スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ

ティボー(Vn)コルトー(P)(EMI/Andromeda/Biddulph/pearl/OPUS蔵他)1929/6/7・CD

大昔、なるたけかんたんに弾けるヴァイオリン曲を探していた。当時はかんたんとはどういうことなのかまったくわかっていなかったのだが、それはともかくフランクのソナタのような曲を求めていたのである。フランス近代に目をやると、ドビュッシーがソナタを書いている。おお、トリオソナタのような曲なら格好がいい。先輩に「ドビュッシーのソナタってどんな曲ですか」と聞くと、「フランクみたいな曲だよ」と返ってきた。しかもページ数が少ないという。手元の金でも買える著作権切れの譜面。うってつけだ。早速ヤマハに出向き手に入れて、ソロ譜を開いた。で、おどろいた。

なんだこれ。

サッパリわからない。ひたすらなだらかに音符の並ぶ旋律の、意味がわからない。統一感を持たせている意味がないくらい、突然ラテン系になったり旋法的になったり不規則で、有機的に繋がる音楽は横に流れるばかりでアクセントを付けて表情を作ることができない。ドビュッシーがソナタ形式に回帰した時期の、新古典主義に影響された作品のはずである。しかし譜面をどう見ても、わかりやすい形でそれを表現することができない。対比も変容も聴くだけだとただ似通った楽想の連なっているだけ、先祖返りしたようだ。切れ目なく、区切りや抑揚を即物的につけていたら何をやっているのかさっぱりわからない退屈な音楽になる。せめてチェロソナタみたいな分かりやすいメリハリがあればよいのに、密度が薄い。いかにもドビュッシー的なリリカルなピアノが響き渡る、、、コルトーの音はこんな古くてもモダンなドビュッシーのそれである、、、いっぽう、ヴァイオリンはそれと関係なく独り踊る。道化師のように晒される。名技性を発揮せよというが、名技性を発揮するような箇所などない(その点ではフランクと同じかもしれない)。

で、今もってこの曲は、何が正解なのかわからないのである。ティボーはヌヴーとならび同曲の規範的録音を残したとされるが、時代がかった細かなポルタメント、録音のせいかもしれないが端折ったような音の潰れ(一楽章)、規範とは呼べないだろう。だがむしろ、精緻に設計し解釈していることが明確にわかる、そちらの「態度」こそ規範たる部分だと思う。前記したような「わからない」音楽を、私に「わからせた」演奏の一つとして、とくに二、三楽章の切り方やボウイングやスケール感の制御(凝縮せず盛大にやるヴィルトゥオーゾもいたが私はしっくりこない)、色々わかりやすくする工夫がなされている。ドビュッシーって晩年でもそうだったんだな、と思って仕舞った譜面がどこへやら。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

岡林リョウ

Author:岡林リョウ
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
リンク
カテゴリ
TAG

ストコフスキ 四重奏団 フィテルベルク ミュンシュ トスカニーニ コンドラシン バルビローリ 作曲家 モントゥ アンセルメ 作曲家演奏 ブール エネスコ ガウク ミトロプーロス ロスバウト サージェント オイストラフ フランセ ワイエンベルク ORTF アンゲルブレシュト サモスード デゾルミエール イワーノフ ゴロワノフ ムラヴィンスキー ピエロ・コッポラ モイセイヴィチ ベーム セル クーベリック カルミレッリ シュヒター バーンスタイン ビーチャム パシャーエフ ツィピーヌ アルベール・ヴォルフ パレー ウォレンスタイン アラール オーマンディ サモンズ 山田一雄 ロストロポーヴィチ シェルヘン モートン・グールド ギレー モイーズ 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。