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ブロッホ:イスラエル交響曲(末尾欠落)

ロジンスキ指揮NYP、ステヴェンソン(SP)他(SLS)1944/12/31カーネギーホールlive

びっくりの音源の登場。リッチャウア盤(前記、pristineが復刻済)に同曲に対する賛辞を寄せていたロジンスキ「自身」が指揮した記録である。残念なのは3楽章が歌唱終了時点で尻切れトンボで終わってしまうところだが(当然拍手も入らない)その後はオケが静かに終了を告げるだけなので主要部分はほぼ聴ける。演奏は非常に速く、力感と起伏に富んだロジンスキのスタイルで、NYPは一糸乱れず筋肉質の表現をなしている。同時代に流行ったトスカニーニスタイル、即物主義的表現であることが、同曲の余計な部分、感情的に弛緩する部分を取り去り、もっとも後半楽章はもともと楽曲的に静まっていくのでそれに沿ってはいるものの、極力ドラマティックにぐいぐいと引っ張っていくさまに目を見開かれる。確かにマーラーなどの前時代ロマン交響曲のにおいを受け継ぎ、中欧的安定感をもとに前進的な語法を織り込んでいくブロッホ前期の大作であり、そういうわかりやすい曲を好む人には向く。歌唱は特徴的なものはなかった。これは戦時中に放送された音源で兵士へのロジンスキのスピーチが短く収録されている。SLS復刻独特の針音は気になるが、戦時中録音としては破格に良好な状態である。ほぼクリアに内声まで聴くことが出来る。同コンサートのプログラムはブルッフの協奏曲(別記)、同曲、ダフニス(残っていないか)という順番だった。
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ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

ミルシテイン(Vn)ロジンスキ指揮NYP(SLS)1944/12/31live

野太い音、完璧な技巧、即物主義スタイルで突き進む音楽には爽快感というか、ズシンとくるところもあり圧倒されるものがある。オケとのアンサンブルも完璧。テンポは突き進むのみで細かいニュアンスは無いが、箇所により奏法を変えて音楽の単調さを避ける3楽章など、聴きどころはある。録音は戦時中なりのもの。しかしSLSにしては良い。

エゴン・ヴェレス:弦楽オーケストラのための音楽op.91

アンドレ・ジラール指揮ORTF(ina配信)1971/3/4放送

中欧前衛志向の凡作。重苦しい主題から激しい不協和音を刻む部分を経て終わるさまは、アメリカ保守派の戦後作品と相似形だ。後者のほうが聴きやすい。戦後オーストリアにはもっと素晴らしい「妥協点」を見出した作曲家がいる。演奏は精度が半端な感じもするが仕方ない。

ヴォーン・ウィリアムズ:二重弦楽合奏のためのパルティータ

アンドレ・ジラール指揮ORTF(ina配信)1971/3/4放送

放送用セッション録音の模様。古典と現代のやや珍しい小編成合奏曲を並べた中のメインにあたる。そもそもORTF、ひいてはフランスの楽団がイギリス現代をやること自体非常に珍しく、フランスの指揮者としては娯楽性を備えた職人的指揮者としてデルヴォーよりもマイナーな存在であるこの人の演奏を敢えて聴いてみた。録音は時期からするとあまりよくない。弱音で少し震えがあり、全般やや篭もる。演奏は、いや、これもRVW特有の「弾きにくさ」が横溢した作品なんだなあという厳しい部分もあるものの、全般としてメリハリがききアンサンブルもわかりやすいレベルで上手く組みあい(必要以上に厳しくして骨皮にはなってないということ)、そこそこふくよかさもあり、後半楽章の旋律の伸びやかな歌い方は、なんでこのオケ、この指揮者はもっとヴォーン・ウィリアムズやらなかったんだろう、というくらい、板についていてびっくりする。イギリスの演奏と言っても通じるくらい音が安定し、やさしい。なかなかでした。

