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ウォルトン:交響曲第1番

○マッケラス指揮LPO(EMI)CD

フォルムのしっかりした演奏でよくスコアを分析してやっていることが伺える。フォルムがしっかりしたといってもホーレンシュタインのような太筆書きの演奏ということではなく細かく統制された演奏という意味で、オケもよく訓練されている。ただ、今一つはっきり訴えてくるものがない。迫力という意味で1楽章は物足りなかった。2楽章は聞き物。丁々発止のやり取りを楽しむというよりはシンフォニーのスケルツォ楽章としてやりたいことが伝わってくる演奏。4楽章は迫力があり、やや莫大な部分もあったそれまでの演奏のマイナス面を補うくらい力強い。録音の良さも手伝って、スラットキンよりも重量感があるがスラットキン的な細部まで透明で明瞭な彫刻がこの曲の本来の姿を浮き彫りにする。それゆえに曲の「弱さ」みたいなところも現れるのだがそれはそれで本質なので問題ないだろう。○。
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ホルスト:組曲「惑星」

○ボールト指揮LPO他(smc)1956/9/20モスクワlive・CD

モノラル。最初はかなり即物的でさらさら流れるように進み、ブラスは迫力不足で抑制的。音量自体抑え気味の録音なのでここは余り耳を惹かない。中盤にやっとのってきたふうでボールトらしいバランスの良い重量感のある響きにのったホルストがすみやかに展開されていき、ブラスも張りが出て来るが、ライヴならではの難点か木管などにミスが聴かれる。こういうのはボールトでは珍しい。とにかく録音が力不足なので終盤の合唱も聞こえづらく、幻想味を損ねているが、もともとボールトの惑星は幻想よりもオケの純音楽的な部分を訴える指向がつよいのでそれはそれでいいのだろう。モスクワライヴというと西側オケの客演にはひときわ迫力をかもす演奏が多く期待できるものだが、これはしょうじき、ボールトの平均かそれ以下といったふうだった。拍手は盛大。

オネゲル:ピアノとチェロのためのソナチネ

○ベックス(Vc)ノエル・リー(P)(BAM/forgottenrecords:CD-R)1960

枯葉の舞い散るような1,2楽章は余りに簡単でオネゲルらしくない表現。チェロの旋律もチェロという楽器のソロに要求されるような暗さをはらんだままである。3楽章が特筆すべきで特徴的な音型で煽るピアノにのってチェロが弾むようにサロン的な音楽を奏でる。だが小品の定め、すぐに終わる。演奏評はどうにも言い難い。比べるものが無いし、比べるほどの差も出にくいだろう。○。

プロコフィエフ:交響曲第5番

○コンドラシン指揮ブルガリア国営放送交響楽団(armada)live・CD

キージェ中尉組曲とのカップリング。両端楽章は表現の幅が大きく、穏やかで慎重な音楽からいきなり大音量がぶっ放されるというかんじでコンドラシン晩年のスタイルであろうことは容易に聞き取れる(状態は悪いがステレオである)。中間楽章は3楽章も含め激烈なアンサンブルで、このオケにしてはびしっとしていて、コンドラシンらしさを楽しめる。惜しむらくは終楽章も後半になると息切れしてきたのかオケの音量が落ち音程も音色もばらけてくることで、いやバラケ自体はその前からあるしロシアオケ的なバラケなので意図なのかもしれないが、最後はもっと大声で終わったほうがよかった。客席反応も悪い。○。

バーンスタイン:セレナーデ

○ブラン(Vn)ツィピーヌ指揮ORTF(hector:CD-R)1960年代LIVE

曲は多様式主義とでも言おうか、ベルクやストラヴィンスキー風の曲はなかなか聴けるし素直に旋律とコラール風の合奏だけで通している曲もまあまあ。だがバーバーやウォルトンの亜流のようないかにも同時代的作風でこけ脅しに終わってしまったのは格調を損ねている。演奏は達者でオケも緊張感がありライヴとは思えないもの。

