ダニエル・ルシュール:交響詩「アンドレア・デル・サルト」

ミュンシュ指揮ORTF(ina)1950/7/24live・CD

それにしても同日の録音は極端に音が悪く閉口する。現在はAmazonデジタルミュージックで、ina配信ではナレーション含む放送全編が販売されている音楽会の嚆矢を飾った新曲(原曲は40年代の歌劇)。折衷的な作風は重苦しく晦渋な厚ぼったい音楽にメシアンらと「共通の」響きを振りかけた程度で、平板で、音楽に起承転結を求めたい人には勧められない(11分ほどなので、アメリカ近代アカデミズム交響曲を楽しめる向きには十分耐えられようが)。正直フランス的ではなく前時代的ということで響きの厚ぼったさでは共通のミヨーの機知を求めても無駄である。アンドレア・デル・サルトはルネサンスの画家。ミュンシュについてはどうもぱっとしない。音楽のせいでもなさそうだ。ボストンならもっと鋭く彫刻できたであろう。しかし悪録音の影響も大きい。演奏中にしゃべり声が聞こえ、ミュンシュのいつもの掛け声もあるが、これは正規とされているがエアチェックか何かではないのかとも疑う。まあ、前座曲として聞き流すべき演奏。ルイ・フロマンがルクセンブルク放送管を振って録音したものがセッション録音としては唯一のCDか。
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レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ

パレー指揮デトロイト交響楽団(melusine)1961live


モーツァルトのピアノソナタ11番の有名な主題からの短い変奏を8つ連ねてきっぱりしたフーガで〆た、レーガーにしてはすっきりまとまった20分あまりの曲。連続して演奏される。

これはモーツァルトの霊感を利用した工芸品で、第八変奏くらいにならないとテクスチュアの複雑さや響きの近代性が明確に表れず、スコアと対照して楽しめる人か、前衛は厭だがネオロマンチシズムは緩すぎるという向きにのみ勧められるものだ。フーガの厚ぼったいオーケストラ、いかにもこの時期の中欧的な響きは、新古典主義好きにアピールするとも思えない。アンサンブルがしっかり構じられ合理的でプレイヤーは楽しいと思うし、この時代ちまたに溢れる狂気じみた音楽に辟易した向きに受容されたのと同じ構造が、今もなお続いているから演奏され続けているのだろう。演奏は技術にすぐれたオケと即物的指揮者によるもので、乾燥してはいるが、ライヴと考えると異様に完成度が高い。モノラルで音は悪い。

ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容

クーベリック指揮ヘッセン放送交響楽団(melo classic)1960/2/5・CD

壮年期の力感にあふれ、はっきりした表現のあらわれた典型的な演奏で、クーベリックがライヴで時々見せる個性的な解釈は無く、強く舞踏的なリズムで重い響きをコントロールし、浮き立つような聴感を与える一楽章はなかなか聴きものだ。手慣れた演奏という感じで、悪く言えば壮年期クーベリックらしい典型だから慣れているとああいつもの、で終わってしまうのだが、モノラル録音があまり良くないのを除けば楽しめるだろう。

ボロディン:イーゴリ公~ダッタン人の踊り

ブレッヒ指揮交響楽団(Aprelevka)SP

時代が少し新しいのだろうか。なかなか精度の高い引き締まった演奏で、古い時代に時々あったような横に流れることはないが、適度に感情的な解釈ではあり、即物的でないところも特記できる。

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

シルヴェストリ指揮ORTF(EMI/warner)1957/7/9,12(もしくは12/9-11)・CD

シルヴェストリの旧録だがモノラルにも関わらず豪華重量盤LPで新発売されるなど人気がある。ライヴを含め知る限り3つある録音のうち、これだけ古い版を使っているそうで、ホルンの本数など違っているとはいうが、旧版がとりわけ良かったわけではなかろうし、これだけ評価されるのは不思議ではある。

