アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第4番

○ハーン(Vn)リシッツア(P)(DG)2010/6・CD

二楽章は感傷的だけどコントラストが弱い。最初から運命が扉を叩く力が小さい。。物語性が薄い。。あの印象的な開放弦のピチカートがさらっと流されピアノのさらさらした旋律に引き継いでしまう。。考えすぎて原点を忘れた演奏。。激しさが足りない。即物的なものを好む人向き。アイヴズ特有のノスタルジーが無い。。
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アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第3番

○ハーン(Vn)リシッツア(P)(DG)2010/6・CD

アイヴズのヴァイオリンソナタに実演を通じて集中して取り組んできた成果として録音された全集の一部。基本ライヴ向きの即興性を備えたアイヴズの曲でありヒラリー・ハーンもいくつかの実演で異なるアプローチを試みたそうだが、ライナーを見る限り恐ろしく真面目にアナリーゼを行い、煙に巻かれながらも試行錯誤、実演のうえ出した結論がこの音源のようだ。そのため従来の録音とはかなり異なる印象を与えるところもある。ピアノに細心の注意が払われているのは特筆すべきで、アイヴズがともするとヴァイオリンのオブリガート付ピアノソナタのように曲を作り上げている逆転現象を、精密な和音進行の再現によって明るみにしている。ズーコフスキらいわゆる現代音楽演奏家とは異なる独自のやり方で、表面上フランクのロマン派ソナタを装ったこの曲からロマン性を取り去り譜面からだけアプローチする。むかし自分が試みていた甘さを恥じた。ちゃんとやろうとすると、こんなに難しいのか、アイヴズ。

ただ、アイヴズは半分ジョークだとは思うが、自分が古臭いフランクのスタイルでも書けることを無理解な聞き手に訴えるべく形式的に書いた、と言っていたらしい。もちろん実態はきつい皮肉に満ちて原型を留めていないものの、そういった作曲意図に沿ったロマンティックな志向が入っているかどうかというと、無いと言わざるを得ない。

すれっからしの勝手な思い込みアイヴズ好きの立場からすると、求道的姿勢がもたらした「引っ掛かりの無い整合性」、ヴァイオリンの音色変化の乏しさ、客観的解釈はズーコフスキのコンテンポラリーなアプローチよりましとはいえ、今まで親しんできたロマンチックな旋律表現に通底するノスタルジックな感傷性と、何も考えずがゆえ和音の破壊的衝突ぶりの面白さが感じられないのはつらい。

マーラー:交響曲第5番

○ホーレンシュタイン指揮BPO(放送/PASC)1961/8/31エジンバラ音楽祭live

ホーレンシュタインとベルリン・フィルの関係は古い。1920年代のブルックナー7番は最初期の録音として認知されている(マーラーの歌曲も録音している)。ユダヤ系であり、奇しくもある意味似たスタイルを持つクレンペラー同様、亡命後は自分のオケを持たない不遇の時代を長く過ごしたが、これまたクレンペラー同様VSOとのVOX録音が大量に残されていることは幸いである。共にマーラーとブルックナーの十字軍であり現代音楽擁護者だった。ホーレンシュタイン自身はウィーン育ちで(マーラーを聴く機会もあったが逃している)指揮デビューもVSOとの巨人他だった。そういう意味で柔和なワルツ表現に通じていたが、既にBSOのシェフとしても拠点にしていたベルリンにてフルトヴェングラーのアシスタントの座を獲得し、25年から29年までベルリン・フィルを振る機会を得ている。憧れのフルトヴェングラーとの経験が男らしい剛直性と肉感的アプローチといった個性に取り込まれたことは言うまでも無いだろう。アカデミックな研鑽を積んではいるものの、複雑な近現代曲を直感的に掌握し振る才能には若くして定評があった。晩年頻繁にイギリスに呼ばれるようになったが、BBC企画による59年3月20日「千人」を無経験のままほぼ一発で演奏し上げ大成功をおさめたことが大
きい(近年マーラー再評価の標となった)。VOX録音時代にはフルトヴェングラー様のスケールの大きい有機的表現が特徴的で、ロマン性が強かったが、同時にコントラストの強さ、すさまじいフォルテッシモも持ち味であった。晩年にはそれらは巨大な理知的構造の中に取り込まれるが、ライヴでは凄まじいものも残した。5番はその一つである。

