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シベリウス:交響曲第6番

ロスバウト指揮ケルン放送交響楽団(ica)1952/4/21・CD

真の万能型指揮者で、現代音楽指揮者にありがちな即物的解釈、逆に極端に恣意的な解釈は施さず曲に適したスタイルで、きちんと聴衆に聴かせる音楽を作る。最も活躍した時期が50年代前後なのでモノラル録音が多く、セッション録音も少ないばかりかきらびやかな色彩性に重きをおかないため真価を伝えられていないものもある(モノトーンのつまらないメシアンなど)。牧神のライヴ録音が絶妙の起伏を作りすぐれていたおぼえがあるが、響きにおいてみればあのくらいの淡彩、後期シベリウスくらいの色調が合っているかもしれない。歩調は確固たるものがあるものの独欧風の重さがなく、そこも後期シベリウスに合っている。

すなわちこの演奏は良かった。弦の弱いオケにここまでグイグイともってこさせ、合奏音楽としてしっかり組み合わせてなお強引さは感じさせず、地味な同曲の少し言い淀むような進行をアンサンブル、微細な和音進行の明晰な表現によってしっかり聴かせてゆき、爽快な終楽章をもって完結させる。オケコントロールの上手さ、アンサンブルの鍛えっぷりは今更言うまでもないが、バーデンバーデンのオケでなくてもここまでできるのである。モノラルで篭もる感じもあるかもしれないが情報量のある録音なので再生側でなんとかすればゴージャスに聴くことも可能。
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ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(Victor)1927/10/5・SP

webで聴ける(パブリックドメイン)。初期電気録音とくらべこちらはほぼフルオケの一応通常配置で収録したと思われ、レンジも比較的広く、空間を感じさせる。艷やかな音、その綾、フィラデルフィア管弦楽団の本領がやっと掴めた感じである(なぜか木管には棒吹きでデッドな音を出す人もいる)。しかし当時の録音技術の限界だろう全体の響きが茫洋としてしまい細かなノイズがのってしまう点、ヘッドホンで聴くと却って聴きづらくなってしまった感もあるが、そこはヘッドホンを使わなければよい。細かいアーティキュレーションがデジタルではなくアナログな自然な流れのうえでスムースに聴き取れる。横の流れが大事にされて、前回のストコフスキの、シェルヒェンのような人工的な、ブロックを積み上げるようなところが鞣されて、通常ではこちらを本当のストコフスキーの解釈表現として受け止めるべきだろう。トスカニーニ的な力強い解釈は時代性か、それでも細かな表情付け、さらにはその中にストコフスキーらしい(奇妙な改変も含め)個性が耳を惹く。やはり四楽章に恣意性が強いが前回録音ほど極端なところはほとんどなく、違和感がない。なかなか、これでやっと「普遍性をもった新世界」になった、という録音だ。オケの迫力は言わずもがな。当時としては新しいデロデロしたところの少ないモダンで技術の洗練された感じである。瑕疵もない。

ワグナー:ワルキューレの騎行

ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(HMV)1921/3/25・SP

必要最低限の音だけを繋いで繋いで曲にしており、必要最低限の管楽器しか聴こえず(存在せず)、はっきり言ってワグナーを機械録音するのは無理があるのだがそこを何とかしてレコード売上を上げようという資本主義。ワグナーの音楽のちからは圧倒的なのでナチなんかに利用されたわけで、逆に圧倒的だからこそどの国でもさかんに演奏され、録音技術的に無理でも改変してやってしまう、ストコフスキーはそういうところからキャリアを積み上げてきた人である。