ヴォーン・ウィリアムズ:二重弦楽合奏のためのパルティータ

ボールト指揮LPO(warner/EMI)1975/10・CD

晩年作品。ヒンデミット流の新古典主義をへた後期の特徴として技巧に走ったようなところがあり、依然叙情的な横の旋律が支配的ではあるから聴きやすいが、立体的な構造は6〜8番交響曲を思わせる響きに、より複雑なアンサンブルの彩を加えている。二楽章前半はこのコンビではしばしばあることだがセッション録音とは思えないバラケっぷりが聴こえ、専門室内楽団であったらこうはならなかったろう、と落胆もする。しかし分厚い編成なりの迫力は逆に、このコンビでなければ出せなかっただろう。こういうのがボールト流RVWだ。室内楽編成プラス2ndVnを欠く弦楽合奏団という組み合わせは弦の美しさのみを追求したタリス幻想曲を思わせるが、ここでは弦だけで特色ある多彩な響きを出すための単なる装置として働いている。

バルトーク:ピアノ協奏曲第3番~Ⅱ抜粋

カペル(P)ザッヒャー指揮SWF南西ドイツ放送交響楽団(memories)1948/5/30live・CD

40年代ライヴということで録音的にはかなり厳しく耳を衝くようなノイズが痛い。楽章の性格上のこともあれオケが重苦しい。透明感あるカペルの音との乖離具合が逆にこの作曲家の作品群中における同曲の立ち位置を考えさせられる。とにかく短いのでこのくらいしか言えない。

フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番

R.カサドシュ(P)カルヴェ四重奏団のメンバー(sony)1935・CD

時期的にも古風な点は否めないロマンティックな作品だが、浮遊感のある調性の頻繁な変化に独自の作風があらわれスケルツォもさることながら終楽章では躍動感にもあふれる特有の、しかし自然で偉大なフィナーレを作り上げる。演奏的に今ひとつパッとしない感のあるこの盤でもカルヴェの甘い美音がひときわ輝き音楽に色を添えている。もっとも、編成が若干大きくピアノがあるので、録音制約上、弦楽器はおしなべて背景にまわりがちなのは惜しい。

ジョリヴェ:交響曲第3番

ドラティ指揮ORTF(ina配信)1964/12/17放送 live

さすがの職人ドラティも、起承転結つけてやるにはあまりにも雑然とし色彩と打音を振り撒き続けるだけの曲なので、なかなか「聴かせる」には至っていない。ただ、録音状態にかなり問題があり、音がブルブル歪み、篭っており、繊細で精緻な響きの要求される現代音楽にこの音はかなりのマイナスで、印象の悪さにも繋がっている。メシアンとオネゲルというか、騒音主義と異国情緒というか、前衛と後衛がこんがらがったようなジョリヴェの作風の前者が比較的引き立ち、叙情的な神秘性をかもす中間楽章は聴かせどころであるだけに惜しい音だ。まあ、ガシャガシャ長々と聞かせて唐突に終わるから、ブーイングも口笛も出るわな。

プロコフィエフ:交響的協奏曲

ロストロポーヴィチ(Vc)ザッヒャー指揮ORTF(ina配信)1975/8/11放送 live

やはり大曲であり難曲だ。同曲の被献呈者にして多大なる助力者ロストロポーヴィチをしても、余裕の無い、辛い部分が無いとは言えない。ロストロポーヴィチの何とも言えず甘やかで太い音色を活かした叙情的なフレーズはここには余りない。チェロという楽器を研究し、ここへきてなお新たな作曲上の技巧を盛り込もうとするプロコフィエフの、前期と後期の混交したような複雑な様相、それが連綿ととめどもなく繋がってゆく音楽、とくにチェロの主音域を強く意識して、高音を使わせないため一般的な耳からするとメリハリがなく聴こえ、私も苦手とする曲なのだが、しかしまあ、ザッハーの引き締まった指揮ぶりも素晴らしく、硬質で高精度の演奏を目したところで、いくぶん見通しは良くなっている。ソヴィエトの偉大なソリストを迎えたライヴということもありオケからも緊張感が伝わる。でもま、ロストロポーヴィチでなければここまで聴かせること自体無理だったかもしれない。熱狂的なブラヴォで終わる。