ベルリン・フィルがカラヤンの指揮下に入ってからまだ7年程度とあって楽団にはフルトヴェングラーの匂いが残る。とくに弦楽器だ。ホーレンシュタインによってより厳しく統制されてはいるが、とにかく音が均質で融合し、響くとまるで一本の大きな楽器のように強靭になり、かつ自在に動く。また管楽器についてはカラヤンの要求に従い増強が図られていた時期であり異常な「肺活量」を要求するこの曲ではいい方向に働いている。それらセクション同士のアンサンブルは訓練されバランスよく強固で、そこらの「突出オケ」とはわけが違う。

前置きが長くなった。一楽章はホーレンシュタイン後年のやや遅いテンポの中にドラマティックなアーティキュレーションを盛り込んでいく。しかしこれよりも2楽章の凄まじいロマン性に瞠目する。目まぐるしく変わる悲劇的曲想を柔軟で有機的な横の流れのうえでびしっつ、びしっと決めていく。ラジオ放送録音なのでモノラル末期盤同様多少は録音マジックを割り引いて聞かねばならないが、それでもバス音域楽器の底強さは音楽を揺り動かし弦楽中声部の太い響きとがっしり組み合っている。マーラーなのでわりと掛け合い数珠繋ぎのアンサンブルになる場面が多いが、もうベルリン・フィルを使うのは反則、というか、音量的にも音質的にもブラスと弦が対等に渡り合っているのが凄い。マイクはあれだけ吼えるホルンに近い位置にもあり、ちょっと不自然な点録音設備でよくバランスをとっているということもあるかもしれない。どんな指揮者でも楽曲でもベルリン・フィルを使うと名演になる。これは真理であり、ホーレンシュタインの若干形式主義的な堅苦しいマトリクスも、その空間にみちっと音を詰めてくれて、骨皮に血肉を与えるとまでいうとホーレンシュタインのことではなくなるが、それに近い「補完」をしてくれる。いや逆にホーレンシュタインとBPOだからこそこの奇跡が生まれたのだ。とにかく、2、続いて3楽章も気分の浮き沈みの激しいドラマが演出され揺り動かされる。ファーストホルンの物凄い息の長さにも着目。ホーレンシュタインの面目躍如たる完璧なウィンナーワルツもじっくり聴くべき。すばらしいリズム感だ。決してテンポに影響させないのが凄い。

アダージエットはいつものホーレンシュタインである。冷静で静謐。清澄で綺麗。よくドライブして歌わせるしアンサンブルは言わずもがなだが、個性という面では弱いし、こういう曲はロマンティックな即興指揮者の領分かもしれない。終楽章はアンサンブルの化け物だが、前記のとおり合奏でホールをとどろかせる場面はわりと少なく、数珠繋ぎの線的な書法による部分のが目立つ。ソロ表現になってくると楽器おのおのの個性が出る。オケ総体のパワーが一番の売り物であるベルリン・フィルにとってはやややりづらいのかもしれない。これはもう近年のBPOのうわさ話だが弦楽器奏者はもはやソロを演奏するような「作り」になっておらず、ギリギリ弓を押し付けるように弦を軋ませ、ノイジーな大音量の中に正しい音を情報量たっぷり盛り込むやり方をする。ノイズ部分はホールに「吸わせる」のだ。だからあのようなパワフルな演奏ができる、という見方である。俄かに信じがたいし一つの弾き方しかできない人間もいまどきいないと思うが。弦のソロはともかく、管楽器のソロにもそういうことがあるのかもしれない、と思うのはこういう楽章での「平凡ぶり」である。パワフルに合奏させる場面ではホーレンシュタインの面目躍如といった強靭なアタック、巨大なクレッシェンドが圧倒してくるわけだが、牧歌的にやり取りしているところでは、普通、である。暗い、とも言える。これは元からそういう音のオケだしピッチも低いのでしょうがない。あとこのあたりからノイズや撚れがかなり酷くなってくる。これは放送エアチェックを継ぎ接ぎしてなんとかレストアした音源(webにある)で、これ以上は正規化しないかぎり望めないようだ。ずーっとジャズが小さく混信している点も付記しておこう。形式的な表現をとるホーレンシュタインにしばし息をつくが、最後が近づくにつれ設計どおりか盛り上がりができてくる。リズムはより明瞭にマーチはリズミカルに、イキイキとしたクレンペラー、といったふうだ。うねるようなクライマックスからコーダの凱旋、一発ブラヴォーはもう何も言えない。そこまでの凡庸さを覆す勢いだ。総体としては○だが、中間楽章は◎。ホーレンシュタインの5番はこれしか無いと思う。pristine配信音源はデータが詳らかではないが同じとみなす(未聴)。