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(victor)1925/5/15・SP

ストコフスキーの新世界78回転盤はwebで三種ほど聴くことができる。これは最初期のもの。意外と固い演奏に聴こえる。部分的に時代がかったテンポルバートがかかるがストコフスキーにしては少なく(それでも四楽章になると極端な表情付けの面白みが出て来る)、そもそも当時の演奏様式的にはおかしくはない気もする。この固さ、おそらく録音を意識していることは間違いない。当時の採録技術にあわせた計算ずくのものであり、ここまでくっきり曲が「露わに」聴こえるというのは、そういう演奏解釈である前に、記録として残す目的で残したい音を強調し、残したいアーティキュレーションを強調し、弦など人数を絞っているのに他の楽器にひけをとらなく聴こえるのはまさに、電気録音最初期(ほんの数ヶ月前導入!)のマイク前の配置方法や楽器など工夫の結果だろう。生々しく奏者が目の前に密集しているような、むしろ機械式録音のような音になっている(ただ「圧」は全く違う、また二年後の録音は通常のオケで録音したようで却って音が遠く拡散してしまいノイジーに聴こえる)。もちろん演奏技術的なメリットもあり、記録されやすい音を出す奏者や奏法を選んでいるだろう。ストコフスキーは「録音芸術」の先駆者の一人だ。固い固いとはいえ聴衆に対する「効果」を第一に考えているからこそ、この時代の録音では「整える」意識が強くならざるをえなかったのだ。アメリカということで同曲は好んで演奏されてきたわけで、今の耳からすると大袈裟にすぎる「操作」は人工的であってもどことなくこなれてしっくりくるところもある。ドヴォルザーク自身が機械的なスコアリングをするので、デジタルな操作がしやすくできていることもあるか。四楽章を除けば、のちのちのストコフスキ録音よりまともに聴ける人もいるのではないか。もっとも、ニュアンスや音色などまったく聴き取れないので、そこが無い状態でよくここまで聴かせる音楽にした、と思うところもあり、それらの要素が録音可能となった結果、耳障りな演奏に聴こえるようになっただけで、演奏の本質は変わっていない。と誰かが言っていそうだ。

バルトーク:バレエ組曲「中国の不思議な役人」

ブリュック指揮ORTF(ina)1960/3/8live

先鋭な大曲で力量を発揮するテクニシャンのイメージそのままで、マルティノンのように明快でいながらリズム処理には娯楽性がやどり、カラフルなバルトークという、ロザンタールがやりそうな芸風で魅せている。ロザンタールの芸風よりも前へ前へ突き進む感があるが強引さはない。暗く蠢くような音響表現は一切無いのでそれを野蛮主義的にどうなのかという話はあるかもしれないが、ストラヴィンスキー臭くは少なくともなく、書法的に偶然トリルを多用するといったところからかもしれないがむしろスクリアビンの肯定的な管弦楽曲に似たものを志向していると感じる。この諧謔的な曲でフランスでブラヴォが飛ぶのも(そんなに飛ばないが)珍しい。この一夜は特別な演奏会だったようである。

ルーセル:バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第二組曲

ブリュック指揮ORTF(ina)1960/3/8live

これがけっして壮麗とか豪速球とかそういう極端な特徴を挙げづらい演奏なのだが、非常に良好な録音、オケのコンディションの良さ、美しく激しくルーセルの人好きする面をひたすら追った、流れ重視の演奏で、ここでは大見得切ってくれ、というところでそれほどルバートしないし音量変化も普通、しかし、まあ、終わると同時に大ブラヴォとなる華麗な演奏なのである。ブリュックはプロコフィエフの炎の天使初演及び録音でのみ知られるがフランスにはまだまだ録音はあるようで、職人的と表現するには惜しいフランス音楽に対する素晴らしいセンスがある。ルーセルのきっちりした構造への配慮をわきまえ、色彩や舞踏表現からは全盛期ルーセル特有の「臭み」が感じられず、素直にドビュッシー後ラヴェル同時代の鋭敏な作曲家のさまを効果的に提示する。しっかりしているが重くはない。曲も良いのだが、何度聴くにも耐えうる録音である。

ドリーブ:バレエ音楽「シルビア」~二つの小品

メサジェ指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1918/11・CD

SP両面。高音ばかり捉えられているので動きがよくわからないところもあるが、基本的に明るく灰汁のない音楽で、演奏もそれに沿ったような、二曲目などフランセのヴェルサイユにも聴感が似て古風な音楽をまさにその時代に近い楽団がやっている、それだけの価値はある。

