ラヴェル:クープランの墓組曲

コッポラ指揮パリ音楽院管弦楽団(lys他)1930/10/26・CD

1932年ディスクグランプリ受賞SPからの板起こし。内声が聞こえず、ラヴェルの仕掛けた多彩な響きや微細な動きが聴き取れないのは痛いものの、オケの(鄙びた音色はともかく)この時代とは思えない厳しく律せられた機能性、SP特有の事情もあったと思われるがやたらと速いテンポ設定、とくに一貫して揺れず、分節ごとにはっきり変化を付けるデジタルな感覚、醒めた器械的な音構成は、平板な録音であってもはっきり「ラヴェルらしさ」を感じさせる。旋律だけで充分にラヴェルを伝えられる、旋律を構成する楽器それぞれ、あくまでテンポは一定に保ちながら微細な謡い回しを徹底させ、時に独特の美質を与えている。終曲中盤の南欧風の歌い方は効果的だ。ピエロ・コッポラの録音芸術(この人は比較的近年まで存命だったが同時期一気に大量のSP録音をなしただけで実演も全くやらなかった)、技巧的で機能主義的な態度はもともとドビュッシーよりラヴェルに向いていたのだろう。内声が聞こえない内声が聞こえないと書いたが、この時代にしてはラヴェルの先鋭なひびきを収めようとして、ある程度成功している。そこが受賞理由の一つでもあるだろう。
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コープランド:ピアノ協奏曲

ノエル・リー(P)作曲家指揮ORTF(ina配信)1971/6/30live

硬派なほうのコープランドではあるが、途中からピアノの不規則なリズムの下で管弦楽によりガーシュイン風の旋律が「しめやかに」流れ始めサブリミナル的に雰囲気が変わってゆき、そのあとはピアノがソロでジャズ風のフレーズを途切れ途切れで演奏したあとは、一気に耳なじみ良いいつもの世界で大団円、というふうの作品となっている。連続して演奏される。ノエル・リーはクラシカルな透明感を失わずノリを演出して巧い。聴衆はやや戸惑い気味か。ステレオの比較的良好な録音。

コープランド:クラリネット協奏曲

フランソワ・エティエンヌ(cl)作曲家指揮ORTF(ina配信他)1955/5/28コープランドフェスティバルlive(29放送)

いきなり耳馴染み良い旋律から始まり、直前の「ステートメンツ」との対比が激しいが、ピアノや打楽器、特殊奏法を絡めた変則リズムの楽章が現れると一筋縄ではいかない。じきに新古典主義、特にストラヴィンスキーの骨張った協奏曲からの書法的な影響を感じさせるところも出てきて、ジャズのそれを含むリズム込の脳天気な旋律との組み合わせがかなり複雑となる。こういう曲になるとさすがにオケにも綻びがみられ、なかなかピッタリ揃わない(新古典主義だから揃わないと話にならない)箇所も散見される。ソリストはわりと一本調子。そのかわりミスはほとんど無いし音色は綺麗。amazon配信とina配信は同じ音源。

コープランド:管弦楽のためのstatements

作曲家指揮ORTF(ina配信他)1955/5/28コープランドフェスティバルlive(29放送)

三楽章にならないと脳天気なコープランド節が出てこないしそれもイメージ通りとはいかない、そのあとも退嬰的に謎めいて終わる、これがコープランドの「硬派なほう」の作風である。晦渋なブラスの挽歌から始まり、基本的に木管はほとんど出てこない。ブラスと弦楽器が前面に立つ。確かにコープランドの好む和声は使われるが、リズムは複雑とわかるように複雑で、旋律は無調に近い。各楽器はわりと剥き出し、新古典主義的なからみをするところもみられるが、ユニゾンでメロディを推し進める箇所もあり、全般はとつとつとした音楽の感がある。同時代音楽と歩調を合わせた抽象的な五楽章制の組曲である。演奏はこなれており、軋みやミスもなく、よくまとまっている。録音瑕疵が気になる部分がある。amazon配信とina配信は同じ音源。

