ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

○バルビローリ指揮ジョルジェ・エネスク・フィルハーモニー管弦楽団(BS)1958/9/13ブカレストLIVE・CD

ねちっこい演奏だがスピードがあるので刹那的な面白さは感じられる。オケもかなりあからさまな表現をするがバルビのドライブにうまくあわせ大喝采を呼んでいる。録音は安定しない擬似ステ風のものでかなり悪い。○。
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ピストン:交響曲第4番

○オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(valis,monopole:CD-R/naxos/COLUMBIA)1954/4/15

ミネソタ大学創立100周年記念作で嬉遊的雰囲気に満ち演奏機会も多いほうである。見事といっていい響きとリズムのアカデミックな書法を駆使した作品だがコープランドを思わせる民俗主題も織り交ざり、いや、何より冒頭ミヨー的な牧歌主題(N.ブーランジェの息がかかると皆ミヨー的になるようだ)からしてもう引き込まれる魅力に溢れている。この人のメロディは(当たると)とても素晴らしい。ほとんど曇りなく進む音楽というのもピストンの大曲には珍しいのではないか。演奏も録音も一切の気分の途切れも演奏上瑕疵もなく、こういう指揮者によってこそ魅力の引き出されるスコアを書いていたんだなあ、と思う。naxosはこちら>http://ml.naxos.jp/album/9.80239 状態よりmonopoleは同じ音源と思われる。

サティ:夜想曲

○J.ウィーナー(P)(FRENCH BROADCASTING SYSTEM)LP

ウィーナーはピアノ曲集がCD化もされている。さりげなくぶっきらぼうにサティ風の演奏を目指しているが、ニュアンス表現に特有の解釈が読み取れる。ペダルを効果的に使い分けるなど、なかなかいい。

サティ:潜水人形抜粋

○ベヌイ?(SP)J.ウィーナー(P)(FRENCH BROADCASTING SYSTEM)LP

同時期に作曲されたピアノのための夜想曲、ソクラート抜粋からなる二回分の放送記録。ウィーナーはピアノ曲集がCD化もされているが、ここではヴィエネルとされている。三曲をとりだしているが子供の歌唱に近づけ(ほんとに子供か?)おもしろく、サティの手慣れた小歌作曲手腕を楽しめる。サティの独自性とパロディのバランスが1番とれていた時期だろう。幼児性が素直に発露しているのがいい。歌手名疑問。○。

ヴォーン・ウィリアムズ:ヴァイオリン協奏曲「アカデミックな協奏曲」

○グリンケ(Vn)ボイド・ニール合奏団(DECCA他)1939/6/8

初録音盤。ソナタもグリンケが初録音だったのではないか。英国デッカのSP盤だが、DUTTONがCD復刻していたようにも思う。演奏は比較的面白い。意外に個性的な解釈が施され、作品の新古典性を意識したようなレガートやスタッカートの機械的表現が新鮮。しかし最古の録音なのだからその印象は逆か。技術的には手堅くうまい。少し硬直したテンポである。音はいい。○。

ローソーン:序曲「街角」

○バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(img,bbc)1968/4/24ロイヤル・フェスティヴァルホールlive・CD

おせち料理のような英国音楽詰め合わせの一枚で好みが別れるところである。スタジオで一所懸命リマスタリングしてもRVW8番みたいな雑音まみれやモノラルは聞きづらいし何よりてんでばらばらの演奏会をまとめて英国音楽の夕べみたいにしても、音質的なところが揃ってなければそれはアルバムになってない。この曲は英国作曲家の常ではあるが映画音楽も手がけているローソーンの小品で、余りの手堅さに勢いは認めつつ「一回聞きゃいいかな」と思わせるブリス的なところがある。エルガーとの違いは何だろう?旋律か?演奏はこの盤の中ではかなり燃焼度の高いもの。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「アゴン」

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(放送)1958

これ、音質的に恐らく海賊盤か何かの良質エアチェック復刻をweb配信しているものを思われるが、音源的に聞いたことがないもので、何かご存知なら教えていただきたい。ストラヴィンスキー最後のバレエ作品で擬古典を除く自身の作風の集大成的な大きな楽曲となっている。とはいえ狐や兵士の物語以降あらわれる必要最小限の編成による作品は音の重なりより重要な音線同士の絡み合いでパッチワークされていく、即ち演奏者個々に多大な負荷がかかるのは言うまでもない。初期バレエの懐かしいエコー、アメリカ時代の交響曲の人好きするエコー、ミュンシュはそういったわかりやすさの象徴をとらえ、手堅くも聴かせる音楽作りをしているようだ。ただ、思った。ほんとにミュンシュ?同時代の演奏記録としてはDGボックスやvega原盤のロスバウトか本人によるものしかない。○。