バーバー:メデアの瞑想と復讐の踊り

○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(ALTUS)1960/5/29live・CD

来日公演の演目だが珍しかったろう。当時のこの組み合わせのレパートリーであった。その全記録中ではこれは録音がクリアで抜けがいいから聴く価値はある。バーバーというと重い響きだがここでは必要な音しか重ねず旋律的にもヨーロッパ的な古臭さは無い。演奏は達者だ。聞き応えあり。○。

カウエル:弦楽四重奏曲第2番(弦楽四重奏のための楽章)

○ドリアン四重奏団(COLUMBIA)1939/9/27・SP

小品ゆえ何とも言えないが、暗いロマン派音楽。カウエルは手法こそ多彩ではあるが根はシンプルであり、初期も後期も変わらない。○にはしておく。

ピストン:弦楽四重奏曲第1番

○ドリアン四重奏団(COLUMBIA)1939/9/27・SP

一昔前の中欧の室内楽を踏襲したようなところが気にはなるが、ピストンならではというか、晦渋に没することなく日和ったような楽想を織り交ぜるところは魅力があり、それなりに楽しめる。演奏は達者。3楽章制で短い。○。

ピストン:ヴァイオリン・ソナタ

クラスナー(Vn)作曲家(P)(COLUMBIA)1939/11/24・SP

駄目曲の見本のようなもので、初期コープランドに余計な中域音をどばっと注ぎ込んだような、限られた音だけを使い同じ和声をひたすら繰り返し綴っていくような、じつに暗い世紀末的駄作。ピストンの垢抜けた部分は2楽章に僅かに垣間見えるのみである。ベルクの初演で知られるクラスナーも現代音楽演奏家という枠に縛られているようなところがあり、よくこんな譜面を読むのも嫌になる凡庸な曲をそこそこ聞けるくらいまで持ってきたなあという感じ。譜面自体も難しくなさそうだけど。無印。

フランク:交響曲

○ウッド指揮クイーンズホール管弦楽団(COLUMBIA)1924/7/2,9,16・SP

プロムスの初期の立役者ヘンリー・ウッド卿と手兵による演奏で、録音がよく小規模編成でありながらも堂々とした曲の構造を崩すことなく、トスカニーニ張りのスピードで突き通している。柔軟な物腰はトスカニーニとは違い穏健なイギリス風とでも言ったほうがわかりやすいか。この曲は私は非常に苦手で、変にロマンティックに振れると曲想・表現が限られているゆえ却って退屈になるし、ドイツ的に構築的にやられるとこれまた単純にブルックナー的な意味で飽きる。おそらくこの演奏の成功はそのスピードにあることは明白だが、オケの古びた響きや木造ホール(?)の残響の吸収具合が、作曲当時の生のままの楽曲の魅力を伝えている、というようなことかもしれない。現代のオケにはあわない曲なのかもしれない・・・