コープランド:戸外のための序曲

作曲家指揮ORTF(ina配信他)1955/5/28コープランドフェスティバルlive(29放送)

掴みにはもってこいの聴きやすい曲。尖鋭なところもロデオなところも抑え気味で(リズムとか内部構造はともかく)、面白かったのはラフマニノフの3番終楽章から取ったようなフレーズがとてもわかりやすく柔らかく音楽を鞣し、ウォルトンをほうふつとさせる「一般に受けそうな音楽」になっているところだ。庶民のためにファンファーレをぶっ放しビリー・ザ・キッドのように複雑に踊りまくるコープランドっぽい音楽に飽きた向きに、むしろ勧めたい。といっても結局は思いっきりブラスと打楽器が活躍する。ストラヴィンスキーみたいに硬い指揮をする人のイメージがあるが、ここでは生き生きとしていて、オケの個性もきちんと作品の中に収まっており安心して楽しめる。

ワグナー:タンホイザー序曲

マルケヴィッチ指揮ORTF(ina配信他)1955/6/8(1955/6/9?)live

amazon配信(6/8と表記)はina.fr配信と同一音源。起伏がなく、ずっと大きな音がゆるいインテンポで鳴り続ける。この長さですら飽きる。構造的な配慮は当然なされているものの重心が軽く、オケの特性であることは間違いない(フランスのワグナーというとだいたいこういう響きである)が、高音域の旋律だけが強調され、それもロシアオケのように圧倒的にぶっ放すというまでもいかず、単にやかましい。うねるような情念の感じられる表現、底深い音というのはこのオケには無理なのか。中欧の演奏で聴かれる求心力ある凝縮された音楽はここにはない。マルケが向かないということかもしれない。かといって聴衆反応は悪くはなく、精度もライヴとしては悪くはないので、フランス好きならどうぞ。楽曲が悪いのか?

ドビュッシー:春の挨拶(1882)

ナディーヌ・ソトロー(sp)ロザンタール指揮フランス国立歌劇場管弦楽団、合唱団(Ades他)CD

パリ・オペラ座管弦楽団として近年SACD化もされた50年代後半のロザンタール最盛期と言われる(実際には70年代までは旺盛な指揮活動を行っておりあくまで録音では、という意味)ステレオ初期の大量の優秀録音に含まれている。ラヴェルに師事した最後の世代でありラヴェル録音集はその意味でも貴重だが、実演をよくやった指揮者のセッション録音にありがちな少し硬直したような(精度的には素晴らしい)印象もある。ただ開放的で浮き立つような、生気溢れる明るさは魅力的で、それはドビュッシー集においてより、はっきり現れていると思う。これはドビュッシーの音楽の性向からもきているのだろう。初期も初期、ローマ賞最初の応募作で過去あるいは同時代の作曲家を研究した結果のようなところはあるが、初期の代表的な作品である小組曲を思わせる伴奏音形など、無邪気で軽い楽想の中にも新鮮な動きや和声への嗜好があらわれている。ピアノ伴奏と管弦楽伴奏のどちらがオリジナルか知らないが後者としたらなかなか良くできていると思う(といっても単純だけど)。女声合唱を使ったところで音楽の華やかさをいっそう際立たせ、そこにロザンタールが生き生きとした表現をくわえて作品の生硬さを鞣している、これは聴ける演奏。

ドビュッシー:劇付随音楽「リア王」ファンファーレとリア王の眠り

マルティノン指揮ORTF(EMI)CD

ファンファーレは清々しく美麗な、前期の香りを残した音楽で、ヴォーン・ウィリアムズ最盛期の作品と非常によく似た印象を与える。リア王の眠りは転じてドビュッシーらしさの前面に現れた和声が印象的で、多少ワグナー的なところのある官能的な音楽。マルティノンは明晰な録音に釣り合った明晰な演奏をこうじており、前者ではファンファーレを殊更に意識したぶっ放し方はさせず曇りの無い無垢なひびきを印象付け、後者では管弦楽のための夜想曲(雲)を想起させるような繊細な配慮を施している。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第一組曲、第二組曲

