ディーリアス:高い丘の歌

フェンビー指揮RPO、アンブロシアン・シンガーズ(unicorn)1984版・CD

ディーリアスの作品は単純→複雑→単純という流れがあると理解している。最後の「単純」は身の自由が利かずフェンビーらの手を借りたせいだ。「複雑」期においても右腕としてのイエルカ(ジェルカ)夫人のテクストや解釈者以上の存在だったビーチャムらの助力なくして成り立たなかったと思っている。この作品は最初の単純から複雑への過渡期で、単純期にみられた前時代音楽や異国の音楽からの影響、ロマン派的な「つまらなさ」は払しょくされ、旋律の抒情性を維持しつつ、半音階を織り交ぜた(しかしまだ濫用はしない)ドビュッシーとはまったく隔絶した「雰囲気音楽」に移行したものだ。和声的影響もほぼ無い、もしくはほんの要素としてしか取り入れられないからそれはむしろドビュッシーとは言えない(ドビュッシーはディーリアス評を一言だけ詩的にのべてはいるが和声的な面での「落ち着き」を皮肉ったようにも取れる)。複雑な時期の思索的雰囲気はまだなく、素直な曲想が多いものの、連綿とつづく風景に、これが凄いのだがまったく飽きを感じさせずに大規模交響詩として、ほの明るい表現に終始する。ちっぽけな「人間」を象徴する無歌詞合唱はフェンビーにおいてはかなりそくっと、控えめに入っていて、後年的な自然そのものを描いたようには聴こえない抽象音楽の起伏に寄り添う。フェンビーは手慣れたもので初演をになったオケも、この輝かしい音を前提に演奏されてきた曲なのだなといった風。きらめくひびきにレスピーギの「ローマの噴水」終曲の影響を感じる方もいると思うが作曲年は先んじている。音の少ない心象的表現が高音のピチカートや打楽器など剥き出しでとつとつと現れるところ、レスピーギとともにホルストを思わせる、これは親交あったヴォーン・ウィリアムズの「理念」にも通じる表現で、ディーリアスなんてドイツで名を挙げてグレ・シュール・ロアンで一生を終えた外国系の人じゃないか、と言う人はもっと聴いた方がいい。これはイギリス的な音楽への「布石」である(言うまでもなく「惑星」より前の作品)。
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