ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番

○コーガン(Vn)ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団(metrognome records)1964/11/27-28live

荒々しいがコーガン最良のライヴ記録が聴ける。いかにもボストンといったオケの機敏さ、重厚さも良い方向に動き、ラインスドルフという職人によってソリストと丁々発止のわたりあいを聴かせ、それは終演後大ブラヴォーとなるだろう、という感じ。4楽章制の大規模な協奏曲で内容的には交響曲第10番を思わせるが、とにかくコーガンが外さない。あれだけガシガシと弾いているのにブレがない。音程感も完璧。通常神経質な演奏家だと整えようとするあまりドライヴ感が失われるところだが、神経質になる必要がないのだ。弾けてしまうから。もちろんスケルツォとブルレスカが聴きどころだが意外とパッサカリアも深淵を見つめるような表現の深さを感じる。有名なライヴ記録なわけである。荒さをマイナスして○にはしたが◎にしても問題ない出来。オイストラフのようなムラのない人だ。
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グラズノフ:交響曲第4番

○セレブリエル指揮スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(warner)2006/2/28-3/2・CD

なかなか聴き応えある。冒頭から異様にテンポルバートして思い入れたっぷりに旋律を歌わせるが、グラズノフの魅力なんて8割がメロディなのでこれは正しいのだ。旋律によって表現方法を変えておりメリハリがあるが、グラズノフが独自性は薄いながらもプロフェッショナルな技巧を篭めた、そのシンフォニックな構築性も楽しめる壮大な一楽章は名演だ。和声の動きも的確に聴き取れグラズノフの技を実感できる。スケルツォの中間楽章は前期グラズノフのボロディン的側面をそのまま打ち出しているが、これは無難か。三楽章はブラスが圧巻。ファンファーレから弦を圧倒する。弦もがんばるが音色が単調で起伏がはっきりせずアタックも揃わないところがみられる。ブラスも最初から炸裂しすぎて、そのせいかグラズノフはおろかロシア国民楽派共通の問題点である冗長さがどうしても感じられて仕方ない。これを押し切る演奏も多く、そうなると今度はコンパクト過ぎてしまうので、曲のバランスが悪いのかもしれないが。○。

プロコフィエフ:ヘブライの主題による序曲(管弦楽編)

○マルティノン指揮ORTF(VOX)CD

初めて聞いたのがこの編曲盤なのだが、学生時代のうちに原曲譜を手に入れ自作自演などに親しむうちすっかり忘れてしまった。いま再びこれを聴くとよくできている。原曲の敢えてでもあるチープさが、沢山の楽器によって厚みと多彩さを得て音楽的な拡がりをみせている。単純な管弦楽編曲には無い板についたものを感じるのはマルティノンの腕によるところもあるか。オケの透明感ある色彩もプロコの体臭を抜きくっきりと輪郭を浮き立たせる。ややしゃっちょこばったところもあるがこの組み合わせでは良好な方だろう。○。

ドビュッシー:フルートとヴィオラ、ハープのためのソナタ

○ウンマー(fl)カティムス(va)ニューウェル(hrp)(columbia)1945/4/24・LP

音は軽く単調で浅いが二楽章のフルートには驚いた。あのスピードで吹きまくるのは並ではない。ヴィオラとの絡みが音色的にもマッチしていて素晴らしい。全般ソリストとしてはどうかという地味なソリストたちなのだが、アンサンブルとしてはどうして聴き応えがあるし、フルートは特筆できる。ハープは印象に残らない。解釈はオールドスタイルのてんめんとしたところと即物的なさっさとしたところが交ざりうまく飽きさせないものになっている。

ルーセル:バレエ音楽「くもの饗宴」

アルベルト指揮セント・ソリ管弦楽団(OMEGA/hector:CD-R)1960年代

往年のフランス録音ではお馴染みの指揮者だが、つまらない。録音が弱く悪すぎるのもあるが、四角四面で、繊細なソリストたちの音色は辛うじて美観を保っているが、もう、聞き取り辛いのが度を越している。無印。

グラズノフ:交響曲第7番「田園」

○セレブリエル指揮スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(warner)2006/2/28-3/2・CD