シルヴェストリらしい軋みや灰汁のある演奏で、オケも技術にバラつきがあり木管は巧緻な表現と鄙びた音色の差が極端、ブラスやパーカスはあけっぴろげで強烈だが弦はわりと非力。そういった緩い地盤にアクセントの強くついた発音により力強くがっしりした構造を打ち立てることにより、若干引いて整えた感もあるが、聴かせる演奏に仕上げている。前へ流れたりその場の情で揺れ動く事はないが、二楽章の感傷的な音楽は他の楽章と対照的で心に染みる。四楽章はとくに設計が見事で、松葉のうねりをドラマティックに提示し、ドヴォルザークはこうやるのだ、という意思をオケに叩きつけている。確かに奇矯なところもあるものの、全般としてはこのオケ相手によく「国民楽派っぽさ」を引き出せたものだ、と思う。全てではないがリズム処理が巧いと感じさせるところもある。ムリヤリな崩しを入れたワルツはどうかと思うが。

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

プレートル指揮ORTF(ina)1960/11/22live

覇気に満ちたメリハリしっかりの演奏で、壮年期プレートルの力強さを実感できる。荒っぽくすらある。ロマンティックな起伏をスムーズに付けるタイプではなく、デジタルに強弱をつけテンポはそれほど揺らさない(アンゲルブレシュトというかシェルヘンのセッション録音のような醒めた解釈)、四楽章冒頭などまったく粘らず前の楽章とギャップがすごい。響きはオケ元来のものもあって明るく拡散的であり、フランス流儀の国民楽派交響曲の演奏の範疇にもある。ただその意気にオケがついていけているかといえば、三楽章は「失敗」であり、崩壊ぶりがドヴォルザークの厳しいリズム表現に慣れない感もあたえる(これはinaがAmazonデジタルミュージックで配信している音源で聴いているが、ラインナップの中にはシルヴェストリの新世界(EMI(warner)旧録1957/7/9,12(or12/9-11)新録1959/10/20,23(過去記事参照)ina他1959/3/12liveの三種)があり、演らなかったわけではない)。フランセ自作自演のピアノ協奏曲などのメインプログラムとして演奏され録音された。終始ナレーションが入り、一回性の放送用と思われ、クリアなステレオだがホワイトノイズが乗り音質はあまり良くない。耳が痛くなるような雑さがある。

EMIが権利を持っていたパリ管との1970年セッション録音は2008年にタワレコが独自企画で1000円CD化した(カップリングはこれも中古レコードで珍重されたワイエンベルクとのラプソディーインブルー(1965年音楽院管表記)…わたしもEP持ってる)。2016年9月現在もタワレコ自体には新品在庫がある模様。一部で人気だったプレートルの国民楽派の演奏を楽しめる。オケの性向からブラスの活躍が目立つ。tower record

ボロディン:交響曲第2番

ラフリン指揮モスクワ・フィル(USSR/colosseum/Global Village Music)1950

史上2度目の録音として有名だが、コーツの1度目の録音に比べてレアとされ、ロシアオケによる初の録音、とうたわれることもある(SP原盤は数はあるのだが少し高い)。コロッセウムはモノラル期にメロディア音源を輸入していたアメリカのレーベルで、有名な「ショスタコーヴィチ指揮の交響曲第10番」(ショスタコーヴィチは生涯ただ一度祝典序曲を振ったのみで、これはムラヴィンスキーの50年代録音の偽盤。但し連弾でピアノ版は録音した)などとデータが怪しいものも多いが、時期的にも希少なソヴィエト音源をきちっと聴ける形でLP化していたのは特筆できる。これもソヴィエトではLP化していなかったのではないか。1950年録音というのが驚きで、アメリカではステレオ録音本格展開がすぐそこまで来ているというのに、交響曲を78回転盤で出し、、、しかもかなり音が悪いのである。3つめにあげたレーベル名はitunesで昨年復刻されたデジタル音源なのだが、私はこれを聴いているのだが、素人がSP板起こししたような信じられないくらいのノイズ塗れの代物で、音は薄く(編成自体が小さいと思われる)オケ総体の響きがわからないほど貧弱な録音であり、気の向くままに揺れるのはロシアの古い演奏ではよくあることとはいえ設計も何も無い求心力の無いたどたどしさすら漂う演奏、まるで20年代の録音のようだ。オルロフとかコーツとか。。ゴロワノフと比較するのは失礼だ。こういうときは個別の楽器のメリットに着目して褒めるものだがそのためにはまずノイズを抜かなきゃどうしようもない。コロッセウムの盤の復刻を待ちましょう。itunesはCD化してない音源復刻が多いといわれるが、この一曲で800円はどうかしているよ。