マーラー:交響曲第1番「巨人」

マルティノン指揮ORTF(ina配信)1971/11/17live

マーラーを得意としただけあり、かなり揺らしてきて面白い。基本的には他の記録でも聴かれる解釈ではあるが、即興的なところが多かったのだろう、機能性に欠けるオケが前半楽章の随所でついてけないのは残念。特に一楽章、後半から終盤ではミスやズレが頻発し瓦解寸前、終わり方も無理矢理。そこから二楽章冒頭、よせばいいのにリズムをズラそうとして、これが揃わずバラバラで人工的。重量感もありそこそこ楽しい踊りなのに勿体無い。ラストの再現ではズラさず明確なリズムできっちり演っている。これは敢えての解釈だろう。後半楽章は前半楽章はほどの揺らしはなく、滑らかなアーティキュレーション付けが楽しめる。相変わらず弦の細かい動きが揃わないなどフランスオケ特有のアバウトさは感じられるが、本来的にドラマティックな要素が強い音楽なので、多少瑕疵はあってもそこに沿って進行するだけでも十分揺さぶられるものである。極端に煽ったり激しい音は出さないが(ブラスの丸い音はオケの性格なので仕方ない)、アルマを魅了したバルビローリのような確信犯的な設計自体で惹きつける。マルティノンの解釈の面白いところは曲によって分析的であったり主情的であったりするところで、タイタンについては後者だから、素直に楽しい(マーラーでも千人など大曲になると前者の色が濃い)。大ブラヴォで締まるのも頷ける。

ヒンデミット:画家マティス交響曲

スワロフスキー指揮ORTF(ina配信)1968/3/14放送 live

さぞかし低体温症な演奏だろうと思いきや、たしかに風がスースー通るようなところはあるものの、ヒンデミットっぽいザクッと斬り込む表現はこのオケらしくないほどで、とくに低い音域でゆっくりうねる長い音符、緩徐部の響きは深く迫るものがあり、マーラーを思わせる。もともとヒンデミットは伝わりやすい構造を持っているが、ここではスワロフスキーの特徴としての見通しの良さよりも、そういった深刻ぶったところや、激しいアタックで演出されるドラマが耳を惹く。耳を切り裂くような高音のトリル、重く轟くブラス、むしろバランスや精度を犠牲にしてまで「音楽」たろうとするところに感銘を受けた。もちろん良い音なので新古典主義らしい協奏音楽的な音の絡み合いも楽しめる。ヴァイオリンがもう少し分厚いと迫力が増すのに、というのは贅沢な要求か。スケールの大きな佳演。大きすぎて構成感が、、、それは曲のせいでもある。聴衆反応はばらける。

ラヴェル:スペイン狂詩曲

マデルナ指揮ORTF(ina配信)1971/6/30live

謎のフランス音楽への拘りを見せるマデルナ、まあ、オケがオケだからというのもあるが、さすがラヴェルの作品だけあってどうやっても曲になるというか、どきついとすら思える色彩感が出ている。少し重く、統率力にも問題はあるものの迫力あり(ちょっとシンバルがうるさい)、響きの多彩さがはっきり。緩急もこの人にしては自然についているが、やはり場面場面の切り替えが面白く聴ける。現代の演奏としては問題はあるかもしれないが、ブラヴォが飛んでいるのは良かった。モーツァルトにベルクという無茶苦茶なプログラムの最後。あ、ブーイングもありますよ。

それにしても、ラヴェルは曲数が少ないので、さんざん聴いてきた曲に今更、というところがあり、よほど個性的でないと頭に残らないし、食指も伸びなくなった。

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

アンドラード(Vn)フレスティエ指揮ORTF(ina配信)1970/2/11放送 live

フレスティエのブルッフ?と首を傾げながら聴いたが、隈取りの濃いハッキリした音作り、またソリストの、この曲にしては荒っぽく音色にこだわらない表現とあいまって、野武士のような、というかドイツっぽいのか?クリアな録音ともども、太筆書きの演奏を、楽しむというよりは、聞いた。作曲上の師匠デュカス、自作にメインがラインというなんともボリュームたっぷりなコンサート。拍手無し。