アイヴズ:ウィリアム・ブース将軍の天国入り

◎ネイサン・ガン(B)ギルバート指揮NYP他(放送)2004/5/20live

4番シンフォニーとこれ、あとはベルクなどを演奏したようだが、アイヴズが取り上げられるときは決まって何かの付けあわせで、なおかつ譜面の悪さもあって手抜きも多いのが正直なところ、ここではメインにアイヴズを据えていること、アメリカの、NYPであること、そういうところからして全く手抜きはない。この曲は1919年に管弦楽伴奏に編曲されたもので、見事な効果をあげる。アイヴズのあまたある歌曲の中でも有名であり、救世軍設立者で初代大将で知られるウィリアム・ブースの死のことを歌っているわけだが(アイヴズはピューリタンの末裔を自認するほどのプロテスタント的な立場をとっていた)、そんな歌詞をよく汲みながら、ユーモアたっぷり、ライヴ感ばっちりな演奏に仕立てている。こんなに面白い演奏も他にない。◎。モノラルだが。

アイヴズ:交響曲第4番

◎ギルバート指揮NYP他(放送)2004/5/20live

こんなやりたい放題のアイヴズは初めてだ。驚いた。2楽章の攻撃的なアタック、愉悦的な表現はもはやアイヴズの目した空間的カオスよりも突き進む音楽とその連環の生み出すグルーヴ感の演出、それだけを考えているのである。3楽章は弦楽四重奏からの編曲であり生硬なコラールだが、アラン・ギルバートはそういったよそよそしい「敬虔さ」を取り去り、マーラー的なオケをドライヴし生々しい旋律を煽っていく。ここまで聞きやすい3楽章は無い。4楽章はストコフスキふうの散漫さに戻ってしまい少し残念だが録音のせいもあって神秘性よりも生々しいただの音楽としての魅力が増している。1楽章はまあ、事実上全曲の提示部なので・・・◎にせざるをえまい。モノラルだったとしても・・・

テンプレ:わたしのブログ総括

ちょっと総括したくなりました。いくつかの私ブログにばら撒いてみます。
わたしに興味のあるひとなんていないと思いますが、いたらどうぞ。

<クラシック音楽系ブログ(一部普通の日記)>2003年~
ジオ内のものはそれなりにボリュームがあります。けっこうマニアにあけすけです。

2003/7-12
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/2678/nikki.html
2004/1-6
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/2678/nikki2004.html
2004/7-12
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/2678/nikki20042.html
2005/1-2
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/2678/nikki2005.html
2005/2以降
http://blog.goo.ne.jp/r_o_k/c/d2a1fd2a9f1941497c35322a948e98b3

<洋楽・邦楽系ブログ:2008(2000年代の記事含む)>~2010年
これはほとんど記事がありません。ライヴがあったとき衝動的に書いていたものです。

2000(2008/6/2)-2010/11/16
(以後 http://okab.exblog.jp/ 統合)
http://music-complex-oka.blogspot.com/

<ニュースブログ(一部普通の日記)>2004年~2010年(実質2006年9月)
(2007年より http://okab.exblog.jp/ 併合)
これは日次更新のブログとしては最も力を入れていたもので、860記事もあるそうです。
携帯向けの写真付ニュース・モブログです。

http://nikki-k.jp/pag_diary_list.php/oka

<普通ブログ>2005年~
マイプロフィール(ドリコムブログ)の日記として2000年代初期よりたまに更新していたものの後継でした。当該ブログはサービス終了にともない消滅したようです。

2005/9/27-11/2
http://okab.web.infoseek.co.jp/2005nikki.html
2005/10/1-2006/6/7(一部重複)
http://normalokaba.blogspot.com/2006/06/blog-post.html
2007/5/14-
http://okab.exblog.jp/i8/
http://okab.exblog.jp/i24/
http://okab.exblog.jp/i1/

<奇談・怪談>2000年~
ブログではないのですが、後期ニュースブログ化し、現在はほぼtwitterに機能移管した状態です(各オカルトサイトからのRSSフィード自動転送のみ)。 #不思議 ないし #fushigi のハッシュタグでほぼ追えます。

1989(2000web化)-2006/4
http://okab.web.infoseek.co.jp/yawa_menu.html
2006/4/14-2008/10/29(オリジナル記事は2006/9/12迄)
http://okab.web.infoseek.co.jp/kainews.html
以後
http://okab.exblog.jp/i5/
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ラヴェル:道化師の朝の歌