かつてはロシアとドイツのオケによる録音しか無かったところへ近年イギリスオケのものが出てきていい意味でも悪い意味でもグラズノフのシンフォニーへの認知が高まったのは喜ぶべきことか。分厚いブラスの重低音に込み入った立体的書法、中欧指向の強まったグラズノフ中期以降の作品ではイギリスオケというのは決して釣り合った相手ではない。しかしセレブリエルのように垢抜けたあけっぴろげの表現が似合わないかというとそうではなく、終楽章の壮麗な音楽はとても聴きごたえがある。反面、このオケの弱いところが出たのは本作品のオケの腕の見せ所といったスケルツォ、もともと楽章間の対比を内容的にも強調すべきだと主張していたグラズノフがそれまでの牧歌的表情から豹変して祝祭的で前進的な音楽を描いた、そこを押さえていないと更に終楽章での「まとめ」との対比がうまくいかないのだが、弦や木管への技術的に苛烈な要求がこの楽章で極まっていることもありしょうじき聴いていて辛く思う個所もある。浅薄な響きもこの楽章の存在を軽くしている。浅薄な響きと言えば2楽章、世にも美しい第二主題がまったくそれまでの音色と同じ、まさにイギリスオケのあの明るく穏やかな音のまま流れて行ってしまうのもどうかと思った。出てくる音楽に思い入れのようなものが感じられ無いと成り立たないのだ。冷めているし理解していない。これはセレブリエルが1楽章と同じ調子で音楽を進めてしまったせいもあろう。ここでは暗い響きを強調してやはり、楽章間対比をハッキリしておかないとならないのだ。全般なかなかよいのだが、やはりロシアオケじゃないとこの長大な終楽章はもたないなあとか、スケルツォはオケの地力が無いとだめだなあとか、そんなことばかり気になった。3楽章が面白くないとこの演奏を聴いて言っている人はちょっと残念だよね。○。

ウォルトン:ベルシャザールの饗宴

○ノーブル(B)作曲家指揮リヴァプール・フィル他(EMI)1943

初演独唱者+初演指揮者が録音したオケ・合唱団による演奏というややこしい組み合わせによる旧録。SPとあって中音域以上は豊かで開放的で聴きやすいが時代柄オケの精度には問題がある。ペットで許しがたい事故がそのまま収録されているがあれはこのオケの弱みがブラスにあるという証左か。木管の鄙びた味わいや弦やパーカスとのスリリングなやり取りはウォルトンらしく引き締められたアンサンブルの上で生きている。シンフォニックな演奏ぶりで始めからハデハデしく覇気に満ちた全盛期ウォルトンの指揮であるものの、サージェントと比べるとやはり生硬なところはある。響きは素晴らしく整えられ誤魔化しがないが、リズム処理や合唱とオケの調和においてはサージェントに一長があるか。でも、サージェントとは全く違う芸風で、緩急の急が偏重されているのは人によっては好むところだろう。ノイズ耐性があるなら聴く価値あり。自作自演でもやっぱり、バビロンの饗宴の場面と、ユダヤの勝利の場面に音楽的に顕著な差は無く、その歌詞によってのみ内容の違いを窺い知れる。だからこそ、テクストをもとに聴く必要はあるし、この曲においてウォルトンはテクストを才能の発揮のための素材としか考えていないとみることもできよう。

ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

○クーセヴィツキー指揮NYP(whra)1942/3/1live・CD

重く粗野なドビュッシーだが、オケは巧緻で、その技術力をよく理解したうえで美麗な響きを引き出しており、ロシアの暴君、もしくはボストンの巧者というアンビバレントな指揮者としての面がよく表れている。最初は抵抗があるかもしれないが2楽章はとても美しい木管アンサンブルが聞ける。3楽章はさすがにミュンシュの力感には及ばない。録音はこのCDの中ではあまり良くない。残響でごまかしている。だが40年代のライブ録音といえばこんなものだろう。むしろ聴きやすいほうだ。クーセヴィツキーは録音が古いため損をしている。こういうリマスター盤はもっと出ていい。○。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

○クーセヴィツキー指揮NYP(whra)1942/2/22live・CD

戦中録音で緊張感が伝わってくる。またよくレストアされていて40年代の録音としては最上の聴きごたえと言える。やや低音部が弱いが楽曲的にそれほど違和感を感じない。クーセヴィツキーは異常と言えるテンポで突き進み(オケがまたよく応えている)、あくまで旋律を中心とした音楽作りをしている。そのため前に流れがちでそこはかなり違和感なのだが、重厚な響きで押し通されると、いつものクーセヴィツキーではあるのだが、説得力に納得させられざるをえない。1楽章はそれでも旋律をうねらせるようなことはないのだが、2楽章の木管ソロの歌い回しはまさにソリスティックで、完璧とは言えないが面白い。3楽章に重きが置かれ荘重なレクイエムのような世界が広がる。4楽章は再び1楽章の芸風に戻って突き進みやっぱりテンポが流れて行ってしまう感もおぼえるが、終演はジャーンと派手に終わる。拍手は普通。クーセヴィツキーには昔同じようなライヴ録音があったと思うが音質的にもこちらのほうがずっといい。最後に、やっぱりNYPは一味違うのだ。whraの新譜だが(2013年初)直販だと4日で届くので代理店通すよりよほど使い良い。