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番

コンドラシン指揮ORTF(ina配信)1969/2/9live

各声部が剥き出しで使われるショスタコの書法にあって、弱音で弦の返しがきちっと揃わないとか、一部音に迫真味が足りないとか(場面場面でバラツキがある、肝心なところは押さえている)、木管ソロの技巧的なフレーズが厳しいとか、オケ起因と思われる難点は指摘できるが、全体の調和、響きの明るさ、音の柔らかさはコンドラシンの音楽の印象としてある強引さ、響きの渋さを払拭しており、音楽的に美しくなかなか聴かせる。色彩感はこのオケならではだ。七番と対照的な、謎めいた物語をきれいに読み解いていて、ステレオの良好な録音ともあいまって変な思い入れ無しに普通に楽しめる。陰影が無いところ印象は異なるが、解釈としては他でも聴けるコンドラシンのものであろう。拍手カット。この前に演奏されたフランソワのプロコ3番は残念ながら残っていない模様。

ドビュッシー:バレエ音楽「遊戯」

マデルナ指揮ORTF(ina配信)1968/4/18放送 live

ドイツでの実況録音でも重くてパッとしなかったが、リアル志向の音作りで、にもかかわらず統制が行き届いておらず細かい音符がバラけまくりだから耳心地が悪いままで、解釈も何か一貫せずブロックをただ積み上げているようで、音楽そのものがバラバラに聴こえる。ドビュッシーなりの前衛の入った繊細な表現が再現できていない。音がステレオで非常にクリアだからなおさら細部が気になる。とにかくドビュッシーっぽくなくて、逆にこの曲そのものがドビュッシーぽくないことを認識させられるというよくわからない状態。ギクシャクしているような、オケとの相性も良くないのかもしれない。何故かラスト近くになって小虫の蠢くような表現が板についてくる。狭いホールのようで聴衆の拍手も少なく、終演後いきなり雑談やらブーイングやら始まるのはこの演奏会自体が前衛音楽をメインとしたものであったせいもあるか。これが最後の演目なのである。

プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

スターン(Vn)パレー指揮ORTF(ina配信)1966/6/28放送live

ひどい。両者とも即物主義的な解釈で聴かせていくかと思いきや、ソリスト、音程もテンポも不安定でミスも目立ち、一楽章終盤の重音進行の不協和っぷりをはじめ、何か調子でも悪かったのかと。オケとズレてしまうところも散見される。三楽章後半のろうろうと歌う箇所ではじめて耳を惹かれる。スターンの音は非常に安定しているが美音とは言えない。普通を突き詰めたような音だ。ニュアンスに乏しく、物語ることをせず、細かいヴィヴラートで何とかしている感がある。全体の構成感への意識も感じられ無い。この曲は浅薄かもしれないが、シゲティがレパートリーとしていた位のものはある。プロコフィエフならではの独創的な表現が散りばめられており、シニカルな調子も夢見るような調子も当時のプロコフィエフの全てが反映されている。後進に与えた影響も少なくはない。そのスコアの色彩感をパレーは何とか展開させようとしているが、我が道を行くソリストが音程悪ければ、全部がバラけて台無しというものだ。これはおすすめしない。録音の良さが却って仇となっている。終演後は普通の拍手にブーイングが散りばめられている始末。

ヒンデミット:気高き幻想組曲

マルティノン指揮ORTF(ina配信)1969/12/10放送 live

ヒンデミットは重量感のある音でガシガシやるものと思っていたらこういう透明な演奏がでてきてちょっと戸惑う。主題の一つ一つに意味を持たせることはしない。個々のフレーズに対しては達観したようにニュアンスを盛り込まない(オケの特性でもあろう)。柔らかい音でこの作曲家特有の光明ある響きを、ことさら引き出したような表現だ。目から鱗は落ちるがこんなのヒンデミットじゃない、と思うところもある。オケには「お仕事」的な感じもする。もっとも、ヒンデミットが聴きづらい、暑苦しいという向きにはこういう解釈はありだろう。ここまで書いて、低音を捉えきれない録音のせいのような気もしてきたが、偉大で圧倒的なヒンデミットはここにはない。スコア自体が語るくらいには大言壮語ではあるので、興味があればどうぞ。弦とかもっと音を切って動きを出してほしいよなあ。