レスピーギ:ローマの松

○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCC:CD-R他)1960/2/12live

有名なフィラデルフィア凱旋ライブで盛り上がりもすさまじいが、日本ストコフスキ協会盤LPで舞台上で動く管楽群がよく聞き取れる云々書いていたと思うが、SCC盤のうぶい音でもそれはよくわからない。フィラ管の弦は明るく華々しいがヴィブラートの根があわないような雑味は否定できず、恣意的な三楽章、クレッシェンドが抑え切れない四楽章などいつものこととはいえこの曲の第一には推せない。ただくりかえしになるが音はいい。やる気も。瑕疵が少ないし。○。

ラヴェル:ダフニスとクロエ第二組曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(放送)1956モスクワlive

これは既出盤と同じかもしれないが一応、アナウンス込みの放送二回分で一回目は米ソ両国歌から始まり、エロイカ3番の1,3,4楽章、二回目はピストン6番終楽章、ダフクロ2組と、私にはよくわからないアンコール一曲(古いぽい)の組み合わせからなる、web配信で聴ける音源である。音質はこのてのものにしてはよい。多少圧縮音源の硬さが気になるがエッジの立った音である。同曲、もういつもどおりなのであり、聴くべき特筆どころは最後の粘りのなさと客席反応だろう。ソヴィエトでこの盛り上がりは異常である。○。

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ピストン:交響曲第6番~Ⅳ.

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(放送)1956モスクワlive

これは近年一度出たと思うのだが(そのとき記事書いたと思い込んでいた)現在はwebに出回っており聴くことが出来る。アナウンス込みの放送二回分で一回目は米ソ両国歌から始まり、エロイカ3番の1,3,4楽章、二回目はピストン6番終楽章、ダフクロ2組と、私にはよくわからないアンコール一曲(古いぽい)の組み合わせ。同曲全曲ライブは1960年6月のニュージーランド録音が残っているそうだが、音源化は不明。しかしぜひ聴いてみたい魅力に溢れており、この演奏で同曲に一時期ハマったことをお伝えしておきたい。いつものピストンの、ヒンデミット的対位法を駆使した立体的構造は極めて見通しよく、何より旋律の美しさと管楽器の輝かしさに尽きる楽章。もちろんここにいたる楽章は暗いわけだが、でもいいのだ。コープランドよりもアカデミックだが、それは他国にはない「アメリカ・アカデミズム」である。フィフティーズの舞い上がる気分すらある(言いすぎ)。演奏自体、ミュンシュにしては手堅く踏み外さない面は否定できない。スピーチからはリラックスしたムードは感じられるのだが客席反応はどうかという部分もある(いちばん悪かったのはソヴィエト国歌(笑)のときだが)。ただ、ピストンはガウクもやっている曲であり、作風もソヴィエトアカデミズムに似通った部分があるので、受け容れられなかったわけではないだろう。

ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ(ピアノ)

○ミケランジェリ(P)(ARKADIA他)1952/2/12live・CD

作曲家絶賛のソリストによるモノラルライヴだが、ここでは不思議とよたったようなテンポをとっておりフランソワを彷彿とさせる不安定さがある。体調のせい・・・?○にはしておく。録音悪い。

ピストン:交響曲第3番

○クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R/ASdisc)1948/4/13live

ナタリ・クーセヴィツキー夫人の思い出に、という献呈もの交響曲で、アカデミズムの権化みたいなピストンの、いつもの交響曲であり、陰鬱な主題のうねる和声に揺らぐさまから、終楽章急に祝祭的リズムという形式。ひときわレクイエムの暗さが、悪い録音もあいまって聴く気をそぐが、クーセヴィツキーの単純だが求心的な棒は音楽を弛緩させず、いちおう聴きとおすことができる。ASdiscで出ていたと思う(バーバー2番とのカップリング)。○。