○デルヴォー指揮NHK交響楽団(KING/NHK)1978/11/17live・LP

デルヴォというとフランスの指揮者の中でも劇場中心に活動していたせいか一段下に見られ、演奏自体もムラがあり感情に流されがちなところが「面白い」か「ヘタクソ」か評価が分かれていた気がする。プーランクの作品の録音においては安定した評価を得ている。来日公演も記憶に新しいところでこれはそのうちの一曲。今聴くと管楽器が酷い。この曲はそもそも管楽器のソロ各々の技をパノラマ的に見せつけていく曲であろう。とくに木管だ。急峻部がひどい。単音をタカタカ刻むスタッカートが、誰一人吹けてないと言っても過言ではない。まさに精密機械のように管弦楽を細かいパーツにばらけさせ組みあげるラヴェルの書法は演奏側にとってはまるで連続性のないフレーズの羅列で、特にこの曲は一部ソロ旋律楽器や打楽器を除けばもう指揮者さんまとめてください、というより他ないバラバラな楽譜なのだが、そこは巧い。もう一つ重要なリズム要素にかんしてはもうデルヴォの愉悦的なノリがオケに浸透し、これしかない、と思わせる。これはドイツの指揮者には無理だ。これらを加味して○。

ヒンデミット:4つの気質

○ホッレチェック(P)スウォボダ指揮ウィンテルトゥール交響楽団(westminster)1951・LP

ピアノと弦楽オーケストラのための主題と変奏、ということでテーマを加えて5曲の組曲となっている。ハスキルがやったことで知られる。このソリストはスウォボダと組んでバッハなどいくつか録音を残しているもののよくわからない。読みすらわからないので綴りを書いておく。holletschek。それほどレア盤ではなかった(室内音楽第4番op.36-3ヴァイオリン協奏曲については昔書いた)が今はレアとされることもあるようだ。少し前はwebに出回っていた。演奏は明快な表現をとるソリストにまず好感。スワボダもこの組み合わせは手馴れたものできっちりつけてくる。ドイツ的な重さがそれほどなく、楽曲の歌謡性が浮き立ち楽しい。曲は親しみやすい。○。

ラヴェル:ピアノ協奏曲

○ミケランジェリ(P)ルンプフ指揮NHK交響楽団(KING/NHK)1965/4/3東京文化会館live・CD

N響は何度もこのてのライブ音源をシリーズないしボックス化しているが今回は二度めのLPボックスに含まれていたものを含むシリーズ、その中の一枚。全盛期のミケランジェリというだけで大いに期待されるものだが技術的に難のあるドイツ寄りのオケであった楽団との取り合わせの妙も。一楽章は遅い。まるでオケにあわせるように、確かめるようなテンポの上でこの曲に秘められたラベルの独創的な書法を明らかにえぐって見せていく。こんなテンポでは指がもたつきかねないがミケランジェリの技術は確かだ。ラベルが称賛したピアニズムはラベル好みの即物性が際立ち、この曲でもともすると感情のない機械のようなスピードオンリーの演奏をしたりもしているが、腹を開いて音構造を示しながら弾き進めるさまが意外に楽しかった。二楽章はホルンソロに大ミスで台なし。昔なら正規音盤化しなかったかも。三楽章はスピードが戻り鮮やかなミケランジェリの指の踊りを楽しむのみ。オケもまあまあ。○。