サン・サーンス:オラトリオ「ノアの洪水」前奏曲

ブルン(vn)メサジェ指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1918/11・CD

重厚で古風な序奏から入るがヴァイオリンソロによる甘いメロディが始まると、景色が明るくなり、職人サン・サーンス節が単純につづられていくことになる。いかにも古いメロメロのポルタメントが、しかし音楽に命を与え、和声も軽くフランスの演奏である主張はしている。ノイズはひどいがここまで聴き取れればこの手の曲は十分。メサジェのエスプリも伝わってくるようだ。妄想だけど。

プーランク:三つの無窮動

作曲家(P)(sony)1950/2・CD

ソニーでなかった頃から有名なサティ演奏などとの組み合わせの自作自演。時代を考えても音は良くはなく、残響が多くパーペチュアルな感はわりとしない。プーランクのピアノはクセが強くもつれるような表現がもどかしいところもあるが、そのぶん味のようなものが醸される。3つの楽章もおのおのがおのおのの味を情緒的に引き出され、3つめにかんしては技術的問題が気にならないほど印象的な、感傷をもたらす美しい演奏となっている。時代の空気をもったプーランクらしい世俗性がなくはないが、古臭いとかそういったところはない。華やかさや旋律性をことさらに強調せず単線的に、そこをとても細心をはらって表現しているからこそだろう。プーランクらしさは、たいてい曲集では次に入っている夜想曲のほうが(クセの強さも含めて)たくさん詰め込まれているが、サティ的とでもいうべきか、これは簡潔に才能を音にした、曲であり演奏である。

プーランク:三つの無窮動

タッキーノ(P)(EMI/brilliant)CD

非常に明瞭で力強く、あくまでスピードに重点を置いた目覚ましい演奏。わたしはプーランクの代表作はこの5分の組曲だと思っているくらい好きなのだが、自作自演の緩急のついた手綱さばき、なんといっても三曲目の何とも言えない感傷性がここには皆無。ただ、とにかく回る指、完璧に安定した発音、それは表題の意味するところにまったく忠実であり、疲れ落ちるような結部ではさすがに残響を使って静かに収まる。とにかく早い。

ラヴェル:ラ・ヴァルス

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1927/5/7・CD

ラヴェルのこの時代のフランス録音はいずれも何故か硬直したようなテンポや解釈(させない強い力の存在)が多く、作曲家の影が見えるが、これもその例に漏れない。しかしどちらかといえば表出力の弱いフランスオケに強く明瞭な表情付けをし、内声部まで見通しよくまとめ、弦楽器によるワルツ主題は(この時代のオケにもかかわらず)しっかりウィンナワルツ風の抑揚を付けさせており、なるほど、といった発見をすることもできる。早いテンポでとちるのはこの時代のどのオケでもどのパートでも一回は聴かれるものなので、それが10回に増えたところで全体の音の悪さがわからなくさせてくれる。10年以上前酷評していたと思うが、この時代の録音を多く聴いてきて、まったく悪くないと思った。良いと言う程でもない。

デュカス:バレエ音楽「ラ・ペリ」

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1928/4/3・CD

やわらかなうねりのえんえんと続くワグナー~リストの系譜につながる分厚くロマンティックな作品で、スクリアビンの痙攣的な動きも含む半音階的で繊細な響きの感覚と共通するものが確かにある。ただロシア楽派からの影響は少なくやはり中欧音楽を拡張した範囲内に印象派的世界を構築したものとかんじる。だから明確なリズム主体の動きが少なくバレエ曲としては少し難しいというか、ストラヴィンスキーが現れる時代にこれというのはちょっとロマンティックに過ぎるか。これがまたハッキリした表現のゴーベールだとワグナーに聴こえるし、また、時代的に緩いオケの特に音程のあやふやさが精妙さを損ない、元の曲の価値をわかりにくくしている。正直、スクリャービンを健康的にしたような音楽にしか聴こえてこない。だからといって悪いことだけでもなく、うまいことハマってしまえばドビュッシーの同時代人の、牧神からの影響下の音楽として楽しめるだろう。