チャベス:交響曲第2番「インディオ」

○クーベリック指揮イリノイ大学管弦楽団(不詳)1952/3/29ウルバナ現代音楽祭live

かつてインディアン交響曲といわれた有名作品で今年のNYPのニューイヤーでも取り上げられたときく。派手派手しい音響と不規則なリズムは比較的人好きするもので、旋律もわかりやすいのでとり上げられやすいのだろう。クーベリックはこの曲にあっている。コープランドとヴィラ・ロボスの目立つ部分をかけあわせたような(それでいて構造的にはヒンデミットだったりミヨーだったり)躁状態の曲に、躁状態のクーベリックが飛び掛り、腕におぼえのオケのソリストや打楽器奏者を煽りまくって盛り上げる。なかなか。○。

オネゲル:モノパルティータ

○クーベリック指揮イリノイ大学管弦楽団(不詳)1952/3/29ウルバナ現代音楽祭live

単一楽章にまとめられたパルティータといういかにも晩年オネゲルらしい数学的な題名だが、組曲的な側面は浮き立ってこず比較的有機的に組み合ってすすみ終了する。クーベリックの芸風は終始ハイな状態で起伏の伏がない。このような渋い曲だとそこが耳障りに感じられるようになっていく。この演奏は私はなじめなかった。といって、まあ、ほぼ録音記録としても最初のものなので、しょうがない面もあろう。

ビンカード:太陽の歌い手

○クーベリック指揮イリノイ大学管弦楽団(不詳)1952/3/29ウルバナ現代音楽祭live

いくつかの新作といっしょに演奏されたものでこのてのオケにしては上出来。クーベリックの指揮であることを考えると元々個々の演奏者の技術も非常に高いことが想像される。この作品は独特の新味があり、もちろんプレーリーの作曲家らしいコープランドのエコーは感じられるしヒンデミットのマチス交響曲終楽章あたりの影響も部分的にはあるのだが、この時代にありがちの作風とはいえ、このあとのRVWの6番やオネゲルのモノパルティータ、チャベスのシンフォニア・インディアと比べて「聞いたことの無い動き」が体感できるものとしては特筆すべきところがある。

ミヨー:プロテー第二組曲

○スタインバーグ指揮ピッツバーグ交響楽団(ASCAP)1952live・LP

編成が大きいためか押し出しが強いので牧歌的な同曲の美観を楽しむ向きにはすすめないが、理知的な指揮者のしっかりした構成感にもとずく演奏であるためミヨーらしい重なり合う響きがよく聞こえる。和音の衝突が楽しめる向きには薦められる。リズム取りは単調で浮き立たない。録音良好。○。

ベルリオーズ:幻想交響曲

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(いろいろ)1964(2月?)live

ベルリオーズの前衛性をえぐり出すハッキリした彫刻、直線的で颯爽としたテンポ、力強くたたき付けるようなリズム、それら以上にやっぱりこれは断頭台への行進からサバトの流れの鮮やかな盛り上がりに尽きるだろう。この演奏を一位に推す向きもあるようだが放送エアチェック録音ゆえきわめてクリアさに欠け、低音がやたら強く出るのはなんとも聴きづらい。瓦解しがちな構造の楽曲ゆえひときわ骨張った演奏になりがちで、ミュンシュのごり押し肉感スタイルだけでなんとか聴けるレベルになっているような感もある。○。

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ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

マイナルディ(Vc)レーマン指揮ベルリン・フィル(DG)

いわゆる「名チェリスト晩年様式」である。無骨で音量操作がうまくいっていないが、長い音符の音色にのみかつての甘く美麗な特質があらわれている、ということだ。かなり危うい。またソリスト以外もぎくしゃくして山がなく、奇妙に聞こえる箇所も散見されるが、これはたんにソリストとバランスを保つためのやり方だろうか。ドボルザークでもブラームスでもない音楽。聞き方によってはてんめんとしたホウエツ的演奏・・・と言えるか?ステレオ。無印。

ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー

○タッキーノ(P)不明

音質より恐らく正規音源によるものだがweb配信のデータでは不詳。曲がよくできているのでソリストさえ万全なら言うことない。おしなべてうまく、適度に遊んでいるのがいい。美しく透明な音が印象的。

ガーシュイン:パリのアメリカ人

○タッキーノ(P)不明

音質より恐らく正規音源によるものだがweb配信のデータでは不詳。ブラスのあからさまな瑕疵があることから放送ライブか。クラシック音楽スタイルながらもきっちりジャズ風を吹かせ、楽しさと理知性のバランスをとっている。同時代のクラシック楽壇によく学んでいるなあ、と細部の響や動きを楽しめる精度。そういう現代的なスタイルだからこそライブ感はなく、凡百感もあるが、日常に楽しむには十分。
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