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

○A.ヤンソンス指揮ドレスデン・シュターツカペレ管弦楽団(WEITBLICK)1971/5/28live・CD

父ヤンソンスの演奏はムラがある。直截で、いい方に働けば気を煽られトスカニーニのようなスポーツ的快感をロシア式の発声法のうえで得られるが、悪い方に働くとテンポが愚直なまでに揺れないのに演奏はロシア式にグズグズになりがち、ということがある。この演奏は前者というかけっこう素直に楽しめる。揺れないチャイコだなあ、という残念感もあるが、ダイナミクスの変化ははっきりしており、オケの暗く硬い特質をチャイコぐらいのやわらかくほの明るいところまで持ってきている。ライヴでもあり精度にはそれほど期待できないが、アルヴィット・ヤンソンスが精度を上げると聴いてられないくらい冷血演奏になりかねない気もするのでこのくらいがいいのだろう。どの楽章も楽しめるが3楽章は熱く突っ走る。ステレオ表記があるがモノラルぽい、とは店舗の謳い文句だが、客席雑音が入ることからも一本マイクを客席の中央部に立てている可能性もあり、それだとステレオ感が捉えられないこともあろうので、保留としておく。○。

ロフラー:少年時代の思い出(ロシアの村の生活)

○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(放送)1939/1/7live

半音階的で一部前衛的というか印象派的な当時としては新鮮な書法をまじえた、世紀末ロマン派的作品。最初と最後にロシア民謡(最後は例の「ヴォルガの舟歌」を先鋭な響きの中に変容させている)が入るところが回想なのだろう。同曲の紹介者としてたびたび演奏したというトスカニーニはロマンティックでありながらも音と音の関係性を明瞭にしている。録音はノイズまみれだが時代からするとクリア。○。

ガーシュイン:交響的絵画「ポーギーとベス」(ラッセル・ベネット編)

○スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団(WEITBLICK)1996/9/20LIVE・CD

スベトラ晩年の肩の力の抜けた楽しい演奏。編曲のせいもあって非常にシンフォニックでガーシュインらしさの薄い演奏になっていて、それでも感傷的で甘やかな指揮ぶりは十分に魅力的なのだが、意外や意外、ラストはとてもリズミカルなガーシュインそのもの、オケが低温なので温まる時間が必要だったのかスベトラが温まる時間が必要だったのか多分後者だが、この一夜のガーシュインプログラムの中では頭ひとつ抜けて感情の入った演奏になっている。○。これはスラットキン(同じようにナマズ横丁組曲版を録音している)とは違う。

ヴァレーズ:イオニザシオン

スロニムスキー指揮汎アメリカ室内管弦楽団(columbia/SYMPOSIUM/NMQR他)1933/3/6・CD

超長生きした初演者による初録音盤で初演直後のものとされている(録音日記載が初演日)。SYMPOSIUM盤は話題となった幕の内弁当で長いことワゴンで叩き売りされていたが、個人的に入手していた気もするのだが出てこない。バーチャルレーベルとしてNMQが復刻したものが手元にあり、そこにはアイヴズの初録音もの(スロニムスキーはアイヴズ初演を手がけている)と同時に初演者と作曲家のざっくばらんな対談抜粋も10分程度収録されている。演奏は素朴の一言。作曲家が叩きつける様に口ずさんだリズムの交錯もわりとぼやっとして、それは録音だけのせいではあるまい。いわゆる未来派的な、肉の無い骨だけの音楽を楽しめるかどうかはともかく、歴史的価値はあるのだろう。6分弱の演奏時間だが、よくわからないのだが、20分以上の演奏をしている盤もあるらしい。スロニムスキー対談は初演40周年の1973年のもの。全編はこちらでストリーム配信されている模様(M&A)。無印。

録音月を誤記しているものもある。

ミャスコフスキー:弦楽四重奏曲第13番

○ベートーヴェン四重奏団(westminster/melodiya)1950年代・LP

大量にある作品中でも名作のカテゴリに分類される最後の作品。序奏こそ「また国民楽派の室内楽か・・・」という陰鬱さに聴く気をなくさせられるが、この作曲家としては驚くほど機知にあふれた音楽が展開されていくうちに引き込まれる。あくまでこの時代のソヴィエトの「風紀」の中で、ということにはなるのだが、構成力の高さ、和声展開の独自性、加えて構造の見事さがこの作品に見られる特長である。やはり大規模作品より小規模作品に自己の真実を投影していこうとしていたのだなとも思った。ベートーヴェン四重奏団は音色の郷愁性に惹かれるが演奏も破綻なく巧い。○。
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