バルトーク:弦楽、打楽器、チェレスタのための音楽

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA)1957/7/27タングルウッド音楽祭live

「マス」で押し切るタイプの演奏で、「組物」をスリリングに聴かせるタイプでは無い。オケ総体の異様な勢いで(もちろん最低限骨格は組み上げた上で)アンサンブルガーと言う口をつむらせてしまう、いつものミュンシュである。といっても始まる直前なのにオケが異常にさらっている音が聴こえてきて、この曲の難曲ぶり、さらに個々の奏者のレベルの高さもちょっぴり伺い知れる。バルトークは巧妙にマニアックで特殊な書法を隠すから前衛っぷりが見えにくいのだが、1楽章(ミュンシュは重い響きでいきなり聴かせにくる)みたいなロマン性を持たない緩徐楽章である3楽章では、弦のポルタメントやピアノや打楽器の散発的な音などクリアにひびき、バルトーク独特の抽象世界がちゃんと展開されている。四楽章は冒頭から少しテンポが遅めに感じる。厳しいアンサンブルを要求されるここではどうしても乱れが目立ってしまうが、もう押し切って盛大な拍手。

残念なのは録音が悪いこと。ノイズ塗れなのはDAにはよくあったことだ(DAもSLSも「音が良い」と喧伝する向きには注意、これらは一般的な意味で音が良いとは言えず、ノイズ込みの「情報量が比較的多め」と言うべき代物だ)。一応ステレオであるものの分離は悪く(そも昔のステレオ放送なんて「単焦点」みたいな感じでしたね)、高音域が伸びず終始こもってそこに常に放送ノイズが乗り(エアチェックだろう)解像度が悪い。複数種類のノイズが不規則に重なっているため調整でどうにかできるものでもない。音源の希少性だけの価値と言っておく。音の情報量はこちらのほうが上にもかかわらず、聴きやすさではSLSの別録音のほうがましかもしれない。

ラヴェル:ピアノ協奏曲

フランソワ(P)プリッチャード指揮ORTF(EMI他)1964/12/22live・DVD/BD

EMIから膨大な数の「名演奏家シリーズ」の一枚としてDVD化されていたが(フランソワ版は二枚)、EMIの権利が他へ流れた結果、わずか3,4枚のブルーレイにオマケ付きでまとめられた。そのピアニスト編の一部として現役。白黒モノラル、画質も良くないが、あんな高いところからよくまあ打鍵できるなあ、左手がカマキリ拳法状態で交差、といったフランソワ独特のスタイルを楽しむことができる。はっきり言って軋みっぱなしでフランソワは走ったり端折ったり、でも強靭に押し進めてきわめてハッキリしたラヴェルを打ち出してくる。なぜかイギリスの指揮者という映像だが指揮者の奮闘ぶりよりむしろ何か焦りすら感じずに平然とズレたりするオケが面白い。いや事故ばかり論ったらしょうがない、二楽章の即物ぶりはともかく音色は明快なフランスのそれ、フランソワが同曲を得意としていたのはわかるし、ライヴとしては十分な精度は保っていると思うし、マッチョラヴェルを好むなら観て損はない。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」組曲

