコラールを(アイヴズの賛美歌調の音楽は一部の演奏家には非常に魅力的に感じられるらしいが)テヌート気味に情感込めて演奏させ、埋没するようにTpと木管の「応酬」を忍び込ませている。ほんらいは逆だ。朴訥としすぎるペットに元気のないドルイドたち。クライマックスではペットに木管が余りに食い気味に被さってきていて、それが元気で怒りを示すようであればまだしも、静かに注意深くハーモニーを重ねるようなのだ。終端部取り残されるペットと弦の静寂はよい。他録では乱暴だったりするが、ライブぽくない注意深さだ。勘違い演奏かもしれないが、一つの見識として○。

ウェーベルン:パッサカリア

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1962/3/16live

ウェーベルンの作品番号1、シェーンベルクから内実ともに独立した記念碑的作品でいくぶんロマン性をもちあわせているがゆえ普通のコンサートにかかりやすい演目として、事実上ウェーベルンで最も演奏される曲となっている。既に理知性に重きを置くあまり計算された緻密な構成によるも15分もの(ウェーベルンにしては異例の)長さの中でうまく変化が伝わらず、起伏が細密なレベルに留まったまま終わってしまう難しさもある(ゆえ一般的にもここでも10分余りで早足で演奏されている)。後年のウェーベルンを予告する響きをはらむ印象的なピチカートによる音列表現から、編成は大きいものの簡素なオーケストレーションが最小限の規模のオケによる表現を志向している。にもかかわらず印象的にはマーラー的な厚みをともなう変奏主題が長々しい流れを作っていく曲のように感じるため、とくにストコフスキのように大規模オケを使っている場合ばらけたような、やや生硬な書法と受け取れる。ストコフスキはあきらかにスクリアビン中期のような官能的な音楽としてこれを扱っているが、感情的なフレージングが前面に出てオーケストレーションの創意が沈んでいるのはある程度仕方ない楽曲の本質に係る部分である。フィラデルフィア管の明るく突き抜けた音がはからずも解釈の曇りを取り去り、透徹したウェーベルンらしい響きを出せているのは面白い。意外とクールな聴感なのだ。確かに前時代のふやけた演奏かもしれないが、案外いい案配に収まっていると言えよう。○。

ハチャトゥリアン:歌劇「ガヤネー」~レズキンカ

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

ハチャトゥリアンの舞曲のかもす「しつこさ」はまお氏の仮面舞踏会で周知のことと思うが、このボロディン的なアンコールピースは対位法的な書法が素晴らしくかっこよく、ストコ向きである。とはいえもっと引き締まったオケがやるともっとかっこいいが。

フォーレ:歌劇「ペレアスとメリザンド」~シシリエンヌ

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

非常に状態の悪い録音だが、これぞストコ!という悪趣味なデフォルメが逆に聴きものである。テンポが揺れまくり重いロマンチシズムはフィラデルフィアのソリスト級奏者たちによりストコ解釈に忠実に再現されていく。自由な編曲でぬるぬるした情緒を甘く飾りつけ、この時代にポルタメントかよ!というヴァイオリンのフレージング。いや、名曲全集的演目の中ではこれでいい。○。

ペルジチェッティ:ホロウ・マン

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

平易でこの時代らしい作品。ストコフスキにとってはお手のものといった作品か。

エネスコ:ルーマニア狂詩曲第1番

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

古風な楽想に民族舞踊を加えた小品だがフィラデルフィア管弦楽団の技巧的側面をよく浮き彫りにしている。俊敏。

プロコフィエフ:カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」(一部欠損、合唱リハーサル付き)

○ボナッツィ(msp)ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団他(SCC:CD-R)1965/6/21live