フォーレ:「ペレアスとメリザンド」~シシリエンヌ

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1928/6/21・CD

明瞭な演奏で、早いテンポで(だいたい78回転盤は早いものだが)緩急は明確につけ、変な粘り腰や耽溺は一切なく、空気の揺れるような演奏になっている(音楽は空気を揺らして伝えるものだが)。vogue盤はすぐあとにドビュッシーが入っているがまさに和声的な演奏というか、フォーレ特有の進行を大事にした録音。

デュカス:交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue/Malibran)1936/12/11・CD

20年代とはえらく違った、しっかり低音まで響く録音で、よりゴーベールという指揮者の表現力を実感できる。さすがお国物というべきか、主として音量のすべらかな緩急、精妙な響きはこのオケにこの指揮者という組み合わせの妙だろう。旨すぎて普通に聴こえてしまいアンゲルブレシュトほどの印象が残らなかったが、ちゃんとこの曲の現代性を引き出し、まとめ上げた録音。しかしまあ、トスカニーニとか当然やっていたのだろうし、音色以外に売りは何かと問われても答えづらい感はする。ゴーベールは電気録音以前の1920年代に同じ組み合わせで一度録音している。こちらはSPではフォーレ「シャイロック」から夜想曲第五番が盤面埋め合わせに収録されていた(Malibran(Amazonデジタル配信で現役)の集成に共に収録)。

ワグナー:ニュールンベルクのマイスタージンガー〜一幕への前奏曲

ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団(columbia/vogue)1927/10/19・CD

メロメロな音で軽いのではあるが、構造的な(この表現ばっか)楽曲をしっかり組み立てて聞かせようという意図は汲み取れる。あまり大きな盛り上がりを作らず流れに任せる、フランスオケ特有の美音(と緩さ)が特徴的な古風な演奏。しかし終盤はテンポルバート、ロマンティックな起伏を大きくつけてしっかりかたをつける。フランスのワグナーも探せばあるものだ。

リヴィエ:交響曲第5番

ツィピーヌ指揮ORTF(pathe)

オネゲル風の陰影をもった構造的な交響曲ではあるがオネゲルよりもスケールの大きさと様式の多様性を示す。映画音楽的な側面もあるけれど円熟した管弦楽法と注意深い楽曲構成により耳に届きやすくなっているのが要因で、単に効果的な作品だからこそ聴きやすい種類の映画音楽に聴こえるだけなのだ。あざといくらいに展開がうまく、木管が薄闇のなかで線的に絡むところにいきなりヴァイオリン合奏がミヨー風の主題を挿入、ふたたび薄闇に入ると今度は太鼓から低音楽器の地響きがはじまりオネゲルふうの音響、和声が物語を大袈裟にする、そんな調子でもうなんか、フランスの現代作家で新しもの好きでも世俗趣味でも古典趣味でもなく、こんな真ん中を行くやり方をする人はなかなか識らない。リズム要素の一つとしてジャズが入る箇所もある。終楽章はオネゲルが背景にあるのは間違いないとしてカラフルなバルトークといったふうの弦楽合奏、ヤナーチェク風味のブラス、畳み掛けるような芯の通ったアンサンブルからのショスタコーヴィチ風闘争のフィナーレ。ツィピーヌの操るORTFはじつに上手い。曲を知るのに変な演奏にあたると(即物的な意味ではなく)「起承転結」がはっきりせず途中で飽きてやめてしまうものだが、ツィピーヌの構成感はしっかりしている。褒めすぎた。先人の作り上げてきたものを上手に使った優等生的作風です。

リヴィエ:交響曲第3番

ツィピーヌ指揮ORTF(pathe)