グーセンス指揮ロイヤルアルバートホール管弦楽団(HMV,victor)1923/11,1924/1世界初録音・SP

グーセンスはこの時期節操ないくらい幅のある録音を残していて、ほとんどがwebで聴けるが、いずれも「楽曲を録音した」という事実以上の価値は感じられない。仕方のないことだが編成は小さく、技術的にも素朴なものだ。同時期に録音に意欲的だったストコフスキとくらべ落差は否めないが、後年の活躍もあって人気はあるようである。ペトルーシュカ組曲初録音が初演のピエルネではなかったのは意外だったが(1927年に録音されたSPもある)、ピエルネがフランスODEONに録音しまくった時期はもっと下る。こういうものはやはりイギリスが真っ先にやったということだろう。ロイヤルアルバートホール管弦楽団というのもエルガー自作自演で知られる名前で、技術的にどうこういうほど録音が無く、かつ録音用に編成を絞ったこの時期のものしか無いから、何とも言えない。この演奏冒頭ではあんまりにもバラバラなさまにガックリする。だがしかし、何故か部分部分によって出来が極端に違ってくる。弦楽器があんまりにもメロメロな音色でノンヴィヴなメロディを奏でる一方、ポリトナルに重なる別の声部がじつにしっかりしていたり、あるいはポリリズムが現れる場面では全くバラけた感じが無かったり、上手いんだか下手なんだかわからない。グーセンスはかなり後に派手なペトルーシュカを録音しており、ストラヴィンスキーの管弦楽の特色を活かしたその色彩感の萌芽は現れていると思う。部分的にはオススメの録音。部分的にはまるでだめ。機会があればどうぞ。もちろん編成が絞られていてまるで兵士の物語のような軽音楽的に響く打楽器など、同曲の録音としてはおおいに難あり。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ジャニス(P)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/12/29・CD

悲愴の録音を思わせる押せ押せスタイルで迫力はあるにせよ、乾燥しているというか、ソリストもそうなのだが、ロマン派音楽を設計して構成して聴かせるというより、現代モノを譜面の通り即物的に音にして流している、という感じがして、引っ掛かりがなく、さらっと聴き流せてしまった。2番をやらなかったのも、3番がただ技巧的で時代の要請もあったから、にすぎないのか。ミュンシュが他にラフマニノフをやらなかったのもわかる気がする(同曲だけは同じジャニスとクライバーンのライヴ録音が残っている(各SLS,DAないしmelusine、未聴))。

メシアン:世の終わりのための四重奏曲

ユゲット・フェルナンデス(Vn)ギイ・デュプル(Cl)ジャック・ネイルス(Vc)マリー=マドレーヌ・プティ(P)(erato/warner)CD

大人しい。慎ましやかな祈りの音楽で、穏やかに包み上げられている。技巧的にもそつがなく、静か。物足りないと思うかこういう音楽だと思うかは人それぞれだと思う。今はワーナーのボックスにまとめられている。

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

ロストロポーヴィチ(Vc)ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団(SLS)1965/10/23live

モノラル。URCより70年代ライヴというものが出ていたが同一か不明。熱演とか凄演とかいった類のものではない。ただ、ロストロポーヴィチのドヴォコンを色々聴いてきて、ソリストとオケの融和的で、最もバランスの取れた格調高い演奏だと思う。ラインスドルフは知られる通りきわめて職人的である一方、奇妙な改変や解釈によってついていけない指揮者というイメージもあるが、それは作曲家指揮者の特徴でもあろう、曲によってやり方を明確に変えており、しかし一度決めた以上は徹底してそれに沿いオケを整えるのが流儀だ(これが逆に詰まらない結果も産むがライヴだと幾分緩んで却って良い)。ここでは変な解釈は入れていない。中低音域の安定感からくるスケールの大きさ、各声部の凝縮されたさまときっちりしたアンサンブル、それはソリストを迎えた協奏曲においてはとても良い方向に働くように思う。あのロストロポーヴィチですら指揮者に制御されているんじゃないか、という局面もあるが、ドヴォルザークが昔ながらのヴィルトゥオーゾ向け協奏曲というより、ここに来てもブラームスのお鉢を継いだ交響音楽として作り上げた作品だったんじゃないか、というくらいボリューミーで聴き応えがあり、ロンドンでのスヴェトラとの凄絶なライヴと対極の音楽で興味深い。私はどうしても弦楽器中心で聴いてしまうのだが、ここでは管楽器が印象的だった。オーケストラの中での声量バランス、ニュアンスへの配慮が行き届き、例えばバルビローリの管楽器指示がヘタクソ、というのがよくわかる(バルビにドヴォコンは無いが協奏曲伴奏指揮者として名を挙げた人である)。録音は放送エアチェックで、ノイズが酷過ぎるが、SLSではマシな方。キッパリとした終わりに爆発的なフラブラで終わるから、やはり佳演なのだ。