ロザンタール指揮ORTF(ina配信)1968/9/5放送

見事な演奏で、舞台音楽をやると水を得た魚のようになるロザンタール(逆に四角張って前に向かないこともある)、色彩感がとくに抜群である。同時代のミュンシュが重量感あるルーセル特有のリズムに重点を置き、中欧的な重い響きを強調し色味に配慮しなかったのとは対照的で、ルーセルとは師弟関係にあったマルティノンのカラーに近いが、あちらはあちらで少し透明で無機質なところがあり、肉感的要素も兼ね備えた(ロザンタールに「肉感的」と言うと語弊がある…?)この長さを緩急すべらかににつけながら、ルーセルらしさはルーセルらしさとして明確に叩きつけつつ、印象派の残響的なところやワグナー的な法悦性はそれ相応の表現へ切り替えて見せる、じつに演劇的に手慣れたところをみせている。バレエ音楽というと場面場面でコロコロ変わる印象があるが、ここでは管弦楽組曲、さらに一種まとまった交響音楽のように聴くことができる。なかなか良い聴き物。

黛敏郎:バッカナール

ロザンタール指揮ORTF(ina配信)1968/2/15放送

かつてのアメリカの騒音主義的な(ジャズのイディオムや打楽器主義込の)音響に接近しながらも、オネゲルからジョリヴェ(ガムラン要素など近い)、さらにその先の世代の作風まで取り入れた、ないし先んじすらした非常に多彩多様式的な印象を与える黛世界を象徴する作品。魅力的な旋律も忍ばせられているところがこの人の聴衆への態度を明確に示している。ロザンタールにうってつけの開放的な響きの饗宴で、作品自体がしっかり書かれていることもあるのだろうが、拡散し過ぎて瓦解するのを防ぐ手綱さばきが巧い。当時のフランス音楽に近接した作品であり、なおかつそれを越えて耳を惹く要素を多々知的に組み込んだところが、聴衆にも非常に受けた様子がうかがえる(ina配信音源で新作や稀作が入っているときは決まってそうなのだが、作曲家が臨席していると思われる)。パリには一旦背を向けた人ではあるが、これだけの短い中に語られることの多きの中に、フランス音楽への意識が無いとはとても言えない。良い機会に良い演奏家により良い聴衆の前で演奏された幸福の記録と思う。

ラヴェル:道化師の朝の歌(管弦楽版)

チェリビダッケ指揮ORTF(DOCUMENTS他)1974パリlive・CD

DOCUMENTS盤は月日記載が無く詳細データが不明だが、恐らく他で出ているものと同じだろう。ここではDOCUMENTS盤について書く。録音状態は前に収録されているダフクロ2組と雲泥の差のステレオ良録音で、データが同じなのに違う状態なのはこのラヴェルアルバムが海賊音源の寄せ集めだからだろう。リズムと装飾音の印象が強く旋律が顕わでない(ラヴェル自身の言葉どおりの)楽曲で、ここではチェリは変な解釈を入れずきっぱりとしたものに仕上げている。中間部の印象派的な空間も独自表現によって歪むことはない。拍手無し。

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第二組曲

チェリビダッケ指揮ORTF他(DOCUMENTS他)1974パリlive・CD

DOCUMENTSのラヴェル集収録の音源で書く。録音日表記が無いが恐らく他で出ているものと同じ。モノラルで74年とは信じられないほど音が悪い。籠っていて折角の音色・音響への配慮も台無し。ねっとりしたフレージングが印象的で、前半二楽章はミラノでの録音と思ったほど粘着的である。かなり楽曲に対して独自解釈(表情付け)をほどこす指揮者で、これで崩壊しまくりなら凡百のロマン派指揮者と同じなのだが、このなかなか「きかんぼう」なオケに解釈を徹底して叩き込み、ミスを一切許さない、ライヴがすべてだと言い切ったとも言われるチェリらしい、普通の指揮者ならセッション録音でのみやるたぐいの神経質さを持ち込んでいる(でもそうと感じさせない自然さが凄い)。それがふだんのこのオケの状態を知っている聴衆に強くアピールし、熱狂的な反応を呼んだと言えるだろう。合唱付きだがこの録音状態なので余り聴こえない。