ストコがショスタコを(革命以外)余りやらないのは何となくわかるのだがプロコをそんなにやらなかったのは少々不思議である。音楽外の理由だったのだろうか。ただ例外として劇ないし映画音楽については親しみ易い内容からか演目にあがりやすかったようだ。歌唱を伴うものをストコが好んでいた節もあり、この大曲もその一つ。劇的効果の高い「客受けしやすい」内容がレパートリーにした理由なのかもしれない。プロコフィエフのわかりやすい旋律とリズムが前面に出た演奏ではあるのだが特有の構築性、衝突する響きをしっかり再現し、激しい情景描写をなしている。ここではまた合唱の迫力が凄まじい。攻撃的なリズム切りがストコフスキのトスカニーニ的な側面も思い起こさせる。やはりフィラデルフィア管弦楽団の開放的で華々しい技巧はストコフスキの芸風にあっている。5番氷上の戦いに欠落あり。合唱リハーサルも収録。ピアノ伴奏の聴き心地がなかなか素晴らしい。ストコの「温め」もなかなか。

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番~Ⅱ.

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R)1965/6/21live

ド迫力のスケルツォで雑味もいとわず我先にと主張するかのような各楽器パートが凄まじい迫力を出している。抜粋演奏のため単曲として通常全曲演奏よりもボリュームある表現で一定の聴感を与えようとしたのかもしれない。ストコフスキに10番全曲はなかったかもしれない。同曲は皮相的にはこの楽章しか強いインパクトを与える部分がない、という考え方もあったかもしれない。客席もはじけっぷりに戸惑い気味。○。余りよくない客席録音で耳に痛い音質。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

○ストコフスキ指揮ボストン交響楽団(SCC:CD-R)1965/8/15live

お盆の中日にこの曲をやる意味を考えると、、いや関係ないか。インホールで(クリアだが)よくはない録音。しかし水際立ったキレのよさに分厚く重いひびき、他オケとのものに比べ精緻さをそなえたまるでミュンシュのような迫力を提示、ボストンSOにしては雑味を感じる向きもあるかもしれないが、ストコフスキにしては極めて固くしっかりした演奏である。急くような前のめりのテンポ取りで音符を短く切り詰めた表現が印象的な前半楽章、ボストンの弦の面目躍如たる雄渾なアダージオ、いくぶん潤いが足りないが直裁な解釈を忠実に、弛むことなく弾ききったフィナーレ、管打を増強し極端に引き延ばされクレッシェンドをかけられた終止音のド迫力、盛大なフラブラ気味の客席反応。他録と似ているがいずれ感銘をうけざるをえない。一楽章終わりに拍手が入り仕切り直し、フィナーレはアタッカ。○。

フランツ・シュミット:交響曲第4番

○ウェルザー・メスト指揮ウィーン・フィル(aulide:CD-R)1998live

なぜメジャーにならないのか不思議なフランツ・シュミットのシンフォニーだが(ブルックナーを凝縮しブラームスのような理知性とマーラーのような歌謡性を持ち込んだウィーン風味たっぷりの作風、といったらいいのか)、楽天的でのどかな雰囲気が持ち味でありそういったところが「世紀末」を越えた現代人には余り響かないのかもしれない・・・この4番を除いては。なき妹に向けた嘆きは両端部のトランペットソロにより表現され、ワグナーふうの濃厚な響きを半音階的にうねらせながら息の長く暗さを帯びた旋律を接いでいく。だが決して晦渋ではなく、印象的な美しい旋律ばかりである。スケルツォはまさにブルックナー=マーラーの影響を感じさせるがレントラーのような鈍重なものではなく俊敏できびきびと動く。同年のシェーンベルクにくらべ追求は甘いがこういった小技がとても緻密にこめられている。だから難しさもあろう。メストのVPOデビューは4年前この曲でありLPOと正規録音を行ったのもその頃である。この演奏はしかし円熟などしておらず、咳き込むようなテンポと機械的なまでの精緻さをもったドライヴぶり、ラトルを熱くしたような、小ぶりでしっとりした情趣がないながらも駆け抜ける足取りの軽やかさと確かさが印象的だ。そこにかつての姿を思い出させるウィーン・フィルの赤銅色のひびき伸びやかなフレージングに感動をおぼえる。両者の相性だろう。解釈的にはライヴ的な崩れがありながらもそこがいいという見方もできる。物凄くお勧めではないが一度聴いていい演奏。録音は悪い。マイク一本でステレオ的な拡がりが皆無の放送エアチェックもの。○。
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