サティ:バレエ音楽「パラード」

ロザンタール指揮ORTF(ina配信)1967/2/15(1968/2/15?)放送live

同曲の古典的名盤で知られるロザンタール/フランス国立放送管弦楽団によるライヴ録音。一緒に黛敏郎の饗宴も演奏されている。これはまったく、セッション録音と変わらない。演奏精度はもちろん、何しろサティだから、手の加えようが無いわけで、ライヴだからどうだというところだ。率直に、サティ的にやろうとしたら解釈の余地が無いのであり、相変わらずデジタルに極端な楽想の羅列で、ゴツゴツした冒険的書法も無い後期作品(パロディ風味なので意図的なゴツゴツは(冒頭の乱暴なブラスなど)ある)、ロザンタールは客観的に整えたような和声重視の精妙な器楽的表現とキッチュにドガシャーンとやる派手な舞台音楽的表現を、当意即妙に使い分けて効果的に仕上げている。この音楽は簡素きわまりなく、だから逃げようもないのだが、音符も少ないから、一度理解すればオケはブレようもない。安心して聞いていられる。非常に「フランス的な」明るい演奏。拍手は普通。

バルトーク:弦楽、打楽器、チェレスタのための音楽

ロザンタール指揮ORTF(ina配信)1969/3/26 放送live

整えに走ってしまったか、という感じはする。それは二楽章の遅さに現れているが、ロザンタールは師匠ラヴェル作品のセッション録音を聴いても元々そういう解釈をするところはあり、響きが明るく軽く綺麗に整えられ抒情味すら醸す後半楽章には魅力を感じなくもない。曲自体の内包する要素を薄く延ばしてしまったような、構成が散漫な印象だが、四楽章は冒頭ピチカートよりバラケずしっかり構築されている点(編成が小さい可能性大)、聴き応えのある部分も。拍手はごく普通。録音が良好で特にピアニストは粒立って光っている。全楽章ある。

バルトーク:弦楽、打楽器、チェレスタのための音楽

シェルヒェン指揮スイス放送管弦楽団(tahra)1954/10/23live・CD

三楽章の尖鋭な響きの交錯にシェルヘンの本領を聴いた。一楽章ははっきり言ってパッとせず、二楽章もシェルヘンにしてはキツイ表現もなくそれほどバラケもせず、良い意味でも悪い意味でも期待値を満たさなかったが、現代の目から見て技術的にはどうかわからないが、比較的よく音像が捉えられているせいもあってか、前衛的に美しく、説得力がある。四楽章はさすがに冒頭のもともと無理のある弦楽器はバラケ感を感じさせるが(シェルヘンらしい極端な表情付けによるバラケはこの後やっと出てくる)、同曲らしい激しさが増してくるとギリギリ縦のズレない程度にいつもの強い調子で、若干ドイツ臭く重厚なロマンチシズムも交えながら、もちろん今の演奏様式からすれば古風なんだろうが、当時としては斬新であったろう表現主義的な解釈のもと、きちんと構成感ある演奏に仕上がっている。