ラヴェル:マ・メール・ロワ組曲

チェリビダッケ指揮南ドイツ放送交響楽団(シュツットガルト)(DOCUMENTS他)1972シュツットガルトlive・CD

冒頭から異様に伸び縮みする音符に驚く。チェリビダッケはまだ個性を色濃く付けた時期にあったが、独特の(スヴェノラーノフ的と言ってもいい)表現が徹底できたのはやはりシュツットガルトとかそのあたりの相性の良いオケとのセッションに限られていたのか。個々の楽器のニュアンスに細かく(かつ過度なデフォルメの)拘りが感じられ、総体としてもしっかりした構築性を前提に周到な解釈を楽団に徹底させ、やりたいことをやっている、と感じられた。この曲に過様なファンタジーを求める向きにはとても向いている。ピアノの小さな組曲から発展した可愛らしい曲なのに、一大交響楽と化しているのがチェリビダッケらしい。美麗な音色はORTFとの別の曲と較べても遜色ない。音質は放送音源レベル、DOCUMENTSのラヴェル集の中では悪い方、ステレオ、拍手カット。データ詳細記載が無いがDOCUMENTS盤は後発と同じ演奏だろう。

ラヴェル:クープランの墓組曲

チェリビダッケ指揮ORTF(DOCUMENTS)1974パリlive・CD

チェリビダッケとORTFのタッグは長続きしなかった。そのぶん数が少ないのでina.frをはじめ(動画含め)ほとんどが音源化されているようだが、これは何故か復刻が少ない(今はインディーズで裏青盤があるらしい)。ステレオだが放送音質。僅かな録音瑕疵、ホワイトノイズがあり、人工的な残響が気になるが、それでもチェリの存命中に海賊盤化されたライヴ音源としては、同ラヴェルライヴ集にあってもすこぶる良い方である。ラヴェルは木管を異様に使う。この曲はほとんどが木管アンサンブルで出来上がっているため、フランスオケには有利だ。それぞれの細かなニュアンス表現が美しく、技術的にもすぐれ聴き応えがある。チェリビダッケは精緻というより繊細で、ミスを許さない現代的な態度の裏には細部まで配慮の行き届いた解釈がこのような色彩的な曲であればなおのこそ、魅力を最大限に引き出している。拍手カット。

コープランド:交響曲第3番

作曲家指揮ORTF(ina配信他)コープランドフェスティバル1955/5/28live(29放送)

Amazon配信のものは同じ音源。ひたすら自演、長いコンサートで、直前のクラリネット協奏曲はストラヴィンスキー的な骨張った構造、簡潔な管弦楽に「アメリカンジャズ」のコープランド流「崩し」のリズム要素を取り入れ、六人組風の明快な和声をもってまとめた、作曲家の非常に出自のわかりやすい作品で面白いが(エボニーコンチェルトを意図的に真似ているのは明白)、このメインプロ、動画サイトにイギリスのユースオケによるプロムスライヴがあがっているので一見してほしいが、とにかくどでかく、分厚く、それなのにラヴェル的な意味で煩雑ではなく、剥き出しの声部同士が「込み入って」いるから、これだけやったあとに最後に演るのは無理がある。各楽器への要求レベルの高さ、とくにリズムについて、ORTFはとても苦労している。ブラスなど、とくにトランペットなど、アメリカオケを想定した凄まじく技巧的で力強さを要求する書き方に太刀打ちできない場面が多発、地獄のようである。分厚いのに細かなアンサンブルを要求される弦もなかなか地獄である。フランスオケの明るくカラフルで開放的なひびきはそもそもブーランジェの教えを受けたコープランドの和声にはあっていて、アメリカオケの力は強いが整いすぎた音色のひびきよりも耳を惹く。むしろそれだけがこの事故だらけの演奏で魅力となっている。コープランドの指揮は時期的にまだ若いせいもあってか、揺れは無いものの無機質ではなくそれなりに音楽的な流れを作れている。最後をあまり引き伸ばさずさらりと流すテンポ設定はこれはこれでかっこいい。ゴツゴツしていないのは木管の少し低めの響きが音を丸めているせいもあるか。いいとこなしのオケにあって、木管の魅力が唯一、さすが定評あるところをみせている。庶民のためのファンファーレを拡大した終楽章は他の楽章にもまして冗長感があるものだが、なぜか楽しく聞き通せた。クラシックを聴いているというより、プログレッシブロックを聴いている錯覚に陥った。しっかり盛り上がりを作ることもなく構成感も大してないのに、これは作曲家指揮の魔力か。とにかく、動画サイトにてとてつもないブラスの編成を見てから、ORTFが用意できた楽器の数を想像しつつ、同情を持って聴いてほしい。さすがに録音は古くこもって、良いとは言えない。当然時期的にモノラル。