ウォルトン:ベルシャザールの饗宴

○ミリガン(B)サージェント指揮リヴァプール・フィル、フッダースフィールド合唱協会(EMI)1958・CD

海外のAMAZONなら手に入る。モノラルであり古い復刻であるせいかノイズもやや聴かれる。板起こしなのだろう、細部が不明瞭で分離が悪い。ウォルトンの立体的な書法の内側で、こみ入ったアンサンブルを機械的に組み上げる場面、だいたい大規模な曲では弦楽器が担うのだが、サージェントのアバウトな部分が出ているように聴こえるのはその録音のぼやけたせいなのか。しかし、表面に出る音楽は切っ先鋭く、リズム感が非常によくて、後半部ではウォルトンならではの行進曲ふうのフレーズのノーブルさ、付点音符付リズムのキレ、まことに聴きごたえがある。また、合唱指揮にはこの人の特長がよく出る。録音操作もあるのだろうが出過ぎも引っ込みすぎもせず非常にバランスよく、合唱と管弦楽の絡みが歪みなく聴き易い。これは完全全曲録音だが、楽曲の全容が全曲でないと伝わらないものであると言うこともわかる。話の筋や流れをちゃんと把握して聴いた方がいい。壮大な終端部もなかなかの威容。サージェントは同曲の初演者である。

プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第1番

○スタイヴサント四重奏団(columbia)1941/1/15・SP

あまりに遅くのんべんだらりとした一楽章、音外しもありどうもパッとしない。終盤でやっと乗ってくる。アンサンブルやハーモニーは美しくまとまっている。適度に表情付けもなされて何度か聴けば面白くなってくる。二楽章以降はちゃんとしている。スリリングとまではいかないし三楽章も今ひとつ深みが無いが、今の耳からしても十分楽しめる。上手いとはとても言えないが。。○。

レスピーギ:グレゴリオ聖歌風協奏曲

○スティーラー(Vn)ボルサムスキー指揮ライプツィヒ放送交響楽団(fr:CD-R/urania)1953

「噴水」を彷彿とさせる鮮やかな出だしに身を乗り出すが、ロマンティックなくぐもりを内包した音楽に流れてゆき、その重ったるさに胃もたれ30分強(ヴァイオリンという楽器の性質上しょうがないのだが)。ただ、演奏によるところも大きいし、グレゴリオ聖歌よりも民謡を思わせる親しみやすいフレーズが聴かれるところ、あきらかにRVWの作品に近似したものを持っていて清々しい。演奏技術はそう高いものは求められていないが、このソリストはいかにもドイツ風でギリギリ弦に弓を押し付けて単調な音をひたすら聴かせるオケプレイヤータイプ、音色での楽しみはほとんどない。ボルサムスキーは割りと幅広いレパートリー、とくに近現代を録音していた指揮者でここでも重苦しさはあるもののしっかりと音楽を届けさせてはいる。今これを聴く価値があるかどうかは疑問だが、私のようなボルサムスキーファンは持っていても良いか。ボルサムスキーファンが世界に何人いるのか知らないが。

バーバー:チェロ協奏曲

○ベングトソン(Vc)ニコライ・マルコ指揮デンマーク国立放送交響楽団(danacord)1955/11/24live・CD

オケがイマイチ。ライブだし曲もオケパートを剥き出しにして使うところが目立ち(冒頭の弦の強奏などリズム的に合わせるのが難しいだろうが)、仕方ないところもあるが、それにしても余り深みのない演奏を展開するソリストと重く引きずるようなオケの乖離はやや気になる。曲が悪いのは認める。○。

マーラー:交響曲第4番

○ログナー(SP)ロスバウト指揮バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(ARCHIPEL)1959/5/14放送録音・CD

スピーディーでさらっとした演奏だがオケはよく鳴っているし統率は素晴らしい。三楽章が唯一起伏をつけたダイナミックなものになっているがそれ以外はマーラー的な「世俗性」を感じない。一本調子にすら感じた。
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