フランセ:オーボエと管弦楽のための組曲「花時計」

ゲーテリュック(Ob)アルベルト指揮ORTF(ina配信)1964/3/17フランス初演放送live


円熟期後に顕著にみられるような筆の遊び感は無い曲で、耳心地良い旋律音楽から後半フランセらしい歓びのあふれた音楽に帰結する。フランセの音楽もプーランクなどと同じく木管アンサンブルに向く。だが、肝心の木管セクションとソリストの技巧的なやりとりが延々続くところでズレる。ソリストは個性的ではないが技師だ、ところがオケ側がソリストと何度もズレるのは、書法的に無理があるのか?木管セクションだけでのアンサンブルはまとまっているので不思議だ。

コープランド:交響曲第1番

作曲家指揮ORTF(ina配信)1971/6/30live

ショスタコーヴィチを思わせる骨皮な響きとリズムから始まるが、楽器の使い方と主題の能天気さが違う。二楽章ではよりコープランドらしいリズミカルで明るい音楽が展開するが、同じ音形の執拗な繰り返しが飽きをきたさせる。もっとも良く鳴るオケに確信を持った棒は曲はともかく聴かせる。三楽章はわかりにくく晦渋で焦燥感のある、コープランドの特に前期に聴かれたような、同時代アメリカ交響曲にありがちな雰囲気がある。織り交ざるソロヴァイオリンや高音木管楽器の軽妙な走句が面白い。執拗な反復、ピアノの用法などあきらかにストラヴィンスキーではあるが、独自の新鮮な(後年マンネリ化する)表現が後半楽しく聴ける。最後やや尻切れでも聴衆反応は暖かい。

スクリアビン:交響曲第5番「プロメテ~火の詩」

アルベルト指揮ORTF&cho(ina配信)1971/6/9放送 live

ルドルフ・アルベルトはセント・ソリのレコードがやたらマニアに聴かれていて、ところがACCORDがいきなり廉価復刻したらワゴンに直行、しかも比較的新しい人というイメージで、マニアだからいくつか持ってはいるが、印象に強く残るものはなかった(プレートルについても同じイメージがあった)。名前のイメージからか職人的でフランスの演奏に期待される響きが引き出せない人のような気がしていた。そう、期待していなかったので驚いた。最初の神秘和音の美しさ!重心を敢えて軽く、粘り気なく響かせ(それでもしっかり調和している)、そのうえでこの色彩感!このオケではロザンタールが得意としたカラフルな管弦楽の饗宴。ロザンタールの雑な部分は無く、まあそのぶん個性は薄まっているのかもしれないが、でも、気づかせてくれたことは、この曲は短い音符が要ということだ。ソリスト不詳なのは完全に融和的な演奏だからで、そのような扱いで良かったのだ(終演後の反応からして名のある人ではあると思う)。パラパラと胡麻を撒くように高い音を散らし、分厚い和音をユニゾンでただ動かしていくようなスクリャービンのやり方をそのまま音にするだけではいかにも、ロシアロシアした泥臭さが残ってしまう、そのあたりに動きを出し、だからといって協奏曲的な大仰なやり取りをするとまた古臭くなってしまう、ここをピアニストはまったく声部の一つとして「管弦楽を動かす」ことに専念し、取り出して聴けば生硬で冷たく感じるかもしれないが、そこがじつにオケの志向とあっている。交響曲と言いながらピアノとトランペットのための協奏曲を書いたと言えなくもないショスタコチックなこの曲を、ピアノとトランペット主体ではなく、たとえば弦のピチカート、たとえば鉄琴、そのへんのやはり「胡麻を撒くような音」によって響きの拡散性を強く印象付けたり、そういったことをやって、まったくフランス的な~スクリャービンもそういう表現を求めたろう~夢幻的で、決してどぎつくない音楽を仕上げている。褒めすぎたが、同じことをダラダラ書いてるだけなので、全世界で100万人はいると思われるプロメテウスファンは一度聴いてみてほしい。リヒテル/スヴェトラコンビとは対極にある。明るいスクリャービン。合唱が入ったら「シレーヌ」かと思った。ちょっといじってるかも。案外保守的な聴衆は戸惑い気味な拍手から始まる。
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