フランセ:バソン協奏曲
○オダン(bs)作曲家指揮コバルディ管弦楽団(cybelia)LP
結局はフランス人もしくは作曲家本人に聞いてみないとわからないんだけど、バスーンbassoonとバソンbassonって、少なくともフランス製レコードのライナーでは同義に扱われている。ファゴットはドイツ系の呼称だそうで、英語でbassoonとバス音域の木管楽器を意味する言葉を称したときにはバソンもファゴットも含まれる、ということらしい。バソンは形状も違い音域だけは同じだがもっと素朴な作りで少ない穴を正確に押さえて音を出すことすら難しいそう。音色的にファゴットと同じオーボエみたいな音も出せるけれど(というかオケならそれが要求される)いろいろいじれるというかバリエーションの作れる楽器なので、鼻をつままれたような古い楽器系の音やサックスみたいな金属質の音も出せる。ということらしい。ソースはいろんなとこ&ちょっと勘違いしていた別の記憶を整理した結果・・・なので鵜呑みにせんことを。
で、この曲はいわゆる「フランス式バスーン」用に書かれているのかなあ・・・ファゴットのような機能性が求められている。終楽章は非常に技巧的なフランセらしい走句が難しい。だからバソンであっても結局ファゴット的な明瞭な音程感、ぶれの無い情報量の整理された音色が求められているようだ。ソリストのジルベール・オダン氏は現代バソン演奏の第一人者として一昨年にも来日し、バソンを聞かせているけれども、楽器をちら見したところそれほど特殊な形状ではないなあと・・・素人目に。この演奏も特にフランス式には聞こえないんである。もちろん温まらない?1楽章あたりでは指が辛いことになっているのかなと思わせるぎごちなさも僅かにある。でも特に、音色はちょっと艶があるけれどやっぱりこの音域的にバスーンを意識しすぎたような作品の、横の旋律においては余り魅力的な起伏を織り込めておらず、楽器自体の性格を踏まえていても、あれ、バソンなんだよなあ、と思う。何か冷たくて若い。曲のせいもあるか。正直フランセの曲にしては少し暗すぎる。筆のすさび系のカテゴリに分類できてしまうかも。爽快さよりしっとりした落ち着いた感じである。フランセは縦に厳しく合奏団には非常に切れのいい音粒の立った表現を要求している。新古典的な作風でもない曲だが古典的なアンサンブルを指向しているのは確かである。
アラールによりパリ音楽院の課題用に求められて作曲された作品であり、上記印象は技巧と旋律という要素を適度に織り込ませるためにとられた作曲上の配慮である可能性は高い。フランセ自身はライナーでバスーンに思いいれがあることを書いている。いわば「管楽器のチェロ」だそうである。弦楽器に例えるところがフランセらしい。オダン氏はアラールのクラス出身で録音当時はパリ国立歌劇場のソロイストとある。
結局はフランス人もしくは作曲家本人に聞いてみないとわからないんだけど、バスーンbassoonとバソンbassonって、少なくともフランス製レコードのライナーでは同義に扱われている。ファゴットはドイツ系の呼称だそうで、英語でbassoonとバス音域の木管楽器を意味する言葉を称したときにはバソンもファゴットも含まれる、ということらしい。バソンは形状も違い音域だけは同じだがもっと素朴な作りで少ない穴を正確に押さえて音を出すことすら難しいそう。音色的にファゴットと同じオーボエみたいな音も出せるけれど(というかオケならそれが要求される)いろいろいじれるというかバリエーションの作れる楽器なので、鼻をつままれたような古い楽器系の音やサックスみたいな金属質の音も出せる。ということらしい。ソースはいろんなとこ&ちょっと勘違いしていた別の記憶を整理した結果・・・なので鵜呑みにせんことを。
で、この曲はいわゆる「フランス式バスーン」用に書かれているのかなあ・・・ファゴットのような機能性が求められている。終楽章は非常に技巧的なフランセらしい走句が難しい。だからバソンであっても結局ファゴット的な明瞭な音程感、ぶれの無い情報量の整理された音色が求められているようだ。ソリストのジルベール・オダン氏は現代バソン演奏の第一人者として一昨年にも来日し、バソンを聞かせているけれども、楽器をちら見したところそれほど特殊な形状ではないなあと・・・素人目に。この演奏も特にフランス式には聞こえないんである。もちろん温まらない?1楽章あたりでは指が辛いことになっているのかなと思わせるぎごちなさも僅かにある。でも特に、音色はちょっと艶があるけれどやっぱりこの音域的にバスーンを意識しすぎたような作品の、横の旋律においては余り魅力的な起伏を織り込めておらず、楽器自体の性格を踏まえていても、あれ、バソンなんだよなあ、と思う。何か冷たくて若い。曲のせいもあるか。正直フランセの曲にしては少し暗すぎる。筆のすさび系のカテゴリに分類できてしまうかも。爽快さよりしっとりした落ち着いた感じである。フランセは縦に厳しく合奏団には非常に切れのいい音粒の立った表現を要求している。新古典的な作風でもない曲だが古典的なアンサンブルを指向しているのは確かである。
アラールによりパリ音楽院の課題用に求められて作曲された作品であり、上記印象は技巧と旋律という要素を適度に織り込ませるためにとられた作曲上の配慮である可能性は高い。フランセ自身はライナーでバスーンに思いいれがあることを書いている。いわば「管楽器のチェロ」だそうである。弦楽器に例えるところがフランセらしい。オダン氏はアラールのクラス出身で録音当時はパリ国立歌劇場のソロイストとある。



