ドヴォルザーク:交響曲第7番

○セル指揮クリーヴランド管弦楽団(DA:CD-R)1967/10/6live

正規化されたかは知らない。このウラ青だとノイジーでかすれもあり聴きづらい。セルはドヴォルザークとなると異様な熱気を発する。血のなせるわざか、クリーヴランドの弦が速さについてけなくなるギリギリまで直線的な流れを作り音楽を盛り上げる。曲がかっちりと、かつ簡潔にかかれているのでけっこう全パート手の抜けない感じなのだが、その意味ではさすがクリーヴランドと言える。全編聞き所といっていいが個人的には1楽章と3楽章、トスカニーニの再来かと思わせる統制ぶりが心地よかった(もっとリズミカルだが)。○。
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ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

○スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団(weitblick)1983/1/14live・CD

イケイケ具合が特に後半楽しめる演奏。前半はわりとまともで直線的ですらあるが、3楽章での熱狂から4楽章での乱れるすれすれで頑張る感じがいい。もちろん終楽章末尾は全楽器でジャーンで終わる改変あり(ほんとは低管だけが残り余韻を残す)。ただ、スヴェトラらしさというのは余り感じない。それはオケのせいでも時期のせいでもあるだろうか。もっと希有壮大でブカブカ鳴らす音楽を予想していた向きにはすかされる可能性もなくはない。私はロシア盤より聴きやすかったが、印象には正直残りづらかった。終楽章末尾も断ち切れるようにあっさり終わり、客席反応は普通。○。

カウエル:マノノーンの潮流

○作曲家(P)(smithsonian folkways)1963初発売・CD

トーンクラスターはバルトークが用語としての使用許諾を求めたことで有名なカウエルの代表的な概念だが、先行事例がないわけではなくカウエルと一時期親しかったアイヴズが一定の長さの木片で鍵盤を押さえる方法を使っていて、また管弦楽においてはトーンクラスターと呼ばざるを得ないような混沌とした音響を提示している。ともあれ「理性的に」この方法を取り込んだのはカウエルが最初であろうし、この曲がその代表的な作品であることには異論はない。若書きの作品でもあり、右手の旋律と後半部で左手に現れる対旋律のとつとつとした組み合わせだけを取り出してみればケルト民謡に基づく、いわばヴォーン・ウィリアムズのような感傷的な旋律音楽でしかなく、陳腐とすら言える。肘を使って低音部で奏される「運命の大波」こそがこの曲の肝であり、演奏者の柔軟性なり経験なりが試される部分だと言えよう。なかなか聴きごたえのある実演を聴いたことがあるが、それにくらべてこの自作自演がどうかというと、下手。旋律の動きにリズムが乱され、クラスターとのバランスもややぎごちなく(リズム的には旋律とクラスターはまったく同期がとられている)、これはこの自作自演アルバム全体に言えることだと思うが、専門ピアニストではない、ということを否応無く印象付けられる。そういう観点から、骨董価値を見いだしてのみ聴く演奏だ。○。

ドヴォルザーク:交響曲第8番

○クーベリック指揮チェコ・フィル(supraphon)1944/11/30live・CD

最近出たクーベリック・チェコフィル組盤の中の一曲だが既出であるという。意外と実直でドイツっぽい演奏になっている。クーベリックが特にライヴで爆発させたテンションがここにはない。フォルムのがっしりした楽曲に沿うようにテンポも余り動かず音量変化もゆるやかで、しゃっちょこばった印象は否めない。とても舞曲とは思えない三楽章にそれは顕著である。どうしたんだろう、という感じ。オケは強力だし時代のわりに音が聴きやすいので○にはしておく。

マーラー:交響曲第7番「夜の歌」

○マゼール指揮NYP(NYP)2007/6/20-23live

マゼール・ニューヨークフィル・チクルスの一枚。NYPサイトより有料配信されている。とにかくやたらと遅くて、粘り腰が持ち味かと思ったら急に通常並みのテンポで快活に進み、マゼール近年のイメージから外れていない演奏だが、ここではとても厳しく統制され乱れのない演奏ぶりが聴くものをひきつける。フィナーレ末尾の異常な遅さに対してブラス陣の力強くけして途切れない肺活量の凄さに感動をおぼえる。そしてフラブラの凄まじさからもこの演奏の魅力が伝わってくるだろう。1楽章ののっぺりした遅さでウンザリしてしまったらもったいない。3楽章あたりからの流れを楽しもう。マゼールはクレンペラー的な表現主義者ではないので、4楽章の生ぬるい音楽はそれなりに柔らかく仕上げている。○。