※録音に関する記述について

以前は避けていたのですが、本稿中にて比較的新しい盤の録音状態についてネガティブな記述がみられることがあります。エクスキューズを入れている時もありますが、あらためて聴き直すに、往々にして現在の私の聴取状況によるものであったと思われます。作曲家と同時代の録音を中心とする盤評という趣旨から古く悪い録音ばかり対象として書いてきて、突然新しい録音に当たってしまうと今まで気づかなかった、再生環境の問題が耳につくようになった、ということのようです。10年位前からはデータのみの圧縮音源をも対象とし始めたので、それぞれの形式特有の問題点、圧縮する方法(機器、ソフト)の問題点、解凍再生ソフト、スピーカーやヘッドフォン、さらに個人的に好きな音への加工、イコライジングの悪影響が思わぬところに出てしまう例が、特に増えてしまっているようなのです。「この方法はダメだ」的な記事も書きたいところですが面倒くさいことになるのでそれはやめることとして、今後はなるべく環境起因臭い音質への文句は書かないように致します。今までの記事も差っ引いて読んでいただけると有り難いです。よろしくお願いします。

ブロッホ:シュロモ~ヘブライ狂詩曲

ピアティゴルスキー(Vc)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/1/30・CD

ブロッホが民族に拘っていた時代の代表作で、いわゆるヘブライ旋律が横溢しているが、マーラーのような音楽に比べ確信犯的で、ロマンティックな主情的な音楽からは少し距離を置いているというか、垢抜けたところがある。演奏のせいかもしれないが何となく戦後アメリカの西部劇を思わせる音楽になっているのだ。半音階的な進行は依然中欧ふうであるが、ピアティは得意のレガート奏法を駆使して極めて息の長い音線をかなで続ける。レガートが得意な往年の奏者特有、左手指の柔らかさからくる高音の音程の甘さや音符の切れ目の不明瞭さ(アタックの位置がはっきりせず全体として今ひとつピンとこない)は、ピアティ自身の健康状態に由来しているのかもしれないがいただけない。ミュンシュはともすると渋く収まりがちなブロッホの響きに対し各楽器固有の色を明瞭に打ち出させ新鮮な印象を与える。好き嫌いが別れる曲で私も掴みどころがない曲と思うが、これはまあまあ聞ける。

ウォルトン:チェロ協奏曲

ピアティゴルスキー(Vc)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/1/28,30・CD

ロシア出身でBPのフルトヴェングラーにトップ奏者として迎えられ以後、豪胆な表現と「色艶に逃げない」音でソリストとして活躍したピアティだが、オールドスタイルっぽさがあるというか、音程がメロメロで、現代作品となるとなかなか厳しいところもある。特にウォルトンには常に細部まで正確で明瞭な発音が求められそれは時に過酷ですらあり、その意味で言うとピアティのみならずミュンシュですらどうなのかという気もしてしまう(ボストン交響楽団は機能的で良い)。ミュンシュはほとんど英国物をやっていないしウォルトンもこれ一曲しか残していない。ただ、立体感、色彩感はしっかりとある。いわば「ボールト的な突き通し方」によって聴かせる。響きを神経質に整えるとかいったやり方にくらべて音楽のメリハリがわかりやすくつき、ウォルトンの作品でも晦渋な印象のある同曲に一定の評価をあたえることに成功したのは、ピアティよりむしろミュンシュの腕によるところがあったのではないかと思わせる。ピアティは早くより衰えをみせた奏者で、実際早くに亡くなっている。運指のさまはしばしば後年のメニューインを思わせる。

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1952/10/27(49-55説は誤り)・CD

2016年9月発売RCA録音全集ボックスに収録。モノラル旧録で、かつて日本特典盤として世界初CD化されたものと同じ(このときの収録音源は全て今回網羅された)。いくつかのデータが1949年から1955年の間の別日録音としているものの、RCAへは二回しか録音していない。LP発売日や再発日などと混同しているか、単純な誤りである。録音時期が時期だけに古びた音で、下手に自分で加工するとノイズが載るが、さすがにセッション録音なので個々の楽器の音はクリアに分離してきこえ、ミュンシュの直截な解釈をまっすぐ受け止めることができる。隈取の濃いクッキリした音作りで、気になる部分はある。管楽ソロの音色におしなべて味が無く、細かなニュアンスに欠けるのだ。逆に大づかみに曲を捉えて変に感傷的にならずバランス良く仕立てているとも言える。透明感はないが曲を理解するには良い演奏。
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