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

○スメターチェク指揮プラハ交響楽団(OCCD)1968/3/6live・CD

ブラヴォを叫んでいるおじさんには申し訳ないが、至極普通の10番に聴こえた。これはいい意味としては同曲の内容をよく理解して、構成感をしっかりつけて、ショスタコ指揮者たちの演奏に引けを取らないものをやってのけている、悪い意味としては、特徴的なことは何一つやっていない。地味である。そんなところか。ステレオだが撚れて聞きづらい。

ブルックナー:交響曲第3番「ワグナー」

○C.アドラー指揮VSO(CRV:CD-R/SPA)1953/9/4

アメリカにおけるブルックナーの権威であったアドラーの、かなりまっとうな演奏。オケはよく鳴るし最後まで表現を抑制することなくウィーン響の美質をよく引き出してなお、欠点、オケのローカリズムのようなものを出さないのが素晴らしい。一楽章終盤など弦が刻みに耐えられなくなりバラけるところもあるがこのオケにしてはその程度は許容範囲だ。同曲のわりと抽象度高めの演奏として評価できる。

ポポフ:交響曲第2番「母国」

○アーベントロート指揮ライプツィヒ放送交響楽団(urania/Hector:CD-R)1952

一楽章は何とも暗く前時代的な、教会音楽的な趣も持つ音楽で聴きどころはないが、二楽章はいきなり祝祭的でアメリカ風ですらある派手な音楽。これは楽しい。三楽章は一転して今度はショスタコを思わせる一楽章とは違う暗さを孕む音楽。不協和音を忍ばせるなど、保守的でいながらも何かを訴えかけようとしている。最後は僅かに希望を感じさせる。四楽章は弦の律動に率いられ不安さの表現がしばらく続くが、次第に明るさも織り混ざり旋律性が取り戻されていく。独特で見事な書法だが、重厚に迫りくる迫力といいアーベントロートやオケの腕によるところも大きいに違いない。ロシアオケ特有のだらしない響きや独特の音色が混ざらないぶん、曲の価値がしっかり伝わる。明らかに文学的背景を持った内容だが、それを気にしなくても壮麗で悲劇的なフィナーレを楽しむことは可能だろう。典型的な凡庸なソビエト交響曲かと思いきや、なかなかに複雑で汎世界的価値を感じさせる。光がさして終わるところが録音上ブツ切れになっているのは残念。

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番

○作曲家(P)イリーエフ指揮ソフィア・フィル(armada)1958/1/31

録音は撚れ気味だがまだまだ作曲家が演奏家として衰える前の演奏といった感じ。ぶっきらぼうではあるものの醒めた感じの(強靭ではないが)強いスタイルには独特の迫力がある。ニュアンスも何もなくけして上手くはない、ただ一貫してアマチュア向けのようにかかれた戯画的な楽曲を表現するには十分の腕。楽団は意外といける。前のめりのスタイルで聴かせる。ステレオ。

ディーリアス:二つの水彩画

○バルビローリ指揮新交響楽団(HMV/dutton)1948/4/1・CD

二曲からなる弦楽合奏のための編曲版だが、ディーリアスはこのくらい薄い編成の方が雰囲気があっていい。バルビの濃過ぎる表現もこの小品においては変に発露せず、すんなりと、かなりバルビにしてはてんめんとせずに通している。○。

エルガー:エニグマ変奏曲

○C.デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団(BR)CD

永遠の中堅のようなイメージがあったが亡くなってしまうと一つの時代の終わりをまたも感じてしまう。勢いはあるがアバウトさもあるオケ、しかしエルガーの要求する苛烈なアンサンブルにさいししっかり引き締めて、実りあるものに仕立てている。英国風というものをどう説明したらいいのかわからないが、これはドイツ的でもアメリカ的でもなく、英国風としか言えない中庸さがある。録音良し。バラ売りされ今はダウンロードでも聴ける。CD持ってるのにダウンロードでまた買ってしまった。鎮魂。
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