ラパーラ:ハバネラ - 前奏曲

ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(timpani/naxos配信他)1929-33・CD

ハバネラかー。という曲。ラヴェルの時代の人の作品、ではあるがどうにも耳に残らない。演奏は音符を音にした感じ。

フローラン・シュミット:3つの狂詩曲~Ⅲ.ウィーン狂詩曲

ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(timpani/naxos配信他)1929-33・CD

いきなりマーラー五番かと思ったらあっさり擬ウィンナーワルツになる。多彩な才能を持ち合わせたフローランらしい展開への創意もこめられてはいるが、フローランらしいパッとしない風味もあらわれてしまっていて、こんなものか、という古風な印象。ヴォルフはカラフルにやっているが曲の趣向に合っているかは??

ラヴェル:ラ・ヴァルス

ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(timpani/M&A/naxos配信他)1931・CD

timpani盤からの印象で書く。やはり勢いがあっていい。これはノイズを何とかして、大音量で聴くと当時のパリのコンサートホールの(やや猥雑で派手な)雰囲気も伝わってきて楽しい。音量変化にとぼしく解釈もテンポも揺れず一本調子な反面、楽曲自体の魅力が巧緻な指揮から引き出され、またオケの明るく開放的な音にも魅力があるのは確か。

ラヴェル:マ・メール・ロワ組曲

ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(timpani/naxos配信他)1929-33・CD

酷いSP起こしノイズを前提として同時代の指揮者の録音と比較するとピエルネより技術が勝るのは明白で、国は違うがダムロッシュのような専門指揮者として聴かせる力、オケの統率力の強さは感じるが、何よりラヴェルの「仕掛け」を的確にとらえ、それをしっかり構築させて特有の管弦楽の魅力を届かせている点が違う。勢い任せ、情感に訴える、そういったスタイルではない(かといって情感に訴えないことは無い、スコアから本来的に訴える力を引き出している)。この時代の録音でここまで立体的な構築性を、キラキラしたやわらかなフランスオケの音をもって表現したものは他にあるまい。コッポラほどではないが骨董時代にフランス音楽の網羅的録音を任されただけのものはある(ラムルー管という手兵は技術的にはやや弱いが指揮者とのコンビネーションは板についている)。同曲、もっと新しい繊細な録音のほうが良いことは確かだが、同時代のものに興味あるならトスカニーニなど外国の「作曲家よりも権威のあった」有名指揮者とともにこちらにも触れておき、差異を確かめるのも良いと思う。

ラヴェル:古風なメヌエット

ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(timpani/cascavelle/andante/naxos配信/polydor)1930/1/13・CD

timpani盤からの印象で書く(骨董録音は復刻によりかなり印象が異なってくる)。丁々発止のアンサンブルがリズミカルな中に構築されていて胸がすく思いがする。互いに被せるくらいの勢いの掛け合いがじつに素晴らしい。正直SP期のオケなので、緩い感がつよく管楽器には雑味が多いのは人によっては嫌がる点だろう。
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