構造的な協奏作品として人気曲だが録音は少ない。4つの楽章がまったく違う表情を示す。ミヨーからいきなりショスタコーヴィチになったりする。しかし聴いているうちそのどちらでもないことがわかる。音は似ていても書法は簡潔明快かつ、少し世俗的な親しみやすさをもつ。オネゲルは次世代の有望な作曲家の中にリヴィエの名も挙げたが、技巧的にすぐれた作曲家は必ずしも込みいった複雑な作品は書かない(たとえばドイツの近代作曲家のような)。オネゲルの期待した作家はいずれもその系譜にある。曲は残念なことにどんどん暗くなっていって不穏に終わるから一楽章で心を掴まれた向きは期待しないで聴き続けることだけれど、新古典主義時代のストラヴィンスキーのわかりやすい部分を取り入れたかの如く対位法的な四楽章にいたっては、それはそれで楽しいと頭が切り替わっていることだろう。演奏はツィピーヌらしい引き締まったアンサンブルに終始する。しばしばしょーもない演奏もするフランス国立放送管弦楽団もここでは一切手を抜かない。一楽章の牧歌ですら薄味にならずしっかり田園風景を油絵具で描き上げる。演奏プラン的にちゃんと構成された四楽章にもきこえた。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

サペルニコフ(P)チャップル指揮エオリアン管弦楽団(apr/pearl他)1926初録音盤・CD

録音メロメロ、オケ重くて音つぶれまくりだが、しかし、それでもこのロマンティックな起伏の説得力、引き込む力は何だろう?かつてこの曲はルバートを多用する奏法が施されていた、同時代ではすくなくとも「こう」であったのだ。ピリオドでやるというのなら、これは規範たるべきものになるだろう。その上に乗ってくるサペルニコフがまた「違う」のだ。大仰なしぐさはせず颯爽と、何でもないかのように指を回し続け、音楽の流れに乗って、いや、要所要所おさえつつ音楽のスムースな「流れ」を作り上げていく。そのスタイルはラフマニノフに似ている。この人のことをよく知らないが、ショパン弾きなのではないか?舞曲リズムの絶妙なアクセントの付け方は凡百奏者が普通にやってはできないものだ。そもそもサペルニコフは若い頃チャイコフスキー自身の指揮のもと同曲を演奏しているのである(録音が残されている奏者としては唯一とされる)。アンマッチなのにしっくりくるコンビ、いかにもイギリス風のオケ、格調あるソリストの音色に曲の臭みは取り去られ、ロシアの協奏曲にすら聴こえず、ここまで自然に調和してなお、技巧のすぐれたさまをも聴き取れる。年はとってもまったく衰えなかったのだろう。省略などあるだろうがそれでも佳演だと思う。パブドメ音源なのでネットで探せば聞ける。

ワグナー:ローエングリン三幕への前奏曲

チャップル指揮祝祭交響楽団(Vocalion)1927・SP

ジークフリート牧歌ではメロメロだったがこちらは楽想がはっきりしているぶんわかりやすい録音となっている。奏者のスタイルは所々古いが、オケの総体としてのレベルは高く、時代なりの統率力もあるがそれ以上に適度に情緒的な変化がしっくりくる。音響的にも華やかだ。個人的にはチェロのボウイングが美しく捉えられているのが印象的。ブラスも力強い。

ワグナー:ジークフリート牧歌

チャップル指揮現代室内管弦楽団(Vocalion)1925・SP

vocalionはロンドンの古参レーベルで伝説的ピアニストのサペルニコフ(チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番の初録音(指揮はこの録音と同じスタンリー・チャップル)はチャイコフスキー指揮下で弾いたピアニストのものとしても著名で近年CD化もされた)など特徴的な録音を残している。

しかしまあ、状態に左右されるSPであり、私の聞いたこの音源は音が全部潰れており楽曲の色調の変化が明瞭に捉えられている以外、なんにも伝わってこない。サラサラしたあっさり解釈によるところもあるだろう。
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岡林リョウ

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