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

○クーベリック指揮チェコ・フィル(supraphon)1945/12/13live・CD

クーベリック/チェコ・フィル時代の録音の一つだが、クーベリックらしく雑味も厭わずつんのめり気味に突っ走る演奏でそういうのが好きな向きには聴いていただきたい。とにかく感情的に突っ走るので弦が必死に追いつこうとがんばる(しかもこの時代のチェコフィルなのでなんとかついていっている)一方、木管が最初からピッチがあわずテンポも後ろ向きでミスも散発。録音がそんなによくはないので音の詳細はわからないが、そういう詳細にこだわらないライヴを繰り広げる指揮者なのであり、楽曲のフォルムが崩れても気にしない人なのであり、興奮するか噴飯するかはクーベリックの、まだ中年の頃の芸風を理解できているかどうかにかかっている。この曲だから、とにかく全編ウィリアムテルなんですよ、ということで早回し映画の劇伴音楽気分で楽しむがよし。縦の揃った演奏ばかりの中、前に倒れかかった演奏ぶりは今では聴けないたぐいのものだろう。終楽章は強引に盛り上がるので楽しい。○。

フランセ:ピアノ三重奏曲

○ハヴェニス(P)ガウリロフ(Vn)ゴリツキ(Vc)(wergo)1989・CD

ピアノ三重奏曲というとチャイコしかりラヴェルしかり内容が濃く技術的にはソリスト級の演奏家が集まってやるレベルのものを想起させるが、そこはフランセいつもの調子で軽い。楽章数は4つと平凡だがどれも4分前後で、洒脱な旋律と軽いアンサンブルを楽しむだけの15分強。ジャズふうの走句も「え、現代でまだそれ?」などと言わず素直に楽しむべきだろう。取り立てて言うことは無いが、この作曲家の職人的作風が好きな人ならどうぞ。演奏はやや地味。

エルガー:弦楽セレナード

○ボイド・ニール指揮ボイド・ニール弦楽合奏団(PASC/decca)

pristineのSP復刻音源。3楽章制の小品だがそれなりの演奏精度を求められるエルガーらしい作品。しょうじきブラームス的な重みと前時代的な旋律は私の苦手とするところでもあり、曲も個人的には印象に残りづらく感じる。演奏はボイドニールらしく、昭和初期という時代にあってここまでしっかりしたアンサンブルをこうじているのは注目に値する。もっと旋律が浮き立っていいと思うが録音のせいか。○。

マーラー:交響曲第9番

◎バーンスタイン指揮イスラエル・フィル(helicon)1985/8/25live・CD

録音状態にけちをつける向きもあるかもしれない。しかし、バンスタのM9というのは異論を差し挟む余地の無い一つの頂点を示していると思う。オケがすばらしい。田舎臭さも鈍重さも無く、バンスタの要求にびしっと応え、バンスタの解釈を完璧に再現している。ベルリン・フィルなどとのライヴに比べると強烈な個性には欠けるかもしれない。やや即物的な解釈に寄っていて、スピードも速く感じる。だが、スヴェトラーノフがかつてそうであったように、「やってほしいことを全てやる」演奏であり、「ここではこう行ってほしい、行ききってほしい!!」という期待に全て答える。ここが、かなり伸縮し恣意性の強い演奏にもかかわらず「聴きやすい」と感じるゆえんでもある。とくに聴きやすいな、この演奏は。過剰な思い入れとプロフェッショナルな「技」のバランスのとれたすばらしい演奏。規律のとれた一楽章がいいのだが、中間楽章も実に聴きやすい。個人的にこの曲の中間楽章はキライだが、これはとても愉悦的で、絶望的だ。終楽章には少し弛緩を感じた。
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