チャイコフスキー:交響曲第7番(ボガチレフ編)

○オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(COLUMBIA,CBS他)CD

長く、ほぼこれ一枚しかなかったはずである。「題名の無い音楽会」などライヴで国内試演されることはあっても全曲はなかなか聴けなかった。チャイコフスキーにそもそも興味を示していなかったオーマンディ(ラフマニノフ以降は大好きだったのに)が、恐らく「新し物好き」の範疇で手を出した編曲作品で、私はLPで聴いているのでやや音が煤けているが、それでも派手な弦楽器が繰り出す強い音楽は魅力的にひびく。曲はよく知られたとおり寄せ集めで、その中でもいくぶん原型をとどめている1楽章は面白い。直前の5番よりむしろ4番を思わせる強引だが細かく複雑な書法、激しい転調などいかにも最盛期チャイコフスキーの鋭敏な感性を示している。とくに響きの移ろいがオーマンディ盤においてはとても明瞭で、チャイコがやや(自己に)保守的になる前の野心を透けてみせる。中間楽章は3番を思わせるところのある渋いもので諸所面白いところはあるし、終楽章は5番を思わせる部分がある。

フィラデルフィア管は弦の個々人が非常に強く派手なぶんバラケを感じさせるため、求心的な演奏を好む人は避けがちかもしれない。この曲ではブラスが目立たないこともあって長所の一端が失われてしまっているようにも感じる。しかし今もって最も「聴ける」音盤には変わりないだろう。じつにまとまった1枚。現役ではないのが惜しい。
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フランセ:二台のピアノのための協奏曲

○作曲家、パイヤール・フランセ(P)デルヴォ指揮ORTF室内管弦楽団(FRENCH BROADCASTING PROGRAM)LP

芸術とは存在しないものの模造品、とはラヴェルの言葉だが、フランセの美学においては存在しそうなものの模造品、ということになる。この作品はいつものフランセのように小規模編成ではあるが、長さは一般的なピアノ協奏曲並の長々しいものとなっている。WERGOに別録の自演CDがあったと思うが、親しみやすい主題をひたすら機械でいじくりまわしたような、退屈な印象があった。この古い録音でも印象は変わらない。より狭い音場で親密なアンサンブルが繰り広げられているあたり残響の多い新しいものより聴き甲斐はあるのだが、主題がどこかで聞いた様なものばかり、それも半端にいじくられて机上論的なリズムの組み換えを施され、弾き辛そうだなあピアノ以外、とか思わせる余裕を与える冗長なかんじがある。終楽章などフランセがフランク(のシンフォニー終楽章の主題)を模しているんだなあ――あるいはドビュッシーの幻想曲でもミヨーのピーコンでもプーランクの何かでもいいが――と思ってから終わるまでが長い長い。いや、楽しい曲で、気軽に聴けるのだが、本領はもっと短くスッキリまとめる手際のよさにあり、二台のピアノが必要なのかすら疑問に思わせる「疎」なスコアにも、「らしくなさ」を感じるのであった。○。

ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第2番「ロンドン交響曲」

ミトロプーロス指揮NBC交響楽団(PRSC)1945/12/9NY、8Hスタジオ・CD

きわめて状態の悪い録音で、鑑賞に値しないレベルに達している。ビッグベンの音程すら聞き取れないというのは、この描写的で表層的な音楽には完全にマイナスである。演奏スタイルも直線的で、ロマンティックな感情のうねりがRVWのイメージにはあわない。ミトプーらしさというか、即興的で特異な解釈というものも聴き取れない。ただ、3楽章などドライヴがうまく、感動的なものはある。

ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第9番

○サージェント指揮ロイヤル・フィル(PRSC)1958/4/2初演live(BBC放送AC)・CD

RVW好きには驚愕の初演記録である。pristineとしても懐疑的にならざるを得ないところがあったらしいが、よりよい録音記録を手を尽くして探しているうちにアナウンスメント含め本物と確信しレストア・配信に至った経緯があるようだ(最も音質のよい、再放送の海外エアチェック録音が使用されているとのこと)。実際併録のミトプー「ロンドン」と比べて格段に音がよく、音の一つ一つが明確に聴き取れる。輪郭のはっきりしたサージェントのわかりやすい音楽作りのせいもあると思うが、初演当初より「よくわからない」と評されてきた白鳥の歌が、実はこんなにも「歌」でなおかつ「合奏協奏曲」であったという、まさにRVWらしい曲だったということに改めて溜飲を下げる思いだった。わからない、という評は散文的な楽想の羅列、ベートーヴェン的展開を楽曲構成としては意識しつつも、内容的に拒否するRVW晩年の複雑な心象のあらわれに共感を得られなかったからだと私は解釈している。戦勝国としての英国に対する疑念・・・「輝かしい諦念」が「無」に帰するとき、RVW自身がその生涯の終わりを自覚していたかどうかは(奥さんにすら)わからないことだが、ふとこの演奏に返ると、単純かつ職人的なさばきが「憂い」を抑え、フランス的な柔らかい響きの揺らぎより民族的でもある独特のモードを強調して、この曲を聴きやすくはしながらも、RVWらしくは出来ていないようにも思った。初演を担えなかったボールトの演奏には、異例なほど感傷的な響きの美しさがある。ライヴという点、更にサージェント自身の「ダンディな」芸風がそうさせていたのだろう、ボールトより各楽器の役割がはっきりと聴こえオーケストレーションの長所や癖が立体的に面白く聴こえるのは確かだし、初演録音としてはきわめて高い完成度にあると思われるが、○にとどめておく。作曲家が亡くなったのはこの四ヵ月後である。

ホルスト:惑星抜粋

○バルビローリ指揮ツーリンRAI交響楽団(BS)1957/11/15live・CD

他録とされるものと抜粋も録音状態の悪さも似ていて疑問はあるが、荒々しい表現、あけすけなブラスは放送オケらしいところが聞き取れる。50年代の覇気が漲り独特の歌謡性が聴き易さをあたえ、けっこう面白い。金星の美しさは特筆すべきか。○。残響がややうるさい。
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