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マーラー:交響曲第4番

ギーベル(SP)カイルベルト指揮ケルン放送交響楽団(weitblick)1967/12/8live・CD

一楽章から凄いバラケ方をしていて、ドン臭いなあ、この頃のケルンはまだこの程度の技術だったんだなあ、音は相変わらず無色だなあ、と思いつつ、カイルベルトの「ドイツ臭いマーラー」の分厚い響き、重いテンポによるじっくりとした語り口には魅力を感じる。二楽章の調弦をズラしたコンマスソロがほんとに調弦狂ったような感じに不安定になっているのもドン臭い、やはり弦の俊敏さに欠けるから協奏的な同曲にはちょっと向かないかなというところもある。ウィーン情緒を醸そうとフレージングを工夫するも音色が一定して冷たいのでテンポにのみ感じ取れる程度。三楽章は軟らかな耽溺こそしないものの美音に情感を籠めて透明感のある爽やかな音楽をこうじている。カイルベルトは音符の最初からしっかり発音させ、軟かく小さな松葉をつけて発音させることがない。それがこののような明瞭なステレオ録音だとあからさまに耳につくのだが、三楽章についてはいくぶん弱められ、展開部では意外とフレージングへの配慮の行き届いたさまが激情として聴き取れる。オケは相変わらずだがマーラーらしくやろうとしている。深淵を覗き込むような音が少なく低く長く暗い場面は後期すら彷彿とさせる諦念だ。転調すると意外と主張するチェロが浮き立つように愉悦的に音楽を盛り立て、弱体なヴァイオリンを押し上げる。だがやはりホルンや木管が挽歌を奏でる暗い音楽のほうが音域的にもカイルベルト向きかもしれない。角笛交響曲の児戯から離れ、悲劇的の四楽章をほうふつとする。後期作品への予兆と取れる断片が散見される楽章だが、基本的には天国的な明るさを志向してはいるので、解釈としてはワルター的なやり方のほうが耳には残るだろう。カイルベルトは終幕へ向けて長い音符を印象的に響かせながら微妙な機微を詠嘆的に聴かせておき、「大いなる喜びへの讃歌」を炸裂させて劇性を高めるも、それはあくまで空疎であり、やはりゆっくりと着地するほうを選ぶ。感情に任せた若々しい音楽にはしない。ヴァイオリンの長い高音、ハープのとつとつと明確な響き、そこから下降する「アダージェット音形」に至る終幕のほうがしっかりと耳に残るようになっている。四楽章は本来的にはどうあれこうなると付け足しのような歌曲だが、伴奏の付け方は上手い。俊敏とは言えない弦や木管に細かい動きをはっきり付けさせて、一楽章の再現など一楽章より良く出来ている。歌唱はライヴなりの少し甘いところはあるが、力がある。終盤素晴らしい。環境雑音があるのでライヴと書いたが拍手はなく、恐らく放送用ライヴだろう。ステレオ。
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